竹中平蔵(慶應義塾大学教授)
2020年の東京オリンピックまでは日本経済も活気に満ち、拡大していくだろう。しかし、問題はそのあとだ。人口減少による地方の疲弊、高齢化による社会保障費の増大、財政の危機的な悪化など、難問が日本を襲う。どうする安倍総理。「大状況」的改革に踏み出せ
アベノミクスはいま、新しい段階へと進化することが求められている。政権発足から1年半強、安倍内閣は厳しい環境のなかで総じて国民の期待に応える、充実した経済政策を実施してきた。当面、考えられる範囲でやるべきことには、概ね手が付けられつつある。つまり「小状況」的には、評価できる成果を挙げている。しかし、日本が抱える問題の深刻さと世界経済のダイナミックな変化を考えると、改革はまだまだ不十分だ。当面考えられる小状況的政策を超えた、「大状況」的改革に踏み出すことが求められる。
ここ数カ月、内閣支持率はじわじわと低下してきた。直接的な要因として、集団的自衛権など安全保障政策への評価が指摘されている。しかし、そうした状況だからこそ、一層先鋭で尖った経済改革に向かう必要がある。国民に対し、攻めの政策姿勢を示すことが求められるのだ。6月末の『ロンドン・エコノミスト』誌は、今年6月に閣議決定された成長戦略第二弾をきわめて高く評価する、異例ともいえる記事を掲載した。そこでは、安倍総理は三本の矢ではなく「千本の太い針」を打ち込んだと、経済改革の姿勢を評価している。一方で、長期投資を専門とする海外ファンドからは、成長戦略の改革姿勢に対し依然として厳しい声も聞かれる。最近になって政府が「地方創生本部(仮称)」の準備室を立ち上げたことを捉え、来年の統一地方選挙を意識してばらまき型の古い自民党体質が復活するのではないか、との懸念も聞かれる。
以下では、まず6月に決定された新しい「成長戦略」について評価し、当面の経済運営のシナリオを検討する。そのうえで、「大状況的」改革をめざす新しいアベノミクスつまり「ネオ・アベノミクス」として、三つの改革を提言する。これは、ここまで改革が遅れてきた分野に三本の杭を打ち込むことを意味している。長期政権が期待される安倍内閣だからこそ、やらねばならない課題なのだ。安倍内閣が有する政治的資源=ポリティカル・キャピタルを、今後何に振り向けるのか、いかに使うのか、が問われている。
消費税引き上げに反対する理由
具体的な政策論に入る前に、アベノミクスによって日本経済の局面が大きく転換しつつあることを確認しておこう。リーマン・ショック後、日本経済は需要落ち込みが激しく、また民主党政権でのマクロ経済運営のつまずきもあって、長く経済停滞を続けてきた。しかし需要の不足を示す需給ギャップ率は、今年1―3月期にはほぼゼロになったと考えられる。具体的に内閣府の推計では0.3%となった(ただし4―6月期は消費増税によって2.2%に拡大)。
経済停滞のもう一つの象徴として、国民生活にも直結する失業率の高さが指摘されてきた。欧米諸国に比べれば低いものの、失業率はピーク時で5.5%となっていた。通常失業率には、摩擦的に生じる失業などのため、これ以下の水準には下がらないというレベルがある。いわゆる「完全雇用失業率」、「構造的失業率」である。日本の場合、完全雇用失業率は3.5%前後と考えられてきたが、今年5月の失業率はすでに3.5%にまで低下した。
