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【神様がくれたインポ最終回】会いたくて会えない人はあなたには会いたいなんて思ってません

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枡野浩一

小説『神様がくれたインポ』枡野浩一

枡野浩一 神様がくれたインポ/第二十四回(最終回)
会いたくて会えない人はあなたには会いたいなんて思ってません

 吉祥寺の伝説だったカフェ「フロア」が閉店するとき安く譲ってもらった白磁器のポットに紅茶の茶葉と熱湯をいれたまま忘れていて、濃く出すぎてしまった上に冷めてしまった紅茶に牛乳たっぷりとハチミツちょっとを混ぜてレンジであたため直して飲んでいます。

 半年続いた連載の最終回ですが、ひらがなの「め」が打てない故障は相変わらずです。「冷めて」と打つのにも余計な作業が必要。かつてはカフェをひらくのが夢だったので白磁器のポットは大量に譲ってもらって、たくさん人にあげたり売ったりしたけれど今も予備が六個あるから大地震がないかぎり死ぬまでに全部を割ることは難しいと思います。というのはすでに書いたことだったでしょうか。

 失敗だらけの人生は退屈しない人生です。

 きのうは中沢健さんと話しました。彼とは「バツイチ童貞」という芸人コンビを組んだことがあるほどの交流があります。先鋭的なカウンターカルチャー誌だったころの「クイック・ジャパン」編集長から、まだ高校生だったころの彼の原稿をどっさり渡されて「これを雑誌に載せたいのですが、どう思いますか」ときかれました。文才は感じるけれど今これを載せることは長い目で見たら彼にとってよくないのではないかと私は思いました。そして彼宛の手紙を同誌に書きました。十年後の中沢健を楽しみにしています、と。そして十年後に彼は本当に作家になりました。刊行後けっこう経ってから遅れて読んだ初小説『初恋芸人』は傑作だった。衝撃的でした。

 《人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、そして、お互いに大切に思い思われたい欲だ! 語呂が悪いから性欲と言っているだけで、真実はそうにちがいない。そして、「お互いに大切に思い思われたい欲」は、恋人ができないかぎり満たされない。ひとりエッチや風俗では、気休めにすぎないのだ。》『初恋芸人』より。

 こんな世の真理を発見した『初恋芸人』の主人公は童貞で、著者の中沢さんは現在もう童貞ではないので、主人公と同じまなざしで世界を見ることができないと帰り道で話していました。代々木駅北口のマクドナルドの裏にある珈琲専門店TOMの名物はババロアとジジロアで、中沢さんはキウイソースのかかったババロア、私はカフェオレ味のジジロアを食べました。ババロアは同店で最近二度食べたからです。食に興味の薄い私が珍しく好きな食べ物がババロアなのですが、私に腹筋コロコロをくれたイラストレーター目黒雅也さんと私で今ババロアの絵本をつくっているため、以前にも増して頻繁に食べています。

 刊行当初は売れなかった『初恋芸人』を書店員さんが読む業界誌で私がとりあげ、「文庫化されるべきで賞」を授賞したのが二年前。そのおかげでは全然なかったようですが、一年ほど前からNHKでドラマ化の話が進み、来週から放映が始まることになりました。小学館ガガガ文庫から文庫版も発売になります。

 来週と再来週の水曜日は、加藤千恵さんの『真夜中のニャーゴ』を私が乗っ取ることにしました。加藤さんがお休みで、番組パートナーの羽田圭介さんも多忙ということで代打に立つことになったのです。来週は目黒雅也さん、再来週は古泉智浩さんとご一緒します。再来週紹介する本は『初恋芸人』にしました。

 ここまで書いたところでトイレへ行き、本日の零時から十時までトイレへ行った回数が五回であることをチラシの裏に記録した「正」の字で確認しました。二時間に一回程度って、普通でしょうか。チラシはセンチメンタル岡田くんたちと先日やったイベントのやつです。

 今、ネスカフェのインスタントコーヒーを魔法びん構造のステンレス製コップにいれて、熱湯で溶かしたところ。堕落。豆から淹れたコーヒーをまた飲む日は訪れるでしょうか。

 佐々木あららがタイ土産として先日くれた、鼻から吸うと喉の奥までスースーして鼻の通りがよくなる謎のクスリを吸いながら書いています。飛行機で運ばれたのだから非合法ではないと思いますが、これでつかまっても後悔しません。この連載のコメント欄で鼻うがいをすすめてくれた人がいました。「サーレ」という洗浄剤で以前から時々やっていますよ。

