「川口に中国人がたくさん住んでいる団地があるから、中国人の友達を作ってこい」。デスクに命じられて、1年生記者の私はマンモス団地「川口芝園団地」へと向かった。住んでいる約5千人のうち半数が外国人で、その大半が中国人だという。果たして友達はできるのか。(宮野佳幸)
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正直、気が重かった。ネットで団地名を検索すると「汚物が落ちている」などの悪評がちらほら。現場への足取りも重くなる。
団地はJR蕨駅から徒歩10分ほどの場所にある。緊張して足を踏み入れた。入り口の住民向け掲示板などには日本語、英語、中国語の掲示物があり、外国人住民の多さが分かる。
少し歩くと、「あれ、きれいじゃないか」。ネットによる先入観とは随分違う。敷地内に幼稚園やスーパー、書店もある巨大さで、遊具では子供たちのにぎやかな声が響いている。談笑する住民の姿もある。ただ、聞こえてくる言葉のほとんどは中国語だ。
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いきなり「友達になって」では怪しいので、団地自治会などのつてを頼り、元住民らが市内の公民館で中国の正月「春節」を祝うギョーザパーティーに参加させてもらった。17人の集まりで、私が調理室に入ると「誰?」という視線を浴びたが、次第に仲間のように迎えてくれた。
せっかくなのでギョーザ作りに挑戦。中国人男性が「真ん中を強く押してから、右から3回折る、左も」と教えてくれたが、普段料理をしないため不格好に。3個目で「うまくなってきたね」と甘めの及第点をもらえた。その後、食卓に出てきたのは水ギョーザ。春節に水ギョーザを出すのは中国北部の文化らしい。そのため、南東部の福建省出身の楊為国さん(38)は「初めて春節に水ギョーザを食べた」という。「同じ国内で春節に水ギョーザを食べるのに驚いている」ことに驚かされた。
ちなみに春節といえば大量の爆竹を鳴らすイメージもあるが、日本人と結婚し帰化した中村仁美さん(49)によると「日本のルールに従ってやらない」そうだ。
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ところで、なぜ多くの中国人がこの団地に集まるのだろうか。5年ほど団地に住んでいた楊さんは「交通の便の良さと、中国人同士のつながりができるからだ」という。蕨駅から東京駅までは約30分で、同郷者がいるため「悩みを共有でき、ストレス解消にもなる」。ただ、結びつきの強さは日本人との軋轢(あつれき)も生んだ。「中国人帰れ」。共有スペースの机にそんな落書きも珍しくなかった。
ここで日中交流促進に尽力したのが、町作り研究家で団地に1年暮らした岡崎広樹さん(34)と、多文化共生を目指し活動する学生団体「芝園かけはしプロジェクト」だった。両者とも将来の高齢化と外国人増加に伴う問題解決のモデルケースを作るのが目標で、自治会、商店会、UR都市機構なども関わっている。
商店会主催の催しに中国人住民らにも出店してもらうほか、昨年4月には差別的落書きがある設備を塗り直し、上から日中友好を祈り手形を押す活動などを続けている。自治会の活動は平成27年度の「あしたのまち・くらしづくり活動賞」で総務大臣賞を受賞するなど評価された。
ただ、団地内での日中交流が不十分なことも現実だ。言葉の壁が大きく、平光四郎自治会長(88)は「中国人に自治会へ加入してもらい、その人から伝えるようにしたい」と今後の方針を話す。また、かけはしプロジェクトの副代表、品川純平さん(22)は「日本人住民の交流も希薄だ」と指摘。外国人との交流を図る前段階として、昨年11月から「芝園サロン」と称し日本人高齢者を対象とした交流会を月1回開催しているという。
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パーティーで水ギョーザをいただきながら、家族や友達が集まって料理を楽しむ様子に、実家で餅つきをしていたときのような懐かしい感じがした。ギョーザ(餃子)の餃は食に交わると書く。食を通じた異文化交流で、人生初の1年で2度目の正月を堪能できた。
文化の違いはある。しかし、水ギョーザを一緒に楽しんだ、それだけでも中国の印象が変わったことを感じる。知り合った人々を「友達」と呼べるかどうかは、これからの課題だ。
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【用語解説】川口芝園団地
川口市芝園町3。昭和53年完成、2454戸。川口市によると、同市芝園町全体の人口は5074人(2874世帯)で、うち外国人は2582人(1292世帯)、中国人は2437人(1224世帯)を占めている。
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