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昨日、もう出ないと言ったキャラ二人ですが、いきなり出ました。
謝らない。
今度こそ、もう出ません。
五部
7話
 現在激しく抵抗中。
 かつてこれ程までに頭を巡らせ、これ程までに激戦を繰り広げた記憶はちょっと無い。

「相手は一人だとて侮るな! その男は魔王の幹部や賞金首と互角以上に渡り合った男だ、素手だからといって油断はするな!」
 聞こえてくるのは俺を追うクレアの声。

 俺が帰るのを拒んだ為強制送還しようと、俺が妹と離れている隙を突き、こうして追い掛け回されていた。

 そのクレアの声を聞いてか聞かずか、俺の前に数名の兵士が立ち塞がる。
「客人、此処から先には行かせません!」
「どうか、無駄な抵抗は止めて大人しく……!」

 そんな兵士の言葉には耳を貸さず、俺は手元を懐に隠しながら、小さな声で呟いた。
「『クリエイト・アース』」

 初見殺しのお馴染み戦法。

「カズマ殿! 諦めて……、どうか、諦めてアクセルの街へとお帰りに……!」

 そんなクレアの叫びを聞きながら。

「『ウインド・ブレスト』ッッ!」

「ッ!? ぐあああっ!?」
「目がぁっ……!」

 目潰しを食らってその場にうずくまる数名の兵士。
 と……、見れば俺を捕縛する為か、その兵士の内の一人がロープを持っていた。
 うずくまり、無抵抗になった兵士から、すかさずそのロープを奪い、俺は更に逃走する。
 このままこいつらを何とか振りきり、俺は妹の元へと行かなければならない。

 そう、俺もつい最近知ったのだが俺には妹がいたのだ。
 子供の頃に生き別れになった、血の繋がらない妹が。
 お前は何を言っているんだと言われそうだが、妹と相談しながら楽しく決めた設定だ。
 何者にも文句は言わせない。

「カ、カズマ殿! 本当に……! 本当にあなたって人は……! いえ、もしかしたら本当に強いのかなとは思っていました。思っていましたが、まさかここまで色々やるとは……!」

 俺は、いつの間にか袋小路に追い込まれていた。

 俺の後ろからは四名の兵士を引き連れたクレアの声。

 俺は振り向き、クレア達に対して身構えた。
 素手なのは問題ない。
 軽く引っ叩いてやれば、不死王の手の効果が見込める。
 俺は何としてでもここを切り抜け、妹の元へと行かねばならない。

 そう、あそこにさえ行ければ妹がきっと俺を庇ってくれるだろう。
 ここ一週間の間に色々教え込み、すっかり仲良くなった俺の妹が。

「そこを通してもらおうか白スーツ。でなければあんたを、泣いて嫌がる目に遭わせなければならなくなる」
「……た、例えば?」

 俺の言葉が既にハッタリでは無いと分かっているクレアが、恐る恐る尋ねてくる。
 この一週間の滞在で、俺とクレアはお互いに普段の口調で会話出来るぐらいの間柄にはなっていた。
 そして、その間俺の事も色々と理解したのか、既に彼女は、俺が意味のない脅しはしない事も理解している。

「このロープでバインドスキルを使って縛り上げ、その上であんたが泣いて謝るまでスティールを唱え続ける事になる」
「ひいっ! ちょ、ちょっと待って! ま、待って頂きたいカズマ殿! 私は仮にも貴族の娘、そ、そんな大それた事は……。し、しません……よね?」

 不安気に聞いてくるクレアに俺は、威嚇する様にロープをヒュンヒュンと振り回し。
「ちなみに俺は、ダクネス相手に水をぶっかけた事もあればバインドで縛った上で馬車で引きずり回した事もある。信じる信じないはそちらの勝手だ」
「退避ー!」

 表情を引きつらせてそんな悲鳴じみた声で退避命令を出すクレアとは対称的に、なぜかその場にいた兵士達はジリジリと俺との距離を詰めて来た。
 こうやって、真正面から数で来られると俺の力ではどうしようもなくなってしまう。
「我々にお任せをクレア様! あの男は我々が……!」

 相手は四人。
 そしてその兵士達には、既に俺の目潰しを遠巻きながらも見られてしまっている。
 彼らに同じ手は通用しないだろう。

 となると……!

