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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

原発事故による野生生物への影響 メディアが記事にする発表は

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2016年3月2日

 東日本大震災と原発事故からまもなく5年。帰還困難区域や居住制限区域では今も低レベル放射線の外部被ばくとエサを介した内部被ばくの中で動植物が暮らしている。「生きものの記録、福島の再生と未来に向けて」と題するシンポジウムが2016年2月11日に開催された。

 殺処分の指示に従わず区域内で牛を飼い続ける畜産農家と支援する大学の研究者たちによる団体「原発事故被災動物と環境研究会」の報告会で、2013年9月に始まり5回目になった。今までは牛への影響が中心だったが、今回はツバメやヤマメ(川魚)の研究者も招かれ発表した。「ツバメの繁殖率に大きな低下は見られなかった」、「セシウム濃度の高い川のヤマメは血中のヘモグロビンが減少する」、「一部の黒毛和牛でみられる白斑は放射線量とは関係していない」、「累積被ばく線量が2000ミリシーベルトと推定される牛でもDNA損傷などの異常は確認されていない」などの報告があった。会場には多くのメディアが取材に来ていたが、彼らはどの発表を記事にしただろうか?

福島のヤマメに貧血傾向 放射性物質多いほど
 共同通信はこの見出しで配信した。そのうちアクセスできなくなるので全文を紹介する。

 東京電力福島第1原発事故で影響を受けた家畜や野生動物をテーマにしたシンポジウムが11日、東京都文京区の東京大で開かれた。東北大大学院の中嶋正道准教授(水産遺伝育種学)は、福島県内の河川で採取した魚の調査で、筋肉中に含まれる放射性物質の量が多いヤマメに貧血傾向がみられると報告した。中嶋氏によると、同県浪江町を流れる請戸川など県内の三つの河川で2012年末~14年にヤマメを採取し、血液などを調べた結果、筋肉中のセシウム137の量が多いほど、赤血球1個当たりのヘモグロビン量が減少するなど貧血傾向にあることが確認された。

 ネットの記事はここまでだが、東京新聞(2016年2月12日朝刊)では以下のように続く。

 中嶋氏は「さらに検証が必要で被ばくの影響とは直ちに断言できない。今後も調査を継続する必要がある」と話した。シンポでは、第1原発の半径20キロ圏内で飼育されている牛の健康調査の結果も報告され、これまで放射性物質に起因するとみられる影響は確認されていないという。野生動物や家畜の低線量被ばくの研究は、世界的にも貴重なデータとされる。参加した研究者からは、今後も長期にわたり調査を継続する必要を訴える声が聞かれた。(終)

 「ヤマメに貧血」ではなく、「20キロ圏内の牛に異常なし」を見出しにして、記事の順番も逆にしてほしかったと思うが、それを望むのは無理だろう。取材した記者が報告会全体の雰囲気からそうしても、編集デスクは「ヤマメに貧血」を見出しにして記事の順番も入れ替えた紙面にしただろう。メディアとはそういうものだと思う。

モミやアカマツの発芽に異常
 1986年のチェルノブイリ原発事故ではヨーロッパアカマツの発芽異常や松枯れが報告され、メカニズムはよくわかっていないが、針葉樹は放射線の影響を受けやすいと言われている。放射線医学総合研究所は2015年8月28日に、「放射線量が特に高い地域でのモミの形態変化」を発表した。

 福島第1原発周辺の大熊町と浪江町のモミの木で幹の先端の主幹部分の発芽異常が目立ち、異常個体の割合は放射線量の高さと比例していたという発表だ。翌8月29日、「福島のモミの木に異変 放射線が原因の可能性」(朝日)、「帰還困難区域 モミの木伸びず 放射線影響か」(読売)、「福島 モミの木に異変 先端の芽が出ず 線量高い場所ほど多発」(毎日)と各紙がそろって大きく記事にした。

 2016年2月19日の環境省主催、「野生動植物への放射線影響に関する調査研究報告会」ではチェルノブイリで研究し、現在福島大学環境放射能研究所に在籍する研究者が、福島のアカマツでも頂芽の消失が高頻度で見られると報告した。

 同日、環境省自然環境計画課が発表したモニタリング調査の結果では、アカマツの形態異常は認められなかった。この点を質問されると、「自分の研究のコメントしかできない、結果が違うのは調査方法などすべてを比較しないとコメントできない」との回答。「2014年に調査した場所が森林除染で伐採され継続調査できず残念だ」とも言っていた。モミの木の形態異常も放射線量との因果関係はまだわかっていない。 高線量地域の松やモミでも目立った異常が見られない土地もあるようだ。

3月6日 日曜夜にNHKスペシャル
 野生生物の放射線影響を調べ、とくに目立った影響はなかったという発表をメディアはほとんど記事にしない。記事にしても見出しも小さく数行程度なのでインパクトは低い。2月11日の報告会でも、牛の調査を続ける研究者は「メディアからはなにか変化があったか、いつまでやるのかとよく聞かれるが、農家の人が牛を飼い続ける限り、協力して調査を続け、きちんと結果を発表するだけ」と言っていた。問題は冬場の牛のエサ代で1頭あたり月に約2万円かかる。研究会では支援を呼び掛けている。

 今までの調査から牛ではかなりの高線量の内部被ばくがあっても、きれいなエサを与えれば約3か月で体外に排泄されることがわかった。野生の鳥や魚でも今のところ、明らかに放射線の影響と考えられる悪影響は見つかっていないというのが現時点での状況だ。低線量被ばくはこれからも続くので、5年後、10年後のことはわからないが、化学物質や重金属の体内蓄積と違い、セシウムは体外へ排泄されるので、食物連鎖による高次動物への影響を過大視するのもどうかと思う。

 ところで今週末(2016年3月6日 日曜夜9時)、NHKスペシャル「被曝の森・野生の記録」が放送されるらしい。どんな内容、筋書きなのだろうか。

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