arashi closet --嵐エピソード集--

だいたい1999-2011くらいの嵐のオモシロ系エピ集です。ボリュームはけっこうあるので腰をすえて?お読みください。


テーマ:

 ※ジャニーズはグループができてコンサートをしても、デビューしたとはいわない。CDを出して初めてデビューというのだ。デビューはどのグループも喜ばしい、ファン感激のできごとだが、嵐は違う。嵐のデビューは、苦かった。



新しいグループがデビューするらしい


 1997-1999年ごろ、ジャニーズJrは、8時だJ などテレビで何本もレギュラーをもっており、KinKiなどのグループとは別に、Jr全体で売り出していた。今はちょっと想像つかないが、そういう時代もあったのだ。

 嵐世代については、その頃のJrトップが滝沢秀明、小原裕貴(コハラとよむ)。人気者は山下智久、今井翼、渋谷すばる、相葉雅紀、、と二宮和也、までかなw。

 町田慎吾、屋良朝幸、増田貴久、原知宏、安田章大、錦戸亮、横山裕、生田斗間、内博貴、秋山純、松本潤、村上信吾、風間俊介、手越裕也、桜井翔らも個別のファンがいるJrイベントの常連だった。(赤西くんとかは、その下の世代)


 嵐のデビューは1999年春ごろから、Jrファンの噂にはなっていたが、直前まで発表しないジャニーズ事務所らしく、ファンが知ったのはハワイでのデビュー記者会見後だった。1999年9月15日の嵐デビューを伝える新聞の小さい記事は、メンバー紹介が「二宮和也その他4名」(笑。新聞もう少し紙面さけよwだったもので、翌日のワイドショーの映像をみるまで、Jrファンの間でメンバーについての憶測がとびかった(^^;)。

 MAINの4名か?いや町田、屋良、アッキーじゃない?内、相葉、すばるとか?etc.いくら待っても山組2名と松潤(当時からこの愛称です)の名前はでてこなかった。(^^;;;)



なぜこのメンバー?Jrファン(の一部)怒る


 大ショーックは、デビューを熱望していたタッキー裕貴(小原)、そしてタッキーの盟友・のファン。もし彼らがメンバーに入っていたなら、ニノ(当時からこの愛称デス)がトップクレジットになるはずがないからだ。直前にラスベガスでJr番組のロケがあったが、参加したのがタッキーと、ちゃんをのぞく4名だったので、このメンバーではないかとも言われていた。


 タッキーが裏方として多くのJrを支え、売り出していたことはよく知られているので、特にタッキーファン(当時のね)は怒っていた。また、小原さんも同様、多くのJrに慕われていたし、人気投票はいつも上位で、嵐5名よりずっと格上。ファンの皆さんの気持ちは大いにわかります。

 あと、前記のとおり、嵐の中でもニノ、相葉ちゃんは人気者で、いっしょにいた松潤もよく知られていた。この3名のデビューは違和感がなく、まあ仕方ないか、だったらしい。問題は残り、年長の大野、桜井の2名(^^;;;)今ではリーダーと翔さんのいない嵐なんて、とても想像できないのにね。特に東京のJrファンには無名に近かったリーダーは、口には出さない人だけどつらかったと思う。


 人選の理由は、脱退表明していた大野、桜井、二宮の3名をやめさせないためと思われます。この3名は社長さんが押していた。そのあとだれかが松潤を押していて加盟。相葉さんは社長さんが仲良しだった風3人組から1人いないのは...って入れたとされているけど、どう考えても人気からでしょう。



おめでとうと言ってくれた人たち


しかし、タッキーのファンにも、小原さんのファンにも、他のデビューできなかったジュニアのファンにも、開口一番「は○○のファンだけど、嵐デビューおめでとう!!」と言ってくれた人もいっぱいいたのだ。



 そして、デビューできなかった仲のいい先輩や、同僚たちも、嵐のデビューを祝福し、Jrのコンサートで嵐を好意的に紹介してくれた。怒っていたファンもまあ、彼らがそう言うなら、と嵐を拍手で迎えてくれたのだ。ありがとう、同期のみんな.....。

