さて、前回は電車のなかで痴漢に遭遇して、波瀾万丈の末に捕まえた(捕まえてもらった)ところで終わりましたが、今回は後編、高●警察署での一晩を描いた体験記です。前半を読んでいない方は以下からご覧ください。
パトカーに乗り込み、深夜の高●警察署に向かった私。事務机が並ぶ部屋の奥に小さな取調室がいくつかあり、そのうちの一部屋に痴漢が収容されていました。警察官にうながされるまま、ドアについたマジックミラーを覗くと、人間ここまでショボくれることができるんだなぁというレベルで小さく丸くなった痴漢の姿が。
「めっちゃ落ち込んでる」
「ごっつ酒臭かったわ、初犯やったけど、あれは常習やな」
鋭い観察眼で痴漢を一瞥する警察官。いわくホントにはじめてのはじめてなら、陰部を出すほどの剛胆な行動にはでないそうです。
「そういう性癖なんですかねぇ」
犯人の確認が終わり、別の取調室に案内されました。奥の椅子に腰掛けると、すかさずふたりの警察官が入室。ふたりとも男性です。この日、女性の警察官はどうやらいないようでした。深夜だったからですかね。
警察官は怯えて興奮するテトに語りかけるナウシカのような口調で、やっさし〜く言葉をかけてきました。上官らしき警察官が私に目線を合わせるように腰を落とします。
「ごめんなぁ、これから何があったか詳しく聞かないとアカンねん。ちょっと答えにくいこともいろいろ聞いてしまうことがあるんですが、解決のためにご協力をお願いしますね」
「はい、大丈夫です」
「早速で申し訳ないんやけど、あなたが見たとき、犯人はどういう感じやった?」
「えっと」
「私が何気なしにふと横をみたその時、男は女体を舐め回すような視線をこちらにじっとりと向けながら、屹立した化身を欲望のままにしg」
「待って」
「はい?」
「そういうことじゃない」
官能小説のような語り口で状況を話しはじめると、空気が凍りつきました。ありのままを言っただけですけど何か?と、キョトン顔しながら全力で開き直っていると、警察官のおじさんたちはしばらく沈黙したあと、ギラリとアイコンタクト。もう何を話してるかが一瞬でわかりましたよ、ええ。
「コイツはそうとう遊べるぞ……!」
「ああ……!」
おっさんだらけの深夜の警察署、BPM高めでドラゲナイなカーニバルが幕を開けました。
「じゃあよろしく」と上官は去り、若い方の警察官が取調室に残りました。小さなテーブルで対面になり、被害調書の執筆がスタート。
「ほなね、調書を書いていきます!僕が状況を聞いていくので、それについて、できるだけ細かくおしえてください。調書は僕が書きますが、すべてあなたの発言に基づきます」
「わかりました」
「じゃあね、まず痴漢のアレのことを何て呼ぼうかな!?」
「……『男性器』じゃダメなんですか?」
「うーんせやねえ。調書って言うのは複数の人間が目を通す書類やから、わかりやすくないとアカンねん。よし!『チンチン』にしよう!」
「朗らかに精神的なマウント取るのやめて」
そうして私が普段「チンチン」と口にしているという体を強制的に取らされ、警察官は調書に筆を走らせはじめました。納得いかねえ。
以前、胸を触ってきた痴漢を秒速で捕まえて警察に突き出したことがあるので、経験として知ってはいたんですが、調書ってホントに根掘り葉掘りいろんなことを聞いてきます。(この時は優しい女性警察官だったよママン……)冒頭は「私の名前は●●で、何月何日生まれの何歳です、通っている大学は▲▲で……」と被害者のプロフィールからはじまるんです。
『その日、私は大学を■時半ごろに出て、徒歩約20分をかけて■■の駅に向かいました……』
『●駅から乗った電車は、▲方面への新快速の最終電車で……』
警察官が調書を黒く埋めていきます。
「乗ったのは●時●分発、車両は■号車の真ん中、座席は……」
「あ、ちょっと待って。細かく教えて、と言ったけど、具体的な時間はあえてボカします。そういう場合は『~と思います』という風に、言い切りを避けるような文面で書かせてもらいますね」
「いいですけど、なんでですか?」
「調書のなかで絶対的な表現が出た場合、僕たち警官はそれが本当だったのか、証拠をとる必要があるんよ。たとえば監視カメラを見たり、電車に乗り合わせた人を特定して話を聞いたりとかね。それだと解決が遅くなってしまうので、濁しながら書いていきます」
