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四部
23話
 ………………。
 ここは、どこだ……?

 ふと我に返ると、俺は見知らぬ場所にいた。
 そこは剥き出しの岩が転がる平野の真ん中。
 その、剥き出しの岩を背にした状態で俺は地べたに座っていた。

 ……………………?

 俺はなぜこんな所に。

 ここは紅魔の里の近くだろうか。
 遠くからは人々の罵声が聞こえる事から、俺はそんな推測をしてみた。
 ……?
 思い出せない。
 何か、人として、男として心にくる様な衝撃を受けたような。
 その後、何か更にショックな出来事があった様な……?

 なんだろう、凄く気になるが、自分の本能が思い出すなと強く叫んでいる気がする。

 ……と、何かが地面を這いずる様な音がし、岩陰からそれがヒョイと姿を現す。

 ……シルビアだった。

「あら、正気に戻ったみたいね。ちょっとお尻に押し付けただけでピクリとも動かなくなるから心配したわよ? ……気分はどう? 何か、したい事やして欲しい事はあるかしら?」

 そんなシルビアに即答する。

「下着を変えたいです」
 その言葉に、シルビアが笑いながら俺のリュックをポンと放ってきた。

 ちょっとお尻に押し付ける?
 動かなくなる?
 何の話をしているんだろうか。
 俺が投げつけたリュック、まだ持ってたのか。

 俺はそれを受け取ると、どうしてだかちょっと大変な事になっている下着を…………。
「…………。すんません、恥ずかしいんでちょっと向こう向いてて貰えます?」
「あら失礼。ごめんなさいね、可愛らしいお尻してるから、つい」
 シルビアが、そんなドキッとする様な事を…………。
 …………?
 なんだろう、こんな美女にそんな事言われてもちっとも嬉しくないのはなぜだろう?

 まあいいか。
 俺の本能が、思い出すなと警告している。
 冒険者たるもの、自分の勘や本能は大事にした方がいい。
 俺はモソモソと下着を着替え、岩から上半身だけを出して時折こちらをチラチラ見てくるシルビアを気にしながら。

「……ええっと。なんか、ふと我に返ったら状況が掴めないんですが。今、何がどうなっている状態なんでしょう?」
 俺は、着替えを終えるとその場から立ち上げった。

 ……?
 そういえば、俺はいつの間にシルビアの胸の前から開放されたんだろうか。
 シルビアの胸を枕に心地良い状態で縛り付けられて……。
 ……?
 なんだろう、その辺もなんだか思い出さない方が良い気がする。

 シルビアは、見れば胸に布を巻きつけ、大きな岩から、その上半身だけをこちらに覗かせていた。
 顔の顎の下や頬が軽く青くなっているのはなぜだろう。
 まるで、ヒゲの…………ッ?
 なんだろう、思い出そうとしたら軽い頭痛が。
 思い出そうとしない方がいい気がする。

 やがて、そのシルビアが、
「あら? 記憶が飛んじゃったのかしら。アタシがアレを押し付けたら、あなたはそのまま固まっちゃって。ボウヤの仲間や紅魔族が、ボウヤを取り返そうと襲ってきたのよ。で、アタシはボウヤを人質にしながらなんとかここまで逃げてきたってわけよ」
 別段大したことでも無い様に、そんな重大な事を言ってきた。
 よくよく見れば、シルビアは体のあちこちに傷を負い、所々に火傷や凍傷を負っている。
 紅魔族は本当に恐ろしいなぁ…………。

 しかし、どうやら俺は人質って事で里の外に拉致られたらしいな。
 この魔王の幹部は、どうも紅魔の里の人達以外には友好的な感じだし、交渉次第ではここで見逃しては貰えないだろうか。
 逃げ切ったら開放してあげるとか言っていたし。

「ええっと……。それじゃあ、ここまで来ればシルビアさんも逃げられるでしょう。では、紅魔の里とは無関係な、部外者な俺はこれで……」

 そう言いながら、俺はリュックを手にそそくさと立ち去ろうと……。
「あら、ダメよぉ……。あなたにはここに居てもらわなくちゃいけなくなったの。ちょっと事情が変わっちゃってね? お陰でアタシも覚悟が出来たわ」
 して、シルビアにやんわりと止められる。

 …………里の方角は分かる。
 なぜなら、未だ俺とシルビアを探す罵声が遠く響いているからだ。
 恐らくは里から数キロとは離れていないのでは無いだろうか。

 ……ここから飛び出して、そちらの方へとダッシュを……。
 ……逃げきれるか?
 無理だろうなあ、現在の、蘇生された後であまり動かない体では。
 それに身体能力が違う。
 逃げたとしても、すぐに追いつかれるのがオチだろう。

