ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
五部
31話
「アクア、そっちのレイスは任せたぞ!」
「任されたわ! あはははは、アンデッドが私の前に現れるだなんておこがましいわ! どうしてくれようかしら! このレイス、どうしてくれようかしらっ!!」

「ちょっ、なぜか分からないけどこいつ怖い! やべーって! この女、マジやべーって! オレ、逃げてもいいか!?」

 魔王の城の何処とも知れない部屋の中で、俺とアクアはモンスター達と対峙していた。

「ペイン、それなら相手を変えるぞ! お前は俺と一緒にこのヒョロそうな男だ! ノス、お前は、ペインが怖がるそっちの女を片付けてやれ!」
「よし、任せろ! ペイン、何ならお前は俺達の後ろに隠れててもいいぞ!」
「何言ってんだ、剣しか持たねー、ただの前衛職なら俺の出番だろ! おい、そっちの男は覚悟しろよ、このオレに物理攻撃は効かねえかんよー!」

 鬼みたいな奴が俺と対峙したまま指示を出す。
 鬼型のモンスターが俺の背後のアクアの方へとジリジリ近付き、騎士とレイスが俺を威嚇する様に距離を詰めた。

 これはいけない。

「カズマ、ここはアレよ! 必殺のアレを使うの!」
「アレ!? アレってなんだよこのタイミングで! さっきは自分で覚醒だのなんだの言ったが、まさか、この俺には本当に秘められた何かの力があって、このピンチに目覚めでもするのか!?」
「「「!?」」」

 俺の言葉にこちらを警戒したモンスター達が動きを止める。

「違うわよ、カズマさんはどこに出しても恥ずかしくない、何の力も無い立派な一般人よ! そうじゃなくて、アレよアレ! こんな時にはアレがあるでしょ!?」
 背後のアクアに視線を送ると、アクアは、右手の人差し指と中指を、自分の目の下にピッと当てた。

 なるほど!

「こういう事か! 食らえ、『フラッシュ』!」
「「ぐあっ!?」」
「ぎゃー!」

 目を眩ませるこの魔法だが、同じ失敗はしない。
 俺は左手で目を庇い、右手を突き出し叫んでいた。
 それを受け、手で顔を覆いながら騎士と鬼がふらついた。

「くっそ、この……っ!」
「小癪な真似しやがって……っ!」
 俺の閃光魔法は、騎士と鬼には効いた様だが……!
「オレは目玉なんかに頼ってねえからな! そいつはオレには効かねえよ!」
「それがどうした、これでお前の仲間は動けねー! そいつらの視力が回復する前に、お前はこの世から消えるんだ! アクア、出番だ、やっちまえ!」
 俺は無事だったレイスに勝ち誇りながら、背後に居たアクアに指示を……!

「カ、カズマさーん! カズマさーん!! ど、どこー!?」

 アクアは目の前のモンスター達と同じく、俺の魔法で目をやられていた。

「お前は俺に目潰しを指示しておいて、何で一緒に食らってるんだよ!」
「だってだって、こんな魔法覚えたなんて知らなかったんだもの! 私がアレって言ったのは、なんたらアースとなんたらブレストを使った目潰しよ!」

 目を閉じたままのアクアは、よたよたしながら、手探りで俺の服を掴んでくる。
 そんな俺達の姿を見て、レイスが勝ち誇ったように笑いを上げた。

「残念だったな兄ちゃん! オレに物理攻撃は効かねえ! オレとお前は、おそらく一番相性が悪いぜえ! ヒャッハアーッ!」
 叫びながら、レイスが俺に手を突き出した。
 レイスの腕は幽体だからか、ありえない伸びを見せ、その手が俺に……!

「さ、させるかあ!」
 俺は背中に引っ付いていたアクアを前に出し、咄嗟に盾代わりにした。

「「ひゃああああ!?」」
 レイスに触られ悲鳴を上げるアクアと、アクアに触ってしまい悲鳴を上げるレイス。
 あのレイスはアクアの近くに行くだけで体が薄れるとか言っていたが、アクアに直に触れたのは相当痛手を負った様だ。

「カズマー! 今の何!? 冷やっとしたんですけど! 背中が冷やっとしたんですけど!」
「何て鬼畜だこの男! 仲間を盾代わりにしやがった! ちくしょう、オレの腕が消えちまったあああ!」
 目をきつく閉じたままアクアが叫び、レイスが消えてなくなった自分の右腕を見て泣いている。

