欧州連合(EU)加盟28カ国が欧州の難民危機を制御するのに必要な協調行動をとれる時間が残りわずかとなっている。
今年初め、トゥスクEU大統領は加盟国のリーダーらに対し、3月17日にブリュッセルで開催される会合でEU全体での解決策を(合意して)実施しなければ、夏に入って中東や北アフリカからの移民の流入が加速したとき「深刻な事態」に直面すると警鐘を鳴らした。首脳会議まで3週間を切り、加盟国政府は、是が非でも必要とされる足並みをそろえた取り組みより単独行動を好み、同氏の警告を意図的に無視している。
このところ、国境審査を受けずに域内を行き来できるシェンゲン協定の運用を停止し、独自の対応をとる国が増えている。ベルギーはフランスとの国境で国境審査を行うと決め、両国の間で論争となった。ハンガリーは、ギリシャとイタリアに滞留している難民の受け入れを加盟国が分担するという欧州委員会の計画について国民投票の実施を約束し、協調行動に深刻な打撃を与えた。最も際立っているのが以前はEUの協調行動を強く支持していたオーストリアで、「西バルカンルート」を経てギリシャから欧州に入ろうとする難民の入国を阻止するために国境審査を開始した近隣9カ国に同調した。
こうした動きがシリアや他の機能不全国家から欧州を目指す命懸けの難民の脱出を抑制する可能性は低い。ギリシャに流入した難民の数はこの年初からの2カ月間で10万人を超えた。昨年の同じ時期は5000人にすぎなかった。国連は2016年中にさらに100万人が欧州に流入すると予想する。
さらに心配されるのが、オーストリアとバルカン諸国が南の国境を封鎖し、ギリシャで人道上の緊急事態が発生する可能性だ。ギリシャ政府には7万人の難民を受け入れる有事対応策があるが、ギリシャ領内には毎日2000人以上が到着している。ギリシャは6年に及ぶ景気後退の後、昨年、財政支援の条件とされた厳しい緊縮財政にもがいており、苦難はなおさら深刻だ。
■問題放置ならEUの信望に打撃
今更ながら、欧州諸国の政府はバラバラの対応がどこに向かっているかに気づかなければならない。ギリシャが移民の受け皿、チプラス首相の言葉を借りれば「人の倉庫」となることを他のEU加盟国は非難できない。代わりに、加盟国はトゥスク氏やドイツのメルケル首相が唱導する協調路線をとるべきだ。
3月17日の首脳会議で、現在ギリシャとイタリアに在留する16万人の移民を域内全域に再定住させる計画を実行すべきだ。EUの外縁国境では、大陸に新たに到着する人々を登録するしくみを強化する必要がある。ギリシャやトルコは、エーゲ海を経由する経路を絶つという北大西洋条約機構(NATO)の任務を支援すべきだ。長期的には、加盟国は亡命資格を満たさない経済移民を母国に送還する取り組みを強化する必要がある。また、難民危機の負担が大きいトルコ、ヨルダン、レバノンに対する財政支援を大幅に増やすことも必要だ。
大陸でポピュリスト的な感情が高まっている時に、多くの欧州諸国のリーダーは、自国の領土への移民を排除するためにあらゆる手を尽くし、隣国に問題を押しつけるという安易な誘惑に駆られるだろう。しかし、欧州がギリシャの人道危機を放置することは良心的ではない。EUの価値や理想を傷つけ、その信望に取り返しのつかないほど打撃を与えるだろう。
(2016年2月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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