真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」まで パート1

真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」まで パート1

序 文
巻頭文
目 次
第1章 はじめ
第2章 富士見産婦人科病院(北野早苗・寿美・千賀子)の年表
第3章 正常で健康な女性の体を【病院に行って病気の体にした】芙蓉会富士見
    産婦人科病院の犯行動機
第4章 1978年~1983年間の【内閣大臣名と埼玉県知事名並びに県職員名・公
    安委員会長名・司法警察職員名】
第5章 1978年~1983年間の【埼玉県地方社会保険医療協議会、県医療扶助審
    議会、県婦人問題協議会、県母子福祉連合】の人名録
第6章 【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に関する新聞
    記事
第7章  【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に於ける国家
    犯罪機構の分類

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序 文
 これまでに、榎本東州が書いている。「がらくた百選(強制執行で全て廃棄された)」と、「日本製原爆完成全文」等と、当『真珠湾攻撃から所沢市「芙蓉会富士見産婦人科病院事件」までパート1』に関する内容は、岩手県二戸郡浄法寺町 曹洞宗 認可参禅道場「福蔵寺」で、小僧時代から“托鉢・座禅修行だけ”に、それこそ脇目もせずに精進に明け暮れた、師匠“伴鉄牛老古佛”が、岩手県盛岡市の黄檗宗禅寺「大慈寺」での接心会が出来なく成り。これを、何とか再開すべく盛岡参禅会の会長であった“福田セツ”女史が、参禅会員に相談した所、伴鉄牛老師の接心会(大慈寺)に毎回参加していた、矢巾町の“佐々木ハツエさん”が、ご主人佐々木継之助氏に相談した所、大菩提心を持って、土地2,575坪を伴鉄牛老師に寄付される事を決められた。此所に於いた、伴鉄牛老師は即日に観音寺建立を発願され、此の地に「観音寺建立」と大書されると、全国の信者さんへの寄進を呼びかけられた。幾多の困難を克服し、昭和47年に始めに「座禅堂」を建設された。岩手県の山田町に住む産婆さんの“平林”さんが、戦後に彫刻された「平和観音像」が、幽霊の様に岩手県内を彷徨う姿に心を痛くされ、大発願を持って全財産を投じて、「平和観音像」を山田町に安置されたが、土地は荒れ建物も破れてしまった。その事を盛岡参禅会の“福田セツ”女傑が、これを何とか、命名の如く「平和実現の観音像」にする大利行心を起こし、“平林さん”に相談した所、伴鉄牛老師ならあの厳しい接心会をされて居られる方なら、御相談しても宜しいと云われた。この「平和観音像」の移転を話して居る所に、某岩手県会議員(国会議員?)が入りこんで、花巻警察署に紛失届けを出した訳であるが、何しろ特大級の観音像だったから、直ぐに花巻警察署に逮捕された訳である。岩手県警の言い分は、<戦後に成ったからと云って「平和を願う」のは怪しからん。戦後は一時期の休戦状態である。>と云う訳である。岩手県警に護送れた「平和観音像」は再び、山田町のあばら屋に逆戻りした。平和観音像の所有者“平林さん”は、岩手県警は戦前も戦中も戦後も、そして、今でも戦争は続いていると云うのか?と憤慨されたが、司法省(法務省)を相手にする事も出来きずに悶々とする日々を送った訳である。そこで、盛岡参禅会員は「平和観音像」にかけられた手錠を外すべく、一丸となって禅定を発揮した結果、「平和観音像」を矢巾町の「観音寺」に安置する事が出来たのである。伴鉄牛老師は大菩提心の“佐々木ハツエさん”との約束を果たすべく、晩年を「国際参禅道場 観音寺」で、盛岡参禅会員の「独参」を広く行った訳である。榎本東州が一時期この「観音寺」の住職をしていた少ない日々の間では在ったが、伴鉄牛老古佛が月例参禅会や接心会や棚経などの席上で語られた事を、今日文章にしてサイトに掲載している訳である。榎本東州が通院している「東京都豊島区南池袋 “ホズミクリニック(院長 穂積登)”」では、院長はじめ、朝比奈次郎(犯罪心理学)・穂積清美(人間関係研究会ENCOUNTER・カウンセリング)等の大先生方が、榎本東州の言動を研究されているが、それは「隔靴掻痒(かっかそうよう)」である。何故か?と云えば、伴鉄牛老古佛が生前語られた内容を、榎本東州が書いているに過ぎないからである。“ホズミクリニック(院長 穂積登)”の大先生方が、字面を追いかけても、伴鉄牛老師の肉声には会えないのは当然である。伴鉄牛老師の戸籍上の子「伴恒信(鳴門教育大学名誉教授)・伴真理子(現姓:涌井、品川区立小学校教諭)」なら、日常的に養父である“伴鉄牛”の肉声に接していた訳であるから、理解できる筈だが、理解できないのである。その理由は養父“伴鉄牛”の一挙手一投足は脳裏に焼き付いているが、座禅と托鉢をしていないからである。伴鉄牛老古佛の幼少時代の様に“托鉢・座禅修行だけ”に生きるなら、理解できる時がもしかしたら来るかもしれない??読経してもそれは絵空事である。亡者も生者も聞く耳を持たない訳だからである。それを、東照寺参禅会の居士は実に上手い事を云った訳である。それは、「火事場で“消防車” “消防車”と声だかに云っても火は消えない。“消防車”を持って来てはじめて火は消える」。茶話会で話していたのでるが、この居士は大満州帝國から引揚げの際に、引揚げ船から多くの赤子が海中に遺棄されて行くのを見ていたとこ語っていた。これを、聴いていた“伴鉄牛老師”は自室に帰り、泣いておられたのである。
座禅をする者の多くは、冷淡・冷酷になるものである。それが、“頭悟り=天上天下唯我独尊”だからで在る事は云うまでもないことである。先の消防車の話しで思い出すのだが、同じ東照寺の居士で、東京都の消防署に勤務しながら、毎朝、東照寺に参禅しに来ていた消防署職員が居て、いつ何時“火事”があるか分からないからと云って、自転車に消火器を括り付けて、早朝の東京を走っていたら、警視庁の司法警察職員から、度々職務質問を受けて困っていると云った居た訳ですね。それ位に「無字」に成っている。裁判官とか弁護士とか精神科医とか、駒沢大学や東京大学教養学部出身のナマクラ坊主と、三宝興隆会などの似非禅家は、字面(公案)をただ捻くり廻して、“大悟した”と夜中に駆け出すのである。それでは、「何が?修行」なのか答えられないのも当然である。現在は、品川区豊町4丁目の「東照寺国際参禅道場」は、青山学院の禅堂と同じ寸法の単に改装したらしいが、出口鉄城(法務担当兼住職)が、自分は一人では“座禅と托鉢”が出来ないからと云って、“座禅と托鉢”を修行したい云って来た居士や雲水を排除しなければ、“座禅と托鉢”ができる筈である。それが「国際参禅道場」である。一人で“座禅と托鉢”をすると云う事は、伴鉄牛老師が、戦後に東照寺を復興させた労苦を共に体験する訳であるし、伴鉄牛老師の息吹きを少しは感じられるかもしれない。だから、“ホズミクリニック(院長 穂積登)”が、榎本東州の文章を理解しようとするならば、自らが一人で“座禅と托鉢”を修行すれば、伴鉄牛老師の言葉が理解できるのである。そう云った訳で、榎本東州の文責は師匠である“伴鉄牛老古佛”にある訳です。
因に、出口鉄城の戸籍上の次女出口元美(胤は永井利行と母体は出口由美子)が、禅僧宜しく「胃袋が宇宙です」と云っているのは、伴鉄牛老師が「出口鉄城(本名:充彦)は鯨3頭を一人で食べ、その出口鉄城をぺろりと飲み込むのが、年上の母(妻)出口由美子だ」と云っていた話しから来ている。これの“鯨3頭”とは、南北朝鮮に於ける「水産業」が、日本の水産会と繋がっていると云う話しをしている訳である。オウム真理教団が、北朝鮮から覚醒剤・麻薬を輸入して、関西・関東方面の暴走族や暴力団機構(組織)に流していたのは、出口鉄城がオウム真理教団の開祖だからできた事である。出口鉄城の年上の母(妻)出口由美子の旧姓は“横田”である。これは、自ら地上の楽園(エホバの王国)「北朝鮮」に渡ったのに「北朝鮮拉致被害」を、全国で公演して巨万の富で肥えた“横田滋(徳島県)・早紀江(京都府)・恵(金王朝の王妃)”と、菅直人の妻“姫井伸子”の親族“姫井由美子元衆議院議員”と不倫関係に在ったと云う政治歌舞伎を演じた「横田育弓生」と、米軍太平洋軍「横田基地」等、一連の「横田」と同じ意味である。この「横田由美子」の父は旧姓を「石部節雄」と云い、山梨県の下部温泉(日蓮宗 身延山の湯殿)「武田信玄の隠し湯“源泉館”」とは親族関係にある。石部節雄の兄弟は大手自動車会社「日産」と安田海上の専務だった「石部鉄雄」である。だから、「出口由美子(旧姓:横田)」は遊び過ぎた為に、無聊に苦しみ、重信房子・永田洋子らと共に「世界同時革命」を叫びながら、テロを繰返している訳である。出口由美子は「名門」だから、司法警察機構がテロ活動を援助していたから、連合赤軍以降もテロ活動を続け、出口鉄城にオウム真理教団を創設させて、「地下鉄サリン事件」等の毒瓦斯兵器を大量製造して全国で世界で散布する計画だった訳である。この毒瓦斯製造工場が山梨県西八代郡上九一色村(現甲府市・富士河口湖町)の建設されたのは、其処に「下部温泉“源泉館”」が在ったからである。また、この“源泉館”は広島の原爆を脚色した小説「黒い雨」を書いた“井伏鱒二”の定宿でもあった訳である。ここでは、戦前・戦中・戦後も<官庁街「霞ヶ関」・立法府「永田町」>の奥座敷として、戦争遂行会議と日本製原子爆弾製造の会議が頻繁に行われていた施設である。この“井伏鱒二”のテロ思想を受け継いでいるのが、所沢市制を操る浅海守(所沢市環境推進員連絡協議会・サッカー・ソフトボールなどの役員など)、松岡幸雄(所沢市選挙管理委員会長・スポーツ関係。サイゴンが陥落した日に、日本共産党代表して、敗走するアメリカ軍にハンケチを振りながら、硝煙の臭いに酔っていた。)と並ぶ、所沢市憲章の主「高橋玄洋」である。そして、高橋玄洋と内藤保之助(第11代所沢市長)は、「南北朝鮮政府と深い関係に在る」と云う訳である。だから、オウム真理教団の逃走犯らは“所沢市”に潜伏できたのである。埼玉県警所沢署が逃走・犯行を幇助し続けている訳である。浅海守・松岡幸雄・高橋玄洋・内藤保之助家を司法警察制度が擁護している証左である。所沢市内にパチンコ店が多いのもこの南北朝鮮と政治・軍事的な同盟条約が不文律として存在しているからである。この不文律とは政略結婚から始まっている訳である。「血のつながり」が、日本ー南北朝鮮ー台湾ーベトナムーミャンマー(旧ビルマ)ーインドへの政治同盟の盟約であり、其処は「新宿 中村屋の奥座敷」の文化サロンと云う訳である。
アメリカのマクナマラ元国務長官とその政治顧問団らは、「サイゴン陥落の日に、日本共産党の松岡幸雄(所沢市選挙管理委員会長)が、何故?硝煙の香りを胸一杯吸い、快哉を叫ぶ事ができたのか?」その事情を聴取すれば、ベトナム戦争でアメリカ軍が甚大な戦禍の中で、敗走する結果になったかが解明できるのである。当然「日越(日本ベトナム)友好協会のホーチミン氏支援政策」の歴史を良く吟味する事は当然である。そう云った訳で、ベトナムも北の首都“ハノイ(例えば東京都)”と、南の首都“旧サイゴン(現ホーチミン市を、例えば大阪都)”が存在し、アメリカ軍・韓国軍が“サイゴン政府”を、ロシア軍・中国軍が“ハノイ政府”を支援している中で、日本政府は戦後賠償の名目で、ベトナムの山岳部落に籠りながら、両者の情報機関を手玉にとって、「戦後賠償のダム建設」で暴利を貪り、ベトナム国民の流血を楽しんでいた訳である。それが、現在の“ベトナムの経済(観光・工場建設など)”に結びついて来る訳である。それは、世界経済の基幹を成す“シンガポール経済特区”が日本の経済の生命線と云う意味でもある。だから、枝野幸男幹事長?の一族らは福島原発がメルトダウンする前に“シンガポールに敵前逃亡”した訳である。美智子皇太后(現在は影武者)の失語症は最近では宮内庁も飽きたのか報道しない。この「失語症」とは、埼玉県衛生部の保健所が特に力を入れている事業である事からして、過去の美智子皇太后の「失語症」とは埼玉県!埼玉県!と叫んでいた訳である。今の美智子皇太后は統合失調症の症例に酷似して、無口で出不精になっているし、表情に乏しい。又、徳仁皇太子・雅子妃の登山も学習院でのビオラ演奏もない。何処にいるのやら?マアー2013年1月1日の新年参賀と、1月2日の一般参賀では影武者が演じる“お手振り”で、「皆が健康で平和な年であるように願う」とマイクに向けて言い放つ訳である。『皆が』なら出口鉄城の“つぶやき=Twitter”の常套句であるがね。石原慎太郎の“チック症”を治療する為に、国民は石原慎太郎を衆議院議員に当選させた訳だ。
チック症からニヤケ顔症に大変身だね。それで“良かったじゃない” 只今「国民は不在」です。何時戻るのか分かりません。
それは、大日本水産会(堤一族)が明治維新後から発言していた『シベリアは日本の領土である』と云う思想が、後に鈴木善幸元首相と瀬島龍三に受け継がれたのが、大日本帝國政府のシベリア抑留政策の動機である。だから、日本政府はロシア政府に対して「戦後賠償」を求めないのである。日本政府が抑留者に慰謝料を払う理由である。シベリアの凍土に日本人が眠ると云う事実は、「シベリアがポーランドと共に、日本國政府の固有領土」と云う既成事実である。だから、日本国民は現在シベリアの地に旅立つ準備中で、只今「国民は不在」です。何時戻るのか分かりません。と云う政策が新内閣 安倍晋三の顔である。この政策の為に<憲法改正の為の、憲法改正法案提出>なのか?「皇室典範改正の為の、憲法改正法案」なのか?「皇室制度全廃の為の、憲法改正法案」なのか?
