裏切る友か、誘惑する謎の人か。ヒラリーとサンダースの選び方

2016年はアメリカ合衆国大統領選挙の年! このビッグイベントを「やじうま的娯楽」として楽しむコツ、今回は民主党候補の二人、ヒラリーとサンダースについて説明します。初の女性大統領になるのかヒラリー・クリントンとベテランのアウトサイダーであるバーニー・サンダースについて、アメリカ国民が彼らに向ける視線をスリリングに切り込みます。アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんによる、大統領選の最新レポートをぜひお楽しみください。

サンダースとヒラリーの政策はほぼ一緒

前回は共和党の「あぶない候補」ドナルド・トランプとテッド・クルーズについてご紹介した。今回は民主党候補の二人のちがいをなるべく簡単にご紹介しよう。

日本人だけでなく、多くのアメリカ人も誤解しているようだが、根本的には、ふたりの政策の間には大きな違いはない 。

ふたりとも、以下の考え方は一致している。

・現在の選挙資金の法を変える
・最低賃金を引き上げる
・違法移民が合法的な移民になる道を作る
・地球温暖化対策を推進する
・廉価の公教育に力を入れる
・ウォール街の金融機関が国民から搾取するのをストップする
・LGBTコミュニティと同性結婚を支持する
・人種差別には反対する
・国民全員が加入できる健康保険の実現を目指す
・収入格差を少なくして中流階級を蘇らせる
・TPPには反対の立場をとる

高騰する大学の授業料については、サンダースは「すべての公立大学を無料にし、そのコストをウォール街に払わせる」、ヒラリーは「公立大学のみでなく、私立大学でも授業料のローン(日本では奨学金と呼ばれる)の金利を引き下げ、就職してからの返済額は年収の10%でよい」という対策を掲げている。

どちらにしても、前回ご紹介した共和党候補の政策に比べれば、ごくわずかな違いだ。どちらが大統領になっても、議会を説得しているうちに妥協案に落ち着くことになる。だから、この差はそう重要ではない。

支持者は、政策ではなく、キャラクターとキャンペーンの違いで候補を選んでいる。

「救世主」オバマにアメリカ国民が失望した理由

サンダースとヒラリーの両者の違いを説明する前に、まずは背景となるアメリカ国民の世論を説明しよう。

共和党予備選でのドナルド・トランプの異様な人気と、民主党予備選でのサンダース旋風の背後には「収入格差」というアメリカの社会問題がある。以前にも書いた が、現在のアメリカでは、上位0.1%に属する少数の金持ちが持つ富は、下方90%が持つ富の合計と等しい。そして、70年代にはアメリカの過半数だった「中産階級」が消えつつある。

ジョージ・W・ブッシュの父であるジョージ・H.W・ブッシュ大統領から財政赤字を引き継いだビル・クリントン大統領の時代には、財政は黒字に転換し、ドットコム・ブームで若者にも高収入の就職先がたくさんあった。だが、ジョージ・W・ブッシュ大統領による減税、イラク戦争、ITブームの終焉で財政赤字と経常赤字は過去最高になり、サブプライムローンの不良債権化とリーマン・ショックの余波で多くの人が職と家を失った。

その暗い状況に現れたのが、「Change(変化)」を約束するバラク・オバマ候補だった。

群衆を興奮させ、国民によりよい未来を信じさせてくれるカリスマ性があるオバマは、まさに「救世主」のようだった。

だが、大統領選に出馬する前は、新人の上院議員に過ぎなかったオバマ大統領には、一筋縄ではいかない議会をあやつるための経験や人脈が欠けていた。また、黒人への偏見が強い右寄りの共和党議員からの強硬な反抗に出会い、なかなか政策を推し進めることができなかった。

オバマ大統領は、「アメリカの経済は回復している」と言う。 それは事実だ。失業率もブッシュの時代からは回復している。けれども、その経済回復の恩恵を得ているのは主に上位1%で、残りの国民は経済の回復を感じることができない。

だから、国民は8年前に人々が「救世主」として歓迎したオバマ大統領に失望した。その失望が人々のフラストレーションをさらに高め、強い「体制への不信感」を生み出した。

その不信感が、有権者の「左でも右でも、党という組織に愛され、受け入れられているような人物は、腐敗している」という極端な見解を産み出し、アウトサイダーであるトランプとサンダースの異様な人気を作っているのだ。

ニューハンプシャー州で私が取材したときに、「トランプとサンダース、どちらにするかまだ決めていない」という有権者がけっこういたが、その背後にはこういう事情があるのだ。

