「この壁を壊せ」。ロナルド・レーガンは1987年にベルリンでこう要求した。「壁を造れ」。2016年の米国大統領選で共和党の候補指名を勝ち取ってレーガンの党を掌握しようとしているドナルド・トランプはこう要求している。
米国はまだ、メキシコとの国境沿いに「大きな、大きな壁」を造れというトランプ氏の要求について議論しているところだが、欧州は既に壁の建設作業に入っている。「移民危機」に対しパニックに陥っている欧州連合(EU)では、その状態が新たな物理的障壁と検査の多重化をもたらしている。難民予備軍の通路を塞ぐためだ。
■カーテンを破ったハンガリーだったが
ここにもやはり、つらい歴史的な皮肉がある。1989年夏に「鉄のカーテン」が初めて破られたのは、ハンガリー政府がオーストリアとの国境の電気柵を取り除いたときのことだ。この決断を機に連鎖的な出来事が始まり、数カ月後にベルリンの壁の崩壊に至った。それから四半世紀たった今、ハンガリーは再び先駆者となっているが、今回は逆方向に向かう先駆者だ。
昨年夏、ハンガリーのビクトル・オルバン首相が難民予備軍の入国を阻止する目的で自国の国境沿いに鉄条網を建設したときには痛烈な批判を浴びた。ところが、それから数カ月たった今、オルバン流のフェンスがギリシャとマケドニアの国境沿いに建設されたばかりだ。欧州各地で国境管理が厳格になっている。
レーガン氏からトランプ氏への道のり――壁の取り壊しから壁の建設へ――は、過去30年間に西側諸国がたどった自信から不安への旅路について雄弁に物語る。西側とその他世界との間に障壁を設けようとの新たな要求には、多くの理由がある。最も明白で直接的な原因は、かつて「第三世界」と呼ばれた地域からの大量移民に対する不安だ。しかし、そのほかにも、外部世界とうまく関与する西側の能力に対する信頼感喪失という大きな問題がある。
移民危機の前でさえ、反移民政党が欧州全土で台頭していた。現在のパニックのさなか、こうした政党が勢力を増すのはほぼ確実だ。欧州の極右は既に、大西洋の反対側で、トランプ氏の台頭を喝采している。フランス国民戦線(FN)の創設者、ジャンマリ・ルペン氏は最近、次のようにツイートした。「もし私が米国人だったら、ドナルド・トランプに投票する。彼に神のご加護を」
イスラム世界からの移民とテロリズムに対する懸念が欧州でも米国でもつながっており、すべてのイスラム教徒の米国入国を一時的に禁じるというトランプ陣営の不穏な要求によって極論に達した。