 ここは会話で少しでも時間を稼ぎ、紅魔の人達に見つけてもらえる様にするのが一番だ。
 俺は再び地面に座り込み、逃げませんよアピールをした。

 幸いな事なのかどうかは分からないが、俺は都合の良い事に、相手にも通じる共通の話題を持っている。
 そう、変な人脈をここぞとばかりに使わせて貰おう。

「そう言えば、シルビアさんは魔王軍の幹部なんですよね」
「ええ、そうよ。さっきみたいにもっと砕けた感じで話して欲しいわね? アタシ達は、さっきまでは、ずっと一緒だった仲じゃないの」
 俺の言葉に、気さくにそんな事を言ってくれた。
 ……うん、これならいけそうだ。

「バニルとかウィズって知ってるよな?」

 俺の言葉にシルビアがビクッとして表情を引きつらせた。
「し、知ってるわよもちろん。同僚だもの。……でも悪名高いバニルの奴はともかく、魔王軍の上層部でも殆ど知られていない、ウィズの名前なんてよく知ってたわねあなた。ひょっとして、彼女の居場所も知ってるの?」
「知ってると言うか、同じ街に住んでるしなあ。たまに世話になってるよ」

 魔王の幹部とちょっとだけ親しいアピールだ。
 これにより、少しでも見逃してもらえる確率や生存率を上げると言う姑息な作戦。

「へえ……。じゃあ、ウィズが魔王城の結界の維持に一役買ってる事も知ってるのね?」
「まあ一応は」
 そんな俺の言葉に、シルビアが嬉しそうに目を細めた。
「そう……。それはますますあなたを逃してあげる訳にはいかなくなったわね」

 あれっ。

「いやいや、違うから。別に俺は、魔王とやりあう気も無いし、ウィズの秘密は墓まで持って行こうと思ってるから。そ、それに! ウィズが魔王の幹部だって知っているのは俺だけじゃないから、口止めしたって無駄だから!」

 慌てて弁解する俺の言葉に、
「あら、そうなの? でもまあ、ウィズが元気ならそれでいいわ。あまり仲が良い間柄でも無かったけれど。それでも、彼女が存命な限りは城の結界も破られないでしょうから」

 自分の顎を指でさすりながら、シルビアが呟いた。
 ジョリジョリという音が聞こえる度に、何だか胸が苦しくなり、何かを拒絶するかの様に頭痛がする。
 なぜだろう?
 まあ、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
 幹部二、三人ぐらいが維持している結界なら、アクアが破れるという話らしいが、そんな余計な情報は与えなくてもいい。

「それにしてもウィズと知り合いって事は、あなたはアクセルの街に住んでいるのね。となると……。ベルディアやバニルを討ち取った人間も知っていたりする?」

 主に俺の仲間達です。
 もちろんそんな事は言えないが。

 ここはバニルの情報を売って誤魔化そう。
「ベルディアはともかく、バニルはピンピンしてるぞ。あいつ、魔王の幹部は晴れてお役御免だとか言って、ウィズの店で店員やってるよ」
「へっ!?」

 シルビアが絶句し、やがて、深くため息をつく。
「ま、まあ……。バニルが何を考えているのかはアタシにもさっぱり分からなかったし。そもそも、城に居ても、
『鬼族の悪感情などちっとも美味くないが、しょうがないから貴様らで我慢しよう!』
とか言って。アタシの部下達にロクでもない事してたからねえ……。しょうがないわね、あいつはもうそっとしておいてあげましょう。アタシもあまり関わりたくは無いし、そもそも魔王様も、たまには魔王軍の仕事をして欲しいな、ぐらいの気持ちで送り出しただけだしねえ……」

 そんな適当な理由であんなの送って来られても、こちらも凄い迷惑なんだが……。

「それよりも。悪いけれど、あなたのそんな時間稼ぎに付き合っていられる状況じゃないのよ」
 シルビアが、口元をペロッと舐めて言ってきた。
 あれっ。
 思い切り時間稼ぎってバレてる。