むしろ、しばしば議論されているように、日本経済のなかで人手不足問題が深刻化している。「有効求人倍率」は、昨年11月に1を超え、経済全体で見ていわゆる人余りから人手不足の状況になった。現在はさらに高まって、1.10(6月)となっている。愛知県や東京都は1.5を超えている。これは、リーマン・ショック後の2009年8月に0.42であったことを考えると隔世の感がある。
デフレ解消にはまだ少し時間がかかるだろう。しかし、主としてアベノミクスの第一の矢(大胆な金融緩和)と第二の矢(機動的な財政政策)の前半部分が奏功し、需要不足の解消と失業の解消はほぼ達成されたことは確かだ。この状況を認識したうえで、今後の経済運営を考えねばならない。
ここで一点言及しなければならないのは、消費税の引き上げ問題だ。筆者は以前から、消費税の引き上げに反対してきた。抜本的な社会保障改革を行ない、歳出をコントロールしないかぎり、消費税をいくら引き上げても財政再建には貢献しない。経済への悪影響が残るだけだ。現実に4―6月期のGDP成長率は、マイナス6.8%と大幅なものになった。
あくまで筆者自身の印象だが、安倍総理や菅官房長官は、デフレ克服を最優先と考えており、消費税引き上げは本意ではないのではないか。しかし民主党政権下で、今年4月と来年10月の二度の消費税引き上げはすでに決定され、内外に告知されている。これを変えるには新たな法律を作成し、国会を通過させねばならない。結果的に大きなポリティカル・キャピタル(政治的資源)を使うことになる。安倍政権には、こうした民主党政権の負の遺産を包含できるような、新しいアベノミクスが求められているのだ。
「ローカル・アベノミクス」への期待と不安
これまで安倍内閣は、何とか順調に経済運営してきたが、ここにきて新たな問題に直面している。アベノミクスで景気全体に浮揚感が出ているなかで、地域への波及が見られないという不満の声が、政治的に強調されるようになった。また7月の滋賀県知事選挙など、地方選挙で自民党の敗北が続いたこと、来年春に統一地方選挙が控えていることも大きく関係している。もう一つのきっかけは、民間の組織である日本創成会議が、2040年には1800ある地方自治体のうち約900が存立の危機に直面する、というショッキングな議論を提示したことだ。
じつは今回の成長戦略決定の最終段階で、与党の要請で報告書のなかに「ローカル・アベノミクス」という造語が書き込まれた。国会議員の多くは地方から選出されており、あらためて地方重視が確認された格好だ。現実に政府は7月25日に、地方創生のための本部(正式には「まち・ひと・しごと創生本部」)の設立準備室を設けた。70名体制という大きな準備室だ。秋の臨時国会でも、このための法律を成立させることが、一つの中心になるといわれている。 たしかに、地方の経済は疲弊している。しかし、もしもたんに中央政府から地方への資金配分を増やすといった政策、つまり従来型の「ばらまき」政策をとったなら、財政負担を増やすのみで真の地方創生はありえない。なにより重要なのは、地方自身が問題の深刻さを強く認識し、さらなる自己改革を進めることだ。
経済活性化のためには規制改革によって民間活力を引き出すことが必要になる。こうした規制を見ると、じつは地方自治体自身が行なっているケースが少なくないのだ。