クリントン国務長官が急病で辞任と云う事は、アメリカ側は外交交渉を打ち切ったと云う意味である。だから、東京東銀座の映画館で「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」を上映してる訳である。この映画の監督“すずき じゅんいち”は、ラスベガス近郊で交通事故で、自動車は大破し、ヘリコプターで緊急搬送される大怪我だったが、同乗していた妻の女優 榊原ルミは“小指を骨折した”だけと云う重力加速度に反するのは、現場の状況からして、政治的なメッセージである。アメリカ在住の日本人はアメリカの国益の為に行動するのか!と云う問いかけである。
安倍晋三首相の政策が、<米国ヘリテージ財団のウェブサイトには、CIA出身で北東アジア専門の上級研究員であるブルース・クリングナー氏の論文が掲載されてる>と云うのであるが、余りにも明確過ぎる内容で、誰に向けてメッセージを発信しているのか不明であるが、米国ヘリテージ財団の名前に“メロン財団(銀行王、製薬業などの巨大資本)”の関係者と思しき名前がある。このメロン財団から、東照寺国際参禅道場に派遣され、大分県の『新道元宗 鉄牛寺国際参禅道場』で、長い間一人で修行していた“ポール鉄心”の派遣元である。それを、現在の住職代行なる人物ら共同謀議して追い出したのだから、日本に対する恨みは深いね!それでは、只今「国民は不在」です。何時戻るのか分かりません。と云うことで。

 2012年12月26日 新内閣 安倍晋三首相 誕生の日  榎 本 東 州 記

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巻 頭 文
 大逆事件{幸徳秋水(高知県幡多郡中村町113番屋敷、名は伝次郎)=萬朝報=日本社会党=平民社)の在った「1910(明治43)年6月1日」。その同年4月15日に臨時軍用気球研究会が研究試験場として、所沢町に飛行機・飛行船・気球等に関する研究訓練所を大日本帝國政府は開設した。臨時軍用気球研究会{初代会長:長岡外史陸軍中将・軍務局長。田中舘愛橘教授(岩手県)、井口在屋(現荏原製作所創業)、中村精男、山屋他人海軍大佐(岩手県)、日野熊蔵(熊本県)等・・・1920年5月14日解散}は参考品として4種類の飛行機を欧州より購入する事を決定し、その内フランス国から三井物産が運送する“ファルマン式(日野熊蔵大尉が欧州にて第1次飛行に成功)”が、安藝丸にて11月8日午前横浜港に到着する。そして、同年12月19日午前7時50分、代々木練兵場に於いて、徳川好敏(とくがわ よしとし)大尉の操縦するフランス式「アンリー・ファルマン」が、4分間/高度40米(メートル)にて、約3,000米(メートル)を飛行した。その翌年、1911年所沢陸軍飛行場(陸軍工兵師団に臨時軍用気球研究会が発足→所沢陸軍飛行学校)で、1911(明治44)年4月5日午前5時37分 徳川好敏大尉操縦の「アンリー・ファルマン」が、飛行高度10米/距離800米を1分20秒飛行するを嚆矢(こうし)とする。>と云う説と、「徳川好敏大尉より5日早い、1910(明治43)年12月14日に代々木練兵場でドイツ式「ハンス・グラーデ式単葉機」によって滑走練習中の午後3すぎに時地上を離れた“日野熊蔵大尉(1878年6月9日~1946年1月15日、熊本県球磨郡)”が嚆矢(こうし)である。その時の飛行高度は1米/距離30米。さらに5時少し前には飛行高度2米/距離100米を記録している。>と云う説がある。練習中の飛行(ジャンプ。ライト兄弟?程度)だから、公式飛行記録ではないと云うのだそうである。徳川・日野を並列表記して、両名が“日本初の飛行に成功した”と書くが、矢張り“徳川家”が先に来て、日野家は肥後の田舎大名程度な訳である。明治維新後は、徳川一族は“渋沢一族”と看板を書き換えて「世界資本の最大株主」に成ったのである。それが、「日本維新同盟=世界戦争への道」である。この代々木練兵場での現代流に云う「飛行責任者」は、日本の物理学の開拓者“田中舘愛橘”である。何故?日本初の飛行場が所沢町に誘致されたのか?当時、候補地としては、<栃木県宇都宮市、同大田原町(大田原市)、千葉県志津村下志津(佐倉市)、神奈川県相模原市>が上がっていたが、飛行場視察に欧州に渡っていた“田中舘愛橘”がフランスから打電した電報を、気球研究会が受取りその要件である「高低差があり(滑走路や飛行機庫を台地の上に、付帯施設を台地の下に設置)。落雷の危険のない所。」と云う条件に在った場所として、研究委員であり気球隊長でもあった“徳永熊雄工兵少佐”が決定したと云うのだが、そこには、岩手県盛岡市出身の“新渡戸稲造(1862~1933)”と同県二戸郡福岡村出身の“田中舘愛橘(1856~1951)”の進言で決まった訳だが、そこには「土地買収の金銭問題」が当然存在する。地頭の力で地元の地主の不満を押さえ込んで、遂に所沢町(薯蕷/野老沢=ところざわ)が陸軍の誘致運動に成功した訳であるが、日本の物理学の開拓者である“田中舘愛橘”は、また地球物理学者であり、広島で1945年8月5日にラヂオ放送で「原子爆弾(兵器)が在れば、マッチ箱一つの大きさで、軍艦1隻を爆破できる」と演説して、1945年8月6日に広島城付近(理研の仁科芳雄の報告では相生橋上空)で「人類史上第1号の地上起爆による原子爆弾の人体実験」を強行した張本人が介在している訳だから、所沢町への飛行場誘致の経緯は『広島(尾道)ー長崎県(松永安左エ門)ー所沢市=徳島県(後藤田一族)・京都府』の<軍都 所沢町>の建設だったのである。それは、大日本帝國陸海軍が理化学研究所と森永製菓と明治製菓と麒麟麦酒と東邦産業研究所に製造研究させていた「日本製原子爆弾の製造と完成、そして使用」と云う訳である。だから、“田中舘愛橘(と松永安左エ門=柳瀬山荘)”は、所沢町近郊に日本初の飛行場を建設したのは、地球物理学の見地から「地磁気」を考慮した上で選定したと云うなら物理学者であるが?政治的な<軍都>建設の方が優先している。電波と云えば、日米開戦である「真珠湾攻撃の成功の暗号伝 トラ トラ トラ=ワレ キシュウ ニ セイコウ セリ」を受信したのも新座市(大和田)に在った海軍基地だったし、所沢市富岡地区には電波施設が在ったことからして、初めから所沢市・新座市・朝霞市・和光市・日野市地区の全域を「軍都」にする計画だったから、地磁気学と云うよりも地政学の方が優先したと見るべきである。先の大逆事件にも岩手県人が関係していることは、皆さんの御存知の点だと思うが、岩手県が生んだ世界的な詩人「石川啄木」である。毎度同じであるが、岩手県人(南部藩)が絡むと世界的な事件を引き起こす訳である。だから、政治家“小沢一郎”なら鈴木善幸・工藤巌・中村直・原敬・東条英機・板垣征四郎・米内光政・斎藤実・後藤新平・高野長英らの様に世界を壊せる訳である。“ぶれない政治家代表選手”をマスコミは「小泉純一郎や古賀誠」だと騒ぐが、歴史的に見て、岩手県人の政治家なら絶対がつく位に“ぶれない政治家”を輩出する風土である。それは、世界覇権の戦争を諦めないと云う意味である。小沢一郎なら世界覇権できるのである。工藤巌(元岩手県知事)・鈴木善幸(元首相・幹事長)から連なる政治風土であり、それが【富士見産婦人科病院事件と真珠湾攻撃】に繋がる理由である。所沢市の現市長“藤本正人(京都府舞鶴市)”は、<所沢を動かす!みんなのアイデアコンテスト>を2013年1月8日まで募集している。最優秀賞は10万円、優秀賞は5万円、佳作は1万円だそうである。2012年11月27・28日にはアメリカのロスアンゼルス郊外 チノ飛行場「ブレーズン・オブ・エアー・フェーム航空博物館(Planes of Fame Air Museum) 」から所沢航空発祥記念館の展示品と交換する形で「零戦(栄21型エンジン)」の組み立て公開が始まって、航空ファン(100人募集の所、10,000人が応募)が押し寄せているから、「所沢を元気にする」「動け!所沢 紡ごう絆」のキャッチフレーズが既に実現している。これは、1995年1月に白血病で死去した力士の「蔵間龍也とその父(1995年2月)」の悲願として、当時ワイドショーが連日報道していたものである。そして、当時日本で飛行させる為に多くの寄附金が集まった筈であるが、蔵間龍也の報道当時には、この日本への「零戦」輸送計画は武器扱いで、アメリカを出ることすら出来なかったのである。今回の所沢航空発祥記念館(2012年12月1日~2013年3月31日)での公開展示は誰の手によるものなのだろうか?前回は、蔵間龍也の死亡前の1978年に埼玉県の桶川飛行場、次が1995年に茨城県の龍ヶ崎飛行場で「零戦の公開飛行が行われた」のだから、今回は3回目の展示公開(機体の組立・分解・展示。飛行は不明)である。これら3回の「零戦の帰還」の裏には、旧帝国海軍と米国海軍の思惑が一致したから実現している訳である。それも、また【富士見産婦人科病院事件と真珠湾攻撃】と繋がっている訳である。“藤本正人(京都府舞鶴市) 所沢市長”は、所沢市のイメージアップを企画するなら「所沢中央中学で覚醒剤を使用していた教諭がいました」とか「1997年 神戸の猟奇殺人鬼“酒鬼薔薇聖斗”は所沢市北原の浅海守(農学士、少年サッカーの会長、少年野球の会長、中富小PTA会長、環境  )が主犯でした」とか「その神戸の事件“酒鬼薔薇聖斗”の実行犯が所沢市山口の“黒田大鵬(房之)”の長男でした」とか「1995年 所沢のダイオキシン汚染のほうれん草事件がありました」とか「オウム真理教団の地下鉄サリン事件の主犯4人の隠れ家が西所沢にありました」とか「所沢市西所沢の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院が1万人以上の健康な女性の子宮・卵巣を全摘し、病人にしました」とか「所沢の米軍通信基地では大陸間弾道ミサイルのシステムがありました」とか「所沢陸軍飛行場はエリート士官を養成していました」とか「日本製原爆の製造と完成、そして、人類史上初の人体実験に成功しました」とか「皇女 和宮が通過しました」とか「現代に於いても南北朝鮮と歴史的に深い人脈の繋がりがあります」とか、それから、日本国民と南北朝鮮国民と東南アジア全域の人々に泥炭の苦しみを味あわせた“原田祖岳”と、その弟子「安谷白雲(量衡)の寺“来迎寺(現在は単立寺院)”があり、安谷白雲の高弟“黒田大鵬(房之)”が酒鬼薔薇聖斗事件とオウム真理教団事件に関与していました」とか、歴史上の重要事件は、全て「埼玉県所沢市(野老澤)」であり、日本のヘソも所沢市なのである。だから「医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件」なのである。と世界に宣伝すれば良いのに。何故?それをしないのか?これこそ、「所沢市を元気にする」所沢市の文化復興宣言である筈なのにね。悪さをするくらいにファイト(元気)があるのに、これ以上、元気になったら、明日にでも地球を壊しかねない訳だね。世界的な視野から云えば、もう完全に消滅してくれれば良いのだが!とうめく声が聞こえてくる訳である。これら一連の猟奇事件を主導しているのが、『内陸で水のない(地下深くには水が少しだけある)所沢市』だが! 水産業界を取り仕切る「大日本水産会=福井県の永平寺・神奈川県の総持寺」とは太いパイプで結ばれている『所沢市』なのである。それが『所沢市(曹洞宗)は陸で溺れている』と云う意味なのである。その曹洞宗を代表する戦争指導禅の大家「原田祖岳」の法灯を継ぐ国際参禅道場が、<東京都品川区豊町4丁目「東照寺国際参禅道場  法務担当兼住職 出口鉄城・由美子・真希子・元美」>であり、「冷血漢で極悪非道」と云う言葉はこの人間らの為に用意されたという国際参禅道場 東照寺法務担当兼住職の出口鉄城と、「西武グループ/西武鉄道=堤一族・大根女優吉永小百合」と外来種の南北朝鮮・満州人らとが結合双生児と成っているのが『所沢市』なのである。所沢市や日本国内では絶滅危惧種「ミヤコタナゴ」だけが日本種族と云うお寒い現実である。その「ミヤコタナゴ」の純血を守れと、外来種の朝鮮水産会を母体とした“大日本水産会”と云う「南北朝鮮人と満州人(馬賊集団等)の結合双生児」が叫んでいる訳である。
所沢市(薯蕷/野老沢=ところざわ)は『航空発祥の地{1910(明治43)年4月15日}』だけではなくして『保健所発祥の地{1937年(昭和12)1月4日付告示、1月10日から仮事務所を設置、1938年(昭和13)庁舎落成。}』でもある。保健所開設は、1937年(昭和12)に中央に教育機関の公衆衛生院(東大医科学研究所の敷地)を設置し、東京・京橋区に「都市保健館」を、埼玉県所沢町に「農村保健館」が寄付されたのである。昭和16年4月1日保健所法の施行により『所沢保健所』と改称され、2012年現在は「狭山保健所(狭山市稲荷山)」と成っている。
「農村保健館(後の所沢保健所)」とアメリカのロックフェラー財団の関係は次の如くである。
《大正5、6年頃にアメリカのロックフェラー財団は、医学教育者三浦謹之助、長与又郎、秦佐八郎、北島多一の4氏に、アメリカの医学教育の現状を調査研究する機会を与えた。この折長与又三郎は、アメリカの衛生技術官が公衆衛生大学を卒えなければならない制度に着目し、日本に公衆衛生技術者の教育機関を寄付して欲しい旨を、財団に要請された。この要請もあり、大正12年に東京大学図書館、慶応大学寄生虫教室とともに、公衆衛生技術者教育機関も寄付する旨の申し出があった。当時わが国の大学制度では公衆衛生の独立大学院大学制度を設けることができず、また教育機関を内務省所管として設置した場合、伝染病研究と競合する、という結論に達したので、所長に内定していた長与又郎の署名を得て、宮川米次がロ財団へ反対の旨を返信させた。そこでせっかくの萌芽は摘まれた形となった。昭和5年、時の安達謙蔵内務大臣は、かっての素晴らしい企画が消滅していることを残念がられ、衛生局長赤木朝治の名で、再びロ財団に対して援助の要請所を発送された。財団はこの要請を了承するが、以前に受理した日本政府からの反対表明の文書についての処理が求められた。そこで、長与又郎は、立案が当を得ていなかったため反対したが、不用意な文書であった、と遺憾の意を表され、この一件は落着し好転した。同年10月、ロ財団はDr.V.G.Heiserを代表者としてDr.John B.Grantの両氏を日本に派遣し、11月内務大臣官邸で第1回日米会談が行われ、日本側からは内務大臣、赤木衛生局長、紹介と案内のため聖路加国際病院Teusler院長と同院の斎藤潔が同席した。その後、数次にわたる協議の結果両者の合意が得られ、次いで内務省内に公衆衛生技術官訓練機関が設置される運びとなった。構成は、委員、技術委員合わせて11人で、顧問に林春雄、北島多一、R.B.Teuslerの3氏が就任している。委員会は、慎重に審議を重ねて昭和6年に、公衆衛生院およびその学生の臨地訓練機関として、都市および農村保健館等の設計図と、公衆衛生院の教育計画案をロ財団へ送付した。これらの委員会の構想は、程なく財団の了承するところとなったが、建築設計に入った同年9月満州事変の勃発があり、対日感情の悪化もあり中断の止むなきに至った。折しもロ財団副総裁が、上海を訪れられた。前記のDr.John B.Grantは、日本における公衆衛生技術者機関設立に異常な情熱を燃やし、長与又郎、潮恵之輔両氏とともに副総裁に訴え、事変には係りなく大局的視野で設立を考慮して欲しい旨を陳情した。昭和8年2月、ロ財団副総裁は、設立承諾の文書を携えて来日されたが、国際情勢の関係もあり、極秘に付されていた。しかし、同年9月ロ財団はこれを公表したので、普く世人の知るところとなった。昭和12年、内田祥三博士の設計になる公衆衛生院ならびに都市・農村保健館の工事は、一応完工の運びとなり、公衆衛生院および両保健館は、建物、器具、図書等必要備品を整えて、ロ財団から建設委員会を経て公衆衛生院は日本政府に、都市保健館は東京市へ、また農村保健館は埼玉県へそれぞれ寄付手続きが完了した。そこで、公衆衛生院は内務省、両保健館は関係官公署が、運営することになった。これら全施設に要した予算額は、昭和9年当時で100余万ドルに達し、また、両保健館の運営には、当初から3年間はロ財団から事業費の補助金が支出されたが、当時の内務省、後の厚生省当事者の苦労は並々ならぬものがあったことは、往復された和英文書からも容易に推測できるものがある。
農村保健館=木造= 建設費43,562円、敷地625坪、所沢町外6ヵ村からの寄付、事業費ー初年度17,015円、第2年度11,343円、第3年度5,672円がロックフェラー財団から交付された。
ー農村保健館設立の経過について 小見山茂人著:公衆衛生情報1977年4月》
この所沢保健所(農村保健館)の歴代所長は次の通りである。
初代 與謝野 光(昭和13年1月10日~昭和18年9月30日)
2代 山下 昇 (昭和18年10月23日~昭和18年11月応召)
所長事務取扱 山下 謹人(昭和18年11月13日~昭和19年10月31日)内政部衛生課長
3代 山本太郎 (昭和19年11月1日~昭和21年12月22日)
4代 山下 昇 (昭和21年12月23日~昭和30年6月10日)
5代 春日 斉 (昭和30年6月11日~昭和34年6月1日)
6代 石戸 利貞(昭和34年6月1日~昭和34年9月30日)
7代 高橋 暉良(昭和34年10月1日~昭和40年4月30日)
8代 宮城 敏夫(昭和40年5月1日~昭和46年4月30日)
9代 小宮山茂人(昭和46年5月1日~昭和53年3月31日)
10代 小島 哲雄(昭和53年4月1日~昭和58年3月31日)
11代 河内 卓 (昭和58年4月1日~昭和62年3月31日)
12代 國枝 寛 (昭和62年4月1日~平成3年3月31日)
13代 田中 倬 (平成3年4月1日~平成7年3月31日)
14代 田中啓  (平成7年4月1日~平成9年3月31日)
15代 山本次郎 (平成9年4月1日~平成11年現在)
以上である。
尚、開設当時{1938年(昭和13)1月10日「農村保健館」}の保健所職員名簿は次の通りである。(定員17人)。
保健館長 県衛生技師   与謝野光
     県衛生技師   森 市郎
     県防疫医    聖成 稔
     県衛生主事補  黒沢 正
     県衛生技士   田山卓郎
     看護婦長    三浦 貞
     看護婦     中島 三八子
     看護婦     原口 いさ
     看護婦     若林 さく
     看護婦     大竹 タカ
     兼看護婦    島田きみ
     公衆衛生指導員 田幡 新三郎
     雇       斎藤 次郎
     雇       小沢 七郎
     雇       栗原 きみ
     防疫事務嘱託  藤野 軌重
     給仕      片居木 与三郎
     外定員外嘱託  2人  

これら、日本に於ける「公衆衛生学史」の経緯を予備知識として念頭に置いて、考えなれば【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の「犯行の目的=動機」は解明できない訳である。
