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更新遅くなりました、申し訳ない。
五部
8話
 しかし、どうしたものか。

「お会計、九百エリスになります」

 深夜に屋敷に侵入するとしても、以前俺がダクネスの実家に侵入できたのは、アクアの支援魔法で肉体が強化されていた事が大きい。
 ダクネスが弓とロープ付きの矢を落としてはくれたが、果たして支援魔法もない普段の俺の身体能力で、以前の様に音を立てずに侵入が可能だろうか。

 飯屋で夕飯を食い終わり、その会計を済ませようとめぐみんが落としてくれた財布を開き……。

「…………」

 ポイントカードやらクーポンでギチギチの財布から、千エリスを出すと支払いを……。
「では、百エリスのお返しです。ありがとうございました、またのお越しをー!」

 ……めぐみんの金を使うのに凄く抵抗があるのはなぜだろう。
 いや、ポイントやらクーポンやら、良い主婦になれそうで良いとは思うんだが、この金を使うのはなんだか良心が痛む。
 ……めぐみんが嫌がっても金は多めに返そう。

 しかし参ったな。
 今回の屋敷への侵入は、とにかくアクアが厄介だ。
 あいつは、普段はぼーっとしているクセに、本当に余計な時だけは勘が良い。
 しかも、俺以上の暗視が可能だ。
 とっとと酒でも飲んで寝こけてくれれば良いのだが、空気を読んでくれないあいつはこんな時だけしっかりと起きている気がする。
 なぜだかは分からないが、そんな気がする。

 一度中にさえ入ってしまえばアクアに負ける気はしないが、登っている最中に見つかると厄介だ。

 俺は屋敷への侵入経路を考えながら、アクア達が寝静まるであろう深夜まで時間を潰そうと、街をウロウロしていると。

「おや、久しいな。自らに惚れた女から貰った金で腹を満たし、現在ご満悦のヒモ同然の男よ。こんな夜更けに散歩であるか。今宵は満月。魔力も満ちて非常に良い散歩日和であるな。……これから散歩ついでにエリス教会の天辺に登り、屋根に付いている女神を模したシンボルマークを、セクシーな大根に取り替えに行こうと思うのだが貴様も来るか?」
「……行かない。お前、その内見つかって八つ裂きにされないように気を付けろよ」

 出くわしたのはバニルだった。
 その手には、確かにセクシーな形をした大根が握られている。
 悪魔は眠る事も無い。
 なので、夜は毎晩暇なのだろう。

 …………。

「……なあバニル。お前今暇なんだろ? ちょっと、頼みを聞いて貰えないか?」

 女神が守る屋敷に侵入する為に、悪魔の力を借りる。
 なんだかとても背徳的な気がするが……。
「ほう? 悪魔に頼み事をするという意味をちゃんと分かって言っておるのか? 悪魔に物事を頼む際にはそれなりの対価が必要。大悪魔である我輩の対価は高いぞ?」
 バニルが悪魔らしく邪悪そうにその口元を歪めた。
 多少は怖気づく場面なのだろうが、それより手に持つセクシーな大根が気になってしょうがない。

「今度ウィズの店で、いらない高額商品大量に買い取るよ」
「任されたし! 我輩に、超任されたし! ……オマケでこの大根付けてやろうか?」
「い、いらない」









 草木も眠る丑三つ刻。
 その時間こそは、悪魔やニートが最も活性化する時間帯。

「フハハハハハハ! フハハハハハハハ!」
「こ、こらっ、こんな時間に笑うな! なんでそんなにテンション高いんだよお前は!」

 そんな誰もが眠りに就く時間帯に、俺とバニルは自分の屋敷の前へとやって来ていた。

「フハハハハハハ! 今宵の我輩は昂っておる! 満月の夜に女神を襲撃! これが昂ぶらずにいられようか!」
 こいつを頼ったのは間違いだったのだろうか。

 手順はこうだ。

 まずは、俺が普通に侵入を試みる。
 支援魔法抜きではあるが、それでなんとかなるようならばそこで作戦は完了だ。

 俺の力ではよじ登れなかったり、もしくは侵入途中で気づかれた場合。
 その際には、バニルに屋敷へと侵入してもらう。

 サキュバスの侵入を防いだ時の様に、きっとアクアが対悪魔用の結界を張っているだろう。
 それにバニルが触れるなりなんなりすれば、きっとアクアはそっちに行くはずだ。
 俺はその隙に何とか侵入する。