 中沢健さんが帰り際にくれたドラ焼き的なものを食べています今。こうして人から貰ったものを食べていることを毎回わざわざ書くのは、人からの恵みで生きていることを実感するためです。托鉢というか乞食のようだと思う人は思うでしょうが、感謝しております。

 中沢さんに、この連載を書いている動機を話したら、まさかそんなことだったとはと驚かれました。もちろん理由なんてどんなことも言えるし、まずは毎週原稿料が貰えるからというのが大きいのですが。中沢さんに話したのとはちがう「理由」をここには書きます。

 私は自分のインポと、それをめぐる日々が「面白いから」、連載に書こうと思いました。どうです、皆さんの予想とちがったでしょう。

 思えば元妻にも、私なりに「面白い話」として仕事上の失敗を話したりしていたのですが、彼女はそれをただただ深刻に受けとめ、夫が毎日愚痴ばかり話して憂鬱になると友達には話していたそうです。体力があって元気いっぱいの彼女のほうが、私より精神的には繊細だったのだろうと今では思っています。面白く話せなくてすみませんでした。その後悔の気持ちが私をお笑い芸人への道に向かわせたのかもと、今書きながら気がつきました。

 連載『神様がくれたインポ』、多少は面白いところもあったのでしょうか。そもそもインポって言葉が可笑しいと思います。ポって。ンポって。響きだけでも可愛いです。インポになりたてのころ吉祥寺の病院でバイアグラを処方されました。服用したあとカレーを食べたら効果が消えてしまったり、服用してから効果が出るまで時間がかかりタイミングをはかるのが難しくて準備万端なのに空振りに終わったり。バイアグラを改良した似たクスリも試しましたが、そこまでして立ちたいと思うのが滑稽に思えて、飲むのをやめました。

 セックスの優先順位が低い。ということなんだと自分では思っています。結婚中、肉体関係はないが大切に思っている女性が複数いて、肉体関係のある女性とそうでない女性との区別はそんなに大きいものではない、でも女性側は大きいものだと考えるから困惑する、という話をしたら妻がとてもいやがったことがあります。「じゃあ男の親友のほうが上ってこともあるわけ?」と言われたので、「もちろん」と答えたら悲しそうでした。そしてセックス的な接触をした数少ない女性とは悲しい別れ方をしてしまうので、そういうのを避けたほうが他人と長く良くつきあえる。ということを学んだということなのではないか。

 男盛りはくよくよと駆け抜けていった

 という自由律俳句をつくったことがあります。私よりはモテるのに『もてない男』を書いた小谷野敦さんが面白がってくださいました。私の男盛りはそんなふうに終わりました。性的接触があったゲイ男子とは今も友達だったりしますが、性的接触があって別れたあとも友達という女性が私にはほぼいません。今でも診察券は捨てていない、新宿の雑居ビルの一室にある病院に行けば、ろくに診察もせずにバイアグラ的なクスリを処方してくれます。クスリの自動販売機のよう。それを生業にする医師の志の低さにびっくりします。つらい離婚をした過去でもあるのかもと思う。

 気がつけば今年の九月で四十八ですから、このくらいの年代の男性はけっこう皆バイアグラくらい飲んでいます。つまり私にかぎらず初老男は大なり小なりインポなんです。飲んでいることは女性にバレバレらしいですね。私が第一短歌集『プライベート』を監修した、歌人の佐藤真由美さんがそういう男の出てくる短編小説を書いていました。そこまでしてやりたいというのは皮肉でなく凄いことです。私はもう飲まないことにして、やらないことにした。それが私のインポの正味の正体です。

 なんで飲まないことにしたの? と男らしい男の皆さんは思うのでしょうか。裁判所での離婚で男は比較的「なんで?」って言わないらしい。離婚を経て新しい家庭を築いている旧知の編集者がいます。本当は自分が悪いと思っていなかったけれど、元奥さんに言われるまま慰謝料を払ったそうです。そうしないと、別れた奥さんと二度と会えないような関係になってしまうだろうと思ったから、と。私はその「男らしさ」に愕然としました。自分の中にはまったくない発想だったからです。

 男らしさ、みたいなことを考える連載としてスタートしたつもりだったのに、私があまりに多数派の男の標準からずれているせいで、単なる変態の告白になってしまったようです。コメント欄に呪詛の言葉を書いてくださった女性の皆さん、男性の皆さん、ありがとうございました。私のほうは皆さんに興味がないのに、皆さんは私に興味を寄せてくれました。だれかの文章のコメント欄に匿名で悪口を書くような人生ではなくてよかったと思います。ごく少数のあたたかい言葉、いたみいります。

