その日。
目が覚めた俺は柔らかなベッドの上から降りようとはせず、そのままパンパンと手を叩いた。
ドアの前に立つ執事を呼ぶ為である。
その音を合図にドアを開け、現れたのは執事服にキッチリと身を包んだ白髪の老人。
「お呼びでしょうかカズマ様」
その執事は、俺に対して深々と頭を下げる。
「ああ、目覚めのコーヒーを頼むよセバスチャン」
「ハイデルです」
「頼むよハイデル」
俺は執事のハイデルにコーヒーを頼むと、そのまま再びベッドの上に横になる。
やがてメイドのメアリーがベッドのシーツを替えに来るのだろう。
だが、そう簡単にシーツを替えさせてやる訳にはいかない。
メイドさんには、簡単に仕事をこなさせないよう様々な妨害をする。
これが、どこかのクルセイダーに教わった、正式なメイドの扱い方である。
やがて、ドアをコンコンと叩く音。
「失礼します」
そして聞こえる女性の声。
ほうら来た。
俺の専属メイドのメアリーだ。
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既に辺りは完全に闇に包まれ、そろそろ人々は眠りについてもおかしくない時間帯。
今はそんな時間にも関わらず。
「「「お帰りなさいませアイリス様!」」」
まるで到着を待ち構えていたかのように、多くの侍女が一斉に出迎えの声を掛けてきた。
そこはこの国の首都の中心にある王城の大広間。
俺は、一体どうしてこうなったと半分以上脳が止まった状態で、目の前を歩く白スーツを着た女性と、その後ろに続く王女様、そして、その王女様を白スーツと挟む体勢で、後に続く魔法使いのお姉さんの、更に後に続いていた。
多くの人々が跪く中、俺はとんでもなく場違いな場所に居る事を自覚しながら、おっかなびっくり付いて行く。
白スーツに案内された所は城の中の階段を相当登った、城の上部にある豪奢な部屋。
そこへと案内してくれた白スーツは、報告があるからと言い残して何処かへ行き、俺と王女様と魔法使いだけがその部屋に取り残された。
途中通り過ぎた人達が、俺を見ても見咎めることもなく、一礼して素通りしていった。
自分で言うのもなんだが、こんな胡散臭いのを城に野放しにしておいてもいいのだろうか。
王女様と一緒だから問題無いのだろうか。
と言うか、こんな城の中に普通にウロウロしている人達だ。
と言う事はもちろん、ここに居る全員がそれなりに身分の高い人達なのだろう。
そんな城の中に元ニートが一人。
どうしよう、凄く帰りたい。
ちょっと前まで、お姫様に気に入られて城の近衛兵だとか、お姫様専属の騎士だとかに是非にとか言われたらどうしようと浮かれていたのに。
唐突に拉致られて未だパニックに陥っている俺に、王女様が魔法使いのお姉さんにボソボソと耳打ちした。
それを聞いていた魔法使いはコクコク頷き、やがて俺に向かってにこやかに。
「サトウカズマ様、ようこそ当城へ。客人として招いたのですから、余計な礼儀作法や気遣いは無用です。どうか、ここを我が家だと思い寛ぎなさい。この部屋が当面のあなたの部屋となります。……では、早速冒険話の続きを! との事です」
「ちょっとすいません、すいません。お姉さん、すいません。魔法使いのお姉さん、ちょっとだけこっち来て貰っていいですか?」
俺は魔法使いの言葉を聞いて、その部屋の隅っこへと向かい、魔法使いにこっち来いとばかりにクイクイと手をやった。
「……なんでしょうか? ああ、自分の事はレインで結構。自分に対しては敬語も結構。一応は貴族の端くれですが、ダスティネス家とは比べるべくもない小さな家です。ダスティネス卿のご友人となれば、むしろ貴方様の方が自分よりも格上と言える立場ですので……」
魔法使いのお姉さん、レインがそんな事を言ってきた。
「なるほど。ではレインさん。ちょっと聞きたい事があるんですよ」
「自分に敬語は結構だと言いましたのに……。名前も呼び捨てでも。……なんでしょう?」
レインは少し残念そうにそんな事を言ってくるが、初対面の年上の貴族の女性を、いきなり呼び捨てに出来るほど太い神経はしていない。
と言うか、つい先ほどダクネスの家で白スーツに無礼者と怒られたばかりだ。
相手が良いと言っても、今は万が一の際に庇ってくれるダクネスも居ないのだ、流石に俺も腰が引ける。
気を取り直して、俺はレインに改めて。
退屈そうにしている王女様を少し気にしながら、小さな声で。