たとえば、建築許可や開発の認可など、ほとんどが地方に委ねられている。都市計画など市町村対応が硬直的なせいで開発が進まない事例は、きわめて多い。いま話題の保育園も、同様だ。保育園に関しては、国自身はむしろこれまで自由化を進めてきた。もともと1963年の通達によって保育の主体は自治体と社会福祉法人に限定されていたものを、2000年には株式会社も可能なように改めた。しかし多くの自治体では、その後も独自の要綱・規則などによって株式会社の排除を続けている。地方で保育産業が発達する可能性を、地方自身が摘んでいるのだ。
地方活性化のために、地方自らが危機感をもって身を切る覚悟で臨もうとしている代表例として、国家戦略特区に指定された養父市(兵庫県)が挙げられる。農業を活性化するに当たって、新たな担い手の呼び込みが必要だが、農地の取引についてはこれまで農業委員会が大きな権限を有してきた。地方活性化の観点でこれを円滑に進めるため、その機能を市役所に移すという(特区法に基づく)決断を、今回養父市は行なった。これは、休耕地の減少や地方経済の再生に向けた大きな決断といえる。 地方創生の重点は、地方自治体の規制改革や、あとで述べるコンセッション(インフラ運営権の売却)など、地方の自己改革を促すものでなければならない。
3つのマクロ・シナリオ
以上のような要素を踏まえて当面のマクロ経済運営を考えると、次のような3つのシナリオが浮かんでくる。
まず前提として、来年10月の消費増税は次善の策として避けられないと考える。繰り返しいうが、増税の先行は経済政策として決して適切なものではない。本来なら増税の前に、歳入庁設置による徴収の徹底などを行なうべきだ。しかし一度路線が敷かれたこの政策を覆すには大きな労力を費やし、政治的リスクを負わねばならなくなる。つまり経済政策の問題ではなく、ポリティカル・キャピタル配分の選択の問題として、本意ではないがやらざるをえない政治環境にあるといえる。ただその際、経済はそうとうのマイナスの影響を受けることを覚悟しなければならない。
その下で、次のようなシナリオが考えられる。
第一は、もっともありうるシナリオで、かつもっとも悪いシナリオだ。具体的に、増税によるマイナス効果を打ち消そうと、かなり大規模な補正予算を組むことが考えられる。現実に霞が関全体が、すでに補正予算ありきで動き始めている。ここに、先の地方創生のムードが重なり、旧来型のばらまき政策になってしまうことが懸念されるのだ。結果的にこれは、増税で歳入を増やし、補正予算で歳出を増やし、大きな政府・非効率な行政をつくる。 第二は、規制改革を「1丁目1番地」とするような成長戦略を、さらに強化することだ。この政策は長期の期待成長率を高め、消費増税によるマイナス効果をある程度打ち消すだろう。ただしこれらは、サプライサイド政策であることから、プラス効果が出るまでには一定の時間を要することになる。
そこで考えられるのが、一層の金融緩和を進めることだ――これが第三のシナリオである。これまで黒田日銀は一定の成果を挙げており、その手腕は評価されてよい。同時に黒田総裁がしばしば指摘するように、経済成長を高める一層の改革政策を、政府は進める必要がある。このことは裏を返せば、政府が改革政策を進めれば日銀も次の一手を打つ用意がある、ということでもあろう。
明らかなようにまずめざすべきは、第一のシナリオ(増税プラス大きな補正予算)を避けることだ。そして、成長促進のための一層の経済改革を基本としながら、必要に応じて日銀の協力を仰ぐことである。第二のシナリオと第三のシナリオの巧みな組み合わせ――いま求められるのは、そうした意味での新しい段階のアベノミクス、「ネオ・アベノミクス」である。
「ネオ・アベノミクス」とは?
