際どいボールをカットしつづける粘りのバッティングに、ゴールデングラブ賞7回の華麗なグラブ捌き。いぶし銀の技術でチームを支え続けた名手は、今度は参謀として、盟友を支える道を選んだ。
内野にゴロが転がると同時に本塁目がけて三塁ランナーがスタートを切る。タッチよりもスライディングの方が一瞬、早い。昨季までならアウトと思われるケースのほとんどがセーフとなった。
宮崎での巨人キャンプ第2クール。ノックバットを持つ井端弘和はひとつのプレーが終わるたびに守備位置を確認し、選手たちに指示を出した。それが内野守備走塁コーチとしての事実上の初仕事だった。
プロ野球は今季から本塁付近でのクロスプレーに関するルールが変更された。キャッチャーはブロックが禁止され、ボールを持たずに走路を塞ぐと走塁妨害をとられることが確認された。
一方でランナーも、走路からはずれた位置にいるキャッチャーへの体当たりは危険なプレーと見なされ、悪質な場合は守備妨害をとられることになった。
新ルールにどう対応するか。それがキャンプ前半のプロ野球の最大のテーマだった。
「ブロックが許されないキャッチャーは、手だけで(ランナーに)タッチにいくしかない。特にファーストとセカンドからの送球を受ける際は、昨季までよりも素早く処理しなければ(ランナーに)回り込まれてしまう。この2つのポジションは昨季より前に守らせる必要がありそうです」
練習後、腕組みをしながら井端は答えた。
開幕までには、まだ時間がある。審判の判定に対する傾向を探りながら、どんな対策を練るのか。新コーチの腕の見せ所である。
40歳を過ぎたとはいえ、2000本安打まであと88本と迫った井端が、昨季限りで現役を引退し、コーチに就任するとは意外だった。
井端に引退を決意させたのは昨年10月、同級生でもある高橋由伸からかかってきた一本の電話だった。
「オレ、来年から監督をやることになったんだ」
「それで、オレはどうすればいいの?」
「いや、それはオレの口からは言えない」
井端はピンときた。
〈オレにコーチをやって欲しいんだろうな……〉
一呼吸置いて井端は答えた。
「じゃあ、オレも一緒に辞めるわ」
2000本安打への未練はなかったのか?
「1500本を過ぎた頃から漠然と"2000本まで行けたらいいな"とは思っていました。しかし、正直言って、それにしがみつく気持ちは全くなかった。
こう言うと失礼かもしれないけど、2000本安打を記録すれば皆、名選手なのか。僕は、そうは思っていない。2000本に届かなくても、素晴らしい選手はたくさんいる。監督(高橋)も、そのひとりだと思います」
そして、こう続けた。
「もし僕が(コーチを)引き受けなければ、(一軍首脳陣の中では)監督が一番年下になってしまう。それを避けられたのはよかったのかなと……」
気配りのにじむ言い回しに"友への思い"が見てとれた。井端弘和とは、そういう男である。
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