 目標としては、完全に屋敷内に侵入し、アクアを取っちめるなりなんなりして、和解、もしくは屋敷の制圧。
 次点の目標としては、屋敷の俺の部屋に置いてある、自分の財布と預金通帳を奪還する事。

 ぶっちゃけ、金さえあれば締め出された所で、ほとぼり冷めるまで宿屋暮らしをして遊んで暮らしていれば良い。
 いや、むしろ堂々と遊び呆けられる分それも良いかも知れない。

 とりあえずの作戦はこれで行くと決め、俺はバニルの見守る前で、屋敷の自分の部屋がある屋根へと向けて、弓を……!

「……あれっ」

 ふと違和感に気が付いた。

 昼間はそんな事は無かったのに、俺の部屋の窓が中から板を打ち付けられている様だ。
 俺は慌てて他の二階の窓を確認するも、他の窓も木板が打ち付けられていた。
 こんな事にだけマメで暇な奴は一人しか居ない。

 あんのアマー!

 俺はいきなり計画が頓挫した事で、どうしたものかと悩み……。

 ふと気づいた。
 全ての窓が塞がれてはいない事に。

 それは、この屋敷の住人が使っている部屋の窓。
 自室の窓を完全に閉じきってしまう事に、めぐみんやダクネスが反対したのだろう。
 アクアも、中にダクネスやめぐみんが居るなら俺が入って来ても大丈夫とばかりに安心しているに違いない。
 財布や弓を落としてくれた事から、めぐみんやダクネスは協力者だと考えても良いだろう。
 となると……。

「バニル、お前の見通す力でちょっと俺を見てくれないか。めぐみんの部屋の窓か、ダクネスの部屋の窓か、どっちから浸入した方が良いかをさ」
「ふむ。相変わらず貴様を見ようとするとえらく鬱陶しい光が纏わりついていて見難いが……。……どれどれ。どちらから侵入しても結果は同じな様だが、ネタ種族の娘の部屋の窓から侵入した方が吉と出た。ちょっとしたご褒美があるな。行って来い」

 俺がバニルに尋ねると、アッサリとそんな事を。
 ……どっちから侵入しても結果が一緒って所が気になるが、ご褒美とはなんだろう。

「めぐみんの部屋の窓だな。よし、行って来る!」


 めぐみんの部屋の真下に陣取り、そこから屋根を目掛けて矢じりがフック状になった、ロープ付きの矢を放つ。
 出来るだけ音を抑えるために、狙うのは屋根の天辺ギリギリの部分だ。

 こんな距離ならば狙撃と暗視の合わせ技で、まず外す事は無い。
 狙い違わず放った矢は屋根へと掛かり、それから伸びるロープを、念入りに何度もグイグイ引いた。

 いきなりは登らずしばらく様子を伺ってみるも、誰も起き出す気配は無い。

 バニルに一度振り返り、登る旨を目で伝える。

 後は屋根から垂れ下がったロープを伝い、めぐみんの部屋へと……。
 部屋へ……。

「……はあ……はあ……!」

 支援魔法が無いと、こ、これは、思った以上にキツイ!
 ロープが滑りやすいのが悪いのか、ほぼ腕だけで登ることになる為に、俺の筋力が足りないのか。
 日本の自衛隊や消防士の人達は偉大なんだなと思い知る。
 ああクソ、登りやすいようにロープの途中途中を何箇所も丸結びにでもして、足を掛けられるようにしておくべきだった。

 それでも何とかロープにしがみつき、ようやくめぐみんの部屋の窓の際に手が掛かる。
 左手でロープ、右手で窓の縁にしがみつき、俺は呼吸を整えた。
 そして、呼吸が多少整った所でコンコンと窓を軽く叩く。
 それを暫く続けていると、やがてカーテンが開けられ、俺の姿を確認しためぐみんがふっと笑った。
 めぐみんが窓の鍵を開けようとカチャカチャやっていた、その時である。

