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五部
3話
「………………」

 アクアが、ソファーの上で体育座りの体勢でジッと俺を見ている。

 ……どうしたのだろうか。こいつは朝から飽きもせずに俺を見ている。
 最近モテ期が来たと言えなくもない俺を。
 これはもしや、惚れた男を見る女の目と言うやつなのだろうか?

 俺は居間のソファーの上でゆったりくつろぎ。アクアに言った。
「……どうした、そんな風にじっと見て。ああ、これが欲しいのか? アクアも飲むか?」

 そんな事を言いながら、手にしたシャンパンみたいな物を一気に飲み干す。
 シュワシュワというかシャワシャワというか、変わった味だ。
 アクアいわく、これはちょっと良い酒らしいが、どこら辺が良いのか俺には酒の味が分からない。

 セレブだ何だと言い出し、高い紅茶飲みだしたアクアを真似てみたのだが。
 朝からこういった物を飲んだくれると言うのは、ある意味勝ち組の人間の特権ではないだろうか。

 やはり、そんな俺をジッと見ていたアクアは。
「……紅魔の里から帰って来たら、カズマがビックリするぐらいのダメ人間になったなーと思って」

 おっと、惚れた男を見る目ではなく、ダメ男を見る目でしたか。

 だが、今の俺はそんな一言では動揺もしないし怒りもしない。
 若くして、屋敷と共に一生遊んで暮らせる大金を得た男の余裕というヤツだ。

「おいおいアクア。お前は何を言っている。俺達は成功者だぞ? お前も大金を手にしたセレブみたいなもんだろ? 身の丈に合った暮らしをして一体何が悪いんだ。お前だって、こないだだったか、これからの人生は皆で豪遊するって言ってたじゃないか。銀行に大金預けている以上、利子だけで食べていけるんだぞ。もう労働なんてバカらしい。気が向いた時に冒険行って、後はおもしろおかしく遊んで暮らそう」
 俺の言葉に、アクアがなるほどと呟く。

 そして、テーブルの上に置かれていた俺のシャンパンを手に取った。
「言われてみればそれもそうね。じゃあ私も、この高級ネロイド割り、ちょっと貰うわね」
「……それ、シャンパンだろ?」
「ネロイド割りよ。この世界に炭酸なんて無いもの。シャワシャワする飲み物には大概ネロイドが混ざってるわよ」
 言いながら、アクアがそそくさとグラスを取りに行く。
 と、そんなアクアと入れ替わりに、ダクネスとめぐみんがやって来た。

 ……というか、二人とも冒険にでも出るような格好だ。
 ダクネスは鎧をガチガチに着こみ、めぐみんもしっかりと愛用の杖を握っている。
 それを見て。
「一日一爆裂か? 気をつけてなー。金は後で払うから、帰りに晩飯を買って来てくれないか。出来れば、夜はこってりした物が食いたい」
 俺はソファーに横になったまま、二人にそんな事を言った。

 そんな俺の姿をめぐみんがじっと見る。
 今度こそ、惚れた男を見る女の目って奴だろう。
「……ダクネス、働きもせず朝から飲んだくれてるこの男、どうしましょうか」
「……ん、私は、どこかに捨ててきてもいいと思う」

 あれっ。
 どうも今回も違ったらしい。
 これは愛想尽かした男を見る目ですね。

 そんな二人に、俺はハッキリと言い返した。
 ソファーに仰向けに寝転がりながら。

「お前らな。ハッキリ言うが、今の俺はもう働く意味が無いんだよ。人はなぜ働くんだ? それは、お金を得て生活をする為だろう。そして、俺はもう大金を得ている。なら、残りの人生自堕落に暮らして一体何が悪いんだ。別に人様に迷惑掛けている訳でもあるまいし」

 そんな事を言いながら、俺はテーブルの上に置いておいたツマミ代わりのさやエンドウをポリポリかじる。
 そんな俺を見て、ダクネスが重々しくため息を吐いた。
「嘆かわしい……。大金があるからもう働かない? 皆がそんな考えであれば、世の中上手く回っていかなくなるぞ。例え働く必要が無いぐらいに金はあっても、何がしか世に貢献するのが人としての役割だ」

