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五部
32話
 鎧を着たモンスター達が俺とアクアを取り囲む中、重々しい鎧を着た、一際大柄な山羊頭のモンスターが首を振った。

「……ダメだ。ロギアの奴事切れてやがる。その女を置いて逃げたって男は、相当な凄腕の様だな。……ロギアの体の傷痕を見ろ。無防備な所に一撃をくれたかの様な、この鮮やかな傷を。こいつは余程の使い手だ」
 山羊頭がそう言って立ち上がる中、アクアに身構えているトカゲ頭のモンスターが、
「クソッ、ロギアの敵だ! 逃げ遅れたこの女を八つ裂きにしてやろうぜ!」
「! な、何よ、やる気!? この私は強いわよ!? 伊達にアクシズ教徒の信仰を集めているわけじゃないわよ!」

 アクアが、言いながら威嚇するように身構えると、それを囲んでいたモンスター達が顔色を変えて一歩飛び退いた。

「アクシズ教徒! こいつ、アクシズ教徒かよ! なんてこった!」
「やっべえ、俺アクシズ教徒と口聞いちまった!」
「エンガチョ!」
「おい、やだぞ! アクシズ教徒なんかに関わるのは!」
「うわあ……。見ろよあの青髪、確かにアクシズ教徒くせー!」
 モンスター達が、俺とアクアから離れ、こそこそと囁きだした。

「…………」

「うわっ! おいノス! ちゃんとそいつを押さえといてくれよ!」
「危ねえ! もうちょっとでアクシズ教徒に触られる所だったぞ!」

 好き勝手言うモンスター達にアクアが飛びかかろうとし、その威嚇行動に居並ぶ敵が後ずさる。
 そんなアクアは、俺の手にするバインド用の強靭なロープで、首元をリードの様に繋がれていた。
 本人が、手足を縛られるよりこの方が良いと言いだし、今の状態になったのだが。

「おいノス! もうそいつ、城の外に捨ててきてくれや。……というか、お前はやっぱり何て言うか……。腕は立つが、頭の方が残念なんだなぁ……。そいつはアクシズ教徒なんだぞ? ノス、お前はそいつが怖くねえのか? そもそも、アクシズ教徒って分かるか?」
 山羊頭の、こいつらのまとめ役みたいなモンスターが言ってくる。


 ――アクアを捕らえたフリをしている、鎧騎士ノスになりきった俺に向けて。

 山羊頭の言い方だと、あのノスって鎧騎士は、やはりと言うか、頭の方がよろしくなかった様だ。
 あいつの声は知ってるが、口調はどんなんだったか。……よし。

「へへっ、旦那、そいつぁいけねえ! この女は逃げた男への切り札ですぜ! なあーに、もう一人居た、カズマとかいったあの男。確かに恐ろしく腕は立ち、魔法まで使いこなす万能型の強敵でしたが……。この女を人質にさえ取っておけば、俺達が負ける要素なんて皆無ですぜ!」

 俺の言葉にモンスター達が後ずさった。
 あ、あれ。声は間違いなく似せてあるはずなんだが……。

「お、おいノス。お前、戦闘で頭でも打ったのか? 元々頭の良い方じゃないお前だったが、喋りまでバカになってるぞ」
「女を人質とか、お前随分悪くなったなあ……」
「ヒクワー。カルクヒクワー」

 口々にモンスター達が言ってくる中、山羊頭が、思案する様に顎に手を当てた。

「……ふむ。お前はバカだが腕は立つ。そのお前が、それほどの強敵だと言うのなら、そうなのだろう。逃げた男はまだこの階層にいるはずだ。よし、ノス! お前はその女を連れてついて来い! ちゃんと見とけよ! くれぐれも俺達にその女を近づけるなよ!」

 山羊頭は、そう言ってくるりと背中を向けると……。

「…………」

 アクアが無言でダッシュし、その山羊頭の背中にペタペタ触った。

「あーっ! マモン様がアクシズ教徒に触られた!」
「ゲッ! マモンサマ、エンガチョ!」
「ノース! お前、ちゃんと見とけって言ったろうがァ! こらっ、止めろアクシズ教徒、あっちいけ! しっしっ!」








