上杉周作

シリコンバレー・サンフランシスコでのインターンシップを考えている学生さんへ

以下の騒動になる前に、ぼくにも「上杉さんが働かれてるシリコンバレーのベンチャーで、無給でいいから一ヶ月インターンさせてください!労働できるビザはありませんが」とメッセージが来たことがあります。秒速でビザを理由に断りました。

  • 観光ビザや学生ビザで既にこちらに来ていて、インターン先を探されている方
  • トビタテ留学Japanを受けて、シリコンバレーでインターンをしようと考えられている方
  • 「知り合いの知り合いがシリコンバレーの企業でインターンをしたと聞いた。◯社はインターンを過去に何人も受け入れているそう。いいなあ、無給でいいから私もやってみたい」と思われている方

など、該当される学生のみなさまは読んでおいてください。

日経新聞2月25日記載「邦人インターンらの未払い給与支払い命令 米労働省、VCに」より

【シリコンバレー=兼松雄一郎】米労働省は米ベンチャーキャピタル(VC)、フェノックス・ベンチャー・キャピタルに、インターンシップ(就業体験)に参加する日本の若者など56人を無給で違法に働かせていたとして未払い給与約33万ドル(約3700万円)を支払うよう命じた。シリコンバレーには日本など海外からも無給でも経験を積みたいという若者が押し寄せている。彼らに将来の正規採用やビザ発給をちらつかせ、給与を払わずに長時間労働を強いる企業が後を絶たない。

労働の価値に見合った対価を支払うべきだとの考えが強い米国ではインターンも通常は有給だ。フェノックスでは、投資先の評価や主に日本にいる顧客への調査報告書の作成など付加価値の高い業務にインターンが携わっているにもかかわらず、最低賃金や時間外労働の対価を支払っていなかったことが違法と指摘された。

シリコンバレーでは、技術者の卵が高給でインターンをしている例も少なくない。無給のインターンが認められるのは、短期的な利益に直結しない研修や、正社員の業務を代替して正規雇用を減らすものではない場合などに限られている。

ただNPOでは無給のインターンが認められている。このため悪質な企業がNPOを介して業務をボランティア活動のように偽装する場合もある。

TechCrunch Japan2月26日記載「日本の若者の「夢の実現」か「やりがい搾取」か、米VC・Fenoxの騒動で見えたシリコンバレーインターンの実情」より

今となっちゃスタートアップのすべてが西海岸にあるわけではないけれども、それでも学生のうちにその空気を感じられることは、今後のチャレンジに向けて非常に大事な経験になると思う。昨年数年ぶりにサンフランシスコやシリコンバレーに行った僕でも、いまだにそう感じるんだから。

だが米国でインターンをするということはすなわち「海外で働く」ということ。履歴書を持っていって面接すれば「明日からシフトに入って」なんて言われる町のコンビニでのアルバイトとは全く意味が異なる。たとえインターンであっても、有給であれば労働可能なビザを取得する必要があるし、逆にESTA(米国渡航のビザ免除のプログラム)を申請して訪米しているのであれば、「労働」をしてはいけないのだ。

当記事は会社側の主張もきちんと取り上げていますが、ここではインターン側の主張の部分を引用させて頂きます:

まず、無給のインターンシップが過去に存在していたのかだが、表現の違いこそあれ、これは同社も「トレーニングプログラム」として認めている紛れもない事実だ。そして学生らが「トレーニングプログラム」としての契約書にサインをしたのも事実だという。

プログラムの期間は、日本人であれば数週間からESTA期間上限の90日まで。もちろん現地採用でESTAの制限を受けない人間もいた。日本からの場合で言えば、90日以上のインターンを希望する場合はJ1ビザの取得も支援していた(取得費用はインターン持ちというケース、またインターン持ちだが給与に上乗せする形で実質的な会社負担というケースがあったことを確認している)。そしてビザ取得後に有給で業務に従事するというかたちだ。だが中には、「米国のNPOで働いていることにして、実態としてFenoxで働く」なんてスキームの提案を受けたような人も過去にはいたという。

ビザ発給、入国管理というのは僕らが考えている以上にシリアスなものだ。2011年にSearchMan創業者の柴田尚樹氏が自身の経験を元に米国のビザ事情についてTechCrunch Japanに寄稿してくれているのだが、あくまでESTAは観光目的のビザ免除が基本。それで何度も入国したり、「インターンをやってました」なんて言おうものなら今後のビザ発給にだって影響が出かねない。2011年前後にはデラウェア州登記をし、シリコンバレー発スタートアップをうたおうとした日本人起業家が複数いた。実はそのほとんどにはビザが発給されず、「本社登記は米国、実務は日本」という非常にお粗末な状況を生んでしまったこともある。

次にレポートについて。ウッザマン氏が否定した「インターンの書いたレポートがクライアントに渡されている」という話だが、関係者からは「学生を中心としたインターンがレポートを作成し、日本のクライアントに提供していた」という証言を複数得た。無給インターンも「アナリスト」という肩書きをもらってリサーチに従事していた。労働省が「給与を払え」と言ったのはそこだ。

