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Think outside the box

Unus pro omnibus, omnes pro uno

黒田日本銀行総裁のリフレ派ロジック放棄答弁

金融

本日(23日)の衆議院財務金融委員会で、日本銀行の黒田総裁が驚きの答弁をしました。*1

www.bloomberg.co.jp

衆院財務金融委員会で黒田総裁は23日、「マネタリーベースの動きと期待インフレ率は相関関係があるという研究もあるし、そうでもないという研究もある」と指摘。「マネタリーベースそのもので直ちに物価、あるいは予想物価上昇率が上がっていくということではなくて、全体としての量的・質的緩和の下で需給ギャップも縮み、予想物価上昇率も上がっていく中で物価が上昇していくことを狙ったものだ」と述べた。*2

blogos.com

岩田副総裁に代表されるいわゆる「リフレ派」の「マネタリーベースの増加が予想インフレ率を引き上げる」が放棄されたということでしょう。

リフレ派の理論を改めて確認してみます。

日本経済再生 まずデフレをとめよ

日本経済再生 まずデフレをとめよ

岩田規久男

過去の歴史的事例を見ると、金融政策をはっきりとリフレ政策にレジーム転換すれば、1年から遅くても2年以内にデフレから脱却できると考えられる。 

デフレから脱却して穏やかなインフレに移行するには、まず、日銀がインフレ目標の実現に強くコミットした上で、大量のマネタリー・ベース(日本銀行当座預金と現金)あるいはマネタリー・ベースの一部である日銀当座預金を大量に供給することが必要である。

金融政策によってデフレからの脱却を考える上で最も重要なことは、「銀行の貸出が増えることは、現在のデフレ不況から脱却するうえで必要ではない」ということである。

安達誠司

日銀擁護派が想定するようなポートフォリオバランス効果はそもそもデフレ脱却には必要がない

量的緩和で重要なのは、「名目」長期金利を低下させることではなく、「実質」長期金利を低下させることである。そして、「実質」長期金利を低下させるためには、予想インフレ率を上昇させることが必要である。

高橋洋一

日本経済のデフレに対して、インフレ目標政策は有効である。具体的には、通貨発行益を考慮すると日銀が国債を買えば必ず物価は上がる

アベノミクス大論争 (文春新書)

アベノミクス大論争 (文春新書)

岩田規久男

市場が「日銀はやる気だ」と思えば、2%の物価上昇に必要なマネタリーベースは150兆円程度と試算される。しかし、市場が通常の日銀の政策レジームが続くと予想されれば、176兆円程度が必要になる。

2013年4月4日の量的・質的金融緩和導入決定から3年近くが経過した現在、マネタリーベースは350兆円超、日銀当座預金だけでも260兆円弱になっています。 

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リフレ派の代表的論者の主張にも変化が見られます。主なところをBefore→Afterで比較すると、

  • 超過準備を積み上げることに「期待に働きかける」意味がある→銀行が超過準備を積み上げるから効果が上がらない(超過準備を減らすべき)
  • 銀行貸出の増加は必要ない→銀行が貸出を増やさないから実体経済に効果が波及しない(→超過準備への付利+0.1%を撤廃せよ)
  • 予想インフレ率の上昇によって実質金利が下がる→名目金利の低下によって実質金利が下がる

日銀当座預金の新規増加分へのマイナス金利適用は、国債イールドカーブを全体的に引き下げることが狙いでした。名目金利低下による実質金利低下です。

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"Before"の主張に同調しない人たちに対して「バカ」「頭が悪い」などと罵倒・愚弄・嘲笑を繰り返していたリフレ派のシンパたちは、今度は黒田総裁に対しても断固として「総括」を要求するべきでしょう。*3

リチャード・クーは「超過準備が25兆円で効果が無ければ50兆円、100兆円と増やせ」と主張するであろうエコノミストのことを、投薬量を増やし続ける医師に例え、"any normal human being"であれば誤診と判断するだろうと述べていました。

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from JapanÂs Great Recession

The Holy Grail of Macroeconomics: Lessons from JapanÂs Great Recession

Even though quantitative easing failed to produce the expected results, the belief that monetary policy is always effective persists among economists in Japan and elsewhere. To these economists, quantity easing did not fail: it simply was not tried hard enough. According to this view, if boosting the excess reserves of commercial banks to ¥25 trillion has no effect, then we should try injecting ¥50 trillion, or ¥100 trillion.

At the risk of belaboring the obvious, imagine a patient in the hospital who takes a drug prescribed by her doctor, but does not react as the doctor expected, and, more importantly, does not get better. When she reports back to the doctor, he tells her to double the dosage. But this does not help, either. So he orders her to take four times, eight times, and finally a hundred times the original dosage. All to no avail. Under these circumstances, any normal human being would come to the conclusion that the doctor's original diagnosis was wrong, and that the patient suffered from a different disease.*4 

超過準備は100兆円どころか230兆円を超えています。

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参考 

岩田さんと黒田さんとスティグリッツさんの話

逆に、消費税引き上げのために景気が挫折してしまうことを防ぐために、かえって金融緩和を拡大すると予想できます。

今でも私は消費税引き上げはやめた方がいいと断固言い続けますけど、しかし、岩田さんのこの論文を読んで、現実問題として景気挫折の可能性は消えたと思いました。

断言しましょう。大変な好景気がやってきます。バブルを知らない若い世代は、これを見てビビって目を回すでしょう。

次の総選挙は、消費税引き上げ後の多少の混乱を乗り越えたあとの、絶好調の好景気の中で迎えることになります。 

日銀人事案が出た当初リフレ派界隈では、財務官僚出身であることをもって、黒田さんには懐疑的である雰囲気もありました。みんなの党は反対しましたし。

しかしそれは見くびっていた。黒田さんは本気ですよ。十年前からの筋金入りでした。 

totb.hatenablog.com

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*1:質問した玉木議員も「今の答弁ちょっと驚きなんですけどね」とのことです。やり取りはすべてインターネットの「衆議院TV」で見ることができます。

*2:強調は引用者、以下同。

*3:紅衛兵劉少奇

*4:下線は引用者