宇宙兄弟

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《第18回》宇宙人生ーNASA技術者の日常 〜平日編〜

ポチ弐號機

《第18回》NASA技術者の日常〜平日編〜
今日も朝起きて、仕事へ向かいます。平日は働きづくめ、もしかしたら今日は遅くなるかもしれません。
ーー​だけどそこが太陽が照りつける南カルフォルニアの、NASAジェット推進研究所だったら…? 宇宙開発の最先端で働いていたら…?

今回の「宇宙人生」はNASAで働く小野雅裕さんの”日常”について。
​なかなか知ることのできない、NASAのひとたちの働き方とは? NASA職員流、仕事の効率をあげるコツとは? 小野さんの解説と一緒に、お楽しみください!

携帯電話のアラームがピロピロピロと鳴ると、暫しの現実逃避の後に起き上がり、眠ったままの頭で朝食を準備します。献立は渡米して以来10年ほぼ毎日同じ、ごはんとみそ汁と納豆とカフェラテ。食べて頭のエンジンがかかったら、僕という戦うボディをタイトでもないジーンズにねじ込んで(古いかな?)、アパートの地下のガレージに降り、車のエンジンをかけます。愛車はホンダのフィット、名前はポチ。妻が犬嫌いで飼わせてくれないので、仕方なく車に犬の名前をつけて我慢しているのです。

ガレージを出ると、毎日毎日晴れ続けるので有り難みを忘れてしまった南カリフォルニアの青空が今日も広がっています。高速道路を時速70マイルで飛ばして向かう先はNASAジェット推進研究所。走りながら今日の予定をおさらいします。火星2020年ローバーのレビューの準備をして、エウロパ探査関係のプロポーザルを書いて、そのプロポーザルの売り込みのためにエウロパ着陸機の検討をしているエンジニアと会って…。今日も忙しくなるぞ。意気込みがアクセルを踏む足に伝わり、ポチのスピードが更にあがります。

勤務時間
決まった始業時間や終業時間はありません。朝礼もありません。コアタイムも、タイムカードも、もちろん朝のラジオ体操もありません。職員はそれぞれの都合で勝手な時間に来て勝手な時間に帰ります。僕はだいたい8時か9時に出勤し、帰りは6時か7時。多くの人はもっと朝型で、渋滞を避けるために朝5時半に来て3時半に帰る、なんていう人もいます。

火星時間で働く人もいたりします。火星の1日は24時間40分で、地球よりも少しだけ長い。火星ローバーが着陸した直後は、運用担当の人は火星現地時間に合わせて仕事をするのです。だから毎日の始業時間、終業時間が40分ずつ遅くなっていきます。大変かと思われるかもしれませんが、毎日40分ずつ寝坊できると思えば、悪くないのかもしれません。逆に、将来、火星生まれの子が地球に留学に来たら、きっと遅刻魔になることでしょう。

とはいえ、ずっと火星時間勤務では家族との時間が持てませんから、しばらくすると運用は地球時間に戻されます。

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仕事が終わったらみんなさっさと帰ります。仕事が終わっていなくても毅然と帰ります。(これはさすがにどうかと僕は思いますが…。)夕方は家族の時間だからです。

仕事の飲み会は滅多にありません。たまにあっても、バーに5時に集まって7時には解散します。夕食は家族で食べるものだからです。飲み会に夫や妻、ボーイフレンドやガールフレンドを連れてくることも珍しくありません。

僕は自分の職場での働き方と比較して、日本企業のやり方は後進的だとか、家族より仕事優先なのはおかしい、などと一方的に偉そうな判断をするつもりはありません。それぞれ良い面、悪い面があると思います。

僕の職場の働き方で好きな点は、仕事とは直接関係ない時間の束縛が少ないことです。朝礼で上司のありがたい訓示を拝聴するよりも仕事を前に進めたい。上司より先に帰っては気まずい、終業時間まで机に座っていなくてはいけない、そんな本質的ではない理由でオフィスに居残り、上司を横目でチラチラを見ながらネットサーフィンしているくらいならば、さっさと家に帰って家族との団らんを楽しみたい。僕はそう思います。

