家族による高齢者への虐待と判断された事例が、昨年度、1万5739件(厚生労働省)に達した。

 自治体への相談や通報の件数でみても、9割以上が家族介護のケースだ。家族による介護が多いこともあって、施設職員による虐待を大きく上回る。しかもこうした数字は、あくまで通報などがあったものに限られる。実態はより深刻とみるべきだろう。

 虐待が高齢者の尊厳と安全・安心を冒す許されない行為であることは言うまでもない。だが、虐待を生む背景や家族の状況に目を向けなければ、虐待をなくすことはできない。特に介護する側が孤立してストレスなどを抱えやすくなっていることは見過ごせない。

 家庭で起きた虐待の半分近くは高齢者と介護する人の2人暮らしだ。1人で抱え込む状況が「介護疲れ」や「介護うつ」のリスクを高めてはいないか。

 また、虐待の加害者は4割が息子、2割が夫と、男性が多いのも特徴だ。男性の場合、家事などに不慣れだったり地域とのつながりが薄かったりして、孤立してストレスを抱えやすいとも言われる。

 介護のために仕事をやめる人も10万人にのぼる。生活苦が重なり、精神的に追い詰められていくケースも少なくない。

 こうした人たちを孤立させない取り組みに、何とか知恵を絞れないか。

 例えば老老介護の高齢者世帯などには民生委員や地域のボランティアによる見守りもあるだろうが、息子と2人暮らしの高齢者の家庭などもその対象に加えてはどうか。

 同じように家族の介護をしている人たちが、体験を話し合ったり情報交換をしたりする場を作ることも、孤立を防ぐのに役立つだろう。

 また、家族による虐待では認知症の人が被害者になるケースが目立つ。そこには、認知症に対する知識の不足という問題もある。

 例えば、問題行動とされる認知症の人の言動は、不安の表れなど原因はさまざまだ。それを意に反して無理やり抑えつけようとすると、かえって状況を悪くしてしまうことがある。

 家族にとっては、これまでと異なる言動に対して様々な感情が生じてしまうこともあろう。そんな時、認知症の人への接し方を知っていれば、虐待に至るような事態は避けられるのではないか。

 支援を必要としているのは介護を受ける人だけではない。