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長崎被爆判決  国は認定対象を広げよ

 長崎原爆投下に爆心地から12キロ以内で遭いながら、国が定める被爆地域外にいたために被爆者と認められない「被爆体験者」のうち、一部を被爆者と認める初の判決を長崎地裁が出した。
 当時の行政区域をもとに国が引いた境界線の「内か外か」で、放射線被ばくの影響の有無を断定できるのか。原告のみならず、多くの人が疑問に思うところだろう。判決は、原爆投下後の米軍の線量調査などを根拠に年間25ミリシーベルト以上を浴びたと推計できる10人について、被爆者健康手帳の交付を長崎県と長崎市に命じた。
 同じように手帳の交付を求める人は、来月に控訴審判決が予定されている第1陣訴訟の原告と合わせて約550人いる。戦後70年がたち、被爆体験者は高齢化している。国は現行制度を見直し、救済を急ぐべきだ。
 国が定めた被爆地域は、旧長崎市の市域に沿うように南北に長い楕円(だえん)形をしている。爆心地からの距離が同じでも交付を受けられない人がいるのはこのためだ。
 市は対象地域の拡大を長年要望してきたが、1980年に当時の厚生省の諮問機関が出した「地域の指定は科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべき」との答申をもとに、国は応じていない。被爆体験者への支援は限定的で、精神疾患と合併症に対する医療費給付などにとどまる。
 判決は原告側が提出した被ばく線量の推計値を一部採用し、国の画一的な線引きに疑問を投げかけた。だが、そもそも科学的根拠の立証責任を、被爆体験者側に負わせる国の姿勢にこそ問題がある。
 70年前の被爆状況について新たな証拠を示すのは極めて難しい。原告側が主張する内部被ばくの健康への影響については科学的見解が確立しておらず、東京電力福島第1原発事故の後も専門家の議論が続いている状態だ。このままでは、原告の他に6千人超にのぼる被爆体験者の救済は進まない。
 広島でも、原爆投下直後に降った「黒い雨」を認定地域外で浴びて健康被害を訴える人々に対し、国は科学的根拠を示すよう求めている。だが、どちらも原爆の影響を否定することができない以上、広く被爆者として捉え、医療費免除や各種手当支給などの援護制度の対象に含めるべきだ。
 低線量被ばくの影響は未解明で、今回の判決が示した25ミリシーベルトの線引きにも異論はあろう。現時点で重要なのは、健康への影響を過小評価しないことだ。

[京都新聞 2016年02月24日掲載]

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