「ええっと、レインさん。……そろそろ状況を説明して欲しいんですが。……王女様は客人としてお招きだとか言い張ってますが。……これ、誘拐ですよね?」
「違います。客人としてお招きしたのです。申し訳ありません、アイリス様の悪いクセなのです。気に入った冒険者がいると無理やり城に泊め、何日も話をねだるのです。どうか、アイリス様が飽きるまではご滞在くださる様にお願い致します」
…………えっと。
「いやいや、正直に言って俺の冒険話なんて先ほどので大体終わっちゃいましたよ。これ以上何か話をしろって言われましても。その辺を王女様に伝えて帰して頂けませんかね? 俺にはもう、王女様の気に入る様な冒険話はほとんどありませんと」
俺の言葉に、レインは王女様の元へ行き、それらの事をボソボソと説明していた。
やがて……。
「あなたを強引に連れて来たのは、悪かったとはいえ、私を叩いたララティーナへのちょっとした仕返しも兼ねているので……」
レインがそんな通訳を始めるのを、その隣で王女様がいたずらっ子が浮かべる様な軽い笑みを浮かべながらクスクス笑う。
「……なので、そこまで気を使わなくても大丈夫、普段のお話で結構ですわ。例えばそう、ララティーナと普段どんな事をしているのかだとか……。冒険以外のお話なども是非聞かせて欲しいです、との事です」
……参ったなあ。
王族とか権力者って皆、こんなワガママなのか?
……ワガママなんだろう。
でも、あまり無理に断って、心象悪くしてダクネスの評判落とすのもなあ……。
「……分かりました。では、ダクネス……。……ララティーナとの話でも。……レインさん、仲間が心配するんであいつらに、こちらに泊まるって事を説明して欲しいんですが」
俺の頼みに、レインが畏まりましたと言い残して部屋から立ち去った。
当然この豪奢な部屋には、俺と王女様の二人きりとなる。
一応ドアの外には王女様の護衛なのか、女性の兵士が二人ほど。
ドアの前で、何かあった際には何時でも駆け込めるように待機はしていた。
余所者の俺が心配する事でも無いのだろうが……。
年頃の王女様が夜に若い男の部屋に二人きりで居ていいのだろうかとか、会ったばかりの不審者をいきなり泊めるとかどうよとか、そもそも王女様のワガママでこうなったとはいえ、俺ここでこうしていて王様とか偉い人とかに怒られたりしないのか等々、どんどん悪い考えが頭を巡る。
そんな俺の心配を見透かしたのだろうか。
王女様が微笑みながら。
「お父様は、将軍と共に魔王軍との最前線となる街へ遠征に行っております。城を預かる宰相は、とても多忙でわたくしの事に構っていられる余裕などありません。……なので、誰も咎める者などおりませんよ? そして……。こうして二人きりの時など、家臣がいない時であれば、普段、ララティーナ……。いえ、ダクネスと呼んでいるのですよね? ……今晩だけは、無礼は許します。その、ダクネスに話しかける様な言葉遣いで結構です。……教えてくださいな、城の外の世界の色々な事を」
世間知らずな王女様は、部屋のベッドに腰掛けながらそんな事を言ってきた。
白スーツが、様々な報告やら手続きを終え帰って来た。
「失礼します。……アイリス様、色々と手続きを済ませて参りました。これでカズマ殿は正式な客人となりましたので、カズマ殿の都合の許す限りこの城に滞在していただければ……」
俺が王女様に語っていた話の、まさに一番盛り上がっていた所に。
「で、ダクネスが言ったんだ。……このままあの豚領主にむざむざと奪われるぐらいなら。……いっそ、ここで二人で大人になってみるか? ……ってね! そして月明かりの下、その白い肌を赤く火照らせたダクネスと見つめ合い……! や、やがてダクネスの腹部に伸ばされた、おお、俺の手が……っ!」
「おおお、俺の手が……っ!? 俺の手が、どうしたのですか……っ!?」
「俺の手がどうした! アイリス様に何を教え込んでいる、ぶった斬られたいのか貴様はああああっ!」
白スーツが、俺の話に前のめりになって聞き入っていた、ベッドの上の王女様を庇う様に俺の前に立ち、剣を抜いて罵声を浴びせた。
「ま、待ってくれ! 待ってください! これはアイリス様が是非にと……!」
「貴様、唯の冒険者が恐れ多くもアイリス様の名を口にするとは……! 王女様と呼べ! それに、先ほどのアイリス様への口の利き方は何だああああ!」
こいつ面倒くせえ!