しかし一方で、ベンチャー企業などと比べると、スピード感の不足を不満に思うことはあります。たとえ締め切りに間に合わなくても、自分は週に40時間ちゃんと頑張ったのだから仕方ない、という風な言い訳が許容される雰囲気があります。もちろんそれは被雇用者の権利ですから責めることはできません。でも僕はやはり日本人ですから、人間やる時はやらなくてはいけないんだ、という精神論を振りかざしたい気持ちにも駆られます。

そうはいっても、もちろん言い訳をするような人は一部です。多くの人は夕食後や週末に家で仕事に勤しんでいますし、やる時にはやります。そしてできる人ほど言い訳をしません。それは日本もアメリカも同じだと思います。

通勤
約5千人の職員の大半が自動車通勤。究極の非エコです。最寄の駅まで7kmもありますし、ロサンゼルスの鉄道網は非常に残念で、車の3倍の時間がかかるので誰も使いません。バスは一応走っていますが30分に1本しかありませんし、終バスは7時頃。電車もバスもまともに走らせられない国なのに、宇宙船はちゃんと飛ばせるのだから、まったく不思議なものです。

JPLの中
JPLの中は大学のキャンパスのようで、広い敷地にビルが点在しています。建物と建物の間には、芝生の広場や、スターバックスのコーヒースタンドや、渇水のせいで単なるコンクリートの囲いと化した噴水があります。

夕方になると鹿が山から下りてきて構内を徘徊します。ごく稀に熊やマウンテン・ライオンが出現します。そんな時には職員全員に、万が一危険な動物に出会ってしまった場合の対処方法が書かれたメールが流れます。曰く、マウンテン・ライオンに会ったら逃げてはだめで、襲われたら戦わなくてはいけないそうな。肝心の、どうやって戦うのかについては、メールには書かれていませんでした。
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オフィス
日本語で「オフィス」とは職場という意味で用いられますが、英語だと仕事部屋の意味です。僕のオフィスは二人部屋。日本の職場のように、大部屋に机を並べるということはありません。新入りは大部屋ですが、ひとつひとつの机が背丈よりも高いパーテーションで仕切られています。(キュービクルと呼びます。)

オフィスの配置もなかなか自由です。課(グループ)ごとにオフィスがまとまっているということはありません。僕のオフィスは上司(課長)のオフィスからだいぶ離れているので、一度も顔を合わせない日も珍しくありません。だからJPLでは、「○○部××課はどこですか」と聞くのは無意味です。誰かのオフィスに行く時は、オンラインの職員名簿を検索して、ビル番号と部屋番号を調べます。
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服装
アメリカで最もカジュアルなカリフォルニアの、それも研究開発職ですから、服装は自由の極み。裸や水着でなければ大概何でもOKです。Tシャツに短パンの人もざらにいます。ネクタイをした職員の数は、構内を歩く鹿の数よりも確実に少ないでしょう。

僕は平均的なカジュアルさでしょうか。だいたいジーンズに襟付きの何かを着ていきます。偉い人とのミーティングがある時は、破れていないジーンズを選び、サンダルではなく靴を履いて出勤します。最近は下駄にはまっていて、時々下駄出勤します。カランコロンとよく響く音を立てるので、通りすがりに「クールなサンダルだね」などと声をかけてくれる人もいます。

ミーティング
ミーティングは大抵1時間。それより長いことは殆どありません。議論が終わっていなくても時間が来たら強制終了します。

ミーティングはOutlookのカレンダー機能を使ってスケジュールします。自分より2段階、3段階偉い人とでも、大抵は秘書を通す必要はありません。直接Outlookで相手のカレンダーを閲覧し、ミーティングのリクエストを直接送ります。

僕のように複数のプロジェクトを掛け持ちしていると、ミーティングの数は多くなります。毎日いくつもミーティングがあっては、仕事がいちいち中断するので捗りません。そこで僕は殆ど全てのミーティングを火曜日と木曜日に集め、月水金は仕事に集中する日にしています。Outlookのカレンダーも月水金はブロックしておいて、他の人からミーティングをリクエストされないようにしています。
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働き方
僕の専門はアルゴリズムなので、ミーティング以外の時間の殆どはパソコンの前で過ごします。

