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反逆の勇者と道具袋 作者:大沢 雅紀

ダイジェスト版

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ダイジェスト版 魔王編





あれ…………? ここはどこだ?

目が覚めたら、いつのまにか知らない部屋だった。

おかしい。

いつものように自分の部屋で寝ていたのに。

寝ぼけた頭で現状確認する。

俺は菅井真一。17歳。

父と母と妹の4人暮らし。ごくごく平凡な高校二年生。
15歳の妹晴美はアイドルグループの一員として大人気ブレイク中。ここだけが一般と違うとこだが、俺は何の能力もない。
そういった何処にでもいる人間なのだが……。しかし、ここはどこだ?
考え込んでいたら、ドアが開いて白いドレスを着た美少女と、メイド服を着た少女が入ってきた。
「お寝覚めになりましたか? 初めてお目にかかります。勇者様」
満面の笑みで話しかけてきた。
「勇者様? 」
「はい。貴方様は、この世界を救う運命の勇者様。私は貴方に忠誠をささげます。申し遅れました。私はこのフリージア皇国第四王女、メルトと申します。貴方様のようなすばらしい方を召喚できて誇りに思います
「フリージア皇国?第四王女?そんな国聞いた事もないけど? 」

「はい。それは当然です。異世界から我々を救っていただける、勇者としての才能がある方を召喚させていただきました。失礼ですが、この袋を開けていただけませんでしょうか? 」

メルトは薄汚れた巾着袋を差し出す。

「何も入ってないみたいだが……うわ!! 」

袋を開けたとたん、空中に魔方陣が浮かび上がった。

「おお……やはり勇者様。。その魔方陣に手を入れて、勇者にふさわしい装備を取り出すよう念じて見てください」

言われるままに念じてみる。すると、金色のフルプレートがでて、真一の体に装着された。

「おお・・。まさに勇者様の装備品です」

大げさに喜ぶメルト。



「すばらしいです。これでわが国も救われます。次はですね……」

さまざまな名前を挙げて取り出すことを要求される。言われるがままに従う真一。

鋭く輝く剣・きらびやかな鎧・美しい宝石・金銀財宝が出てくる。
「お疲れ様でした。それでは明日、父である国王陛下と謁見していただきます。今日はごゆっくりお休みください」

メルトの指図で豪華な料理が運ばれる。美しい侍女が給仕をする。

、豪華なベットで眠りにつくシンイチなのだった。

謁見室

「メルト、勇者の様子はどうだ」玉座から威厳のある声で問われた。

「はい。父上。今日のところは歓待させましたから、今はいい気持ちで寝ておりますわ」

二人で顔を見合わせて笑っていた。
次の日、メルトが呼びに来て、王様と謁見することになった。
玉座には堂々とした態度の中年男性が座っている。
「そなたが勇者シンイチか。余は皇国フリージアの王へラート4世じゃ。この度はよく我が娘メルトの召喚に答え、わが国に来た。勇者として存分に我が国に尽くすがいい」
「菅井真一と申します。まず、事情を教えてください。勇者とは一体何をすればいいのでしょうか」
緊張して震えそうになる声を抑えて問いかける。

「わが国は東方に魔国といわれる魔族が支配する国に接しておる。魔族によりわが国の民が何人も不当に害されておる。その魔王は放って置けばこの世界を破壊しかねない存在であり、唯一対抗できるのは異世界にいる勇者の資質を持ったもののみじゃ。その為に召喚した。前回の勇者は見事期待に応え、魔王を滅ぼし世の中を救ったのじゃ。今回も期待しておるぞ。それでは勇者の証として、『勇者の首輪』を授ける」

王は玉座をたち、跪いているシンイチに金銀で装飾された首輪をつける。そうすると自動で輪が縮まり、ジャストサイズになった。
「こ、これは? 」
「勇者としての能力を引き出し、弱点である首を守る聖具じゃ。役目を果たしたら自動で外れる」
「ま、待ってください。まだ俺は引き受けると決めたわけじゃ……」
「勇者殿! 」王に強い視線を向けられる。
「は……はい。わかりました」シンイチは観念したように受け入れた。
「では、勇者シンイチの誕生と魔王討伐の旅の出発を祝って、乾杯」
大広間に移動して、パーティが始まる。
メルトが近づき、話しかけてきた
「勇者様、皆が期待しております。笑って安心させてやってください」
「そうはいっても……」
「皆が貴方をお慕いしていますわ。もちろん私も」
シンイチの手を取って、にっこりと笑うメルト。
「え……? あ、いや……」
「さ、ダンスをおどりましょう。私がリードいたしますわ」顔を真っ赤にするシンイチ。
(単純な男。こうやってあやしておきましょう)
腹の中でシンイチを笑いながら、メルトはシンイチとダンスを踊っていった。

ダンスが終わると、メルトからパーティのメンバーになる予定の者を紹介された。
「勇者殿よろしく。私はアーシャ・カストールという者。皇軍獅子騎士団副長を務めている」
金髪碧眼の美形の青年が挨拶する
「よ、よろしくお願いします」
シンイチは握手する。どう見ても向こうの方が勇者っぽい。
「アーシャ殿はカストール伯爵家の次男で、皇国で最も強い騎士と名声が高いのです」
「いや、私など勇者殿の足元にも及びません。ですが、皇国のため、メルト様のため、必ず魔王を打ち倒してまいります」見詰め合う二人に無視され、空気のようになるシンイチ。
こほん……それでボクの紹介もしてくれるかな? メルト姉さま」

振り返ると、中学生くらいの可愛い顔立ちをした少女が立っていた。
「あら、失礼しました。この子は私の腹違いの妹で、メアリーと申します。こう見えて、国一番の魔法使いになる素質があるそうですわ」
「よろしくね。勇者さん」
「よろしくお願いします……でも、王女が魔王討伐の旅に同行するのですか? それもこんな子供が……」
シンイチがいぶかる。
「子供っていうな。あんたも子供じゃん。別にいいけどね」ふてくされたようにそっぽを向く。

「じゃ、これからよろしく」そういい捨てると、さっさと離れていった。
「メルト姫さま、私も紹介をお願いします」
少ししてから、同い年くらいの怜悧そうな少年から声をかけられた。
「これはノーマン神官。シンイチ様、彼が最後のメンバーで、回復魔法の使い手です」
「よろしく。」値踏みするような視線を向けてきた。
「勇者様はそれぞれのメンバーから戦闘の手ほどきを受けたあと、魔王討伐の旅に出発していただきます」

一方的に言うメルト。
シンイチはわけもわからないまま、とんでもない事に巻き込まれていく気がしてきた。
「す……すこし外の空気を吸ってきます」

逃げるようにその場を離れるシンイチ。メルト達三人が冷たい目で見送った。
それでは、今日から戦闘について修行していただきます。
パーティの次の日、メルトとアーシャが部屋に入ってきて言った。
「遅い!!! なんだそのザマは。もっと真面目に走れ」

「ハァ……ハァ。無理ですよ」

最初に基礎体力を見るといわれて、兵士用のグラウンドを走らせる。

シンイチはごく一般的な現代の高校生で、中世の一般人とくらべても大きく体力が劣る。当然、アーシャの目から見ると惰弱に見える。
「まったく……ほら立て!! 次は剣術だ。」
アーシャが木剣を投げてよこす。
「開始!! 」
木剣での勝負が始まった
シンイチは木剣を上段から振り下ろし、打ち込む。
次の瞬間、いきなり足に激痛がはしり、もんどり打って倒れた。
ホライゾンと呼ばれた少年兵士が、脛に思い切り打ち込んできたのである。
痛みのあまり、地面をころげまわるシンイチだったが、周囲は爆笑していた。
アーシャの命令により、治療室に運ばれるシンイチ。

「まったく……こんなのが勇者だとはな。伝え聞く前回の勇者とは雲泥の差があるな。我々の対応も考えねばなるまい」

アーシャはこれからの事を思ってため息をついた。
治療室でメルトがなぐさめる。
「さあ、気を取り直して、魔法の修行をしましょう。我々のお師匠様である宮廷魔術士フォンケル様が、午後から授業してくれます予定です」

「わかったよ……」
昼食後、魔術師フォンケルの修行を受けたが、そこでも問題が発生した。
「字が読めない……じゃと? 」

白いひげのいかにも魔術師といった風貌の老人がいう

「はい……読めません」

シンイチが下を向いて言う。
「このままでは魔法の習得に何年もかかりそうですね」

メルトが考え込む。

「わかりました。勇者様の役割は皆と相談しなければなりませんね。それでは、話してきますわ」

さっさと出て行く。後はポカンとした顔のシンイチが残された。
会議室

「……というわけで、勇者には戦闘の才能も、魔法を習得する事もできない事がわかりました」

メルトがシンイチについて説明する。

出席者はメルト・国王・宰相・勇者メンバーパーティの一同。

「ふむ……結局できる事は、財宝袋への収納と取り出しのみか。なんとも情けない」
「まあわが国の国民でもないからのたれ死んでも構わんがな。どうせ我が国と魔王とは平和条約を結んでおる。勇者に匹敵するような猛者は何人もいるし、前回の勇者の装備や魔法具も手に入った。無理に魔王を倒さなくてもよい」
国王の言葉に一同は頷く。
「一つ提案があるのですが、魔国に使者を出してみれば? 」