「待ちなさいクレア、カズマ様にはわたくしが名前で呼んでいいと言ったのです。言葉遣いも自然なままで良いと言ったのです。そ、それよりもカズマ様、ダクネスは……! ダクネスのお腹に伸ばされたカズマ様の手は、どうなったのですか……!」
「アイリス様、いけません! その話は聞いてはいけない話です、カズマ殿、アイリス様にその手の話を吹き込まないでください! と、と言うか、庶民のあなたとダスティネス卿が、その……。そ、そんな関係にだのと……。う、嘘ですよね?」
先ほどからベッドの上で、拳を握りしめて食い入るように俺の話を聞いていた王女様。
その王女様が早く早くと続きを催促して来る中、俺は部屋の椅子に腰掛けながら、王女と同じく俺に食い付くように聞いてくる、クレアと呼ばれた白スーツに。
「何一つ嘘は言っていない。なんなら、ホレ。これだけ大きな城ならアレは無いのか? 大きな街の警察署だのにある、尋問する時に使う魔道具。あの、嘘をつくとチンチン鳴る魔道具だ。あるならアレを持ってきてもいいぞ?」
俺のその言葉を聞いて、どうやら嘘を言っている訳ではないと納得したらしい。
クレアは剣を収めると。
「あなたが嘘は言っていないと信じましょう、先ほどもダスティネス卿の屋敷であなたを嘘吐き呼ばわりしてしまったばかりですし……。で、ですが、この手の話はアイリス様には話さないで頂きたい! ……そして、私に対してはちゃんと敬語を使う様に!」
そう言って、俺をキッと睨んでくる。
こいつ嫌い。
「俺の話を聞くかどうかはアイリス様がお決めになる事でございます。アイリス様のお付き人たるあなた様に指図される言われはない筈でございます。楽しくお話していたのにとんだ邪魔が入ってガッカリでございます! ほら出て行って! 先ほどの続きを話すんだから出て行って!」
「話させるかたわけ! 私は付き人ではないぞ無礼者めが! 私は、カズマ殿が懇意にされているダスティネス家にすら並ぶ、シンフォニア家の長女クレア。アイリス様の護衛にして……」
何か自慢話を始めたクレアを他所に、王女様に。
「この話はダメだと白スーツがいちゃもん付けるので、別のお話にしましょうかアイリス様」
「し、白スーツとは何だ下賎な無礼者、クレア様と……! ああもう、何なんでしょうこの男は……。ダスティネス卿もきっと日頃苦労しているに違いない……!」
一々食って掛かってくるクレアの言葉を気にしたのか、王女様がちょっと残念そうな顔をして。
「仕方ないですわね……。残念ですが、先ほどの続きはまたの機会に」
そんな聞き分けの良い王女様の言葉に、クレアがホッとした様に息を吐いた。
「では、別のお話を。この俺が、上半身をワイヤーで縛られたダクネスと、暗く狭い物置で組んずほぐれつしたお話などでも……」
「ぜぜ、是非とも! 是非ともそれを!」
「い、いけません! いけませんアイリス様、この男の話は聞いてはいけません! この男、ダメな奴です!」
時刻はとっくに深夜を回っただろうか。
先ほどまでは王女様と一緒に俺の話を聞いていたクレアは、怒ったり怒ったり、そして怒ったりと忙しかったのだが。
やがて怒り疲れたのか、ウトウトしていたクレアは、今は王女様が腰掛けているベッドに倒れ込むようにして眠っていた。
王女様はと言えば、そんなに俺の話が気に入ったのか眠そうな気配も見せないまま、未だに興味深そうに話を聞いていた。
俺は既に、冒険話も仲間の話もネタが尽き……。
「それで? その、ガッコウと言う所の、ブンカサイと言うのをもっと詳しくお願い!」
「詳しく……。まあ、アイリス様と同年代ぐらいの子達だけで、色々な出し物とかをするんですよ。例えば喫茶店だのと言ったお店だとか」