「見回りですよー! めぐみん、ちゃんと起きてるー? あの男の事だからね! きっとこのぐらいの時間帯に、めぐみんかダクネスの部屋から侵入を試みようとすると思うの! しばらくは昼夜逆の生活になると思うけど、我慢してね?」

 めぐみんの部屋の、ドアの外から聞こえてくるのはそんな声。

 あんのアマー!
 普段は頭が回らないクセに、なんでよりによってこんな時だけ……!
 その、先をちゃんと予想出来る頭を、常日頃から生かしてくれればどれだけ俺の苦労が減る事か……!
 ドアの外から聞こえてきたその声に、めぐみんが慌ててカーテンをシャッと閉め。

「起きていますよアクア。大丈夫、こちらは問題ないです。アクアも、少し休んだらどうですか? それに、ちょっとぐらい侵入されたって良いではないですか。カズマも薬を飲まされて記憶を失っていたみたいですし、そろそろ許してあげても……」

 めぐみんのフォローに、ドアを勢い良く開ける音がした。
「駄目よめぐみん、ニートを甘やかしちゃ! アレね、めぐみんは好きになった男が駄目男でも甘やかしちゃう様な、男に甲斐甲斐しく尽くして苦労するタイプね! そして好きになった駄目男が何度も浮気とかしても、なんだかんだで好きな相手だから許しちゃう様なタイプよ! 私のくもりなきまなこで見た所、間違い無いわ!」
「なななな、何言ってんですか! そ、そんな事は無いですよ……!?」

 アクアのそんな指摘に途端に狼狽えるめぐみん。
 そんなめぐみんに対して、アクアがふーん? と、何やら訳知りな声を上げている。
 いや、いいから。
 そんな、普段ならちょっと聞きたい話も、今はいいから。

「めぐみんめぐみん、ひょっとして……」
「何ですか!? 何ですか!?」

 めぐみんとアクアがそんな会話をする中、俺の、ロープと窓の縁に掴まったままの手が汗で滑り始め、それを腕力で支えている為に腕がプルプルと……!

 いいから!
 今はそんな会話マジでいいから……っ!

「めぐみん、あなた……! ひょっとして、あのダストとか言う駄目男の事を……!」
「違います」

 クソッタレー!


 俺は汗で滑る手では窓の縁とロープを掴み続ける事が出来ず、とうとう手を滑らせて、バランスを崩して落ちかけた。
 反射的に窓の縁を掴んでいた手で引っ掻く様に手を伸ばす。
 伸ばした手が、窓枠の下にある木の囲い部分を強打する。

 それは小さな音だった。

 だが、こんな余計な時だけ勘の良いアクアにとっては、それは十分に大きな音だったらしい。

「ねえめぐみん。今何か聞こえたんですけど」
「……気のせいじゃないですか? 今日は風が強いですし」

 アクアを何とか誤魔化そうとするめぐみんの声を聞きながら、俺は先ほどの位置よりも少しずり落ちながら、両腕で必死にロープにしがみついていた。
 これは真剣にいけない。
 やばい、ロープにずっと掴まってはいられない、そろそろ落ちる……!
 いっそ一度撤収するか!?
 いや、この屋根に掛かったままのロープを見たら、今後アクアが益々警戒する。

 やるなら今夜だ。

「めぐみん、そこどいて! 何だか嫌な予感がするの! 女神の第六感に、ビンビン来てるの!」
「って夢を見たんですね! 寝ましょうアクア、もう寝ましょう! きっと夜更かししていて疲れてるんです!」

 あかん、落ちる!
 誰か、誰か助けて!

 そんな俺の願いを聞き届けてくれたのは。
 女神を自称する変な奴でも、俺が死んだ時にしか会えない本物の女神様でもなく。

「フハハハハハハ! フハハハハハハハ! 出あえ出あえトイレの女神よ! 今宵は満月、我々悪魔族の魔力が高まりに高まる高貴な夜! この地獄の公爵である大悪魔バニルが、貴様に引導を渡しに来てやったぞ!」

 日々赤字で悩む魔道具店のバイトが、屋敷の正面玄関で名乗りを上げた。








「早く、今の内ですカズマ! アクアは血相変えて玄関先に飛び出して行きました、ほら掴まって下さい!」

 めぐみんが差し出す手を片手で掴むと、俺はそのままもう片方の手で部屋の窓の内側を掴み、上体を持ち上げる。
 そんな俺の手を引きながら、更には俺の服の背中の部分をもう片方の手で引っ張りながら、めぐみんが俺を抱え込むようにして部屋に引っ張った。