それは、劇場型犯罪の操り人形としての主役「北野早苗・千賀子ファミリー」の舞台裏で繰り広げられている、事件の首謀者らの姑息なカラクリを脚色した人間を浮かび揚がらせ日本政府が未だに「世界覇権の戦争」を断念するどころか!1945年8月6日広島での核兵器による「人体実験成功」に自信を得て、世界に核兵器商売を展開し続けている事と、結合してくるからである。このカラクリは「日本・南北朝鮮結合双生児の遺伝子構造」だから、複雑な二重螺旋構造の2乗とも云えるが、それは、多くの日本・南北朝鮮人機構が参加しているからであって、その一つ一つの構造は単純である。
まず「善悪の批判」を捨てて、物事の流れを整理するのである。それを、古人は「明暗おのおの相対(あいたい)して、比(ひ)するに前後の歩みのごとしー参洞契」と云う訳であるがね。外国人は理屈を先に置いて物を云うから理解できない訳である。山田耕雲(三宝興隆会、東大卒、安谷白雲の直弟子、財団法人 東京顕微鏡院 医療法人社団こころとからだの元気プラザ 山田匡通。高木茂三菱地所 顧問。)の喋る英語での禅などは、畢竟「戦争禅」の最たるものを、外国人らは、それこそが「禅」だと考え込んでいる訳である。そう“考え込んでいる”のである。文字とIQ(学歴)で祖師方は修行した訳でもないだろうにね。“大悟”は博士号を取得した様に考え込んでいると云う訳であるね。山田耕雲は“大悟”した時に、家族中を起こして、これこそが“大悟の世界”だと快哉した様であるが、それは、単なる“キチガイ”である。“単なるキチガイ”ばかり製造するのが安谷白雲の弟子達である。イギリスの三菱銀行に勤めながら、禅修業をしたのが長男“山田匡通”の修業方法である。三菱銀行(企業体の頂点)の算盤勘定が抜けないくせに、「禅」だとさ。「算盤禅(そろばん ぜん=経済戦争⇄戦争禅)」をありがたがる外国人には原田祖岳系の似非仏教の“三宝興隆会=安谷白雲の禅”程度が相当である。ナニが“印可証明”だかね!尻拭く紙を冥土に持って行けばいいのさ。キリスト教圏では、地獄か天国と呼ぶ訳だがね。その天国と地獄の間のことを、キリスト教(復活した者)では、煉獄(れんごく purgatorium。浄罪界)と呼ぶ訳だが、三宝興隆会(財団法人 東京顕微鏡院)で座禅した者は、原田祖岳・安谷白雲の法灯を継承しており、「三宝興隆会の師家が発行したこれは“印可証明書”ですから、ローマ教皇(法王)の発行する“免罪符”以上の宗教哲学に裏打ちされた約束の証文である」と云って、天使でも悪魔でも薙ぎ倒して、“天上天下唯我独尊”であると、云える位の実力はある筈である。それぐらに、三宝興隆会(財団法人 東京顕微鏡院)が発行する“印可証明書”は凄い御利益がある訳ですね。日本政府(文部科学省)が「認可・認証・許可」している『宗教の根幹を成すものは、オウム真理教団の宗教哲学』である。従って、日本の神道や仏教やキリスト教等を含む宗教は、一辺の塵も残さずに全廃すべきである。これが、安倍晋三内閣の仕事である。勿論、「皇室制度」も全廃することは当然の責務(責任を持って務める)である。どうせ、尻切れ蜻蛉で内閣を投げ出すでしょうがね。先の様に、キリスト教で「煉獄」と呼ぶ“死と生(或るは生と死)の間”を仏教では「中陰(ちゅういん)/中有(ちゅうう)」と呼ぶ訳で、創価学会の様な川崎・宇田・名取・広瀬等々の財閥が、信者からのお布施目当てと、世界覇権思想(平和会館・文化会館・池田会館・創価会館・創価大学高校ー中学ー小学校ー幼稚園)を目的に活動する怪しげな団体活動を好む機構には分からないでしょうがね。死んでから49日の間彷徨う世界ですね。其処で坊さんが読経する。東照寺国際参禅道場{法務担当兼住職 出口鉄城(本名:充彦)}で修業した者が読経すれば、49日間の間彷徨う事はなく“悟れる”らしいね。出口鉄城(池田大作の非嫡出子)が“つぶやく=Titter”で繰り返し喋っている訳だし、オウム真理教団の開祖として同郷の“麻原彰晃(松本智津夫)”を教祖に仕立て上げて、多くの信者を騙して、動産(有価証券等)・不動産を略取した上で殺害し、信者さんらの子供を「厚生労働省所管の児童相談所」に強制入所させて、道を迷わせ(彷徨させ)ている。これを、東照寺国際参禅道場の“ポア”する修業と呼ぶ訳ですね。そこで、東照寺国際参禅道場の禅者らが、声が張裂けんばかりに“読経”すると迷いの世界から“悟りの世界”に行ける。これが“亡者”を悟らせると云うらしい。生者を殺して動産(有価証券等)・不動産を略取した家族を離散させた上で、亡者にして“読経料”を盗る。これを、古人は“坊主まる儲け”と呼ぶのである。寺に参拝することを否定する事が修業だと云う“創価学会員”らは、一般人から見たら「創価学会株式会社の丸儲け」である。このオウム真理教団の手口は、過去の「大満州帝國への棄民政策」と同じ神道仏教思想から来ているのである。だから、大平正芳元首相(田中角栄と共謀して、日本が所有してる四川省の原子爆弾製造施設を中国政府に無償供与した。)は、賀川豊彦(神戸市)や新渡戸稲造や内村鑑三と同じキリスト教だから、“煉獄”居るのだろうか?鈴木善幸元首相も賀川豊彦に傾倒していたが、葬式は曹洞宗の「長谷寺(東京都港区、永平寺別院)」でした様だから、「中有(ちゅうう)」の世界に49日居て閻魔大王に首を刎ねられたなら、良しだが。永平寺は大日本水産会が檀家だから、永平寺の“どうでもいい修業僧”が、閻魔帳を書き換えたに違いない。
この永平寺79世貫主が「福山諦法(たいほう)師(愛知県豊川市 妙厳寺の住職)」で、2008年4月6日の読売新聞紙面で[永平寺で晋山式 福山師750年の伝統継承 宮崎師悼み、僧侶や読経=福井]<曹洞宗大本山永平寺(永平寺町)で5日に営まれた、78世貫主、宮崎奕保(えきほ)師の本葬荼毘(だび)式と、福山諦法(たいほう)師が79世貫主に就任したことを披露する晋山開堂(しんさんかいどう)式。・・・・曹洞宗大本山総持寺(横浜市)の大道晃仙(おおみち こうせん)貫主が、たいまつをかたどった棒を手に、火葬を意味する仏事を行った。・・・
式の後、福山師は記者会見し、「宮崎師のような力量はないが、雲水とともに一列になり、肩を並べて進んでいきたい」と抱負を述べた。また、全国的に痛ましい事件が後を絶たないことに触れながら、「衣食足りて礼節を知るというはずなのに、今の日本はものがあふれているのに礼節が失われている。21世紀は心の時代にしたい」と話した。>実に世俗的な内容だね。「衣食たりて」と云う事は「住」は足りてないのだから、礼節を知ることはできないのである。仮りに「衣食住足りて」でも「衣食住足りなくて」でも、なんら「礼節」とは関係ないのである。「礼節」は出口鉄城(本名:充彦)の十八番である倫理道徳思想や陽明学的な考え方である。仏教は倫理道徳や陽明学ではない。「雲水とともに一列になり、肩を並べて進んでいきたい」とはどう云う状態なのだろう?管長になったら修行は出来ないのである。政治家の御機嫌をとったり、宗教者の会議に出席したり、会社の経営者らと懇談したりと、世俗臭に塗れているから、知らず知らずの内に世俗的な人間になる。永平寺は世俗の寺である。だから、伴鉄牛老師は大分県に「新道元宗 鉄牛寺国際参禅道場」を建立した訳である。「曹洞宗」は新しいものばかり多く取り入れ、「道元禅師の遺髪を相続していない」から「新道元宗」と云う訳である。鈴木善幸首相は非国民である。非国民とは世俗的な表現だが、戦中は曹洞宗の僧侶も使っていたのだから、やはり、永平寺は世俗的な宗教である。
さて、日本の「公衆衛生学史」の経緯を知ることは、現在の社会機構(教育・液晶テレビ・タブレットPC・携帯電話・自動車・飛行機の高速化など技術の恩恵)のからくる現代人の感じている生活パターンと、戦前・戦中・戦後の近代日本と云う社会機構の中で生きて来た人々の“生活感”と云うべき「空気」を感じながら、社会全体の雰囲気を感じ採る必要があるからである。
さて、日本の公衆衛生学思想とロックフェラー財団の関係を考えると、それは、ドイツ第3帝国の「健康帝国 THE NAZI WAR ON CANCER(公衆衛生学=優生学思想)」とロックフェラー財団の関係と、スイスの世界的な乳製品企業体「ネスレ」とロックフェラー財団の関係に辿り着く訳である。そこが、世界の「ABC兵器(核兵器・生物兵器・化学兵器)」の特許利権に関係しているのである。だから「ノーベル賞」が必要なのである。最初に【所沢市西所沢2ー1ー13 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の主犯として登場する「北野ファミリー(北野早苗・千賀子・大田寿美・堀江 糾 ・青井保男・手塚一郎・佐々木京子・堀 八重子・三枝宏行・北野純子・浅岡由理子・浅岡三郎・方倉国臣・・・北野朝峰)」は、【正義の仮面を被った「司法制度の場」で、25年間にわたる茶番劇の末に寿命を終える】訳であるが、全国で1万人から1万5千人に及ぶ被害者女性とその家族・親族には死後までも続く“氷の山の無明長夜(むみょうぢょうや)”なのである。北野早苗・千賀子は確かに、健康な女性から子宮と卵巣を全摘し、病気の体にするという医療詐欺に主導的な働きをしたことは確かであるが、この事件の一連の動機となる『全女性の母性に対する恨み』は、北野早苗には内在している。しかし、ここにもう一人「女性に対する強い憎しみ」を持つ男がいる。その男が事件発生から裁判までの流れを操作したことが、【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科事件】の猟奇性を際立たせているのである。それが、1945年8月6日の日本製原爆の製造と完成、そして人類史上第1号の人体実験と深く繋がっているのである。その『女性の母性に対する深い遺恨』をもつ男の名前は【テレビ界の大シナリオ作家であり、陶芸も絵画もこなし、宇津井健・山口百恵・三浦友和・松坂慶子等とも親しい関係にある“高橋玄洋”】である。この“高橋玄洋”が戦後の日本をプロデュースしたのである。前にも書いた“小島威彦の「百年目にあけた玉手箱」”は、戦前・戦中・戦後の日本をプロデュースし、日本人を世界を戦争の泥炭の苦しみにあわせたことを本人が自慢している訳である。その世界覇権のシナリオを政治に反映させた首謀者“小島威彦”の後継者が“高橋玄洋”である。その罪状について書くと非常に長い物になるので、ここでは割愛する。“高橋玄洋”の【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科事件】の犯行動機を如術に語っている言葉を掲載すると、それは、高橋玄洋の著書【人工樹林】と云う小説仕立ての自伝に書かれた、次の言葉である。
>宇吉郎はヨシに手をとられたまま頭を下げた。
>「おばあちゃん、知らない人に失礼よ、ばばっちいとこを」
>保子がヨシの指を1本ずつ折るようにして宇吉郎の掌から剥がしていった。
>「あたしはいくら歳をとってもあばあちゃんみたいにはならないわ。もう子宮も卵巣もとってしまいましたから」
>こともなげに言う保子を、宇吉郎は改めて見詰め直していた。保子の眼はいかにも乾いている。
>「そ、それはどういうことで?」
>救急車で運ばれて、そのまま・・・・でも、今はせいせいした気持ちよ」
>窓の外、遥か彼方に団地ででもあろうか、高層のアパート群が林立しているのが見えた。飛行場の跡である。
>その肩を舐めるように積乱雲がさらに高く真夏の空を突いていた。
>F産婦人科病院の事件が世情を賑わしたのはさらに2年後のことである。
>258~259ページ 最後
【『人工樹林』1980年11月25日第1刷印刷、1980年11月30日第1刷発行、著者:高橋玄洋、発行者:堀田佐久夫、発行所:株式会社 作品社、東京都千代田区飯田橋2ー7ー4】
“高橋玄洋”は「小説」と云う形をとって、【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の被害者とその家族・友人たちの『精神的痛手の傷口に塩』を平気で塗り付けているのである。
この“高橋玄洋”の倫理道徳で偽装した善人面と裏腹に、本心は「人を貶め入れる(おとしめいれる)悪逆非道ぶりの本性」を見抜いていたのが、先に亡くなった“高橋玄洋”と同業者でテレビ作家(脚本家・第71回直木賞受賞「鬼の詩」作家)で、先の2012年11月30日に兵庫県西宮市内の病院で79歳で死去した「藤本義一」である。“藤本義一”は作家らしい的確な言葉で“高橋玄洋”の企みを語っている。それは、“高橋玄洋”の著作【興味津々】の60~61ページに書かれている、次の文言である。
《とは言っても、同業に全く友達がいないわけではない。去年急逝した向田邦子も仲間のひとりだったし、藤本義一もひとつの賞金をねらって争った懸賞仲間である。悪いことに彼は統起子女史を細君にしてしまった。統起子夫人は私が尾道で浪人暮らしをしていた頃の、すぐ2、3軒先の住人で、私の旧悪をみんな知っているという間柄である。「お前は文部省推薦みたいな真面目なドラマばっかり書いて、いい顔しやがって、今に旧悪を暴露して化けの皮を剥いでやる」と藤本義一は、ひとの顔さえ見れば強迫する。こちらも相手の弱みを握っていれば対抗出来るのだが、残念ながらそれがない(調べれば絶対にある筈なのだがー)ので至って弱い立場である。彼のいう私の旧悪というのは、まだ終戦後間もない頃で、統起子夫人の実家では、2階を引揚げ者に貸していた。夫人もまだ高校生で、生徒会の演劇部長をやって“夕鶴”のおつうを演じたりしていたが、2階の住民の娘も彼女と同級で文芸部長のようなことをやっていた。2階の娘は引揚げで就学が遅れ、年も1つか2つ上だったと思うがなかなかの早熟で、高校生でありながら既にNHKのラジオドラマ募集に入選して、菊田一夫の補筆で放送されたりしていたエキセントリックな文学少女であった。同じ朝鮮からの引揚げということもあって、私はせっせつと2階に通いつめた。階下の娘には目もくれずに、である。これが階下の娘のプライドをいたく傷つけたらしく、夫君を通して未だに強迫してくるのである。義一チャンと私が初めて会ったのは、ふたりがいっしょにラジオドラマの懸賞に入選した時で、彼は未だ学生で下駄をはいてやって来て、放送局の玄関で草履にはきかえさせられていたのを覚えている。その数年後、東宝のシナリオを書くため新宿の中村屋の上の“ととや”という旅館にカンヅメになっている時、義一チャンも泊められていて、初めて親しく名乗り合ったのがその最初の挨拶が、「あてはあんたの悪いことみんな知ってますんやで」であった。多分、統起子夫人と結婚して間もない頃であったろう。以来、戦々恐々の毎日が続いている。しかし、彼の直木賞2回目の候補作は私の紹介で書き下ろしてもらっただけに、受賞を心から祈ったし、はずれた時にはわがことのようにガッカリもした。同業の教脚本家同士というのは、ライバル同士でもあるところから、どうも外から見るほど深い交渉は少ないものでる。ーーp60~61「興味津々」1985年2月25日初版第1刷発行 著者:高橋玄洋、発行:創樹社、東京都文京区湯島2ー2ー1》
と云う訳である。正に“小島威彦”と同じであり、東照寺国際参禅道場 法務担当兼住職の“出口鉄城”の道徳倫理観を元にする「正法眼蔵講話の世界観」である。仏教は倫理道徳ではないし、陽明学でもないし、科学思想でもない。これらの思想がもたらした“高橋玄洋”の内面の闇が【「もう子宮も卵巣もとってしまいましたから」「今はせいせいした気持ちよ」】と所沢市 医療法人芙蓉会 富士見病院の被害者に対する小説と云う形をとった「侮蔑の発言」なのである。榎本東州は、過去の時点に於いて、「被害者同盟の小西熱子代表幹事」とは、東京高等裁判所で富士見産婦人科病院事件の裁判を傍聴した際、裁判所の地下にある喫茶室で弁護士1名と同盟の方々が意見交換した席上で少し質問したことがあったが、小西熱子代表幹事の答えは<「乱診乱療(晩声社刊)」に書いてあるから。それは裁判では問題にしない。>であった。それから、「裁判記録を見たいのですが?」とお願いした所、被害者同盟の方から、後日、複写した裁判記録の一部を頂いたが、埼玉県庁の強制執行でゴミとして廃棄された。そう云うものですよ。行政官僚の仕事は「全てを灰と塵に帰えして証拠を残させない。」それでも税金だけは確りと、国民から詐取することだけは忘れない。だから、「木の葉が沈んで、石が浮く」のが、日本の全政府機構なのである。被害者同盟の小西熱子代表幹事とは誰なのか?乏しい記録を調べると、『富士見産婦人科病院で受診はしたが、手術はしていない。他の病院で受診はした。所沢市上安松に在住。子供がいないので、代表者に選ばれた』と云うのである。つまり、<子供がいないので、時間が自由になるから、被害者同盟の代表幹事になった>と云う訳で、到底【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の被害者の名簿にすら載らないのである。だから、「全国で1万人から1万5千人存在する被害者の声を、封殺できた」のである。そして、加藤シズエ賞を受賞したとか云っている訳である。はじめから、“被害者同盟の小西熱子代表幹事”は、女性運動家として後世に名前を残したかっただけである。
そこが、“高橋玄洋”と同盟関係を結んで「被害者同盟」となっている訳である。数々の国家犯罪に巻き込まれる国民は「被害者の会」を結成して司法制度と闘い、次々と破れ去るしかないのである。