またウッザマン氏はいずれも否定したが、「同氏の著書の執筆にも関与した人間もいる(つまり、ゴーストライターということだ)」「(トレーニングでなく)雑務も任された」という声も聞いた。正社員の雇用を削るような無給インターンは認められていないはずで、事実であれば問題だ。ただし前述の通りで、僕が確認できたのは2014年末までの話だ。もし事実と異なっているのであればタレコミ欄から是非コンタクトを取って欲しい。情報提供者の秘密を守って話を聞きたいと思っている。

このあたりの話を聞いている中で、ウッザマン氏からは「インターンは自分の仕事がインポータントなモノだと思っている。(だから自分のレポートが)クライアントに行ってしまっていると思っているのではないか」という発言があった。書き手の業界では著名な媒体に1本記事を書いただけで「○○で執筆経験アリ」とドヤ顔なプロフィールを書くライターなどもいる。そんな人も見てきた僕としては、ウッザマン氏の発言について言ってしまう気持ちは分からなくもない…というかよく分かるのだ。だけど、流暢な日本語で「日本の若者達に夢と希望を与えたい」と語ってくれた同氏の口からそんな発言を聞くと少し悲しくなる。何よりもまず、僕はインターン側からも話を聞いているのだから。

そして、シリコンバレーのVCである校條さんコメント:

アメリカという移民国家で働くことと人を採用することにはそれなりの知識と覚悟が必要です。

今、シリコンバレーにはたくさんの若者が流入しています。多くはビザなしプログラム(ESTA)で3ヶ月以内の滞在をして、経験を積んで日本に帰るもの。その間に現地にインターンで採用された場合、以下のことを理解することが肝要です。

(1)インターンの目的は「教育・訓練」なので訓練のためのテーマがあること。もちろんOJT(On the Job Training)が効果が高いので、雇用主の業務を分担するのは教育上はいいのですが、労働法・移民法上はグレーになり易い。

(2)業務をせずただの訓練であれば、無給のインターンは可能だし、「旅行者」でも可能だと聞いています。これを利用して、日本からたくさんのインターンを採用している企業がシリコンバレーやサンフランシスコにいくつかありますが、グレーな領域のリスクがあることは認識すべきです。ほとんどは悪意があるわけでなく、インターンの人も多くのことを学んで帰国する人も多いようです。しかし、以下の記事のように度が過ぎると、労働省からあからさまな搾取構造だと認定される危険性があります。

(3)では、労働省の言うように最低賃金を払えばよいか、というとそうでもありません。賃金を払った瞬間に、移民局からは労働ビザなしで就労したいうことでインターン生は「不法滞在者」となります。不法滞在者は、通常はアメリカへの再入国は認められないので、二度とアメリカの地を踏めないことになります。

以上のようにインターンは細心の注意を払わないとデッドロックになる可能性があるのです。

弊社では、シンガポール大学(NUS)から何度もインターンを雇ったことがありますが、NUSはしっかりしています。まずアメリカにNUSのオフィスがあり、移民局と頻繁に連絡を取って問題がないように動いています。その上で、インターンそれぞれがJビザが取れるようにバックアップしています。インターンの報酬についても把握しています。NUSはこのような活動を10年以上前から地道に続けているのです。

私は、日本の多くの若者にシリコンバレーで経験を積んで欲しいと願う者です。だからこそ、移民国家であるアメリカのことをよく理解した上で行動してもらいたいものです。

(注)因みに、以上は私の個人的な経験から来る見解です。詳細は、弁護士にご相談ください。移民法に関しては、Immigration Lawyerに相談されることをお勧めします。

校條さんの追記:

ある有能な弁護士からさっそく以下の情報をいただきました。ただし、これは米国労働省の見解であり、インターン生が正しいビザを保有していることを暗黙の前提としています。

この見解に、移民局の見解を組み合わせて判断してください。

このような英語の資料を読むのが大変だ、と思う方はシリコンバレーには来ないほうがいいでしょう。

資料へのリンクはこちら

校條さんの追記、その2:

今度は、ビザ関係の資料をいただきました。

インターンのようなTraining目的の旅行の場合は、以下のように報酬は貰えないことになっています。

“Participating in a training program that is not designed primarily to provide employment. Will receive no payment or income from a U.S. based company/entity, other than an expense allowance or expense reimbursement related to traveler’s stay.”

資料へのリンクはこちら

校條さんの追記、その3:

ある弁護士によると、「インターンは原則Temporary worker trainee (H3) or Exchange Visitor (J) visa が必須」だそうです。

だから、ESTA(ビザなし入国)で来る方が研鑽を積むには、インターンとは呼ばないほうがいいのかもしれません。

(関係ある方は、弁護士に確認をお勧めします。)

ぼくの解釈

ぼくの知り合いにも、こちらの企業で無給インターンをしていた学生さんは数十人規模で居ます。そういう学生さんに「インターンどう?」と聞くと、「良かった」と答える方のほうが、「微妙だった」と答える方より多いです。しかしトラブルが起きて、「裁判沙汰にするぞ」と会社が学生インターンの子を脅すようなケースも、極稀にですが、ぼくのような下っ端でも耳にします。

