文/末近浩太(立命館大学教授)
あの熱狂から5年が経った。
2011年の中東における非暴力の市民による民主化運動「アラブの春」。長年にわたって続いてきた独裁政権がドミノのように次々に倒れていく様子は、世界史に残る大事件として、また、市民が政治の主役となる新時代の到来を告げるものとして歓迎された。世界にとって、中東は希望の象徴となった。
ところが、それから5年。中東は今、未曾有の混乱のなかにある。民主化の停滞はもとより、独裁政治の復活や内戦の勃発、そして、「イスラーム国(IS)」の出現と、中東の状況は「春」以前よりも確実に悪くなっている。
独裁、内戦、テロは、中東にとって何も目新しいものではない、との見方もあるだろう。だが、今日の中東の混乱は、これまで経験したことのないようなスケールで起こっている。米国の中東専門家アーロン・ミラーの言葉を借りれば、何もかもが「メルトダウン(融解)」するような極めて重大な事態が生じている。
さらに深刻なのは、グローバル化の進んだ現代世界においては、この「メルトダウン」が中東だけの問題にとどまらないことである。
「イスラーム国」に代表される過激派によるテロリズムの世界的な拡散、難民・移民の大量発生、そして、それにともなう世界各地での憎悪、不寛容、暴力の再燃。今や中東には希望ではなく絶望が蔓延し、その絶望は中東を越えて世界を覆い尽くそうとしているように見える。
希望から絶望へ――。なぜ「アラブの春」はわずか5年で暗転してしまったのか。中東ではこの5年間で一体何が起こったのか。それは、中東を、そして世界をどのように変えたのだろうか。
独裁政治の「最後の砦」
「アラブの春」前夜の中東は、1980年代末の「東欧革命」から20余年、世界の各国が次々に民主化へと向かうなか、独裁政治の「最後の砦」とも呼ぶべき地域であった。
中東における独裁政治は、形式上は選挙で選ばれた大統領や首相を有する共和制の国々であっても(エジプト、シリア、チュニジア、リビア、イエメンなど)、王や首長を戴く君主制の国々(サウジアラビアをはじめとする湾岸アラブ諸国、ヨルダン、モロッコなど)であっても、大きな違いはなかった。
これらの国々では、政治的な自由や権利が制限されていただけではない。腐敗した権力の下では社会・経済発展が停滞し、国民の暮らしを圧迫し続けていた。また、政権のとりまきと一般市民のあいだの貧富の格差は年々開いていた。
こうした状況が何十年も続くなかで、国民の不満が蓄積されていったのは自然なことであった。しかし、これに対して、独裁政権は、「アメ=ばらまき」と「ムチ=軍や秘密警察による監視や弾圧」を使い分けることで巧みに権力を維持し続けた。
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