日本の才能を発掘する『映画秘宝』二代目編集長田野辺尚人の嗅覚
『ライチ☆光クラブ』- インタビュー・テキスト
- 麦倉正樹
- 撮影:永峰拓也
熱狂的な支持を集めている古屋兎丸による漫画『ライチ☆光クラブ』。センセーショナルな内容はそのままに、野村周平、古川雄輝、中条あやみ、間宮祥太朗など、旬の若手俳優たちを起用した映画が公開中だ。本作の監督に抜擢されたのは、『先生を流産させる会』で注目を集めた新鋭・内藤瑛亮。彼が持つ危うい思春期の描写が、『ライチ☆光クラブ』の世界と合わさったとき、そこには世にもグロテスクで美しい、ダークファンタジーが生まれたのだった。
そんな『ライチ☆光クラブ』に惜しみない賛辞を送る雑誌『映画秘宝』の創刊メンバーであり、現在は『別冊映画秘宝』の編集長を務める田野辺尚人にご登場いただき、本作の見どころはもちろん、内藤瑛亮という監督の「凄み」、さらには雑誌『映画秘宝』の目指すものや自身の映画とのつきあい方に至るまで、さまざまなトピックについて語ってもらった。
『ライチ☆光クラブ』という映画は、「9人の酒鬼薔薇聖斗が街を滅ぼそうとする映画」と言ってもいいかもしれない。
―まずは、田野辺さんが、映画『ライチ☆光クラブ』を推す理由について教えてください。
田野辺:内藤瑛亮監督は、今まで『先生を流産させる会』(2011年)の内藤瑛亮と言われていたんですけど、これで『ライチ☆光クラブ』の内藤瑛亮と言われるようになるでしょう。つまり、彼の新しい代表作、名刺代わりになる映画ができたんですよ。そのことが、いちばん大きいですね。
―内藤監督の才能を以前から評価しているのですね。
田野辺:はい。あとは、園子温監督の『自殺サークル』の制作に関って以来、現在も監督作品のキャスティングを担当する杉山麻衣さんという女性が企画制作をやっていて、彼女が古屋兎丸さんの原作漫画『ライチ☆光クラブ』を映画化したいと一生懸命動いたんですね。で、誰を監督に選ぶかと思ったら、園子温ではなく内藤瑛亮を選んだと。これがものすごく大きいことだったと僕は思います。
―というと?
田野辺:内藤監督は、今回の『ライチ☆光クラブ』も含めて、いわゆる「中二病」的なテーマを常に描く監督だというような言われ方をされているんですけど……。僕は「中二病」という言葉はすごく嫌いですが、内藤監督はそれこそゲーテの『若きウェルテルの悩み』とかにも通じる普遍的なテーマでずっと映画を撮っていた監督なんですね。彼は『先生を流産させる会』で大ブレイクしますけれども、そこで、自分のなかから湧き出てくる悪意であるとか、世の中をめちゃくちゃにしたいとか、そういう破壊衝動みたいなものを描きました。それはこの『ライチ☆光クラブ』の原作漫画が持つテーマとうまく合致していた。それを見抜いて、繋いだのが杉山さんなんですよね。
―なるほど。
田野辺:そして、完成した映画を見たところ、けっして予算が潤沢だったとは思わないけれども、画作りからキャスティングから、徹底して内藤監督のビジョンを完成させる努力をスタッフ全員がやっているのがわかりました。これまで彼の作品を見てきましたけれど、ある意味、幸福な現場だっただろうと。今までは力が入り過ぎいているようなところもあったのですが、それがスッと抜けて、一皮むけたようになった。
―内藤監督が、いわゆる「中二病」というか、思春期特有の鬱屈した感情をテーマにし続けるのは、なぜなのでしょう?