 そんな立派な事を言うダクネスに、俺はポツリと。

「お前ら貴族と同じ様な毎日を送っているだけじゃないか」
「ぶ、無礼者! 貴族をバカにするな! お前達の目には何もしていない様に見えるかも知れないが、民が平穏に暮らしていける為に粉骨砕身働いているんだぞ。お前には、民の為になれる力があるだろう。金の為とは言わず、人の為と思ったらどうだ。人に害を成すモンスターを倒すだけでも、ここでゴロゴロしているよりずっといい」

 俺は何か立派な事を言っていたダクネスに背を向けるように、ゴロンとソファーの背もたれ側に身体を向け、アクビした。
「あっ!」
 それを見たダクネスが、何か声を上げているが気にしない。
 長いお嬢様人生の中、自分が熱く語っている途中で、誰かにそんなぞんざいな扱いを受けたのは初めてなのだろう。

 俺の名は佐藤和真。
 権力には屈しない男。

 権力者側のダクネスが働けと言うのならば、それに断固として歯向かうのが俺の務めではないだろうか。

 俺の態度に腹を立てたのか、ダクネスがツカツカと俺が横になっているソファーに歩いて来る。
 そして、俺の服の背中部分を引っ張り。
「カズマ、いいからちょっと一緒に来い。毎日ゴロゴロしていて、もう身体は治ったのだろうが。我々と共に討伐……。こ、こいつっ! コラッ、手を離せ! 抵抗するな!」
 ソファーにがっしりとしがみついて抵抗する俺を、ダクネスは本格的に引き剥がそうと……!

 と、そんなダクネスにめぐみんが待ったをかけた。
「まあまあダクネス、ここは私に任せてください。……カズマ、里から帰って来てからずっとゴロゴロしてますが、たまにはカズマが活躍する所を見せて下さいよ。イザって時は頼りになる、そんな格好良い所を私に見せくれませんか?」
 ソファーにしがみ付く俺にめぐみんが屈み込みながら、口元に優しい笑みを浮かべて諭すように言ってくる。
 俺はそんなめぐみんを、一瞬だけチラリと見て。
「…………」
 俺は再びプイッとソファーの方を向き直り、しがみ付いた。
「あれっ!?」
 めぐみんが軽くショックを受けた様な声を上げる。

 俺の名は佐藤和真。
 一時の情に流されて、本質を見失う事などしない男。

 最近良い感じになっためぐみんと言えど、そこは簡単には譲れない。
 今日はしばらく飲んだくれたあと、夕方まで昼寝をし、飯を食ったら夜遊びに行くという過密なスケジュールが立てられているのだ。

 俺はソファーに横たわったまましっかりとしがみつき、そのままの体勢で二人にチラッと視線を向けた。

「……モンスターは人に害を成すから駆除をする、その他の、人に利益を与える生き物は生かしてやる。俺は、そんな人間のエゴみたいな考え方は嫌いだな。人は賢い生き物だ。俺達はもっと、彼らに対して優しくなれる……。お前らも、子供の頃に持っていた優しい気持ちを思い出して欲しい……」
 二人に告げると、さやエンドウをひとつ摘み、それを口にして再びソファーの背もたれへ向き直り……。

「お、お前は自分が借金まみれの時は、血眼になって美味しいモンスターはいないかと探していたではないか! こんな時だけ綺麗事を言い出すな!」
「そうですよ! 紅魔の里でも、養殖と言うレベルアップ方法があるがお礼に受けるかと言われ、嬉々として付いていったじゃないですか! それが、途中でヘタレて帰って来た人間が何を今更綺麗事を! ダクネス、そっち持ってください! 引き剥がしましょう!」
 ダクネスが俺の足を掴み、めぐみんが俺の背中にピタリと張り付き、ソファーから引き剥がそうと俺の腰に手を回す。

 背中にめぐみんの体温を感じながら俺は言った。
「おい、俺の背中にくっ付けた胸をもっと強調するんだ。そうしたらソファーにしがみ付く力を弱めないでもない」
「最悪です! やはりこの男は最悪ですよ! ダクネス、この男にロープでも掛けてギルドまで引きずって行きましょう!」
「も、もうこの男は本当にどこかに捨ててきてしまった方がいいんじゃないのか……?」