神官ノーマンが提案する。

説明すると、徐々に皆の表情が明るくなってきた。



「なるほど。それならば、魔王に対して恩も売れるな」

国王が感心したように言う。



一同が満足するなか、ただ一人メアリーが反対した。

「みんな、いくらなんでもひどすぎるよ。ボク、シンイチに言ってくる」

席を立とうとするメアリーだったが、回りに止められる。



「これが一番勇者様を我が国に役立たせるやり方なのじゃよ。あのような無能な男、他に使いようがあるまい」

「……」

メアリーは言い返せなくて沈黙する。



「ではこれで方針は決定じゃ。大丈夫だとは思うが、勇者にはこのことを気づかれてはならんぞ」

メアリーを除く全員が頷く。
魔国 魔王城にて



「フリージア皇国の使者殿か。よく参られた」

魔王アンブロジアが玉座から話す。



「魔王陛下におかれてはご機嫌うるわしく。わが国と誠実な友好関係をいつも王は感謝しております」



使者が発言する。魔国とフリージア皇国は平和条約を結んでおり、かなり大規模に貿易もしていた。

「ふむ。しかし、最近わが国との友好に傷をつける噂があってな。おぞましき勇者を貴国が召喚したとか」



「相変わらず耳が早い。しかし、それは決して貴国に対して不誠実な行為ではないのです」

使者も負けずに自信を持って話す。

「ほう。面白い。では、どういった理由で召喚したのかな? 」

アンブロジアが威嚇しながら聞く。



「はい、説明させていただきます。



①前勇者が道具袋にしまいっぱなしになっていた伝説の装備や金銀財宝を回収するため。

②最近、周辺国がフリージア皇国に対して不満を持っている。勇者を召喚して盟主国としての権威を取り戻すため。
「しかし、魔国にとっては不快なだけだが。それに対してどう補償するのかな? 」

「はい。貴国に対しては、勇者が残した道具袋を返還させていただきます」

「なに、『魔王の袋』の返還だと。わかった。いいだろう」

「ありがとうございます。これで勇者がもたらした忌まわしき過去の過ちも償われ、魔族と人間の永遠の平和がもたらされましょう」

「期待しよう」

魔王と使者の会談は満足のうちに終了した。
その後、大規模な式典が執り行われ、シンイチたち一行は魔王城に向かった。
そうしているうちに一行は魔王城の正面門から入っていった。



魔王城の城壁内に、何千人もの魔族の姿があった。

全員整然と隊列を組んでいる。



目の前には周囲に屈強な兵士を引き連れた巨人の姿があった。

シンイチでもわかるくらいに圧倒的な魔力と強大な力が伝わってくる。



「皆のもの、ご苦労であった。よく勇者と人質を護送してきてくれた。」

「はい。魔王アンブロジア陛下。勇者と人質の引渡しをさせていただきます」

アーシャが合図すると、フリージア皇国の兵士達が動き、シンイチとメアリーを拘束した。

「な!? 」

「ま、まさか、ボクまで! 」

驚愕するシンイチとメアリー。

すかさず魔王が近づき、無造作にメアリーに首輪を付けた。





「シンイチ!!! くそ! ボクも拘束するということは、最初から人質に差し出すつもりだったんだな!! 」



「ふふ……魔王様から王族を一人差し出すように言われましたのでね。」

ノーマンが見下したように言う。



「……くっ」

メアリーは観念したようにへたりこんだ。

「ふふ。諦めるがいい。二人を地下牢にでも入れておけ」

魔族に連れて行かれるシンイチとメアリー。





「これが道具袋でございます」

シンイチから取り上げた道具袋を魔王に献上するアーシャ。

「ふふ。間違いなく『魔王の袋』だ。ついに余の手に戻ったか。所有権譲渡の儀式は明日執り行うが、見物していかれるかな? 」

「いえいえ、せっかくですが我々はすぐに呪力条約紙をお届けして、国王陛下を安心させたいのでこのまま帰ります」



そうして、フリージア皇国一行は満足のうちに帰国していった。



地下牢



「ううん……ここは? 」

シンイチが気がつくと、暖かい枕の感触があった。

目の前に泣きはらしたようなメアリーの顔がある。



「ごめん……本当にごめん。こうなったのもボクが愚かなせいだ」

メアリーは涙を流しながら、静かに頭を下げた。



シンイチは少し落ち着くと、先ほどの記憶がよみがえってきた。



「メアリー。なぜ俺をうらぎっていたんだ」

「王族としてみとめられたら、妾にも奴隷にもならずにすむし、比較的自由になれると思ったんだよ。そしていつか立派な貴族として認められて領地とかもらって、穏やかに暮らせると思って……」

「……。その結果が人質として魔王の奴隷か……」

シンイチがポツリというと、メアリーは号泣した。



(怒っても仕方ない。この子だって俺と同じように裏切られて生贄にされたんだ。中学生くらいの年齢で、頼りにする親もいない子が必死に生きるためにした事なんだ。考えてみたら、魔王の奴隷なんて俺よりもかわいそうだ……)

そう思ったシンイチは、泣き伏しているメアリーに近づいて、ゆっくりと頭をなでた。



「シンイチ? 」

涙に溢れた顔を起こす。

「もういい。もう泣くなよ。悪いのはお前じゃなくて他の王族だ。お前は仕方なくしたことなんだよ」



「ヒック……グス……ありがとう。ごめん。本当にごめん」

泣きながら謝るメアリー。

「もういいから」

メアリーを抱きしめて頭をなでる。シンイチの胸の中でメアリーは泣き続けた。





シンイチに抱きついて泣き出すメアリー。疲れきっていたのだろう。すぐに眠りに落ちた。

(なにか方法があるはずだ。俺が魔王を上回っている所、俺にできて魔王にできない事。考えろ、考えろ)

今まで読んだあらゆる物語を必死に思い出して、なんとか魔王に勝つ方法を考える。

夜は静かにふけていった。





次の日、兵士に地下牢から引き出され、魔王城の広場につれていかれた。

広場には魔方陣が書かれ、中央に道具袋が置いてあった。



「ただいまより、愚かなる勇者から魔国の至宝である『魔王の袋』を取り戻す儀式を始める」

魔王が高らかに宣言すると、広場を埋め尽くした魔王軍から歓声が沸き起こった。



魔王の話を聞きながら、シンイチの頭は高速で回転する。やっとの事である物語を思い出した。

それは神の手にも負えない魔神を騙す人間の青年の話。

(賭けだな。だけど、これしか方法がない……)

シンイチは決心すると、ゆっくりと魔王に近づき土下座をした。



「ん? なんのまねだ」

突然のシンイチの土下座に不審がるアンブロジア。

「ぼくは貴方の部下になります。許してください」

みっともなく媚びる口調で命乞いをする。そのままジリジリと道具袋に近づく。



「ふっ。シンイチとやら。みっともない真似はよせ。もはや勇者としてでも名が残らなくなるぞ」

「……どうしても許してくれないのですか? 」

「どうしてもだ! 諦めるがいい。

「そうですか。では、こうします! 」

「なに??? 」

シンイチは土下座をしたまま、道具袋に片手を突っ込む。

次の瞬間、シンイチの姿がその場からかき消えた。



魔王城



シンイチが道具袋に手を突っ込んだ瞬間、その姿が消えた。道具袋もなくなっている。

「なんだと!! 瞬間移動の魔法を身につけていたか。さすが腐っても勇者。くくく……しかし、この魔王城には結界が張ってある。瞬間移動しても魔力の壁に阻まれるまでよ。逃げられはせん。皆、全員で勇者をさがせ!! 」