 遠くから声が聞こえる。

「ワレー! とうとう本性現したわね、あんたこそ今夜ここで引導渡してやるわ!」
「やってみろやってみろ! 出来るものならやってみろ! これでも食らえ、バニル式……!」

 そんな二人の叫びを聞きながら、
「はあ……はあ……はあ……はあ……っ!」
 俺は、荒い息でめぐみんの手を掴んだまま部屋の中にへたり込んだ。
 めぐみんが、俺の身体を抱き寄せる様な体勢で、そのまま部屋の窓を閉める。

 何とか部屋に侵入した俺は、そのままめぐみんと片手を繋いだまま抱き合う形で、荒い息を吐いたまま動けないでいた。
「はあ……はあ……! めぐみん、め、めぐみん、はあ……はあ……!」
「ちょっ……! カ、カズマ、息が……! 息がヤバイです、ヤバイです……! 抱き合ったままで私の名前を呼びながら、荒い息を吐くのは絵的にマズイですから……!」

 めぐみんに礼を言おうとするも、呼吸がなかなか整わず言葉にならない。
 端から見ると、確かにこの絵はどう考えても夜這いにしか見えない。

「アクア、この騒ぎは一体何事……、貴様か仮面悪魔! この、皆がイライラしている最中に一体何を……!」
「ほう、これはこれは。いつも虐げてくれる小僧が一週間もの間居なくなり、ここ最近顔が見れない寂しさと欲求不満でイライラしていた娘よ、今宵は」
「なあああああああーっ!」

 玄関先で、そんなダクネスやバニルの楽しそうな声が響いてくるが、こっちはそれどころではない。
 とりあえず、息を整えてめぐみんから離れようと……。


 離れようとした俺の背中に回されていためぐみんの手が、服の背中部分をきゅっと掴んで離さない。

 ……あれっ。

「いいわ、ダクネスそのまま取り押さえていて! 『セイクリッド・エクソシズム』!」
「ぐあああああっ!? バカな、こ、この我輩が……。魔力満ちたる満月の夜の、この魔力漲る我輩が、このまま滅び去るだと……!?」
「「や……、やった……!」」

 遠く聞こえる騒がしい声。
 そんな、他の連中がいつもの如くバタバタと騒いでいる中、こうしてめぐみんと二人抱き合っていると、何だか物凄くいけない事をしている気分になってくる。

 何だか、学校で他の皆が授業を受けている中、こっそり授業をサボって、女子と二人で体育用具室とかに隠れている様な。
 いえ、もちろんそんな経験は無いんですが。

「フハハハハハハ! 討ち取ったと思ったか? 残念! 我輩かと思われたそれは、唯のセクシーな大根でした! 残念賞としてその大根はくれてやろう! 煮物にでもするのが吉!」
「「…………」」

「おっと、無言で追い掛けて来るのはなしにして頂こう! 久しぶりに美味なる悪感情を馳走になったし、既に目的は達成したので我輩はこれにて帰る!」
「ダクネス、そっちに回って! 仕留めるの! 今夜こそ、人をからかう事を生き甲斐にしているこいつを仕留めるのよ!」
「ア、アクア、この仮面悪魔かと思って捕まえていたセクシーな大根は、ど、どうすれば……!?」

 そんな楽しげな声が聞こえる中。




「……お帰りなさい、カズマ。やっぱり、こうして皆が居て、バカバカしく騒がしいこの屋敷じゃないと寂しいですよ。もうどこにも行かないでくださいよ」

 言いながら、めぐみんがそっと抱きしめながら、背中に回した手で背をポンポンと叩いてくる。
 ……ちょっとだけ、ジーンとした。







 呼吸が整い、落ち着いてきた俺はめぐみんから身体を離そうとする。
 ……が、めぐみんが背中を掴んだまま離さない。
「お、おいめぐみん、もう何処にも行かないって。帰って来たんだからもう離して貰って大丈夫だって」

