咽かえるような血の匂い。
嗅ぎ慣れたその匂いは死を意味していて、ライダーは横たわる血に塗れた塊に
そっと美しい指を伸ばした。
半身が千切れたそこから脊髄が奇妙に突き出し、その周りを内臓が囲む中、飛び出して
引き摺られるように地面を汚す腸が音も無く千切れ落ちた。
喉鳴りの様に掠れた空気の音が血の気の失せた唇から漏れ出しているが、
ソレは空気ではなく言葉の出来そこないであるのが、酸欠の金魚の様にパクパクと
動く様から想像できた。
死はその抗えない圧倒的な存在感を持って間桐の背中を支えているようだ。
そう、凛は思った。
凛はこの男が大嫌いだった。
自己中心的で思いやりが無く、思い通りにならないと暴力で言う事を聞かせようとする
子供のような精神しか持ち得ない、力の無い暴君の影だと思っていた。
実際、間桐の所に養女に出た桜を暴力で押さえつけていたのは事実で、凛はその度に慎二を
痛い目に合わせてきたのだが、それでも慎二は執拗に桜を嗜虐した。
殺そうと思った事もあった。
それが人道から外れていると十分理解していたけれど、凛は人間の法律に触れる事無く人一人
この世から消し去る事など容易い事だったが、ソレをするにはたとえ相手が慎二でも
気持ちよい事では無かった。なにより、アーチャーに慎二の命を与える事を良しとも思えず、
アーチャーも凛もこの方法を心底厭わしんだ。
それでも、桜の暴行の跡を確認するたびにその気持ちが湧き上がらないのかといえば、それは
嘘にはなったが。
凛には慎二の気持ちは分からなかった。
きっと、今でも分からないだろう。
目の前で死にかけている慎二を見ても、凛にはこの男の今まで生きてきた道を見出す事は
無理だと悟った。
「もうすぐこの男は死ぬ。止めを刺すかね?凛」
不意に頭上から聞こえた声に、凛は身を強張らせた。低い声は生来のものであっても、
些か低すぎると凛は後ろを振り向いて赤い目を追った。
「死までの僅かな時間を苦しみながら生き長らえさせるのか、慈悲深く首を跳ねて
即死させてやるか。選ぶのは君だ」
現実に凛は頭が痛くなってきた。人殺しをする戦いだという事を、今始めて理解した気がした
からだった。頭では十分過ぎるほど理解していた筈なのに、事が目の前に迫った途端、
自覚したくも無い感情だが、凛は怯えた。
人を、同じ人間をこの手で殺す事を。
実際に手を下すのは凛では無いけれど、命令をするのは自分で、その現実に凛の身体が
一瞬震えた。
この男はもうすぐ死ぬ。
見れば分かるじゃない。
最後の瞬間まで苦しめばいいの?