 当時の嵐ファン、特に山コンビのファンは、この時、嵐とともにMAや、同世代ジュニアも、一生応援する!と心に誓って今に至る(のだそうだ)。


 ※10年後、2009年のカウントダウンLIVE東京ドーム。司会は前年に続き嵐5人。ステージどまんなかで、嵐とMAで、A・RA・SHI!踊ってました。8人で、です。この歓声は嵐だけにではあるまいw。大ちゃん!!嵐とMA。どちらもあなたがリーダーの(orだった)グループ。翔ちゃん「すべてのジュニアに感謝します」の最初のコンの挨拶を今も覚えている人は多い。ARASHI1曲だけだったけど。みんなは喜んでた。Jr時代からのファンは、あの心の中の約束を守ってるんだ。私はJr時代は知らないけど、嵐の大事な友人たち、私も応援してる。



 ※2010年のカウントダウンは、ARASHIがNHKから移動できない(司会者は紅白打ち上げに列席しなくてはならない。あたりまえか^^;)ため、KinKiが司会してくれました(東京)。大阪ドームはもはや大御所?の関ジャニ8.「KinKiKids!」のコールのあと、KinKiの2人は、町田さんと米花さんもマイクを渡し、いっしょに歌わせてくれてました。KinKiの2人も、アイシテルヨ!



空気な嵐?


 嵐は、目立ってナンボの芸能界でも、ジャニーズの中でも、主張もパフォーマンスも、あんまりしないグループだ。ありがたくも仕事はもらえていたので、目の前の仕事をやりとげる、要求される以上のものを返す、をくりかえしてきただけ。

 いつの時代も、嵐の味方はファンだ。どのグループもそれはそうだろうけど(^^)。事務所内で空気?な嵐も、コンサートは思いっきりはじけてた。いや、ある期間はコンサートしか仕事なかった^^;。嵐はコンサートだけで披露する曲、ダンス、コントを多く持っている。毎回工夫をこらしてファンを楽しませてくれた。それでも。コンサートは空席が目立ち、映画も売れない時代は長く、ジャニーズのお荷物といわれたこともあった。特に後輩G(NEWS、KAT-TUN)が大人気になった頃には...。


 もちろんジャニーズに弱音は許されない。このずっとあと、、、9年もたって、睡眠2時間の生活に耐えられず脱走を試みた、全部すててやめようと思った、リーダーがいなかったら解散してたかも、など当時の心境を聞くことができた、よね。

 嵐いたっけ?という空気感満載(笑)の時代、ファンは運動会やカウントダウンで、風の3人(というか、にのあい)とじゃれたりいっしょに踊ったりしてくれる関ジャニやテゴマス山Pたち、あき時間に談笑してる山組とMA、ジュニアのみんなとを見て、ほっこりと幸せになっていたものだ。風世代、山世代どっちにも顔がきくニノは、やっぱちょっと別格の人気者だなーって思う。山Pとニノのデュエットとかあるんだよ。


 空気感とともに、ちょっぴりおみそな感じもしてた嵐なんだけど、何しろジャニーズ筆頭のおみそG、カウントダウンに呼ばれないっていうSMAPがいるからなあ(^^;;)。あの先輩方に比べると...。事務所のバックアップがないまま、プロデューサー1名に育てられたSMAP。10年以上トップアイドルとして君臨し続けているのは、孤立無援のGの意地だろな。仕事は1つ1つ丁寧にこなす、要求される以上のものを返すという、やってきていることは嵐と同じなんだけど、緊張感がもーー対極(^^;)。



嵐バブル?


 そのおとなしい嵐ちゃんたちが、ちょっとづつ人気が出てきて、2009-10年頃はからずも大ブレイク。アルバムはミリオン、コンサートは86万人動員しながらもプラチナチケット。5人出る冠番組が週3本、CMもいっぱい。彼ら曰く「今は嵐バブルだから、いつかはじける」w。はじけたら5人でパン屋やるんだって。それもいいね、嵐らしいや。リーダー、通販もやってくれよ!