 数体の魔物の群れと共に、暗い魔王城の中を歩いて行く。
 暗視ができない連中も多いのか、モンスターの中には松明を持っている者もいる。
 いざ戦闘になった際には、火を消してやれば有利になるな。
 そんな事を考えながら、俺はアクアを引き連れ、連中の最後尾を歩いていた。

 倒された仲間の敵討ち代わりに、アクアを拷問しようとか言い出す奴もおらず、今のところは順調だ。

 狙いはこのまま安全にミツルギ達と合流する事。
 そして、魔王の居場所を聞き出す事だ。

「カズマさんカズマさん」

 アクアが小さく囁いてくる。
 えんがちょされたアクアを連れている俺は、モンスター達から距離を取らされているのだが、それでも話し掛けてくるのは止めて欲しい。

「なんだよ、話しかけるなって言っておいただろ?」

 小さな声で囁き返すと、アクアが神妙な顔で。

「私、既にこの状況に我慢の限界に近いんですけど。どうして私がえんがちょされなきゃいけないの? 仮にも女神の扱いじゃないんですけど。囚われの女神とか、そんなんを予想してたんですけど。何ていうか、これって狂犬病に感染した獣扱いじゃないのかしら」
「お前、もうちょっと我慢しろよ。幾らなんでもこの数相手じゃどうにもならないからな? ……っと、着いたみたいだぞ」

 俺とアクアが連れて来られたのは、広々として、かつ、そこかしこに武器が立て掛けられた、騎士が詰める待機所だった。
 そこには、中に入るのを怖気づくほどの鎧騎士が待機している。
 何と言うか、鎧騎士の一人一人から雑魚ではないオーラを感じる。
 佇んでいるだけで帰りたくなる様な……。

 それを見た俺とアクアが中に入る事を怖気づいていると。

「おうお前ら! 侵入者の内一人は捕らえたぞ! 話を聞く限りじゃあ、乗り込んできた連中は恐ろしく強いらしい。城を揺るがし崩壊させそうになった事といい、正面から戦えば魔王様を守れない恐れすらある! そこで、だ。ノスが良い案を出してくれた。……この、捕らえた女を人質にして、侵入者を一掃するという案を!」
「「「「おおおおおーっ!」」」」

 居並ぶ連中が深い安堵の息を吐きながら声を上げた。
 めぐみんの暴れぶりは、よほど魔王軍の連中のトラウマとなっていたらしい。
 無理もない、突如として自分達の居城が爆撃され始めたのだ。
 しかも最強の幹部とやらも敗れ去り、堂々と城に乗り込まれている状況だ。

「良かった……、助かった……!」
「しっかし、女を人質ねえ……。実直な奴だと思ってたノスが、そんな事を言い出すなんてなあ……」
「いやさ、人質ってのは流石に小物臭くないか? それをやってもいいのは、各地域の管理職クラスの連中までだろう。俺達は魔王様の直属の近衛隊だぞ? いいのかこれは?」

 魔王軍の連中が思い思いに喋り出す中、山羊頭が待機所の奥に行く。
 そして、それは何かの魔道具なのだろう。
 山羊頭は、タバコ箱サイズの魔道具に喋りかけた。

「おう、こちらは、魔王城最上階層の近衛隊長、マモンだ! 侵入者の一人を捕まえた! 現在侵入者と交戦中の部隊は、侵入者にその旨を告げろ! 捕らえた侵入者はアクシズ教徒のプリーストだ、こいつを殺されたくなければ投降しろと呼び掛けろ!」

 マモンとか言った山羊頭は、そう告げると奥の椅子にドカッと腰を下ろし腕を組んだ。







 未だ何の音沙汰も無い待機所の中、モンスター達がピリピリしながら待っていた。
 アクアは今のところ、意外にも大人しくしている。

 ……というかこいつ、今あくびしやがった。

 隣に、イザって時はテレポートで逃げられる俺が居るから安心していやがるのか?
 緊張感のないアクアに呆れていると、マモンがアクアに問いかけた。

「おい女。侵入者はお前を合わせて何人だ? 痛い目に遭いたくなければ知っている事を教えてもらおうか。……特に、お前を置いて逃げた凄腕のカズマって男についてだ。――そいつの職業は? 装備は? あと、戦い方と過去の戦歴、そして性格だな。知っている事を洗いざらい話して貰おう」

