その上、キムさんの情報源にはそれなりに信ぴょう性があった。キムさんは自らの証言が、開城工団の労働者たちを通じて把握したものだと話した。北朝鮮内部の「通信員」が労働者たちに接触した後、中国の携帯電話で自分に知らせてきたという。月給を受け取る当事者たちがそうだと言っているのに、一体誰が否定できるだろうか。
開城工団事業は当初、北朝鮮の変化を促すために進められた。北朝鮮を改革・開放に導く前哨基地にしようという目的だった。開城工団は目的の達成に失敗したが、真の資本主義を学ぶルートは健在だ。それは脱北者の送金ルートだ。
約3万人の脱北者は、中国のブローカーなどを通じ、北朝鮮にいる家族に米ドルを送っている。その額は年間100億ウォン(約9億1350万円)に達すると推定されている。この金が流れている場所が、約400カ所に上る「チャンマダン(闇市)」だ。チャンマダンは開城工団とは比べ物にならないほど強力な市場経済の実験場だ。開城工団が展示用のショーウインドーだとすれば、チャンマダンは2500万人の北朝鮮住民に実戦的な資本主義を教える場だ。
チャンマダンを動かしている最大の金づるが、脱北者による送金だ。脱北者の家族は、送られてきた米ドルを持って、チャンマダンで物を売買する。開城工団に入ってきた米ドルは労働党の金庫に納められたが、脱北者から送られた米ドルは市場に流れた。脱北者が送った金は、北朝鮮版の市場経済のシードマネー(種銭)だ。開城工団が幾つあってもできなかったことを、脱北者たちがしているというわけだ。
金正恩政権は北朝鮮住民の「意識化」を最も恐れている。独裁政権の実情に目を向け、市場の価値を知るようになるのではないかと、戦々恐々としている。そんな北朝鮮政権の「アキレスけん」を切ろうとしているのが脱北者集団だ。脱北者たちには強力な人的ネットワークがある。彼らの情報網によって、金正恩第1書記が隠したがっている影の部分も明らかになっている。