「ねえ。さっきアタシは、事情が変わった、覚悟が出来た、って言ったわよねえ……?」

 言ったっけ。
 言ってたな、そう言えば。
「……そ、それは、どんな事情でしょうか……」
 何だか嫌な予感しかしないが、俺は恐る恐るシルビアに尋ねる。

 するとシルビアが、岩場の影から下半身をあらわにし。

「こういった事情なのよねぇ……」

 言いながら、その黒々とした下半身……。
 ……その、グロテスクなムカデの胴体と融合した下半身を見せつけてきた。
 そして、シルビアが困り顔で言ってくる。

「紅魔の連中に、この子の頭を飛ばされちゃって。アタシの足だとまず逃げきれなかったからやむなく一つになったんだけれども。……ねえ、男性の目から見てどう思う?」

「…………それだけ生足を見せびらかすだなんて、随分自信家ですねと思います。でも下半身はちゃんと隠した方が、男受けは良いですよ」
「素敵な助言をありがとう。でも大丈夫よ。アタシ、いい男は力ずくでモノにするタイプだから。嫌がる可愛い子を力ずくで組み伏せるのが大好きなの。……所で、ボウヤ。一つお願いがあるのよね」

 シルビアは、言いながら妖艶な笑みを浮かべた。
 今や朝日が昇り、その青い顎が目立つ顔で。

 嫌な予感しかしない。
 嫌な予感しかしない嫌な予感しかしない嫌な予感しかしない!

「……な、何でしょう……?」

 恐る恐る尋ねる俺に。

「紅魔の連中に部下を軒並みやられちゃってねえ……。何とか一泡吹かせてやりたいの。そこで考えたのよ。あなたも取り込んじゃえば、紅魔の連中は手が出せないんじゃないか、って」
 俺は傍にあったリュックに手を伸ばし、ジリジリと後ずさる。
 こんな物置いて手ぶらで逃げてもいいのだが、完全に丸腰の今、何か手元に無いと不安過ぎる。

「俺はアクセルの街でも、強烈な毒を吐くカズマさんとか言われ、有名でして。あまりオススメ出来ないと思います」
 マジ勘弁。
 本当に勘弁してくれ。
 いやこれはシャレにならない。

「ツレナイ事言わないでよボウヤ。さっきまでずっと一つになっていた仲じゃないの。これからはずっと一緒になれるわよ? ……大丈夫よ、安心して。こんな姿になっちゃったからには吹っ切れたわ。いっそ、行く所まで行きましょう。あなたの大好きなあのお嬢ちゃんも取り込んであげる。そうすれば、ずっと一緒にいられるわ。悪い話じゃないでしょう?」
 シルビアは、言ってクスクスと笑い出す。

 ……今なんつったこの野郎。

 この野郎。
 ……あれっ?
 ……この野郎?

「あらあら随分と怖い顔……、ど、どうしたの? き、急に青い顔でガクガク震えだして……?」

 ……………………俺は全てを思い出した。
 自然と自分の記憶に蓋をしていたのが、それをうっかり開けてしまった。
 俺はこいつの胸に顔を埋め、その感触で……!
「ぐあああああああああああああああああああーっ!」

 俺は何の脈絡もなく、突然シルビアに襲いかかった!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 首の後ろが痛い。

 凄く痛い。

「はあ……はあ……! ま、待ちなさいよ……! ねえあなた、ほら、こっちへ戻って来なさいな……! 出ないと、アタシが捕まえた時酷い場所に取り込むわよ……! 今なら、素直に戻ってきたなら、サービスで、アタシの右隣にあなたの上半身を丸々生やしてあげるわ。でも、このままアタシが……グフッ……! ……捕まえたなら、あんたはアタシの腰の辺りにでも……っ、顔だけを生やしたまま一生を過ごすハメになるわよ……!」

 俺の後ろからは、そんなおぞましい事を言ってくるシルビアが迫って来ている。
 ハッキリ言って、絶対に捕まる訳にはいかない。
 ……と言うか、こいつに捕まるぐらいなら死んだ方がマシだろう、本当に。

「はあ……、はあ……っ! ぐっ……! ガハッ! 待ちなさい、待ちなさいなボウヤ……! はあ……! はあ……っ! ま、待てって言ってるだろうが……! お前を取り込んだ後は、絶対にあの娘も取り込んで……! そして、二人共悲惨な場所に生やしてやる……!」

 シルビアが、そんな事を荒い息で叫んでいる。
 怖い。
 本気で怖い。

 と言うか、シルビアからは既に、最初に会った頃の雰囲気や余裕も感じられず、強烈な悪意と憎しみだけが感じられた。

 こいつは魔王の幹部だって事を甘く見ていた。
 他の連中が変なのばかりだったから、どうせこいつもそんなんだろうと……!