 ミツルギ達を拘束するまでの暇潰しなのか、マモンがアクアに、俺の事を聞き出そうとしてくる。
 あまり余計な事を言われてボロを出されると困るのだが。

「教えてあげても良いけど、喉が乾いたからお茶欲しいんですけど」
「この女!」

 ワガママを言い出したアクアに一人の鎧騎士がいきり立つ。
 が、マモンは手を上げてそれを制した。

「茶ぐらい入れてやれ。どうせ、これが最後に飲む茶になるんだ。……一番良いヤツを出してやんな」
 マモンがボス格の貫禄を醸し出して、騎士の一人にお茶を命じる。
「……で、まずは侵入者の数と、そのカズマって奴の職業からだ。そいつの職は? クルセイダーか? それともソードマスターか? ロギアの体のあの傷跡だ、魔法使い職って事はないだろう」
「数は……。私を入れて、総勢八人かしら。あと、カズマさんの職業は冒険者ですけど」

 マモンの問いにあっさり答えるアクアに、その場がシンと静まり返った。
 やがて……。

「「「「ぶはっ!」」」」

 俺とアクアを除くその場の全員が噴き出した。

「冒険者! 最弱職の冒険者だと!? バカも休み休み言えよ! そんな奴がどうやってこの城にまでやって来たんだ! ぶはははは、ああそうか、荷物持ちか? 荷物持ちなんだろう? で、スキル振りは、剣の扱いに一極化させたとか、そんな所か!」

 他の鎧騎士達が爆笑する中、マモンが笑いながら言ってくる。
 それにアクアが首を振った。

「違うわよ。カズマさんは剣も使えるけど魔法だって使えるわ。小賢しい事に回復魔法まで覚えてたわね。他に、テレポートも使えるし、不死王の手とか言ったヘンテコなスキルとか、その他色々。数え切れないぐらいに大量のスキルを持ってるわよ。……あ、ありがとうね」

 アクアが、持ってこられたお茶を受け取り礼を言った。
 ――シンと静まり返る中、アクアがお茶を啜る音だけが部屋に響く。

「ねえ、これ、お湯なんですけど」

 アクアが差し出してきたカップの中は、確かにお湯が。

「おいっ、地味な嫌がらせしてんじゃねえ、俺の顔に泥を塗る気か! ロギアやペインを殺られて頭にきているのは分かるが、くだらねえ事してんじゃねえぞ!」

 マモンに怒鳴られ、一人の騎士が慌ててアクアのカップを受け取り、新しいお茶を入れに行く。
 ……こいつ、お茶をお湯に変えやがったな。
 やめてやれよ、嫌がらせするなよ。

 マモンが一つ咳払いをし、佇まいを直し口を開いた。
「俺の部下がくだらねえ真似をしちまったな。しかし、不死王の手? 不死王の手だと? アレはリッチーしか使えないレアスキルのはずなんだが……。……まあいい、続きを聞こうか。そのカズマって奴の装備はどんなだ? 伝説級の装備でも持っていやがるのか? それなら、ロギアを倒し、ペインをも屠った事に納得がいく。そんな相手なら、スティールを使える奴をぶつければ、楽に……」

「カズマさんの装備は基本的に市販品よ。店売りの中で一番高そうな装備だったけど、せいぜいそんな所ね。というか、あんまり装備に拘らない人だったわ。安物のショートソード一本で、あなた達の所の幹部と何度も渡り合ってたわね。形だけ似せたなんちゃって日本刀を作って貰って、夕方遅くに、せーばいせーばいとか言いながら練習してたわ。……あ、ありがと」

 新しいお茶を受け取りながらのアクアの言葉に、また部屋の中が静かになった。
 ……ていうか、こっそりと練習していたアレを見てたのか。恥ずかしい……っ!