しかし、「被害者の会」ならそれも理解できるが「同盟」と云うのは関係は、「全日本労働総同盟」とか「日独伊三国同盟」とか「ジョンソン基地(入間基地)解雇反対同盟」とか「オーディナス労働同盟」とか「共産主義同盟」とか「社会主義同盟」とか云う場合に多く使われる。それは「共同の目的にために同一の行動を約すること、その結果として成立する提携関係」と云うものらしい。ならば「薬害エイズ被害者同盟」とか「水俣病被害者同盟」とか「森永ヒ素ミルク被害者同盟」とか「日航123便被害者同盟」とか「福知山線脱線事故被害者同盟」とか「「福島原発被害者同盟」とか「米国9・11被害者同盟」とか「地下鉄サリン事件被害者同盟」とか「オウム真理教被害者同盟」とか云う名称は存在するのだろうか?何故?『富士見産婦人科病院事件 被害者の会』と云う名称ではなかったのか?被害者は『同盟』に拘り、富士見産婦人科病院(北野早苗・千賀子ファミリー)側は『芙蓉会』に何故こだわるのか?事件当時の1980年(昭和55)埼玉県所沢保健所長は「小島哲雄」である。この「小島哲雄」の元に富士見産婦人科病院の関係者が訪れ、「芙蓉友の会」の柱時計を渡していったが、「小島哲雄は柱時計なら保健所に在るから、必要ないと云ったが強引に置いて行ったので、翌日職員に返させた」と云うくだりがある。これは、何を意味するのか?と云えば、小島哲雄が川口保健所時代から「芙蓉会(芙蓉友の会)」と親しい関係にあった事を、北野早苗は暗に小島哲雄に伝えているのでる。だから本当の意味での『富士見産婦人科病院事件の被害者』は、今でも誰一人として名のり出られないのでる。これが、“高橋玄洋・小西熱子”が仕組んだ被害者に対する言論封鎖の政治歌舞伎『人工樹林=人工授精』の全体像である。“高橋玄洋”は3通りの逃げ道を用意してあるから、逃げ切れるつもりでいる。国民と世界産婦人科学会の立場から“高橋玄洋”に突きつける3通りの言葉は「自白するか?生か?死か」ないのである。【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の書籍・新聞・医療雑誌・週刊誌・月刊誌・・・等の資料を再読しても、“高橋玄洋”の云う【「もう子宮も卵巣もとってしまいましたから」「今はせいせいした気持ちよ」】と云う言葉は存在しない。それは、正に“高橋玄洋の心の闇”から出た言葉でる。それでは、内視鏡検査で子宮と卵巣に癌細胞が見つかり、手術が必要と云われ、手術した時に全身に走った気持を言葉にすると【天ぷら鍋に火が入った時のよう。背すじから足の先にスート血がぬけて行ったみたい。*1】と云うのが的確だと医師が語っているのである。被害者同盟の書籍にはこの気持を語っている人がいないし、まして、厚生省や埼玉県の保健所職員や所沢市役所にもいない、だから、日本水産会と帝国海軍の医学将校らと、日本赤十字社と731部隊の経営する製薬会社らが主犯で行った【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の犯行動機が『体外受精技術(試験管ベービー)の確立を目的とした人体実験』であるのもかかわらず、これらの主犯者らによる「加害者と被害者の同盟関係」が全ての犯行を闇に閉じ込めたのである。そして、事件の主犯者らはME機器販売で多額の利益を得て、株式上場でさらに懐を肥えさせたのである。この時代なら三鷹光器製の「コルポスコープ(Colposcope, Colpomicroscope)膣鏡」で十分に対応できたのでるが、何故か?富士見産婦人科病院事件の裁判では裁判官も検察官の弁護士も熱に浮かされた様に、「ME機器 ME機器 ME機器・・・」を連発してばかりいる。最初にやるべき「コルポスコープ(Colposcope, Colpomicroscope)膣鏡」検査については、裁判も検察官も弁護士も被害者同盟も誰も触れていないのである。ネスカフェや佃煮瓶に入っていた検体とME機器操作手順と保助看法違反と医師法違反(北野早苗は医師ではないから適用しない)で最初から始まるのである。だから、司法制度は「不要会(芙蓉会)」なのである。どうすれば人間の苦しむ姿が見られるのか?と云うことだけしか考えていないのが“高橋玄洋=広島県尾道市=釈迦白足袋族=広瀬財閥・名取財閥・若尾財閥の甲州財閥組と、四国の柳瀬(ヤナセ)財閥・川崎財閥・宇田財閥・・・・等=鈴木善幸”の政治歌舞伎の演目主題なのである。
それが「朝鮮・中国・日本の水産業界」と云う訳である。この「朝鮮・中国・日本の水産業界」は世界の水産資源を独占している。
“高橋玄洋=広島県尾道市”が、日本のラジオ・テレビ・新聞は『新宿 中村屋』の文学・絵画等の芸術サロンと四国・京都釈迦白足袋族(歌人・小説家・陶芸家・画家・作詞家・音楽家・茶道・華道・柔道等の武道・宗教家等・・・)によって操作され、常に戦争に向かうのである。「憲法9条の会」と云っても所詮は教養者階級(新宿中村屋・釈迦白足袋族)らの知的玩具でしかない。
“高橋玄洋”は実に多くの著述を書いているが、その中でも『人工樹林』は“高橋玄洋の自伝”と呼ぶに相応しい内容である。即ち小説上の主人公“宇吉郎”とは“高橋玄洋自身”だからである。それでは“保子”とは誰なのか?と云えば、それは、“高橋玄洋”のシナリオ作家の恩師“小林和作の妻と姪”の事である。「子宮も卵巣もとってせいせいした」と“宇吉郎=高橋玄洋”は過去の自己の行為を成算したいのであるし、それが、高橋玄洋の【富士見産婦人科病院 被害者同盟】と云う陽動作戦であった訳である。実に作家らしく手が込んでいるのである。だから。縦糸と横糸を自由自在に織りなして【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】を演出しているのである。現代では遺伝子のゲノム情報が解読できるのに、政治家と知識階級らの織りなす政治歌舞伎のシナリオが解読できないのは何故なのか?政治家と知識階級らの言葉に色を付けて、嘘と本心を電子機器で読み取れば良いのにね。ヒトラー政権を誕生させたのは、ヒトラー自身ではなく、ドイツ王国(帝国)の貴族らの財閥が経営する「ネスレ企業体」なら理解できる訳である。それが【国家社会主義ドイツ労働党(ナチス)のマニフェスト(選挙公約) ガン撲滅運動[健康帝国]と云う政策の[遺伝子研究=伝染病研究=人工子宮(試験管ベービー・体外受精・代理出産・不妊治療)=生物兵器]】であり、現在の国際政治の路線に引き継がれているのである。それは、又、韓国水産会と日本水産会が世界で行っている『養殖漁業』にも結合してくる訳である。『人工樹林』に登場する“宇吉郎”とは等身大の高橋玄洋自身の写し鏡であるが、それは実は雪の結晶で教科書に登場する「中谷宇吉郎」と云う意味でもある。
何故?『人工樹林』では、主人公の名前が“宇吉郎(福島県の田舎の出身)”と、そうなるのか?である。“高橋玄洋”自身が顧問を勤める北海道帯広市の製菓会社『六花亭』は、「中谷宇吉郎」から来ている。255ページに『リヤカーに酒を積んで歩いた道』と書かれているのは、麒麟麦酒の小西秀次社長の事を名指ししている訳である。又、飛行機墜落事故の2件<深井醤油店の軒先を壊したと、新光寺の間に墜落した>と云うのは、地理的に云うと「所沢市長 平塚勝一の自宅」である。つまり、【富士見産婦人科病院事件】には「明治屋=三菱財閥=麒麟麦酒の小西秀次一族(海軍)と磯野長蔵(明治屋・麒麟麦酒)、更に市長平塚勝一(海軍)」が深く関与していると語っているのである。この麒麟麦酒は戦中に大規模な工場拡大をしている。それも、劇薬ばかりを扱う工場である。社員がビールを製造する工場で劇薬ばかり扱うのは危険だと云っても、磯野長蔵(=小西秀次)は強行的に工場建設を拡大したのは何故か?その答えは、小西秀次が15年間も営業の部長職にあったが、その後一転して社長職に就くと云う社内人事に関係している訳である。小西秀次は「磯野長蔵の麒麟麦酒」に入社時点で既に社長職に在った。そう考えるべき人物である。さて、小西秀次が戦中の統制会時代に、麒麟麦酒工場の増設が優先的にできたのか?と云えば、「軍需指定工場」に成ったからである。この「統制会」を最初に作ったのは、鈴木善幸元首相が書いている様に「大日本水産会」の組織である。これを、手本として帝國議会が「統制制度」を強化する法律を作り、戦時体制が精神・神経構造にまで介入する訳である。麒麟麦酒がビールを増産することが、“国へのご奉公”と云うことは考え難い。ビール醸造よりも、弾薬と食糧が優先順位である。だから、理研は「人造酒」を製造した訳である。そして、麒麟麦酒の社員は、磯野長蔵(=小西秀次)に対して、「食品工場で劇薬を扱うのは良いのか?」と聞いているのである。麒麟麦酒の工場には、“遠心分離機が並列に多数並んでいる写真がある”それは、まるで「ウラン濃縮工場」と同じ配列である。つまり、麒麟麦酒が軍需工場に指定され、劇薬を取り扱う食品工場に変更されたのは、麒麟麦酒の工場が“ウラン濃縮工場”に成ったからである。それは、「三菱原子燃料工場の前身」と云う訳である。住友金属企業体は“熱拡散法”でウラン濃縮工場を操業した時期と同じである。大日本帝國の戦争指導機構『総力戦会議』の議題は「原子爆弾の製造と完成、そして実戦での使用とその効果」だった訳である。それは、昭和13年から非公式で進められていたのである。しかし、技術的に数多くの問題を解決できなかった為に、昭和16~17年までに完成できなかっただけの話しである。麒麟麦酒の“ウラン濃縮工場”がフル稼働しても、ウラン238に0.7%しか存在しないウラン235を抽出し、更に濃縮し粉体にして、固体に成形する訳であり、それに、起爆装置の中性子弾も未開の分野だし、起爆装置が大きく成りすぎるのだから、問題山積である。結論から云って、『麒麟麦酒のウラン濃縮工場は遠心分離機の回転数不足と金属腐食などの問題から濃縮の失敗に終った』のである。そこで、今度は別の観点からウラン濃縮技術に挑戦する訳である。それが、『酵母』である。麒麟麦酒も朝日麦酒もサッポロビールも小西酒造なども『醗酵』である。これとは逆に『理研の人造酒製造技術』がある。微小な世界を覗く『電子顕微鏡』も既に登場し、サイクロトロンも小型から大型化(現在は巨大化している)に入る技術が確立して、はじめて『原子の世界を視覚化と数値化』できる所まで近づかないと「原子爆弾」は完成できないのである。
それが、NHK日本放送協会の云う『電子立国 日本(=韓国=台湾=満洲)の自叙伝』である。麒麟麦酒のウラン濃縮工場は実験プラントを経ないで、いきなり量産工場を建設して失敗したので、大日本帝國政府は、森永食糧工業(森永製菓ーNECー住友企業体ー川崎・宇田財閥)の静岡県の大場工場で、理研の仁科芳雄・湯川秀樹らの技術指導体制で巴工業(歌手 佐良直美)“ウラン濃縮工場を稼働”させて、ウラン濃縮に成功する訳である。先の麒麟麦酒の小西秀次社長が得意とする『酵母=醗酵技術』が、現代医療の最優秀選手である抗生物質/拮抗微生物(きつこう びせいぶつ)化学が産んだ【ペニシリンとストレプトマイシン】に結びつくから、三菱企業体(コンツェルン)の製薬部門として、世界中で商売できるのである。その小西秀次社長=ビール産業体が、次の「企業商品」として売り出したのが、【富士見産婦人科病院事件】と云うだけの話しである。勿論、この間には森永製菓自身が犯行した“森永ヒ素ミルク事件”がある事は、云うまでもない事である。北海道の全国区的乳業メーカー「雪印乳業は解散」したが、ヒ素ミルクを製造した森永製菓(乳業)は如何してか?健全企業と云うのが、日本・南北朝鮮結合双生児国家の特長である<この葉が沈んで、石が浮く>と云う訳である。だから、結合双生児国家は不自然な体質機構なのである。これを是正することは、キリストもアラーも提婆もできない。何しろ世界中の大学が創価大学の日蓮宗主義に支配された“釈迦族”だからである。米国大統領“オバマ”氏にアメリカとアフリカとインドネシアの橋渡し役を頼む、「ロックフェラー財団ーメロン財団ーカーネギー財団と、各州の大手財閥」は結局の所、“土方根性(どかたこんじょう)”だから、日本=韓国の結合双生児国家の同盟ラインには勝てないのは当然である。だから、日本政府は国家総力戦で『体外受精技術=人工授精(高橋玄洋は“人工樹林”と呼ぶ)』の完成に挑み、短期間の内に欧米の体外受精(人工授精)技術を追い越して、そこから産まれた薬品で、世界の製薬販売圏を拡大したのである。だから、日本人の若くて健康な女性を、1万人~1万5千人だろが、3万人だろうが犠牲にしても、国家総力戦に於いては、無視できるのである。それが、日本赤十字社精神であり、慶応大学医学部・東大医学部などの悪餓鬼学生らの所業である。だから、司法府も行政府も立法府も一致団結して、被害者を黙殺する為に、脚本家“高橋玄洋”が書いたシナリオとして歌舞伎演目「野々村病院番外編ーー北野早苗・千賀子ファミリーと被害者同盟の対立構造を司法の場で演出した。ーー」現実では、加害者と被害者同盟の両者は同体である。本当の被害者は黙して死んでいる。これが、日韓結合双生児機構の特長である「対立を演出した“ねじれ根性”」が、此所でもいかんなく発揮されている訳である。これを、マスコミの政治部記者らは「ねじれ国会」と呼ぶ訳である。ここで、仮定として歴史を見る事は出来ないが、仮に日本が原爆製造に1941年(昭和16)~1942年(昭和17)に完成できたとして、大日本帝國政府は米英同盟に対して、日本製原爆を実戦使用しただろうか?と云う問題であるが、これに対する答えは、NOである。大日本帝國政府は米英に対して、実戦使用はしないのである。その理由は、上記に書いた<ロックフェラー財団が、大日本帝國政府に申し出た“公衆衛生普及”の為の援助を、大日本帝國政府が拒否した、15年後に大日本帝國政府から、資金援助を要請して、支那事変(リットン調査団)が拡大しているにも拘らず、<1937年(昭和12)に中央に教育機関の公衆衛生院(東大医科学研究所の敷地)を設置し、東京・京橋区に「都市保健館」を、埼玉県所沢町に「農村保健館{1938年(昭和13)}」が寄付されたのである。>と云うのである。この時期(1938年)を考えると、埼玉県行田市に「忍保健所」が開設されているのである。所沢保健所が先か?忍(行田)保健所が先か?と云う議論には意味がないのである。寧ろ「ロックフェラー財団と大日本帝國政府の内務省」との間で交わされた“密約”が問題なのである。ロックフェラーは、この年に死去しているから、ロックフェラー2世が財団の指導者だったと考えるべきである。ロックフェラーは“石油王・金融王”である。つまり“エネルギー=石油”の次に資源を考えるのは当然である。ロックフェラー財団は医学や工学に関しても情報収集しているから、次のエネルギー産業は“ウラン=原子力発電”を予測していても不思議ではないし、日本のテレビで常に流される「アインシュタインが米国大統領に原爆製造を直訴した」と云う歴史は日米間の政治歌舞伎である。ロックフェラー財団が出資したのは「保健館」ではなくして「エネルギー保険」と呼ぶべきものである。つまり、ロックフェラー財団の投資保険は「原子力産業」だったのである。当時は未知の領域だった「核分裂を利用したエネルギー=原子力」開発には各国政府は膨大な資金を必要としたのである。
大日本帝國政府は赤字を出しながら、満洲建國を急いでいたし、資源開発の為に南方への侵攻も計画していたのだから、巨額な国債を発行し続けて、将来の大満洲帝國が“金の卵”として成長して、赤字国債を償還できれば良いのだが?程度だった訳である。大日本帝國内で収穫した「米」を朝鮮総督府に送り、朝鮮全土の民心を安定させていたのでる。だから、大日本帝國が支配する日本人自身は雑穀を食べて餓えを凌ぎながら、戦場に狩り出されていた訳である。その帳尻が露呈することを恐れて、大日本帝國政府は「2・26事件歌舞伎」を劇場型犯罪として公演して、国民を騙して日米開戦に向かわせるのである。しかし、日米両国の為政者らは、共同謀議して原爆開発(エネルギー)とペニシリン開発(製薬)で戦後の商売を考えていた訳である。だから、ロックフェラー財団(メロン財団を含む)は、大日本帝國政府が推進していた原爆開発計画と、アメリカ政府の推進していた通称“マンハッタン計画”の両方に開発資金をだしていた訳である。だから、大日本帝國政府はアメリカ領土圏に対しては、日本製原爆は使用できないのである。これが、ロックフェラー財団(メロン財団を含む)の“エネルギー保険=核開発保険”と云う訳である。その保険契約期限が切れたから、日本政府は「五十嵐教授を殺害して、イスラム教の殉教者の聖戦を煽ると云う手口で、影から“イスラム原理主義者”らの聖戦思想(自爆テロ)を高揚させ、米英に対しては、イスラム原理主義者らの言動を防諜させていたのである」その結果が『2001年9月11日 WTC米国同時多発テロ』の“ねじれた謀略”の結果である。中東諸国はそれでも、日本製(韓国製)の液晶テレビを買い、日本製(韓国製)の自動車に乗り、日本製(韓国製)の缶詰を食べ、日本製(韓国製)の薬を使用し、日本製(韓国製)の消費文化に溺れながら、石油を食べているのである。実に外道である。だから、ローマ法王(教皇)と同じに「体外受精=人工授精技術開発」を目的として、人間の体から子宮・卵巣を無差別に全摘するような、極東の悪餓鬼(日本・南北朝鮮結合双生児国家)に安い価格で石油を買われるのである。多分、中東諸国にはイスラム教ですら忘れて、中国人(華僑)と同じ“拝金主義”しかないのだろう。イランやイラクから日本に来て、薬物売買で逮捕されて、刑務所の中でも1日3度の祈りを忘れないイスラム教徒がいるのに、イスラム教圏の王侯貴族らは放蕩三昧なのである。放蕩するから金が居る。金が居るから石油を“極東の悪餓鬼”に買い叩かれる。この連鎖でヨゴザンしたね。さて、日本・南北朝鮮結合双生児国家はイスラム原理主義者らを煽って、今度は、米英欧・スペインの地下鉄で“オウム真理教団製造のサリンを散布”させる様に、聖戦思想を強化するであろうね。若しくは、ロシア製のヘリコプターからサリンを空中散布して、中東諸国を混乱させるとか?“ねじれた根性”の極東の悪餓鬼(日本・南北朝鮮結合双生児国家)と商売(交易)するのが問題である。ロックフェラー財団もメロン財団もカーネギー財団も日本・インド・中国・ネパール・スリランカ、そして、韓国の仏教思想を研究して、脳天壊了だから、何を云っても理解できないだろうがね。今や、バチカン市國のローマ法王も「創価学会の日蓮主義を信仰している」に“間違いない”と池田大作流の言葉で地獄の閻魔大王を殺しているのである。池田大作の持論は“嘘も百回言えば真実”と語っている。これを、韓国の歴史家の言葉から云えば『朝鮮人は息をする様に、嘘をつく』となるのだから、池田大作も朝鮮や中国大陸からの外来種である。だから、池田大作の非嫡出子“出口鉄城(本名:充彦)”は外人なのである。IQが高いから、文部科学省推奨の人間だね。外務省の最高顧問だと云う理由もIQから来ていた訳である。
*臨時軍用気球研究会(初代会長:長岡外史陸軍中将・軍務局長、現山口県下松市。1858年6月23日~1933年4月21日)
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第1章 はじめに 