ベテラン・アウトサイダーとしてのサンダース


バーニー・サンダース:理想主義の若い男性から熱狂的な支持を得ている民主社会主義者で、去年まで無所属

サンダースは、1941年生まれで現在74歳。1980年代にヴァーモント州バーリントン市の市長、1990年からは連邦議会の下院議員、2006年からは上院議員を務めている。だから、政治家としてはヒラリーよりも長い経歴を持つ。だから、ビジネスマンのトランプのようなアウトサイダーではないが、大統領選に出馬する前は、ずっと党に属さない「無所属」だった。

「民主社会主義者」を自称するサンダースだから、政策案への投票は民主党よりのものが多い。だが、過去には銃規制案反対など、共和党に近い投票もしてきた。「体制のいいなりにはならない」という態度を何十年も徹底し、言いたいことを言う。ベテランでありながらもアウトサイダーのサンダースは、私自身もずっとツイッターでフォローしていた「頑固者らしさが愛おしい、ローンウルフ」だった。だが、予備選でのサンダースの熱狂的な支持者は、彼の過去の経歴を評価しているわけではない。

サンダースの最大の魅力は、リベラルな有権者が憤りを希望のエネルギーに変えてくれる唯一のリーダーだからだ。そういう意味では、サンダースは2008年のオバマ候補に匹敵する。 ゆえに、支持者には若い層が多い。

ヒラリー嫌いの心変わり


ヒラリー・クリントン:アメリカ初の女性大統領が期待される元国務長官で、ビル・クリントン元大統領の妻

サンダースの熱狂的なファンになればなるほど、ヒラリー嫌いが増すようだ。 彼らは、「ヒラリーは嘘つきだ」、「信用できない」、「型にはまった冷たい人物」と非難する。

2008年の大統領選でオバマ候補のスピーチライターだったジョン・ファブロウもよく似たタイプの若者だった。オバマ大統領のもとで国務長官就任が決まったヒラリーの等身大写真にセクハラをしている写真がメディアに流れ、ファブロウはホワイトハウスでの職を失いそうになった。


左側で胸に手をあてているファブロウは、せっかくホワイトハウス主任スピーチライターに任命されたのに、オバマ大統領に首にされそうになった(NYDailyNewsより)

オバマ大統領から首にされそうになったファブロウを救ったのが、ユーモアまじりに彼の謝罪を受け入れたヒラリーだった。その後、ヒラリーと一緒に仕事をするようになったファブロウは、彼女がきさくで、スタッフへの思いやりがある人物だと知り、最近ヒラリーを応援する記事を書いている 。

同じような体験を告白する男性はけっこう多い。

元国務長官のロバート・ゲイツは、自伝『Duty』の中で、ヒラリーについてこう書いている。 「それまで彼女と知り合ったことはなく、彼女に対する私の見解は、ほぼ完全に新聞やテレビから得た印象で作られたものだった。だが、彼女と知り合ってすぐに それが非常に間違ったものだったことを知った。彼女は頭が良くて、理想主義者でありながらも実践主義であり、意志が強く、根気よく、ユーモアがあり、私に とって貴重な同僚であり、世界中でアメリカ合衆国を代表してくれる素晴らしい国務長官だと思った。会ったことがない人物について強い個人的見解を持つこと は、今後は二度としないでおこうと自分に誓った。」

ヒラリー支持者に「45歳以上の高齢層」「既婚の女性」が多いのは、ヒラリーと同じような体験をしてきた人が多いからだ。 一生懸命仕事をし、実績を積み上げても、知らない人からめちゃくちゃな非難をされる。それでもめげずに戦い続けるヒラリーを応援せずにはいられないのだ。

LGBTの人権を推し進める最大組織HRC(ヒューマン・ライツ・キャンペーン)も、ヒラリーを支持している。それは、彼女のこれまでの仕事を評価してのことだ。

なぜ黒人はヒラリーを選ぶのか?