「ペ、ペイン、状況はどうなっている? お前にとって女が天敵なのは分かったから、せめて男の方だけでも仕留められないか!?」
「そ、そんな事言ったってよ! ノス、ロギア、早く回復してくれよっ!」
 騎士がヨロヨロとあさっての方を向きながら、レイスに向かって叫んでいる。
 ペインと呼ばれたレイスは、俺のアクアシールドを警戒してか、こちらに近付けない様だ。

 というか、これでこいつら全員の名前が分かった。
 ペインがレイスで、ノスが騎士。ロギアが鬼か。

 騎士と鬼は、現在目が見えていない。
 ……そんな中、騎士がふと、体の正面を鬼に向けた。

 ――勝機!

「ノス、目の前だ! 丁度お前の目の前に男がいる! やっちまえ!」
「おうっ!」
「ぎゃああああああああ!」

 アクアに掛けてもらっていた芸達者になる支援魔法。
 それを受けていた俺は咄嗟にレイスの声真似をし、騎士を焚き付け鬼を斬らせた。

「どうだ、やったか!?」
「やってねえよ! ノス! ノース! お前が今斬ったのはロギアだよおお! あああなんてこった! てめえふざけるなよこの野郎、なんで会ったばかりのオレの声真似なんて出来るんだ!」

 崩れ落ちる鬼と勝ち誇る騎士を交互に見ながら、レイスがオロオロと泣き叫ぶ。

「ロギア!? おお、俺はロギアを斬っちまったのか!? どどど、どういう事だ、状況を説明してくれペイン!」
「あの男が、オレの声真似をしてお前さんを誘導しやがったんだ! お前は視力が回復するまではそのまま大人しくしていてくれ! お前さんが惑わされて、もしその魔剣で斬られちゃ流石のオレでも即身仏だぜ!」
「そ、そうか、分かった! 大人しくしている!」

 レイスの言葉に従い、騎士がその場から動かなくなる。
 俺はすかさず喉の具合を確かめて……!

「ああ、それでいい! ったく手間取らせやがって脳筋野郎が! 前々からオレの足引っ張るやつだとは思ってたが、こんなピンチにまで足引っ張りやがって……!」
「ペペペペ、ペ、ペイン!? おおお、お前、俺の事をそんな風に……!?」
「ちちち、違……! 今のはあの男が言ったセリフで……! チキショウ、何をニヤついてやがんだてめえ、ぶっ殺す!」

 レイスは激昂すると、俺が盾代わりにしていたアクアを警戒しながらも、俺に襲いかかってきた。
 アクアを気にして俺にはほぼ無警戒なレイスに、俺は魔法の剣で突きかかった。

「くそったりゃあーっ!」
「いだあっ!? お、お前、そいつは魔法の掛かった剣か!? くっ、パッと見ちょろそうな癖に装備だけは良い物持ってやがる! だが、生身の人間がこの俺に接近されたのが運の尽きだぜ! 食らいな! アンデッドの奥義、ドレインタッチー!」
「うおっ!?」

 騎士とアクアが視力回復に務める中、俺とレイスは泥沼な戦いを繰り広げていた。
 ダストから借りた魔法の剣でレイスを突くと、レイスが俺の体に触れて生命力と魔力を吸い取ってくる。

「くそっ、離れろこのっ! 『ヒール』! 『ヒール』ッ!」
「いだだだ! お、お前、回復魔法まで使いやがるのか! でも残念だな、お前の剣と未熟な回復魔法じゃ、お前から生命力を吸い取る量の方が多いみたいだぜ!」

 やばい、何だか意識が遠くなって……!
 アクアを盾代わりに使おうとしても、レイスとアクアの両方に警戒されて上手くいかない!

 ……い、いや待てよ。
 俺はレイスの半透明な体の中に、開いた左手を突っ込んだ。

「何の真似……ひゃああああ!? おおおお、お前、人間のお前がなんでドレインタッチを……!? ややや、止めろこの野郎、オレが無くなる!」
 レイスから、逆にドレインタッチで力を奪いに掛かった俺に、レイスも負けじとドレインを仕掛けてくる。

 レイスの体から流れ込んでくるヒンヤリとした何かの感覚に、何だか背筋がゾクゾクして来た。
 アンデッドからドレインって物凄く体に悪そうな気がするが、ダンジョンで、モンスターから魔力を吸い取るのを嫌がっていたウィズの気持ちが今なら分かる。
 めぐみんから魔力を吸った事があったが、あの時と比べると何だか……!

