安倍政権はなぜ「同一労働・同一賃金」実現のための具体的な政策を明らかにできないのか?(写真はイメージ)

 安倍首相は今年に入って「アベノミクス」をほとんど言わなくなり、最近は盛んに「同一労働・同一賃金」を言うようになった。確かに正社員と非正社員の差別がひどいことが日本の労働市場の最大の問題であり、これが賃金の低下を招いて不況の原因になっている。

 しかしどうやって同一賃金を実現するのかについては、首相は「一億総活躍国民会議」で議論してくれというだけで、具体的な政策を明らかにしていない。というより、明らかにできないのだ。それを政府が本気でやろうとすると、雇用慣行を根本から変える必要があるからだ。

単純な「結果の平等」は実現できない

 いま日本の労働人口の中で、無期雇用の「正社員」と呼ばれる労働者以外の契約社員、派遣社員、アルバイトなどの「非正社員」は40%に達した。非正社員の賃金は正社員の約60%で、雇用条件も賃金も大きく違う。

 しかし単純な結果の平等を実現することは不可能だ。たとえばあるスーパーマーケットの売り場で正社員が10人、パートタイマーが30人働いており、労働条件はまったく同じだとしよう。正社員の年収が(社会保険料・ボーナスなどを含めて)500万円、パートが300万円だとすると、この売り場の1年間の人件費は、

 500万円×10人+300万円×30人=1億4000万円

である。この売り場の(仕入れ原価などを引いた)利益は年間6000万円としよう。ここで正社員とパートを同一賃金にすると、すべての労働者の賃金は

 1億4000万円÷40=350万円

となる。これはパートにとっては50万円の賃上げだが、正社員にとっては150万円の賃下げになる。これを労働組合に提示したら、間違いなく拒否されるだろう。

 では正社員の賃金を維持したままパートの賃金を同一にすると、人件費は

 500万円×40人=2億円

となり、利益はゼロになってしまう。これでは企業はやっていけないので、人件費を変えないでパートを削減すると、

 500万円×10人+500万円×18人=1億4000万円

となって12人のパートが職を失い、今まで300万円もらっていた人が失業者になってしまう。つまり安倍首相の考えているのは雇われている労働者の中の平等であり、失業する最も弱い立場の労働者のことは考えていないのだ。

「正社員」という異常な雇用形態

 だから現在の売り上げを変えないで単純な平等を実現しようとすると、正社員の賃金を下げるか、企業の利益を減らすしかない。政府は「雇用形態にかかわらず、通勤手当や出張旅費、店長手当などを同額にするよう求める」というが、この程度では格差の縮小効果はごくわずかだ。

 問題はそんなことではなく、「正社員」という雇用形態にある。雇用が無期限で職種の規定がなく、解雇が実質的に禁止される雇用契約というのは世界にも類がなく、英語でも "seishain" と表記される。

 企業にとっては、正社員は解雇できないのでリスクが高いから、定型的な単純労働には非正社員を使う。その結果、正社員の数は業務に対して少ないので、業務量の変動は残業で調整する。これが長時間労働の原因になっている。

 正社員の賃金や昇進は年功序列で決まり、賃金の大部分は年齢に従って上がる職能給になっている。だから同じスーパーでレジを打っていても、正社員は年齢が違うと賃金も違う代わりに、配置転換や出向には従わなければならない。

 ヨーロッパで同一賃金が実現しているのは、職務や勤務地が契約で決まっている職務給になっている場合で、経営者などは職務が特定されていないので、同一賃金にはならない。

 日本でこういう特異な雇用慣行ができたのは、そう古いことではない。1960年代の高度成長の時期に、事業が急速に拡大するのに対して熟練労働者を囲い込むため、彼らを企業という「一家」の一員として囲い込むシステムが成立したのだ。

自由な働き方を可能にする社会を

 このように長期的関係によって労働者に規律を守らせる「メンバーシップ」は、一定の条件では合理的である。厳格な品質管理や納期管理が要求される製造業では、労働者の手抜き(モラルハザード)を防ぐことが重要だが、それを監視するのはコストがかかる。

 そこで労働者に長期雇用を保証し、長く約束を守ると年功序列で昇進・昇給する特権(レント)を与えると、少しでも怠けると左遷されて会社の中で地位を失うので、命令されなくても遅くまで残業して納期に合わせる。

 こういうインセンティブ(効率賃金)は海外の企業でも高級ホワイトカラーにみられるが、日本の特徴はいまだにブルーカラーまで長期的関係で囲い込み、職務と関係なく昇給することだ。このため、ITによって職務が脱熟練化し、途上国にアウトソースできるようになると、賃金が割高になる。

 このため日本の労働生産性は、20年間ずっとG7(主要先進7カ国)で最低だ。個々の労働者は勤勉なのだが、労働市場が硬直化しているため、非生産的な企業に労働者が閉じ込められてしまうことが、日本企業が国際競争力を失う原因だ。

 それを象徴するのが、2月25日に決まった鴻海によるシャープの買収だ。シャープは「雇用の確保」を買収の条件にしたが、鴻海は中高年の解雇の可能性を示唆した。結果的には「若手を中心に社員の雇用も維持する方向で調整する」という表現で、鴻海の条件が通った。

 もう全員の雇用を保証できる時代ではない。雇用維持にこだわっていては企業が消滅し、全員の雇用が失われるのだ。脱熟練化して定型化した職務は途上国にアウトソースされ、コンピュータに置き換えられる。これからのサービス業では、非定型的なスキルが重要だ。

 長期的関係は今後も重要だが、それは以前のコラム(「労働者を会社から解放するシェアリングエコノミー」)でも書いたように、スマートフォンなどのITで維持される時代になるだろう。労働者は会社に囲い込まれないで自由に働き、能力の発揮できる職場に移動する時代になる。

 そこでは同一労働とか同一賃金とかいう概念に意味がなくなり、労働者は個人事業者として他人にないスキルで競争する。政府がやるべきなのは賃金規制ではなく、正社員という時代錯誤の雇用形態をなくし、自由な働き方を可能にする雇用規制の改革である。