 俺は首後ろに走る激痛に耐えながら、昨日蘇生されたばかりの痛む体を、引きずる様にして必死に逃げた。

 その後ろからは、時折、苦しそうに体をビクビクと痙攣させて、シルビアが顔を歪めながらズリズリと追って来ていた。


 先ほどシルビアに突然不意打ちを仕掛けた俺は、シルビアがまた受け止めてくれるかなとリュックを投げつけ、そのリュック越しに拳で一撃を食らわせた。
 そのリュック越しの攻撃でも、ちゃんと不死王の手のスキルが発動してくれた。

 不死王の手の効果は、毒、麻痺、昏睡。魔法封じにレベルドレイン。
 今回は毒の状態異常が効果を及ぼしてくれた様だ。

 本当に使えるスキルだ、これのお陰で今まで何度助けられた事か。
 これを教えてくれたウィズの爪の垢を、俺に宴会芸を教えようとしたヤツに飲ませてやりたい。

 毒に侵されたシルビアは、俺に攻撃された後、そのまましばらくうずくまり、ビクビクと痙攣しだした。
 その間に俺は再びリュックを拾い、今は紅魔の里へと逃げている。

 シルビアは、その後苦しそうに顔を歪め、俺を必死で追っていた。
 ムカデの足が幾本か痙攣を起こし、しばらく這いずる様に進んだ後、また再び痙攣する。

 戻って、麻痺か昏睡に陥るまで殴り続けてやろうかとも思ったが、それでアッサリ取り込まれでもしたら意味が無い。

 後ろが気になり、どうしても肩越しに振り返ってしまう。

 シルビアは苦しそうに顔を歪めながらも、ジリジリと距離を詰めて来ていた。
 あかん、里まではまだ距離がある、これはいずれ追いつかれる……!

 首後ろに走る激痛で意識がぼうっとなりそうになりながらも、それでも走りながら考える。
 ……あかん、何も思い付かん!
 魔法を使う魔力も無く、武器も無い。
 さっきみたいにリュック越しに戦おうにも、今度は不意打ちではない、きっとアッサリかわされるかして捕まる。

 くそ、全力で窓を凍らせたりだとかアホな事しなきゃ良かった!
 ちくしょう、マジで誰か助けてくれ、こいつ本当に怖い!

「ウフフフッ、さあ……! いよいよ追いつき……、グブッ……! 始めた……わよ……! そろそろコレの射程距離ね……! 覚悟はいい?」
 すぐ後ろから聞こえるシルビアの声。

 あ、あかん……!

 いっそこのまま反転して、一か八か殴りかかるか?
 毒に侵されている今なら、何とか一発くれてやる事が出来るかもしれない。
 でも、うまく不死王の手が効かなかったら?
 発動しても、今の状況でレベルドレインや魔法封じでは意味が無い……!

 そんな事を考えている内に、シルビアが大きな叫びを上げた。

「『バインド』ッ!」

 後ろで聞こえたその声に、凄く嫌な予感がし、咄嗟に振り向きリュックを投げた。

 それは例の拘束スキル。
 リュックがシルビアの放ったロープに巻かれ、地に落ちた。

 あかん、スキルを一回防いだだけだ……!

 里まではまだ距離がある、そして、この世界には都合よく助けてくれるヒーローなんてどこにも居ない。
 覚悟を決めて殴りかかるか……。
 俺は拳を握り、シルビアを睨みつけると……!

 そのシルビアは動きを止めて地面を見ていた。

 いや、正確には、地面に転がり落ちた俺のリュック。
 そのリュックからこぼれたある物を凝視している。

「…………あなた、随分と……、随分と良い物を持っているじゃないの……! あなた、随分と運が……、ぐう……っ……、い、良いわねえ……! これがあれば、紅魔の連中にも一泡吹かせてやれそうだわ……! これはもらっておくわよ、ボ、ボウヤ……ッ。その代わりに見逃してあげる! あのお嬢ちゃんも見逃すかは気分次第だけどねえ……っ!」

 シルビアは、苦しそうに喘ぎながらその物体を拾い上げた。
 それは小さな黒いキューブ。
 俺が旅に出る前に、ウィズの店で買ったガラクタだ。
 ガラクタ。
 ……そう。

 それは、モンスターに食わせると魔法抵抗力が劇的に下がり、副作用として防御力が劇的に上昇するという罠餌の一種。
 ……結果、こちらの魔法を無効化したり弾いたりする事は無くなるが、代わりに大概の攻撃魔法が効果自体を成さなくなるほどの防御力を誇る……。

「人間の街でしか手に……、でに……っ、入らず……! そして、その人間達も誰も取り扱わない様な、こ、ごんな……! め、珍しい物を持ち歩いているなんて……! それよりも、こ、この毒を……っ! 確か里に、あんたの仲間のプリーストが、い、居たわね……っ!」

 苦しそうに喘ぎながら、シルビアは、一時的に強力な防御を得られるその黒いキューブを、そのままゴクリと飲み込んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ああ、クソッ!
 なんで立場が逆転してんだ、ああっ、首が痛い、脇腹痛い……!