「ああああ、お、オレの体があああああ……っ、って、何でそんな微妙そうな顔してやがんだよ!」
「レイスから魔力を吸っても、何だか嬉しくないって思ってな! 美少女魔法使いからドレインした時は、もっと満たされた感じだったのに!」
「美少女魔法使いからドレイン……!? な、なんて羨ましい……! お前のその気持ちは理解できるし、こんな出会いじゃなきゃドレイン談義でもしたいとこだったが、今はお互い敵同士だ! 決着を付けるぜ、人間!」

 この野郎。レイスじゃなきゃ、一緒に良い酒が飲めたかもな……!

「「いくぜ、本気のドレインタッ……!」」
「ゴッドブローッッッ!」
 俺とレイスが気合を入れ直し、お互いに本気のドレインで止めを刺そうとした瞬間に、視力を回復させたアクアがレイスを殴って消滅させた。

 拳を光らせレイスを殴りつけた体勢のまま、アクアが言った。

「まあこの私にかかればアンデッドなんてこんなもんね。どう? どう?」
「お、お前って奴は、相変わらず空気が読めない奴だな……!」
 褒めて欲しそうなアクアがこちらをチラチラ見るが、それどころじゃない。

「き、貴様ら、よくも……!」

 アクアと同じく視力を回復した騎士が、重い鎧を鳴らしながら一歩詰め寄る。
 そいつに向けて剣を構えるが、その重装備の前に俺の剣が通じるかと言われると自信のない所だ。
 剣の専門職みたいな騎士を相手に、鎧の隙間を正確に突くなんて出来そうも無い。
 不死王の手を発動させるにも、そもそも俺の腕では剣を体に触れさせてもくれなさそうだ。

 と、騎士が問答無用で斬りかかってくる!

 が……、
「か、回避っ!」
「……む? 貴様、身のこなしだけは悪くないな。こんなに綺麗に躱されるとは思わなかったが……」

 運良く自動回避が発動し、騎士の斬撃から身を躱す。
 ハッキリ言って剣が見えない。
 流石魔王の城の騎士、俺がまともに剣で打ち合ってもどうにもならない。

 ――脳筋タイプには魔法が効く。
 これは、古今東西の常識みたいなものである。
「これでも食らえ! 『ライトニング』!」
「!?」
 左手から中級魔法の電撃を放つ。

 突き出された左手と騎士の間を繋ぐように、バヂッと青白い電光がほとばしった。
 それを受けて騎士はビクンと体を震わせ、その手の剣を取り落とす。

「カズマさんがっ! 本当に、カズマさんが多彩なスキルを! なんて事、真正面から正攻法で敵を圧倒するなんて、何だかカズマが主役みたいよ! こんなのっておかしいわ!」
「う、うるせーよ、たまには俺だってちゃんと戦う時もあるんだよ!」

 アクアが興奮しながら理不尽な事を叫ぶ中、騎士が取り落とした剣を拾い上げ。

「いや、すまん。ちょっと驚いただけだ、ビリッとした程度にしか効かなかった」
「……どんまい! どんまいよカズマ! でも私、ちょっとだけ安心したわ」
「うるせーよ! お前ら二人共、さっきからうるせーよバカにしやがって! 魔力を温存しておきたかったが、こうなりゃ俺の切り札を見せてやるよ!」
「「!?」」

 俺の宣言に、騎士が右手で、剣を自らの前に正眼に構え、開いた片手を腰の後ろにやり、その身を沈めた。
 いつでも襲い掛かれそうなその低い体勢は、本格的な剣の訓練を受けた奴の本気の構えの様だ。

 俺の後ろでは、アクアがハラハラしながらそんな様子を見守っている。
 大丈夫だ、心配するな。
 魔法抵抗力が高くない相手なら、俺には必殺の切り札がある。

「何かしら……! ビームかしら……! とうとうビームとか撃つ気なのかしら……!」

 ハラハラしながら目を輝かせているアクアは、別に心配していた訳ではなかったらしい。
 何かを期待するかの様なアクアの視線を受け、俺は口の中でぼそぼそと、小さく魔法の詠唱を。
 それを見た騎士が、低い体勢の身をさらに沈め……。