 二人がそんな事を言いながら、ソファーから俺を引き剥がそうとする中。
 台所からアクアが、グラスとツマミ、更にはライムか何かを乗せた皿を持って戻って来た。

「……? 一体またどんな斬新な遊びしているの? 遊びのルールを教えて頂戴」
「違う! これから皆で討伐に行こうという話をしていた。だがカズマが行きたくないと駄々をこね……。というかアクア、お前までこの男に毒されないでくれ……」
 ダクネスが、アクアが持つ酒の肴などが乗ったお盆を見て、困った様な顔をする。
 ……毒されたとは失礼な、むしろアクアは昔からこんなもんだっただろうが。

 アクアが首を傾げながら、皿の上のライムを摘んで口に入れ、酸っぱそうに顔をしかめながら言った。
「ふーん? 私は別に行ってもいいけれど、クソニートの本領を発揮したカズマを連れて行くってのは至難の技だと思うの。ここは、最弱職のカズマさんは置いて行って私達だけで行けばいいんじゃない?」

 そんな、流石に聞き捨てならない事を。

 俺はアクアの何気ないその一言にムクリと起き、
「……おいおい、言ってくれるな上級職のアクアさん。何だかんだ言ってこのパーティ内で一番強いのは俺だろ常識的に考えて。そんな俺を未だに最弱職呼ばわりですか? パーティ内で、それぞれ役割の違う俺達が強さを比較するのは意味のない事だが、弱っちい上級職さんに言われるとカチンと来ますよ」
 そこはキッチリと言っておくべきとばかりにアクアへと向き直る。
 アクアは、酸っぱそうにしながらも二個目のライムを口に入れ。

「あら、カズマったらこの中で一番強い気でいたの? 確かにカズマのスキルは便利ね。不死王の手なんて使ったなら、ダクネスなんて簡単に無力化されちゃうでしょうし。……でも忘れちゃったの? 私の着ているのは神器よ神器。あらゆる状態異常を無効化し、強い防御を誇る最強装備。カズマにどうにか出来ると思っているの?」
「おい待て、私だってそんなに弱くはないぞ、私の防御スキルの中には状態異常耐性を向上する物があってだな……」

 ライムを口の中で転がしながら、アクアが挑発的に言ってくる。
 こんな挑発に乗るのはバカらしい。
 バカらしいが、ここはちょっと言っておかなければならない。

「おいアクア、俺が状態異常だけが武器の男だと思うなよ? 剣を使わせれば、当たらないダクネスなんて勝負にならないぐらいにはスキルレベルが上がっている。遠距離からの狙撃、そして接近しての剣での攻撃。お前、俺に勝ち目なんてあると思ってんの?」
「お、おいっ! 私だって、当たらないとは言え体力と耐久力には自信がある! 長期戦に持ち込めればお前と互角に戦う事も……!」

 俺の言葉にアクアがピクリと眉を動かした。
 そして、持っていたお盆をテーブルに置くと。

「あらあら、カズマさんたらちょっと勘違いしちゃってるみたいね? 私は今のクラスはアークプリースト。とは言え、その高いステータス的に、魔法使い系以外のクラスなら何にだってなれた女よ? ちょっと剣が使える? ちょっと弓が使える? 私が自分に支援魔法を掛けて近接格闘スキルで殴りかかったなら、カズマなんて一分と持たないわよ? ああ、それと……」

 アクアは、その長い青髪をファサっと後ろに払い、自信たっぷりに言葉を続けた。

「他にも、バインドってスキルを覚えたみたいね? でも残念ね、そんなので絡め取られるのはダクネスぐらいよ? 私にはスペルブレイクっていう、あらゆる魔法やスキルを強制解除しちゃう魔法があるの。そして私は長い付き合いですもの、カズマの小賢しい小手先の技なんて通用しないわよ?」
「お、おい……。確かにバインドを使われると無力化はする、するが……。と言うかアクア、そんな事が出来たのなら私が先日拘束されて不自由していた時も、さっさとそれを使ってくれれば……」

 自信たっぷりな顔で不敵に笑うアクアに、俺はキッパリ言った。

「……よし、じゃあ勝負するか」




 俺の視界の隅で、なぜかちょっとだけ頬を染め、軽く落ち込んでいるダクネスの肩を、めぐみんがポンポンと叩いていた。








 久しぶりの冒険者ギルド。
 ここに顔を出すのは何週間ぶりになるだろうか。
 そこかしこに見覚えのある顔を見かけ、そんな見覚えのある彼らは俺と目が合うと、片手を上げて挨拶してくる。

