挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
転生者はチートを望まない 作者:奈月葵

第5章

20/22

[第16話]


 さて、ドラゴン族の意向を陛下に報告する任務は終わった。
 次はアナウサギの魔物と魔獣達の随獣登録だけど、どこでしようかな。
 確かヴィル様のカードで彼らの頭に触れると、魔力を記録出来るんだったよね。四十八匹もいるから、広い場所がいいと思う。
 となると、練兵場かな?
 でも彼らは汚染魔力によって変質し、攻撃性を持ったとはいえ、元々は臆病な動物だ。見知らぬ人間がいっぱいいる場所は、落ち着かないかもしれない。
 私としても、今の服装――ブカブカな服を無理矢理調整した姿で、不特定多数の人前に出るのは抵抗がある。陛下への報告は急ぐから、この格好のまま行ったけどね。
 着替えついでに自室でというのも、どうかと思われる。
 迎賓棟の部屋は広いけれど、さすがに四十八匹もいれば、手狭に感じるかもしれない。アナウサギ達も、室内よりは緑のある所の方が、落ち着くかもだしね。
「随獣登録は、迎賓棟のお庭でするのはどうでしょう?」
「いいですわね」
 私の提案は、メルディ様の賛同を得た。てっきり彼女はアイン様の所へ向かうと思っていたので、マジマジと見上げてしまう。すると彼女は、小さく笑みを浮かべた。
「ミラさんと、お話したい事がありますのよ」
「お話ですか?」
 なんだろう。
 私は首を傾げたけれど、メルディ様は道中でヒントすら話す気はないらしい。私の背中を押して、歩みを促した。
 先日花を愛でた迎賓棟の入り口近くを通り、白や薄いピンク色の花が咲く生け垣を抜ければ、大輪の花が咲き誇る広場に出る。八重咲きの花々は、たぶん薔薇だ。赤紫や黄色、グラデーションが入ったオレンジ色など、色とりどりの花が甘い香りを放っている。
 私はメルディ様に連れられて、奥の東屋に向かった。ヴィル様は広場の中心で、自分の影から大きな繭を取り出す。平原でアナウサギ達を呑み込んだ繭だろう。
 繭が空気に溶けるように消え去ると、アナウサギ達が残された。小さく丸まって、おしくらまんじゅうの様に身を寄せ合っている。
 おそらく眠っていたのだろう彼らは、ピョコンと片耳を立てた。次いで、もう片方を持ち上げる。そして周囲を伺ってから、ようやく顔を上げた。
「さ。勇者様がウサギ達の魔力をカードに記録している間に、お話しましょう」
 東屋のベンチに腰掛けたメルディ様に手招かれて、私も腰を下ろした。おちび姿の精霊達は、東屋の柱に巻き付く花に戯れたり、チョウチョを追いかけたりと、思い思いに遊びだす。
 さて、お話とはなんだろう。ヴィル様抜きでって事は、男性には聞かれたくない類いなのかもしれない。なら、グノーやサラにも席を外して貰った方がいいかな?
「ラクネさんの事ですけれど」
 予想外の名前が出されて、目を見開く。精霊達もピタリと動きを止めた。
(まさかバレた? でも魔族の話題なんて、あの時一切出してなかったよね? 足の件だって、ファルゼンさんは勘違いをさせる言い回しをしていたし)
「ミラさん、ラクネさんは――」
 人間じゃありませんわね?
 そう問いただされたら、どう切り返せばいいのか。
 心臓が激しく鼓動を刻み、頭の芯がすぅっと冷えていく。緊張した面持ちでメルディ様を凝視する私に、彼女は言葉を続けた。
「勇者様の恋人なのでしょうか?」
(そっち!?)
 私の心配は、杞憂だったらしい。ラクネさんの正体については、一ミリたりとも疑われてはいないみたい。それは良かったと思うのだけど、質問にはどう答えよう。
 ラクネさんとヴィル様の関係……。私が知っているのは、同朋だという事だけだ。けれど、彼らは魔族仲間ですとは言えない。
 助けを求めてグノー達を見れば、視線を逸らされた。いいアイディアはないらしい。
「……えっと、フラルカ様は、ヴィル様に恋人はいなかったとおっしゃっていましたよ?」
「そうですわよね。大地の宝珠には、そのように陛下のお言葉が残されていたと、お父様から聞いております。けれど、とても親密なご様子でしたから」
 ですよねー。あの態度で、初対面とは言えない。
 そうだ! メルディ様は、彼女をドラゴン族だと思っているはず。なら、八百年前の知り合いだと明かしても、問題ないかもしれない。要は、魔族だとバレなければいいのだから。