 TOKIOの太一くん「嵐バブル、はじけないでしょ!」 小堺一機さん、ゲストがちらっと嵐の話「本当に、いい子たちですよね!」気持ち入りすぎw。嵐10周年ではナイナイの2人「♪Soul,Soulいつもすぐそばにある...♪」デビュー曲をフリもつけて歌ってくれた。最後のズームインで、羽鳥アナに記念品を渡す嵐ちゃん。嵐が好きすぎて?なぜか泣くバード。おまえテレ朝に横すべりだろw。すぐ会うわ。Marching J2日目では、中居さん、目をランランと輝かせて募金してるファンを前に「今日は嵐はいません」。SMAPがいるのに何言ってんだかw。バブルなの?バブルかもねえ。でもいつもと同じだよ嵐ちゃんたちは。


今そっと風が舞う♪」--番長が去年のSceneコン、オープニングに選んだMovin' Onの一節です。いつか、いつか嵐ちゃんたちが言ったよね、いつだったか。「いつか、TOPになろう」。あのおとなしい嵐ちゃんたちが....(番長だけはちょっと前に出てた気もするが^^;)。ま、その後も、戦わずけんかせず周囲をひっぱらずおとなしいままでしたが(笑)TOPにはなった。


 嵐は比較的、苦労してないグループと言われるが、そんなことない。棘の道を歩かずにトップになったグループなんかいない。彼らが、Gでも個人でも、現在みせてくれているものは、嵐11年の歴史そのすべてだ。今が最高。今日からのファンだって大歓迎だよ。


AD
いいね!した人

テーマ:

 ※嵐ちゃん用語事典 で○の嵐!の項目をたてようとしたら、大混乱に...ちょっと整理してみます。


 「○の嵐!」とは?

 日テレの嵐の深夜バラエティ。A、C、D、G、T、ニのどれかが入る。....命名上問題ありすぎるぞ^^;。実際に見てたファンの紹介ページですらやや混乱ぎみ。一応、Cが2002年7月~2003年6月、Dが2003年7月~2005年9月、Gが2005年10月~2006年9月。そのあとが月曜Zeroのあとに移動して嵐の宿題くん。

 ただ、ところどころにAの嵐(アイバが思いついたことを実験する企画)、ノアラシ(ニノミヤが嵐にドッキリをしかける企画)、特番、うだうだ嵐(なんだっけ?)、まごまご嵐のなんか似てるスペシャル企画等が入ってきて、もーー何だかわっかりませーん(^▽^;)。 (嵐ちゃん用語事典より)


●真夜中の嵐! 2001年10月~2002年6月 水曜深夜


 1人が日本各地を旅行して取材してきたビデオを、嵐5人と羽鳥アナがつっこみをいれつつ観賞する番組。一応北海道、九州からスタートして、ゴールが東京らしい。

 ...って、なんじゃこりゃ。今見るとゆるすぎる企画だ....内容も特にテーマがああるわけでなく、牧場みたり水族館いったりスナックに入ったり。謎。ススキノを取材した大野さん、どうでしたか?



●Cの嵐! 2002年7月~2003年6月 水曜深夜


 Cとはクレームのことである。「クレームエージェント嵐」という架空の会社が舞台で、会社や役場の人に変わって嵐が本物のクレームを処理していくという番組。これは前のうだうだ旅番組から、一気に過酷になったなあ。これ、ガチなんですよ。

 Q:クレーム処理の方法をのべよ。

 アタシ:まず、お客の怒りを受け止める、つまり苦情を聞いてだまって怒られる、そしてひたすら謝る。それあとで、原因と解決策をさぐっていく。(社会人ならみんな知ってるんだが....)


 実はCの嵐は、初回だけ一部DVDでみることができる。

どっかにいってたCDGの嵐のCDが出てきたのでかかけてみました。が。えーとスタジオ部分だけ特典で入ってます。ロケ部分が入ってない。私はどこで見たんだ初回のロケ…まいいや、思い出したら書き足しておきます。

 会議室にまってる嵐ちゃんたちは、まだ高校出たて、どーみても全員茶髪のチャラ男(・_・;)。だ、だいじょうぶかな。

 初回は、北区役所の「放置自転車」。たいしたことなさそう?いや、片付けるんじゃなくって、違法駐車の人から区役所が設定した「罰金(3000円、高っ)を支払ってもらう」という、まだ高校出てばかりの嵐ちゃんたちには、どえらい高いハードル。実行前の作戦?会議がどうも心もとない。