 何時までも抱き合ったままだとけしからん事になる。
 と、めぐみんがギュッとしがみついたままで言ってきた。

「私より力のある、ダクネスの部屋の窓に小石でもぶつけて窓を開けてもらい、そこにロープを放って引っ張りあげてもらうとかすれば、もっと楽に侵入できたのに。わざわざ苦労して私の部屋から入って来てくれたんです、ちょっとぐらいくっついていても良いじゃないですか」
 言いながら、しがみついたままクスクス笑うめぐみんに。

 深い意味は無く、単にその考えに到らなかっただけでしたとは今更言えないので、黙っておいた。
 しかし、どうしよう。
 これはアレか、紅魔の里以来久しく無かった、友達以上恋人未満なアレな雰囲気なのか。
 恋人未満って言っても本当に何処までが良いのだろう。
 抱きついてくれている事から、めぐみん的にはとりあえず、ギュッとするまでは許容の範囲内らしい。

 見通す悪魔様、ご褒美ってのはコレの事でしたか。
 今度大量に商品買わせて頂きます。

 では、こちらからも……!
 俺は意を決してめぐみんを抱きしめようと……。

「アクアと仲直りしてくださいね? カズマが居ない間、ずっと、放蕩ニートはまだー? まだー? って、毎日随分と暇そうに、寂しそうにしてましたから」

 …………。

「これは帰って来ない放蕩ニートの分、とか言って、毎日カズマの分のご飯も皆のご飯と一緒に作ってましたから。で、その余った分をダクネスが無理やり食べさせられてました」

 …………ダクネスも迷惑な話だろうに。
 そんなめぐみんの言葉に、俺は抱きしめようとした手でめぐみんの肩を掴む。
 せっかくの良い雰囲気だが。

「……ちょっとあのアホとスカッとケリを付けてくる。帰って来たら、是非この続きを」
「しませんよ? しませんからね? まだ恋人未満ですから」

 言いながら、めぐみんがちょっと残念そうに。
 それでいて、仲間想いのめぐみんは、どこか嬉しそうな顔で。

「では、行ってらっしゃい!」

 部屋を出て、アクアの元へ向かう俺の背にそんな声を掛けてくれた。








「あーっ! 曲者よ! ダクネス、曲者がいるわ! 捕まえて! あの曲者を捕まえて!」

 屋敷の玄関口に向かった俺と鉢合わせたアクア。
 出会い頭にいきなりそんな事を言いながら、足は裸足で、着ているのは変な帽子とパジャマ姿という、女神の威厳もクソも無い格好で言ってきた。
 俺を捕まえてと言われたダクネスは、もうおなじみの、黒のタンクトップとスパッツ姿というけしからん格好で、同じく裸足で立っている。

 そんなダクネスは、俺とアクアを困った様な表情で交互に見ながら。
「……その、アクア。そろそろカズマとは仲直りをしたら……いたたたた! やめ、止めてくれアクア、髪を引っ張るな、屋敷から帰ってから私の髪をいじりたがる変なクセを……!」
 髪を引っ張られ、泣き声を上げるダクネスにアクアが言った。

「ダクネスったら、そんなにまた裏切りニートに捨てられたいの? 王女様だかにカズマを攫われた時も、これがネトラレとか言ってハアハアしてたけれど! 皆が甘やかしたら、唯でさえこれ以上なく駄目なカズマが、本当に駄目になっちゃうでしょ? もう手遅れ気味ですけど!」

 このクソ女神。

「おいコラ、もうお前と口でやり合う気は無いけどな、ハッキリ言うが、俺はお前らを裏切ってなんていないからな。よく考えろ、俺がぽっと出のお姫様にちょっと頼まれたぐらいでお前ら捨てて向こうに残るだとか、本気でそんな事考えていやがるのか? そんな風に思われているなら、俺だって流石に怒るぞコラ」
 そんな俺の言葉に、アクアが一瞬は怯むものの。

「汝、生前はゲームしか取り柄の無かった男よ。今一度、汝がなぜ死んだのか。老人相手ならば素通りしたはずの汝が、一体誰を庇ってこの世界に来たのかを思い出し、そのしょうもない自信を捨てて名乗りなさい。我こそはサトウカズマ。我こそはロリコンニートと」
「てめーいよいよ調子に乗りやがって、ぶっ飛ばしてやる!」