 と、一人の鎧騎士が呟いた。
「……俺、なんか聞いた事がある。その、カズマとかって奴の話。……確か、シルビア様と共に紅魔の里を襲撃に行った隊の生き残りから聞かされたんだが……。カズマって、とんでもないド外道がいた、とかなんとか……」
 その騎士の呟きで静まり返る部屋の中に、アクアの声が再び響く。

「お湯なんですけど」

 ――鎧の騎士がマモンにぶっ飛ばされた。








「そ、その男が、幹部連中を相手取って戦ったってのは本当なのか?」
「本当よ。あなた達の所の幹部で、城に戻って来なくなった人達には、大体カズマさんが関わっているわね。ベルディア、バニル、シルビア、セレナ。私が知っている限りでは、カズマさんが関わった幹部はそのぐらいね。後はまあ、機動要塞デストロイヤー退治の指揮を取っていたわ」

 既に待機所の中はシンと静まり返り、先ほどからアクアとマモンのやり取りしか聞こえない。
 誰かがゴクリと唾を飲む音。
 それらを聞きながら、アクアがペラペラと言葉を続けた。

「後はなんだったかしら? 戦い方や性格を聞きたいって言っていたわね? あの男は基本的に姑息ね。姑息で陰湿、その上やたらと知恵が回るわ。あの男は、真正面から戦おうなんて事はまずやらないわね。そう、例えば遠くから暗視と遠視であなたをじっと監視して、狙撃スキルで一撃とか。もしくは潜伏スキルで隠れて、背後から不死王の手で不意討ちなんて事も有り得るわね」

 誰が姑息で陰湿だ。後でアクアを引っ叩いてやろう。

「せ、潜伏……。不死王の手……」
 マモンの呟きに、誰かがゴクリと唾を飲んだ。
 それにアクアが、新しく持ってこられたお茶を受け取りながら。

「そう、潜伏よ。しかも敵感知なんてスキルも持っているから、隠れながらでもあなた達の動向は良く分かるでしょうね。……いえ、もしかしたら……。この部屋に、既にカズマさんが居るのかも!!」
「「「「ヒイイッ!!」」」」

 アクアの脅しに鎧騎士達が声を上げた。
 というか、そんな際どい事まで言うな!
 マモンが落ち着きなく周囲を警戒する中、アクアがお茶をすすって一言。

「またお湯なんですけど」
「待ってくれ! さっきからおかしい、俺はちゃんとお茶を……、いやマモン様、違いますって! ちゃんとお茶を淹れてるんですよ!」
 アクアが一人の鎧騎士をイビる中、マモンがその騎士に当たり散らそうと立ち上がった、その時だった――


「マモン様、侵入者を捕らえました! 相手は魔剣持ちの凄腕でしたが、女を人質に取っていると告げたら大人しくなりました!」

 そんな報告と共に、一人の鎧騎士が駆け込んできた。
 それを聞き、辺りに安堵のため息が漏れる。
 今まさに一人の鎧騎士を殴り飛ばそうとしていたマモンもその一人だ。

 マモンは駆け込んできた騎士に向け、山羊顔を歪めると、
「ようし、そいつらを連れて来い! お手柄だ、よくやったな! あと、ノス! お前も良くやった! お前の作戦が上手くいったぜ、後で褒美をやるからな!」
 そう言って、マモンは上機嫌で笑いを上げた。


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 ――数名の鎧騎士に、見慣れた面々が連れて来られる。
 そこにはミツルギを筆頭に、この城に侵入した全員の顔があった。

「アクア様、無事でしたか!」

 ミツルギが待機所の奥でお茶を飲んでいるアクアを見つけ、ほっと息を吐いて安堵した。
 アクアの顔を見て、ダクネスやめぐみん、ゆんゆんも表情を和らげる。
 ミツルギの取り巻き二人は、武器を構えたまま固い表情で動かない。

 マモンは、ミツルギ達がまだ武器を持っている事に気が付くと、
「おっと、悪いが武器を捨ててもらおうか。俺だって、本当はこんな小物臭い事はしたく無いんだがな。この女から、色々とおっかねえ話を聞いちまった以上はしょうがねえ。そこのお前! お前がカズマって男だな! 武器を捨て、こっちに来やがれ!」
 そう言って、ミツルギに指を突き付けた。

「違うわよ?」

 アクアが緊張感なくお茶をすすりながら。
「その人は魔剣の人よ。カズマさんはそこには居ないわ」
「!?」

 アクアの言葉に、待機所の中がどよめいた。
 マモンが途端に、再び落ち着きなく辺りをキョロキョロと警戒する。
 一体、どれだけ俺は怖がられているのか。
 アクアが調子に乗って脅かすからだ。