「さあ客人、大人しく我々と共に……ッ!?」
「『バインド』ッ!」
 何か言い掛けた兵士に対して、すかさずバインドを仕掛けた。

 流石に素人でもないその兵士は、咄嗟に自らの剣でロープを切り払おうとするも、それでも宙を舞う不安定にだらけたロープは易々とは切れず。
 そのまま剣と共に、不恰好な状態ながらも縛られた。
 だが掛かりが浅い。
 この状態ではいずれ切り払われるだろう。
 しかし、その僅かな隙で十分だ!

「確保っ!」

 叫んで、俺に飛びかかろうとする一人の兵士に、片手を突き出し一声叫ぶ。
「『ウインド・ブレスト』!」

 それは思い切り魔力を込めた風の初級魔法。

 ごっそりと魔力を消費したその魔法は、相手に一瞬たたらを踏ませた程度だが、それでも俺を囲んでいた包囲に隙間が出来た。

「小手先の技ばかりだ! 怯むな、一気に行けえっ!」

 そう叫んだのはその隊の小隊長か何かだろうか。
 俺はその相手の懐に自分から飛び込むと、そのまま相手に手を取らせるように、握手をする様に片手を差し出す。
 反射的にか、訳も分からずに俺の左手を握ったその兵士に、右手の先で軽く小突いた。

「ッ!?」

 麻痺でも食らったのか、途端に崩れ落ちるようにその場に膝を付くその兵士を見て、たたらを踏んで怯んでいた兵士ともう一人の兵士が、何が起こったのか分からずに、警戒する様に動きを止める。

 その隙を突き、そのまま兵士達の脇を通り過ぎ……!

「そこまでですカズマ殿、既にここは包囲されています! さあ、自分と一緒にアクセルの街へと帰りましょう」

 袋小路から抜け出ると、既にそこには十を越える兵士の姿。
 それらを引き連れていたレインがそんな事を、若干青ざめた顔で言ってきた。

 動きを止めた俺の後ろから、脱出してきた袋小路の中から兵士二人とクレアも出てくる。

 クソッ、何か無いか、何か!

 そんな俺の僅かな期待も虚しく、レインが連れて来た兵士達が隙間なく包囲を固める。
 アカン、これは都合良くどうにかできる数ではない。

「さあ、カズマ殿。もうこれ以上の抵抗は止めて大人しく帰ってください。……この一時間余りの逃走劇で、凍らされた地面で転んで怪我を負った者数名、バインドで未だに縛られている者数名、どういった方法を使ったのか、眠っている者、痺れている者……。よくもまあ、たった一人でこれ程までに色々と……」
 呆れたような、それでいて感心した様なレインの声。

「全く、信じられない男だ……。ミツルギ殿が一目置く理由が嫌ってほどに良く分かりました……。我々の気配を簡単に察知して逃げるわ、追い込んだ筈なのに簡単に姿を見失うわで……」
 俺に何度も撒かれたクレアが、疲れた顔でそんな事を言ってくる。

 敵感知と潜伏スキルの事を言っているのだろう。

 動きを止め、諦めたかの様な俺の姿に安心し、クレアがゆっくりとこちらへと近づいて来るが……。

「……なあレイン、取引をしよう」

 俺は抵抗する素振りは見せないままで、レインに静かに語りかけた。

 その言葉にクレアが途端に表情を強張らせ。
 そして、レインの眉がピクリと動いた。

「……レインの家は、確か小さな貴族なんだろう? 俺は知っての通り、ダクネスとは仲が良く、そしてダクネスの親父さんにも覚えが良い。一度、あいつを連れて逃げてくれなんて言われたぐらいには懇意にして貰っている」
「止めろ! 聞くなレイン! その男の言葉に惑わされるな!」

 俺が語り出したその言葉に、レインは喉をゴクリと鳴らし、クレアが叫んだ。

「……そして、アイリスとは既に、お互いに名前の呼び捨てすら許しているような間柄だ。そんなに俺を慕ってくれているアイリスから、俺を引き離してしまうのか? それをアイリスが望むのか? ここで俺に貸しを作っておくと、引いては、ダスティネス家とアイリスへの覚えが良くなるって事だよレイン君」
「聞くな! 聞くなレイン! ダスティネス家に貸しは出来ても、私に借りが出来る事になるぞ! 私を敵に回すと後が怖いぞレイン! それに、それにだ! アイリス様の将来を考えるなら、いかにこの男に懐いていても引き離すのがアイリス様の為だ! 良く分かっているだろう、この男と一緒に居たらアイリス様はどんどんダメになるぞ! 最近のアイリス様のあのお姿を思い出せ!」