話は、俺の元居た世界の話題になっていた。
異世界とは言わず、遠い国としか言っていないが。
過去の学校生活の様子を話すだけで、王女様は羨ましそうに、遠く見知らぬ俺の国に想いを馳せる。
モンスターもおらず、王女様と同じ位の年の子達が日々平和に勉強したり遊んだり。
そんな、俺にとっては実に退屈だったあの毎日が、王女様にとっては……。
「なんて楽しそうで夢の様な所なの? そんな、そんな……。ああ、でもわたくしと同年代の方だけでお店を出すだなんて、お金を払わないと言い出す悪いお客が来たらどうするのかしら。それに、大勢でお店を切り盛りするのでしょう? 全員分の給料を賄う利益は出るのかしら……?」
それは、とても羨ましい暮らしに映ったらしい。
俺よりも大分年下の王女様が考えこむ姿を、微笑ましく見ながら。
「お店を出して楽しむのが目的ですからね。儲けようなんて思わないんですよ。言ってみれば、お店ごっこをして楽しむと言いますか。お揃いの制服を着て、お客さんを呼んでみたりだとか。そういうのが楽しくてやるんですよ」
そんな俺の言葉に、王女様が心底羨ましそうに、そして少しだけ寂しそうな顔をした。
それもその筈、この少女は王女様だ。
下々の者と共に学校なんて行かないし、そもそもこの世界には、高い知性と独自の文化を持つ紅魔族の連中を除き、義務教育という物が無い。
一部の金持ちぐらいしか学校になんて通えない。
そう考えると、規模は小さいながらもちゃんと子供の頃から学校に行かせるシステムを取っている紅魔族は、やはり知力が高い連中という事なのだろう。
……その性格は置いておくとして。
羨ましそうに、ガッコウ……と呟く王女様。
そんな王女様に、俺は何気なく言った。
「そんなに気に入ったなら、ここに学校を作っちゃえばいいじゃないですか。作って損になる施設ではないですよ? 絶対にこの国の為になりますって」
その俺の言葉に、王女様が一瞬何かを言おうとして、そして止めた。
…………?
そんな中。
俺が不思議に思っていると、唐突に夜の静寂にけたたましい鐘の音が鳴り響いた。
その鐘の音に寝ていたクレアが跳ね起きる。
寝起きだというのにクレアは直ぐに落ち着きを取り戻し、
「……なんだ、また来たのですか」
そう呟くと、そのままベッドから降りて立ち上がった。
また来たのかって何が?
俺がその疑問を口に出す前に、夜の街に大きな声が響き渡った。
それはアクセルの街で偶にあった、緊急クエストを知らせる時の様なアナウンス。
『魔王軍襲撃警報、魔王軍襲撃警報! 騎士団は直ぐ様出撃。冒険者の皆様は、街の治安の維持の為、街の中へのモンスター侵入を警戒してください。高レベルの冒険者の皆様は、ご協力をお願いします!』
そのアナウンスを聞いて、王女様がちょっとだけ寂しそうに。
「こんな状況ですもの。とてものんびりと、学業だけに勤しんでいるなんて出来ません」
そんな事を呟いた。
俺は、この世界に来る前にアクアに言われた事を思い出す。
ああ、そういやこの世界は、魔王とやらの所為で色々ヤバイ状態だったなあ……。
『魔王軍による夜間奇襲は鎮圧された模様です。ご協力頂いた冒険者の皆様には感謝致します。今回ご協力頂いた方々には、臨時報酬が出ますので、ご協力頂いた冒険者の方は冒険者ギルドの窓口へ……』
そのアナウンスは、あの後剣を携えたクレアが飛び出して行き、それから一時間もしない内に流れてきた。
案外アッサリと済んだものだ。
しかし、ここはこの国の首都だと言ったが、そんな所が夜間襲撃を掛けられるとか、戦況的に結構押されてんのか?
