トヨタ自動車が春闘と並行し、取引先とこの先半年の部品値下げ交渉を進めている。コスト削減は競争力の源泉だとしても、下請けから賃金引き上げへの余力を奪いかねないことにも留意したい。
今春闘は、相場のリード役であるトヨタ労組が、基本給底上げのベースアップ(ベア)要求を昨年の半額、三千円に抑える異例の展開となっている。トヨタの二〇一六年三月期の連結決算で、過去最高の営業利益が見込まれるにもかかわらず、である。
要求額を抑えたのは言うまでもなく、下請け中小企業との間に埋めがたい賃金格差が生まれてしまう危機感を、労使ともに持つからだ。「トヨタだけよければいいのか」。豊田章男社長をはじめとして同社経営陣がたびたび口にするように、格差を放置すれば、創業以来の強みである取引先との一体感が損なわれかねない。
それなのにわざわざこの時期、下請け中小企業の体力を奪いかねない部品値下げを要請するのは、格差是正の流れに逆行しているようにもみえる。下請け企業から賃上げへの余力をも奪うからだ。
トヨタにも言い分はあろう。同社は通常、1%程度の値下げ要請を半年ごとにするが、下請けの賃上げに協力するため、一四年秋から二期にわたり要請を見送った。今回それを復活するのは、この間に弱まった他の自動車メーカーとの競争力を、より強めるために必要な判断だという。定期的な値下げ要請は、グループ一体でコスト削減に向かう「カイゼン」の原動力となるのも事実だろう。
さらに言えば、トヨタが仮に一次下請けへの値下げ要請を見送っても、その先の二次、三次下請けまで見送りが及ぶかは、トヨタにも確かめようがない。
とはいえ、トヨタなどの輸出産業は、政府・日銀のデフレ脱却に向けた金融緩和策で生じた円安の恩恵を受けている。三兆円弱と見込まれるトヨタの一六年三月期の連結営業利益のうち、円安の押し上げ分は10%超に上りそうだ。半面、多くの下請けは部品材料を輸入しており、円安は恩恵どころか逆に重荷になっている。
だからこそ、財界、製造業のリーダーであるトヨタには、今春闘で賃金格差是正への取り組みが期待されてきたのだ。
日本最大企業であるトヨタの空前の好業績が、部品値下げ要請などで下請けに浸透しないなら、中小企業の賃上げ機運など当面、盛り上がりようもないだろう。
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