なるほど、今回は犯人が現行犯で逮捕されていて罪を認めていますし、犯罪としては超重大なものではないので、あえて言葉尻を濁すような書き方で書いていくのかもしれません。これは知らなかった。具体的な部分は具体的に書きながら、あえてボカすところはボカしていく。蝶のように舞って蜂のように刺す的なスタイルが必要なようです。もしかしたら犯罪や状況によって、調書の書き方も違ってくるのかもしれません。
「あと、調書は複数人が読むものなので、重要な言葉が出てきた場合には改行をかけるっていうルールもあるね」
「へぇえ。あ、ほんとだ。『私が電車に乗ったのは』、『●時●分発の電車だったと思います』って区切られてる」
当初にボケをかましたおかげで、非常になごやかなムードではじまった調書作成ですが、プロフィールから、その夜の行動、電車に乗ってからの私の行動や痴漢の状況などを書き記していくうちに、どんどんヒートアップしてくる警察官。私の発言を大声で復唱しながら紙を突き破らんばかりにボールペンを走らせていきます。どんな風に思ったか、などの感情も含めて調書に書かれていくため、だんだんと言葉で辱めを受けているような気分に。
「じゃあ、いよいよ見たシーンやね!どんな感じでしたか」
「横を見たら、痴漢がブツを出して、自慰行為をしてました」
「よし!」
「『私が横を見たとき、なんと男は』!」
改行!
「『チンチンを』!」
改行!
「『上下に』!」
改行!
「『しごいていたのです』!!」
「やめろおおおおおお!!!」
あまりの悪ノリに叫ぶと、最初にいた上官が進捗確認にやってきて、調書を一瞥すると「何してんねん」と調書担当の警察官をシバいて出て行きました。もっとやってくれ。
面白いからいいけど、この状況は痴漢にあったときそのものより恥ずかしいぞ!っていうかフリーダム過ぎない? 全員酔っぱらってんの? バカなの?
打てば響く相手に全力でボールを投げまくる感じ、さすが人間観察に長けた警察官だぜ……!
具体的かつボカしつつ、荒ぶる「チンチン」の文字。チンチンがゲシュタルト崩壊をおこしかけてきた頃、ようやくホームにビターンされたシーンや、折り返して駅に戻るシーンまでを書ききり、「厳正なる処罰を望みます」と〆の一文を走らせ、調書作成が終了。1時間半程度の時間でしたが、ゲロ疲れた。最高です。
カオスな調書作成が終わり、差し入れられた缶コーヒーを飲んでしばし休憩したのち、次にはじまったのは写真撮影。そう、痴漢にあって調書を作成したら、今度は現場を再現した写真を撮らなければいけないんです。どういう状況で犯罪がおこなわれたかを、写真で可視化するんですね。
取調室を出て、大部屋の一角にふたり掛けのソファを置くかたちで、即席の撮影スタジオができあがりました。カメラを持っているのは、先ほど頭をシバいた上官。「よろしくお願いします」と隣に腰掛けたのは、いかにも真面目な部下らしい、メガネをかけた別の警察官でした。キリリとした表情とはうらはらに、首からかけられているのは「被疑者」と書かれた板。もう出オチすぎて鼻水吹いちゃう。
電車に乗り込んだシーン、ウトウトと私が居眠りをはじめるシーンを撮影し、いよいよ痴漢を発見した時のシーン撮影へ。
「あなたが痴漢を発見したその時、犯人はもう出してたの?」
上官がたずねます。
「そうですね、出してました」
「なるほどね。……おい」
上官がメガネを見てクイっと顎をしゃくりました。
「ブツ持ってこい」
「えっ?」
ハイ!と元気な返事をして立ち上がり、事務机が並ぶスペースに移動して何やらゴソゴソと物色しだすメガネ。いやいや何を探しているんだ。いや、あれだよねきっと文房具か何かをソレに見立てて撮影するんだよね。えっ、ひょっとしてバイb……。
「自分のサイズにあったやつ持ってこいよ」という上官がダメ押し。ホント君たち何を言ってるの? 目を白黒させていると、メガネが右手に持ってきたのは、
なんとスティック糊でした。
「ドアホ!そんなもん小さすぎて写真に写らへんやろ!」
「別のやつ探してきます」
「謙遜し過ぎ」
上官からのダメ出しをくらい、再度机をゴソゴソ。メガネが次に持ってきたのは、おなじみの赤マッキー。しかしこれもメガネ的にはピンとこなかったのか「いや、やっぱり違うな……」とブツクサ言いながら、またまた机を物色。
頼むから真面目にやってくれ!