放っておけば、手を下さなくても死んでいく。
けれど、ここまで追い詰めたのは間違いなく私だ。
凛は自分の指が震えているのに気がついた。信じられないと怒りが凛を襲ったが、感情の震えは
明らかに凛を裏切った。
私は怯えている。
「凛」
肩に暖かなものがふうわりと触り、それがアーチャーの掌だと気がついた凛はぎゅっと
強く目を瞑った。
「凛、君はマスターだ。そして、私は君のサーバントだ」
「アーチャー・・・」
凛はその言葉に瞑っていた目を開き、アーチャーの赤い目をもう一度見詰めた。
「私は君の痛みを永遠に覚えている」
人を殺す事がこの戦争の意味で、アーチャーはその痛みを覚えていると言う。
凛は一つ溜息を吐くと、アーチャーの掌に自分のを重ねた。
「意気地の無いマスターで御免」
そうだ、マスターを殺し、サーバントを滅する。
同じく一つの目的の為に。
殺して。
その命令を下そうとした瞬間、凄まじい殺気に凛とアーチャーは一瞬にしてその場を飛んだ。
「何!?」
飛び退った先には、ライダーが半死の状態の慎二を守るように目の前に立ちふさがっていたが、
凛にもアーチャーにも、その姿が最後の気力で起した抵抗だと理解した。だが、もう攻撃するほどの
力も残っていないライダーが起したその殺気に凛とアーチャーは迷った。多分それは最後の抵抗で、
相手にもならないくらいの存在でしかないけれど、ライダーには『魔眼』がある。その目を隠している
ベルトを外せば、間違えば悲劇は凛やアーチャーに降り注ぐ。
迂闊に手出しが出来ない切り札を見せつけるように両目を覆っているベルトに指当てると、
ライダーは2人に背を向け、血塗れの半身に指を伸ばした。
「慎二・・・私はあなたが嫌いでした」
大量の吐血で意識を失っていた慎二がうっすらと閉じていた目を開け、自分の頭を抱きしめている
ライダーを見た。ライダーは零れ落ちた内臓を掻き集めた為に真っ赤に染まっている慎二の
手を取ると、自分の頬に当て頬擦りをした。
「桜を正式なマスターとする私に、令呪の力は絶対で、私は不本意ながらあなたを仮のマスターを
してきました」
ライダーが慎二の残っている上半身を抱きしめ、その長い指で優しく髪の毛を撫でている光景に、
凛は目を奪われていた。
「きっとあなたは私を許さないでしょう。あなたの記憶を私は全て知ったから。あなたが間桐の
人間として生まれ落ちたその瞬間から今までの人生を私は知っているから。けれど、同情じゃない、
絶対にそうじゃない事を知って欲しい」
子守唄の様に緩やかでいて、それでいて優しすぎる言葉は余りにも不釣合いだと思うのに、凛は
その場から動けずにそのまま事の成り行きを見守っていた。
「生れ落ちたその瞬間から間桐から疎まれ存在を無視されつづけたあなたが、人として
不完全なのはけっしてあなたの所為じゃない。あなたは決して悪くは無い」
息も絶え絶えの慎二の両目から止まる事無く涙が零れ落ち、それはライダーの腕を濡らした。
ライダーが語る慎二の過去と現在。
凛はもしかしたら一生知る事の無かった慎二の過去を今、目の当たりにしている。
それはほんの僅かで、今、凛が聞いている事実は慎二の人生が狂いだしたほんの欠片だとしても、
生れ落ちた瞬間から不必要な存在だと忌み嫌われる事など想像も出来ない辛さだろうと思った。
思う事しか出来なくても、思わないよりはマシなのかもしれない。
「世界があなたを否定して、その世界を否定したあなたが辿る道が破滅しかないとしても、
それはもう変わらない。私にはあなたの終焉を止める事も変える事も出来ないけれど、
あなたが心の奥底から欲しがった、生れ落ちた時から望んだものはきっとあげられる」
ライダーは血に塗れた慎二の唇にキスをした。
「私があなたを愛してあげるから。あなたを無条件で必要としているから。あなたが消え去る
瞬間まで、私はあなたを必要としている・・・」
ライダーはその両眼を隠しているベルトの鍵に手を当てた。
音も無くベルトがライダーの顔から滑り落ち、初めて晒されたその両眼は慎二の霞んだ視界にも、
はっきりとその存在を示した。
慎二の身体が石になり、凛とアーチャーは息を呑んだ。
「あなたが消え去る瞬間まで、私はあなたを必要としている」
ライダーの言葉が終わるや否、石になった慎二の身体がライダーの腕の中で亀裂音と共に
砕け散った。
それは夢の様に儚くて美しい最後だった。
04・12 05・02・02改訂
中井さんの出したfateコピー本に出した小説。
慎二×ライダーのカップリングに萌え萌えなのは私だけですか?
慎二×ライダーと見せかけて実はアーチャー×凛も盛り込んである辺りがあざといです(笑)