 テーブルの上でうつ伏せになり、昼間からクダを巻いているチンピラの隣を通り過ぎ、俺は張り紙が貼り付けてある掲示板へと向かった。
 俺の隣ではアクアが掲示板とにらみ合い、勝負に相応しそうな獲物を探している。

 まさかお互いに喧嘩する訳にもいかず、どちらが上かはモンスターの討伐数の多さで決める事になった。

 めぐみんは審判だ。

 武器を持たないアクアには、流石に素手ではキツかろうとおまけでダクネスを付けてやった。
 おまけ呼ばわりされたダクネスが涙目になっていたが。

 討伐数を競うのだから、出来るだけ数の多いモンスターが良い。
 最近は、カエルは狩り尽くされてあまりいない。

 となると、何か良い物は…………。

 隣から、ブツブツと声が聞こえる。
「……つがいのマンティコアの討伐……。ワイバーンの亜種が岩山に巣を作り始めているからこれの駆除を……。……どれもこれも、インパクトに欠けるわね……」

 クエストは絶対に俺が決めてしまおう。

 と、一枚の紙を見つけた。
 それは、俺達とは何かと因縁のあるモンスター。


 クエスト、初心者殺しとゴブリン討伐。


 初心者殺し。
 これを倒せる事が中堅冒険者と呼ばれる条件だとも言われる強敵で、俺が一度殺された相手でもある。
 俺達は、もう駆け出しとは言えないレベルだ。
 何だかんだ言って、初心者殺し以上の強敵とも渡り合っている。

 リベンジだ。

 一度倒した事はあるものの、その時は俺も殺されたので引き分けみたいなもんだ。
 俺はその紙を剥がし、三人に見せつけた。
 途端に、三人も嫌そうに顔をしかめる。
 こいつらにとってもトラウマみたいなもんなのだろう。

 なんせ、目の前で仲間を殺したモンスターだ。
 俺は殺されたのは一瞬の事だったので、不思議とそれほどまでの苦手意識は無い。

「こいつはゴブリンだのコボルトだの、弱いモンスターの群れを利用して、それをエサに初級冒険者をおびき寄せるだろ? 勝負方法は、こいつが守っている雑魚モンスター、ゴブリンの討伐数の多さ。そして……。初心者殺しを倒した方には大幅得点って事でどうよ? 俺達もそろそろ中堅を名乗っても良い頃合いだ。……ここらで一発、こいつを倒しておこうぜ?」

 俺のその言葉に。
 三人は、今度は自信有り気に不敵に笑った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 初心者殺しの目撃情報があった場所。
 そこは、街からかなり離れた林の中。
 森林と言う程には木々が生えている訳ではないその場所に、武装した小鬼集団、ゴブリンが現れたらしい。
 そして、その群れを守る様に初心者殺しが周囲をうろついているそうな。

 弱いモンスターを狩りのエサ代わりに使うその狡猾なモンスターは、どうやら今は留守らしい。
「いるわねゴブリン達が! あの程度の相手なら、私のゴッドブローで一撃ね!」
 アクアの言葉の通り、目の前の林の奥には、エサを探しているのか、木の根元を掘って芋みたいな物をほじくっていたり、木に生った小さな実を、棒で叩き落としていたり。
 メジャーモンスターであるゴブリン達が、思い思いにそんな行動を取っていた。

 そんな様子を俺達は茂みの中から伺いながら、少しずつゴブリン達と距離を詰める。
 ゴブリンの数は三匹。
 いやに少ない。

 俺は、やけに自信たっぷりな様子で隣に佇むアクアに。
「お前、以前カエル相手に手も足も出なかったじゃないか」
「カエルはあのブヨブヨのお腹が打撃を吸収するの。物事には相性ってものがあるのよ? カズマったらそんな事も知らないの? バカなの?」

 俺がそんな事を言ってくるアクアの頬をつねりあげて半泣きにさせていると、ゴブリン達がこちらに気が付いたようだった。
 バカな事やって騒いでいるからだ。
 二匹のゴブリンは、武装した俺達を見て、怯んだ様に怖気づきながらも身構え。
 残る一匹のゴブリンは、耳障りな奇声を上げて何事かを騒いでいた。
 もしかすると仲間を呼んでいるのかもしれない。

