地上戦・・・データや客観的論文に基づいて検証や所感を述べる
空中戦・・・答えなき思想や哲学に自己の思いのたけを馳せる
戦とか物騒ですか
でもあえてここは「戦」しましたよ。
いやね、かつて職場の先輩にこんなことを言われたんですよ。「上司を納得させるのであれば、地上戦を仕掛けるしかない。『ここはこのようなデータを根拠に申しております』このように運ばなければ職責上は勝つことができない。お互いの思想をぶつけ合う空中戦では勝ち目がないんだよ」と。これが強烈に残っていまして。その気持ちを記事にしたかったのですよ。
立場が上、しかも強大な権限を持つ上司を納得させる行為というのはすなわち戦である。これは的を得ていますね。相手にしてみれば飼い犬に手を噛まれるも同義であり、心中穏やかではないでしょうし。それを説き伏せるのは並大抵のことではありません。
闘争心が溢れる先輩でしたね、色々なインスパイアをこの方から得ました。
ネット上でも地上戦と空中戦がある
専門性の高い記事を書く人はいますね。然るべき、万人が納得するデータを根拠に、それを誰しもが頷くような明確さで立て板に水の如く紡ぎだす様は、見ていて感嘆の境地に至ります。僕にはなかなか真似できない。憧憬の念はありますが、今は目指すところではないので、幸いなことにそれらを見ることで不満を溜めるようなことはありませんが。このような書き方をする記事(書き手)を僕は地上戦と捉えています。
さて、かたや空中戦を行うものについてはどうでしょうか。代表的なのは「ブログ論」ですね。これほど客観的に足のつかないものはないでしょうよ。「客観的に」ね。自分ではビタリと足がついているつもりなのでしょうし、それを信じて疑わないのかもしれない。けど、それを証明するものが自分しかない、というあたりに外観からは浮いているように見えてしまう。この論(論者)は突っ込みどころがない。なんせ根拠が自分なのです、それを疑うことは神のみに与えられた権利とすらいえます。つまれこれら論者と戦うことは無益な行為といっても過言ではないでしょう。
さてさて、空中戦を好むブロガーというのは往々にして「負けたくない」人が多いように感じます。というのも、そのようなエントリを書き上げた時点でその人の中で勝ちが決まり、この判定をジャッジする審判などはこの世に存在することができない。つまり100%勝利できる戦いをたった独りで起こして、その勝利に酔いしれることができる。つまり負けることがない。ゆえに負けず嫌いが多いのではないかと推察できるのですよ。ああ、面白きかな空中戦ブロガー。
僕は紛れもない空中戦ブロガー
今日も宙を舞いますよ、ソースなんてどこにもありゃしない、根拠は己の魂のみ。論拠ってなんだっけ、辞書から消し飛んじゃったかもしれない。ああ、あったあった、論拠は僕の脳みその中だ。
でも、この毒にも薬にもならない自分を慰める行為は、かくも魅力的なものであるかと常々思いますね。900記事近くを書き続けてなお、それら宙に舞うエントリーを生み出すことに余念はありません。
甘美で、崇高で、無意味で馬鹿で盲目で。そんな空中戦が今日もインターネットの世界を飛び交います。そして、それを何を好きこのんでか食べる奴らがいて、それを見えまたほくそ笑む。おもしろい、おもしろすぎるぞ、この世界は!!!