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E1-エスぺリオ・オリジェン- 作者:心音

序章 プロローグ

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1話 朝

 とても良い朝です。一昨日まで続いていた杏花雨(きょうかう)が、その影を見せないほどに晴れています。窓を開け放つと、鼻孔を柔らかくくすぐるような風が部屋いっぱいに広がりました。
 こんな春の良き日にこの私、新谷愛鈴(にいやありす)は高校二年生になります。
 春休みの間、二週間半の暇を与えていた制服に袖を通すと、なんとなく懐かしい感覚に包まれます。ちょっと鏡の前で一回転してみると、紺色を更に暗くした色のスカートがふわりと膨らみます。

「よしっ」

 あとはリボンを結べば完成です。スカートのポケットに手を入れると、滑らかな布の感触が……

「あれ……?」

 どうしたことでしょう、リボンがありません。このままでは地味だ地味だと言われているこの制服の、数少ない魅力を失ってしまいます。私は急ぎ足で、バターの焼ける香りのするリビングへと向かいます。

「お兄ちゃん、私のリボン知りません?」

 ドアを開けると開口一番、朝の挨拶もなしに質問してしまいました。とんだ失態です、お兄ちゃんに失礼です。

「俺の部屋にあるぞ、机の上な」

 なんと優しいお兄ちゃんでしょう。私は大急ぎでお兄ちゃんの部屋へと駆け上がります。

「あっ……」

 失敗しました、先程お兄ちゃんにお礼も言わずに立ち去ってしまいました。後で二回分の失礼を取り返しましょう。今晩はお兄ちゃんの好きなハンバーグでも作りましょうか。

 少し緊張しながら、お兄ちゃんの部屋を開きます。

「お邪魔します」

 言葉を濁したくなるのですが、非常に汚いです。かなり散らかっています。寝巻は布団の上に投げ出され、無造作に開かれた箪笥からは衣服が飛び出していて、先日読んだ「近年の大学生の生活に密着してみた」というインターネットの記事がありありと思い出されます。学校から帰ったら片づけてあげましょうか、とだけ考えて目的のものを探します。

 すぐに見つかりました。机の上、デスクトップパソコンのキーボードの右に、丁寧に畳まれていました。

 私はリボンを手に取ると、あることに気づきました。パソコンの電源が消えていないのです。試しにマウスを少し動かすと、案の定画面が点灯しました。早朝から何かしていたのでしょうか、最小化されているアイコンには可愛らしい二次元の女の子が描かれています。
 もしかして、見てはいけないものでしょうか。いや、もしかしたらえっちなゲームかもしれません。お兄ちゃんもそういうお年頃なのですから、仕方がないのです。よって私には確認する義務があります。家族として、妹として。

「お兄ちゃんが悪いのです、お兄ちゃんが悪いのです……」

 何故かお兄ちゃんが悪者みたいになっています、独り言とはいえ失礼極まりないです。
 私は一呼吸置いて、アイコンをクリックします。

「えいっ!!」

 目の前に映ったのは、可愛い女の子の立絵でした。やはりその手のゲームだと思い、タイトルを確認すると『鏡の国のテレス』とあります。

「お兄ちゃんごめんなさい……」

 気が付けば私はパソコンに向かって土下座していました。そのタイトルは、最近テレビのCMなどでよく見かけるほどに有名なオンラインゲームでした。クラスの中でも流行っていたので私も多少の見識はありましたが、実際に目にするのは初めてです。

 まじまじと見ていると、ピコン、という電子音と共に何かウィンドウが現れました。

『仕方ないか、妹さんによろしくな』

 そんな文字が見て取れました。メールかチャットですね。はて、妹さんとは私のことでしょうか。少し気になってメールの送受信箱を漁ります。少しやましい気持ちはありますが、多分大丈夫でしょう。

『悪い、妹がいるから無理だわ』

 一つ前の、お兄ちゃんの台詞です。他にもいくつか見てみたのですが、どうやらお兄ちゃんはオカルト研究会なる部活に勧誘されていたけれど、私に気を遣って断った……というところでしょう。

「アリスー、ご飯冷めるぞー」

 もう少しやり取りを見たかったのですが、お兄ちゃんに呼ばれてしまいました。

「はーい、今行きます」

 返事をした私は、パソコンの画面をできるだけ正確な元の位置に戻し、リビングへと急ぐのでした。
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