「ちっ、確かに聞いた人数に一人足りねえな。……よし、カズマとかいう野郎への人質は、この女一人で十分だ! そっちの連中は始末しろ! おい、抵抗するなよ? 抵抗すれば、こいつが一体どうなるか……!」
「くっ……!」
 マモンの三下悪役みたいなセリフに、同じくお約束みたいに悔しげに呻くミツルギ。
 めぐみんとダクネスは、どうしたものかと思案中の様だ。

「さあ、武器を捨てろ! おいテメエら、そいつらを囲んで……!」

 ……おっと、これはいけない。
 このままだと状況が悪くなるな。
 俺は一歩前に出ると、マモンの傍らに並び立つ。

「お待ちくだせえマモンの旦那! このままこいつらを楽に殺したら、俺と仲の良かったロギアとペインが浮かばれませんぜ! どうか、ここは俺に任せてくだせえ!」
「お、おう、そうか。確かにお前は、ロギアとペインの二人とはよく一緒に居たしな。それじゃお前に任せるが……。……しかしお前、その喋りはなんとかならんか?」

 マモンの許可を得た俺は、アクアの首に繋がるロープをクイクイと引っ張った。
 隙を見て、ミツルギ達の元へダッシュするぞという合図を送る。

「これはイメチェンってヤツです旦那。……さてお前ら。これが見えるか? 俺の手に握られたロープの先には、こうして見ての通り、お前達の仲間が恐怖に怯えている!」
「お茶飲んでますが」

 めぐみんのツッコミにそちらを見れば、合図を送られたアクアは首のロープを鬱陶しそうに掴み、未だに椅子に座ってお茶を飲んでいた。
 こんな時まで空気を読まない上に察しの悪いこのバカを、本気で引っ叩いてやりたい。

 くそ、作戦変更だ。
「……そこのクルセイダーの女!」
「!?」
 俺の突然の指名に、ダクネスが大剣を構えたままビクリと震えた。
 まずは、このマモンとかいうボス格の警戒を解いておきたい。

「へっへっ、まずはその武器を捨ててもらおうか。それが出来ないと言うのなら、ここでお茶すすっている女がどうなるか……!」
「……分かった。どの道私は攻撃など当たらん。……ほら、これでいいか?」
 俺の言葉に素直に武器を捨てるダクネス。
 自分で言う通り、ダクネスが武器を捨てても大した戦力低下には繋がらない。
 ダクネスが素直に武器を捨てた事で、マモンを始め、他の鎧騎士達が少しだけ緊張を緩めた。

 俺は他の連中に武装解除を促すのではなく、そのまま更にダクネスに。
「次は……。そうだなあ、その高そうな鎧が気に入った。次はそいつを脱いでもらおう」
「なっ!? こ、この鎧は……! ダ、ダメだ! これは、この鎧だけは……!」
 素直に言う事を聞くかと思えば、ダクネスが意外にも抵抗する。

「鎧が脱げない? 状況が分かっているのか? 魔王城に乗り込んだ女騎士。それが、こうして仲間を人質にされている状況でどうなるか……。仮にも女騎士などをやっているのなら分かるだろう! さあ、この衆人環視の中、その鎧を脱ぐがいい!」
「なっ……! なんだと……っ!」
「「「うわあ」」」

 ダクネスが頬を染めながら悔しげに歯ぎしりする中、なぜか鎧騎士達の方からドン引きする様な声が上がった。

「ヒクワー。ノス、オマエマジヒクワー」
「悪っりい奴だなお前……! 今まで猫被ってやがったのかよ……」
「お、おいノス。いや、お前に任せるとは言ったが、これは流石に……」

 ボス格のマモンですら引いている事実に少しだけ凹みながら、俺はダクネスへと更に続けた。

「くっくっ……。その鎧の下は、さぞかし熟れた体が隠されているのだろうなあ……! さあ、仲間の命という大義名分があるのだ、とっとと脱げ!」
「た、大義名分……! い、いやしかし、私はもう、どこの馬の骨とも分からない相手に躾けられる訳には……っ! ああっ……なんだこの、絡みつくような貴様の視線と、抗い難い感覚は……! お前は何者なのだ、妙に私のツボに来る……っ!」