魔王の命令で魔族の兵士が四方に散り、魔王城を隅々まで探す。



「シンイチ……本当に一人で逃げたの?  いや、シンイチだけでも逃げてくれれば、それでいい……」

メアリーが気丈に独り言を言う。すると、いきなりその姿が消えた。



「なに!!! ばかな! 何の魔力も感じなかったぞ」

今度こそ驚愕する魔王。

「人質も逃げた。探せ!!!! 」

魔王が吼える。いつの間にか余裕が失われていた。



「ま……魔王様 大変です!! 」兵士があわてた様子で報告する

「なんだ!!!!! 」

「魔王城の他になにもありません!!!! 」

「何もないとはどういうことだ!!! 」

「説明できません。こちらに来てください! 」

兵士の後に続く魔王。城壁の正門から外を見る。



門の向こうには……どこまでも続くなにもない白い空間が広がっていた。













「あ、あれ? ここはどこ??? 」

いきなり目の前の光景が変わってびっくりするメアリー。

目の前には、広く平坦な更地があり、そばにはシンイチが立っていた。

「メアリー、大丈夫? 」

シンイチが優しく声をかける。

「シンイチ。すごい!! いつの間に瞬間移動なんて超高等魔法を使えるようになってたの? やったー」

助かったと思い、シンイチに抱きつくメアリー。



「瞬間移動? そんな魔法使えないよ。ここはさっきの場所から一歩も動いてないよ」

得意げな顔をしてシンイチが言う。

「??? どういうこと?? 」



「入れちゃいました。魔王ごと『魔王城』を」



しーん



しばらく二人の間に冷たい風が吹いた。







「あはははははは もうだめ。笑いしんじゃう」

涙が出るほど笑う二人。地面に座り込んでお腹を抱えて笑っている。



「さてと……それじゃ。ん? 」

シンイチが立ち上がって歩き出そうとしたとき、いきなり袋が動いた。

「な……なに???? 」

二人で顔を見合わせる。まるで中で何かが暴れているような動きだった。





「もっとだ、もっと魔力を集めろ」

魔王を中心にして、周囲を魔族が取り囲んでいた。

「魔獄砲」

手を挙げて魔力を放出する魔王。



「……余にはすべての魔族の命がかかっておる。命果てようとも、この世界を破ってみせる」

鬼気迫る形相で魔獄砲を放ち続ける魔王。

山でも軽々と吹き飛ばす魔力砲を何発も放ち続け、道具袋の世界を破ろうとしていた。



激しくよじれる道具袋。

「ど……どうしよう。このままじゃ破れて、魔王がでちゃうよ!!!! 」

メアリーが悲鳴を上げる。

「えっと、えっと、そうだ!!! 」

シンイチは必死の表情で道具袋の魔方陣に手を突っ込み、何かを力まかせに引き抜いた。



「グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」

その直後、魔方陣からこの世のものとも思えない叫び声がひびきわたった。

あまりに恐ろしい悲鳴だったので、メアリーが耳を抑えてへたりこむ。



「ね、ねえ、何が起こったの? 」

シンイチに聞く。

「ね……ねえ。なにをしたの? 」

「と、とっさに、魔王の心臓を取り出した」

「……」

「……」

沈黙が続く。



「…………ねえ」

「…………はい」

「鬼? 」

「鬼ですハイ。」

我ながら、自分がした事をひどいなーと思うシンイチであった。









「……どうやら、中の魔族も落ち着いたみたいだね」

「ああ。魔王が死んだし、中から破ろうとするのは止めたみたいだ」

立ち上がって歩き出す二人。

「これからどうする? 」

「そうだなぁ。とりあえず、フリージア皇国まで帰ろうか。あいつ等にはお礼をしないといけないからな」

ものすごくいい顔で笑うシンイチ。

「そうだね。たっぷりお仕置きしよう」

そのまま仲良く二人で手を繋いで、フリージア皇国へと続く道を歩き出した。



魔王城

4魔公と16魔将が円卓につく。中央には虹色に光る巨大な魔法玉があった。

魔法玉とは魔物が死んだ時に死体の側に出現する魔力の塊で、冒険者はそれを回収して売って収入にする。または、自分で吸収すると、魔力を回復させることができた。他にも、魔法を使う際に魔力補助をするなどに使える。

しかし、強大な魔物の魔法玉には、また別な使い道もあった。



「……この『魔王の魔法玉』を吸収した者が次の魔王となります」

水の魔公ウンディーネが代表して発言する。







「  私にまかせてほしい。必ずこの道具袋の世界をやぶってみせる」

炎の魔公イフリートが言う。彼が一番戦闘能力が高かった。



「あはは。その前に、この中の空気を浄化し続けていかないと。。私に魔法玉をくれなきゃ、いつまでも魔力がもたなくて、みんな窒息するね。いいとこ保って一ヶ月だね」

少女のような姿をした風の魔公シルフィールドが発言する。





「そもそも、魔王の魔法玉とは、歴代の魔王の魔法を伝える至宝。魔王が世襲制であることをお忘れか? 魔王の血を引く正当後継者に渡されるべきものです」

アンブロジァの息子である魔将ケルビムが二人を牽制する。





お互いに睨みあう。円卓での会議は混沌とした雰囲気に包まれた。



魔族の会議は進展をみせず、延々と時間ばかりたっていった。







「あっ 大事な事忘れてたよ」

メアリーが思い出したように言う。

「何? 」

「魔族が死んだら、魔法玉って物を残すんだよ。それが高く売れたり、魔力の元になったり、レベルアップに使えたりするんだよ。きっと魔王が死んだから、魔法玉でたはずだよ。取り出して!! 」

「はいはい」

シンイチは魔王の魔法玉でろ~と念じながら道具袋に手を突っ込んだ。



目の前に巨大な虹色をした魔法玉が出現した。



「うわ!!! すごい魔力が流れ込んでくる。うわー、きもちいい~」

魔法玉を吸収して、メアリーの魔力がどんどん上がっていく。

「???? なにも感じないけど??? 」

一方、シンイチは何も感じない。

魔法玉はすごいスピードで小さくなり、魔王の魔力がすべてメアリーに吸収された。





「はあ……レベルアップすら出来ないとは……究極の最弱勇者って奴かぁ」

シンイチはため息をついた。





魔王城

魔王の位を主張しあう者同士が激しく言い争う中、いきなり何の前触れも無く魔王の魔法玉が消える。

「!!!!! これは???? 」

「これは、まさか! どうやら……外の勇者に取り出されたようだ」

一瞬呆然とする一同。



(これで……魔族は終わりだ。情けない。どうすればよかったのだ)

ウンディーネとノームは頭を抱えて懊悩した。





魔王城



イフリートが滞在している西の塔



「……やはり、その方法しかないか」

イフリートが苦虫をかみつぶしたような顔で言う。

「……はい。他の3人の魔公と、16魔将を殺して魔法玉を集めれば、計算上は魔王様の魔力を上回ります。その魔力をイフリート様が吸収し、魔力砲でこの道具袋の世界を破れば……」

「……しかし、その方法は同族の共食いに等しい。決してやってはならぬ禁忌だ……」

イフリートが悩む。







ウンディーネが滞在している東の塔



「ウンディーネさま。言われるままに金貨と宝石を集めましたが……どうされるのですか? 他の魔公に知られたらどう思われるか」



「誤解を招く行為であることは承知しています。しかし、どうしても必要なのです」

集めた金貨を魔力で融合させ、一枚の純金の板を作った。



「どうしてわざわざその様なことをするのです?」

「勇者に手紙を出そうとしても、そのままでは取り出してくれないでしょう。だから、勇者が『金銀財宝』を出そうとする時に、この金と宝石で出来た手紙も取り出してくれるはずです」

「そこまでして……」

「我々には他に方法はないのです」

ウンディーネはため息をついた。



ノームが滞在している北の塔



「なんですと! この世界に永住するですと? 」

ノームの執事が叫ぶ。



「我等四大魔公は精霊を先祖に持つものたち。精霊とは世界を司る力だ。我等が大地や風や水や太陽に姿をかえると、魔族は生きていけるだろう。もちろん、一族の者も相当数我等と共に姿を変えねばならんが、生き残った魔族がいつの日か世界に帰る魔法を開発できれば……」

「お館様……」



ノームの前に深く頭を垂れる大地の一族だった。





中央の塔に滞在する16魔将



「いいか。なんとしても他の魔族を滅ぼして、魔法玉を集めるのだ! 四大魔公とそれに従う兵士どもの魔力を吸収すれば、道具袋などたやすく破る事が出来る イフリートはもしや同じことを考えているのかもしれん。よく警戒して、先手を取れ」