すでに述べたように、6月末に公表された成長戦略第二弾は、『エコノミスト』誌などで高い評価を受けた。その背景には、安倍総理が政策の方向を国際的な場で明らかにし、その公約を実行に移しつつあるという姿が見えやすい形で示された、という点が挙げられる。
具体的に今年1月末、安倍総理は世界の経済リーダーたちが集まるダボス会議に基調講演者として招かれ、そこでいくつかの公約を明らかにした。国家戦略特区による岩盤規制の突破、法人税率の引き下げ、GPIF(公的年金基金)の改革などだ。そして今回の成長戦略では、岩盤規制への取り組みにまだまだ不十分な点はあるものの、概ね公約した項目が織り込まれたのである。
もちろんこれらは、政策の方向が示された段階であり、制度設計の詳細は今後の課題だ。120ページに及ぶ成長戦略のレポートは、いわゆる霞が関文学を駆使して作成されており、今後の詳細な制度設計で改革的になることも、また内容のないものになることもありうる。今回示された政策の方向をしっかりとした成果にすることこそ、改革の最優先課題だ。
そのうえで安倍総理には、経済活性化に向けた次の大きな公約を掲げてもらいたい。筆者は、次の三政策が必要と考える。これらは、三つの部門に「杭」を打ち込むことであり、大いなる抵抗が予想される。しかしそのためにこそ、先に議論したポリティカル・キャピタルを駆使してもらいたいのだ。
第一は、新たなエネルギー政策の展開だ。
いまの内閣は、良くも悪くも経済産業省の影響力が非常に強い内閣だ。総理を支えるスタッフに経済産業省の関係者が重用されている。こうした人びとはここまで、総理を支えてよく貢献していると思う。この点は、前向きに評価されてよい。しかし一方で、経済産業省の利害に直結するような重要問題には、どうしても腰が引ける傾向がある。その典型が、エネルギー政策だ。今回、発電と送電の分離と小売り自由化などそれなりの政策を決めた。こうした電力改革はじつに半世紀ぶりのことであり評価できる面もある。ただし、その実施が完成するのは数年後に先送りされている。とくに発電と送電を分離して電力会社を解体することには強い抵抗があり、本当に実施されるのか、法的分離も含めどの程度分離が徹底されるのか、いまだ不透明だ。
現政権の日本再生本部は、これまで農林水産省や厚生労働省に関連する既得権益に切り込み、一定の成果を挙げている。しかし、たとえば農業という産業は生産額5兆円、GDPの約1%である。それに対しエネルギーは、電力産業だけでも20兆円規模といわれている。さらに経済産業省の「エネルギービジネス戦略研究会」の報告によれば、省エネルギー、新エネルギー分野における「新たなエネルギー産業」の世界市場規模は、2020年に86兆円と、自動車産業の6割近い規模になるとされている。エネルギー関連の産業は、まさに巨大な成長部門なのだ。
しかし、過去の推移を見ると、日本のエネルギー予算約1兆円のうち、4割以上が原子力に使われてきた。これに対し再生エネルギーの予算は7~8%に留まっていた。そこに大震災による原発事故が起きたのだ。長期的にみて、原発依存からの脱却は避けて通れない。この間アメリカでは、いわゆるシェールガス革命によって化石燃料の価格優位性が高まり、再生エネルギー開発へのインセンティブは大幅に低下した。今後再生エネルギーの開発は日本と欧州の争いであり、その意味で日本の相対的優位性は高まった。これを機に、日本はより本格的に再生エネルギーへのシフトを図るべきだ。
エネルギーに関しては、当面の原発再稼働ばかりが議論される。しかし、以前よくいわれた「日本経済の六重苦」の中心として、エネルギーコスト高が指摘されてきた。まず、原発を含む過去のエネルギー政策全体の「検証」を行なうべきだ。そのうえで、再生エネルギーに重点を置きそこにITを活用した新たなエネルギー改革を、ネオ・アベノミクスの中核に据えるべきである。
資本をリサイクルせよ
ネオ・アベノミクスの第二は、「資本のリサイクル」だ。資本のリサイクルという言葉は、オーストラリアなどでは頻繁に用いられている概念だ。具体的にいうと、いま存在しているインフラを民間に活用させ、それによって得られる資金で新たなインフラ形成などを進めることだ。民間に活用させる方法としてはまず民営化が考えられる。インフラに関しては、運営権の売却(コンセッション)も有力な手法となっている。
