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がんばる小学生

がんばる小学生と家族の珍道中ブログ

いい授業をしてるのに価値をわかってもらえない?

親-思うこと
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まわりの先生から「あれっ、授業うまくなったね」と言われる本。

つい先日、学校が主催する「年度末報告会」に、役員代理として出席してきました。1年間の学校運営について各部署・各学年ごとにプレゼンしていくんだけれど、ここ数年は時間がかなり押してしまい、十分な質疑応答の時間がとれないのが現状。

今年も結局残り時間の関係で質問数0で終わってしまいました。あれね、「時間がもうあまりないのですが…何かご質問・ご意見等ありますでしょうか」って言っちゃだめだと思う。そう言われると質問したくても「するな」と言われているようで一瞬ためらってしまうし、そうしているうちに「じゃあ、これで終わります」となってしまう。ぐずぐずしなければいいんだろうけど、むしろ質問させない作戦なんじゃないの?と思ってしまいます。

そんな年度末報告会の報告の中で1つ、とても気になったことがありました。

ある先生がこんな報告をされたんです。

わたしたちは研究授業(授業研究?どっちだったかな)を重ねていくなかで、結構「いい授業ができたなぁ」と思うことがあるんですが、それをあまり子供たちがわかってくれないなぁと思うことがあるんですよ。「君たちあんまりわかっていないようだけど、今の結構いい授業だったんだよ!」って言いたくなる時があるんです。もちろん、子供たちに伝わるようなやり方ができていないのはわたしの未熟なところなんですけれども。

最後の部分がなかったら突っ込みたいところだった…。先生が笑いながら話していたせいか、お母さん方からもどっと笑いが起きたけれど、わたしはどこで笑えばいいのかわからず困ってしまいました。

わたしは学校の先生じゃないからわかっていないだけかもしれませんが、「いい授業」っていうものがあるとして、それは子供たちにとって有意義な学びができた、満足度が高い学びだったというような授業のことを指すのではないかと思うんです。

決して、先生の自己満足で評価されるものではないと思う。違う?わたしがまちがってるのかな?

聞いていたお母さんたちのほとんどが、大きくうなずきながら、また笑いながらこの話を聞いていました。例えばこれが何か本題を語る前のユーモアだったというのなら、わたしの頭がかたいだけかもしれないと思えます。

それに、この先生は、このときの先生だから。長男を中傷していたRくんのことを「Rの発言には影響力がないから安心してください」といった先生だから。わたしがユーモアをユーモアと受け取れなかった可能性は否めません。

gambaruko.hatenablog.com

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でも、これで終わりだったんですよ。このあとに真面目な報告は一切なかった。自分の指導力のなさを自虐的に言っているようにもみえなかったし、子供たちはいい授業を受けすぎていて感覚が鈍っているとも言っていたから、やっぱりこれが本心だったのでは?と思います。

そういうわけで、わたしの結論は笑えない!

まとめ

わたしには笑って聞ける気持ちもわからないし、これを堂々と保護者や先生方の前で発表できる気持ちなんて100年たっても理解できない。

どうしてもこの先生とは感覚も考え方も合いそうにないので、なるべく関わりたくないという気持ちだけが募った報告会となりました。

ほかにもいっぱい良い報告があったんだけど、このインパクトに勝てるものはなかった…。



おしまい。

▽ 過去記事

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