大野「俺、なんかずっと謝ってる気がする」

松潤「俺謝りたくないもん

相葉「…この人(松潤)無理じゃね?」

櫻井「謝る一辺倒じゃなくていい訳で、改善してけばいい」

二宮「行くんだったら、対等じゃないってわかってね。相手の人より下なんだからね(おそらく松潤に言ってる)そこたのむからね」


 …若干1名、行く前から無理っぽいんですがーー(^▽^;)。  --Ep176

 とにかく自転車置き場に大野、二宮、松本がいき、それまで普通にとめてた社会人から、いきなり3000円とるというのはきびしく、どなられる、納得がいくまで説明しろといわれる、市役所の人が出てきて話をしてもさらにもめる、あげくは3000円を顔になげつけられる...etc.。二宮さんがほぼ1人で説明し(残り2名はクレームの迫力に言葉が出ない)、謝るが.....次第に3人とも無言に…。にの~.....お疲れ。


 次は、櫻井さんが1人で放置自転車所持者の家を訪問して、3000円の罰金を納得してもらう....無理っぽ.....。櫻井さん、何とか理詰めで説得しようとするが、逆にいいくるめられて戻ってくる(^o^;)!だめじゃん。結局市役所が別の駐輪場を紹介してくれて何とか解決した。


  ……という、初回からどぎもをぬかれる内容でしたよ。ひえーー、かわいそすぎる(><;)。たしか、大野さんがこの次の回で土下座したんじゃなかったっけ。れだけでは笑えないバラエティなので、途中から、商品テストコーナーとか、担当者の本音コーナーとかが増えてきたそうなんですが...でも.....

  Cの嵐……… 終わってよかった



●Dの嵐! 2003年7月~2005年9月 水曜深夜


 Dはドキュメントのこと。Cの嵐はめでたく半年で終わり、あの過酷さに比べたらかなりたのしかったみたいで、2年続きました。

 今度は「ドキュメントプレス嵐」という架空の会社が舞台。社長はやっぱりヒガシw。1-2名のチームで、「見たいんだけど、ふだんは見られないもの」を取材してくるというミッションです。初回テーマは、「宝くじ高額当選者が換金する瞬間」、「富士山樹海でどこまで携帯の電波が届くか」、というもの。Cの嵐が、アレだったので、ちょっとほっとするわーー。


 さて、この 「Dの嵐!」は、3カ月後くらいから、内容が変化していくのです。嵐ちゃんたちの力で。今は自在にバラエティをドライブしている感じの嵐ちゃんたちも、最初からあれができたわけじゃないです。この時、初めてだったと思います。


 Dの嵐が始まって2か月後くらいに、相葉さんの思いつき実験企画「Aの嵐」というコーナーができきました。ガチでやった色々なへんてこ実験ですが、あの実験くんスペシャル」の原型みたいなものでした。

 この相葉企画「Aの嵐が、「○の嵐」シリーズ全体の方向をかえたと思います。いや、変えました絶対。何しろ、本編に比べて抜群におもしろかったのです 

 それまではこういった実験ものは、嵐バラエティになかったメンバー自らが企画したものってのも(たぶん)なかったんじゃないかな。それが大成功ってのも、珍しいことだったと思います。だからある意味、相葉さんが「嵐バラ」の生みの親ともいえる気がします。


  しばらくして、二宮さんの、こんなんやっていいの!ドッキリ「ニノアラシ」も登場、これもおもしろかった。コンサートでの電光掲示板を使った大掛かりなのから、食品サンプルを食べさせるまで。スーツをきたニノにカメラがズームインしながらしゃべるオープニング(っていうの?)、ちょっとビートたけしのアンビリバボーに似ててかっこよかったし('-^*)/。


 Dの嵐!は「Aの嵐」登場以降、取材から実技中心にシフト。2年目からは芸能人のゲストがくるようになって、2チーム対抗の「バカ好奇心」などの実験コーナーもできて、これがまたおもしろくて。実際に実験装置を動かすスタッフも、かなりがんばってガチでやってくれてました。深夜その実験の様子が目に止まって、つい最後まで見た人も多いと思います。


 2年目からは、何といっても櫻井さんの参加が大きかったそれまでも参加してましたよ、そりゃあ。してましたけど、大学の講義優先だから、あれもこれもできず、コンサートに重点が置かれてましたよね。だから最初の頃、櫻井さんバラはとっても静かでした。翔ちゃん大学卒業ほんと、おめでとう!