腹ちぎれるくらいに爆笑しました。
しばらくののちに満足げにメガネが帰還。どうやらブツが決定したようです。その手に握られていたのは、
日付の数字が回転するタイプのスタンプでした。
※メガネはそれなりに立派なモノを持っているようです。
痴漢を見つけたシーンの撮影は、股間にスタンプをあてがったメガネに、私が視線をむけるというもの。
結論からいうとこれが一番恥ずかしかったです。
だってさー、想像してみ? マジメなメガネが首から「被疑者」ってぶら下げてて。手を添えるかたちで股間にはスタンプがそそり立ってて。ブレるといけないから、シャッターがきちんと切れるまでメガネの疑似チンコを凝視し続けなければいけないという状況。「これが地獄か……」と、視線だけは股間に向いていたものの、実際はずっと白目むいてました。
「はい、ちょっと念のため別のカメラでも撮影しておきますね」
「いっそ殺してくれ」
そんなこんなで全ての工程が終わったのは朝の4時過ぎ。取調室に戻り、精力を搾り取られグッタリしていると、同じく少し疲れた表情で、調書担当の警察官がやってきました。何でお前が疲れてるんだ!散々楽しみやがって!
「いやー、ありがとうございました!始発まで時間があるけどどうしましょう?」
「……いです」
「え?」
「とりあえず煙草吸いたいです(怒)」
すると途端に元気になる警察官。「よし!一服しましょう!一服!」と立ち上がり、喫煙所へと案内してくれました。気づけば「俺も俺も~」と、上官もメガネもみんなついてきています。被害者がノリ気だからってアンタら。
そうして階段の踊り場に設けられた喫煙所で、調書担当、メガネ、上官。3人のオッサンに囲まれるかたちで、朝日を浴びながら一服しました。いろいろとやりきった感、いや、ヤラれてしまった感で何とも言葉にしにくい味の煙草でしたが、眼下に広がるのは薄紅色の朝焼けに染まる町並み……。
あの日見た美しい朝日を、私は一生忘れることはないでしょう。
〜完〜
私が楽しんでヘラヘラ遊んでいたというだけで、警察署の方々は、本来は至極真面目に業務にあたられています!
電車内だったから助けも呼びやすかったし、よもやこんなに人がいるところで、危険な行為(殴ってきたりとか)は流石にないだろうと踏んでの行動でしたが、やっぱり改めて文章にして見ると、痴漢って怖いですね。犯罪ダメ、絶対!
みなさま、もし痴漢もしくは痴女の被害に合われた際は、勇気を出して声をあげましょう。その勇気が、次の被害者を減らします。そして遭遇した方は、忙しいなかでもできれば手助けをしてあげてほしい。見て見ぬ振りをされると「こんなにたくさん人がいるのに、全然助けてくれない!」と人間不信になりますから。
結果としておっさんたちが一番ノリにノってましたが、楽しかったので結果オーライ。人生の鉄板ネタになりました。最後に、調書担当の悪ノリを記載して終わりたいと思います。
「……なあなあ、犯人のちんちん、でかかった?」
「一瞬だったんで何とも……。いや、大きかったら腹立つんで短小にしといてください。3cmくらいで!」
「嫌や〜!そんなん具体的に書いたら俺が確かめないとあかんもん〜!」
「じゃあ言うなや!」
コイツだけは次会ったら華麗にシャイニングウィザードかける。