 《うわなんかすごいキモい。ウジウジした長文を並べるこのスタイル自体がいうなれば「インポ」……っていうギャグでしたってオチじゃないのかこれ。》「はてなブックマーク」という、自分は人より賢くて文章が書けると信じている人が集まりがちなサイトで見つけた感想です。さすがですね。正解です。

 《私も男子に意地悪したクチですので、すみません。》とコメント欄に書いた人がいて、意地悪する女性の存在を再確認できたことは収穫でした。「俺も昔は悪かった」と自慢したがる男たちはなにかと加害者になりたがり、女性はその反対で被害者になりたがる人が比較的多いんじゃないかという偏見を持ってきました。加害者意識を持つ女性は好きです。

 《元妻さんは、もしかして、息子と将棋の漫画を描くことにより、枡野さんに息子の報告をしているつもりなのでは? と思ったことがあります。そしてその気持ちは、割と枡野さんに対してまっすぐな気もしているんです。息子を大事に思うまなざしの描写も多いですし、直接は関わりたくないけど、枡野さんのこともある意味でとても大事にしているのかなというのがあの漫画の感想です。ただ、連載が途切れているところが少し残念です。》という感想が第十三回のコメント欄に書かれていました。その発想はありませんでした。この感想を書かれた方は優しい人だと思う。

 私の息子が主人公のモデルになっているとおぼしき将棋漫画が講談社「モーニング」で連載されていたころは、ここまで必死に毎週の「モーニング」を渇望する男は自分だけかも、というような真剣さで熟読していました。連載が中断したのは残念ですが、将棋のプロを目ざす息子の人生はこれからなので、その人生のほうが優先されてよかったと思います。

 『先生の白い嘘』を講談社「モーニング・ツー」で連載中の鳥飼茜さんのインタビューをネットで読みました。元妻の漫画のファンだったそうで、元妻の名前が出てきて一瞬ひやりとしました。元妻が最初の結婚をする前に交際していたという、当時妻帯者だったらしい人気クリエイターが仕事をやめて飲食店を始めたという記事もネットで読みました。その店に私が足を運ぶ日もあるんでしょうか。

 作家の大泉りかさんの記事も流れてきました。女性タレントの不倫騒動について書かれた記事で、「愛のことはもう仕方ない」というセリフがタイトルになっていました。それはかつて私が大泉りかさんに言った言葉なのだそうです。たしかに言った覚えがあります。彼女が「結婚未遂」した男性との「披露パーティ」に私も出席したのですが、しばらくして別の男性を好きになったと告げられたとき咄嗟に口から出たフレーズでした。結論が出ていることを人はいつまででも悩みたいものですね。愛のことはもう仕方ない。どんな出会いも。どんな別れも。もう仕方ないのです。

 半年間ですべてを思いだすことはできませんでした。離婚の話は全部吐き出して終わりにしようと思っていたけれど、半分も書けなかった。妻がバイセクシャルを公言していて辺見えみりのヌードカレンダーを寝室に飾っており、えみりにも妻にも負けてる気しかしなかったこと。妻の経験人数を質問したら、「人数……ほんとに言っていい?」と質問し返されて、「や、やっぱり聞かない」と慌てて答えたこと。私の折りたたみ自転車を妻が女友達に貸してしまって、そのまま戻ってこなくて、私が妻とその女友達の親密すぎる関係を疑って自転車を返せ返せと騒いでいたら、妻が新しい自転車を誕生日にくれたこと。その自転車もそのうち盗まれてしまったこと。

 すべてはくよくよと駆け抜けていきました。

 私は私のことを好きな人が好き。同情と愛情の区別がつかない。と、雑誌のインタビューにこたえて妻になる前の妻が言っていました。離婚のとき裁判長が「自分のことを好きな人が好きと言う女性は多くて、そういう女性は男が少しでも自分を批判すると愛情が反転して、こういう裁判所での離婚をしがちなんです」と話していました。その裁判長は男で私に同情的だったと思います。裁判所での離婚は私の言いぶんが認められた印象だったのに一番の望みだった子供と定期的に会う約束は果たされませんでした。助けてくださいと手紙を裁判長に送ったけれど音沙汰はありませんでした。映画『恋人たち』の裁判を繰り返そうとする男と当時の私は重なります。

 私は漫画家である妻の才能に惚れているようなところがあったけれど、才能に惚れるということは自分の審美眼を愛するということだから結局は自己愛なのではないかとツイッターで言われたことがあります。そのように考えると自己愛でない愛があるのか不安になりますが正直、一理あるような気もします。

