いま僕が在籍している米企業では毎年従業員サーベイを実施している。最近その結果を見ることができたのだけれど、とても興味深かった。外部ベンダーのクラウドのソフトウェアを使って、エンゲージメントの深さ、マネジメントの巧拙、企業戦略の周知、オフィス環境など多様な項目について調査が実施され、全社、日本法人、事業部門、そして各マネージャーごとの評点を簡単に知ることができるし、過去の調査との比較も容易。また、統計分析をもとに、企業業績にとって重要となる改善項目も示唆される。
今までこうした「人事」の領域の弱点はとにかく「定量データ」が整備されていないことだった。そして、その影響として、人事部門にデータを適切に分析し、それをもとに実行する人材の層もなかなか育っていなかった。また、経営層も、従業員こそが重要です、とお題目を掲げる人は多かったが、実際のところ(特に欧米企業では)、人材を「コスト」と捉えて、ファイナンスの視点から従業員数や労務費をコントロールすることが経営における「人事」のポイントだったのが実情だろう。
しかし、こうした課題は徐々に解消されつつある。一番有名なのはやはりGoogleで、「How Google Works」や「Work Rules」で詳述されたように、Googleは人事部門にも博士課程をもったデータサイエンティストを配置し、最適な採用、マネジメント、福利厚生などをデータをもとに改善、実行する仕組みを作り上げた。Googleの経営が優れた「人材」をもとに作られてきたことは疑いようがなく、その具体的な成果がそういったデータをもとにした「人事」によって支えられていことのインパクトは大きい。
こうしたGoogleの成功に刺激される形で、この記事でも触れたように、ハイテクを中心に米企業では、従業員のエンゲージメントやコミュニケーションが組織の生産性を高める、という考え方を経営に応用していくことが大きなトレンドになってきている。
このトレンドの背景として2点あげたい。1点目は、上記したように人材を「コスト」と考えて、業績好調時には積極採用、不調時にはリストラ、と主に財務面の理由で従業員数をコントロールしたり、従業員をパフォーマンスで階層化して下位の要員をリストラする、といった欧米企業の過去の経営手法への反省がある。
このやり方だと、平均的な従業員はリストラ対象となることを恐れて自分の役割範囲をできるだけ小さくしようとするし、トップパフォーマーは業績を出して高い報酬を得ようと利己的な行動に走りがちになる。結果として従業員間のコミュニケーションは淀みはじめ、従業員のモチベーションやエンゲージメントのレベルも下がり、組織全体の生産性に負の影響をもたらしてくる。
2点目は欧米企業がここ20年で急速に進めてきた業務の標準化・効率化およびオフショア化がある。投資家からのプレッシャーが強まる中、コスト削減を主眼として欧米企業は業務を標準化、ERPを導入し、その業務をインドや中国などにアウトソースするオフショア化を急速に進めた。またIT技術の普及は在宅勤務を加速させ、僕のいた米IT企業ではアメリカの社員の70%が在宅勤務だった。
この変化はコスト削減に繋がったし、世界市場で標準化された経営をすることに寄与した。一方で従業員間のコミュニケーションはどうしても弱くなり、例えばプロジェクトの始まりから終わりまで一度も会わない、ということも珍しくなくなった。結果、会社への帰属意識やエンゲージメントのレベルは下がっていった。
この2点に代表されるような課題が欧米大企業を中心に顕在化していたところに、Googleが登場した。彼等は社員をオフィスに集め、無料食堂はじめとした福利厚生を整備し、従業員間の対面コミュニケーションを重視して、大きな成功を収める。
彼等の成功はシリコンバレーのハイテク企業の成功方程式になり、各社は競うように「従業員重視」の施策を打ち出した。ここにクラウド技術の進展が重なり、ソフトウェアによる可視化が進むと、冒頭にあげたように、旧来の「人事」がすくいきれていなかった、データをもとにした、従業員のエンゲージメントやコミュニケーションに焦点を合わせる新しい形の「人事」機能が姿を見せはじめている。
この変化は、人事もデータを使うようになりました、とか、単に企業が従業員のことをもっと考えるようになりました、というレベルに留まらない本質的な変化を経営にもたらすと個人的には考えている。ネットによる情報のオープン化、可視化、民主化などが進展することで、小売業を中心に「顧客」の声が強くなり、いまや企業や流通の論理だけでビジネスを進めることはきわめて難しくなってきている。そして、経営においてもこれと同じ構造の変化が起こりうるのではないか、というのが僕の仮説である。
この点については、別途論じてみたいと思う(といいつつ、お前なかなか書かないだろ、とのツッコミが聞こえてきそうですが、、)。
- 作者: エリック・シュミット,ジョナサン・ローゼンバーグ,アラン・イーグル,ラリー・ペイジ
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