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四部
18話
 紅魔の里。

 ぶっころりーに転送されて、俺達四人はあっけなく紅魔の里の入口に着いていた。
 一拍おいて、俺達から少し離れた場所に、あの場の人達がフッと唐突に現れる。
 それはあの場に残っていた三人の紅魔族。
 そこにはちゃんとゆんゆんの姿もあり安心する。

 ちょっと泣き顔だが。

 最後にぶっころりー自身がフッと一人で現れた。

「それでは、我々は哨戒任務に戻りますので。めぐみん、新しいローブを用意してもらって早く休むといい」

 ぶっころりーは、言って俺達から距離を取る。
 そして先ほどの三人と寄り集まると何かを唱え……!

「それでは!」

 そのまま小さく魔法を唱えると、ぶっころりーは忽然と他の三人と共に姿を消した。
 すっげえ、本物の魔法使いって感じだ。
 テレポートでまた戦場へと戻っていったのか……!

「なんかあの人達格好いいな。戦闘のエキスパート集団って感じで」

 俺が、彼らが消えた場所から未だ目を離せずに惚れ惚れとそんな事を呟くと、
「そうですか。それを聞いて、きっとそこで四人とも喜んでますよ」
 めぐみんが俺に寄り掛かりながらそんな事を……。

 ……?

「そこで喜んでいる? もうあの人達はテレポートで飛んでっちゃったじゃないか」

 その俺の言葉に、今度はゆんゆんが。

「消えたのは、光を屈折させる魔法ですよ。テレポートの魔法は魔力を大量に消費しますから、あんな戦闘の後に日に三度もテレポートなんて使ったら、魔力は殆ど残りませんよ? 格好良く立ち去る演出の為に姿を消したんだと思いま……あいたっ!?」
 突如として、先ほどまで彼らが居た何もない所から小石が飛び、それが、言いかけていたゆんゆんの頭にコツと当たった。
 余計な事を言うなとばかりに。

 ……そこに居るのか。
「ちなみに。光の屈折魔法は術者の指定した人や物の、数メートル内に結界を張り、その結界内を周囲から見えなくする魔法です。……なので、そこに近づけば見えますよ」
 めぐみん何気なく言ったその言葉に、
「………………」
 アクアが無言で、何も無い空間に向かって一歩踏み出した。

「……ッ!」
 息を飲む様な音と共に、何かがズザッと後ずさる様な音。
 それを聞いたアクアが、じっとそこを見つめたまま動かなくなる……。

「……………………」
「……………………」

 アクアが無言でそちらを見つめる中、ズザッと音がした場所がシンと静まり返り……。

 突然、アクアが無言で、その何もない空間に向かって走り出した。
「…………ッ!?」
 同時に、複数名が慌てて逃げて行く様な、駆け出す様な音がする。

 や、止めてやれよ……。

 嬉々として見えない何かを追い掛け回しているアクアは放っておき、めぐみんのローブの調達をするべく里の中へ足を踏み入れた。
 ゆんゆんとダクネスに両脇から支えられ、フラフラしながらもめぐみんが自力で歩く。
 正直言って、蘇生したばかりの俺も早く休みたいところだ。

 とりあえず、里の住人のめぐみんとゆんゆんの後に付いて行けばいいだろう。
 やがてアクアが、もう追いかけるのに飽きたのか帰って来た。

「ねえ、あの人達やるわね。この私の足でも追いつけなかったわ」
 頭や運以外は高ステータスのアクアが追いつけないとは。
 最後の立ち去り方はアレだったが、確か、魔王軍襲撃部隊だのと言っていた。
 きっと紅魔の里のエリート達なのだろう。

 そう思っていた俺の憧れじみた幻想を、めぐみんがあっさりと。
「肉体強化魔法でドーピングして逃げたんでしょう。日頃ゴロゴロしているあの無職集団に、そこまでの体力があるとも思えません」
 ……そんな聞き捨てならない事を言って砕いてくれた。

「……無職集団? いや、魔王軍襲撃部隊なんだろ? 哨戒任務があるって立ち去って行ったぞ」
 そんな俺の質問に、
「あの人達は唯の仕事にあぶれた暇な人達ですよ。他の街にでも行って冒険者でもやれば引っ張りだこでしょうに、里を出たがらず、親元を離れない人達です。日頃暇を持て余していて、その辺の人達にフラフラしていると見られない為に、ああして勝手に魔王軍襲撃部隊を名乗り、里の周りをウロウロしているのですよ」
 めぐみんが、そんな聞きたくなかった情報を教えてくれた。

