「”街の本屋さん”が死滅する日(太洋社問題:出版流通はもはや重度の糖尿病患者状態なのか?)」
メディアの話
このブログではこれまで触れていなかったけど、Facebookやtwitter、そして仕事先の出版業界紙で私はこのところ「街の書店がどんどん潰れていっている」という話を連日のように記事に書いたり、他の媒体に出た記事をシェアしたりしていた。
「そんな、街の本屋が消えてるなんて、もうずいぶん前からの話じゃん?」と言われそうだし、事実その通りなのだが、それにしてもこの2月に入ってからの全国各地における閉店ラッシュはあまりにも急速で、さながら急坂を転げ落ちるが如しなのだ。
しかも、今や時代に取り残されたが如き廃れたシャッター通り商店街の一角に「よくもまだ残っていたものだな」といった家族経営の零細書店だけでなく、中規模の都市の市内に何店も構えていた地元の中堅書店、あるいは個性的な品揃えで地元のほか他地域の人々にも名前が知られてきたような、いわば“現役の活きた書店”ですら、2月5日(金)に表面化した、ある出来事をきっかけに、その週明け以降にバタバタと堰を切ったかのように次々にギブ・アップを宣言し、突如として店頭の貼り紙やtwitterに店が設けていた公式アカウントで「閉店」を告知。それを見るまで何も事情を知らなかった店の常連客たちが唐突な知らせに思わず呆然――といった事例が目下あちこちで発生中で、この先もいつまでどれだけ続出するかわからないようなデフレスパイラル状況に書店業界は陥っている。
そのきっかけになった出来事というのは、上記の2月5日に出版物の販売会社(雑誌や書籍を出版社から書店に卸す、いわば本の問屋さん。一般には「取次(とりつぎ)」として知られる)である太洋社(本社・東京)が今後「自主廃業」に向かうことを各取引先あてにFAXで公式に通知した一件だ。
その週明けの8日には取引書店向け、取引出版社向けにそれぞれ同社による「説明会」が東京の汐留で開催され、後者には私も何とか出席できたので会場で取材してきた。1200人は入りそうな広い会場の座席がほぼ埋め尽くされ、会社側からの30分足らずの説明に対して出版社側との質疑応答タイムが約1時間に及ぶという長丁場だったが、まあ倒産した後の債権者集会ではなく、あくまで「自主廃業します」という説明会だった(まあ、だから取引先関係者でもない私も参加できてしまったのだろうが)のと、出版社側にもあらかじめ予想していたのか「まあ、仕方ないんだろうな……」との諦めムードが漂っていたせいか、その場では特に荒れるようなこともなかった(もっとも、その後に生じた書店閉店ラッシュは多くの出版社にとっても予想以上のものになったかもしれない)。
日本の出版市場はかれこれ20年近くに渡って年間売上高が毎年ごとに減少する“右肩下がり”状況が続いており、特にスマホの普及やSNSの台頭、コンビニの出店が進んだ最近の約十年ほどの間で、かつて街の書店が主な収入源としていた雑誌、とりわけコミック誌や女性誌のような以前の稼ぎ頭だったジャンルも含めての市場が‟劣化”や‟衰退”と言うべき在り様で急速に進んだ(かつては「販売収入は少なくても誌面に載せる広告がたくさん入るから」との理由で何とか成り立っていたような雑誌でも、やはり広告主が雑誌からウェブに宣伝予算をシフトした結果、命脈を絶たれるような状況になっている)。
そんな縮小市場となった出版業界を中間業者として支えてきた取次の中でも、最大手の通称‟東日販”つまりトーハンと日販という二大巨頭への寡占化がここ数年で急速に進んだ(というか「進めた」という感じもあるが)。事実、取次ではその巨頭二社に次ぐ存在だった大阪屋(本社は大阪府内)は数年前に楽天や大日本印刷や大手の各出版社が出資を含めた支援をすることで経営立て直しを始めたし、昨年夏にはその大阪屋に次ぐ存在だった栗田出版販売(本社・東京)が民事再生の適用申請をして事実上倒産した。ちなみに、その再生における事実上の受け皿になったのは前記の大阪屋で、この4月1日には両社が一緒になった「OaK出版流通(椛蜊繪ョ栗田)」として発足することが、上記の太洋社の説明会の翌日に各出版社向けに案内された。当然「そういうタイミングになったのはなぜ?」とのツッコミもなされるべきなのだが、今はおそらく危な過ぎてか、誰も表立ってツッコミを入れようとしない。
ともあれ、そんな中で太洋社は以前から、東日販が扱わないような中小・零細の書店や、同じく中小零細の出版社と取引とも幅広く取引を続けてきたことで上記の取次大手各社に次ぐ存在とみなされてきただけに、実は昨年の栗田の倒産の際にも「太洋社のほうが先だと思ってた」との声を当時の取材先でも聞いた。
今回はそれが現実のものになったわけだが、昨年の栗田のような取次の「倒産」で出版社が負債を被ることが即座に確定したわけではない、あくまで現段階では「自主廃業」だということもあって、今のところ出版社側にはそれほどの目立ったダメージは表面化していない(無論、中小の出版社を中心に「無事に売掛けを回収できるのか?」との不安は広がっているが)。一方で、太洋社にこれまで長らく支払いのことも含めて面倒を見てもらっていた中堅以下の書店が、一気に苦境に立たされた結果、前述のような「もはやこれまで」とばかりにスパッと店を畳む書店が各地で続出している(ただし、店は閉めるけど地域向けの外商は続けるというところが多いのだが)。
で、そのきっかけとなったと言われているのが、東京・高田馬場駅前に本店を置く地元の老舗の芳林堂書店なのだ。同店が2月初めに太洋社との取引を解消したことがトリガーを引いたと言われている。もっとも、取引解消の理由は要するに「芳林堂が太洋社に払うべきお金を払わなかった」ためであり、その結果として芳林堂は2月下旬の今もなお週刊誌などの雑誌の最新号が入荷しない状況が続いているらしい。
そこで昨日(23日)午後、別件の取材で文京区まで行った帰り道に、割と近くである芳林堂高田馬場店を訪ねてみることにしたのだが、その直前には以下のような記事も流れていた。
http://otapol.jp/2016/02/post-5762.html
だから今はまだ依然として、途中経過だ。ただ、やっぱり思う。古くからこの国の出版業界を支えてきた流通システムは、今や動脈のような中央部分を何とか守りつつも、その先の全国津々浦々にある町や村まで「割と」あまねく広く雑誌や書籍を毛細血管のように届けてきたのが、今や重度の糖尿病患者みたいに手足の部分が壊死して切り落としたり、目が見えなくなったりといったのとあたかも似たような状況になっているとは感じていたけど、今回のことでそれがますますトドメをかけようとするがごとくにドラスティックに進んでしまうのかな、と。
無論「手段を目的化してはならない」と思う私としては、古い「手段」が潰れて新たな「手段」が生まれ、本来の「目的」が達成されるのであればそれはそれでいいと思うのだけど、でも、その「手段」でもって食ってた人たちがこれまでたくさんいたのを、これからどうするかってこともやっぱり考えていかないことには、いずれまた妙な事態を生むことにつながりかねないだろう。何にしても、目指す理念はまたともかく、何かが変わる時には、落としどころもきちんと見据えながら進めていかないと、また大変なことになる。

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