日本から来たチート持ち連中は何をやってるんだ、もっとしっかりして頂きたい。
何の力にもなれないお前が言うなと言われそうだが。
全く、こんな最前線に近い物騒な城とはとっととオサラバしたいものだ。
そんな事を思っていると。
恐らくはそれが、顔に出ていたのだろうか。
「……カズマ様、今日は楽しいお話をありがとう。……日が登ったなら、レインに街まで送ってもらうと良いですわ。……ララティーナに、ごめんなさいと謝っておいてはくれませんか? 勝手にあなたを連れて来てしまってごめんなさいと……。魔王軍との最前線ではないとはいえ、ここも、たまにこうして襲撃がある、決して危険がないとは言えない場所ですし」
王女様が、俺を気遣うようにそんな事を……。
……そうだな、俺が残った所でこの街を守れる訳でもなけりゃ力になれる訳でもなし。
王女様には悪いが、この危険な地からはとっとと帰らせてもらおう。
「ワガママに付き合ってくれてありがとう、カズマ様。……また、いつの日か冒険話をしてくれますか?」
王女様が、歳相応の笑顔でそんな事を言ってくる。
可愛いじゃないか全く。
俺は王女様に笑い返した。
「もちろんですよアイリス様。正直、結構小心者なんで早く帰りたいのが本音ですが。……それでも、アイリス様の為にまた来ます。ええ、きっとまたここに来ますよ」
そんな俺の言葉に、王女様がはにかんで言った。
「ふふっ、ありがとう。わたくしに兄弟はおりませんが……。カズマ様は何だか、お兄様みたいです。本当はまだ残って欲しいですが、あまりワガママを言うと……」
「今、なんて?」
俺は王女様の何気なく言った一言に。
「……えっ? あ、あの……。せっかく知り合えたのですから……。本当は、まだ残って欲しいですが、と……」
王女様が恥ずかしそうにしながら言った。
だが違う、そこじゃない。
「その前の事です。その前に、俺が何みたいだと言いました……?」
俺の言葉に王女様が。
「ええっと……。お兄様みたいだと……」
「すいません、もう一度言ってもらえませんか?」
若干の戸惑いを覚えながらも。
「お、お兄様みたいです」
「お願いします、出来ればもっと砕けた感じでもう一度……」
その一言を言ってくれた。
「お兄ちゃんみたい」
「残ります」
この城に残る事にしました。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔法使いのレインさんが、アクセルの街に俺がこちらに滞在する事をダクネス達に報告し、あれから一週間が経つ。
毎晩遅くまで妹に色んな話をしてやるのが、今の俺の仕事だ。
そして遅くまで起きているのだから、当然遅くまで寝ていてもいい筈だ。
今の時刻は昼過ぎだろうか?