魔王城の中では緊張が高まっていった。





シルフィールドが滞在する南の塔



「キャハハ。皆いろいろな事かんがえているね~」

余裕たっぷりの表情で言うシルフィールド。

「ふふ。風の末裔たる我等には水も食料も不要。あわてる姿が楽しいね~」

小さな妖精が言う。彼女もシルフィールドと同じ容姿をしていた。





「まあ、私達にとって、ここを出入りすることなんてたやすいけどね。何回も『外の私』につながったし」

シンイチが道具袋から物を出し入れするたびに空気がつながり、外にいる分身との連絡がとれる。



『風と滅びの魔公』の呼び名の通り、魔国の滅亡を楽しんでいた。





「あはは。じゃ、次は勇者君たちに協力しようか。勇者君たちが、今の社会を滅亡させるように」

「そうだね。それじゃ、勇者君のところにいってくるよ」

「たのんだよ~」

小さい妖精の姿をした方のシルフィールドは消えた。





旅をして数日。メアリーはすっかり道具袋に味をしめていた。



「んふふ、今その道具袋は本当に宝の袋だね~。もっと試してみようよ」

「はいはい」



シンイチは例のごとく道具袋に手を突っ込んで、どんどんと取り出す。

「うはっ。『炎の剣』『霧の羽衣』『地魔の槌』『天空の風石』その他いっぱい……素敵!!! 」

それを見て、目をハートマークにしてはしゃぎまわった。

いろいろ宝物を見て、使えそうなのを身につけるメアリー。

「この『天空の風石』は使うのに魔力が必要みたいだしね。でも綺麗な宝石だな~」

ペンダントになっている『天空の風石』を首にかけてメアリーが言う。



「でも、使い方がわからないと不便だよね。この『天空の風石』ってどう使うんだろう? 」

着替えを済ませたメアリーが改めて宝物を点検する。

「ああ、それはね。空を飛べるアイテムだよ。私の物だけど、あげるよ」

澄んだ声が聞こえてくる。

「え? すごいじゃん。……てか、キミだれ? 」

いつの間にか、目の前に小さい妖精が浮かんでいた。

「初めましてだね。キミが魔王の後継者? そしてそっちの拗ねてるキミが勇者君? 」

「えっと……? 」

「あ、ごめん。私は四大魔公の一人シルフィードの分身。シルフと呼んでね」

あっけらかんと自己紹介する妖精。



「「えええええ??? 」」

シンイチとメアリーが同時に声をあげる。

「あはは。そんなにびっくりしなくてもいいよ」

シルフがニヤニヤと笑った。

「ど、どうやって道具袋から出たんだ!!! 」

「ああ、道具袋の物を取り出すときに中とつながるでしょ。その時に一緒に出たの。空気を扱う私しかできないけどね」

空中で偉そうに胸をそらす。

「ボ、ボクたちに仕返しするの? ボクは強くなったんだぞ!!! 」

女神の杖を振り回しながらメアリーが言う。でもちょっぴり腰が引けている。



「あはは。そんなに警戒しなくても。私はね、今度から勇者君のお供をする事になったんだよ、よろしく」

「「え?? 」」

「これから私は役に立つとおもうよ~ 」

にっこり笑うシルフ。





「……まあ、今すぐ俺たちに危害を加えないなら、一緒に来てもいいんじゃない。小さいし、危険なさそうだし」

「そうだね。まあいいか」

「決まりだね。楽しい旅になりそうだよ」

旅の仲間にシルフが加わった。



「それじゃ、空を飛んでナムールの街までいこうか。『フライ』 」

「え? 」

メアリーがシンイチの手を取って呪文を唱える。すると、二人が浮き上がった。

「ち、ちょっとまって。マジで浮いているよ! 怖い怖い~」

生身で空中に浮くなんて初めての経験のシンイチが恐怖に震える。

そのまますごいスピードで飛んでいく三人。



「あはは。気持ちいい~」

メアリーが気持ちよさそうに笑う。

「そうでしょ。風になって世界を巡るのって気持ちいいんだよ。でも勇者君は大丈夫かな? 」

シルフが笑う。シンイチは真っ青な顔で無言だった。

笑いながら、一行はとりあえずナムールの街まで飛んでいった。





シンイチが魔王を倒した頃。

フリージア皇国



「ふふふ。うまくいったようだな」

国王が満足げに笑う。

「ええ、これが魔王からいただいた『呪力条約紙』です」

アーシャが取り出して渡す。

封を破って中をみるなり、国王は叫び声をあげた。



「ふむ……なに!!!! どういうことだ? 」

「何か? 」

アーシャがいかぶる。

「魔王の署名はあるが、血判が消えておる。これでは条約が発効しないぞ!!! 」

「なんですと!! 」



「緊急会議じゃ!! 」

急遽国内の貴族が集められ、会議が開かれる事になった。







フリージア皇国城



数日前から国中の貴族を集めて対策会議をしているが、前向きな意見は出てこなかった。



メルトたちを責める貴族。擁護する騎士。

先手をとって勇者を暗殺すべきと主張するもの。

各国へ攻め込むべきと声高に叫ぶ者。





会議がまとまらないまま、何日にも及んでいた。







ナムール街





「よし。今日は買い物だ!! 」

メアリーが元気に気合を入れる。

「その前に、『霧の羽衣』と『女神の杖』と『天空の風石』は道具袋に入れるよ。持って歩いたら危ないから」

小市民であるシンイチは高価な品々を見せて歩く事をいやがり、宝物を道具袋に収納した。



ポケットに金貨を入れて、ナムールの街を歩く三人。

「あ、これいい。この服も可愛い。これも」

「はいはい」

メイド服を着たメアリーがどんどん買い込む。

「おー。いい匂い。シンイチ。これも。どんどんいこー」

シルフは香水や香料を大量に買い込む。





シンイチは遅れないように必死になってついていった。



何時間も市場を連れまわされて、疲れきった様子のシンイチ。

二人に付いていこうとするが、つい引き離されていく。



「あっ!!!! 」

その時、いきなりシンイチが持っていた道具袋がひったくられた。

「待て!!! 」

シンイチは必死に追いかける。道具袋を取られたら破滅である。

「え? 」「どうしたの? 」

遠くで二人の声がするが、構わず追いかけた。



盗人は裏通りに入っていった。



息が切れそうになるが、必死に追いかける。

すると、盗人が立ち止まった。犬耳と尻尾がついている小さい少女のようである。

少女に近寄ると、いきなり後頭部に衝撃がきた。後ろから棒で殴られて昏倒するシンイチ。

「アンリ。よくやったぜ。こいつら結構高いもの買いまくっていたから、いい稼ぎになるぜ」

筋骨隆々とした男たちが数人出てきて、道具袋を探る。

「なんだこれ? 開かないぞ。でも、触ってみたら何も入ってないみたいじゃねえか!!!! アンリ、失敗したな!! 」

道具袋を投げ捨てるチンピラたち。

「そ、そんな。あたしは確かにその袋に物を入れたのを見たんだよ」

「うるせえ。役立たずが。もういい。そこの男と一緒に、お前も今日限り売り飛ばしてやる!! 」

「や、やめて。奴隷にするのだけはやめて。何でもして借金返すから……」

「やかましい!! 」

男たちに縛り上げられるシンイチとアンリと呼ばれた少女。

そのまま二人とも袋をかぶせられ、連れて行かれた。







「シルフ、確かにシンイチはこの辺に来たの? 」

「うん。シンイチの汗のにおいがこの辺に漂っているから」

メアリーとシルフは見失ったシンイチを追いかけて裏通りに来ていた。



「……でも、シンイチいないよ? あっ これは」

地面に道具袋だけが落ちていた。





「ここでシンイチの匂いは途切れているけど、知らない男達の匂いが残っているから、それを追いかけよう」

「わ、わかったよ。シルフ、案内して!! 」

道具袋を掴み、シルフについていくメアリー。



男達はシンイチとアンリを、裏の奴隷商にもちこみ、シンイチたちは気絶したまま牢に入れられた。





気絶から覚めるシンイチ。地下牢に入れられていた。



「……ごめん」

見た目が10歳くらいの茶色の髪をした、犬耳尻尾つきの可愛い少女が謝ってくる。

「……さすがに二回目だとムカついてくるけど、まあいいや。キミの名前は? 」

異世界に来て散々裏切られる経験を積んだからか、割とあっさりしている。

「アンリ」

「んで、アンリちゃんは何でこんなことしたのかな? 」

「引ったくりをして、死んだ父ちゃんの借金を返せって……」

スンスンと泣きながら言うアンリ。



はぁぁーとシンイチはため息をついた。





「奴隷ども、服を脱いで出ろ!! 」

人相の悪い鬼族の男が命令する。その手には焼印をおす鏝を持っている。



「次はお前だ! さっさと来い! 」

シンイチの番になり、必死にあがくが、取り押さえられる。

「お、おい!やめてくれ! 」

「やかましい!」

焼きごてが肩に押し付けられる。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」

シンイチの口から洩れる絶叫。

今まで感じたことも無い苦痛にのたうった。







「ぐっ……熱い。痛い」

まだ肩を押さえてうめいているシンイチ。

その後、奴隷達は馬車でオークション会場まで運ばれた。

隣ではアンリがずっと泣いている。



「あんた達も魔族の捕虜になった口かい? 」

隣に座っていた人間の中年男が声をかけてきた。



「ええ」

「気の毒にな。その若さでこれから一生奴隷か……」

「一生!?」

酷い話に言葉が続かない。

「まあ、兄ちゃんたちも強く生きろよ。そのうちフリージア皇国に現れた勇者が魔王を倒してくれて、魔国なんかぶっ潰してくれるさ。そうなったら、奴隷から解放されるだろうよ」