さて、今から32年前の1980年(昭和55)9月10日に強制捜査が入った【所沢市西所沢2ー1ー13 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】には多くの問題が内在していて、問題の核心が未だに闇に覆われている訳である。その闇とは宇多田ヒカルの生母“歌手 藤圭子”がいみじくも2009年に発言した【日本はガラスで囲まれているようですね。外から見ると開放的でたやすく入れそうだけれど、実際は見えない分厚い壁があるのですね。いつかヒカルも感じるのではないでしょうか】。日本国民と国際社会の側から見ていると、“歌手 藤圭子”と云う存在自体も「透明なガラスで囲まれながら、分厚い壁の中に居て閉鎖されている」と云える訳ではあるが! さて、この“歌手 藤圭子”の提唱は前にも書いたが、この提唱の意味する【実際は見えない分厚い壁があるのですね。いつかヒカルも感じるのではないでしょうか】の「いつかヒカルも感じるのではないでしょうか」と云う文言を“国民と国際社会”に置き換えると、【福島原発がメルトスルー(溶融貫通)しても、阪神淡路大震災後に発生した個人の多重債務問題も解決しないし、耐震強度偽装事件後には、耐震強度不足を補う工事をした筈なのに、肝心の全国の原発施設は対象から外れされている間に、今度は、2011年3月11日“東日本大震災”が発生した。国債を乱発する事にマヒした経済閣僚らは国債を乱発し、震災復興もまま成らぬ状況や、社会保険庁の国民年金の使途不明事件を「日本年金機構 理事長 紀陸孝(きくりく たかし。元日本経団連専務理事、慶應義塾卒)」に羊頭狗肉して、国民の目を欺き、年金番号と年金の帳簿は存在するが、金庫は空っぽで、大和田潔・伸也・莫一族と岡江久美子の食費、衣料代に消えているのである。そして、グリコ・森永事件で世界の株式市場が崩壊し、日航123便爆破墜落事件も闇に葬られ、イギリスの保険会社が飛行機事故の債務で倒産の憂き目にあい、毎年恒例化しただけの全国戦災・戦没者追悼式と沖縄・東京・広島・長崎・大阪の戦災問題(ドイツではドレスデン大空襲など)の原因である「統制会・協調会・大原社研・浄土真宗・禅宗などの会長職/管長職にあった戦争遂行指導者に対する戦争指導責任など」に関して、いまだに全てが、“歌手 藤圭子”が云う<「“分厚い壁”に閉じ込められた日本社会機構」と云う、日本国民からも国際社会からも見ない社会機構に成っていることを、“いつか国民と国際社会も感じるのではないでしょうか”>。そして、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】と云うドイツ医学主義・ヒトラーの忍術(バイエル州の謀略外交)主義等と云う“分厚い壁”に隠された魑魅魍魎国家の南北朝鮮民族が支配する「京都・奈良・徳島・高知・埼玉・岩手・兵庫などの釈迦白足袋族」から、世界に拡散した日蓮・親鸞・白隠・弘法・空海・道元などを総括した文部科学省宗務機構が推奨する「オウム真理教団思想」としての印度ー中国ー韓国の3国伝来の日本型仏教思想支配から国際社会は“いつか目覚めるを感じる日がくるのだろうか?”と云う訳であるが。野田佳彦首相が10月07日に東京電力福島第1原発4号機を5分間観光した。其処には1,533体の燃料棒が保管されていると云う、島根原発の1号機には1,140本が保管されているし、燃料集合体は400本/68トンである。これらを、念頭に置いて野田佳彦(泥鰌)首相の東京電力福島第1原発視察を考えると、東京電力福島原発は本当にこれから始まる長い長い道のりの、入り口に辿り着いた程度だと云わなければならないのである。国民の前には矢張り「分厚い壁で囲まれた、鉄城が存在している」訳である。実は原子力問題と富士見産婦人科病院事件は“同じ根っこ”から生えているのである。それが、公益法人 日本母性保護保護産婦人科医会(現日本産婦人科医会)と法政大学大原社会問題研究所=旧協調会と一般社団法人 日本乳業協会と国際的な企業「Nestle ネスレ」と四国の三菱(岩崎)財閥 三菱コンツェルンの麒麟麦酒株式会社(Kirin Holdings Company, Limited)と平和相互銀行を呑み込んだ、住友銀行(現三井住友銀行)と生命保険協会に所属する全ての会社が関係している訳である。その証左が、2000年6月に発生した、通称「モナザイト事件」でる。放射性物質のモナザイト鉱石をタイ国から約150トン輸入し、日本国内で約40トンに精錬した上で、北朝鮮政府や各国政府に販売で計画し、北朝鮮政府とは商取引が成立した様だが、その他の政府機関とはどう成ったかは不明でるが、日本国内の各地に隠匿したのが、埼玉県大宮市大成に1トン・熊谷市に1トン・羽生市上手林に3トンと長野県辰野市平出に15トン・北尾張部に2トンと茨城県土浦市に18キロ(浦和市から輸送)と福岡県北九州市門司区は不明と東京都青梅市に20キロと千葉県市川市に10トンと三重県鳥羽市幸丘に8キロと愛知県内は不明で、新潟県の15トンは北朝鮮に荷積みされる予定だった訳であるが、この事件の主犯関係者は、<『財団法人 日本母性文化協会』(東京都新宿区西新宿の雑居ビル→東京都台東区上野5)最高顧問 志賀嘉久郎(当時74歳、現市立神戸図書館長。志賀直哉の血筋。)、理事長 池田弘(当時84歳、埼玉県新座市在住、鉱山の専門家。南方資源)、東京都中野区鷲宮6丁目 解体業 内西次生(うちにし つぎお、当時42歳)>となる。事件の発覚は長野県の業者がモナザイトの化学分析を依頼した事と、内西次生が首相官邸と官庁にモナザイト入りの手紙を郵送した事から発覚したと云うのであるが、この『財団法人 日本母性文化協会』なる団体の活動目的が<母性の向上に努めてきたー老人ホーム、青少年育成が主体>と証言している。このモナザイト40トンの内20トン近くが、未だ所在不明のままである。イラン政府やイラク政府やインド政府などが購入した可能性も存在する。何故なら、内西次生が日本政府機関に「モナザイト入りの手紙」を郵送したのは仲間内の分け前で“もめた腹いせ”にしたと供述しているからである。北朝鮮政府以外の政府と商取引が成立し、高額の利益を得たから、分け前で揉めたと云うのなら、内西次生の証言の通りとなり、各国政府の内数カ国は購入しているとなる。モナザイトが20トンなのか?ウランを抽出した20トンなのか?それから、モナザイト鉱石を何処で、どのような方法で精錬したのか?その精錬過程で硫酸またはアルカリ(重炭酸曹達、炭酸曹達)などの危険化学薬品が使用されたことは容易に理解できる。それだけの設備を持つ企業は限られてくるが、毎度おなじみの“分厚い壁”が立ちはだかるのである。オウム真理教団の大規模サリンプラント設備と化学薬品の大規模入手経路ですら、国民には知らされていない。これが、小沢一郎がディ表(代表を創価学会員ではディ表と呼ぶ)叫ぶ『国民の生活が第一』と云う政党が成立する社会機構に疑問を抱かないのが、日本の社会機構=天皇制である。よく国際社会はテロリスト国家“日本=南北朝鮮”を野放しにするものである。流石「土方国家(どかた こっか)の代表選手であるアメリカとロシアと中国」だね。国連でテロ・テロ支援国家を封じ込めるとか大演説をするわりには、有効的な解決策が見いだせない訳である。これが給料目的で働く、国際公務員が動かす「国際連合とか国際赤十字機構」なのである。国連の大義で内戦に干渉するしか脳がないのが、国連脳天壊了主義である。経済制裁も国連軍派遣もなしで、紛争が解決できないのが、ハーバード大学やケンブリッジ大学の博士号取得者だね。ノーベル賞が貰えると餌を見せれば、アメリカの大統領・国務長官らは働く気持ちが少し出て来る。此の程度が、「世界の賢人と呼ばれることを好む卑しい人々」である。逆に、ノーベル賞を受賞(買う)する事で、出世する形で“権威付け”をして、国民からの非難を回避するか?強権的に威圧できる効果を狙う訳である。勿論、キリスト教の“権威”ローマ法王(法皇)と云えども卑しい人格であることは云うまでのない訳である。これも、創価学会SGI会長 池田大作(死亡しているのに、葬儀すら出せない。)が、云う世界の宗教界の“ディ臣”である。京都府の天台宗 比叡山(山田惠諦)が開催第1回の「世界宗教者会議」に集まるのは宗教者の「権力誇示の儀式」である。馬鹿面さげて良く会議に出席するものである。宗教では人は救われないし、国連機関と国際赤十字社は「権力機構」だから、人類の恒久平和を破滅させることは在っても、「平和」を構築する努力はしない。それは、日本の科学主義と云う思想が原因だから、「世界恒久平和」とは同居できないのである。“人間関係学”を主体にした「精神神経科学主義(精神と神経を細胞レベルで科学的に数値化する。例えば脳波測定やサイコガルバノメータ等の電子機器)」を利用した「宗教=オウム真理教団型=ヘッドギア」しかないことに疑問を抱くものが居ないから、不思議である。だから、「世界宗教者会議」も“分厚い壁”で囲まれた「鉄の城=鉄城」である。企業の社員教育を宗教家(禅・浄土真宗・・)がコンサルタントするか?精神科のカウンセラーがコンサルタントするのか?防衛省の自衛隊体験入隊がコンサルタントするのか?資本主義を礼参する資本主義体制国家の「有価証券=株」至上主義と、共産主義政党国家の幹部が欲しがる「株式資本金」と云った「勝組と負組」思考が支配する「企業戦略社会思想の中で奔走させられている人間」ばかりを偏差値教育機構が養成している訳だから、道元禅師の書いたとは思われない「正法眼蔵」を片手に、札束を数えている自分に気がつかないのは当然である。逆に宿無し興道(澤木興道)の弟子「草笛禅師(横山祖道禅師)」の様に、無一文となり、長野県の「懐古園(小諸城跡公園)で、草笛を吹いて1日中座禅して、夜はアパートに帰り眠る。外人がそれを真似して、広島県の曹洞宗専門僧堂「国泰寺」の住職に成った訳だが、東京都品川区4丁目認可参禅道場「東照寺国際参禅道場=直心道場」の法務担当兼住職“出口鉄城・由美子ファミリー”の修業には及ばないのである。それは、出口由美子(旧姓:横田、岡山県清音村。山梨県の下部温泉“源泉館”)が、閔妃(ミンビ)の直系の血筋だからである。だから、「日本=南北朝鮮の結合双生児国家体制」が成立する訳である。今年(2012年)中に分離手術をすべきである。分離手術をしないから【所沢市西所沢2ー1ー13 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】 は、「分厚い壁に囲まれた“鉄城”」と云う訳であるし、同じ国家犯罪を繰返す訳である。ここまでで、【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の裏でシナリオを書いて、劇場型犯罪を好む劇場型政治家らが首謀者らの主犯名と企業名を先に答えた形になって仕舞ったのだが、此の『劇場型の国家犯罪社会機構の闇』は深くて広くて、終着点がないのでる。
この【所沢市西所沢2ー1ー13 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】で、表舞台に登場して居るのは『北野ファミリー=北野早苗理事長ー北野千賀子(旧姓 浅岡)院長ー北野純子(北野早苗の長女、昭和26年1月生)ー浅岡由理子(秘書課長・千賀子の姪、昭和30年生)ー<北野朝峰(北野早苗の長男、日大医学部平成4年卒。スコットレディースクリニック院長、産婦人科医)>ー青井保男副院長ー手塚一郎副院長ー佐々木京子医師ー堀八重子分院長ー三枝宏行(秘書室長、元共同通信記者)』である。時系列で、【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の劇場型国家犯罪の開演ベルから演目の内容を見ると、次の如くである。
1、医療法人芙蓉会事件の舞台開演は、1971年(昭和46)6月29日に登記された「本院(所沢市西所沢2ー1ー13)=鉄筋コンクリート造陸屋根 6階建」である。
2、医療法人芙蓉会事件 第2幕は、1980年(昭和55)9月10日の埼玉県警の強制捜査である。
3、医療法人芙蓉会事件 第3幕は、1980年(昭和55)9月12~13日に始まった「マスコミ報道と法廷劇、被害者同盟 小西熱子代表幹事の活動」
4、医療法人芙蓉会事件 第4幕は1982年(昭和57)06月08日(火)の医療法人芙蓉会 分院(所沢市緑町)を、“ローズ・クリニック(当初は芙蓉病院を申請)”と改名して医療業務を再開した。
5、医療法人芙蓉会事件 第5幕は、チェーリー・クリニック=スコットレデース・クリニックを北野早苗の長男名義(日本大学の医学部・産婦人科卒)で開院した。
ここで、注目されるのが、第4幕の「ローズ・クリニック」の開院である。【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院】を廃院にしないで、医療行為を継続する目的で、分院を温存して本院を再開する計画だった訳である。この『ローズ・クリニック』の院長に就任したのが、「方倉国臣(かたくら くにおみ。東京都日野市の内科医。)」である。新聞記事では、<医療法人芙蓉会が1971年(昭和46)に【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院】の開院を埼玉県に申請した際の理事長が“方倉国臣”で在ったが、日野市で経営していた病院業務が多忙だったのか?医療芙蓉会 富士見産婦人科病院の理事長には“北野早苗”が就任し、事件発覚後の1979年~1980年に再び“方倉国臣理事長”案が復活したが、「1978年(昭和53)8月 麻薬取締法違反容疑で東京都衛生局に摘発(不起訴)」された経歴が問題となり、理事長に就任出来なかった。>と云う事のようである。司法警察の動きを察知した“北野ファミリー”が、事件発覚前の1979年~1980年にかけて、医師免許なしの“北野早苗理事長”から医師免許ありの“方倉国臣”に鞍替えする計画だったことは容易に推測される。この“方倉国臣”が経営していた病院は『第2方倉病院(東京都日野市日野台5ー10ー3 ℡0425ー81ー2761)診療科目:内科、病床数89床)院長:成田甚三郎』である。当時の個人病院としては、病床数89床は平均より少し多い様である。しかし、第2方倉病院と云うのだから、本院が別名で存在している筈だが、1979年発行の「病院要覧(編集者:厚生省医務局総務課、発行者:株式会社 医学書院)には見当たらない。1978年8月の麻薬取締法違反容疑で本院を閉鎖して、分院だけを方倉国臣院長は残し、第2方倉病院を大学病院繋がりの“成田甚三郎”にして、細々と医業を繋いでいた所に、【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院】の北野早苗から月額50万円の理事長就任の話が舞い込んだと推測されるが、若くして本院と分院89床を持つ病院経営をしたことが、麻薬に関与したのだろうか?東京都日野市は病院の激戦区並の数が存在するが、自ら麻薬に関与したのか?北野ファミリーの謀略に嵌(は)められたのか?は分からない。麻薬取締法違反容疑が不起訴で医師免許のある“方倉国臣”は理事長には相応しくないと埼玉県の保健機関は意見をだし、医師免許はないが詐欺師としては国宝級の“北野早苗”には長い間“病院理事長”をすることは許可していたのである。どちらにしても“方倉国臣”と北野早苗には、昔から接点が在ったと考えるのが筋である。それなら、北野早苗も麻薬に手を染めていたとなるが、司法制度は悪党を守る為に存在しているので、そこまでは捜査も調査も関与もしないだから、オウム真理教団の経営していた「オウム診療所」の麻薬商売にも寛容なのである。だから、厚生省は「オウム診療所」を行政査察しなかったのである。だから、埼玉県警所沢署では「東京理科大学の学生が落とした学生証などの入った定期入れを、拾得物係の会計課に届けると、現行犯で逮捕する」訳である。浦和地方裁判所川越支部の裁判官も検察官も、所沢警察署と一致協力「拾得物届出不敬罪」を今でも連呼しているから、榎本東州への嫌がらせを続けている訳である。国際社会に対しては「法治国家」で、その法治で囲まれた「“分厚い壁”の中では、為政者の傍若無人で無軌道な言動」が、まかり通る。それは、「常識がない」とでも云おうものなら、平民の分際で何を云うか!と公務執行妨害で現行犯逮捕である。最も、東大や京大や北大では「常識を捨てろ」と教育する訳だから、霞ヶ関の高級官僚を始め、「日本人には常識がない」のは当然である。
さて、先の“方倉国臣”の学位履歴は次の通りである。
方倉国臣ー現在は「小筑紫診療所:内科・皮膚科・泌尿器科(高知県宿毛市小筑紫町福良14-10)」院長。
博士論文
1、学童・生徒の発育の地域特性に関する研究。
  学位の種類:医学博士。
  授与大学名:東邦大学
  報告番号:乙第463号
  授与年月日:昭和50年4月7日
  個人著者標目:方倉国臣     
2、東京都心学童に対するリジン補給に関する研究
  福井忠孝, 土谷文彦, 富吉冨貴代, 中田久世, 方倉国臣
  徳島大・医・公衆衛生
3、賞罰
  1978年(昭和53)8月 麻薬取締法違反容疑で東京都衛生局に摘発(不起訴)
高知県宿毛市小筑紫町と云えば、伴鉄牛老古佛の弟子だった「高橋鉄肝(香渡機外(規外)尼が母)」が、愛媛県松山市「法龍寺(通称 大名寺)」の“栗田伸美老師”に師匠変えして自殺した「鳳彩寺(宿毛市小筑紫町伊与野)」の在る所である。その「鳳彩寺」に原田祖岳の開山位牌を置いて、原田祖岳の提唱をするもだから、檀家が怖がって逃げ出した訳である。そう云った経緯が在った訳ですね。さて、“方倉国臣”の場合には、どうして、日野市から所沢市へきて、今度は高知県宿毛市に行った経緯とは、どのようなつてで関係ができたのか?と云えば、【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の劇場型国家犯罪の主犯である「甲州財閥と川崎・宇田財閥」が、用意した診療所と云う訳である。
ここまで【医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の劇場型国家犯罪の主犯に関する結論の一部だけを前書きとして書く訳である。それは、『芙蓉会事件』は実に“分厚い鉄の壁で囲まれた城”だから、単純化して説明できる機構ではないし、単純化は単なる批判で終って仕舞い、問題の本質を見失うから、実に観察と思考を繰り返しながら、進むことが肝要なのである。
それでは、本論に入ることにすると、【所沢市西所沢2ー1ー13 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に関する当時の新聞・週刊誌などの報道で、一般的に認識されている事項は、不動産・動産詐欺と恐喝が専門の「北野早苗(男)」と共産党系医療機関(医療生協)の産婦人科医「浅岡千賀子(後に北野と結婚)」が組んで、当時最先端と云われた「超音波断層診断装置(ME機器)と心電図機器」を駆使して、20歳から40歳未満の健康体の女性の子宮と卵巣を対象にして「全摘出手術」を行い、高額の医療費(1人当り60~100万円)を不当に請求し、更に政治家や高名な産婦人科医やジャーナリストを広告宣伝に利用し、同時にこれらの人々を代表に据えた「芙蓉会 友の会」を設立し患者間の情報を統制し、医療と云う名前の裏で、人体実験を継続的に繰返し、多くの家庭を崩壊に至らしめたのである。『不動産・動産詐欺と恐喝が専門の“北野早苗(男)”」が、堤義明(西武鉄道)の“飯能ゴルフ場”で出会った『女医 浅岡千賀子(共産党系 医療生協)』と組んで、知識も経験もない「医療の世界」で赤い絨毯を敷きつめ、喫茶室から美容室まで完備したホテル並みの産婦人科病院を建て、そこで当時としては最新型のME機器(最初は1台で後に6台に増設ーオーストラリア製の大型UIオクトソン、日本製の小型アロカ)を利用して、女性患者(妊婦)に対して「子宮が腐っている。子宮ガンだ。今直ぐ手術しないと今死ぬ。」等と云い、最初は夫(家族)の承諾書はとらなかったが、後に夫(家族)の手術承諾書を脅迫的に取付け、女性患者の正常な子宮と卵巣を摘出した為に、女性患者は次々と体調を崩し、精神的な傷害を強要せられたのである。芙蓉会 富士見産婦人科事件に関する書籍はけっこうな数あるが、北野早苗の犯行動機については、司法制度の判例主義から守られているが、真実を語る者の霊魂は閉ざされた闇の中で燻り続けている訳である。芙蓉会 富士見産婦人科事件で特長的共通項を探すと、それは、大日本帝國海軍の軍人らと云う点である。主導的な役割を果たして“北野早苗”は海軍の横須賀基地に居たと云い。北野早苗から政治資金を受けていた所沢市長“平塚勝一(旧姓 金子)”も横須賀の海軍兵学校である。この北野早苗・千賀子の「芙蓉会 富士見産婦人科事件」では、全摘された正常な女性の子宮と卵巣が、「アルコールに漬けられて“ネスカフェのビン(佃煮のビン等もある)”に詰められ」て、棚に所蔵されていた。これらの臓器は事件発覚後に“証拠保全”されて、司法機関と被害者同盟の手によって、順天堂大学病院と防衛医科大学病院と東大医学部で臓器鑑定された様だが、裁判官も検察もそれらについては一切を証拠として採用しなかったと云う実に不思議な裁判が行われた訳である。この【芙蓉会 富士見産婦人科病院】では、将棋の名人位“羽生善治(常陸宮華子と米長邦雄の子)”と連続少女誘拐殺人事件の“宮崎勤(美智子皇后と坊城俊民の子)”などから芸能人関係者らが出産しているのである。