じつは今回の成長戦略のなかにも、これに関する重要な政策が含まれている。コンセッションについては昨年の成長戦略で「10年間で2兆~3兆円」という数値目標が示されたが、今回それを「3年で2兆~3兆円」と大きく前進させたのだ。現実に仙台空港や関西空港など、コンセッションの具体的なプロジェクトが動き始めている。地方創生を本気で考えるなら、まず各自治体の資本リサイクルを行なうべきだ。
このような資本のリサイクルは、第一義的には官業の民間開放であり、まさに「成長戦略」となる。しかし日本では、それ以上の意味がある。それは、株式など資産市場を一気に活性化させる点だ。株価時価総額の大きな企業を見ると、興味深いことに気付く。多数のベンチャー企業が生まれるアメリカは例外として、主要国で株価総額の大きい企業の多くは、かつて政府が関与していた企業だ。たとえば、イギリスではブリティッシュ・ペトロリアムや英国航空がその典型である。日本でも、トヨタを別格とすれば、NTTやNTTドコモなど、かつての国有企業だ。じつはソフトバンクにも、旧国鉄の一部(日本テレコム)が含まれている。公的部門が有する資産はかくも大きく、それゆえ資本リサイクルが資産市場にもたらす影響はきわめて大きいものがある。
そんななか当面の具体的プロジェクトとして、大阪市の水道事業コンセッションと地下鉄の民営化が注目される。しかし、議会の反対は強いという。浜松市も、水道事業のコンセッションを検討している。こうしたプロジェクトを実現することができれば、企業の成長戦略と資産市場の活性化の双方に大きく貢献するだろう。
これとの関連で残念なのは、もっとも大きな資本を有する東京都が動かないことだ。東京都は、じつに巨額の優良不動産を所有している。海外の投資家から見れば、東京は宝の山だという。しかし、これら優良な不動産を、公的部門が取り込んで非効率に運用し、そこに天下りなどの利権が発生している。仙台空港と同様、羽田空港のコンセッションも真剣に検討されてよい。東京の地下鉄や水道をコンセッションにかければ、金融市場も一気に活性化する。東京を真の国際金融センターにする一つの近道は、都や国がもっている優良な資産(所有権や運営権)を、民間に売却し有効に使わせることである。そうすれば、2020年のオリンピック・パラリンピックの景色も、一気に変わることになるだろう。
残る難問は社会保障改革
新たな段階の経済政策「ネオ・アベノミクス」を語るとき、どうしても避けて通れないのが、社会保障改革だ。現行制度の下、社会保障関係費は毎年1兆円のペースで増加している。いまのままの制度を続けたら、消費税率をたとえ30%以上にしても財政健全化ができないことが、専門家の試算によっても明らかになっている。安倍政権は、ここまでのところもっぱらデフレ克服、成長力強化に注力し、社会保障改革がそれほど大きな話題になることはなかった。この優先順位、つまり経済成長を優先させるという手順は正しい。そんななか、7月17日に新たに設置された「社会保障制度改革推進会議」が初会合を開き、社会保障の改革論議がスタートした。しかし正直なところ、重要問題であるにもかかわらず、非常に「静かなスタート」という印象だ。
現状の社会保障論議のベースは、民主党政権下でのものを引き継いでおり、これまでのところ本格的な改革には至っていない。そこで昨年末に決定されたのが、「社会保障改革プログラム法」である。これは、いわば社会保障改革の行程表にあたる。そのなかに、改革を議論するための有識者会議の設置が規定されている。それが今回、初会合を開いたのだ。
前政権で設けられた社会保障制度改革国民会議で決められた点、たとえば医療に関し70~74歳の自己負担を現行1割から2割に増やす、などは当然に実施されねばならない。しかし問題の深刻さを考えると、とてもそれで十分とはいえない。新しい社会保障制度改革推進会議では、年金支給開始年齢を大幅に引き上げることや、一定以上の所得のある高齢者に対し年金を支払わないといった抜本改革が求められる。若い世代の社会保障を拡充することも、重要だ。
しかし、こうした改革には、大きな反対があるだろう。したがって、改革を進めるには、従来とは異なる強力な推進力が必要だ。たとえば総理官邸で新しい組織をつくるとか、新しい担当大臣を置くとか、強い専門家機関を設置するとか、「Something New」が必要なのだ。思い切って、この面で特区を活用する方法も考えられてよい。しかし今回の議論の進め方は、従来の路線の延長であり、会議のメンバーも大きな入れ替えは見られていない。この推進会議は、医療・社会福祉の既得権益を打破するような尖った改革論議をし、目立った存在になることができるのか?
