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宇宙飛行士 油井さん帰国 「次は船長として」2月23日 17時16分
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国際宇宙ステーションに5か月近く滞在し、今月20日に日本に帰国した宇宙飛行士の油井亀美也さんが東京で記者会見を開き、次は船長として国際宇宙ステーションでの任務に当たりたいとこれからの抱負を述べました。
国際宇宙ステーションに5か月近く滞在し、去年12月11日に地球に帰還した油井亀美也さんは、アメリカやロシアでのリハビリを経て今月20日に日本に帰国し、23日、東京で記者会見に臨みました。
日本の技術力感じた瞬間
この中で油井さんは、日本の技術力の高さを強く感じた瞬間として、去年8月、日本の宇宙輸送船「こうのとり5号機」が宇宙ステーションにドッキングした際、みずからロボットアームで「こうのとり」をキャッチした任務を挙げて、「宇宙開発は難しく、アメリカやロシアで失敗が相次ぎました。そうしたなか、日本の宇宙輸送船『こうのとり』は5回連続で成功し、ロボットアームでキャッチしたときは最も日本の技術力の高さを感じました」と述べました。また、「『こうのとり』が到着し、その中からフルーツが出てきたときには驚きました。日本の技術によって日本の新鮮なフルーツが届けられたということが、とてもうれしかったです」と振り返りました。
ツイッターに込めた思い
油井さんは国際宇宙ステーションに滞在中、ほぼ毎日、ツイッターにメッセージを投稿し、宇宙で感じたことや宇宙での生活の様子を発信しました。
ツイッターには、地球の上空およそ400キロからみずから撮影した写真も頻繁に投稿し、都市の夜景や富士山などの豊かな自然、それにオーロラなどの自然現象と、地球のさまざまな表情を伝えてきました。
油井さんは「宇宙に行って、地球が小さいと感じました。地球にいるときは空気も無尽蔵にあると感じていましたが、宇宙に行くと、宇宙ステーションが90分で1周できるくらい小さく、地球のみんなが協力して、お互いの文化を尊重しなければならないと感じました。ツイッターには私自身が感じたことをすべて書きましたが、それが宇宙開発を理解してもらう近道だと思っています」と述べました。
また、ツイッターには、そのときどきのみずからの心境が率直につづられていましたが、「私は普通のおっさん、中年の男性ですが、一つ一つ地道に努力を積み重ねていけば、今回のような重大な任務を成し遂げられることも知ってもらいたかった」と述べました。
油井さんは去年8月、国際宇宙ステーションから台風15号や16号を撮影し、ツイッターに投稿しました。
油井さんは「宇宙から見た台風は迫力があり、かなり危険だと感じました。あの雲の下にいる日本やアジアの人たちに危険を知らせたいという思いで、できるだけ迫力のある写真を撮りました」と振り返りました。
ツイッターには、地球の上空およそ400キロからみずから撮影した写真も頻繁に投稿し、都市の夜景や富士山などの豊かな自然、それにオーロラなどの自然現象と、地球のさまざまな表情を伝えてきました。
油井さんは「宇宙に行って、地球が小さいと感じました。地球にいるときは空気も無尽蔵にあると感じていましたが、宇宙に行くと、宇宙ステーションが90分で1周できるくらい小さく、地球のみんなが協力して、お互いの文化を尊重しなければならないと感じました。ツイッターには私自身が感じたことをすべて書きましたが、それが宇宙開発を理解してもらう近道だと思っています」と述べました。
また、ツイッターには、そのときどきのみずからの心境が率直につづられていましたが、「私は普通のおっさん、中年の男性ですが、一つ一つ地道に努力を積み重ねていけば、今回のような重大な任務を成し遂げられることも知ってもらいたかった」と述べました。
油井さんは去年8月、国際宇宙ステーションから台風15号や16号を撮影し、ツイッターに投稿しました。
油井さんは「宇宙から見た台風は迫力があり、かなり危険だと感じました。あの雲の下にいる日本やアジアの人たちに危険を知らせたいという思いで、できるだけ迫力のある写真を撮りました」と振り返りました。