“絶対音痴”だから世界的な棒読み歌手になれた「歌手 山口百恵」を、外国人青年が「菩薩」と呼ぶのは、山口百恵の生母が“常陸宮華子”だと知っているからであり、胤が北野早苗だからである。それは、【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】で北野早苗・北野千賀子(旧姓:浅岡)夫婦が日本赤十字社に売却した「人間モルモット(人体実験)」の代金が、CBSソニーの酒井政利プロデューサーに支払われたから、“絶対音痴の山口百恵”が菩薩歌手になり、富士見病院事件が発覚すると、突然の芸能界引退と三浦友和(司法警察職員の子ー父は浅間山荘事件担当)との結婚報道となり、何故か?芸能界引退コンサートの「山口百恵の白いマイク」が現都知事 石原慎太郎の弟石原裕次郎記念館に安置されるのである。石原慎太郎/裕次郎の悪餓鬼兄弟なら山口百恵の股くぐりは何度もしている訳である。山口百恵の白いマイクとは、石原慎太郎/裕次郎の悪餓鬼兄弟の男性陰部の象徴と云う訳である。何故そうなるのか?と云えば、今年2012年秋頃を目指して、与野党が共同謀議して始まった<日本政府機関が裏から、中国や韓国内のヤクザ(暴力団関係者)らに金銭を渡した上で、煽動して所謂「尖閣諸島や竹島問題」で騒ぎを起こし>野田佳彦首相を引きずり下ろして、民主党政権から自民党政権と橋下徹政権(大阪府族)に転換をはかり、世界の政治システムを韓国/日本型に引き摺り込む訳である。だから、石原慎太郎の戸籍上の子“石原伸晃”が総理大臣に成る方向で政界の根回しが進んでいる訳である。この“石原伸晃”が石原慎太郎と常陸宮華子の間に出来た子供だから、皇室・皇族・旧華族としても常陸宮華子の非嫡出子“石原伸晃”を首相にして、皇室制度を堅持するという目的がある訳である。石原慎太郎は“常陸宮華子”とセックス関係にあり、三島由紀夫は“正田美智子(皇太后、現在は影武者)”とセックス関係にあったと云う訳である。セックスをすれば、当然子供が出来るから出産所が必要となる訳で、その出産所が【芙蓉会 富士見産婦人科病院】だったと云うだけならまだしもだが、それ以外の機能も【芙蓉会 富士見産婦人科病院】にはあったのである。それが日米が演出した「真珠湾攻撃」という政治歌舞伎だが、日米英豪独伊・・と中国と韓国とアジア諸国の市民は生き地獄を味わう事になった訳である。本当に「政治家と云う人種は、犬の糞以下の人格しかない人間が好む“政治を飯の種にする”下賤な種族」と云う訳である。マアーね。日本やイギリスやオランダなどの、王室や皇族の使い走りばかりしを、アメリカとロシアがしているから、人間が卑しくなると云う一面もありますがね。中国のことは石原慎太郎が良く知っている筈である。犬の糞も人間の糞尿も、逆の面から見れば、糞の役にたつのが、スカラベである。スカラベなら糞の役にたつが、政治家は糞の糞でしかない。そして、スカラベは王家の紋章だった時代もある。それなら、政治家は何時の時代も皇室・皇族・旧華族の糞転がし(スカラベ)と云う訳である。だから、ヒトラー総統も、台湾総統も皇室・皇族・地方財閥のスカラベとなる。そう云った訳で、現在ではアメリカもイギリスもフランスもロシアなども「日本の政治的・経済的な奴隷状態(衛星国家)」なのに、世界は「日本ー韓国ー台湾ーインド」の経済支配構造から抜け出せない状況に甘んじているのか?若しくは“ぬるま湯的な政治体制=ヤルタ会談=日本製原爆の製造使用という密約体制”に甘んじている訳である。逆に支配階級(四国 川崎・宇田財閥と広瀬・名取・若尾の山梨財閥)が日本国民に対して植え付けた思想教育と精神コントロール(怒りの制御或は目隠し)は、「アメリカの奴隷憲法からの脱却とか! 憲法9条の護憲とか! 北方領土返還とか? 沖縄の米軍基地反対とか? 所沢の米軍通信施設の返還とか? 横田基地の民間使用とか? 米軍の岩国基地へのオスプレイ配備反対とか? 丹羽宇一郎駐中国大使に対する中国政府の対応とか? 尖閣諸島を政府が買収するとか? 韓国の歴史大河ドラマの行方とか? 北朝鮮海軍が韓国の軍艦を魚雷攻撃したのに、軍事同盟国のアメリカ海軍が静観したのは怪しからんとか? “横田めぐみ”を還さない北朝鮮には核攻撃しかないと、全国を講演旅行する横田滋・早紀江夫婦に寄附したりとか?」何処をどうみても、国民の精神と思考を停止(目隠し状態に)させる内容ばかりである。それに反して、国の為政者(支配者)らは、司法制度の枠外だから、自由気ままに発言したり行動している。今度は野田佳彦首相を引き摺り下ろして、自民党政権に移譲して日本国民も世界の人々をも怪惑(けんわく)するのである。それは、2012年8月10日に「埼玉県狭山市の市立入間川中学校で、プールに金魚300~400匹を捨てた」と云うニュースが現している。これは、芸能人“AKB48”や“乃木坂46”などの「学校法人瓜生山 京都造形芸術大学 秋元康プロデューサー」を中心とした未成年の少女の内で歌や踊りを訓練したが、商品価値がないと判断した学校側が、諸外国の政治家や軍人や財界などの社会的権力や影響力のある人物らに人身供養(売春)をさせていると云う話なのである。流石、京都府・大阪府・大阪市の釈迦白足袋族は無軌道な言動ばかりである。司法警察職員も買春組織だから興行師集団「ソニーミュージック」を野放しにしている。そんな、日本型の色物政治(性欲処理政治)に騙されるのだから、世界の為政者らは日本製造の原爆と原子炉を抱いてねていればいいさ。それは、1945年8月6日・9日に日本組んで政治的な演出をした歴史上の謀議『広島・長崎での原爆による人体実験』を、アメリカのマンハッタン計画の成功だと云う虚飾にまみれた歴史を未だに続けている世界の為政者なら原爆を枕にしてプーチン チンコロ(プーチン)大統領は高鼾(たかいびき)する訳だ。馬鹿な大統領を国民が選んだのではなく、ロシア財閥がプーチン政権を固持している訳である。原爆を枕して寝るのだから、土方(どかた)国家のアメリカやロシア人は男性陰部は大きい訳だ。それをロシア女性は「ディク・ミネ(三根徳一、母は日光東照宮の宮司の娘、戸籍上には無いがドイツ系のハーフである。)」と歓喜して呼ぶ訳である。馬鹿な大統領を国民が選んだのではなく、ロシアの地方財閥がプーチン政権を支持している訳である。中国やロシアや韓国は初めから世界の孤児だから別にして、アァー中東の産油国で石油を食べている王国貴族も世界の孤児か?。だから、今後は日本と韓国と台湾を国際政治の世界から除外して国際社会の枠組みを変える。それなら、世界が生存する道を選んだとなる。そう云った観点で見ると、徳川家康の鎖国政策は、実は安土桃山時代から戦国大名らがメキシコから、東南アジア諸国に銀行ギャング(武士道)を輸出した為に、世界が困り「日本と云う島国に銀行ギャクング(侍・皇族ら)を幽閉した」となるのである。それを、「土方国家のアメリカが世界の禁を破り、日本(徳川と西南雄藩)と組んで、世界に飛び出した」結果が第1次世界大戦から第2次世界大戦から朝鮮戦争・ベトナム・カンボジア・アフリカの内乱・イスラエル建国等々に発展しているのである。江戸時代は鎖国と呼ばずに、世界が悪餓鬼民族=釈迦白足袋族を幽閉した島流し政府を呼ぶべきものである。さて、その「世界から幽閉された釈迦白足袋族」が、【日米共同で作りあげた「偽りの歴史=真珠湾攻撃」】と【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】が繋がり、【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】が母体となって【オウム真理教団の山梨県上九一色村のサリン製造から地下鉄サリン事件】に連鎖するのが日本社会のテロ国家なにの、未だに世界は日本(今は韓国名に変更)の自動車や電子機器を買い漁っているのである。アメリカも欧州も農業作物を日本に買って貰って、日本からは高額な自動車や自転車や集積回路基板や林檎やバナナや缶詰めやビールを売りつけられているのに、よく世界の人々は我慢しているものである。世界の富は全て日本の釈迦白足袋族の銀行団(日本銀行・東京三菱銀行・みずほ銀行・三井住友銀行・山梨中央銀行・・・)に奪われてしまっている。ロックフェラー財団とロスチャイルド家の資産を合わせても、釈迦白足袋族{四国財閥=川崎・宇田財閥と、山梨県の甲州財閥=名取・若尾財閥。京都府下の家元制度}の所有する資産はその100倍は超えている訳である。この【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の断面を切ると、【オウム真理教団の山梨県上九一色村のサリン製造から地下鉄サリン事件】が現れるし、人脈と云う角度から【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の断面を切ると、【真珠湾攻撃の日米間の政治シナリオ】が露呈してくるのである。つまり、【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】とは、『理事長 北野早苗と院長 北野千賀子(旧姓:浅岡)』が表看板で事件の裁判という舞台に立ち、その実態は戦中の生物兵器部隊「731部隊」が暗躍し復活していたと云う訳である。【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】については、多数の書籍が存在するが、その主たるものは「富士見病院被害者同盟(代表幹事:小西熱子)」発行の本と、三一書房「追跡 富士見産婦人科病院 織田浩著」と、当時の月刊誌や週刊誌や新聞記事である。しかし、その論調は【北野早苗・千賀子夫婦に正常な子宮・卵巣をME機器で診断して全摘出手術をされた】そして、裁判では傷害罪は問わないで、民事賠償請求となり、『全摘出の子宮・卵巣は証拠扱いしない』と云う流れである。不動産・動産(有価証券等)詐欺師の北野早苗が、詐欺した金だけで、豪華なホテル並みの産婦人科病院を建設し、闇雲に『成人女性の正常な子宮と卵巣』をとりまくり、事件性はないと司法制度が判断する根拠が国民には理解できないと首を傾ける事しかできない。事件を謀略した【国家の犯罪】を白日の下に曝(さら)し、国家が国民を虐殺す続ける機構を暴けば、過去に国家が国民をジェノサイトした歴史が分かるし、権力機構は自然と倒壊する訳であるが、釈迦白足袋族が支配する日本の縦型社会機構(=天皇制=階級制度)権力を打ち壊さない限り、日本は国際社会に適応する事を拒み続け、そして、再び同じ“歴史の轍を踏む”ことを選ぶのか?国際社会が、「世界を壊して歩く日本」を鎖国社会として徳川時代と同じように「島国一つを与えて、日本人を幽閉する」のか?であるが、日本の釈迦白足袋族(京都・奈良・和歌山・徳島・愛媛・山口・岩手・埼玉県新座市など)は、北朝鮮政権と通じあって、北朝鮮海軍の潜水艦を利用して、2010年3月26日に<韓国海軍の哨戒艦艇「天安」に対して、魚雷攻撃を行い、爆沈させた事件>で、当時の宮崎県 東国原 知事と元厚生労働大臣 舛添要一と石原慎太郎都知事と赤松広隆農水大臣らと組んで、最高級和牛の宮崎牛から【口蹄疫=赤松口蹄疫】が発生したと保健所と自衛隊を総動員して騒ぎ、宮崎県産の高級和牛(松坂牛)を、2010年4月20日から北朝鮮の金首席一族に<韓国海軍の哨戒艦艇「天安」魚雷攻撃>に対する褒賞謝礼として全頭をプレゼントした次第である。日本海域で情報収集活動と監視活動を行っていた、「アメリカ・ロシア・中国・台湾・イギリスなどの海軍諜報機関」は、この「第2次朝鮮戦争への軍事挑発行動」を見て、アメリカ・ロシア・イギリス・中国などの海軍は恐れをなして、潜水艦と戦闘機による日本海封鎖を断念したし、韓国海軍が北朝鮮に対して報復的な軍事行動に討って出なかったのは、日本のパチンコ業界とタクシー業界などの在日朝鮮総連と経済的に固く結ばれている実情があったからである。だから、『日本=南北朝鮮結合双生児国家』と云う同盟機構の歴史は深くて、広い繋がりなのである。北朝鮮海軍の潜水艦が、韓国海軍の「天安」を魚雷攻撃したことで、『日本=南北朝鮮結合双生児国家』の無軌道なテロリスト結合双生児国家のいいなりになった、国際社会は「日本海」の称号を残すとした公約したのである。大日本水産會とは「南北朝鮮同盟の水産会」の総称と考えると納得が行くのである。だから、北朝鮮の金王朝は宮崎和牛がそれ程に好きな訳である。常に北朝鮮は「食糧を各国政府から掠奪する外交が主軸となっている」のである。それが、小島威彦・大森一聲(曹玄)・原田祖岳などが起こした「2・26事件のシナリオ」に登場する「東北農村の食糧飢餓と、人身売買問題」と同じ手口と成る。東北農村は豊作だったのに、斎藤実(朝鮮総督府、海軍大将,岩手県水沢出身)が、朝鮮総督府の政権基盤の維持の為に、東北農家の「米」を朝鮮民族に喰わせて、日本人は粟も稗も食べられず、大日本帝國政府の貴族院・枢密院顧問官らに踊らされて、陸海軍に青年将校が蜂起する様にしむけたのが「2・26事件」で、その結果が太平洋戦争となり、広島・長崎での原子爆弾による人体実験となり、【所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院事件】と連綿と日本の無差別大量殺戮が続いている訳である。日米開戦と云うシナリオを演出した、大日本帝国海軍とアメリカ海軍の「真珠湾攻撃」と云う実に無意味な戦端の始まりと【所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院事件】の主犯は同一機構である。その主犯の名は【麒麟麦酒株式会社=明治屋=明治製菓=明治製糖=日本ビール株式会社(アサヒビール・サッポロビール】である。だから、これらを完全に解体しない限り、国際社会は再び“同じ轍を踏む”のは確実である。だから、国際社会は再び日本に島一つだけを与えて、日本を幽閉するしかないのでる。WTC9・11同時多発も地下鉄サリン事件もスペインの列車事故もノルウェーの官庁街爆破と銃撃事件等々、何処の国でも起こりうる無差別大量殺戮事件の犯人は日本である。それがね、アメリカと云う国は「土方政府(どかたせいふ)」だから、未だに、ベトナム戦争でサイゴンが陥落した日に、日本共産党を代表する小学校教師“松岡幸雄(現所沢市選挙管理委員長、北海道出身)”をアメリカ国土安全保障省(=CIA)もイギリスの諜報機関も尋問しないのは、何故か?アメリカ軍と軍属と日本人と南ベトナム人が、サイゴンを命がけで脱出したサイゴン陥落の日に“松岡幸雄”はサイゴンの地に立って、アメリカ帝国主義を打倒したと叫び、日本共産党(皇族の宮本顕治・大森寿恵子夫婦)の大勝利を謳歌したのである。土方頭(どかたかしら)のマクナマラ国務長官は、ベトナム和平の機会(チャンス)を幾度となく逃し煮え湯を飲まされたのに、ベトナム戦争の謀略を仕組んだ日本共産党員“松岡幸雄(元西富岡小学校長、北海道出身、現所沢市選挙管理委員長、所沢市教育委員会の福島被災地報告者)”を未だに尋問しないのである。【サイゴン陥落の日に、何故?君(松岡幸雄)はサイゴンの地でアメリカ帝国主義を打倒したと叫ぶ事ができたのか?どの様ににしてサイゴンへの道のりを歩んだのか?】そんな尋問もできないのが、世界の諜報機関である。いっそうのこと【アメリカ国土不安保障省】と名称変更すべきである。アメリカ人はハリウッド映画の幻影に浸っている程度の人間しかいない。だから、陸軍中野学校(現陸上自衛隊陸諜報部)も「さんさん別れの歌」の精神からきた「ゆきゆきて神軍の軍事大国精神(=文化・平和大国主義)」が世界を支配するのである。この【真珠湾攻撃(日米海軍の海戦シナリオ(思想哲学)】から同一犯らは、【所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院事件】を起こし、東京の地下鉄で大量のサリンを散布して嬉々と喜んで、小躍りしているのである。そして、VXガスとサリンを散布したテロリストらは、だから、所沢市西所沢のアジトに潜伏していた訳である。その潜伏先のワンルームマンションと富士見産婦人科病院は歩いて3分の距離である。目と鼻の先であるが、所沢警察署は所沢市山口の粕谷重松のアパートに住んでいた榎本東州の身辺ばかり徘徊していたのである。VXガスやサリンを散布するテロリストは日本の司法制度では正義の味方と云う訳である。何度も申しますが、オウム真理教団と富士見産婦人科病院を繋ぐ者は、「東京都品川区豊町4丁目 東照寺国際参禅道場 出口鉄城・由美子夫婦」である。両事件の共通点は山梨県の「平和相互銀行=小宮山英蔵・重四郎=小宮山一族」である。今は、表向きは「三菱財閥=三菱商事」が東照寺 法務担当兼住職の出口鉄城と太いパイプで結ばれている様に、伴鉄牛老古佛の時代には、「平和相互銀行の会社参禅会」を引き受けていた関係で、東照寺の学生寮「同愛寮」の学生は“小宮山英蔵”のお気に入りで、東照寺に居たのならそのまま「平和相互銀行の社員」になれた。それ位に、東照寺の座禅会の厳しさを知っていた訳ですね。しかし、その後、「疑惑の金屏風事件」で太平洋クラブも平和相互銀行も住友銀行(現三井住友銀行)に乗っ取られてた。と云う「小宮山英蔵一族の空中分解を政治歌舞伎」で演出したから、東照寺 出口鉄城・由美子夫婦とは関係は切れたかと云うとそうでもないのである。出口由美子がキリンビール(麒麟麦酒)の元社長 小西秀次と、京都(一燈園)繋がりで深い関係に現在もあるからである。実に出口由美子は変幻自在&融通無碍である。どこにでも神出鬼没の活動をしていると云うのでしょうね。
さて、【オウム真理教団が現れ地下鉄サリン事件】を起こし、そのオウム真理教団の開祖 出口鉄城と太いパイプで結ばれた石原慎太郎が都知事になり、オウム真理教団でテロをしていた石原慎太郎の戸籍上の子“石原伸晃(生母は常陸宮華子)”が総理総裁になろうとしているのだからどうしょうもないのである。そして、出口鉄城が日本テレビと島田紳介と弁護士で繋がる「芸能人おバカな弁護士 橋下徹」が、大阪府・大阪市から国会議事堂に火をはなっているわけである。さて、【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の犯行動機とは何か?そして、本当の意味での主犯とは誰なのか?そして、本当の主犯が浮かび上がると、そこは「2001年2月10日の愛媛県立宇和島水産高校の練習船“えひま丸”と、土方(どかた)国家アメリカが所有する原子力潜水艦“グリーンビル”の衝突事故」の海域に浮上するのである。そして、5月15日にクレジーエイツ事故(有毒物質を積載した貨物列車事故)があり、その後の9月11日に9・11米国同時多発テロが発生して、今度はアメリカ全土が奈落の底に沈む訳である。その基準原点が1980年に発覚した【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】なのである。全ての犯罪行為は日本の皇室・皇族・四国の川崎財閥・宇田財閥・柳瀬(ヤナセ)財閥と、山梨県の名取財閥・若尾財閥・広瀬財閥と、山口県の岸・安倍財閥と、岩手県の花巻温泉(金田一・宮沢商店)財閥と、田中舘愛橘一族と、京都・奈良の釈迦白足袋族らが謀議しているから、同じ遺伝子パターンで繰返しているので、その種を断つしかない訳であるが!さて、さて?