推進会議の議論はきわめて重要であるにもかかわらず、これがメディアへの露出度もさほど高くなく「静かに始まった」背景には、こうした懸念があるのだろう。
2020年という好機を活かせ
ここまで一定の成果を挙げてきたアベノミクスには、いま「大状況的」変化を生み出せるような、新しい段階への進化が求められている。本稿の最後に指摘したいのは、それでもいま日本は2020年のオリンピック・パラリンピック開催を控え、大きなチャンスを迎えているという点だ。ちょうど50年前に、東京オリンピックが開催された。これまでの五輪に関する経済実証研究からも明らかなように、五輪開催によって経済は活性化の大きなチャンスを迎える。これは施設工事などによる直接的な効果を超えて、五輪という特別なイベントを契機に国内改革の面で思い切った政策が進めやすくなる、ということを意味している。たとえば日本では、公共目的のための土地収用法がありながら、これが政治的配慮からほとんど使えない状況が続いてきた。しかし50年前のオリンピック時に道路のために初めてこれが適用された。結果的に、いまの環状7号線ができた。1950年から2006年までの五輪開催国について実証分析したアメリカの研究事例でも、多数の訪問客を受け入れる開催国は、五輪をきっかけに多くの国内改革を進めたことが明らかにされている。50年前の日本でも、五輪をきっかけに新しいライフ・スタイル、ビジネスモデルそしてテクノロジーが発達したことが知られている(竹中平蔵編著『日本経済2020年という大チャンス!』〈アスコム、2014年〉を参照)。
しかし、こうしたチャンスは、決して天から降ってくるものではない。このチャンスを活かすという、強い決意と計画が要る。現状で五輪組織委員会はできているが、これはあくまで五輪というイベントを推進する組織だ。これに併せて日本の経済社会をどう改革するかを議論する、全政府的な組織が必要になろう。現状ではまだ、2020年のチャンスを活かす体制が整っているとはいえない。加えて上に述べたように、思い切ったスケールの大きい三つの改革が必要なのだ。『エコノミスト』誌はアベノミクスを「千本の針を打ち込んだ」と評価したが、そこに留まらず次の一手として、いま「三本の杭」を打ち込むことが期待される。
まずエネルギー政策の見直しに関しては、ここまで安倍政権を支えてきた経済産業省に杭を打ち込むことを意味する。資産のリサイクルに関しては、資産を非効率に抱え込む東京など地方自治体と、関連する省庁(国土交通省や財務省)に杭を打ち込むことになる。そして社会保障改革は、いうまでもなく厚生労働省への杭だ。
ある会議で小泉進次郎大臣政務官(内閣府)は、「2020年までの日本経済はそれなりの熱気で運営されるだろう。しかし2020年を過ぎると、見たくない現実がすべて見えてくる」と述べた。見たくない現実――人口減少による集落の消滅、財政の危機的な悪化、介護難民の増加、貧困の拡大、経済の活力の一層の低下、などだ。だからこそ、2020年までのこのチャンスを活かして、思い切った経済活性化を断行しなければならない。そのためにいま、三本の杭を打ち込まなければならないのだ。長期政権が期待できる安倍内閣だからこそ、やらねばならない改革だ。今回の内閣改造は、それを実現するための体制づくりとなっているか。そうでなければ、三本の「杭」は後世の「悔い」になる。
竹中平蔵(たけなかへいぞう) 慶應義塾大学教授
1951年、和歌山県生まれ。73年、一橋大学経済学部卒。2001年、経済財政担当大臣に就任。以後、金融担当大臣、総務大臣などを歴任する。13年、安倍政権で産業競争力会議有識者委員に就任。博士(経済学)。著書に『竹中流「世界人」のススメ』(PHPビジネス新書)ほか多数。