その日、目が覚めた俺は柔らかなベッドの上から降りようとはせず、そのままパンパンと手を叩いた。
これはこの城で覚えた事の一つ。
ハッキリ言おう。
この城は、ニートにとっては天国だ。
俺は手を叩いてドアの前に立つ執事を呼ぶ。
その音を合図にドアを開け、現れたのは執事服にキッチリと身を包んだ白髪の老人。
「お呼びでしょうかカズマ様」
そう。
「ああ、目覚めのコーヒーを頼むよセバスチャン」
俺の専属執事のセバスチャンである。
「ハイデルです」
「頼むよハイデル」
名前の間違いなど些細な事だ。
俺は執事のハイデルにコーヒーを頼むと、そのまま再びベッドの上に横になった。
これから、もう一つの日課が待っている。
やがてメイドのメアリーがベッドのシーツを替えに来る。
だが、そう簡単にシーツを替えさせてやる訳にはいかない。
メイドさんには、簡単に仕事をこなさせないよう、様々な妨害をする。
これが、俺の友人の大貴族に教わった、貴族の嗜みと言う奴である。
やがて、ドアをコンコンと叩く音。
「失礼します」
そして聞こえる女性の声。
ほうら来た。
「おはようメアリー。だがそう簡単に、この俺がシーツを取り替えさせると思うなよ? さあ、手早くシーツを取り替えて他の仕事に取り掛かりたいのなら、こう言うんだ。ご主人様、どうか…………」
入って来たのはクレアだった。
「…………ご主人様、どうか…………何だ? 言ってみろ。ええ? 言ってみろこのクソニートがっ! 貴様、ゴロゴロゴロゴロ毎日毎日! やる事と言ったら昼寝かメイドへの嫌がらせ! 何なんだ! ダスティネス卿は、本当にどうして貴様の様な奴と仲が良いのだ……っ!」
この人は、毎日毎日俺を飽きもせずに説教にくる。
最近では俺に対しての言葉遣いなど、それはもう酷いもの。
非常に短気で典型的な、身分を大事にするタイプの貴族な女で、無礼者呼ばわりされて何度か斬りかかられそうになったのだが。
「余計なお世話だよ白スーツ。ところで何しに来たんだ一体」
「いい加減、白スーツと呼ぶのは……! ……聞きたかったのですが、カズマ殿は私の事が嫌いなのですか? ……私も結構言いたい放題に言わせては頂いておりますが、カズマ殿も貴族である私を相手に随分と色々言ってくれますね?」
クレアが相変わらずの白スーツで、若干不機嫌そうにそんな事を。
「いやお前、ダクネス自身は許したけれども、俺の中ではお前さんは、大事な仲間のダクネスに斬りかかって傷を負わせた狂人扱いだからな」
「きょ、狂人呼ばわりするな! …………まあ、いいでしょう。今日はカズマ殿に頼みがあって来たのですよ」
……?
頼み?
「何だろう。俺に、何か出来る事が?」
「ありますとも、あなたにしか出来ない事がありますとも!」
言いながら、途端に手のひらを返したようにニコニコと笑顔を浮かべるクレア。
そんなクレアの後ろから。
「お久しぶりですカズマ殿」
魔法使いのレインが現れ、室内へと入って来た。
この二人が同時に来るとはどうしたのだろう。
レインが、実に言いにくそうに。
「その……。カズマ殿が、アイリス様に毎晩色々なお話をしてくれる様になってから、アイリス様は大変明るく、そして毎日が楽しそうになられ……」
そんな事を言い出したレインの後を、クレアが引き継ぐ。
「そう、毎日楽しそうにしておられます。その事に関しては感謝します。連日、何時魔王軍の手の者に襲撃を受けるかも分からないこの都市において、歳若いアイリス様が、表に出さないだけでどれだけ不安な想いをされているか……。それを少しでも解消して頂けた事には本当に感謝しております。そして、そんな所にダスティネス卿が惹かれたのかとも思いました。……しかし、しかしですね……!」
一体クレアとレインは何を言いたいのやら。
と、そんな俺の部屋のドアをこんこんと叩く音。
ドアは開いているのだが、礼儀上ノックをしたのだろう。
そしてひょっこりと顔を覗かせたのは、初めて出会った時のあのツンケンぶりはどこへやら、笑顔を浮かべた俺の妹の姿があった。
妹は、俺の教え込んだ通りの呼び方と喋り方で。
「お兄ちゃん、もうとっくにお昼は過ぎてるよ? 早く起きて、アイリスと一緒に遊びに行く約束でしょ?」
クレアとレインがそれを聞き、突然頭を下げながら泣き出した。
「「カズマ殿、お願いですから帰ってくださいっ!」」
だが断る。
次回は主人公による、自分の屋敷奪還戦。
お姫様以下今回登場のキャラは多分もう出て来ません。
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