 それじゃ何か?
 この里ではニートですらあんな高スペックなのか?
 そんな俺の感情を読み取ったのか、ゆんゆんが。

「紅魔族は大人になれば、大概の者が上級魔法を使えます。里の者のクラスは、その殆どがアークウィザード。上級魔法を覚えたら、後は、ポイントが許す限り色んな魔法を習得していきます。それが常識なのに……」
 そう言いながら、めぐみんをちらりと見た。
 めぐみんはそんな視線をどこ吹く風とばかりに無視し、懐かしの自分の里をキョロキョロと見回していた。

 紅魔族の里は、小さな町といった大きさの集落だ。
 里の周りには囲いもなく、普通に家々が立ち並び、その間に店が立つ。
 そんなごく普通の町といった場所だった。

 ハッキリ言って、その、のどかな姿は魔王軍と交戦中だとはとても思えない。

 数百人ぐらいの人々が生活する規模の大きさの集落。
 その他の町と殆ど差のない紅魔の里。
 唯一違うと言えば、住人達の目が赤い事。
 俺達を連れためぐみんやゆんゆんを見て、里の人達が驚きの顔でこちらを見る。

 色々と気になるが、今はめぐみんのローブが先だ。
 ゆんゆんが先頭に立ち案内する中、様々な里の人達が横を通り過ぎ、その度に俺達に注目が集まり、そしてめぐみんとゆんゆんへ視線がいく。

 そして気がついた。
 めぐみんへの視線は懐かしい人を見たといった親しみある視線なのだが、ゆんゆんを見る視線はどこかよそよそしい視線だった。
 それは、なんだかよそ者を見る様な……。

 やがて俺達は、一件の店の前へとやってきた。
 それは服屋か何かだろうか。
 古めかしい看板が下がっており、ドアのガラス越しに、黒いローブを着てメガネをかけた、厳しい顔の店主が見える。

 ゆんゆんとめぐみんが、ドアを開けて中に入ると、その店主は俺達を一瞥し……。
「おやいらっしゃ……。……んん? めぐみん、ゆんゆん。そこに居るのはひょっとして、外の人間かね?」
 そんな事を尋ねながら、メガネ越しの鋭い視線で俺達をじっと見る。
 その鋭い視線に、アクアが少し怯んだ様に俺の背に隠れ、更にダクネスが俺の前に出た。

 な、何だろう、何かしただろうか。
 あれか、外から来たよそ者の人間には偏見があるとかそんな人だろうか。
 俺がドキドキしている中、めぐみんとゆんゆんがコクリと頷く。

 すると突然立ち上がったその店主は、ローブに付いたマントを狭い店内で、器用にバサリと翻した。
「我が名はちぇけら! アークウィザードにして上級属性魔法を操る者。紅魔族随一の服屋の店主! やがてはこの里のファッションリーダーとなる予定の者……!」

 ここの人達は、これをやらないと名乗れないのだろうか。
 真剣な表情で名乗った服屋の店主が、満足そうに笑みを浮かべ。

「改めていらっしゃい! いや、外の人間なんて久しぶりだよ! 名乗りを上げるなんていつ以来だろうか! やあ、スッキリしたよ」
 ……スッキリする行為なのか。
 ま、まあいいや。

 俺は、自己紹介をしながら急いで本題に入る事にした。
「ええっと、我が名は佐藤和馬と申します。数多のスキルを操る者です。それより、めぐみんのローブが欲しいんですよ。……というか、さっき紅魔族随一の服屋とか言ってましたが、凄いじゃないですか?」

 そんな俺の言葉に、気を良くしたのか、店主がメガネをクイッと上げて。

「ああ、紅魔の里には服屋はウチしか無いからね」
「バカにしてんのか」
 俺は思わず突っ込んだ。

 この里の連中は物騒だから、極力穏便にいこうとしたが反射的に口に出た。
 だが店主は特に気にする事もなく。

「いやいや、この里にはそんなに店自体が無いからね。服屋はウチだけだし、靴屋も一件しかない。他の店なんかもライバル店なんか一つも無いよ」
 さっきの靴屋のせがれも紅魔族随一のとか言ってなかったか。
 その言葉に、俺は思わず二人の紅魔族の娘を見る。
 俺のうさん臭い物を見る様な視線にジッと見られためぐみんとゆんゆんは、気まずそうにフイッと目を逸らした。

