ネムツォフ氏殺害から一年――私たちが知りうるすべて

ロシア連邦取調委員会(SK RF)は、野党政治家ボリス・ネムツォフ氏の殺害事件が解明されたと発表。これに関する取り調べは、ほぼ一年続いた。誰が何のためにネムツォフ氏を殺めたか、本紙は、昨年最も衝撃的であった殺害の経緯を振り返る。

 

 

一年前の深夜、野党政治家で元ロシア連邦第一副首相のボリス・ネムツォフ氏が、モスクワの中心部で殺害された。2016年1月、ロシア連邦捜査委員会は、事件は解明されたと発表した。被告席へは、すでに長期間拘留されている五人の容疑者が差し向けられる。

 

殺害の組織者および依頼人とされるルスラン・ムフディノフ容疑者は、メディアや事件に通じた人々のデータによれば、チェチェン共和国の首長ラムザン・カディロフ氏の側近の一人ルスラン・ゲレメエフ氏の助手兼運転手であるが、捜査当局は、ムフディノフ容疑者の動機も所在も把握していない。

 

 

チェチェンの「勇敢な戦士たち」

 

最終案の訴状によれば、ネムツォフ氏の殺害は、2014年9月末から計画されていた。捜査当局は、実行犯と共犯者らの唯一の動機は打算的関心であるとした。ムフディノフ容疑者は、殺害の見返りとして1500万ルーブル(22万4千ドル)を彼らに約束した。直接の実行犯となったのは、元のチェチェン共和国の大隊「セーヴェル」の軍人で国家の褒章を有しているザウル・ダダエフ容疑者である。捜査当局は、同容疑者のほかにさらに四人の人物を実行犯とみなしており、そのうちの少なくとも三人も、これまで治安機関との係わりを有していた。

 

 

捜査当局の説によれば、彼らは、モスクワへやってきて、ネムツォフ氏を尾行し、同氏が友人であるウクライナ人モデルのアンナ・ドゥリツカヤさんとともにレストランから帰宅する際に同氏を殺害した。実行犯のほぼ全員は、翌日、空路でモスクワを発ったが、早くも一週間後、イングーシ共和国で逮捕された。6人目の実行犯は、チェチェン共和国で逮捕されそうになり、手榴弾で自爆した。

 

その逮捕の直後、チェチェンのカドィロフ首長は、自身のインスタグラムで知人のザウル・ダダエフ容疑者について語り、この人物を「ロシアの真の愛国者」そして「最も恐れ知らずの軍人の一人」と呼んだ。

 

※特務大隊「セーヴェル」とは この大隊は、2006年、チェチェン共和国の首長ラムザン・カディロフ氏の指揮下の部隊によって編成された。メディアでは、「セーヴェル」は、同氏の私設の大隊と呼ばれている。

 

 

雇われ人だけ?

 

ネムツォフ氏の友人たちや遺族の弁護士ヴァジム・プロホロフ氏の考えでは、捜査当局は、最初の段階ではプロフェッショナルな仕事をした。しかし、プロホロフ弁護士は、5月にネムツォフ氏の事件を担当する主だった捜査官が交代させられ(民族主義者問題の専門家からチェチェンの犯罪を専門とする取調官に代わった)、捜査当局との接触が希薄になり、事件が「動きを止めた」、と語る。

 

最終案の訴状では、ムフディノフ容疑者および「捜査当局によって特定されていないその他の人物たち」のみが、殺害の組織者および依頼人とされているが、ネムツォフ氏の周辺は、これを「非常識な結論」とみなしている。

 

プロホロフ氏は、こう語る。「逮捕されて出廷する人物は、いずれも金で雇われた者たちである。指名手配されたルスラン・ゲレメエフ氏の運転手には、雇われ人たちへ支払うべき1500万ルーブル(22万4千ドル)も、ネムツォフ氏に対する不満も、ありえない(事件の資料では、依頼人の動機は特定されていない―編集部)。つまり、実際には、(摘発された事件では)組織者も依頼人も動機も特定されていないことになる」

 

ネムツォフ氏の遺族の弁護士らは、ラムザン・カディロフ氏とその側近らの喚問を捜査当局に要求した。カディロフ氏は、取り調べに役立つなら尋問を受けてもよいと述べたが、結局、喚問されなかった。

 

ネムツォフ氏の仲間たちは、依然として、同氏は大統領に対する批判やウクライナ南東部でのロシアの軍人らに関する調査といった社会的・政治的活動のために殺害された、と考えている。

 

治安機関に勤務した経験をもつ連邦情報センター「分析と安全」のルスラン・ミリチェンコ所長は、こう語る。「それにしても、なぜ、そうした場所でそうした時に野党のリーダーを殺害することが、チェチェンの指導部の誰かに必要だったのか?カフカス地方では、そうした衝撃的な殺害が現政権にどのような問題を生じさせるかを、みんな、よく弁えている」

 

 

■本記事は「ロシアNOW」からの転載です。

 

http://jp.rbth.com/politics/2016/02/27/571323

 

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