「何をする気かは知らんが、魔法を発動させた瞬間に貴様の腹に穴を開けてやる。魔法を放った後の、隙だらけの状態で躱せるかな? どの技を繰り出すか、宣言してやる。突きだ。貴様の後ろの女ごと、俺の突きで刺し貫いてやる。さっきみたいに身を躱せば、今度は女の命が無いぞ?」
「……だってよ! アクア、死ぬ気で躱せよ!」
「ねえ、それって避ける気満々って事かしら! か弱くも麗しい女神様を、身を盾にして守る気はないのかしら!!」

 詠唱を終えていつでも魔法を放てる体勢で、俺は騎士の動きを警戒する。
 アクアが、背後で俺の服の背中を掴んでいるのが凄く気になる。
 こいつ、イザって時は俺を盾にする気だろうか。
 仲間を盾にするとか、人として、女神としてどうなのか。
 もしかして、さっき俺がレイスの盾にした事への嫌がらせだろうか。

「……お前達は一体なんなんだ? どこから湧いた? 結界が破られたと聞いたのはつい先ほどだ。……この上層部は、よほどの実力を持ったものでも無ければ、到底来れない所なのだが……。……はて? 確か、この部屋は罠担当の連中が面白半分に作った、ふざけたテレポートの罠の転送先だった……はず…………」

 騎士が、剣を構えて剣先をゆらゆらさせながら、ぶつぶつ呟き。
 やがて、ハッとした様に顔を上げた。

「お、お前達……。まさかとは思うが、あの頭の悪い罠に引っ掛かってここに飛ばされたのか!?」
「ちちち、違うよ! 俺は、アレが罠だって見抜いていたさ! 魔王の部屋への最短ルートはここだって事すら見抜き、あえて引っ掛かったのさ!」
「そ、そうよそうよ、私だってアレが罠だって事ぐらい最初からお見通しだったわ! 私のくもりなきまなこにより、ここが近道だって見抜いたのよ!」

 言いつのる俺とアクアに、騎士が、ええー……と、小さな声で呟いた。

「……絶対あの間抜けな罠に……」
「それ以上言わせるか! これでも食らええーっ!」
 俺が魔法を撃つ体勢に入ると、騎士は咄嗟に反応し、こちらに剣を向けて飛び込んで来た。

 くそ、不意を突いたつもりなのにやはり反応が良い!
 普通なら、俺がどんな魔法を放っても、相討ちになる状況だろう。
 だが、俺の切り札は……!

「『テレポート』!」
「!? くくっ、テレポートか! 残念だったな、この俺には、テレポートは……」

 俺のテレポートを受けた暗黒騎士は、剣を突き出した体勢のまま、何かを途中で言い掛け、俺に剣先を届かせる事なく転送された。
 そしてなぜか、その場にはガシャンと音を立て、騎士の鎧だけが残される。

「カズマさんがテレポートまで……! なんて事なの、この男、本当に切り札を隠し持っていたわ! 今の人はどこに飛ばされたの?」
「アクセルの街の警察署の真ん前」

 旅に出る前に登録してきたテレポート先は2つ。
 アクセルの街の警察署前と、バニル達と行ったダンジョンの最下層。
 ダンジョン送りにしても良かったのだが、街に帰ったらウィズやバニルを連れて最下層に残されたお宝を取りに行かなくてはいけない。
 そこにあの騎士が待ち構えていると、テレポートした瞬間に俺が殺されてしまうかも知れない。

「あんなのを街に送りつけるなんて、警察署の署長さんとかが泣くんじゃないかしら」
「困ったときは国家権力だ。日頃、街のチンピラや荒くれ冒険者ですら取り締まれる人達なんだし、モンスターぐらい余裕だろう。……ま、覚醒した俺に掛かればざっとこんなもんだ」
「相変わらずの他力本願で安心したわ! やっぱりカズマさんは雑魚っぽくないとね!」
「あははは、こいつー! 舐めたこと言ってると、俺だけこのままテレポートで帰っちゃうぞー!」
「やだー、カズマさんたら冗談ばっかり! じょ、冗談よね? ねえ、冗談よね!?」

