で、最近ふと思うことがあったんだけど、自分が物心ついたときって、まだ「戦後35年」とか、「戦後40年」とかいってのね。
で、もう戦後71年目に入るわけだか、ということは
「第二次大戦が終わる→俺が物心つく」と「俺が物心つく→現代」が、同じくらいの時間になりつつあるわけ。
これは、結構驚く。
俺が子供のころってのは、フツーにじいちゃん、ばあちゃんに話を聞けば、空襲の話とか、機銃掃射で撃ち殺されそうになった話とか、
知り合いが戦争で死んだとかって話が聞けたし、
小学校で「身近なお年寄りに戦争体験を聞いてくる」なんて宿題やると、
「うちのおじいちゃんは、ガダルカナルという南の島で、死にかけたそうです」
なんて話を聞いてくる奴が普通にいた。
うちの母方の実家も空襲にあってるし、うちの叔父が鶏肉苦手なのは、子供のころ食糧不足で、
もらってきた鶏をじーちゃんとばーちゃんがなれない手つきで絞めてるのをみたときのトラウマだったりとか、
多分、今のシリアかってくらいの生きるか死ぬかの修羅場を潜り抜けた人も、けっこうフツーに生きてたわけ。
まあ、その時代には、ネットはおろか、スマホもケータイもパソコンもウォッシュレットもなかったし、
家庭でテレビ番組を録画するってのは、金持ちの家ではあったのかもしれないけれど、まだまだフツーの家ではできなかったし
飛行機のるのは、かなりの贅沢だったし、コンビニは24時間営業ではなかったけれど、
でもテレビはフツーに見てたし、洗濯機もテレビも炊飯器もあったし、車もっているのが特別な金持ちってこともなかったし、
(当時は、経済指標として、国内総生産=GDP じゃなくて、GNP=国民総生産を使うのが普通だった。
で、それから30数年で、たしかにいろんなものが出てきて世の中変わってはいるんだけど、
なんっていうか、生活の基本的なレベルってのは、そこまで大きく変わっていないような気がするんだよね。
少なくとも、その前の30数年に比べると。
いや、「その前の30数年」に関しては、あくまで伝聞ですけれども。
最近、若い人が安易に「日本オワタ」みたいなことをネットに書き込んでいるのを見ると、
無意識のうちに「なに甘ちゃんなこと言ってんだよ」と思っていた自分がいて、
自分のおじさん化に自分で驚くわけだけれども、その感情の源は、この辺の間隔にあるのかなあと。
僕らの親世代である戦中派~団塊世代ってのは、とにかく日本の変革を阻むガンとしてネットでは評判が悪いわけだけれど、
だって、あの人たちが子供のころって、日本が米軍に占領されてて、チョコレート欲しさに占領軍追っかけて、
で、奴らが動物にエサやるように子供にばらまいているのを、ありがたがってもらっていて、
それを親(俺らから見たら祖父母)が、やりきれない目で見てたりしてたわけだ。
そんなところから、今でいえばブラックとしか思えない働き方して、気づいたら「経済大国」を作ってた。
なんだかんだいって、これはすごいことだと思う。
一方、俺ら世代は、その負の遺産を前に、なすすべもわからず、とにかく対応するのに精いっぱいで、
まだ、さして何にも残していなかったりするわけだが。
ああすっかり洗脳されてるね