こう書き進んでくる内に、自民党の総裁候補で在った“石原伸晃”から“石破茂”に移行しだしたのは、“石原伸晃”が会見で「福島原発1号機を“福島第1サティアン”」を発言した時点から、“石破茂”が登場しているが、その間に<町村信孝の入院騒動>がある。つまり、“石原伸晃”が総裁総理になる為には、馬鹿殿の石原慎太郎都知事の後ろ盾(七光り)と常陸宮華子妃が重要な訳であるが、「尖閣諸島の領有権争い」と云う政治歌舞伎の最中に<町村信孝の入院騒動>なら、つまり町村信孝の緊急入院ではなくて、馬鹿殿の石原慎太郎都知事が虎ノ門病院か?聖路加病院に緊急入院したと云う事態の方が、政治歌舞伎として筋が通る訳である。それならば、バカ殿石原慎太郎の容態は深刻だと云う事であるが、今度は都庁の公用車経費問題で登場してきたのには、政治的な理由が存在する。公用車のハイヤー代なら、韓国系を脅していることになるのだが?それでは中国の習 首席の容態と云う政治歌舞伎の続編はあるという訳である。そうこうしている内に、自民党(森と小泉が支配者)の総裁には「安倍晋三元総理ディ臣(創価学会流の表現)」が帰り咲いたのでる。後は、野田佳彦を政治問題で失脚させる道筋か?逆に花道を造って政権交代を演出するばかりである。その第1幕が10月21日の朝日新聞が東京都に対して情報開示を求めていた8事業18億円分の「2016年 東京オリンピック誘致費用書類が出て来た」から、10月25日に東京都知事のバカ殿石原慎太郎が、都知事を辞職し、後継を猪瀬直樹副知事に任せると行って、都民を棄民して逃げ出した。その魂胆の裏には、都知事選挙をすると云う名目で、国と東京都が支出する「選挙の為のお金 約50~70億円」を中国政府に支払うことで、日本とドイツとアメリカとイギリスが、過去67年間に築き上げて来た『中国大陸を世界の工場に、と云う号令』の経済謀略会議の計画の元である。「鉱物資源の豊富な中国・モンゴル・チベット・インド・東南アジア地域から原材料と労働賃金を安価に調達し、その原材料加工を、中国全土の工場で工業製品化して、世界の市場で高価に販売する」と云う「日本=南北朝鮮結合双生児国家」の姑息な外交交渉資金捻出の手口として、東京都知事のバカ殿石原慎太郎は都知事を離職したのである。そして、政治家としての経験の無い“元行列のできる法律相談所」所属の“狂言弁護士 橋下徹大阪市長”の「日本維新の会」と連繋できる「新党」を結成すると云い出した。年下で政治経験の未熟な“行列の出来る法律相談”出身の橋下徹の軍門に下る訳であるが、橋下徹の「日本維新の会」の財源を出している「川崎・宇田財閥=住友・三菱・三井財閥と、甲州財閥・岩手の金田一・宮沢などの財閥」の法務担当官として給料を貰っているだけの話である。東京都知事のバカ殿石原慎太郎の過去の派閥ボスだった中川派の「中川一郎」が北海道で不信な自殺を遂げた時に、石原慎太郎が派閥を継承する予定だったのを敵前逃亡したのに、またぞろ、ここにきて、80歳にして「石原新党」で立つ構想を打ち出したのである。階段を10段駆け足で昇れない今までは都知事選に出馬しないと云いながら、石原プロを応援団にして突然出馬して、都知事に就任したと思ったら、今度は辞職して「石原新党」の代表を宣言するのである。だから、所沢市の大女流歌人 三ヶ島葭子の弟“左卜全(三ヶ島一郎)”が、映画監督“黒澤明”から「泣け」と云われても“笑ってしまう”という泣き笑いを、国民は劇場型犯罪の「政治歌舞伎」を見ながら、“泣き笑い”するしかない訳である。非常識人間の言動は「不可視の学院」である。マァー中曽根康弘の如くに「大君(勲)位」が欲しくてやっているだけであるがね。バカ殿石原慎太郎が「日本維新の会」に合流すれば、神奈川県知事 黒岩祐治も埼玉県知事 上田清司も連座する。テレビ番組の「パネルクイズ アタック25(司会 浦川泰幸)」の様に、赤と青のパネルの獲得競争みたいだね。赤く成ったり、青く成ったりする、国民はそれを見て、もう止めてくれと“泣き笑い”する。しかし、国民のなかでも、宗教団体に所属している創価学会員と浄土宗・浄土真宗の門徒と曹洞宗の檀家など、政治家と利害関係のある会社組織単位の選挙参加組は「パネルクイズ アタック25=権力獲得クイズ」に参加しているが、宗教団体に無縁か、会社組織での政権組は別にして、多くの国民の生活感情は無視されている事存だけは確かである。さて、10月31日の報道では、馬鹿殿“石原慎太郎”の「石原新党」は、平沼赳夫(徳川家の血筋)が代表をつとめる『たちあがれ日本』と連携し、その代表に収まると云い出した。そして、11月13日には、「たちあがれ日本」の平沼赳夫元経済産業相と石原慎太郎が徒党を組んで昔懐かしい「太陽族とか太陽野郎とか、大阪万博の岡本太郎作の“太陽の塔”」時代を彷彿させる名称の『太陽の党(衆参両院議員計5人)』を立ち上げた。11月16日午後には野田佳彦首相が「衆議院を解散」し、12月4日に衆議院選挙の公示をして、12月16日衆議院選挙の投開票をして、その後に特別国会を召集して衆参両院で首相指名選挙が行われ、新内閣が誕生するのである。そこで「日本医師会」はどんな選挙運動を展開して、「日本医師会」の権力組織を誇示するのか?である。しかし、11月15日夜から16日未明にかけてイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの大規模な空爆が行われ、エジプトのカンディール首相らがイスラム組織ハマスとパレスチナ人に対して、連帯を表明すると云うのなら、エジプトの背後には「日本・南北朝鮮結合双生児国家」の思惑があるのである。
『太陽の党』の代表が石原慎太郎と平沼赳夫なら「所沢市山口に在った増上寺墓地(現西武球場)に埋葬用の穴を掘って、石原慎太郎と平沼赳夫は冥土談義」をしている訳である。そこには、坊さんが立ち会うべきが筋だから、天台宗の東伏見慈晃にでも読経してもらえば、今度は「皇室談義・皇室天罰(典範)談義」となる。さて、小沢一郎の『国民の生活が第一』と云うのなら、明治期に産声を上げた「明治・大正・昭和の政府」は「藩閥政治と云う言葉で擬態し、実態は四国の川崎・宇田財閥と山梨県の甲州財閥(名取・若尾・広瀬)と山口県・岩手県・富山県の水産講習所が政治の主導権を握り」、日本市民(平民)の生活を踏みにじり、日本国民を、南北朝鮮国民を、ユダヤ民族を、ドイツ国民を、ユーラシア大陸全域の民族を、南北アメリカ大陸の人々を巻き込み、日本の飛び地領土国「ポーランド国民」を泥炭の苦しみに陥れ、未だに世界の人々を流離させ続けているにもかかわらず、何の臆面のなく『国民の生活が第一』の政党とか!云うが、日本の明治維新が、日清・日露(魯)戦争の始まりで、第1次・第2次世界大戦の発端だった事も忘れて、悪餓鬼弁護士で大阪市長 橋下徹が忽然と政治歌舞伎の武蔵坊弁慶役で登場して、主君の川崎・宇田財閥と山梨財閥を守らんとして、「日本維新の会」だと世界に向けて叫ぶ様は、オゾマシイ姿ばかりである。実に人間のクズしかいないのが“日本・南北朝鮮の濃密な血縁同盟関係”である。それが、国連の事務総長だと云うのだから、いやはや呆れた国際社会機構である。ローマ法王(法皇)がポーランド人でもドイツ人でも韓国人でもイタリア人でも所詮は宗教詐欺「キリスト教・イスラム教・ユダヤ教=死海の書」だがら、明仁天皇の云う「世界恒久平和」は来るのだろうか?そもそも既に明仁天皇も美智子皇太后も死去している。韓国のキリスト教=統一教会が、宗教だと云うのだから、鰯の頭が可哀相である。それは、「鰯の頭も信心次第」と云うくらいだから。インド・スリランカのカースト制度から「釈迦が誕生」する筈がない。だからね、「お釈迦さんと云えども、道元禅師の悟りにはかなわない」と云うのである。その道元禅師も天皇家に近い階級だと云う筋書きである。聖徳太子は昔は大悪人だったが、支那事変前後から「聖人」となり、昭和には紙幣の顔にまでなった。仏教を興隆し、憲法17条を制定し、三経義疏(さんぎょうぎしょ)を著したとか云う、スメラ塾派の東京医科歯科大学教授“望月一憲{鷲見澄江(伴鉄牛老古佛の奥さん)と愛人関係}”と高嶋忠彦と原田祖岳らが提唱する「“聖人”聖徳太子」だそうである。お札の顔と云えば、野口英夫も樋口一葉もそうだが、これら「福島県の相馬家=有栖川家と皇女和宮」の血筋だから、アジア諸国やイギリス・アメリカ・オランダなどの国で行われている様に、国の支配者の「顔」を印刷したものである。女流作家「樋口一葉」とは『皇女 和宮(孝明天皇異母妹和宮内親王=仁孝天皇の第8皇女、後の静寛院宮)』である。それでは、徳川幕府第14代将軍「徳川家茂(とくがわ いえもち)」の御台所(正妻)と成った「和宮」とは誰か?と云う事になる。伴鉄牛老古佛{皇室御用掛り“原田祖岳(明仁天皇の胤)”の侍者)の証言では、<徳川家茂と婚姻したのは、「灰かき娘」>だったことは、皇室では公然の秘密だったと云うのである。それなら、フランス文学の作家“シャルル・ペロー(Charles Perrault)”の「ガラスの靴のシンデレラ(Cinderella)物語」で南瓜(カンボジアの転訛。南北アメリカの原産)の馬車で舞踏会で王子に見初められて、性根の曲がった「継母」は首を刎ねられると云った筈である。しかし、日本の「皇女 和宮」は本人も影武者も今日の日本政府を動かし、日本で世界中でテロ活動を繰返している訳である。『日本のシンデレラ(灰かき娘)=和宮』の出生は、高知県の「川崎幾三郎=川崎財閥」の娘である。本当の『皇女 和宮』は天皇家が一時隠したのちに、許嫁の有栖川宮熾仁(たるひと)と結婚し、その子供達を福島県の「相馬家」の戸籍に入れた問題が、後藤新平(岩手県水沢市出身、医師)が関係した所謂「相馬騒動」である。だから、後藤新平は国策会社「滿鐵総裁」として、現在の毛沢東・江青夫婦政権=宮本顕治・寿恵子夫婦の「日本共産党主義」政権の原型を作りあげたのである。それでは、徳川慶喜(生母=有栖川宮王女、貞芳院、文明夫人)と同じ血筋と成る訳であるから、裕仁天皇は軍神の“乃木希典(胤は吉田松陰)”の血筋で、明仁天皇は“原田祖岳(徳川家康の指導者 天海和尚が胤)の血筋”だが、福島県の「相馬一族」と高知県の「川崎一族」は正統な天皇家の血筋を背後で操っているのが、“釈迦白足袋族=文人、文化人”である。第2次世界大戦は大日本帝國陸海軍の軍事暴走だと云う歴史観を国民に植え付けたのも“釈迦白足袋族=文人、文化人”である。だから、京都市・奈良市・尾道市・新座市は大空襲を受けなかった訳である。そして、「埼玉県立 歴史と民族の博物館」で2011年(平成23)3月26日/4月3、9、17日/5月7、8日の14時に、「特別展 降嫁150年記念 皇女和宮と中山道」を講師 徳川宗家第18代当主 徳川恒孝を招いて開催したのである。徳川宗家は有栖川宮家の血筋だから、正統的な「天皇家」と云える。そして、天皇制度を動かしているのが、高知県の「川崎財閥(一族)」と京都市・奈良市・尾道市・新座市の“釈迦白足袋族=文人、文化人”である。それを、上田清司埼玉県知事は「弁護士 橋下徹大阪市長の政治活動を示して“スカットさわやか”」と呼んでいるのである。つまり「コカコーラ(清涼飲料水)と図書館からくる巨額な理財が、川崎一族・名取一族・宮尾一族・鷲見一族などの財閥の資金源」とも成っていることを語っているのである。それが「天皇制」と云う卑俗であり、『日本と南北朝鮮が築き上げた武力戦争・経済戦争・文化戦争同盟関係』の機構と云う訳である。ところで、最近では徳仁皇太子は学習院で十八番の“ビオラの演奏”をしないし、1~2ヵ月に1度は登山を披露していたが、それもしないから、矢張り『座敷牢」に隔離されているか?既に死亡している訳である。生死は小和田雅子とその一族しかしらないが、徳仁皇太子は浜尾家の血筋が影武者を演じている事は確かである。
それでも、明仁・美智子天皇夫婦が山梨県に“菊の門”の付いた列車で出掛けて行けるのは、天皇夫婦を撲殺した東照寺国際参禅道場 法務担当兼住職の「出口鉄城・由美子夫婦」が玉座に鎮座して、押しても引いても、ガンとして動かないからでもある。出口由美子(旧姓:横田)を始めとした=横田早紀江(横田めぐみの母)・横田滋・横田  (菅直人元首相) 等の「横田」は、ー横田基地(東京都福生市)ーの命名の由縁である。それは、第2次世界大戦の一時的な休戦であり、朝鮮戦争・ベトナム戦争→中東(湾岸)・アフガン・イラク戦争への開戦を意味する暗号名「ヨコタ」と云う意味でもある。日本共産党の標語「アメリカ いいなり もうやめよう」「消費税に頼らない 別の道があります」を、アメリカとイギリスとロシアと中国とスペイン・ベトナム・アルゼンチン等を含む国際社会の観点から云えば、『日本・南北朝鮮のいいなり もうやめよう』『日本・南北朝鮮に頼らない 別の道があります』と成る訳である。何処かの政党標語「立ち上がれ日本」ならば「立ち上がれ国際社会」「負けるな国際社会」「国際社会の生活が第一」「国際社会未来の会」「国際社会維新の会」「国際社会が危ない」と云う事でもある。日本国民は世界旅行をしている割には、“国際社会”へのルール意識がない。つまり、国際社会と喧嘩(文化戦争・経済戦争・地域戦争)しながら、地球をぐるりと包みこんで、世界覇権をするという目的を持った「日本・南北朝鮮結合双生児国家」体制だからである。それは「不可視の世界」に日本国民も世界の為政者らも“ねじれ根性(広島・長崎の原子爆弾はアメリカが使用したというの歴史)”にされて収容(幽閉)されているからである。原子爆弾の製造と使用に世界で第1番に成功したのは、“日本・南北朝鮮結合双生児国家”であるから、戦勝国は、アメリカ・イギリス同盟国体制ではないという“ねじれ根性”である。
それが、12月16日の衆議院議員選挙と東京都知事選挙が終わり、自民党が政権を奪取したのは、政治歌舞伎の演目の筋書きだから、特段驚く出来事ではない。そして、安倍晋三が首相となり、26日に組閣を発表するが、その前に、安倍晋三が云い出したのが『憲法改正の為の憲法改正=憲法96条の改正』だと云うのである。そして、“民主党政権が容認した女性天皇は認めない”と云う政治歌舞伎のシナリオは、鳩山由紀夫や羽田孜や森喜朗などの歴代首相経験者が、出馬しない。つまり、安倍晋三の黒子(影)として、首相経験者らが一丸となって、夫々の人脈を駆使して「総力戦」で外交問題に当たると云う事である。影の内閣「自民党=森泉内閣」が表の内閣に躍り出て、“影の内閣”が元首相経験者集団と云う図式である。勿論、それは、「川崎・宇田財閥、三枝財閥、名取財閥、若尾財閥、金田一財閥、宮沢財閥、岩崎財閥、三井財閥、住友財閥等」の地方財閥(豪族)と云う“日本・南北朝鮮結合双生児国家”の母体をなす巨大資本家の思惑から来ていることは云うまでもない事である。
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第2章 富士見産婦人科病院(北野早苗・寿美・千賀子)の年表

富士見産婦人科病院(北野早苗・寿美・千賀子)の略歴と、社会的な出来事。
<1852年(嘉永5年 子4月23日)伊古田純道先生(秩父 伊古田村生れ)ー日本初の帝王切開術(カイゼルシュニッツ)>
1922年(大正11)
1月3日 大田寿美(父は職業軍人)ー東京都大田区で生れる。後に北野早苗と結婚。
1923年(大正12)
9月1日 関東大震災
9月16日 甘粕事件[甘粕正彦大尉が大杉栄・伊藤野枝・橘宗一を殺害したと云われる事件。]
1924年(大正13)
3月17日 浅岡千賀子ー群馬県吾妻郡名久田村(母ふさの実家)で生れる。
◎父 浅岡三郎=北海道出身、1925年(大正4)~1963年(昭和39)8月。新潟医専(現新潟大学医学部)卒業。墓所は東京都港区魚籃坂にある「浅岡家の菩提寺」三井慈善病院・野田病院・和泉病院病理研究室に勤務。その後、大正14年 東京都大田区蒲田区蒲田町1391番地に浅岡医院を開業。1932(昭7)~1933年(昭8)までは開業していたが、あとは京浜病院(大田区大森)に勤め、夜間だけ診察をしていた。戦後には再建された京浜病院で働く姿を見かけたとか、蒲田近隣の何処かに居住し、あとは、足立区千住大橋あたりに開業したとか、都下福生か?青梅?あたりにいたという話しもあって浅岡家の足どりは判然としない。元助産婦さんの証言では、「先生は軍医あがりでね。気が短く患者の話をじっくりきくような人ではなく、患者はあまり寄りつきませんでしたよ」患者が自分の病気のことを訊くと「話したってお前に分かるか!」と怒鳴りつけた。医師やとしては、どちらと云えば学究肌だった。女性問題ー妻以外の女性に2人の子供がいた。富士見病院で生きをひきとった某女も亡父の愛人だったとされる。
*軍医の記録はないと云うのだが?