無邪気に勇者を信じる中年男。



シンイチは自分がその勇者だなんて言えなかった。



「……きっと、勇者が助けてくれますよ。噂じゃ、魔王城ごと魔王が消えてしまったとか」

「本当かい兄ちゃん? そいつは嬉しい事を教えてくれるねぇ」

奴隷たちが喜ぶ。

シンイチの中で何かが変わり始めた。





「よし。シンイチは奴隷商人に売られたんだね。そして、今日は奴隷市が立つから、郊外の奴隷市場に運ばれ.ると」

匂いをたどって男達にたどりつき、ボコボコにして彼らからシンイチの行き先を聞き出す。

「すぐに行こう。っとその前に、さっきの市場であれを買わないと。今から行くのは非合法の場所だから」

必要なものをそろえて、奴隷市場に向かった。





すべての正規の奴隷市が終わった後の深夜、裏のオークションが始まった。

「それでは、オークションを始めます。今日はいきのいい者たちが沢山入荷されました! 皆様方のきっとよい奴隷となるでしょう」

司会の男が挨拶し、裏のオークションが開催された。





「八番!! 哀れなる犬族の少女です。皆様の慈悲を!! 」

アンリが壇上に上げられる。

「ア、アンリで……す」

恐怖のあまり声が出ない。そのまま座り込んで泣き始める。

客達はその様子をみて嗜虐心をそそられた。



客達が騒ぐ。

シンイチはその姿をみて怒りに拳を握り締めた。





9番の奴隷が売れ、次はシンイチの番になる。











「さあさあ、誰もいないのですかな? 」

司会の男が煽るが、誰も反応しない。

「残念でしたー。では……」

「300アル」

その時、値をつける声がした。

一瞬静まる観客達。値をつけた魔族を見る。

首に金のアクセサリーをしている全身を筋肉に覆われた男だった。

その男がシンイチに向かってウインクする。





「ははは、慈悲ぶかきお客様がいらっしゃった。さあさあ、他にいませんか? 」

「400アル」

最前列の男が値をつける。司会の男と目配せした。

どんどんとオークションは進行し、いつしかとんでもない値がついた。

「……き、貴様、いい加減にしないか!! 空気を読まないか!! 」

痺れを切らしたように喚く。



「そうだ!! 」

「俺たちはラストのショーまで見物に来てるんだ」

客達も騒ぎ出す。

元々悪趣味な客達は、奴隷の拷問と処刑を楽しみにしていた。



「ははは、こやつには10万アルどころか、一億アル以上の価値がある。よければ、我輩が証明してみせようか? 公開処刑ショーよりはるかに面白い見世物になる事を請け負おう」

「……いいだろう。もし我々が納得できなけば、お前が10万アルを支払った上にその男を処刑させてもらおう」

「いいだろう」

筋肉男が立ち上がり、壇上のシンイチに近づく。



近づいてくる筋肉男を見るシンイチ。何度みても覚えがない。

「ふふふ、やっと会えた」



筋肉男がゆっくりとアクセサリーを外す。

すると、左肩にシルフを乗せ、右手に道具袋をさげたメアリーが現れた。









「メアリー!! 」

「シンイチ!! 」

壇上で抱き合う二人



「くっ。貴様達、何者だ!! 」

この土地の伯爵が立ち上がって叫ぶ。

二人は静かに離れ、会場のすべての人間をにらみつけた。



「俺はお前達を滅ぼす勇者だ!! 」

初めて勇者であることを宣言するシンイチ。

「ボクはあんた達を滅ぼす魔王だよ!! 」

初めて魔王であることを宣言するメアリー





シンイチは静かに道具袋を開けて、魔方陣に右手を突っ込み左手を床につけた。

「メアリーとシルフと奴隷達を除いてこの建物全部を収納」

そうシンイチが念じると、三人と奴隷達を残し、オークション会場がこの世から掻き消えた。



更地になった奴隷会場の建物があった場所。

シンイチ達と奴隷達だけがそこに立ってる。





「あ、あの、お兄ちゃん」

その様子をみていたアンリがおずおずと近寄ってきた。

「ああ、そういえばお前達の鎖も外してあげないとな」

アンリと奴隷達の鎖を道具袋にいれる。

奴隷達はあまりの急展開に理解が追いつかず、呆然としていた。



「ね、ねえ、お兄ちゃん勇者様なの? お姉ちゃん魔王様なの? 」

アンリが聞いてくる。不安なのか、犬耳と尻尾がペタンと垂れている。

「ああ、そうだよ」

アンリの頭を優しく撫で、笑いかけるシンイチ。





「……私達を助けてくれるのですか? 」

奴隷の一人、マチルダがおそるおそる問いかける。

「ああ、そうするよ。とりあえず街に帰ろう」

その言葉を聞いて、奴隷たちの顔に生気が蘇ってくる。





「「「我等を救っていただき、ありがとうございます!! 」」」

奴隷達の感謝の声を聞きながら、シンイチとメアリーは照れ笑いをした。

「それじゃ帰ろうか、メアリーお願い」

「任せて」

天空の風石を発動させる。空を飛んでナムールの街まで帰った。





次の日の朝



「本当にありがとうございます。助けていただいた上、お金までいただいて……」

奴隷を代表してマチルダが言う。

「いえいえ、気をつけて帰ってください」

旅費として一人100アルずつ渡す。これでそれぞれの故郷に帰れるだろう。



「勇者様に栄光あれ!! 」

人間の解放奴隷たちが唱和する。

「魔王様に栄光あれ!! 」

魔族や獣人族の解放奴隷が唱和する

「「「「勇者様と魔王様に永久なる感謝を!! 」」」

最後に全員が唱和し、それぞれ故郷に旅立っていった。



その日の昼

「お客様、その、玄関前に来客が来ておりますが……」

宿の従業員に呼ばれるシンイチ。

「誰だろ。行ってみよう」

玄関に行くと、アンリとその母であるショリが来ていた。





「皆様。この度はアンリを救っていただき、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

ショリが頭を下げる。アンリも尻尾を振りながら頭を下げた。



「いえいえ、よかったですよ」

「はい。それで、アンリからもいろいろ話を聞きました。それで、やはりアンリを、シンイチ様の側に置いていただきたいのです」

ショリが真剣な表情をして言う。

「いや、それはちょっと。奴隷なんて……」

「奴隷としてじゃないよ。。つまり、私を働かせて欲しいの」

アンリがしっかりした声で言う。

「働く? 」

「うん。こう見えてもお母さんの家事を手伝っていたし、買い物でも掃除でもなんでもできるよ」





「……メアリーやシルフはどうおもう? 」

「いいとおもう。この子可愛いし」

「まあ、勇者と魔王なんだから、従者くらいいてもいいよね~」

メアリーとシルフもアンリを雇う事に同意する。

「わかりました。奴隷じゃなくてメイドで雇います。月30アルでいい? 」



「ありがとう……ご主人様、これからよろしくね! 」

シッポをふりながらアンリが言う。

犬族の少女、アンリが仲間に加わった。



アンリの件で、シンイチは考えが少し変わった。

個人的な復讐なんかいつでもできる。それよりは、この力を使って、困っている人を助けるべきではないかと思い始めていた・





(王や貴族を倒してもしかたない。この世界そのものを変えないと……俺の復讐の対象はこの社会自体だ。少しずつでいいから社会制度を変え、奴隷制度を恥と思うように教育し、強い者も弱い者も皆が平等に人間としての権利をもち、国の主役は国民だという民主主義に意識に変えよう。ふふふ、そうしたら個人的な復讐相手であるフリージアの王族や貴族も自然に没落するだろう。その姿をみて笑い飛ばしてやろう」

気持ちの整理がついたように笑う。シンイチのこれからの目標が出来た。



その日の夜



[ああ、そういえば、魔公の一人、ウンディーネがシンイチに連絡取りたがっていたね。手紙を書いていたよ」

シルフが思い出したように告げる。

「手紙? 」

「うん。シンイチが金銀財宝を取り出すときに出るようにって、わざわざ純金の板に宝石を貼り付けて手紙を書いていた。可哀相だから読んであげたら? 」

「そうか。それなら読んでみよう。俺宛の手紙出ろ」

道具袋から純金の板に宝石で書かれた手紙をとりだす。





勇者様へ。



我等が魔王と貴殿の戦いの結果、我等は敗北し、魔王城ごと袋の世界に閉じこめられました。

魔王様はお亡くなりになり、魔王玉すら勇者様に取り上げられたため、もはや自力ではこの世界から出られないと悟り、魔王城の者は絶望にかられております。

時間がたつごとに、水や食料が不足し、我々は塗炭の苦しみにあえいでおります。

ある者はこの期に及んでも権力を求め、ある者は金に執着し、魔王城内では混乱の極に達しております。



魔王城のすべての物は、もはや勇者様の物です。お望みでしたら、私どもの命も差し出します。

何卒、お慈悲をお持ちして、兵士や民の命を救っていただきたく存じます。

我々は、勇者様が望むすべての要求にお答えいたします。ぜひ話し合いに応じていただけませんでしょうか。



   四大魔公 水と癒しのウンディーネ。











「それじゃ、ウンディーネさんと話してみよう」

シンイチがウンディーネを取り出そうと道具袋を開けると、20歳ぐらいの美女が出現した。

「私は四大魔公の一人、ウンディーネと申します。以後お見知りおきを」

「俺は一応勇者のシンイチです」

「ボクは、フリージア皇国……いえ、一応魔王? なのかな。メアリーといいます」

「あはは。シルフィールドの分身のシルフだよ。道具袋から一足先に出させてもらっているよ~」

お互いに自己紹介をする。





「私達は、勇者様に全面降伏いたしましょう。我々四大魔公や十六魔将も捕虜となりましょう。魔王城や、その中にある金貨、宝物もそのまま勇者様に進呈いたします。そして、魔国もフリージア皇国に併合されましょう。ただ、兵士達の命や、民達が奴隷にされる事だけは許していただきたいのです……」