 そんな挑発をしてきたアクアに、俺はとうとう我慢できずに吠え掛かった。

「ダクネス、守って! 危険な侵入者の手から、私を守って!」
「えっ、ちょっ!? 待っ……!」

 咄嗟にダクネスの影に隠れるアクアに、俺は腕まくりしながら襲い掛かった。

「状態異常無視の羽衣着てないお前なんぞ、麻痺させた後で簀巻きにして、ゼル帝の鳥小屋に放り込んでやる! 覚悟しろやあああああ!」
「掛かってきなさいよクソニート! こっちは二対一よ、勝てると思ったら大間違いよ!」
「待っ……! 私は、まだ……!」










「う……嘘だろ……!」

 俺はアクアに、腕を取られて、絨毯の上に取り押さえられた状態で呟いた。
 俺の隣には、紐で縛られた上に昏睡させられ、絨毯の上に転がるダクネス。

 アクアにバインドを仕掛けても魔法で簡単に解除され、状態異常にしてやろうとしても、ダクネスを盾にする為に攻撃が届かない。

 そうこうしている内に、魔法で身体能力を強化したアクアに取り押さえられたのだ。
 しくじった、そういやこいつは基礎ステータスだけは誰よりも高いのだ。
 しかも格闘スキルだとかを持っていたはず。
 本当に、こういった優秀さを日頃からほんの少しでいいから出して欲しい。

 ちなみにダクネスは、俺とアクアの喧嘩のとばっちりだ。

「はあ……はあ……! な、なかなか手こずらせたわねカズマ。でもこれで決着は付いたみたいね! さあ、ごめんなさいを言いなさいな! たった一言ごめんなさいを言ったら許してあげるわ!」
 俺の上に乗り腕を取った体勢のまま、勝ち誇った声でアクアが言った。

 そんなアクアに。

「…………俺は今回、何も悪い事はしていない。王女様に連れさらわれて、そのまま記憶まで消された被害者だ、何一つ謝る事なんてしていない……! お前、俺にも最後の手段って物があるからな? 宣言しよう、明日の朝にはお前は泣いて謝る事になる」

 俺は堂々と。
 何一つ恥じる事なく言い放った。

「ほー! あくまでそんな事言い張る訳ね! 穏便に済ませてあげようと思ったけれどしょうがないわね! そっちがそんなつもりなら、私にだって意地があるからね! 水の女神の名に賭けて、あんたがごめんなさいを言うまで絶対に屋敷には入れないわよ! このまま外に放り出してあげるわ! 明日には、カズマの方こそ泣いて謝る姿が目に浮かぶわね!」

 それを聞いたアクアが、俺にそんな事を宣言してきた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 翌朝。

 俺は、屋敷を遠巻きに見守りながら考えていた。

 漫画やアニメなどでよくあるのが、浮気もしてない主人公があらぬ誤解を受け、ヒロインなどに理不尽に暴力を振るわれたり。
 もしくは、主人公はちっとも悪くなく、不可抗力で覗いてしまったのに、やっぱり理不尽な暴力を受けたり。
 更には、主人公と付き合っている訳でもないヒロインに、主人公が他の女性に親しくされるだけで理不尽な八つ当たりを受けたりだの。

 これらの事は、漫画等で見ている分には良いのかも知れない。
 端から見ている側には、人事であるし、どうでもいいのかも知れない。

 だが、俺はこう思う。

「カズマさーん! カズマさーん!!」

 もし俺がそんな主人公と同じ立場だったとしたら、そんな理不尽系ヒロインには遠慮なく折檻してやろうと。

「わあああああーっ! カ、カズマさーん! カズマさーん!!」

 この世には、理不尽な暴力や不当な行いに対する、ちゃんと確立された力がある。
 善良なる市民はそれに頼る事は恥ずべき事でもないし、恥ずべきは、理不尽な暴力を振るいながら、もしくは、理不尽な犯罪行為を行いながらも、自らが女であるからと、それらが全て許されると思っている連中の方だと思う。

「カズマさーん! 私、以前から思ってたんですけど、カズマさんって凄くその、そこはかとなく良い男だと思うの! そして、私達は長い付き合いなんだし話し合う事ってとってもとっても大事だなって……!」