田野辺:内藤監督に何度か取材させていただいて、毎回その話になるんですけど、この映画のチラシに「14歳」というワードが出てきますよね。それは何かと言ったら、「酒鬼薔薇聖斗」なんです。僕は「元少年A」という言葉は絶対使いたくないので「酒鬼薔薇」で通しますけど、内藤監督は酒鬼薔薇と同世代なんですよね。
―ああ……。
田野辺:1990年代後半の煮詰まったときに、酒鬼薔薇が起こした事件を、彼はリアルタイムで体験している。だから、内藤監督のどの映画にも、酒鬼薔薇聖斗の影というのは落ちているんです。取材していても、彼からそういう話が出てくるし、僕自身、彼の映画を見ていて「あ、これは酒鬼薔薇だ」と思うことが多々あります。ですから、この『ライチ☆光クラブ』という映画は、「9人の酒鬼薔薇聖斗が街を滅ぼそうとする映画」と言ってもいいかもしれない。
『ライチ☆光クラブ』ポスター画像 ©2016『ライチ☆光クラブ』製作委員会
自主映画っていうのは、自分のすべてを吐き出さなきゃいけない。
―なるほど。そのへんのことは、監督も自覚的にやっていることなのでしょうか?
田野辺:どうでしょう。ただやっぱり、ある種のトラウマになっているとは思いますよね。彼がいちばん最初に撮った『牛乳王子』(2008年)という映画では、彼はまだ自分のことを描いていました。その次の『先生を流産させる会』と、その後に作った『救済』という映画になると――これは女の子が、警官が置き忘れた拳銃を拾って、自分をいじめる女の子と対峙する映画なのですが、この二作は、実際に起こった事件をヒントにした物語なんですね。『先生を流産させる会』の場合、本当は男子中学生が起こした事件ですが、彼は実際の事件をヒントに、ドラマを膨らませるというか、ちょっと社会派的なところがあるんですね。
―なるほど。
田野辺:彼が『ライチ☆光クラブ』に付け加えている要素の一つに、オープニングに登場する、ぐにゃぐにゃした内臓みたいなものがあって。あれは「神様」らしいんですけど、原作にはない内藤監督のオリジナルの要素なんです。「あれは何なの?」って監督に聞いたら、「酒鬼薔薇聖斗のバモイドオキ神みたいなものです」って言っていました。
―何かあの事件に対する強烈なオブセッションのようなものがあるのでしょうか?
田野辺:少なくとも、他の監督は、そういう自分のオブセッションみたいなものを、あまり映画に組み込もうとはしないですよね。まあ、その理由としては、彼が自主映画出身だっていうところが大きいと思います。自主映画っていうのは、自分のすべてを吐き出さなきゃいけないので。で、彼は『学生残酷映画祭』でグランプリをとった一作目の『牛乳王子』で、同級生の女の子からめちゃくちゃいじめられる男の子を描きました。『パズル』(2014年)では、自分のニキビを気にしている男の子を描き……あと『高速ばぁば』(2013年)でも、皮膚感覚を執拗に描くところがあった。それはやっぱり、彼が十代のときに何かコンプレックスを持っていて、それが表現に出ているのかもしれないですよね。
作品情報
- 『ライチ☆光クラブ』
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2016年2月13日(土)から新宿バルト9ほか全国公開
監督:内藤瑛亮
脚本:冨永圭祐、内藤瑛亮
原作:古屋兎丸『ライチ☆光クラブ』(太田出版)
出演:
野村周平
古川雄輝
中条あやみ
間宮祥太朗
池田純矢
松田凌
戸塚純貴
柾木玲弥
藤原季節
岡山天音
声の出演:杉田智和
配給:日活
書籍情報
- 『映画を知るための教科書 1912−1979』
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2016年3月上旬発売
著者:斉藤守彦
価格:2,700円(税込)
発行:洋泉社
プロフィール
- 田野辺尚人(たのべ なおひと)
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神奈川県出身。『別冊映画秘宝』編集長。1995年、洋泉社で町山智浩らと共に『映画秘宝』創刊にかかわる。映画ジャーナリストの斉藤守彦を著者に迎えた『映画を知るための教科書1912~1979』が2016年3月発売。