例えば、今春から所得の低い65歳以上の高齢者に配られる「臨時福祉給付金」は、予算額およそ3600億円。これで1250万人に一律3万円を支給できるというのだから、柳井氏が持つ2兆3000億円のうち、何分の1かだけでも召し上げて国民のために使うことができたなら、救われる人もいそうなものだ。
カネを転がすだけの人たち
とはいえ、相続で億万長者になった富豪ならまだしも、柳井氏のように、自らの才覚で富を築いた人物からウン千億円も巻き上げるのは、少し理不尽な気もする。日本の格差研究の第一人者で、京都大学名誉教授の橘木俊詔氏が指摘する。
「私は、自力で成功した経営者は世の中に貢献しているから、たくさんもらう資格があると思います。彼らは大きな会社を作り、何万人という雇用を生んでいますからね。
ただ、日本では所得税の最高税率が下がり続けています。30年前は最高で70%取られていたのが、今は45%。金持ちが税金を払うことを嫌がり、政府も彼らの言い分を認めているのです。
海外の富豪のように寄付をするなど、儲けた分だけ社会に還元するという文化が根付いていないことが、日本の金持ちの最大の問題点でしょう」
いつからか、日本人の間でも常識となった「自己責任」という考え方。これはつまり、「オレが手に入れたカネは、オレの才能のおかげだから、独占して当然だ」という論理の裏返しである。
しかし、どんな億万長者も、その事業にカネを払ってくれる庶民がいるから暮らしてゆける。それに、汗水流して働かず、他人のカネを転がして大金を得ているような人々は、本当に世の中を豊かにしていると言えるのか。格差・貧困研究が専門で、昨年度のノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートン氏も言う。
「大富豪といえども、全員が自分の力だけで地位を築いたわけでは決してありません。たまたま金持ちの家に生まれた人もいる。単に運がよかっただけの人もいる。逆に、彼らに劣らぬ才能を持っていたのに、環境やチャンスに恵まれなかったために、消えていった人もたくさんいます。
このまま格差が拡大し続け、すでに地位を得た富裕層だけが世の中のルールを作るようになるのは、非常に危険です」
ごく少数の人々が、圧倒的な富と力を独占している——世界を覆うテロの恐怖も、そんな庶民の怒りが形を変えて噴出したものだとも言える。
少なくとも、この「異常な社会」がまだまだ続くことは、目の背けようのない事実である。
「週刊現代」2016年2月27日号より
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