 福田フクスケさんという旧知の編集者が、ツイッターでこんなことを書いていました。《みんなが「恋愛感情」だと思ってるものって、実は「自分の嫌なところや自分に足りないものを相手に投影して自己愛を補完したいという感情」のことで、そもそも「相手を対等な人格として尊重する親愛の情」とは矛盾する、全く別のものなんじゃないかって最近思うようになった。》それは二村ヒトシさんが複数の著作で伝えようとしている「心の穴」の話と地続きで、すっきりと腑に落ちました。

 愛のことはもう、本当に、仕方ないですね。

 今週日曜日、すっきりソングの勇姿を観に行きました。二年間かよった千川びーちぶへ。『神ンポ』は売れないと心配してくれた藤井良樹さんも一緒でした。すっきりソングはまたもや人気投票一位。前人未到の三連覇です。

 九月からLINEが既読にならなかった元相方の詩人こと本田まさゆきから、LINEで久々に連絡がありました。四月六日に新宿ロフトプラスワンでやる中村うさぎさんとの『ゆさぶりおしゃべり』に、すっきりソングに出てもらえないか交渉中です。テレビの仕事が入ってしまったらテレビを優先すると言われましたが、ひきの強い彼らのことだから、そういう事態になっても面白いと思いました。

 昨年三月の「詩人歌人と植田マコト」の単独ライブを杉田協士監督が撮影してくださっていたのですが、その映像が事故で全部消えてしまったという話は、植田さんには言えませんでした。直接会ったら言おうと思っていたのに。詩人には伝えたけれど、彼のことだから植田さんには言ってないと思います。消えてしまったことはショックでしたが、神様がそのようにしたのではないかと思った。振り返っても仕方ないから次のことをしろと。

 この記事が掲載される二日前、二月二十九日は息子の誕生日です。今年で十六歳になるが、うるう年うまれだから誕生日は四回目。予定日はもう少しあとだったのに、「私、二十九日に生む。そのほうが面白いから」と彼女が言いだし、予告どおりその日に自力で産んだのは凄いと思った。二十歳になった息子が酒場で「俺まだ五歳なんだ」と女子をくどく姿を夫婦そろってイメージして笑いました。ふざけた両親でごめんね。君が生まれた日は、ひとつの迷いもなくまっすぐに、ただ嬉しかった。このような文章を書くような父親なら会いたくないと君は思うかもしれないけど。

 そう思ってほしくて連載を書きました。自分で書いた文によって導かれた結果だったら自分で背負えると思ったのです。私はもう君に一生会わずに死んでもいい、そう心から思うところからしか何も始められないと思った。「思った」ばかりが続いてしまう悪文ですね。でもやっぱり今でも君には会いたいと思う。

 会いたくて会えない人はあなたには会いたいなんて思ってません

 そんな短歌をこのあいだ詠みました。君も会いたいなんて思っていないかもしれない。私は君に会いたいです。将棋のプロをめざして奨励会で学んでいるような賢い子だから会いたいのではなく、ネットで見つけた写真が自分にそっくりだから会いたいのではなく、どんな子であっても君に会いたいと思います。ひきこもりになっても不良になってもいい。今いる場所から逃げたくなったり、お金が必要になったりしたら思いだしてください。君の父親は貧乏だけど、助けてくれる人がたくさんいるので、お金くらいなんとかします。

 もしかしたら君は私に似て、空気が読めないところがあったりするかもしれないけれど、自覚しつつ工夫すればどうにかなります。周囲に迷惑をかけるだろうけど、迷惑をかけずに生きている人はいません。助けたり助けられたりしながら生きてください。だめな父親の書いたことを反面教師にしてみてください。

 私にも父と母がいて、彼らにとっては私が息子です。空気が読めないところや財布をなくしやすいところが私そっくりな父は私にくらべたら立派でした。光ファイバーの製造法の特許をとったチームの一人だったようです。敵も多いようだけれど父を敬愛する人も多いようだと、父のコネで会社に就職したことのある私の妹が言っていました。堅物の父がこっそり別の家庭を持っていたりしたら面白いのにと思春期には夢想していたものです。テレビはNHKしか見させてくれなかった父、嫌いな野球を私にやらせようとする父がいやで死んでほしいと願ったこともあります。どんな親でも子は不満を持つものだと思う。父はまだ生きている。三歳になるかならないかの君に将棋盤を初めていじらせたのは私の父かもしれない。君にとっての祖父に君が会う日はあるんだろうか。まにあうかな。どうかな。