ウンディーネは涙をながしながら土下座する。







「そ、そんなに泣かないでください。悪い事をしている気分になる」

シンイチが焦っていう。



そのうち、ウンディーネの泣いている姿に耐え切れなくなってきた。

「も、もう止めてください。俺は魔族を滅ぼそうなんて考えていませんから」

「ぐすっ ほ、本当ですか? あ、ありがとうございます……」

「魔王城の中にいる人達は、全員解放していいです。四大魔公とか魔将とかもすべて」

「本当ですか? ぐすっ。あ、ありがとうございます」

「しかし、彼らが俺たちに復讐するかもしれないので、それを絶対にさせないこと。あと、魔王城とその中の物については、そのまま俺の物にさせていただきます」

「は、はい。当然のことです」

ウンディーネの緊張した表情が徐々に緩んでいく。



「それから、これはキツイ要求かもしれませんが、魔国の奴隷をすべて解放していただきたいのです。そして、魔国から永久に奴隷制度を廃止していただきます」

「……奴隷をですか? 」

意外な要求に驚くウンディーネ。



「ええ。奴隷制度がすべての戦争の原因です。私の世界では……」

奴隷解放の理念と地球の歴史を語る。



「シンイチ様……とても興味深いです。その……お願いがありますが」

ウンディーネがもじもじとした様子で頼みごとをする。

「お願いですか? 」

「シンイチ様の知識はとても面白いです。『知識共有』を私としていただけませんか? 」

「いいですよ」

「ありがとうございます。……それでは失礼しますね」

正面に立って腕を首に回し、ウンディーネがシンイチに抱きつく。そのままゆっくりとおでこを引っ付けた。





「痛!! これは何回やってもなれないな~。でもいろんな魔法があるんだな。使えそうだ」

シンイチがウンディーネから離れる。

ウンディーネは離れた後も、しばらくぼうっと呆けている。



「……? ウンディーネさん? どうしたの? 何かあった? 」

心配するシンイチ。

「はっ……な、何でもありません。ふふっ。心配していただけるのですか? シンイチ様は優しいですね……」

ウンディーネはにっこりと笑いかける。

「いえいえ、そんな事ありませんよ」

その笑顔をみて、シンイチは照れた。



(こ……これは。ほんのわずかな知識を交換しただけなのに、なんなのこの情報量。。このような世界から来たの? わ、私もこの世界に行ってみたい)

シンイチを熱い目でじっと見つめるウンディーネ。



「ぜ、ぜひこのような世界を作り上げましょう、私も死ぬ気で協力します」

おもわずシンイチに抱きついて、心からの協力を約束するウンディーネだった











魔王城



魔公や魔将たちに召集をかけるウンディーネ。

魔公は全員出席したが、16魔将は代表としてケルビムを出席させるのみとなった。



「……というわけで、私は勇者様と交渉をしたし、一応の合意を得ました」

ウンディーネの言葉に魔公たちは同意したが、魔将ケルビムのみは強固に反対した。



「私は反対だ。ここで弱腰になると、我々が奴隷とされた暗黒時代の再来だ。どれだけ犠牲が出ようが、袋を破り、自らの手で脱出すべきだ」

「ケルビム殿。犠牲を出して脱出するとは、いかなる方法によってか? 」

イフリートが鋭く聞く。

「イフリート殿もお分かりのはず。貴殿の部下が武器や防具を買い占めているのは我等も承知だ」

「我等も16将が同じ行為をしているのを掴んでおる。だが、私は貴殿とは違う。同族を犠牲にするくらいなら、勇者の提案を呑むほうがマシだ。その程度の誇りはもっておる」

イフリートとケルビムが睨みあう。



「お二人とも……今は争っている場合ではありません。採決で決めましょう。条件付でもかまいません。勇者様の提案を呑む方は? 」

ウンディーネ、シルフィールド、イフリート、ノームが手を挙げる。

「決まりです。魔王がいない以上、魔公の決議で決まります。16魔将は代表者が魔公一人分の決議権を持っております。4対1で勇者様の提案を呑む事が決定しました」

ウンディーネが採決し、方針が決定した。

「では、勇者殿に対して、条件の交渉の議論に移りましょう」

それぞれ意見を言う。だが、ケルビムは不服として退出していった。







全員がさすがに疲れたのでいったん会議を中断して休憩している時、それは起こった。

「大変です!! ケルビム殿、反乱! 城内は反乱軍との戦闘で大混乱です」

イフリートの部下が注進に来た。

「そんな……なんという事でしょう」

「やはりな。心配なされるなウンディーネ殿。この中央エリアは我が軍で固めておる。半ば予想されたことだ」

イフリートが安心させるように言う。



「イフリート君。ノームおじさんは魔力の回復に徹して。あと、ウンディーネちゃんは勇者に呼び出されたら、訳を話して助けを求めなよ」

キビキビと指揮をとるシルフィールド。



「でも、助けてくれるでしょうか……」

[お人よしだから、一度友達になった人を見捨てたりしないよ。」

シルフを通してシンイチを見守っているので、信頼している。

「ならば、我等は防御に専念しよう。この中央エリアにいるイフリート魔公軍は私が指揮を取る」

イフリートが前線に出て行く。

「ウンディーネ殿は篭城のための回復ポーションを作り出していただきたい。私は身を削り、魔力を込めた実をつくり出そう。」

体の一部を樹に換え、魔力実をつくるノーム。

「はい。シンイチ様……早く私を呼び出してください」

水の一族を集めて薬を作りながら、心の中でひたすら祈るウンディーネだった。







戦闘は膠着状態のまま、時間が過ぎていった。

本来なら魔将軍の圧倒的有利のはずだったが、体力の回復ができるウンディーネ、魔力の回復ができるノームが魔公側に存在し、戦闘力が最も高いイフリートが回復しながら防御に専念するので、戦闘は決め手を欠いたまま時間ばかりがすぎた。



戦場で直接対決をするケルビムとイフリート。

平行線をたどる二人の主張。



「……どうあってもか。交渉で外に出られるとわかってもか。同族殺しをしてもか」

「くどい! 誇りを持って外に出ないと、結局は魔国は滅びたと同じだ」



「……よくわかった。この上は一騎打ちにて勝負をつけよう。我を倒して魔法玉を吸収してみるがいい。他の魔将たちや兵士達もよく見ておくがいい。私が倒されたら、強大化した魔力をもってケルビムは見境なく虐殺を開始するだろう。その時は、結界内に逃げ込み、勇者に助けをもとめるといい。シルフィールド殿。お願いしたす」

「わかったよ。しんじゃダメだよ」

シルフが悲しそうな顔で言う。いつの間にか、魔将や兵士達も戦いをやめ、二人の対決を見守っていた。



数時間にもおよぶ激闘。



『ボルケーノ』

イフリートが広範囲の炎魔法を使うと、地面からマグマが吹き上がってケルビムを焼く。

『ウインドレイン』

ケルビムが呪文を唱えると、無数の風の刃がイフリートに向かう。

イフリートの体が切り刻まれる直前、イフリートは結界に逃げ込んでいた。



「卑怯者。一騎打ちに逃げをうつか」

「ほざいていろ若造。回復したらまた相手をしてやる」

イフリートは結界内に帰り、それをきっかけとして両軍の戦闘は中断された。





ケルビム陣営

「もうポーションはないのか? 」

「はい。もともと品薄だったのですが、この戦闘ですべて使い切ってしまいまして」

「回復魔法が使える者は? 」

「癒しの魔法を使える水の属性を持つ者が少なく……殆どがウンディーネの配下ですから」

「ぐぬぬ……」

部下と現状確認をするケルビム。

イフリートと引き分けた彼も全身に傷を負っていたが、回復の手段がなかった。

(このままでは、再戦時には確実に負ける。やむをえん、もともと覚悟していたことだ)