 初心者殺しが来る前に、片付けてしまうのが良いだろう。
 そんな事を考えていると、めぐみんが。

「では。ゴブリン討伐、開始です!」
 合図を出し、一人その場から距離を取った。


「見てなさいなカズマ! ゴブリン三匹ぐらい、この私がアッサリと仕留めてみせるわ!」
 ゴブリン達に、そんな事を叫びながら嬉々としてアクアが突っ込む。
 そのアクアの身体がぼんやりと光っているのは、何かの支援魔法を自分に掛けたからだろう。
 駆けるアクアの後ろをダクネスが、重い鎧をガチャつかせながら必死で追う。

 そんな二人をのんびりと見送り、俺は離れた位置から弓を出すと……!

 スコーン!

「「ああっ!」」

 先行していた二人より先に、今まさにアクアが襲いかかろうとしていたゴブリンの頭を狙撃した。
 それを見て、アクアとダクネスが驚き、そして……。

「ヒギッ!?」
「ギャフッ!?」
 ゴブリン達とは二十メートルほど。
 この距離で狙撃スキルを使えば、まず外す事など有り得ない。
 アクアとダクネスに先駆けて、俺は早々と三匹のゴブリンを弓で仕留めてしまった。

「ちょっとカズマ! 今から戦おうと思ってたゴブリンを、先にやっつけちゃうってどういう事よ!」

 食って掛かるアクアに言った。
「お前らが倒そうとする敵を先に食っちゃえば、俺は絶対に負けない作戦です」
 アクアとダクネスが同時に叫ぶ。
「「卑怯者!」」








 生い茂る草木の間を駆け抜け。

「あっちよ! 今、あっちで影が見えたわ! 私の目からは逃れられないわよカズマ!」

 そんな、背後からの声を聞きながら。

「横合いから何度も何度も獲物を掻っ攫いおって! 流石に頭に来た! 貴様、正々堂々と勝負しろっ!」

 俺は、林の中を宛もなく駆け抜けていた。
 現在の成績は、俺が八匹で向こうはゼロ。

 あいつらの後を潜伏スキルを使ってストーキングしまくり、あいつらがゴブリンを引きつけている間に、俺が安全な場所から狙撃で倒す。

 そんな戦法を取っていた所、とうとう二人がマジ切れし、現在は俺が追い回されていた。
 勝負に勝てないからといって実力行使に出るとはなんて卑怯な連中だろうか。
 重い鎧を着ているダクネスをちっとも振り切れないのは、アクアの支援魔法で強化を受けているからだろう。

 普段は特に感じないが、敵に回ると地味に支援魔法というものは厄介だ。

 俺は潜伏スキルを使いつつ逃げ回り、途中、地面に魔法で水を撒き、それを即座に凍らせた。
 そして、逃げながら潜伏スキルをあえて一時的に解除する。
 実に原始的な即席の罠だが……。

「あっ、居たわねカズマ! そんな所に立ち止まって、とうとう観念……ふぐっ!」
「い、いたなカズマ! はあ……、はあ……。きょ、今日こそは貴様に一矢報いてはぶっ!」

 物の見事に氷に足を滑らせすっ転んだ二人に対し。

「……ざまあ」

 その言葉にアクアが跳ね起きた。
「ダクネス、あの男を二人で囲むわよ! ボコボコよ! 囲んでボコボコにするの!」
 アクアの言葉にダクネスが、凍り付いた地面からノロノロと起き上がりながら。
「……必死に追い回すものの、ここまで一方的に手玉に取られ……。確かに悔しいんだが、こう……。こんなのも悪くないと思えてきた私はおかしいだろうか……」

 おかしいと思います。



「……まったく、何やってんですか。三人ともゴブリン討伐を忘れないでください」
 俺達を追い掛けて来ためぐみんが、茂みを掻き分けながら現れた。
 俺も討伐に集中したいのだが、俺の知的な作戦をこの二人が卑怯だ卑怯だと非難するのだ。
 めぐみんの言葉に、俺は敵感知スキルを発動させて付近にゴブリンがいないかを探ろうと……………。