 俺は先ほどとは違った意味で泣きそうになりながら、必死で目の前のシルビアの背中を追っていた。
 キューブを飲んだシルビアは、その肌の色を黒く照からせていた。
 その黒い肌は、硬質の昆虫か何かの皮を連想させる。

 俺は今、シルビアを追うというか、正確には紅魔の里へと向かっている。

 こいつより早く里の人達に会い、今はシルビアが、一時的に殆どの魔法に耐える事や、現在毒の状態異常にかかり、逃げ回っていればドンドン弱っていく事を伝えないと……!

 ああクソッ、あのキューブのおかげで見逃してもらえて、運が良いのか悪いのか……!
 こいつは里で、アクアを取り込んで毒の治療でも行う気なのだろうか。
 そんなに何でもかんでもホイホイと取り込めるとも思えない。
 幾らでも取り込んで強くなれるなら、もっと色んな奴をガンガン取り込んでいてもいい筈だ。
 単に見栄えが悪いからやらなかっただけかも知れんが、何か制限ぐらいはあるだろう。

 色々と都合の良い方に考えたくなるが、今はもう走る以外に何も出来ない。

 と言うか、ようやく里に近づいて来た。
 里の連中も、里へと向かって来るシルビアの姿に気付き出す。

 二人の紅魔族の男性が、こちらに向かって駆けて来た。
 一人で魔王の幹部を追いかけていた俺は、その姿に少しだけ安心感を覚えながらも、
「おーい! 今のシルビアには、魔法が効かない! そいつは今、毒に侵された状態だ、ひたすら逃げろ!」
 俺は遠くから、その紅魔の人達に大声で警告する。
 聞こえたか?
 クソ、まだ遠いか……?

 だが、俺は少しだけ期待もしていた。
 確かあの時バニルは、こう言った筈だ。

 副作用で、殆どの魔法が効かなくなる防御力を得る、と。

 だが紅魔族の連中は魔法のエキスパート達しかいない。
 彼らの魔法なら、今のシルビアにもダメージを与える事が可能なのでは……!

 そんな俺の淡い期待の中、駆け寄って来た紅魔族の二人が……!

「シルビア……。お前との決着を付ける時が来たようだ……! 安らかに眠るがいい。そのあまりの威力に、俺がずっと封印してきたこの魔法でな……!」
「この俺に付けられた別名、蒼き閃光の赤蜥蜴の意味を教えてやろう……。行くぞっ、シルビアーっ!」
 そんな事を叫びながら、シルビアへと魔法を放った。

「「『ライト・オブ・セイバー』ッッ!」」

 …………。
 前置きの割にそれかよとか、お前らどれだけその魔法が好きなんだとか色々とツッコミたかったが、今はそんな時と場合ではない。

 紅魔族の連中が好んで使う、大変物騒なその魔法。
 彼らが放った光の刃は、シルビアの体の表面をシュッと撫で……。

 そのまま何事も無く、シルビアは二人を気にするでもなく真っ直ぐに里へと向かう。
 シルビアの体表に光の筋が走ったが、その体は切断されず、体表に仄かな白い筋だけを付けただけに留まった。

 それを見た紅魔族の二人は、驚くでもなく冷静に言い放つ。

「……なるほど。シルビアめ……あの力に目覚めたらしいな……」
「……ああ。とうとうあの力を覚醒させた様だ。……なら、俺達も少々本気を出しても許されるだろう……」

 なんだろう、あの力って。
 俺の持ってきたキューブではなく、あの力の所為だったのか。
 良かった、俺の所為じゃなくて。

 しかし、まだまだ紅魔族の二人は余裕の様だ……!
 流石は魔法のエキスパート、紅魔族。

 里に向かって迫るシルビアに、その紅魔族は余裕の表情を見せながら……!

「『テレポート』」

 唱えると同時に足元へと魔法陣を輝かせ。
 その上に居たその二人は、光に包まれ掻き消えた。


 おい。

 ……おい。

 …………おい。

 シルビアが、どす黒く染まった体色のまま目をギラつかせ、紅魔の里へと攻め込んだ……!


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