どのように集団的自衛権をめぐる憲法解釈を変更したのか。内閣法制局は内部検討資料があるのに国会への開示を拒んでいる。憲法上の重大問題だけに、解釈変更のプロセスは明らかにすべきだ。
日本は相手から攻撃を受けていないのに、武力で同盟関係にある他国を守る−。簡単に言えば集団的自衛権はそう説明できる。政府は従来一貫して、この行使は認められないとしてきた。
有名なのは一九七二年の政府見解だ。ここでは、自衛の措置をとることはできるが、平和主義を基本原則とする憲法が無制限にそれを認めているとは解されないこと。さらに集団的自衛権の行使は憲法上、許されないことをはっきりと明言している。
むろん、「憲法の番人」といわれる歴代の内閣法制局長官もこの見解を踏襲している。国民に対しての約束事であり、国際社会に対する約束事であったはずだ。
ところが、一昨年七月に安倍晋三内閣がその約束事をひっくり返し、集団的自衛権の行使容認を閣議決定してしまった。「専守防衛」という防衛政策を根底から覆すとともに、多数の憲法学者から「憲法九条に反する」という声が上がった。立憲主義が破壊されたという指摘も多かった。
閣議決定に至って当然、内閣法制局内部でも検討があったはずだが、これまで同局では内部検討の経緯を示した資料を公文書として残していないとしてきた。公文書として保存しているのは、首相の私的諮問機関の資料や与党協議会の資料、閣議決定原案の三種類だけと思われていた。
しかし、横畠裕介長官は国会で、内部検討資料とみられるデータが存在することを認めた。国会審議に備えた想定問答の作成途中のものだと考えられている。法制局が使うサーバー内に保存されているようだ。
それならば、国会に対して開示すべきではないか。公文書管理法が定める行政文書にあたらないと判断しているらしいが、そもそも同法は行政の意思決定のプロセスを外部からチェックできる趣旨でつくられている。後の歴史検証にとっても不可欠である。
この閣議決定は憲法改正に等しい事態だった。それを受けた安全保障関連法も憲法違反の疑いが濃厚で、野党から廃止法案が出ている。国会に提示すべき文書といえよう。内閣法制局が重要文書の開示を拒み続けるのは、国民の「知る権利」の侵害と同じだ。
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