 ヴィル様との親密さは、半分とはいえ同じドラゴン族だからって事で、説明出来るよね?
 さっそく虚実入り混じった推測という名の設定を口にしようとしたら、メルディ様が結論を出した。
「もしかしたら彼女は、八百年前に勇者様と出会って以来、恋心を募らせていたのかしら?」
(そう取りましたか。でもまあ、魔族に繋がりそうな仮定じゃないから、軌道修正はいらないかな)
 そんな事を考えていたら、メルディ様に両肩を捕まれた。
「でも、大丈夫ですわ。勇者様は、ミラさんに半身候補の印を与えたのですもの。やきもちを焼く必要はありませんのよ?」
「……は?」
 やきもち?
 思わずポカンと口を開けてメルディ様を見上げれば、彼女は小首を傾げた。
「自覚しておりませんの?」
「えっと……」
 はっきりと返事をしない私に、メルディ様は困った子だと言わんばかりの表情になる。
「つい先日まで恋心がわからない様子だったのが、いつの間にか勇者様と婚約して、やきもちまで焼くようになったと思いましたのに」
「ちょ、待って。待ってくださいメルディ様」
 いつ半身候補の印の件を知られたのかはさておき、誤解を解かなくては!
「これはお守り代わりなんです。魔物とか魔獣とか、危ない存在に対する牽制で、本来の意味はないんですよ。ほら、実際にアナウサギの魔物は、私にまで従順になっていたでしょう?」
「確かにそうですわね。でも……」
「ヴィル様にとって、私は対象外なんです」
「対象外?」
 メルディ様の言葉を遮って告げた私に、彼女は首を傾げた。
「印をつけられた時に、私が他の人と婚約する際には消すと言われました」
「まぁ!? 勇者様がそんな事を?」
 口元を手の平で覆い、目を見開くメルディ様。私が頷くと、彼女はゆるゆると首を横に振った。そして何やら呟き始める。
「……そんな。信じられませんわ。半身候補の印は、心を伴わずに与えられるものでしたの? いいえ、きっと何か訳がありますのよ。もしかしたらミラさんの気持ちを尊重するあまり、自ら身を引く未来を想定していらっしゃるのかもしれませんわ」
 少し耳を澄ませれば、そんな独り言が聞こえてきた。どうも彼女は、ヴィル様が本気だとお考えらしい。
 でも、半身候補の印が必ずしも心を伴うものか否か、わからないんですよね?
 一方、グノー達精霊と、ドラゴン族のファルゼンさんは、お守り代わりの利用を否定していない。ファルゼンさんは、本来の意味――正真正銘の半身候補じゃないのかと、ずいぶん疑っていたけどね。
「メルディ様、ファルゼンさんだってこの印の事を知っていますけれど、お守り代わりをあり得ないとは言いませんでしたよ」
 教えてあげたら、彼女は大層ショックを受けた顔になった。
 あ、なんかすっごく罪悪感。これはあれかな? 少しは白状すべきかな?
 私はメルディ様から視線を逸らし、ポソリとつけ足した。
「……ちょこっと、です」
「え?」
「ほんのちょこっと、寂しく感じただけなんですけれど……。これって、やきもちですか?」
 ヴィル様は私が子供の姿をしていようと、大人の姿をしていようと、スキンシップ過多である。
 傍にいる時間が多く、優しく接して貰い、ハグとかされれば親しみを覚えるのは普通だよね?
 だけど、勘違いしてはいけない。ヴィル様はガイや姫様にも優しいし、触れもする。私の傍にいる時間が長いから、多く感じられるだけだ。
 そして大人姿の私に触れるのは、彼にとって私が子供の枠に入るから。正真正銘大人の女性には無闇に触れたりしないのだから、間違いない。
 だけどヴィル様はラクネさんにハグを許し、彼自身もそれを返した。初めて見る彼のそんな姿に、少し寂しく思ってしまったのは認めざるを得ない。
 さぁ、これはやきもちですか?
 判定やいかにとメルディ様を見上げれば、彼女は目を輝かせて私を見ていた。
「では片思いですのね」
 片思い。自分を思ってくれない人を、一方的に恋い慕うこと。つまり片恋。
 ぐはっ!
 そうなのか!? これがそうなのか!?
 人生初の片思い?
 いや、少なくとも前世に初恋はあった……と思う。たぶんあったはずだ。きっと、昔過ぎて忘れているだけ。
「ねぇ、ミラさん。以前フィルセリア様や学園のご友人と一緒に、恋についてお話をしましたわよね」
「え? あ、はい」
 突然の話題転換に、私は頭に疑問符を浮かべながらも返事を返す。
「わたくし、その時から気になっていましたのよ」
「何がですか?」
