一部の人にとっては「スーパー」だった。3月1日の火曜日に行われた米大統領選の民主党と共和党の候補者指名を争う予備選・党員集会は、両党ともにこれまでの本命が指名を獲得することを確認したようなもので、両者の際立った違いはほとんど目につかなかった。
共和党の指名が有力視される不動産王ドナルド・トランプ氏と、民主党の候補者指名がほぼ確実なヒラリー・クリントン前国務長官の政策が全て真っ向から対立しているわけではない。トランプ氏は移民問題や貿易に関して極端な見解を示しているが、一方で今後数年の医療制度や社会保障、税制改革にはかなり中道で、むしろリベラルな立場を表明している。
両者の少なくとも非常に大きな差は政治に対する姿勢だ。クリントン氏は慎重な上に、無駄を省いて状況を的確に判断できる現実主義者だ。一方のトランプ氏は、自由奔放な大言壮語の大衆派だ。大統領選は、共和党予備選の代議員の見解に中間所得層が共感するか否かにかかっている。つまり政治そのものに反対して予備選を戦った人物が大統領として、膠着状態にある連邦議会や、一見して解決困難な問題に満ちた世界を切り抜けることが可能で、20年以上かけて政治システムの中から効果的な構造改革を試みているエリートよりも優秀だという見方だ。
■米国覇権の終焉(しゅうえん)も
例を挙げてみよう。アジアにおける米国の経済的影響力を取り戻すためにブッシュ前大統領や、多少熱意は劣るもののオバマ政権が主に力を注いだのは、12カ国が参加する環太平洋経済連携協定(TPP)だった。しかし、TPPは米国民に不評で、国民はTPPが格差を拡大させ製造業を衰退させると非難している。
オバマ政権で国務長官を務めたクリントン氏は、同氏の言う、経済的手法を使った外交政策の推進「経済的政治」の取り組みの一環としてTPPに密接に関与した経験を持つ。とはいえ同氏は現在、TPPから慎重に距離を置き、もし改定されれば受け入れられる余地があるとの可能性を残しつつも、現状の内容のままでは支持できないと述べている。
対照的にトランプ氏は、外交上繊細な貿易の枠組みを陽気に突き破って、きっぱりとTPPに反対した上で、TPPの参加国であるメキシコからの輸入品には35%、中国からの輸入品には45%の関税をかけると公言している。もしこれが実行に移されるようなことになれば、世界的な貿易政策に対する第2次世界大戦以来最大の衝撃の一つとなるだろう。
また同様に、クリントン氏は外交政策で比較的タカ派ではあるとはいえ、リビアにおける秩序と民主主義回復の必要性に鑑み、連携構築のために従来のルートを通した介入を支持した。一方のトランプ氏は、プーチン大統領のような独裁的で絶対的な指導者をあからさまにたたえ、テロリストの容疑者家族の殺害といった戦争犯罪を請け負うことで進んで人の興味をそそったり、米国とメキシコの国境に壁を造るというばかげた欲求を持っている。もしそのような政策が実施されたら、自由主義的な国際安全保障や経済秩序が打ち砕かれ、世界の覇権国としての米国の役割に終わりが来るだろう。
■異例の戦いに
大統領選は、いつになく個人的資質を争うものになりそうだ。トランプ氏は、クリントン氏の結婚について言及することは公正な戦いであるとの考えを示している。その一方で、トランプ氏が共和党の指名を受けた場合、米国に恩恵をもたらす交渉役としての同氏の資質は、実業家としての実績だけが頼りで、共和党の指名争いのライバル候補たちはある意味折に触れてしか攻撃しようとしてこなかったが、今後は間違いなく攻撃の対象だ。世界を金融危機に陥れた米住宅市場崩壊のわずか数年前の2006年に住宅ローン会社を立ち上げた人間、トランプ氏は、その勇気を褒められるかもしれないが、その判断はたたえられないかもしれない。
来る大統領選は、政治スタイルと哲学の衝突という異例の戦いだ。米国の将来だけでなく世界の将来も、米国民が熟慮して投票するのか、それとも無分別に投票するのかにかかってくる。「スーパーチューズデー」は、その選択の厳しさを際立たせてしまった。
(2016年3月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.