 この連載を始めたころに読んでいた川上未映子著『きみは赤ちゃん』に、川上さんの友人が言った言葉として、こんなくだりがありました。《おなかの赤んぼうは100%こちらの都合でつくられた命で、100%こちらの都合でうまれてくるのだから》。私も子供時代はそう考えていて、自分が望んでもいないのにこの世に誕生させられたことをうらんだりしていました。でも君のお母さんである女性は、最初の女の子を産んだことに関して、「この子が私の体を勝手につかってこの世に来ただけ。うまれたがったのは、この子だよ」と言っていたことがあります。頭で考えると全然よくわからない理屈ですが、そうきっぱり言い切る姿に私は魅了されて、そういう人と自分とのあいだに子供がうまれたら面白いだろうと思った。そうして君が誕生しました。

 性欲も物欲も食欲も人より希薄なほうだけれど、私には人並み外れた「エゴサーチ欲」があります。自分の名前で検索するのが日課です。君のお母さんの名前はもう八年くらい検索していませんが、君の名前は今もずっと検索しています。中沢健さんや『初恋芸人』のことを検索したりもします。応援しているホラー映画『テラーオブハウス』のことも。父親が自殺したセンチメンタル岡田くんのことも。すっきりソングのことも。検索したくなるほど気にしているものが、いくつもある毎日は、悪くない日々なんじゃないだろうか。

 元芸人で今は沖縄在住の作家、松野大介さんからさっき、この連載の感想メールが届きました。思いやりのある明るい文でした。松野さんから以前届いたメールも保存しています。《やはり売れないとダメです。好きなことを一生懸命やってても、売れないと親にも叱られます。売れるか、幸せになるか。それ以外は誰もがスルーするみたい。》沁みます。

 《ますのさんて面倒くさい人って言われてるけど、俺より1000倍、交遊範囲も広いし、社交的だもん。俺の1000倍、リア充。》という、幸福な家庭を持っているベストセラー作家からのメールも、たまに読み返します。

 《この前「マスノは人の相談に対して淡泊」と書いたけど、でも実は「人の相談に対して淡泊だけど、動ける案件なら必ず動く」という得難い美徳があるとも思います。これはとても凄いことなんだけれど(現実におれもいろいろ実際に動いてもらって恩恵をこうむっているひとり)、ただ他者評価されにくいんだよなぁ。実際に恩恵をこうむった人は、「自分のチカラで得たんだ」と思いたくなり、酷いヤツになると逆恨みして「マスノさんのおかげで売れたわけじゃありません」となる。そして、相談事に対して何も具体的には動かないくせに、相手の悩み事をふんふんうまく聞いてやるだけのヤツが「あの人はイイ人」認定されていく。多くの宗教はそうだしね。そういう意味ではマスノは宗教的じゃなくて、おれがマスノを信頼できるところはそういうところだと思う。》という、別のベストセラー作家からの感想メールにも力づけられました。

 《インポになる人は、実はうつ病で、本人がうつ病に気づいてなくて、しかし性欲もしくは性的興味が強くて、ゆえにインポであることだけに意識が集中している、という説があるそうです。つまり、普通の人はインポどころではないということ。インポであるゆえに性欲が薄いのではなく、インポこそ性欲や性的興味が深く重いという説。案外あたってるのかもしれません。》という感想メールも旧知の作家から届きました。連載中、コメント欄の匿名発言に刺激されることはほとんどなくて、鋭かったのは旧友たちの言葉でした。

 この連載をちょっと長い前書きと位置づけて、「ここから書かなくてはならないこと」の存在に気づいてしまったような気もしているのですが、連載が無事に単行本化されて、さらなる原稿依頼があったら書くのでしょうか。

 浩一さんて、インポでした? 俺との夜のことはノーカウントですか? という若い男子からのLINEは見なかったことにします。その日はクスリを飲んでたんじゃないかな。生きていればいつか、それも書くかもしれません。やっぱり、書かないかもしれません。

(『神様がくれたインポ』完)

●『真夜中のニャーゴ』フジテレビオンデマンド

●ポッドキャスト 本と雑談ラジオ
漫画家の古泉智浩と歌人の枡野浩一が、本と雑談のラジオをお送りします。毎月2冊ずつ課題図書や近況、四方山話などお話します。

最新情報はツイッター@toiimasunomo で。

枡野浩一

歌人。1968年東京生まれ。小説『ショートソング』(集英社文庫)ほか著書多数。短歌代表作が高校の国語教科書(明治書院)に掲載中。阿佐ヶ谷「枡野書店」店主。二村ヒトシさんとのニコニコ動画番組『男らしくナイト』(第1回は9/24夜)、中村うさぎさんとのトーク企画『ゆさぶりおしゃべり』(第1回は10/7夜)など、最新情報はツイッター【@toiimasunomo 】で。

@toiimasunomo

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