2016年3月3日
夏目漱石門下の小説家で随筆家でもある内田百閒(ひゃっけん)に愛猫について書いた数編がある。「ノラや」で知られ、その前、続編もあって、文面から猫に対する過剰な愛がほとばしる。
「日向宮崎の目白とどこの産だか知らないが東京近辺の目白」を飼っていた内田家に野良猫の子を招き入れることを悩んだ百閒だったが、情が移るとはた目には常軌を逸したごとく映るすさまじい愛猫家になった。その猫ノラが行方不明になったのだから一大事。
いなくなった翌日の心境を次のようにつづっている。「もう帰らぬのではないかと思って、可哀想で一日じゅう涙止まらず。やりかけた仕事のことも気に掛かるが丸で手につかない。それよりもこんなに泣いては身体にさわると思う」。
動物写真の第一人者として世界で活躍している岩合光昭さんの写真展「ねこ」が宮崎市の県総合博物館できょう開幕する。「ネコが幸せになればヒトも幸せになり、地球も幸せになる」を信条とする岩合さんが旅先で撮影したネコの作品約200点が会場に並ぶ。
タンザニアに滞在するなど厳しい自然の中で生き抜く野生動物を撮り続ける岩合さんだが、その一方高校生の時、友人の家で見た1匹が「あまりの美しさに涙が出そうになるほど」だったことがきっかけで猫に興味を持つようになった。
きのう開幕に先駆けて会場で対面した作品中の猫に癒やされた。ふと頭に浮かんだのが「猫は煙を気にする様である。消えて行く煙の行方をノラは一心に見つめている」という百閒随筆の一行だ。猫好きなら笑い、涙ぐむ作品が必ずある。