 上気した赤い顔でダクネスが、何やら葛藤しながら鎧の留め具を一つ一つ外していく。
 鎧の部品が一つ絨毯に落ち、ダクネスの白い肩が剥き出しになった。

「「「「「おおっ!」」」」」

 ……おっといかん、魔王軍の連中と一緒に、俺まで声が出てしまった。
「わ、私は……! 私は、こんな辱めなんかには負けたりしないっ!」
 ダクネスが赤い顔で、真っ直ぐ俺を見つめる中。
 そんな俺を、なぜかめぐみんがシラケた目で見ているのが非常に気になる。
 勘のいいめぐみんとは言え、幾らなんでも……。

「止めろ! こんな事は許されない! 貴様、魔王軍とはいえ騎士だろう? 恥ずかしくは無いのかっ! 堂々と勝負が出来ないのかっ!!」

 空気を読まないミツルギが、歯を食い縛りながら叫びをあげる。
 ミツルギの声に、マモンが居住まいを正してその視線を鋭くさせた。
 くそっ、色んな意味で余計な事しやがって!

 ミツルギの制止の声に、思わず周囲から残念そうなため息が漏れた。
 …………今ダクネスまでため息を吐いていた様な気がしたのだが。


 ――マモンが一歩、前に出た。


 巨大な鎧に覆われた、その大柄な体が俺の前に無防備に晒される。
 マモンは、濁った黄色い山羊の目をギラつかせ――

「おいノス、これ以上いたぶるのは諦めろ! あの男の言う事も最もだ、こっちは唯でさえ人質を取ってるんだ、これ以上やる必要はねえ! さあお前ら、そいつらを取り囲め! その男は俺が相手をしてやるぜ。カズマとかいう野郎が居ないのなら、怖くもねえ!」

 吐き捨てるようにそう叫ぶと、巨大な剣を引き抜いた。

「カズマ? サトウカズマの事か。あの卑怯者よりも、この僕の方が強い! 僕の名は御剣鏡夜。これでもそこそこ名の知れた、魔剣使いのソードマスターだ!」
 人を勝手に卑怯者呼ばわりするミツルギに、応える様にマモンが低く身構える。

 そして――


「カズマ? カズマですか? あなたはカズマが怖いのですか?」

 めぐみんが、杖を構えて威嚇しながらマモンに向けて言ってくる。

「ああ? 怖くねえ! そんな、コソコソ隠れている様な卑怯者なんて怖くねえ!」

 鎧の部品を拾い集め、いそいそと肩にハメたダクネスが。

「あの男を甘く見るなよ。関わった時点で、大概の奴がろくでもない目に遭わされている。お前だって既に例外じゃないぞ」

 そんな、褒めているのか貶しているのか分からない様な事を、俺を真っ直ぐ見ながら言ってきた。

「うるせえうるせえ! 俺の名はマモン! 魔王様の部屋へと続く、この大広間を任される近衛隊長を務めるもんだ! 真正面から遣り合えば、幹部連中にだって遅れは取らねえ! どこにいるかも分からねえ、そんな男に怯えるはずがねえだろうが!」

 マモンの叫びに応じる様に、騎士達が剣を構えてミツルギとの距離を測る中。ゆんゆんが、何かの詠唱を開始した。

「本当に? さっきはあんなに怯えていたのに、本当にカズマさんの事が怖くないの? もしかしたら、あなたの傍に居るかもよ?」

 ――アクアが、この緊迫の空気の中。

 全く何の心配もしていない様な、安心しきったのほほんとした表情で、アモンに向かって問いかけた。
 どうせこいつは、俺がなんとかすると思っているんだろうなあ……。
 無事街に帰ったら、こいつとは一度、じっくりと話し合おう。


「怖くねえって言ってんだろうが! おい、聞いてるか!? コソコソと隠れる卑怯者が! この階層のどこかに居るんだろう!? 俺の声が聞こえるなら、今すぐ出て来て名乗りやがれぇぇぇっ!!」


 ――俺は兜を脱ぎ捨てると。


「初めまして! 卑怯者のカズマです!」


 マモンの首の後ろへと、剣を突き立てながら名乗りをあげた!


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