 俺とクレアの言葉に挟まれ、困った様な表情でオロオロしているレイン。
 レインが連れて来た十を越える兵士達は、多分全員がレインの私兵か何かなのだろう。
 主のレインが困っている為、俺の捕縛に動けない。
 そして、そのレインの私兵が動かない事で、クレアと共に俺を追っていた兵達も事の成り行きに着いて行けず、動けないでいた。

 レインは無言で、汗を垂らしながら俺とクレアを交互に見ている。
 悩んでる悩んでる。
 あともうひと押しだ。

「なあ、レイン……。良く考えてみてくれ。魔王の幹部や賞金首と戦った俺は、戦力にはなれないか? ここの城に滞在して、アイリスの遊び相手をしながらイザって時は城の防衛だってしようって事だよ。悪い事なんて何も無いだろう? アイリスは遊び相手が出来て幸せ。俺も幸せ。国民は戦力になる冒険者が増えて幸せ。レインはダスティネス家やアイリスに気に入られて幸せ。……これでいいじゃないか?」

「…………!」

「レイン、黙り込むな! なるほどそうか、とばかりに手を打つな! ……よ、よし分かった! レイン、確かお前の家は幾ばくかの負債を抱えていたな? あれをウチが肩代わりしてやろうじゃないか! 確か、数千万ほどだっただろう? どうだ、悪い話じゃないだろう?」

 俺の言葉に納得仕掛けていたレインだったが、クレアのその一言は効いたらしい。
 俺に向かってレインが、ごめんなさいと小さく呟き頭を下げた。
 それを聞いて、ようやくクレアが安心した様な、ホッとした表情を浮かべる。

 俺が一介の冒険者だったなら、話はここで終わっただろう。
 だが、ここで男の甲斐性を見せなくてどうするのか。
「俺は個人的な資産が二十億以上ある。この意味が……」
「とっ、取り押さえろっ! これ以上この男に喋らせるなっ!」

 言葉を言い終えるよりも早く、俺は不覚にも、背後から忍び寄っていたクレアの部下に取り押さえられた。

「お、おのれ卑怯者! 今は俺の交渉中だったはずだろ、途中で妨害するな! 白スーツ、お前またパンツ剥かれたいのか! 俺を敵に回すのは得策じゃないぞ!」
「分かってます、分かっておりますよカズマ殿! 私は、ハッキリ言ってどんな政敵やモンスターよりもあなたの方が恐ろしい! 個人的な能力もあれば口も回りコネもある。オマケに金まで持っているとは……。レイン、私の指示通り、記憶を消去するポーションは持って来ているな?」
 おい止めろ、なんだ記憶を消去って。
 不吉な事言うな。

 俺を取り押さえる兵士達。
 そんな兵士達に俺の両腕をしっかりと押さえるように指示しながら、クレアが言った。

「こんな手荒な真似をするのは不本意なのですが、あなたはアイリス様の側に置いておくと本当に悪影響を与えます。そして、強制送還なんて手荒な真似をする以上、あなたはきっと我々を恨みに思うでしょう。ハッキリ言って、私は何をしでかすか分からないあなたが怖い。申し訳ないが、ダスティネス邸から此処に来た、あの日以外の出来事は忘れてください。さあ、レイン!」

「わ、分かりました。いいんですね? このポーションは、運が悪ければ副作用でバカになる可能性がある、人道的な理由から禁忌とされたポーションですが……。ほ、本当によろしいんですね?」
 クレアの言葉に、レインがそんなとんでもない事を言いながら、ポーションを持って俺の傍に……!

「や、止めろお! そんな妙な物飲ませるんじゃない! お前ら覚えてろよ! 今が昼間で良かったな! 俺は夜に真価を発揮する男。暗視や敵感知、そして潜伏スキルでどんな屋敷にだって忍び込めるし、弓があればどんな遠くからでも狙撃が出来る! 覚えてろよ! 覚えてろよっ!」
「は、早く! 早くポーションを飲ませろレイン! 怖い! この男、本当に怖い! あれでまだ本領じゃないだとか! 私が色々とやった記憶を綺麗さっぱり消させてくれ!」
「じ、自分も! 自分の分の記憶も絶対消したいですから、ポーションを多めに飲ませますよ! この方とんでもないです、早くポーションを……! ほら、カズマ殿口を開けて……!」

 城の敷地の隅で兵士に取り押さえられる俺を、二人の貴族の娘が挟み込み、俺の顔に手を伸ばして必死に口を開けさせようとする。
 傍目には両手に花な状態なのかも知れないが、冗談ではない!