「他の16の魔将を呼べ。軍議を行う」

伝令が伝えられ、16魔将が揃った。



「皆、ご苦労。後は私が一人で戦う。皆ご苦労であった。『グラビティ』」

ケルビムが呪文を唱えると、軍議をしていた部屋の床一面に魔法陣が広がる。



「こ……これは」

「動けない」

「まさか、重力魔法!! な、なぜこのような事をなされる」

体が動かなくなり、動揺する魔将。



「き……貴様ぁ! 」

「くっ……貴様についたのが間違いだった」

「た……助けてくだされ!! ケルビム殿ー 」

魔将たちの体がどんどん潰れて消えていく。後には15個の大きい魔法玉が残った

魔法玉に手を触れて吸収するケルビム。体がひと回り大きくなっていた。

「これで後には引けなくなったな……。くくく、魔公どもよ。待っているがいい」

誰もいなくなった軍議場で一人高らかに笑うケルビムであった。



再び攻め立てる魔将軍。

ケルビムが強大化した魔力をもってシルフィールドが張った結界に向けて魔力砲を放つ。

ドガンと大きな音を立てて、結界が砕け散った。

「でてこいイフリート。決着をつけるぞ」

ケルビムが大声で叫ぶ。



「くっ……ケルビムのこの魔力。まさか……。やむを得ぬ」

イフリートが結界から出る。

「貴様!その姿は……」

「察しの通り、16将はもはや私一人だ」

巨大化したケルビムが笑いを浮かべる。





ケルビムと激突するイフリート。

「ははは、どうした。その程度か!! 」

ケルビムが笑う。もはや力の均衡は完全に崩れていた。



「これで終わりだ。オメガブリザード」

ケルビムが氷系の極大魔法を使うと、戦いの場を絶対零度の吹雪が覆う。

「くっ……」

イフリートの足が凍りつき、動きが止まった。

「ハッ」

その隙にケルビムか『氷河の斧』を振るい、イフリートを真っ二つに両断した。



「クククク……これで私は最強の魔王になる。後は残りの魔族を皆殺しにして……」

イフリートの死体の側にでた大きな魔法玉を吸収する。

ケルビムの体はさらに巨大になっていった。











「ああ……よく寝た。」

朝になり、シンイチがおきて来る。

宿の食堂で皆で朝食を取る。



「それじゃ、朝食代を払おうか。いくら? 」

宿の親父に聞く。

「二人で1ギルだ」

「はい」

道具袋を開けてお金を取り出した。



その瞬間、シルフが頭を押さえて地面に落ちる。

「シルフ!! どうしたんだ!! 」

「……大丈夫。ちょっと緊急の情報が入っただけ。あまりにやかましいから頭が痛くなったよ」

「緊急? なんなんだ? 」

「とりあえず、部屋に帰ってウンディーネちゃんを呼び出そう。魔王城が大変な事になっているみたい」

三人は部屋に帰って鍵を閉めた。



「ウンディーネさん(服つき)でろ」

道具袋から取り出だすと、部屋の中央に焦った様子のウンディーネが出現する。





「お、お願いです。助けてください! 」

ウンディーネはシンイチにすがりつき、必死の表情で頼み込んだ。



「ウンディーネさん落ち着いて。どうしたの? 」

「じ、実は、魔王城内で反乱がおきて、イフリート殿が殺されて、結界が破れて……とにかく大変なんです」

混乱しながらも、なんとか説明を終えるウンディーネ。

「お願いします。魔王城の者達を助けてください!! このままではケルビムに皆殺しにされます! 」

必死の形相のウンディーネ。

「わ、わかりました。ケルビムって奴を倒せばいいんですね。ケルビムの心臓でろ」

道具袋に手を入れるシンイチ。

「熱ッ!! 」 

その時、火の中に手を入れたような熱が伝わってきて、シンイチは手に大火傷を負った。

床を転げまわって苦しむシンイチ。

「シンイチ!! 」「シンイチさん! 」

あわてて手にヒールをかけるウンディーネとメアリー。しばらくして、シンイチの火傷が回復した。

「あ……二人ともありがとう。いったいどうなったんだ? 」

シンイチは理解できずに首をかしげた。



魔王城の中で、ケルビムの姿は炎に包まれた巨人に姿を変えていた。

イフリートの魔力を吸収したことで、自らを炎とかす『フレイムフィギュア』の魔法が使えるようになったのである。

「ふふふ。今勇者が余の心臓を取り出そうとしたが、炎に焼かれおったわ。待っておれ。袋の中の魔族を食らい尽くした後、この袋の世界をやぶり、じっくりと燃やしてやる」

イフリートから奪った『炎の剣』を振るって暴れるケルビム。もはや魔王アンブロジアを完全に超えていた。





ケルビムが放った炎が魔王城を焦がす。

シルフィールドが張った姿をくらます結界からも、熱に耐え切れず飛び出す者が続出した。

「た、助けて」

結界から出た者は、ケルビムの配下に見つかり、無残にも殺されていく。

その魔法玉を吸収して強くなっていく魔将軍の兵士たち。

「ははは……新たな魔王の誕生だ!! 」

「魔王ケルビム万歳! 」

「このような古い城など、魔公どもと一緒に燃やしてしまえ! 」

彼らの宴がひろがっていった。



「やむをえん。皆は逃げろ。私が奴を抑える」

ノームが結界から出ようとする。

「ダメだよ。ノームおじさん。しんじゃうよ」

シルフィールドが必死に止める。

「大丈夫だ。大地を燃やし尽くす事など誰にも出来はしない」

ノームは結界からでて、ケルビムの前に立った。





「『スチールフィギュア』」

ノームは自分の体に魔法をかけ、巨大な鋼鉄製のゴーレムの姿になる。

『土魔の槌』を持ってケルビムの前に立ちはだかる。



『土魔の槌』を地面にたたきつけると、周囲に高重力がかけられた。

「ぐっ」

飛んで避けようとするが、堪えきらずに地面に膝を付く。

「たとえ水であれ風であれ炎であれ、土の支配からは逃れられん。おとなしくしておれ」

そういうと、ノームの体の一部が樹に変わった。見る見るうちに樹に実が成り、それを食べるノーム。

「な、何をするつもりだ」

「その魔力、危険すぎる。また皆に戻してもらうぞ。『ケセルシード』」

口の中の種に魔力をこめて吐き出し、ケルビムの体の上に撒く。それはみるみるうちに成長してケルビムの体に根をはり、樹になっていった。

「こ、これはなんだ! 」

「ケセルの樹となって恵みをもたらすがいい」

「ぐわーーーー」

ケルビムが絶叫する。その姿は急速に成長する樹の根元に隠れて見えなくなった。





「ちょっと、どうなっているか知りたいから、道具袋開けて。シルフィールドと連絡とるから」

シルフがシンイチに催促する。

「そうだね。状況を知っておかないと」

道具袋の魔法陣に片手を突っ込んで外の世界とつなげる。

「んー。来た。あれ? ノームおじさん、ケルビム倒しちゃった? 」

「え? 本当ですか? 」

ウンディーネが拍子抜けしたような顔をする。

「えっと、どうやったか……あー、シンイチ並にえぐい事するねぇ」

シルフが笑う。

「え? 」

「ケルビムを魔力を吸う樹であるケセルの樹の苗床にしちゃったよ。そのうち魔力が吸い尽くされて、カラカラになったケルビムの干物ができちゃうね」



「ふう。一安心しました……」

ウンディーネが安心して肩の力を抜く。

「みんな、お茶入れたよ。お菓子も買ってきたから食べようよー」

アンリが言う。なんとなく皆気がそがれて、まったりと紅茶を飲みながらお菓子をたべた。



魔王城

ケセルの樹の成長が止まる。

「息絶えたか……ケルビム。今までの事を償ってもらう。」

たくさん実ったケセルの実をもぎ取ろうとノームが近づく。

その時、ケセルの樹の枝が動き、ノームの巨体を絡め取った

「な?? 」

あまりの驚きに動きがとまる。その間にも蔓が何十にも撒きついた。

「ふふ。さすがノーム公。余も危うく死ぬとこだった」

ケルビムの声が聞こえる。



「くっ。ま、まさか、ケセルの樹をのっとるとは……」

「魔力そのものに根を張るとは貴様の言葉だったな。ならばどんなに硬い体でも関係あるまい。余の糧になるがいい」

ノームの体に何百ものケセルシードが撒かれ、ノームの体を覆い尽くして魔力を吸い取る。

あっという間に変身がとけ、生身の体となったノームの体内にケセルの根が侵攻していった。





「はっ お茶を飲んでいる場合ではありませんでした。皆が傷ついています。魔王城に戻らなければ」

紅茶を飲み干した後、ウンディーネが焦ったように言った。

「もう帰るの? ゆっくりしていけばいいのに」

「ありがとうございます。また一日後にでも呼び出してくださいね」

シンイチに笑いかける。

「それじゃ『収納』」

ウンディーネの手を握って念じると、姿が消えた。

「やれやれ、忙しそうだな……え? シルフどうしたの? 」

道具袋を空けたとたんに、再び真っ青な顔になるシルフ。

「た、大変だよ。とにかく、早くノームおじさんを呼び出して」

「なんで? 」

「何ででもいいから。絶対余計な事考えないでよ。『ノームおじさんだけ出ろ』って念じて」



「わ、わかったよ。『ノームさんだけ出ろ』」

そう念じた次の瞬間、傷だらけのノームが出現した。



魔王城

「な? ノームが消えた。……またあの忌々しい勇者の仕業か。ちょろちょろとちょっかいをかけおって、うっとうしい。ふふ、まあいい。代わりに愚かにも帰って来た魔公がいるようだからな」