「ミラさんは恋愛に憧れている様子はあるのに、踏み込まないようにしている気がしましたの。恋をするのが怖いのかしらと、心配していましたのよ」
 恋が、怖い?
「あら、もう登録が終わってしまったようですわね」
 指摘された事について考え込みながらも、耳がメルディ様の言葉を拾い上げる。つられるように、私は薔薇園の中央を見た。アナウサギ達に囲まれたヴィル様が立ち上がり、こちらを見ている。
 トクリ、と、心臓が大きく脈打った気がした。
 うぅ。メルディ様に煽られたせいで、妙に意識してしまうじゃないか。
「ミラさん」
 メルディ様に呼ばれ、私は慌てて視線を彼女に戻した。
「勇者様が何を考えていらっしゃるのかは、わかりません。ですが、だからといって、あなたの思いに蓋をしてしまう必要はありませんのよ? 初めての恋は不安かもしれません。わたくしでよろしければ、何でも話してくださいましね」
 メルディ様は優雅な一礼をして、東屋を出て行った。そして、ヴィル様に声をかける。
「ハンターギルドへの勇者様と随獣達の登録は、早めになさいます事をお勧め致しますわ。それでは、ごきげんよう」
 メルディ様はヴィル様にもご挨拶をして、広場を後にした。
「ミラ」
「は、はい」
 ヴィル様が東屋に足を踏み入れて、私を呼ぶ。反射的に彼を見上げて返事を返したものの、私はすぐに俯いてしまった。右手の甲が視界に入る。
(……あ)
 浮ついていた心が、一瞬にして落ち着いた。再びヴィル様を見上げて、ヘラリと笑う。
「ギルドには、いつ行きますか?」
 メルディ様は、ヴィル様の真意はわからないと言っていたけれど、私は、あの言葉が答えだと思う。
『ミラが、他の者と婚約する際には消す』
 私の思いが恋であろうとなかろうと、ヴィル様にとって私は対象外。彼が私に向ける優しさは、守るべき子供への愛情。勘違いしてはいけないのだ。
 まあ、紛らわしいヴィル様が悪いと言えなくもないけれど、ドラゴン仕様の愛情表現に慣れるしかないね。
 そんな事を考えながらヴィル様の返事を待っていると、彼は私の額を指先で押した。当然、私は仰け反ってしまう。
 なんか理不尽だ!
 抗議しようと口を開いたら、ヴィル様が庭園の入り口を振り返った。耳を澄ませば、足音が聞こえてくる。メルディ様が戻ってきたんだろうか?
「お久しぶりです、ミラさん。勇者殿」
 現れたのは、スインさんだった。
 スイン・クルヤード魔術師。イルガ村から私とガイを王都に連れて来てくれた一行の一人で、先日、私と姫様を誘拐した馬車の捕り物に居合わせた。だから、私達を助けてくれたヴィル様とも面識がある。ちなみに宮廷魔術師長グリンガム様の弟子で、地属性だ。
 以前は王宮の図書室で顔を合わせる機会があったけれど、魔力を暴走させた私は図書室に行けなくなったので、会うのは誘拐騒ぎ以来だったりする。
「お久しぶりです。今日は何か?」
 わざわざ迎賓棟の庭園まで来たのだから、私かヴィル様に用があるのだろうと問えば、彼はニコリと笑った。
「今日から私が、ミラさんに勉強や魔法を教える事になりました」
「えっ、本当ですか?」
 いつ復学出来るかわからないから、この決定は凄く嬉しい。前世と共通する基礎学力はともかく、この世界の常識や魔法を知らないまま大人になるのは困るもの。
「はい。勇者殿に同席していただければ、魔法を使っても、暴走による被害の心配は無用と判断されました。ですが大人姿で、勇者殿と共に学園の初等部に通っていただくわけにはいけませんからね」
 ははは。確かに。二人して周囲から浮きまくるに違いない。
「それから、勇者殿。陛下があなたに、よろしければ八百年前以降の歴史を学んで頂きたいと仰せです」
 そういえば、ヴィル様の知識は八百年前の物だった。しかも生まれてからずっと地下牢に閉じ込められていた彼の知識は、ドラゴンの魔石から継承した物。知識に偏りがあるかもしれない。
 ……スインさん、ついでと言ってはなんですが、ヴィル様に人族の適切なスキンシップを伝授してくれたりしませんか?

cont_access.php?citi_cont_id=462023980&s
お気に召しましたら 応援クリックお願いします

小説家になろう 勝手にランキング
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

Ads by i-mobile

↑ページトップへ