「目の前を流れるお金」を増やして発想を大きくする

by 佐渡島庸平(起業家)


僕が講談社を辞めて起業しようと思ったとき、まず驚いたのは「先輩起業家たちは“起業しようと思っている人”をめちゃくちゃ助けてくれる」ということでした。

「起業しようと思っているんです」と話すと、多くの先輩起業家たちは僕の質問に対して真摯に向き合い、アドバイスをしてくれました。中には、わざわざアドバイスをしに、あちらから来てくれる人もいました。いい経営者ほど、自分の持っている知識を「秘密」にしないようです。

同じ起業家としてリスクをとろうとする相手だからこそ、アドバイスのための時間を割いてくれているのです。僕が起業しようとしていなかったら、きっと面会すら断られていたんだろうなと思います。

このこともあり、僕はコルクのinfoメールに来る連絡の中で、起業に関する相談が寄せられていたら100%会うようにしています。そして「僕だったらこうするよ」と、アイデアまで出します。

しかし、こちらがいくらアイデアを出したとしても、実際に行動してくれる人は少ない。起業しようと思っている、もしくは起業している時点で、行動力はある方だと思いますが、それでも実行する人は稀です。

「起業するなら、もっともっと行動しないと生き残れないよ」と言いたくなるときは、正直ありますね。

目の前を流れるお金を増やす

起業前後で変わったことと言えば、お金への関心です。

出版社時代は、編集者として

  • 「より良いものづくりをしたい」
  • 「作家により良い環境を与えたい」

を第一に考えていました。そして、サラリーマンだったこともあり、お金=ストックするもの、だと考えていました。

会社をつくり、経営者になってからは、お金をストックしたい気持ちはほとんどなくなりました。今では、お金=フロー、つまり常に動き続けているものだと考えています。

たとえば今、僕は『宇宙兄弟』を通じて、作中に登場するALS(筋萎縮性側索硬化症)の支援団体への寄付をしたいと思っています。作者の小山さんや僕だけでなく、ファンも一緒に寄付をして、その寄付が難病を治すための研究費として使われるような仕組みを作りたい。『宇宙兄弟』をきっかけにALSの研究が進み、それをコルクが記事として「今年はこれくらい研究が進みました」と発表してファンに還元し、さらに世間も巻き込む流れを作りたい。

これが成立すれば「税金を納めるより『宇宙兄弟』で盛り上がるほうが、難病がなくなるかも」とファンの方々に思ってもらえるかもしれないなぁと思っています。

こういったアイデアは、出版社時代にはありませんでした。僕が起業家として動かすお金=僕の目の前を流れるお金が増えてきて、アイデアが変わってきました。

目の前を流れるお金を増やすことは、自分の想像力を圧倒的に増やします。結果、そのほうがより良い作品を生み出し、作家にいい環境を用意できるようになります。そして、僕も仕事が楽しくなります。

起業することで、お金への興味が健全な形で増えたと思います。

本質的な「新しいこと」は生まれない

ほとんどの起業家は、新しいアイデアを引っさげて起業しようとします。

しかし、その「新しいもの」とは今の時代にとって新しいだけであり、よく見てみると30年前に同じものがあったりします。一見、新しく見えるものはぐるぐると回り回って再び「新しい」となっていることはよくあります。本質的に超新しいことって、ほぼ生まれません。大事なのは、新しく感じることをどうやって作るかだけなのです。

仮に今、1兆円を自由に使えるようになったとします。何を始めますか?

多くの人が、雑なことしか思いつかないのではないでしょうか。残念ながら、今ぱっと思いついたアイデアでは、この1兆円のうち100万円もまともに使いこなせません。

不動産を買うことはできても、自分で事業をするのはすごく難しいです。

よく「お金さえあればなぁ」と言いますが、実際はお金があっても、実行力のほうがないことが多いのです。

どうすれば1兆円を自由に使って、新しいことを生み出せるのでしょうか。1兆円でなくても十分です。100万円、30万円を事業として使うことすら難しい。

トライ&エラーの中でしか、実行力はつきません。そして先述のとおり、自分の目の前を流れるお金の量が大きくならなければ、発想も大きくなりません。

孫正義さんは、常に大きいことを言っている印象があります。でも、その発言をよく観察してみると、規模が徐々に大きくなっていることがわかります。

数年前までは、ツイッターでソフトバンクの優勝を喜び、イベントに参加している孫さんの姿をマスメディアで見かけました。しかし、最近は、そのようなツイートを見ることもほぼありません。興味がなくなったわけではないと思いますが、目の前を流れるお金の額がさらに多くなり、視座が高くなり、孫さんの心のなかで中国・インドといった国が、かつてのソフトバンク球団のような存在になっているのだと、僕は想像しています。

時間の投資概念がないと、お金も増えない

自分の目の前を流れるお金の量を増やすには、一つひとつのお金に対して投資概念を持つことが大切です。

サラリーマンには、投資概念の薄い人が多いです。お金に対しても、時間に対しても。だから50万円あったとしても、欲しいものをなんとなく買って終了してしまう。時間もダラダラと使ってしまう。これでは目の前に大金があったとしても、いいアイデアを思いつけません。

お金を投資するというと、誰でもそれなりのイメージが湧くでしょうが、もっと大切なのは時間です。

お金は取り返すことが可能ですが、時間は、絶対に戻ってきません。

時間はすべて、自分のものです。ちょっとした時間の使い方も「投資」と捉え、その動きや影響をイメージします。

時間の使い方が変わると、目の前を流れるお金も変わりはじめます。世の中にインパクトを与えるような革新をおこしたいのなら、「みんながいいと言うから〜」といった考えは不要です。

時間を、みんながいいと言っている漠然としたもののために使う余裕はありません。

時間を正しく投資し始められれば、ちょっとずつ成長できるのだと僕は思っています。


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