ケセルの樹をさらに成長させ、蔓を触手として魔王城中に伸ばす。



魔王城は蔓に被われていった。



「いや、勇者殿。助けていただいて誠にかたじけない。私は地と恵みのノーム。四大魔公の一人です」

メアリーがヒールで治療を施し、動けるようになったノームが挨拶する。



シンイチとメアリーも自己紹介する。





「しかし、せっかく救っていただいたのですが、皆を助けないと。勇者殿、申し訳ござらんが、魔王城に戻していただけませんでしょうか? 」

なおも戦おうとするノームだったが、シンイチはあわてて止める。

「ノームさん。今戻っても自殺行為です。それより、ケセルの種について教えてください。なんとかする方法を見つけないと、結局無意味になってしまいます」

「わかりました。たしかにそうですな。ケセルの種とは……」

シンイチに説明するノーム。

シンイチはその情報を元に、必死で考えた。



魔王城



蔓に拘束されたウンディーネとシルフィールド。着ていた服が破れて、かろうじて体に引っかかっている。



「ふふふ。では、二人とも喰らってやろう。そうして他の魔族も喰らい、袋を魔力を込めた蔓で破り、外の世界のすべても喰らってやるわ! 」

ウンディーネとシルフィールドにケセルの種が植え付けられた。



体にケセルシードを撒かれ、全身に芽が入り込んでくる

ウンディーネの脳裏にシンイチの気弱そうな顔が浮かぶ。暖かい気持ちになる。照れた顔が可愛いと思う。



(シンイチ様……もう一度会いたかった。貴方の理想がこの世界に広がり、皆が笑って暮らせる世の中を作りたかった。なにより、貴方の側でわらいたかった……。そうか、この感情。120年生きていて、誰にも感じなかった、この人の側で笑っていたいという感情。これが・……)

ウンディーネの意識が闇の中に落ちる寸前、ウンディーネはかすかに微笑んだ。



魔王城のほかの場所でも終末は迫っていた。

「助けて……助けてください」

「く……これは、どういうことだ」

敵味方関係なく、ケセルの蔓に拘束される魔族たち。

ケルビムの意思が伝わってくる。

『我の贄になるべし』

「そんな……俺たちは味方です。お助けください」

魔将軍の兵士達が懇願する。

「余に必要ない。すべて我が糧になれ」

「そ、そんな……」

魔王城にいる全員にケセルシードが撒かれ、体内で根を張る。

魔王城すべての魔族に死が迫っていた。





ノームを加えた全員でケルビム対策を考えるシンイチたち。





「そうだ!ケルビムから魔力をとりあげればいいんだ!ケルビムから魔力を抜き出して集めろ! 」

そう念じながら道具袋に手を入れて念じ続けた。





「ウガァァァァァァァァァァァァァァァ。勇者めぇぇぇ」

ケセルの樹と化したケルビムが叫び声をあげる。

その声でウンディーネの意識が戻る。



「はっ どうなっているのです? 」

体内に入ったケセルシードが見る見るうちに枯れていく。

拘束していた蔦から力が抜け、解放されて下に落ちた。

目の前の樹のケルビムの顔が苦しげにゆがみ、叫び声があがる

どんどんと樹が枯れていった。





「あっはっは。あーおかしい。ウンディーネちゃん。空を見てみなよ」



言われて空を見上げるウンディーネ。

その目が限界まで開かれ、口が開きっぱなしになる。



空には、巨大な手の形をした魔力結晶があった。







魔王城にいる者たちを拘束していた蔓が枯れる。

「た……助かったのか? 」

「よかった」

抱き合って喜ぶ魔族。もはや敵味方の区別もない。

「おい、空を見てみろ! 」

誰かが叫び、皆が空を見る。そして全員が固まった。

空には虹色に輝く巨大な手。

まさに神の降臨にも等しい荘厳な光景に心が打たれる。





全員が膝をつき、手を胸の前で組んでこの奇跡に祈りをささげた。











ナムールの街



魔王城から解放された魔族

誰もが長い幽閉から解放された喜びで沸きあがっていた。

新魔王に即位したノームと条約を結び、魔国と人間国の狭間にあたらしい国家を建設するシンイチ。



日本から取った名前である『ヒノモト国』成立を宣言した。



「ヒノモト国万歳!」「ヒノモト王に栄光あれ」

国民達の歓声のなか、最弱の勇者は伝説の王者になった。





道具袋の中で魔族が混乱に陥っている頃……



フリージア皇城 カストール伯爵邸。



カストール伯爵家は魔国との国境を守る大貴族であり、フリージア皇国の中でも高い地位を保っていた。

建国以来何度も魔国の侵攻を退け、王室との婚姻も結び、縁も深い。

代々の当主も優秀な貴族であり、領民からの信頼も厚かった。



その当主であるカストール伯爵は、今回の勇者召喚からの一連の経緯について報告を受けていた。



「ふむ。まず、最初に勇者召喚の計画を立てていたのは、メルト王女なのだな」

低い声で言う。

「はい。父上。この計画には、弟であるアーシャもからんでおります」

発言したのはドンコイ・カストール。カストール伯爵家の長男である。

彼は学問・魔法・剣技のどれも秀でた能力はなく、家中からは無能な放蕩者として見られていた。

事実、普段は特に役職もつかず、皇都に滞在し、情報収集と称して同世代の貴族と放蕩を繰り返している。



彼が評判の悪い第一王子カリグラの取り巻きの一人であり、騎士副団長である弟アーシャと嫌い合っているのは周知の事実であった。

「はは、第四王女に取り入り、勇者を召喚して魔国に対して優位に立てば王位に近づくとでも吹き込んだのでしょう。勇剣を振るしか能がない無能男がなまじ策を練るからこのような無様なことになるのでしょう」

ヒヒヒッ と楽しそうに笑う。アーシャの失敗が実に楽しそうであった。



「……ずいぶん楽しそうだな。それでその間、お前は何をしていたのだ」

カストール伯爵が不快そうに言う。

「いえ、私は特に何もしておりませんでしたよ。余計な事は一切。本来、国事にかかる事は陛下や宰相殿の仕事ですからね」

ぬけぬけと言い放つ。

「何もしていない……か。確かにお前は昔からそうであったな。剣も才能がない。学問も長続きをしない。そのくせ人の批判は得意だったな。お前がアーシャの剣について批判した時は、家臣一同失笑したものだ」

無能な息子を睨みつける。



「事実、アーシャが美しく、剣を使えるということだけで名声を得て、騎士団副長になり、現実を何もしらないお姫様とお近づきになった。そのせいで、愚かにも国政に口を出すようになったではありませんか。その結果、カストール伯爵家が窮地に追い込まれている現状はどうお考えなのですか? 」

ここぞとばかりに言い放つ。言う事に一理はあるので、伯爵も無視はできなかった。

「……くっ。その点は確かにアーシャにも責任がある。だが、今ここでその様な事を言っている場合ではあるまい」

「父上。本気でおっしゃっているのですか? 今だからこそ、その事について目をそむけている場合ではないのでは? 」

「どういうことだ? 」

思わず聞き返す伯爵。



「つまり、勇者生贄計画に参加したのは、騎士副団長アーシャであって、カストール伯爵家次男アーシャではないということですよ」

「なに?? 」

意外な言葉に驚く。

「アーシャの言い分では、フリージア皇国のために勇者を生贄にしたということでしょう。では、カストール伯爵家のためにアーシャが生贄にされても文句は言えますまい」

ドンコイが言っている事を理解すると、伯爵の頭に血が昇る。

「貴様は自分の弟を切り捨てろと言っておるのか!!!  」

伯爵は手に持ったグラスを投げつける。グラスがドンコイの額に当たり、一筋の血が流れた。



「父上。気が済みましたか? 」

ドンコイは顔色も変えてなかった。平然としている。

「貴様は……」

予想外の反応に驚く。今まではこのように怒鳴りつけられると、真っ青な顔をしてペコペコと謝って逃げ出していた。

今、目の前にいるドンコイは伯爵の怒りに対して一歩も引かない。





「気が済んだらご決断を。アーシャを取ってカストール家を潰すか、アーシャを切り捨ててカストール家を救うか」

ドンコイの声が冷たく響く。



「……わ、わかった。アーシャを切り捨てよう」

その言葉を聞いて、ドンコイは満足そうにうなずいた。



様々な思惑が交差し、シンイチを取り巻く情勢は混迷を極めていた。























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