「『ティンダー』!」
「あっつ! 熱い熱いっ! ああっ、大事にしていた高価なマントに穴がっ!」

「この男、こんな状態になってまで最後まで抵抗を……! 心の底からあなたを畏怖しますよカズマ殿! レイン、そんな物私が後で買ってあげるから、はっ、早くっ! 早くポーション飲ませて、この危険な男を送り返せ!! この男の報復が恐ろしすぎる、多少バカになってもいいから多めに飲ませて!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 気が付くと、俺はなぜかアクセルの街の入り口に立っていた。

 …………?

 はて、何があったのかが思い出せない。
 何だろう、なにか大切な物を失った様な……?

 探し求め続けてようやく出来た、大切な家族が失われたような……?

 なんだろう、この喪失感は。

 確か、俺の宿敵である白スーツに……。
 白スーツに?
 なんだっけ、俺はなぜ白スーツを宿敵などと思っているのか。
 でも何だろう、あの白スーツには何かやり返さなければいけない気がする。

 と言うか、俺は城に連れて行かれてアイリスと話をして……。
 そして、俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれたアイリスの傍に、しばらく滞在すると……。

 ……あれえー?

 何だろう、やはり何か腑に落ちない。
 腑に落ちないが、白スーツにだけは後で何かやり返しておこう。
 本能に近い部分がやっとけやっとけと訴えかけているので。

 まあいい。

 連れ攫われたのは昨日の夜。
 俺が城に攫われた後、レインに、城に泊まると伝えてもらった筈だ。
 だが、きっと皆心配している事だろう。

 ……うん。良く分からんが、帰るとするか。








 街中を屋敷に向けてテクテク歩く。
 昨日まで居たこの街なのに、なんかちょっと久しぶりみたいな気がするのはなぜだろう?

 そんな事を思いながら、俺は自分の屋敷の前に着いた。
 そして、玄関を開けようと……。

 ……して。
 ドアが開かない事に気が付いた。
「……?」

 なんてこった、誰かいれば鍵は何時も開いているはず。
 という事は、皆出てったのか。
 きっと飯でも食いに行ったのだろう。
 まあ、その内帰って来るはずだ。

 俺は昨日のままのスーツという格好だ。
 金も持って来てないし、鍵はめぐみんが持っていた。

 しょうがない、ここでしばらくのんびり待つか。






―――――三時間後――――――


「お、遅え……! 何やってんだあいつらは……! 人が攫われたってのに、その翌日にはのんびり飯食ってるとかどういうこった!」

 俺は屋敷の庭に作られた鶏小屋の前で愚痴っていた。
 小屋の中、ふわふわの毛布が何重にも巻かれた暖かそうな寝床の中には、屋敷から閉めだされている俺とは対称的に、綺麗な水と餌を置かれた、VIP待遇で深い眠りにつくヒヨコの姿。

 最近は、毛が生え変わってきて黄色から白色へと変わりつつある。

 ……と、俺はふと気が付いた。
「……お前、何か昨日に比べて随分成長してないか?」

 俺は、眠るゼル帝の姿を見ながら、じっと体育座りで鶏小屋の前に座っていた。

 そんな時。

「ドラゴン泥棒ー!」

 屋敷の二階の窓が開けられて、俺に向かってそんな声が掛けられた。
 誰がドラゴン泥棒だとか色々言いたいことはあるが。
 これをドラゴンと言い張るのはこの屋敷には一人しか居ない。

「お前、誰が泥棒だコラ。と言うか、いい加減鶏だと認めろよ。屋敷に居たなら鍵はちゃんと開けといてくれ。おかげで誰も居ないと思って、ずっと待ってたんだぞ」

 そんな俺の言葉に、アクアが無言で俺をジッと見る。

 …………?

