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黄泉蛙の裏話
まず俺の自己紹介をしよう。
俺は紅野太郎。さっきまでごくごく普通の学生だった男。
ところが何の因果か、ついさっき魔法使いになってしまった。こう言ってしまうとおかしなことを言っているように聞こえるだろうが、普通に魔法を使える感じの魔法使いだ。
……意味が分からない。
それでも受け入れねばならないのだろう……いわばともかく俺は現在魔法使い初心者。本当に魔法使いなのかどうか実感すらない素人だと言える。
そんな俺が、ほとんど最初と言っていい状態で挑戦した魔法は、箒で飛んだり、物を浮かせたりといったものでもなければ、炎を飛ばしたりするようなものでもなかったわけだ。
なんでこんなことになっているかと言われたら、単純に興味本位と言うしかない。
死者蘇生。
そんな魔法がまさか成功してしまって、今に至る。
とはいえ死者蘇生と一口に言っても、そんな神秘の現象にだって種類というものはある。
例えば単純にぴかっと光ってポンと生き返るモノもあれば、大仰な儀式が必要なモノ、はたまたゾンビにして生き返らせるなんて凶悪なモノまで実にバラエティに富んでいる。
その中で俺が選んだのは、直接あの世に出向いて、返してもらうと言うもの。
なんの事はない、臨死体験というやつにちょっぴり興味があったからだ。
「…………なんだこりゃ?」
気が付けば自分のいる場所が様変わりしていたなら、怯みもする。
辺りはとにかく視界が悪く、霧が一面に立ち込めていた。
俺はひんやりと冷たい霧の中を黙って歩き続けると、そこが色とりどりの花が咲き乱れる花畑であると気が付いた。
花畑……そして俺が使った魔法。
実に嫌な予感しかしない。
そのまま心の準備もそこそこに行く先に待ち構えていたモノと目があって、俺はその嫌な予感が当たっていることを確信した。
いつの間にか目の前には大きな川があり。
岸には小さな船と、ぼろ布を着た鬼が立っていたのだ。
……うわぁ、ほんとにいるんだな鬼って。
さーっと頭から血の気が引いてゆく。
赤い肌に二本角が頭から生えた彼はどこからどう見ても鬼以外の何者でもなかったのだから。
その鬼の目玉がぎょろりとこちらを向いて、俺は息を呑んだ。
『汝か? 黄泉への扉を開けたのは?』
「……思ったより和風ですね」
『第一声がそれか……ここの風景はお前の死後の概念に左右される、見た目に意味はない』
「ああ、なるほど」
鬼の何気ない説明でなんとなく納得出来たわけだが、解説までしてくれるとは見かけによらず親切な方だったらしい。
いや、この死者蘇生、魂をあの世から連れ帰る魔法ということだったので、それっぽい事にはなると思ってはいたのだ。
だけどこうやって実際に妙な場所に来て、そう説明されると……俺も日本人なのだなぁと感じてしまう。
つまり人によってここは、雲の上の巨大な門かも知れないし、はたまた真っ赤な地獄かも知れない。もしくは蓮の花でも咲き乱れる、霊験あらたかな場所である可能性もあると。
もっとも俺の場合の和風にしたって、もっと色々あるのかもしれないが、まぁ俺程度の宗教観ならこんなものだろう。
『汝の望みはなんだ?』
さっそく俺の戸惑いなんかまるで無視して、鬼が強面の外見にぴったりのドスの利いた声で尋ねてきたので、ようやく本来の目的を思い出した。
そういえばちゃんと目的があってここに来たんだったと、俺は用件を口にした。
「あー。実は、さっき来たっぽい爺さんを一人生き返らせたいんですが?」
自分で言っておいてなんだが無茶な要求である。
内心一蹴されたらどうしようと不安だったのだが鬼の対応は予想に反してそれなりに丁寧だった。
『……死者の復活は、本来ならありえぬ。それ相応の対価が必要になるが?』
「具体的にどのくらい?」
『魔力にしてお前の基準で言うところの30000』
「なら、一括で」
思わず即答してしまった。
なんだ結構安いじゃん? なんて言ったらまずいのだろうか?