「黒人」と「ヒスパニック」もヒラリー支持で知られる。

だが、黒人の有権者がサンダースではなくヒラリーを支持しているのは、彼女を熱狂的に愛しているからではない(愛している人にも会ったこともあるが)。「収入格差」を最も重要なテーマにしているサンダースへの不信感(黒人にとって重要な問題が後回しになる)ということもあるが、サンダース支持者へのいら立ちがけっこう大きいのだ。

以前、男性が女性にやたらと説明をしたがる「マンスプレイニング」という流行り言葉をご紹介したが、最近話題になっているのが「ホワイトスプレイニング」だ。白人のサンダース支持者が、黒人にとっては自分たちの歴史である公民権運動を解説したり、なぜサンダースが黒人にとって良い候補なのかを解いたりする行為のことで、しかも、「君たちはわかっていない」という「上から目線」なのだ。

ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、チャールズ・ブロウは、「なぜバーニーサンダースが黒人にとってよい候補なのかを、黒人の有権者に説明するのをやめてくれ」というタイトルのコラム で、それを説明している。

黒人のブロウに対して、ソーシャルメディアで「サンダースのほうが自分たちにとって良い候補だということを、なぜ黒人はわからないんだ?」といった意見を言う白人のサンダース候補がけっこういるらしい。


バーニーの熱狂的ファンには、理想主義の白人の若者が多い

「候補者の立場について黒人がもっと知識を得て、理解すれば、彼らは正しい選択をするはずだ」という白人サンダース支持者の態度に対して、ブロウは、「これらのコメントでの人を見下すレベルは驚異的だ」と呆れている様子だ。

アル・ジョルダーノというジャーナリストも、サンダース支持の白人の若者 に対してはブロウと同感のようだ 。

「オバマが君たちに寄り添って求愛してきたように、君たちもその努力をしなければならないのに、そのかわりに君たちはツイッターで黒人に説教したり、論破したり、言い負かそうとしている」

黒人コミュニティがヒラリーを推すとしたら、それはサンダース支持の白人の若者が信じているように、黒人が無知だからではない。彼らは、すでにサンダースのように大きな夢の実現を約束する政治家をいやというほど体験してきたのだ。

その中には、黒人票を得るためのリップ・サービスだけだった人、やる気があっても力がなくて実現できなかった人、努力してくれたけれど僅かな結果しかもたらさなかった人がいる。だが、約束のすべてを守った人は誰ひとりいない。

オバマ大統領は「力がなくて実現できなかった人」でファーストレディと上院議員としてのヒラリーは「わずかな結果しかもたらしていない人」だ。

でも、オバマ大統領ほど議会から虐められた大統領はかつていない。だから公約を果たしたくても果たせなかったというのに、アメリカ国民は力を貸すどころか、選挙でオバマ大統領の民主党を罰した。その結果、議会は上下院とも共和党が支配することになり、オバマ大統領のやりたいことはすべて反対されるという膠着状態になったのだ。

「オバマ大統領は公約を果たしてくれなかった」とブーブー文句を言う国民こそが、オバマ大統領の手足を縛った犯人なのだ。そして、それにはサンダース支持者の白人も含まれている。

黒人コミュニティは、白人たちよりもそれをしっかり見てきた。

だからブロウはこう言う。 「私たちは、これまでの長い歴史のなかで、黒人コミュニティに多くの約束をしておきながら、ほとんど約束を果たさなかった政治家を多く経験してきている。だから、たいていは、素性がわかっている悪魔と、わかっていない悪魔の間での選択になる。もっと綿密に言えば、自分を裏切る友人、自分を誘惑する謎の人、自分を破滅させようとする敵、この三者の間での選択になる。私たち黒人は、地に足をつけ、これらの政治家の中から選ぼうとしているのだ」と説明する。

人生経験がある高齢層は、人生が思い通りにはいかないとわかっている。ほしいものがすべて手に入ることなんてありえない。職場でも、家庭でも、自分とは異なる意見の人と一緒に生きるしかないのだ。そういう場所をまとめるには、譲らない頑固者よりも、妥協してくれる人のほうがいい。

それがヒラリー支持者の「現実主義」なのだ。

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コメント

bluecat1115 読みました。選挙はいつだってリーストベストの選択という気がしている。RT  35分前 replyretweetfavorite

yamori_ash 「オバマ大統領は公約を果たしてくれなかった」とブーブー文句を言う国民こそが、オバマ大統領の手足を縛った犯人なのだ 約1時間前 replyretweetfavorite

hoshina_shinoda なるほどー、知らなかったなあ、自分が投票するときこういう考え方できないないなあ…。お勧め。... https://t.co/1ZBJv666qK 約1時間前 replyretweetfavorite

YukariWatanabe Cakesの #大統領選 連載で使っている写真は、リンクがついているニュースサイトの紹介以外は全部ワタクシの自前です。ですから無断転用はしないでね。 https://t.co/DoNYwvl1F9 約1時間前 replyretweetfavorite