「まあ、そんな事よりも。めぐみんがローブを必要としているんだな? 新品のローブは今すぐだと、一着は用意出来るが。どうするね?」







 俺達は店を後にして、めぐみんの家へと向かっていた。
 紅魔族ローブを受け取っためぐみんは、早速それに袖を通し、今ではダクネスの背中で思い切り眠っていた。
 新品の紅魔族ローブは、一度紅魔族が袖を通すと、その最初に袖を通した人専用になるそうな。
 最初に着た者の魔力の波長をローブが覚えるだの、どうのこうのと言われたが、魔法の基礎も知らない俺にはチンプンカンプンだった。

 ともかくめぐみんが、これで休める様になったのならそれでいい。

 高価な物らしいが一着では心許ないので、この際もう二、三着ほど、新しい予備のローブを用意してもらう事にした。
 これでアクセルの街に帰った時に、また同じ事があっても安心だ。

 新品のローブは数日で手に入るそうだ。
 春という季節もあり、卒業シーズンと言う事で、その際にローブを新調する人達が多く、新品のローブが殆ど無かったらしい。
 一着でも残っていてくれて助かった。

「めぐみんが何とかなって、良かったです……! これで安心してアクセルの街に帰れますよ……!」
 ゆんゆんが嬉々としてそんな事を……。

 そう言えば。

「ゆんゆんはここには残らないのか? めぐみんが爆裂魔法しか使えない事はもう知っただろ? もう、勝負だとかに拘る必要は無いと思うぞ。今勝負なんてすれば、ゆんゆんが勝つだろうし。こいつ説得して、ゆんゆんに負けたって事にしてもらえばいい」
 俺は言いながら、ダクネスの背で深く眠るめぐみんの頬をつつく。
 そんなめぐみんの寝顔を見ながら。
「その……。私は、実はちょっと、この里には居場所が……」
 寂しそうに何かを言い掛けたゆんゆんに、突然、大声で呼びかける者がいた。

「ゆんゆん? ゆんゆんじゃないっ!」
 それは二人の紅魔族の少女だった。
 年の頃は多分めぐみんやゆんゆんと同じ位か。
 それを見て、ゆんゆんがちょっと嬉しそうに顔を輝かせ……!

「ふにふらさん! どどんこさん、久しぶり!」

 その二人の少女に笑いかけた。
 もうおなじみの黒いローブを着たその二人は、こちらに向かって笑みを絶やさないまま近づいて……。
 そして、ダクネスが背負っているめぐみんを見て、表情を引きつらせた。

「えっ……。めぐみん? その、寝てるのはめぐみんなの?」
 少女の一人が顔を引きつらせたまま尋ねると。
「えっ……、と……。そうよ? ちょっと里に帰る旅の間、寝てなくて。今は疲れ果ててグッスリ寝ちゃってるんだけれど……」
 ゆんゆんの言葉に、二人の少女がホッとした表情をした。
 ……めぐみんは、この二人に一体何をしたのだろう。

「そ、そう……。それよりも、ねえゆんゆん。本当に久しぶりね! 久しぶりに会ったんだけれど、ちょっと私達困ってるのよ!」
「そうそう! ちょっと、友達として頼みたい事があるんだけれど……!」
 二人の少女が張り付いた笑みを浮かべながら、そんな事を言ってくるが……。

 ……そういやなんか、ちょっとだけ聞いた事のある名前だな。
 ふにふら。どどんこ。
 インパクトあるから一回聞いただけで印象に残ってるんだが何だったか……。

「どうしたの? と、友達の頼みなら、何だって……!」
 ゆんゆんがそんな事を口走る。
 すると二人は、ゆんゆんにわざとらしく困った表情を浮かべて見せて……。

 ……ああっ、思い出した!

「実はさあー……。ちょっと今月、困って」
「思い出した! 月末になると金をたかりに来る、なんちゃって友達のふにふらとどどんこ! そうだ、デストロイヤーの賞金貰って、めぐみんとゆんゆんと一緒に露店巡りとかしていた時に聞いた名前だ!」

 ああそうだ、スッキリした。
 思い出せそうで思い出せない時ってのは、どうもイライラする。
 思い出せて良かっ……。
 ……………………。

「……。ええっと、あなたはどちら様? 初対面でいきなり失礼じゃない?」
 どちらがふにふらで、どちらがどどんこか。
 そんな事はまあどうでもいいが、そのどっちかの女の子が口元を引きつらせながら聞いてくる。
 それを見て、ゆんゆんが一人オロオロしていた。