「ようやく逃げるのを止めたみたいねカズマ。とりあえず、ごめんなさいしなさい。あんたをどうするかはそれからよハイエナニート」
「おい待て。……囲まれてるぞ」

 当たり前と言えば当たり前。
 あれだけ叫びながら追ったり逃げたりしていたのだ。
 まるで襲ってくださいと言わんばかりだろう。

 その言葉に、アクアとダクネスもふざけている場合ではないと気付いた様だ。
 木々のそこかしこから顔を覗かせるゴブリン達。
 その数は十を越え、流石に単独で撃破出来る数でも無い。

 更には……。

「出やがったな」

 遠巻きにこちらを囲むゴブリン達。
 そのゴブリン達の守護者であると言わんばかりに、ど真ん中から堂々とこちらに歩く黒い獣。

 初心者殺し。

 俺達とは何かと因縁のあるこいつを倒し、俺達も晴れて中堅パーティを堂々と名乗れる様に。

 喧嘩している最中でも、その思いは同じな様だ。
 ダクネスが、敵の注意を一身に集めようと前に出た。
 一番注意を引く場所に出て、囮となるスキル、デコイを使うつもりだろう。

「ほらカズマ、仕方ないからあんたにも支援をあげるわ」

 言いながら、アクアが俺にも魔法を掛ける。
 一瞬俺の身体が光り、身体能力が向上しているのが手に取るように実感出来た。
 よし、これなら行けそうだ。

 守るダクネス。
 癒すアクア。
 そして、そんな二人のフォローを俺がする。

 それぞれにちゃんと役割があるのだ。
 誰が一番かだなんて、決める必要なんてどこにもない。
 今回は、カッとなった俺も反省しなければ。

 俺は弓を構えてダクネスの右後方に立つ。
「間違えて、お前の背中を撃つことは無いから安心しろ。頼りにしてるぞダクネス」
「お前こそ、頼りにしている。敵は一匹も後ろには通さないから安心しろ。攻撃は任せたぞ」
 ダクネスが、大剣を地に突き立てて、それで地面に踏ん張るように前を向き。
 後ろも見ずに言ってきた。
 その頼りになる背中を見ているだけで、どんな敵が来ても大丈夫という気持ちになる。
「そんなダクネスが怪我したら、即座に癒してあげるから安心なさい! 行くわよ、今回は誰一人欠ける事無く勝って見せるわ!」

 ダクネスの左後方に待機していたアクアが、このメンツならば怖いものなど何も無いとばかりに胸を張る。
 俺はめぐみんの方を振り返り。
「おいめぐみん。さっき屋敷で、俺が活躍する所を見せて下さいよ。イザって時は頼りになる、そんな格好良い所を私に見せくれませんかと言ってたな。見せてやるよ、俺達が結束すれば、どんな相手にだって負けない……」


「『エクスプロージョン』ッッッ!!」



 轟く爆音。
 吹き荒れる爆風。

 俺がカッコ付けながら言い終わる前に突然吹き荒れた、そのあまりにも理不尽で圧倒的な暴力は、ゴブリンや初心者殺しを全て巻き込んだだけでは飽き足らず。
 付近の木々はおろか、俺達までをも吹き飛ばした。

 最前線にいたダクネスが、剣を突き立て、踏ん張り、重い鎧を着ていたにも関わらずぶっ飛ばされる。
 その後方にいた俺達ですらが、吹き荒れる爆風に成す術もなく転がされた。

 ……俺は地面にうつ伏せの状態で倒れながら、倒れたまま、その惨状を首だけを上げて見渡した。
 ゴブリンも初心者殺しも既に居ない。
 消し飛んでしまった。

 ダクネスは、飛んできた何かが頭にでも当たったのか、白目を剥いてぐったりしている。

「ぐずっ……。う、うえええ……。口の中が、じゃりじゃりする……」

 アクアが、俺と同じく地面にうつ伏せの体勢で転がったまま、そんな泣き言を言ってきた。

 そして。
 俺のすぐ傍には、この惨状を招いた元凶ですらが仰向けの状態で転がっている。
 その元凶がポツリと言った。

「美味しい所は持って行く。そんな紅魔族の本能には抗えませんでした。そして、これで私がパーティ最強だと言う事が決まりましたね」


「お前って奴は! お前って奴はっ! 最近大人しくなったと思ってたらこれだよ!! お前審判じゃ無かったのか!」


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