僕はお世辞にも効率的とはいえません。集中している時の集中力は自信がありますが、集中力が切れた時の捗らなさ具合といったらひどいものです。しかし最近はだんだんと、自分の集中力の制御方法がわかってきました。コツは、仕事の種類に応じて、時間と場所とBGMを変えることです。

僕の仕事は①考える、②読む、③書く、④手を動かす(プログラミングなど)の4種類があります。

考える仕事と読む仕事は、一番頭がフレッシュな朝に限ります。BGMは要りません。捗らない時は屋外に出ます。良いアイデアはたいてい、散歩中に降ってきます。ですから、僕はよく勤務時間の真っ只中にコーヒーカップを片手にブラブラと散歩していますが、決して怠けているのではありません。大真面目に働いているのです!

書く仕事は昼です。クラシック・ピアノかギターが心地よい音量で流れているのが一番捗ります。やはり捗らない時は外に行きます。枯れた噴水の脇のテーブルが僕のお気に入りの場所です。

手を動かす仕事は夕方以降。BGMはロックに限ります。オフィス・メイトはたいてい4時には帰るので、スピーカーからX Japanをズドズドズドと鳴らし、体を縦に揺らしながら、東京ドームの屋根をぶち破ってしまう勢いで作業します。
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アフター7
僕の妻は何時に帰ってこいとうるさく言うことはありません。しかし腹が減ると機嫌が悪くなるので、7時頃には帰宅するようにしています。

よく食べよく喋る妻は、食事と、僕に話すことを、たっぷり準備して待っていてくれます。ダイニング・テーブルに向き合って座り、大量の夕食を一緒に食べながら、彼女がその日にあった全ての出来事を時系列に話すのを聞きます。たっぷり食べ、たっぷり喋ると、妻はニコニコご機嫌になります。そしてソファーにどっかりと座り、テレビを観たり、週末の予定を話したりします。

一服した後、僕はベッド・ルームにある仕事机に座り、パソコンを起動して、仕事の続きを始めます。残念ながらX Japanは妻のお気に召さないので、BGMは洋楽やミュージカルのサウンドトラック。妻が寝たら、背後から聞こえる寝息がBGMになります。僕もしばらくしてベッドに横になり、まだ眠くない時は携帯電話のライトで読書をします。やがて本が自分の顔の上に落ちてくると、アラームをセットして、ライトを消し、宇宙と同じ闇の世界に身を委ねます。

(イラスト・ちく和ぶこんぶ)

***

〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。

本連載はこの作品の続きとなるJPLでの宇宙開発の日常が描かれています。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。

■「宇宙人生」バックナンバー
第1回:待ちに待った夢の舞台
第2回:JPL内でのプチ失業
第3回:宇宙でヒッチハイク?
第4回:研究費獲得コンテスト
第5回:祖父と祖母と僕
第6回:狭いオフィスと宇宙を繋ぐアルゴリズム
第7回:歴史的偉人との遭遇
第8回<エリコ編1>:銀河最大の謎 妻エリコ
第9回<エリコ編2>:僕の妄想と嬉しき誤算
第10回<エリコ編3>:僕はずっと待っていた。妄想が完結するその時まで…
《号外》史上初!ついに冥王星に到着!!NASA技術者が語る探査機ニューホライズンズへの期待
第11回<前編>:宇宙でエッチ
第11回<後編>:宇宙でエッチ
《号外》火星に生命は存在したのか?世界が議論する!探査ローバーの着陸地は?
第12回<前編>:宇宙人はいるのか? 「いないほうがおかしい!」と思う観測的根拠
第12回<中編>:宇宙人はいるのか? ヒマワリ型衛星で地球外生命の証拠を探せ!
第12回<後編>:宇宙人はいるのか? NASAが本気で地球外生命を探すわけ
第13回:堀北真希は本当に実在するのか?アポロ捏造説の形而上学
《号外》火星の水を地球の菌で汚してしまうリスク
第14回:NASA技術者が読む『宇宙兄弟』
第15回:NASA技術者が読む『下町ロケット』~技術へのこだわりは賢か愚か?
第16回:NASAの技術者が観る『スター・ウォーズ』〜宇宙に実在するスター・ウォーズの世界〜
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