どうやらまずかったらしく、鬼はわかりにくいがなんだかぎょっとしていたようだった。
『な、何を言っておるのだ! 人であれば30000人を生贄に捧げてようやくと言う魔力であろう!』
「……いえ、まぁ一括で」
『……何で死なんのだお前は?』
あくまで言葉を引っ込めない俺に鬼は釈然としないようだったが、肝心の魔力が滞りなく支払われると、諦めたようにため息を吐いていたようだった。
『むぅ……ならば致し方ない。少し待て』
鬼はそう言うとそのまま船に乗って霧で見えない川の向こう側に消えてゆく。
それから三十分ほどしただろうか?
河原でぼんやりしながら待っていると、その手に光る人魂のようなものを持って鬼が戻ってきた。
『……ほら、約束のモノだ受け取れ』
鬼は船を着けると、俺に向かってその人魂を手渡してくる。
すると弱々しい火の玉が、よたよたとこちらに漂って来た。
今にも消えそうなそれを恐々受け取って、俺はいちおう鬼に掲げて確認をした。
「この人? でいいんですよね?」
『ああ、間違いない。貴様の記憶から目的の人物だと確認している。間違いがあってはこちらの不手際だからな』
どこか胸を張ってそう言う鬼は、自分の仕事に誇りを持っているのか自信ありげで、嘘をついている様子はない。
俺としても、あの爺さん相手に必死になると言うのも少し違うような気がしたので、そこは淡白なものだった。
「はいどうも。……こんなに簡単でいいのかな?」
『いやいや! そんな事はないのだぞ? 普通はこんな事出来んのだからな?
ああ、ちなみに黄泉の門を開けることが出来るのは理を歪めたとしても一度きりだ。心せよ』
「えぇ!? そうなんだ……。爺さんに使うの、早まったかな?」
『何ぞ言うたか?』
おっと思わず本音が出てしまった。
俺も鬼の顔に大分慣れてきたのだろう、ならばせっかくなのでもう少し気になる所を突っ込んでみた。
「いえ別に……っで少し気になったんですけど、なんかこの人魂、元気なくありません?」
手渡された時から微妙に気になっていたのだが、心なしかこの人魂、元気がないのである。
例えるならガスが切れ掛けのガスコンロとでも言えばいいのか? ちゃんと火がついているにはいるのに、何かおかしいみたいな。
鬼も言われて初めて気が付いたのか、人魂を確認して唸っていた。
「……む? 確かに魂が壊れかけているな。死ぬ時にどうにかなったのか? 何か心当たりはあるか?」
「あー……なんかあるかもしれないですね」
そういえば魔力を俺に渡したとか言っていたし、そのせいかもしれない。
となると、このまま終わらせるのももったいないだろう。
さっき鬼も一回しか使えない魔法だと言っていたし、せっかくならちゃんとしておくべきか。
「……ところでこの人に元の魔力を与えたり出来ないですかね? なんか俺に渡しちゃったみたいな事言っていたんで」
俺は出来る事なら元の状態がいいだろうとついでに頼んでみたわけだ。
ただの思い付きだったのだが、鬼は案外あっさりと許可してくれた。
『壊れかけた魂を返却するというのもまずかろう。魔力を追加で出すというのなら修復してやるが?』
「じゃあ一括で」
またもや即答した俺に、鬼はもはや言葉もないらしい。
『う、む……規格外な人間が来たものだな』
いよいよ疲れた口調の鬼は、おもむろに人魂に手をかざす。
そのまま手の平がぼんやりと光りだし、人魂に当てると、目に見えて元気になったのがわかった。
『さぁ、これでよかろう? さっさと帰れ、私も忙しい』
「は、はぁ。どうも御世話様でした」
一応礼は言っておいたが、最後にはしっしっと犬みたいにおっぱらわれてしまった。
口にこそ出さないが、もう関わり合いになりたくないと、その背中が語っていたのは明白だった。
いや、呆れられても困るんだ。
むしろ呆れているのは俺の方なんだからね?
だって普通思わないでしょ? 死者蘇生なんか本当に出来るなんてさ。

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