「……どうも、ゆんゆんの友人にはあまり見えないな。何の要件かを聞きたいのだが」

 ゆんゆんの前にスッと庇うように立ち、ダクネスが静かに告げた。
 自然と、ダクネスが背負っている眠るめぐみんにも、少女二人の視線がいく。

 二人は、よほどめぐみんを苦手としているのか表情を引きつらせながらも、
「ふっ……。要件ね。その前に、名乗らせてもらうわ! 我が名は…」
「いいよ、それ長いから。で、あんたら二人はゆんゆんに何の用?」
 マントを翻しながら、名乗りを上げようとした少女を遮り、俺は少女に問いかけた。

 名乗りを邪魔された少女は、凄く悲しそうな残念そうな顔をする。
 だがやがて、開き直った様にバッと顔を上げると……。

「ふうん? あなた、何者かは知らないけれど、この私達にあんたら呼ばわりとはいい度胸ね? いいわ、今日はその背中に背負われたのが凄く気になるから見逃してあげる。でも、そうね。次にあった時は私の自己紹介を聞いてもらうわ!」

 次に会った時に何かされる訳じゃあ無いのか。
 二人の少女のウチの片方が何かを小さく呟くと。

「それでは、御機嫌よう、外の人達!」

 そう言って、何かを唱え忽然と姿を消した。


 ……。
 それが所見だったならちょっとはカッコイイ立ち去りシーンだったのかも知れない。
 だが、多分これも、テレポートではなくて……。

 ……と、アクアが無言で一歩前に出た。
「……ッ!」

 息を飲む音と共に、地面を後ずさる様な音。

 ……うん。居るな。

 それを聞いてアクアが無言で……!

「「……………………ッッ!?」」

 二人が消えた場所に向かって、アクアが再び走り出した。
 それに合わせて、何かが慌てて逃げる足音が。

 どうやらアクアは、先ほどの、消えた紅魔族を追いかけた事で味をしめたらしい。
 ……楽しかったらしい。

 アクアは嬉々として、消えた二人の少女を飽きるまで追いかけていった。


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「俺達が言うのもなんだけれど、一応友達は選べよ? あれは友達とは言わないと思う」
「そ、そんな……! で、でも二人は私の事を、大事な友達だって……! 昔、めぐみんにお昼ご飯を取られて私がお腹を空かしていた時、あの二人はお弁当のパセリをくれた事も……!」
 止めてくれ、泣きそうになってくるから止めてくれ。

 紅魔の里をしばらく歩き続け、やがて一件のこじんまりとしたボロ家の前。
 ゆんゆんの案内で、そこの前に俺達は立っていた。

 どうやら、そこがめぐみんの実家らしい。


 紅魔の里には旅人なんてロクに来ない為、ここには宿屋が無いらしい。
 そこで、めぐみんの予備のローブが手に入るまで、何日か泊めて貰えないかと思った訳だ。
 せめて、弱っているめぐみんだけでも実家で寝かせてもらった方が良いだろう。

「あの……! 私もちょっと実家に顔を出してきますね!」
 案内してくれたゆんゆんがそんな事を言い出した。
 ゆんゆんにとってもここは故郷だ、実家に顔ぐらい出したいだろう。
 俺達は、何度もこちらを振り返りながら去って行くゆんゆんを見送ると。


「すんませーん! こちら、めぐみんさんのお宅ですかー? 娘さんをお連れしたんですけれどー!」
 大声で叫びながら俺はその小さな家のドアを軽く叩いた。
 軽くじゃないと、なんだか壊してしまいそうに思えたからだ。

 すると、やがてそのドアがそっと開けられて……。

 中から、めぐみんによく似た小学生低学年ほどの女の子が現れた。
 めぐみんを小さくした感じのその女の子は、それはもう美少女だった。

「お、おいカズマ、初対面の女の子をそんな食い入るように見るんじゃない、怯えたらどうするんだ」
「カズマ、目がマジなんですけど。怖いんですけど。今までからかい半分にロリコンニートって呼んでたけれど、あんた本当に警察呼ぶわよ?」

 二人が失礼な事を言ってくるが、俺は何度も言うがロリコンじゃない、単に子供が好きなだけの優しいお兄さんなだけだ。
 そうだ、確か、荷物の中にアレがあった!
 俺は警戒心を解くために、その女の子に優しい声で話しかける。
「お、お嬢ちゃん、お菓子はいるかい? 今、お家の人は誰か居るかな?」
「「カ、カズマ……」」
 紳士的な俺の言葉になぜか二人が軽く引く中、人形の様なとの表現がシックリくるその女の子は、驚いた様に目を見開いていく……。
 そして。

「おとうさーん! おねえちゃんが、私を餌付けしようとする怪しげな男つれて、帰ってきたー!」

 ちょっとお嬢ちゃん! お兄さんと話をしようっ!


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