無給インターンは黒に近いグレーゾーンですが、企業と学生それぞれがハッピーだったら労働省が行動を起こすこともあまりないと思います。よってFenoxの場合は、かなりハッピーでなかった学生が何人かいたのでしょう (そういう話もちらほらですが聞きました)。つまり今回の騒動は「学生インターン側の復讐劇」だとぼくは勝手に捉えていますが、「それは違う」という方からのご意見もお待ちしております。

また、ぼくの知り合いの中には「じつはアメリカ生まれなので二重国籍があるため、シリコンバレーで合法的にインターンできた」という方が何人かいます。しかし日本は二重国籍を認めていないので、二重国籍者は自分が受ける恩恵について公に発言しません。そういう人たちはアメリカに来て、とくに苦労もなく有給インターンを見つけるので、まわりに「向こうで働くのって簡単なのかな」という印象を与えたりします。

ぼくの経験談

ちなみに、ぼくは2008年の夏にアップル、2009年の夏にフェイスブックとそれぞれ3ヶ月のエンジニアインターンをしましたが、当時の給料はこんな感じでした。

  • アップル (20歳): 時給$27 (月給換算で約$4500)。家賃補助は月に$500くらい (うろ覚え)
  • フェイスブック (21歳): 月給$5800

当時のぼくのスペックは、ビザはグリーンカード(永住権のこと。駐在員だった父親が取得してくれた)、全米トップクラスのカーネギーメロン大学のコンピューターサイエンス学部の学部生で、成績はほぼオールA(学年で上位5~10%くらい)でした。

Facebookに合格したときのぼくの履歴書はこちら。受験時は20歳、プログラミング歴2年でした。7年以上前に書いたものなので、JavaのSwingやらPHPのZendやら懐かしいフレームワークが登場しています。

上記のインターンは、カーネギーメロン大学で行われた就活フェアでそれぞれの会社がブースを出していたので、履歴書を提出し、そこから面接をしていった感じです。今もたぶんそうだと思いますが、「インターンは大学を通じて見つけるもの」という考え方が一般的でした。

「どうやってインターンを見つけたのですか」と日本から来られる学生さんに聞かれることが多いのですが、「アメリカの名門大学に通っていれば、企業側が必死になって大学までやってくるので、受動的な学生でも面接くらいはゲットできる」と答えています。ちなみに留学生でも、学部留学で専攻と同じ分野のインターンであればCPTという就労許可が出ます卒業後はOPTという労働許可も出ます

余談ですが、「アメリカで働きやすくなるということは、アメリカで学部留学をする最大のメリット」という趣旨の話を、2013年に大阪の高校生の子たちに講演させていただきました。講演のスライドはこちら

現在の相場観

最後に言っておくと、ぼくがインターンをしていた当時(7-8年前)よりエンジニアの給料は新卒もインターンも1.5倍ほどになっています。

以下は2014年に、シリコンバレーのVCの方がアンケートベースで集めたエンジニアインターンの給料だそうです。2014年夏のFacebookのインターンは月給+家賃補助で$7800と、ぼくの時代と比べて5年間で$2000もアップしたようです。2016年の夏はもう少し高くなるでしょう。

(下の画像の「k」とは「1000ドル」、「mo」とは「month (月)」、「housing」とは「家賃補助」という意味です)

何が言いたいかというと、シリコンバレー・サンフランシスコのインターンの相場観は、エンジニアに限ればこんな感じなのです。エンジニア以外の職種でも、最低限、上記の半分は下らないでしょう。ビザを人質に取られるということはどういうことか、お分かり頂けたら幸いです。

それでも来たいという学生さんへ

無給インターンによって生じるかもしれないリスクを負いたくない方は、研修用のビザとも言われ給料も出る「J-1ビザ」のスポンサーになってくれる企業を探してください。ぼくの友人で、日本の大学を休学し、シリコンバレーの名だたる企業にJ-1ビザで有給インターンをしていた方は数人います。「その人たちを紹介して」というリクエストもぼくによく来るのですが、みな忙しいので、仲が良い人からお願いされたとき以外は断っています。

J-1について詳しくは、ぼくの友人が運営しているブログの記事をご覧ください。(記事内の「無給インターンシップ」の項は、上記の騒動の前に書かれていることなので、読み飛ばしてください)。そして移民法に詳しい弁護士の方のアドバイスを仰いでください。

ここまで書いておいて自分勝手ですが、ぼくは親がグリーンカード(永住権)を取ってくれたお陰でビザの問題を完全にスルーできたので、ぼくにビザについて相談されてもお断りします。あらかじめご了承ください。

ソーシャルメディア

「やりがい搾取」になるケースは規制が緩い日本のほうが遥かに多いと思ってるのですが、あまりにもビザの知識が無い学生さんが多すぎるので、まとめさせてもらいました。あとは、なぜかぼくのインターンの経験について聞かれることが多いので、それについても少し書きました。

Posted by Shu Uesugi on Monday, February 29, 2016

上杉周作 · 英語ページ · shu@chibicode.com · @chibicode · CC BY-SA · Photos by Leah Moriyama