 俺は、泣きながら二階の窓からそんな事を叫んでいるアクアを指さし。

「おまわりさん、あいつです」
「あれは確かに、以前ねずみ講犯罪で処分保留となった、犯罪者管理番号1213番ですね。不動産会社に問い合わせた所、確かに屋敷の所有者は、サトウカズマさん、あなたのようだ。では、これより屋敷の奪還作戦を開始します」

 俺は、自分の屋敷を不当に占拠した犯罪者を、市民の義務にもとづき通報していた。

「カズマさーん! カズマさーん!! わああああああカズマ様ー!!」








「わわわわ、私はその、カズマの同居人というか、その……!」
「本当ですね? ダスティネス家のご令嬢が犯罪者の仲間だなんて、シャレになりませんよ?」

 制圧された屋敷の中で、逃げ遅れたダクネスが事情聴取を受けていた。

 めぐみんは、屋敷が囲まれる前に朝一でとっくに逃げた。

 そして…………。

「わああああああああああー! カズマ様ー! カズマ様ー! 許してくださいカズマ様ー! ごめんなさい、私が悪かったので許してくださいカズマ様ー! 謝りますからカズマ様ー!」

 泣きながら謝り続けるアクアが、今まさに警察の人達の手により連行されようとしていた。
 俺はそんなアクアに近付くと。

「よう水の女神様。俺はまだごめんなさいを言ってはいないが、屋敷に入ってもいいですか?」
「ごめんなさいカズマ様ー! これからはちゃんと言う事聞くし、今後カズマ様の事を疑ったりはしませんから、許してください! 許してください! 調子こいた私を許してください! でないと私、今度は実刑食らっちゃう!」

 二人の警察官にしっかりと両手を掴まれてズルズルと引きずられながら、アクアが泣きじゃくりながら助けを乞う。
 俺は勝ち誇った顔でアクアを見ながら。

 ……しょうがねえなああああああああ!








 久しぶりの自分の屋敷。
 そして、久しぶりの屋敷の居間のソファー。
 ここにゆったりと寛ぐと、確かに自分が一週間近くも他所に泊まっていたのだと知る。
 それほどに、この場所はしっくりと落ち着いた。

「カズマ様、お茶が入りましたよー!」

 ソファーの背もたれに手を回すように両手を投げ出し寛ぐ俺。
 そんな俺の元にお茶が運ばれてきた。

「ご苦労」

 甲斐甲斐しくお茶を持って来たアクアに一言。
 そしてそれを一口含み……。

「この駄メイドが! こりゃなんだ、お湯じゃねーか! 何度も何度も言っただろうが、お前はちょっと身体の一部が中身に触れでもしたらお湯になるんだから気を付けろと! やり直し! ほら、早くやり直し!」
「ああっ、申し訳ありませんカズマ様! 直ちに新しいお茶を淹れ直して参りますですわ!」

 お湯と化したお茶を飲まされた俺の言葉に、アクアが妙な口調で甲斐甲斐しくも新たなお茶を淹れに走った。
 アクアが嫌がりもせずに何だかノリノリなのは、多分斬新な遊びのつもりなのかも知れない。

「丸く収まったみたいで良かったですね。私としては、なんだかんだで皆でこうして広間で寛いでいるのが一番安心しますよ」
 俺の隣でめぐみんが、アクアに入れてもらったお茶を飲みながらのんびり言った。
 アクアは、他の皆にはちゃんとしたお茶を入れてくるのに、俺に入れるお茶だけは嫌がらせのごとくお湯ばかり持って来る。
 俺に叱られる事が目的の様に。

 そんなアクアの様子を少し羨ましそうに見ていたダクネスが、
「何にせよ、無事帰って来たのだからよしとしようか。……頼むから、今後は警察沙汰は控えて欲しいのだが…………」
 そんな事を、訴えるような視線で俺を見ながら言ってきた。
 なら、こちらとしても犯罪行為は止めて欲しいのだが。

「お茶が入りましたよー!」
「ご苦労」
 アクアが、いやに手早く新しいお茶を持って来た。
 それを受け取り口に含むと……!