 すがるアクアを放っておき、俺は改めて室内を見渡した。
 騎士に斬られた鬼と、騎士が残していった鎧だけがその場に取り残されている。

「どうしてあの騎士の鎧はテレポートされなかったんだろう」
「……多分、転送されちゃったあの人は、魔法に弱い人だったんじゃないかしら。魔法防御力が弱い人が、自分の苦手な魔法に対して対策をしておくのは良くある話よ。で、テレポートの魔法は抵抗が出来ないと、転送先によってはイチコロだったりする魔法だからね。テレポート自体を阻害、なら良かったんでしょうけど。調子に乗って、テレポート禁止の付与でもしてあったんじゃないかしら」

「……それで、鎧は確かに転送されなかったけど、中身のあいつだけは転送されちゃったのか? それって欠陥品じゃないのか?」
「私に聞かれても知らないわよ。脳筋騎士っぽかったし」

 マジかよ。つまり、俺にテレポートは効かない……! みたいな事を自信満々に言い掛けていたアイツは、警察署の真ん前に素っ裸で転送されちゃったのか。
 いや、さすがに鎧の下には服ぐらいは着ていると思いたいが……。

「俺の必殺のテレポートが欠陥品かと思ったんだが、大丈夫ならそれでいい。取り敢えず、ここで大人しくあいつらが来るのを待つ事にしようぜ」
「そうね。あれほどの罠だもの。きっと直ぐに皆も来るわ」

 俺とアクアは、部屋の隅で皆が来るのを待つ事にした。










「「来ない」」

 俺達が転送されてから、一体どれだけ経ったのか。

 アクアと部屋の隅でしりとりしながら待っていたのだが、一向に来る気配が無い。
「どういう事だ。……アレか? あの高度な罠に、誰も引っ掛からなかったって言うのか? いやいや、そんな馬鹿な話が……」
「もしかすると、あの高度な罠自体を見つけられなかったのかも知れないわね。日がな一日、物を壊す事しか考えていないめぐみんと、物にぶつかる事しか考えていないダクネスが、そんなに注意深い子達とも思えないわ」

 ――納得できる。

「なんてこった。つまり、魔王退治だけじゃなく、現在迷子になっているあいつらもなんとか見付け出してやらないといけなくなったって訳か」
「そういう事ね。ちょっと目を離しただけであっという間に迷子になるなんて。まったく。私達がいないとこんなにダメな子達ばかりなのかしら。まったく!」

 皆とはぐれ、迷子になってしまった俺達は、この場に居ない連中相手に好き放題を言っていた。

 ――が、いつまでもここでこうしている訳にもいかない。
 皆と合流するためにはどうすればいいのか。
 部屋をしばらく探し回ったものの、転送元に帰れそうなテレポーターは仕掛けられてはいなかった。

 つまり、魔王の城の上層部に俺達二人は送られてしまったという訳で。

「……なあアクア。俺達二人で、危険なこの城の中で皆を探して回るのと、このままテレポートで帰っちゃうのと、どっちが良いと思う?」
「テレポートで帰る、に一票を入れたいんですけど」

 同じく。

「……俺もそうしたいんだがなあ……。めぐみんやダクネスが、大好きな俺の事を諦めて置いて帰るとも思えないし。どうしたもんか」
「そうね。あの二人が、崇拝する私を見捨てて帰るとも思えないわね」

 この場にあの二人が居たらしばかれそうな事を好き勝手に言いながら、俺とアクアは更に待つ。

 ――その時だった。

「……? 遠くでバタバタと音がしているな。ちょっと待ってろ」

 部屋の外から音が聞こえた。
 盗聴スキルで外の様子を探ってみると……。

『応援だ、応援を呼べ!』
『上層の連中も、下に降りて来い! 侵入者達が暴れてやがる! 結界を破った連中が、どんどん登って来ているらしいぜ!』
『いやあああ! 魔王城の警備兵は、安全で安定されたエリート職だって聞いてたのに! ねえ、飼ってるネロイドに餌をやり忘れたんだけど、私、帰ってもいいかしら!』