「ちょっと何を言っているのか分からないんですけど。めぐみんとダクネスとの相談の結果、ここは麗しき女神アクア様の屋敷となりました。ダクネスは実家があるし、めぐみんもこの街に新しく出来た実家があるし。と言う訳で、ここは私の屋敷になったんです。あなたはお城に住むんでしょう? 出て行って。早く庭から出て行って」

 …………。

「お前って奴は、普段からバカだバカだとは思っていたが、今日は一体どうしたんだ。重症のバカに成り果てているじゃないか。お前、ちょっと自分の頭に治癒魔法を掛けてみろよ。それでも治らないなら病院に連れて行ってやるから」

 そんな俺の言葉に、アクアが二階の窓をぴしゃんと閉めた。
 …………。

 俺は玄関へと回り込むと、そのドアをドンドン叩く。

「帰ったぞー! ダクネス、めぐみん、居るならここ開けてくれー! アクアのバカが鍵掛けやがったんだ!」

 ドアを叩きながら俺が叫ぶと、玄関の上の部分に位置する、二階部分の窓が開く。
 またアクアかと思ったら、そこから顔を覗かせたのはめぐみんとダクネスだった。

 これで安心。

 ……と、思っていたのも束の間の事。

「…………よくもまあ、今更ノコノコと顔を出せたものだなカズマ。城での一週間の暮らしは楽しかったか?」

 ……?
 一週間の暮らし?

 俺がダクネスの言葉に疑問に思っていると。

「ふふふ、随分と舐められたものですね私達も……! 攫われて、何日も帰らない事を心配していれば、そのまま城に居座るとか……! 流石の私も予想外でしたよ!」

 荒ぶるめぐみんが、窓からそんな事を言いながら杖をブンブンと振り回している。
 だが、ちょっと待って欲しい。

「おいちょっと待て。俺が一週間だとか何日も城に居ただとか。そりゃ一体どういうこった。俺が拉致られたのは昨日の事だろ。それがなんで……、……あれ?」

 おかしい、何かが引っ掛かる。
 何だろうこのもやもや感は。
 俺のそんな言葉に、めぐみんが益々猛り。
「おい、すっとぼけるとは良い度胸じゃないか。爆裂魔法で人はどれだけ飛べるのかという実験をしてやろうじゃないか!」
 そんな物騒な事を口にする中、ダクネスがふと首を傾げた。

「……カズマ。お前は一体、城で何をやらかしてきた。王家でも滅多に使われない、禁忌とされている記憶削除のポーションを飲まされたな? 服用した量により、記憶がスッポリ抜け落ちる。あれは、運が悪いと副作用で頭がおかしくなる筈だが、その辺は心配なさそうだな」

「私からすれば、この男はもう既に頭がおかしいと思いますが。……しかし、記憶消去のポーションですか? ……確かに、ちょっと先ほどから態度がおかしいのですが。……記憶を失った振りでもして誤魔化しているんじゃないでしょうね? ……どうしたものでしょうか、記憶を失っているというのは……。そんな中で制裁加えると言うのも、何だか良心が痛むのですが……」

 若干不満そうながらも、ため息を吐きながら何かを諦めた様な表情のめぐみん。
 良く分からないが、俺は記憶を消されたらしい。

「ええっと。俺は拉致られた夜の事ぐらいしか覚えてないんだが。その後、アイリスと明け方近くまで話をしていたぐらい……?」

 ……そういえば、俺は何時から王女様をアイリスなんて呼び捨てに。
 ……なるほど、記憶の消去か。

 きっと、俺は何か重大な国家機密でも知ってしまったのだろう。
 そして、秘密を知ってしまった俺をどうするかで揉めたのだろう。
 俺という、多大な功績を上げた勇敢な冒険者を口封じするには惜しいと、妥協案として記憶の消去に到ったのだろう。
 うん、きっとそうだ。
 自分でもなんかそんな気がして来た。

「おい、良く分からんが、俺は何か重大な国家機密を知ってしまった気がする。そして、俺という重要人物をどう処理するかを何日も掛けて緊急会議でも行なっていたんだろう。その間、俺が帰らない事をお前らが心配しない様に、適当な理由をでっち上げられたと思われる。……で、会議の結果俺を殺すには惜しいとなり、こうして記憶を消されて帰された、と。何だかそんな予想を立ててみたんだがどうか」

 言ってて自分でもどんどんそんな気がしてきた。
 そして、その全ての黒幕ともいうべき人物を俺は多分知っている。

「むう……。あながち的外れでもない……のか? しかし、他にこの男に、わざわざ記憶消去のポーションなんて物を飲ませる理由も……」
 ダクネスがそんな事を言いながら、腕を組みながら首を傾げ。
「ど、どうなんでしょうか。この男の事だから、年下のお姫様に甘えられて、ホイホイ残っていただけな気もしますが……。ですが、そんな事が記憶を消される理由にもなりませんし……。うーん……」

