今回の制裁案を受けて、日本のある防衛関係者に、こうした視点から聞いてみたところ、次のように述べた。
「アメリカ軍からすれば、北朝鮮はいわば街のチンピラで、中国は広域暴力団のようなもの。片やドスを振り回し、片や大量の拳銃を所持している。規模の大小はあっても、どちらも脅威だ。そこでチンピラを取り締まると同時に、広域暴力団も取り締まろうというわけだ。
その意味で、THAADが北朝鮮対策ではなくて中国対策だという中国の主張は、外れていない。東シナ海でアメリカ軍が一番注視しているのは、人民解放軍の北部艦隊の本拠地である青島軍港と、新たな国産空母を建造中の大連軍港だ。THAADを配備することは、この二つの軍港に対する強力な抑止力となる。
アメリカは、今回の北朝鮮の核実験を口実に、F22ステルス戦闘機を14機も、横田基地に配備した。北朝鮮への抑止力だけが目的なら、数機で済むはずだ。これが、青島軍港や大連軍港、南シナ海の偵察目的であることは、言わずもがなだ」
こうしたアメリカ軍の動きは、中国側ももちろん、重々承知している。だから今回は、アメリカ側の強硬な北朝鮮制裁案に、おいそれと乗るわけにはいかなかったのである。匕首は北朝鮮を向いていながら、同時に中国をも向いていたため、その匕首の先を曲げて、北朝鮮にだけ向くようにしたというわけだ。
北朝鮮はどのような「報復」に出るか
ともあれ、今週中にも国連安保理で、計5回目となる新たな北朝鮮制裁決議案が採択される見込みとなった。今後の焦点は、北朝鮮がどのような「報復措置」に出るかである。
北朝鮮が報復行為に出た場合、最も直接的な被害を受ける周辺国は、言うまでもなく38度線で対峙する韓国である。韓国はその防衛策として、3月7日から4月30日まで、アメリカ軍と組んで、史上最大規模の米韓合同軍事演習を行う予定だ。そこには、そのまま北朝鮮に送り込める特殊部隊の訓練も含まれる。
その辺りの事情を、韓国政府関係者に聞くと、次のように答えた。
「朴槿恵大統領は今回、開城工業団地からの撤退という決断を下した。2000年6月の歴史的な南北首脳会談の成果であるこの事業から撤退するというのは、あれほど南北関係が悪化していた李明博政権も行わなかった大変重い決断だ。
その理由として表向きは、『核ミサイル開発に転用される外貨を北朝鮮に渡すことはできないから』と説明している。ところが本当の理由は、開城駐在の大量の韓国人が、そのまま北朝鮮の人質となることを恐れたからなのだ」
北朝鮮が長距離弾道ミサイル実験を強行した3日後の2月10日、洪容杓(ホン・ヨンピョ)統一部長官が突如、開城工業団地の全面的中断を発表した。その際、洪長官は次のように説明した。
「いままで開城工業団地を通じて、北側に6,160億ウォンの現金が渡り、昨年だけで1,320億ウォンが渡った。また、韓国政府と民間企業合わせて計1兆190億ウォンの投資が行われた。だがこれらの資金は、北側の核兵器と長距離ミサイルを高度化するのに転用されたため、撤退せざるを得ない。開城工業団地の全面的中断は、毎年1億ドルに上るこれらの資金源を遮断する効果がある」
この洪長官の発表を受けて、直ちに韓国企業の撤退が始まり、翌11日までに、開城にいた韓国人280人が全員、韓国側に戻った。同日、北朝鮮の祖国平和統一委員会は声明を発表し、韓国の入居企業124社の全資産を凍結し、開城市人民委員会の管理下に置くとした。今後は軍事基地にするという。