 どうやら、ミツルギやゆんゆん達が俺達を探して暴れているらしい。
 となると、もうしばらくここで待っていた方が安全だろうか。

「皆が暴れてるみたいだな。どんどん登って来てるみたいだ」
「ほう。……流石はこの私に選ばれた伝説の従者達ね。魔王の城で身動きの取れない女神を助けようとする者達。ねえ、これって凄く絵になる展開じゃないかしら」
「正確には、家出して迷子になった挙句に罠に引っ掛かり、魔王の城でにっちもさっちもいかなくなって隠れてる女神の救出、だけどな」
 俺の言葉に、アクアが隣で膝を抱えたまま、不満そうに人の肩をグリグリと突いてくる。

 ――というか。

 こいつに会ったら言いたい事が沢山あったはずなんだが。
 説教したい事とか、叱りつけたい事とか、他にも色々。

 そして、街の連中がどれだけ心配したのか。
 本来なら女神の敵のはずの、ウィズやバニルですらが協力してくれた事だとか。
 他にも、旅の間にあった事など、こいつに話したかった事が沢山あったはずなのだが――

「……? なーに、変な顔して私の顔を見つめて。久しぶりに会って、女神様の御姿に感動でもしているのかしら。ちょっとでも私を敬う気持ちがあるのなら、これからは晩のおかずを私の希望の物にして……痛い痛い! 痛いんですけど! 調子に乗ってごめんなさい! ああっ、でもなんか、こんなノリも本当に久しぶりな気がするわ!」

 なぜかどことなく嬉しそうな、舐めた事を言い出したアクアの頬をつねっていると、盗聴スキルを発動させていた俺の耳に嫌な単語が聞こえてきた。


『お前ら、聞けえ! 先日、大軍を率いて行った魔王様のご息女が、王都での戦いで互角以上の戦果を収めたそうだ! 決着は付けられなかったものの、今回の遠征は我らの勝利と言っても良いそうだ! 本日中にも魔王様のご息女が凱旋なされる! その際に、城を預かる我らが侵入者などに手こずっていたとなれば、責任問題となるぞ! 命が惜しくば、侵入者を探し出し八つ裂きにせよ!』


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ねえカズマさん、本当に? 本当にやるの? 私、過去に散々酷い目に遭って来たけれど、それらが霞むぐらいに嫌な予感がするんですけど」

「そんな事言ったって、俺達がやらなきゃ誰がやる。とっとと皆と合流して、魔王退治って目的を果たしてこの城からバックレないと、城に帰って来た魔王の娘と魔王軍があいつらと鉢合わせる事になるぞ。敵がいつ帰ってきてもおかしくない、そんな制限時間が設けられちまった以上、いつまでもここで待っていてもしょうがない。俺だって怖いが、そもそも魔王の城にノコノコ出かけて行ったのはお前だろうが」

「そうなんだけど、もう魔王とか、かなりどうでもいいって言うか。カズマと会ったらホッとしちゃって、もう早くめぐみんやダクネスの顔を見て、一緒に帰りたいって言うか」

 なんというヘタれ女神。
 しかし、その気持は凄く分かる。

「俺だって魔王の元へ行く気なんかあんまりない。でもホレ、皆はやる気になっちゃってるだろ? ここで、俺達二人がやっぱ魔王が怖いから帰りますなんて言い出したらどうなる?」
「石を投げつけられても文句言えないわね」
「だろ? という訳で、だ。まずは皆と合流。その後は、魔王の部屋にさえ行ければ俺に考えがあるんだ。俺の本当の必殺技を見せてやるよ」

 言いながら、俺は深く兜をかぶり直した。

 その兜とは、先ほどテレポートで転送したあの騎士の物。
 鎧の中にどんなモンスターが入っていたのかは分からないが、鎧から獣の臭いなどはしない。
 やたらと重い上にサイズがデカイが、鎧を着ても歩けない事はなかった。

「必殺技って何かしら! ビーム? 今度こそビームなの? ……それともまさか、この私の宴会芸……!」

「なわけあるか。いいからお前も用意しろよ。ほら、芸達者になる魔法、もう一度かけ直してくれ。……いいか? いくぞ?」
「準備はいいわよ。ねえカズマ、あんまりキツく当たらないでね? あんまりな態度だったら、私、我慢なんてしないからね? 自慢じゃないけど、私は我慢強い方じゃないからね?」

 お前が我慢が出来ない女だって事ぐらい、長い付き合いのおかげで誰よりもよく分かってる。

 俺は部屋のドアを開け、黒い甲冑姿のままで、外に向けて大声で呼び掛けた。





「侵入者が居たぞーっ!!」


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。