サンフレッチェ広島の華麗なパスワークを、容赦なく食い止める壁。宇佐美貴史に「怪物」と称されるボランチは、シーズン前のゼロックス・スーパーカップでその圧倒的な能力を見せつけた。ガンバ大阪、「井手口陽介」。一体、彼の特異な資質とは何なのだろう。彼のフットボーラーとしての能力について考察していきたい。
近代フットボールにおける「奪う力」の重要性
フットボールでは、元々は1対1の能力が重要視されていた。だからこそ、マラドーナは1人ずつDFを抜き去り、伝説の5人抜きを成立させた。5人が協力してマラドーナを囲み込んだら、突破出来たかは解らない。織田信長が鉄砲三段構えによって組織の力を効率的に戦場に持ち込んだように、一騎打ちを信条とするアタッカーを封じる組織が発達した。マラドーナ封じを目指したアリーゴ・サッキのゾーンディフェンスが良い例だろう。
多人数で協力してボールホルダーを取り囲み、自由を奪うプレスの発達により、「一対一の力」は重要ではない過去の遺物になるかと思われた。しかし、現実は真逆だった。燦然と輝くリオネル・メッシは密集地を蹂躙し、クリスティアーノ・ロナウドも相手に囲まれつつ強烈なシュートでゴールを強襲する。「プレスの発達」によって消えていった偉大なる「ボール狩り」の名手達を惜しむ声も聞かれるようになってきている。アレッサンドロ・ネスタ、パオロ・マルディーニ、ファビオ・カンナバーロ、ワルテル・サムエル…。技術によってボールを掠め取る芸術家達は少しずつ居場所を失い、よりオールラウンドなプレイヤーがDFラインを支配する時代がやって来た。ある意味でそんな時代だからこそ、バルセロナのメッシ、スアレス、ネイマールで構成される「最強の矛」が全てを貫いているのだろう。
多くの人数を費やすプレスを突破する技術が発達し、新種のアタッカーが生まれてきた。だからこそ、ボールを奪う力は再び不可欠なものになった。実際、ボールを奪い切れない状態のプレスは、隙を作るだけのものになってしまう。現在のプレスは、ボールの奪い所への誘導が主となってきている。最後に待ち受ける「ボールを奪える」MFが自由を奪われたアタッカーに襲い掛かるのだ。
世界の「ボールを奪う名手」
レスターで活躍中のフランス人MF、エンゴロ・カンテはその1人だ。ボールを奪うことを生業とするフィジカルの塊は、相手の予想外のタイミングでタックルを仕掛け、ボールを容赦なく奪い取る。「狩る」という言葉が最も似合うタックルの持ち主だ。彼が絶好調のレスターの中盤を支え、牽引している。
アーセナルにはフランス人MF、フランシス・コクランがいる。レンタルから帰ってくると傑出したパフォーマンスでレギュラーポジションを奪取し、アーセナルで最も欠かせない選手の1人にまで上り詰めたボランチだ。「アタッカー陣の負担を減らすために、ピッチに立つ」と語る縁の下の力持ちは、絶妙なポジショニングセンスで中盤に蓋をしてしまう。また、相手の縦パスへの反応も抜群だ。
井手口陽介の「異能」
では、ガンバ大阪に所属する井手口陽介の話に移ろう。彼はゼロックススーパーカップにおいて何度となく「欧州基準」とも言えるような間合いでの守備を見せつけた。例えば、最初に6分の場面を見て頂きたい。ボールを持った選手がエリア内に侵入、井手口は遅れて背後から追う。この角度からのタックルは難しいが、一瞬の隙をついて相手と並走。そのまま身体を滑り込ませるようにボールを奪取してしまった。
また、この場面も見て頂きたい。ボールを保持したアタッカーに対面した状態で、アウトサイドでのトラップ。逃げ場にボールを置き、周りのサポートを待とうとしたアタッカーに井手口が襲い掛かる。切り返しに対して異常な瞬発力を生かして、そのままタックル。
一瞬後には、余裕を持ってのトラップだったはずが猛烈なチャージを浴びている。ボールを保持した選手は、混乱することだろう。そのまま背後からボールを突いて、マイボールに変えてしまった。
井手口と欧州の名手に共通するのは、相手との距離感だ。常に相手アタッカーに接近し、抜かれるリスクがある位置で仕掛ける。瞬発力と判断力、身体の強さ。日本代表にいなかった、相手からボールを奪うことが出来るボランチだ。普通はファールになる角度からでもボールだけを狙う、タックルも魅力的だ。
「異能」の井手口、理想形を目指して。
日本代表のボランチは、今まで非常に賢い選手が多かった。自分が抜かれるリスクを常に考え、距離を取って周りのサポートを待つ。それは、恐らく「距離を取れ」という言葉をキーワードにしていた守備の教育にも関係しているのだろう。
FWに入ってくる楔のパスにまで無理やりスライディングを仕掛ける選手など、多くはなかったはずだ。井手口は粗削りで、パスコースの選び方などは幼くも見える。しかし、この19歳は日本代表のライバルが持っていない「異能」の距離感とボール奪取力を持っている。この長所だけは、どうしても失って欲しくないものだ。
ガンバ大阪という環境は、彼にとって素晴らしいものだろう。ボールポゼッションを統率する能力に限れば日本代表史上最高レベルのMF遠藤保仁が隣でプレーし、ボランチとしてもプレーした試合の流れを理解出来る名手、今野 泰幸がいる。ユベントスで、アンドレア・バルザーリとジョルジョ・キエッリーニに挟まれて急速に成長したレオナルド・ボヌッチのように、アレッサンドロ・ネスタの横で世界一のCBへと進化したチアゴ・シウバのように。井手口は、名手達の愛弟子になることが出来る。
ボールを捌く能力の向上は不可欠だが、更なる理想としてはカウンターの起点に自らなれる選手となることだろう。ボールを奪い、そのままカウンターで勢い良く持ち上がるプレー。レスターのMFカンテが得意とするこの能力は、「攻守がめまぐるしく入れ替わる現代サッカー」において大きな武器になる。トップスピードでボールを奪い、そこで迷いなく攻撃に参加するのは総合力が必要になる非常に難しいプレーだ。
理想形に到達した時、井手口は日本代表に欠かせない選手となり、ガンバ大阪をタイトルに導く選手となることだろう。そして、海外というステージも夢ではない。