PCが日本の一般家庭に普及し出したのは、昭和54年ごろとされる。ディスプレイは8色、記憶媒体はカセットテープで、自分でプログラムを書き込むことが必須だった。
ゲームセンター誕生の契機となったゲーム機「スペースインベーダー」の登場は前年の昭和53年。任天堂の「ファミコン」は4年後の昭和58年の発売。当時はPC用のゲームも販売され始めたが1本3〜4000円と中高生がそうそう買えるものでもなく、自分で数日かけてプログラムを打ち込むのが通例だった。
専門誌ではゲームプログラムの紹介が人気となり、ユーザは写経のごとく打ち込んでいくうちにBASICなどのプログラム言語を理解していったものだが、日本では「理系の人たち」だけの世界だったといえなくもない。昭和54年、代表的なPCだったNEC「PC8001」の定価は16万8000円で、大卒の初任給は10万9500円。子供が容易く買えるものではなかった。
総務省の調べでは、PCの世帯普及率は75.8%。スマートフォンは同49.5%(いずれも平成24年末)。PCは身近な存在となったが、一般には身近どころか「ブラックボックスと化している」との指摘は少なくない。
小中学校の「PCの授業」で習うことは、編集ソフトを使った学級新聞の作り方や、表計算ソフト、メールソフトの使い方などだ。また子供用のコンピュータ学習玩具として一般的なのは、タブレット端末を赤や黄色のプラスチックで装飾したもの。これらは液晶のタッチパネルの使い方を学べるし、内蔵ソフトで漢字を覚えたり、算数を学ぶこともできる。だが、コンピュータの仕組みを学ぶこととは縁がない。
電子レンジの使い方を覚えることと、電子レンジの作動原理を理解すること、そして電子レンジに内蔵されているマイコン(マイクロコントローラー)のプログラムの1行1行がどんな制御を担っているのかを理解することはそれぞれ別だ。
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