「だから、お湯じゃねーか! 学習能力が無いのかお前は!」
「ああっ! 申し訳ありませんカズマ様! 直ぐさま新しいお茶を……!」

 楽しそうに受け答えるアクアにダクネスが。

「……ん、そんなに失敗するなら私が淹れてきてやろうか。その方がアクアもカズマにイビられることもあるまい。カズマにイビられるのは私一人で十分だ」
 言いながら立ち上がろうと……。

「ちょっとダクネス、せっかくダスティネス家のメイドごっこをしていたのに邪魔しちゃ駄目じゃないの」
「!?」
 ダクネスの言葉に、アクアがそんな事をしれっと言った。

「おいコラ、お前ダクネスの家のメイドの真似したいが為に、わざと毎回指突っ込んだりしてお湯に変えて持って来てたのかよ」
「違うわよ、最初から唯のお湯ばっかり持って来てたわよ」
「待てお前達、当家のメイド達はそんなドジっ子ではない!」

 ダクネスが抗議してくる中、アクアが一本のインク付きの筆を持って来る。

「カズマ様、失敗ばかりするダスティネス家のメイドたるわたくしに、罰として、これで落書きをしてくださいませ!」
「ええー……」
「だから、当家のメイドにそんな事を希望する奴はいない!」
 ダクネスの抗議を受けながらも、俺は嫌々ながらにアクアから筆を受け取ると、結果が分かっていながらもアクアの顔に落書きを……。
 それはもちろん、書かれる傍からインクは全て水になった。

 そんな俺達の様子を眺めていためぐみんが、実におかしそうに笑っていた。

 そんなめぐみんに笑い返そうとして……。
「あっ、いてててて……」
 俺は、昨夜アクアに取り押さえられた時に痛めた、アバラの辺りを片手で押さえる。

 それを見たアクアが、あっと声を出しながら。
「昨日のヤツね。ごめんねカズマ様、今治してあげるわ。今日は特別に最強の癒し魔法で。『セイクリッド・ハイネスヒール』!」
 そんな事を言いながら、お手軽に俺に回復魔法を……。

 回復魔法を……。

 …………。

「……………………あっ…………」
「……?」

 アクアに魔法を掛けて貰った俺は、無意識に小さな声が出た。
 それを聞いたアクアが不思議そうな顔をする。

「どうしたのカズマ様? 一応最強の回復魔法だったんだけれど、まだ足りなかった?」

 そんなアクアの言葉に、
「えっ……。ああ、いや、そんな事ないよ。ああ、ありがとうアクア、楽になったよ。……それと、その、なんだ。俺達は仲間なんだしさ、その、カズマ様呼ばわりはそろそろ止めようか。今まで通りカズマって呼んでくれ、なんか違和感があるからな」
 俺は出来るだけ挙動不審にならない様に。

「……ん、なんだ急に。見上げた心がけだなカズマ。俺を一週間疑っていたんだから、今後一週間は様付しろっていうのはお前が言い出した事なのに。そうだな、仲間同士だ、仲良くしよう」
 ダクネスが、そんな事を言いながらフッと口元を緩ませた。
 めぐみんも釣られて笑みを浮かべ。

 そして……。

「……………………」

 アクア一人が、俺の顔を至近距離でじーっと見ていた。
「……な、何ですか?」
「…………別に。私はもう、カズマの事は疑わないって言ったばかりですから。……ですから」

 そう言いながら、凄く至近距離で俺を見続けるアクア。



 ……アクアの回復魔法のおかげだろう。
 消された記憶を取り戻した俺は、とてもアクアの方を見る事が出来ずにいた。

 ご……ごめんなさい……。

 目を逸らす俺から、何か不審な物を感じ取ったのかずっと俺の顔を見続けるアクア。
 根負けした俺が、いっそアクアに謝ろうかとした瞬間だった。

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 鳴り響くのは冒険者ギルドからの緊急事態のアナウンス。
 これを聞くのも久しぶりだ。
 それだけで、この街に帰って来たと実感出来る。

「よし、お前ら行くか! アクセルの街を守る為に!」
「……………………」

 言って、勢い良く立ち上がった俺の横、数センチの超至近距離から、アクアがじっと俺を見ていた。









 ……根負けして、俺が皆に土下座したのはそれから三分後の事でした。


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