父母から働く大切さ学ぶ
油井さんは長野県川上村の出身で、レタス農家で育ちました。
両親への思いについて「父にも他界した母にも感謝しています。朝早くから夜遅くまで両親の手伝いをするなかで、一生懸命働く大切さを学びました。私は、いつも自己紹介で努力と根性が長所だと言っていますが、どちらもそうした農作業の中で学びました」と述べました。
父・※すけ司さんとは、宇宙ステーションに滞在中、何度も電話で連絡を取り合ったほか、今月20日に日本に帰国したあと、さっそくすけ司さんと再会し、抱き合って任務の達成を喜び合ったということです。その際、すけ司さんは「よくやり遂げた」とことばをかけてくれたということです。
※「すけ」は「言」に「甫」
両親への思いについて「父にも他界した母にも感謝しています。朝早くから夜遅くまで両親の手伝いをするなかで、一生懸命働く大切さを学びました。私は、いつも自己紹介で努力と根性が長所だと言っていますが、どちらもそうした農作業の中で学びました」と述べました。
父・※すけ司さんとは、宇宙ステーションに滞在中、何度も電話で連絡を取り合ったほか、今月20日に日本に帰国したあと、さっそくすけ司さんと再会し、抱き合って任務の達成を喜び合ったということです。その際、すけ司さんは「よくやり遂げた」とことばをかけてくれたということです。
※「すけ」は「言」に「甫」
次は船長として宇宙に
今後の目標について、油井さんは「コマンダーとして飛びたい」と述べ、次は船長として国際宇宙ステーションでの任務に当たりたいという抱負を述べました。
船長を目指す理由について、油井さんは「宇宙ステーションではコミュニケーションが重要で、それをうまくやることで全体としてのチームの一体感が生まれる。私がうまくアメリカとロシアの間を取り持てるようになることで、日本の存在感を増していけるようにしたい」と述べました。
船長を目指す理由について、油井さんは「宇宙ステーションではコミュニケーションが重要で、それをうまくやることで全体としてのチームの一体感が生まれる。私がうまくアメリカとロシアの間を取り持てるようになることで、日本の存在感を増していけるようにしたい」と述べました。
当面は大西飛行士の支援に
油井さんは「次の私の宇宙へのフライトがいつになるかは分からない」としたうえで、今後の目標に向けて、これからどのようなことに取り組むかについて、「私の名前には『亀』という文字が入っていますが、今やらなければならないことに一生懸命に取り組むことが大事だと思っています。まずは、次に宇宙に行く大西さんを支えることです」と述べ、ことし6月ごろから国際宇宙ステーションでの長期滞在が予定されている日本人11人目の宇宙飛行士、大西卓哉さんの支援に努めたいという考えを示しました。
次の宇宙船開発に意欲
油井さんはことし4月から、活動の拠点をこれまでのアメリカから日本の筑波宇宙センターに移します。
油井さんは筑波宇宙センターでは、日本の宇宙輸送船「こうのとり」の後継機の開発に貢献できるような仕事がしたいと意欲を見せ、「実際に宇宙で『こういう機能があればいい』と感じたことがあるので、そうしたことを生かせるようにしていきたい」と述べました。
さらに油井さんは、今後の宇宙探査について「火星探査は予算がとても大きくなるので、国際的に協力できるかだと思う。国どうしが一つになっていくという決心、情熱というものを、それぞれの国が持てるかだと思う」とみずからの考えを述べました。
油井さんは筑波宇宙センターでは、日本の宇宙輸送船「こうのとり」の後継機の開発に貢献できるような仕事がしたいと意欲を見せ、「実際に宇宙で『こういう機能があればいい』と感じたことがあるので、そうしたことを生かせるようにしていきたい」と述べました。
さらに油井さんは、今後の宇宙探査について「火星探査は予算がとても大きくなるので、国際的に協力できるかだと思う。国どうしが一つになっていくという決心、情熱というものを、それぞれの国が持てるかだと思う」とみずからの考えを述べました。
油井さんは来月にかけて日本に滞在し、全国各地で宇宙での長期滞在について報告会を開く予定で、来月19日には出身地の長野県川上村でも報告会が予定されています。