 そんな事を言いながら、悩みだすめぐみん。
 そんな二人に、俺は一つだけ心当たりのある事を告げた。

「あの時ダクネスに斬り掛かった白スーツ。あいつが全ての元凶という気がする。何だか知らないが、あいつに対して何か報復をしなきゃいけない気がするんだ。もちろん単に、俺の大事な仲間のダクネスに傷を付けた相手って事で、嫌っているだけかも分からんが……」

 そんな俺の言葉を聞いて、ダクネスが若干頬を赤くしながら。
「……む、そ、そうか。カズマの記憶は完全には消しきれなかったのかも知れないな。確かクレアとか言ったなあの白スーツは。我がダスティネス家と並ぶ家柄の貴族だが、政略でも仕掛けているのかも知れん。カズマが報復するまでもない、当家から何か嫌がらせの一つでもしてやろうか」

 そんなダクネスに続いてめぐみんも。

「まあ、こうしてちゃんと帰って来てくれただけで良しとしてあげましょうか。その代わり、ここしばらくは爆裂散歩に付き合って貰えなかったんですから、明日からは」
 明日からは、爆裂散歩に付き合って貰いますよ?

 きっと、そう言うつもりだったのだろう。

「何を言ってるの二人とも? バカなの? あの、口から先に生まれた様なクソニートの言う事真に受けるとか、大丈夫なの? このロリコンニートの事だもの、きっと、お兄ちゃんとか呼ばれたらそれだけで残りますとか言い出す男よ? そのまま、執事やメイドに身の回りの世話とかしてもらう生活が居心地良すぎて、もう私達なんてどうでもいいやー、ここでのんびりと暮らそうとかって、そんな感じだったに違いないわ」

 折角まとまり掛けた空気を、この女が邪魔しなければ。

 俺は三人が顔を覗かせる二階の窓を見上げながら。
「お、おい、失礼な事言うな。そんな事あるわけ……? 無い……。…………あれえー?」

 何だろう、その言葉で大切な何かを思い出しそうな。
 そんな俺の態度にアクアが言った。

「ほらみなさい! 暫くの間は、この屋敷への出入りを禁じます。どうしても入れて欲しくなったなら、アクア様ごめんなさいと土下座して、これから一日三回、この私を崇め奉る祈りを捧げること。そうしたら入れてあげてもいいからね。それが出来ないのなら、あっちへ行って! ほら早く、あっちへ行って! まったく、これ以上ウチのダクネスとめぐみんをたぶらかさないでくれます?」

 そんな舐めた事を言いながら、アクアがぴしゃんと窓を閉じ、これ以上は話す事など何も無いとばかりにどこかへと行ってしまう。

 ……あんのアマー!

 俺は、もう一階の窓を叩き割って強行突入しようと手近な窓を……。

「……おい何だこれ」

 窓を見て、絶句した。
 ざっと見た感じ、一階の窓には外から木板が打ち付けられ、窓からの出入りは難しい状態だ。
 きっと、板を引き剥がしている間に、それを聞きつけたアクアに妨害される事だろう。

 どうしたものか。
 かと言って、あのアホになぜ俺が土下座しなくてはいけないのか。


 ……と、俺が悩んでいると、突然足元に何か小さなものが落ちてきた。
 俺がふと見上げると、そこにはこっそりと窓を開け、そこから何かを落としてきためぐみんの姿。

 二階から落とされた物を見てみると、それはどこかで見覚えのある……。

 ああ、そうか。
 それはめぐみんが愛用していた財布。
 どうやら、めぐみんは現在無一文な俺を心配したのか金を落としてくれたらしい。
 やがてめぐみんはこちらを見向きもせず、何くわぬ顔でその場を去った。

 めぐみんの財布を拾い上げていると、突然黒い影が差す。
 その影に上を見ると、布に包まれた何かがポンと放られた。
 窓からチラと見えたのは、陽の光に煌めく金色の髪。

 ダクネスも、何かこっそりと投げ落としてくれたらしい。

 二人共、有難いは有難いのだが、そんな事してくれるならあのバカを説得するなりしてくれりゃいいのにと思う。

 ダクネスが落とした包を広げると、そこにあるのは俺の普段着と装備が一式。
 剣と鎧は無いが、弓と、矢じりがフック状になったロープ付きの矢は付いていた。

 俺はそれだけで意図を知る。

 めぐみんの金で飯でも食って、夜になったならダクネスの落としてくれた装備で、二階の窓からでも帰って来い……、と。

 ……まさか、自分家に潜入するハメになるとは思わなかった。


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