 相葉さんと、大宮&番長の3名のテンションが若干違ってて~~、アイバ1人でがんばってる実験がけっこうあったからなー(^^;)。あの○の嵐!最高傑作の「船」シリーズは、バラエティのくせに2回も再放送されて傑作選での登場回数は数えきれないっていうありえないフィルムなんですが(^▽^;)、一隻目の紙の船から、もう会話聞いてるだけでテレビの前でころがってしまう楽しさ、櫻葉チームでなければこうはいかなかったでしょうね。殿堂入りにしてほしいですね。何の殿堂でしょうか、わかりませんが。

 櫻井さんがフルにバラエティに力を注げると、こんなに違うのかっていうくらい、嵐バラが生きいき、きらきらしてきました。やっぱり5人で嵐!


 傑作続出の「バカ好奇心」のチームわけをちょっと書いておきます:もぐらさんチーム(大野・二宮)、泣き虫さんチーム(相葉・松本)、天才と紙一重(櫻井・相葉)、リーダー松本(大野・松本)、SOSチーム(大野・櫻井)、松ピーチーム(二宮・松本)。

 Dの嵐後半戦は内容がいいので、また時間があったら1つづつまとめてみたいと思います。大野さんの絵のOの嵐、恐怖スポットをたずねる投稿の嵐(だっけ?)もありましたね。カメラも自分でもって1人でいく心霊ロケは見てる方も怖かった。

 あとですね、Aの嵐の一部として「Mの嵐!」が考案されました。これ、Aの嵐だと思って見てた。「めんどくせー」といやがる番長に、さまざまな実験をやらされるコーナー(爆)。聞いただけで、楽しそう!!


 2011年になって……「嵐のワクワク学校」で、おもいっきり各ネタの下敷きにされるとは思いませんでしたよ。宿題くんネタもあって、ひさびさのノリでしたな。歴代校長とか、櫻井先生のVTRとか、初級から、上級ネタまで....半分は通じなかったかも。でも、わかる人にはうれしなつかし、わからなくても問題なく楽しめましたね。

 このへんのさじ加減が、なんかね、嵐ーーー、老獪だよw。若いのにww。



●Gの嵐! 2005年10月~2006年9月 水曜深夜


 Gとは何か、って、Dの嵐の最終回にアルファベットのダーツで決めただけ。最初Mにあたったんだけど、番長の「Mの嵐」コーナーがすでにあったそうで、次にGがえらばれた。がんばれの略ということで、嵐がいろいろな人を応援する、という番組に。


 スタッフ側の企画では、男のチアリーダ-の応援とか、エアギター選手権とか、オタ芸大会、ニューハーフの恋愛を応援、マイナースポーツ応援と、イロものオンパレード。

 結局、ところどころに入る「Aの嵐!」(相葉さんの実験もの)や、「Oの嵐! 」(大野画伯と櫻井画伯の対決コーナー)、あいばすごろく、ニノアラシ総集編など、嵐による企画の方が人気だったりして。........テーマを見比べてみると、あたりまえだろが!


過去の総集編や未公開映像でラクしてた回もかなりー多かったような....Dの嵐に比べ、うだうだした番組という気がします。


 ただGの嵐の応援企画で、二宮さんの「ファイトソング」が作られたのだから、よかったかもね。ウダウダ嵐っていうコーナー?もあったみたいだけど、ほとんど記憶にない。何だっけ…


 最終回には次の番組のタイトルを決めることになったが、スタッフがもってきたダーツのまとが「嵐の宿題くん」しか書いてなかったのでww、そういうことに。



●嵐の宿題くん 2006年10月~2010年3月 月曜深夜


 櫻井キャスターのNews zeroのすぐあと、月曜に枠が移動。小倉智昭キャスターがレギュラーで共演し、毎回豪華ゲストが登場する立派な?番組にリニューアルされました。

 嵐ちゃんたちも、この頃にはそうとう鍛えられていたので、ゆるくも楽しいバラエティ番組になり、4年というロングラン。最後もゴールデンに移動して終了という.... →嵐の宿題くん


 嵐ちゃんたち、ほんと8年間、毎週毎週、手をぬかずよくやったなあ。長寿バラエティをもつ先輩グループもやはり、下積みは長かった。今の深夜やってる後輩たちも、がんばれよー。




AD
いいね!した人

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。