1925年(大正14)
6月 5日 北野早苗ー父北野喜左エ門(農業)と母アキの三男として、福島県西白河郡大屋村(現大信村)下小屋字日籠9番地に生れる。
     浅岡三郎ー東京都大田区蒲田区蒲田町1391番地に浅岡医院を開業。
1926年(大正15)
12月25日 改元「昭和1年」
1927年(昭和2)
1928年(昭和3)
1929年(昭和4)
1930年(昭和5)
11月 所沢病院が完成ー「所沢町・松井・柳瀬・富岡・小手指・山口・吾妻村の1町6村が組合立てで建設。昭和6年には三ヶ島村も組合と契約し、同村の伝染病患者も利用出来るようになる。医師・看護婦・事務員・調剤員・技術員を置き、入院施設を持つ病院。診療費は「実費診療」だった。<所沢病院→所沢市立病院→所沢保健センター>
1931年(昭和6)
4月 北野早苗ー下小屋尋常小学校に入学(服装が目立つもので、ピカピカの光る金釦のついた詰襟の黒い洋服を着、アメ色のゴム靴をはいて登校していた)
9月5日 東京日日新聞「最近所沢及び入間川町方面に伊勢神宮の御神馬の白い毛が在郷軍人の奉公袋の中に1本づつ入っているという噂がパットひろがり(中略)
    これは近い中い戦争がはじまる前兆だなどといふらす者もあり所沢署では(中略)流言蜚語として徹底的に取締る事になった」ー所沢市下p499     
9月18日「満州事変」
1932年(昭和7)
1933年(昭和8)
隣保館(りんぽかん)で無料診療所開設。医師会員は1人宛1ヵ月交代で、月水金の午後1時から4時まで勤務することになった。報酬1人1ヵ月50円(川口市医師会)
1934年(昭和9)
1935年(昭和10)
1936年(昭和11)
1月27日 所沢に県立健康相談所開設(結核関係)。
2月26日 二・二六事件 
1937年(昭和12)
4月6日 朝日新聞の純国産飛行機「神風号」が、立川基地からロンドンのクロイドン基地まで飛行に成功
5月21日 埼玉県川口市本町 医師 高橋貞三郎がチフス菌入りの菓子を配り、同業医師などを殺害。
5月23日 ロックフェラー(John Davison Rockefeller)死去 97歳ー石油王“ロックフェラーの白銅”。
7月7日 盧溝橋事件        
7月15日「国民精神総動員運動」ー真言宗醍醐派管長 佐伯恵眼
7月28日 中国北京周辺の日本軍は中国軍に対して総攻撃を開始ー「北支事変」
8月9日 上海事件
9月2日 戦況の拡大にともない“北支事変”の名称を「支那事変」とする。
1938年(昭和13)
1月10日 ロックフェラー財団に寄付を仰ぎ、埼玉県立特別衛生地区保険館(通称農村保健館ー仮事務所)を、所沢町に開設す。
ー1941年(昭和16)4月「所沢保健所」と改称し、現在は狭山保健所に統合す。ー
3月 浅岡千賀子ー南蒲尋常小学校を首席で卒業。(6年3組の担任だった西山恵子は、南米アルゼンチンに移住。)
4月 浅岡千賀子ー東京女子高等師範学校の附属高等女学校(大塚窪町)に入学。
「国家総動員法」「国民貯蓄奨励運動」「1戸1品廃品献納運動」
1939年(昭和14)
3月 北野早苗ー下小屋尋常高等小学校(8年間)を卒業。
6月8日隣保館(りんぽかん)診療所を開設。これは、富岡村国民健康保険組合を設立し、全国初の直営診療所となる。場所は、現所沢市神米金281ー1 近江酒店裏の家屋を改造(歌人若山牧水跡)したもので、医師1人・看護婦1人・事務員1人で開設し、経費は7,800円、富岡村国保組合は1点=16円とした。足かけ3年間で閉鎖}
1940年(昭和15)
1941年(昭和16)
1942年(昭和17)
5月 北野早苗(16歳)ー海軍志願兵として「横須賀第2兵団」に入隊?。
7月 北野早苗ー駆逐艦「春風」の乗員(機関兵)となる。ー南方輸送船団の護衛が任務。
1943年(昭和18)
3月 浅岡千賀子ー同校卒業。浅岡家では、長姉と長兄とも死亡(肺結核?)。次兄は早稲田大学文学部に在籍。この年「学徒動員・学徒出陣」。
4月 浅岡千賀子ー帝国女子医学専門学校 東京市大森区大森4ー77(現東邦大学医学部)に入学。地域では「冷淡で傲慢無礼な女」と映る。
配給制度となる。
1944年(昭和19)
北野早苗ー「春風」から巡洋艦「扶桑」に移る。
11月 北野早苗ー転属のためジャワのスラバヤから双発機でフィリピンのマニラに移送される途中で米軍機に襲撃され、大火傷を受け「台湾の高雄海軍病院」に入院。その後、佐世保海軍病院から横須賀の野比海軍病院(現国立療養所久里浜病院)へ移る。そこでも米軍機の空襲を受け、長野県の日赤諏訪病院に移る。柳瀬村城・所沢町元幸町から所沢飛行場の掩体壕偽装工事への動員。
1945年(昭和20)
4月15日午後9時。浅岡千賀子ー京浜工業地帯は米軍機の大空襲を受ける。
8月14日 午後11時50分 米軍大平洋上航空母艦よりB29 35機飛襲し仲仙道にそい市中央部にエレクトロ焼夷弾、油脂焼夷弾を降雨のごとく投下瞬時に市街地3分の2を焼失す。
(原文のママ)p315埼玉県医師会史 第1部戦前編 {*航空母艦からのB29 35機の発進は出来ないので、テニアン島の間違いではないのか?}
[8月15日 ラヂオ(NHK)から終戦の勅旨が放送されるも、雑音が多く、大半の人は放送された内容の意味を理解できず、有力者に放送の内容を聞くと、有力者らは事前に内示されていた放送の内容を話した。]
9月1日 北野早苗ー現役除隊となって、郷里大屋村に復員。
12月1日 医師会法令が改正、施行される。(医師会の役員を選挙で選出)
1946年(昭和21)
8月15日 上野の精養軒で生産業者による「社団法人日本ペニシリン協会」が設立される。理事 森永社長、わかもとの長尾社長、八州化学の高島社長、和光堂の松本社長が選任さて、幹事は大日本製薬の滝野社長と明治乳業の植垣社長が就任した。{碧素・ペニシリン物語 角田房子(つのだ ふさこ)著、p222}
9月『大井医院』を院長 大島慶一郎(神社社務所内)が設立す。
11月20日 塩酸ヘロイン没収(県内政部より通達)。
11月23日 大里郡内ジフテリア予防注射化膿状況調査報告(熊谷市医師会)
1947年(昭和22)
旧正月 北野早苗ー下小屋小学校を舞台として、菊池寛の「父帰る」を上演した。(演出は小川秀年)この頃に、東京から疎開してきた大田親子(母娘)と出会う。娘(寿美)は北野早苗より4歳年上で、日籠特定郵便局で事務員をしていた。
北野早苗ー大田親子が東京に帰ると、北野はそのあとを追うように日籠を出て行った。
3月7日 熊谷市内ガソリン注射事件起こる。即ち佐谷田地区にチフス予防注射の際誤ってガソリン注射し12名発赤化膿発熱す。県医師会、都医師会、厚生省より調査来熊す。
8月7日 米国社会保障制度調査団(ワンデル団長)来日。
8月13日 新生日本医師会設立委員会が発足。
GHQの軍政部の衛生班が、人体にDDTを散布。
[この頃から、日本製のペニシリン(抗生物質)製造が始まるか?。埼玉県では「浦和の八州化学(株)、大宮の日本生物科学(株)、熊谷の大沢化学(株)」]
*八洲化学(株)東京都品川区北品川6ー418 社長 高島則一(45){読売新聞記事:1943年(昭和18)4月11日 10日軍事保護院に5万円寄付}
*日本生物科学(株)理事長 高松泰人{朝日新聞:1985年1月7日死去。1953年(昭和28)8月25日 東京都立川市 中村 治。1967年(昭和42)3月20日 30,000頭の狂犬病の薬培養に使用した狂犬ヤギを密売。}
*大沢化学(株)不明
*ペニシリンの生産量<S22.5月2.7億単位→12月52.2億単位。翌S23年1月64.7億単位→7月251.2億単位。S23年7月明治製菓川崎工場で4tタンク5基が完成。>ー朝日年鑑1949年版
[地震予知問題ー内務省地理調査所嘱託山口生知の1・2月地震説。京大地球物理佐々憲三の9ー12月地震説。中央気象台気象研究所地殻物理学所長井上宇胤の福井/秩父地震説]
1948年(昭和23)
浅岡千賀子 23歳ー3月帝国女子医学専門学校(現東邦大学医学部)を卒業。
12月暮れー北野早苗(22歳)は詰襟の学生服に真新しい角帽姿(東洋大学の学章)で帰郷。
3月9日 日本医師会の初代会長に“高橋 明”を選出。
6月28日 福井大地震が発生。
7月1日 国民健康保険法改正を施行。市町村公営の原則を確立。
1949年(昭和24)
浅岡千賀子ー医師国家試験に合格。知人の紹介で埼玉県入間郡大井村大字大井59 健康保険組合『大井村診療所(電話大井24)所長大島慶一郎』の所に就職す。
*大島慶一郎{埼玉県の共産党県会議員。1908年(明治41)6月26日(戸籍簿上は13日)、東京市神田区表猿楽町20番地(現東京都千代田区神田神保町)生まれ。
父栄吉、母ステの次男。
父栄吉は、石川県の材木問屋の大島清兵衛・こうの一人娘“なか”と、京都の公家“薮田豊之助(現文京区の根津権現の神職)”の長男として、1878年(明治11年)7月9日に生まれる。
母ステは、福島県西白河郡表郷村で、荒井徳右エ門とナツの子として、1883年(明治16)2月に生まれる。徳右エ門の父はニツコラ政吉。
学歴・職歴:一高ー千葉医科大学ー名古屋大学医学部ー名古屋帝大附属病院の第1内科ー坂文種報徳病院ー松永病院ー千葉県の河野台練兵所(懲罰招集)肺炎になる。
ー三菱亀有診療所ー日本重工板工場診療所ー健保連駒沢病院ー日本重工板工場診療所ー秋田大曲診療所と契約ー大井町診療所(1945年2月)。妻和子と長男哲(1941年生まれ。)と離婚?}
1950年(昭和25)
北野早苗ー大田寿美と結婚?(池袋の3畳1間のアパート暮らし)
5月 浅岡千賀子ー日本共産党に入党す。
6月25日 朝鮮戦争始まる。
11月 浅岡千賀子ー党の指令によって、民医連の所属する『川越中央診療(川越市新田1454、電話川越324)』の所長として赴任す。
<浅岡千賀子が、日本共産党の共産主義(マルクスの資本論)を理解する勉強法を聞くと、プロレタリア文学(蟹工船/小林多喜二等)を推薦される。> 
11月3日 所沢町が「市制施行」
1951年(昭和26)
1月北野早苗ー妻寿美との間に長女“純子”が誕生。
 富岡診療所(現医療生協「埼玉西協同病院」の前身)が開設。
1952年(昭和27)
浅岡千賀子ー国立東京第1病院の産婦人科医局に入る。同時に民医連の所沢診療所で所長代理のアルバイトで収入を得る。
[全国的に伝染病が流行(赤痢・疫痢・結核)]
[8月7日埼玉県志木郡大河村(現小川町)の横川重次が暴漢に襲われる=「横川事件」で大井村診療所 所長大島慶一郎が嫌疑をうける。]
*1952年(昭和27)8月7日 元商工政務次官・自民党代議士会長・武蔵野銀行常務取締役 横川重次氏(57)が杉山英雄ら10名に襲撃される「横川事件」が発生した。
この事件で、日共潜伏幹部 松本三益(49)が組織した「農民パルチザン組織を国民総武装の一環としてとりあげ、変名で川越・所沢両市を中心のこれを編成するために遊撃隊を作った」とされる事件で、主犯とされる杉山英雄(大井診療所事務員日共)が1954年(昭和29)4月5日に新宿伊勢丹前で逮捕される。{日共潜伏幹部ー竹中恒三、長谷川浩、紺野与次郎、志田重男、伊藤律、野坂参三、徳田球一=昭和28年5月15日時点。横川事件で東大校内の学生生活協同組合事務所などを捜索。横川事件関係者=田中昭二、橋口護、田口勝、宮沢洋吉、田中正雄、石田道男、山畑繁雄、大谷正昭、伊藤徳治郎、高師甲一、小林誠}
*1952年(昭和27)~1977年(昭和52)富岡診療所 所長 伊藤 淳{大正15年山形生まれ、昭和26年慶応大学医学部卒、入間医療生協理事長、若山一男、友田七郎、森田久夫、松本弘同士医療法人社団松柏会 至誠堂綜合病院(現山形民医連)。}=浅岡千賀子の婚約者。
1953年(昭和28)
北野早苗ー初夏頃、東京都中野区本町5丁目に住む「永山とみ(明治製糖)」に黒真珠
北野早苗ー秋頃、東京都新宿区牛込北町のビルの1室を借り「郷土新聞社」を設立。
4月1日 国保医療給付費の2割に相当する助成交付金が実現。
1954年(昭和29)
北野早苗ー西武園ゴルフ場の支配人と顔見知りとなる。
北野早苗ー中野警察署長“古賀定芳”
浅岡千賀子ー地元紙「所沢民報」の公告記事“川越・所沢診療所ー浅岡千賀子”と掲載される。
所沢市の地元紙『所沢民報(日刊新民報)』の公告記事には次の様な記載がある。
>所沢民報 1954年(昭和29)3月6日(土)公告記事
>診療担当日
>内科・産婦人科 毎週木・日曜日 川越・所沢診療所ー浅岡千賀子(4月6日には所長と記載 )
>内科・小児科  毎週木・日曜日 富岡診療所長(埼玉民医連●●●)伊藤淳
>内科      毎日 長尾初次
>内科・小児科  随時 大井院長(全国民医連●●●)大島慶一郎
>所沢診療所 警察横丁
*●ガリ版印刷の為、字がつぶれて判読できない。
1955年(昭和30)
北野早苗ー夏頃に発生した質屋「辰巳屋(東京都中野区鷺ノ宮)」の強盗殺人事件で、警視庁野方警察署に事情聴取(秋頃)される。「辰巳屋」質屋から質草(現金化)として「有嶋家(明治製糖の元社長有嶋健助)の不動産の仮処分登記書類」が出て来る。
所沢市が現在の行政地域となる。
5月30日 医薬分業法を実質骨抜きにする改正、成立。
1956年(昭和31)
4月1日 医薬分業法施行。
1957年(昭和32)
北野早苗ー元中野警察署長“古賀定芳(杉並区永福町在住)”を社長として、新宿区三光町に「永福商事(不動産取引・鉄鋼・飲食関係・キャバレー)」を開業。
浅岡千賀子ー母校東邦大学医学部教授“赤須文男(現金沢大学医学部教授ー1982年)”の指導のもとに、国立東京第1病院で研究成果を論文にまとめた。そして、昭和32年、慶應義塾大学医学部より学位を授与される。
浅岡千賀子は服部紀代子と共同で所沢市上新井に「第1診療所」を開業す。山川寿子が週に1度応援に駆けつけて、小児科を診ていた。浅岡千賀子・服部紀代子・山川寿子の3人は「国立東京第1病院」に勤務していた女医仲間であった。
1958年(昭和33)
北野早苗ー浅岡千賀子=春か夏に西武園ゴルフ場で、浅岡千賀子と服部紀代子と北野早苗が初めてゴルフプレイに興ずる。
1959年(昭和34)
北野早苗ー正月に元中野警察署長“古賀定芳”から「永福商事」への出入りを禁止通告されるか?。
8月17日美智子皇后の専任産科医として「東大医学部教授 小林隆(50)(東京都豊島区椎名町8ー4001)」が任命され、宮内庁御用掛として勤務。
*小林隆:昭和8年東大医学部を卒業、嘱託の副手として残り、この間16年「性機能の調節機序」と題するいわばどうして妊娠するのかという研究で博士号を取得。
昭和17(18?)年から昭和23年まで長野市の長野赤十字病院の産婦人科医長、昭和23年4月から大学にもどり医学部講師、昭和29年に助教授、昭和32年に教授となる。東大助産婦学校の校長。産婦人科学会の常任理事。専門は「子宮ガンと性ホルモンで、特にホルモンの分泌によって妊娠中の男女の性別を知る方法などでは著名。子宮頸癌手術の達人。分娩はこれまでに1万人近く扱い。かって難産に苦しんだドイツ婦人のお産を扱い、安産させたところ、喜んだその夫婦がタカシとい名をその子につけた。皇后様の岩瀬侍医が恩師。趣味はザル碁、ビール1本、絢子夫人(46歳)、3男1女。
北野早苗ー西多摩湖線の終点「西武園遊園地駅」前の“清水村雄(後に富士見産婦人科病院に勤務)”が所有する東京久米川の宅地建物を詐欺(約8億円)する。これには、明治製糖事件の住友信託銀行不動産部も関与。
北野早苗ー東京中野のアパートに別室を借り、医療新聞を発行=「産婦人科新聞」→「ギネトコ新聞(ドイツ語で産婦人科の意味)東大医学部教授 小林隆が投稿」社名は“女性と医学社”のちに「臨床医学新聞」発行部数3,000~5,000部。タブロイド版、印刷は<東京港区浜松町「東京スポーツ」>
1960年(昭和35)
8月18日 医師会、診療報酬30%引き上げなど4項目の要望書を中山厚相に提出。
10月14日 日本医療労組協議会、総決大会で診療報酬引き上げ要求決議。
10月25日 全日赤連合会加盟の31病院がストライキ突入。
1961年(昭和36)
浅岡千賀子ー婚約者 大橋譚(仮名)=伊藤淳?と破局
1962年(昭和37)
服部紀代子ー10月1日所沢市上新井655番地に「服部小児科医院」を開業。
浅岡千賀子ー新所沢駅前に「芙蓉会産婦人科病院 所長杉本毅(東大医学部)ー東大医学部 小林隆の推薦で。」を開設。
北野早苗ーこの時期から、中野駅前の高級アパート「セントラルアパート(中野区昭和通り3丁目49番地)」に住む、「妻(寿美)、長女(純子)、次女(?)、長男(朝峰)」のもとに帰宅しなくなる。浅岡千賀子と同居生活を始める。
*長女北野純子:イギリスへ留学、事件に関与。
*長男北野朝峰:平成4年日本大学医学部産婦人科卒、スコットレディースクリニック院長(所沢市小手指2ー1442ー10)
4月1日 埼玉県医師会 第14代会長 横田直正就任する。
5月13日 日本産婦人科学会埼玉地方部会総会(埼玉県医師会)
5月17日 サリドマイド系睡眠薬による奇形児問題化により出荷中止。
7月30日 厚生省、コレラ防疫対策強化を関係方面へ申し入れる。
11月11日~16日 第16回世界医師会総会(インド)
1963年(昭和38)
北野早苗・浅岡千賀子ー12月1日、第1診療所(所沢市上新井527番地=西所沢)を改築(鉄筋ブロック2階建、延600坪、1階が入院室で1階が診察室)して「芙蓉会第1産婦人科」と改めた。陣容は、院長浅岡千賀子(産婦人科)、市村桂子(産婦人科)、山本寿美(小児科)、宮内恵子(産婦人科)。東大医学部 杉本毅(産婦人科)、福原、鈴木の両助産婦、十余名の看護婦。
10月所沢市内の小学校で「ミルク(脱脂粉乳)給食開始」。
1964年(昭和39)
4月23日 三師会(日医・日歯・日薬)緊急体制確立について、中医協答申の2つの意見をどのようにまとめるかー再診料運動はやま場を迎えた。覚悟を新たに全力結集の効果をあげよ。
秋頃ー1人の紳士“北野早苗(北野友)”が日本相互銀行所沢支店(現太陽神戸銀行所沢支店)の相川文男支店長を訪ね、土地・建物を担保にして1千万円の銀行融資を受けたいと云って来た。名刺には「医学と女性社」代表取締役社長北野友と刷り込まれ、新聞の発行所は「東京都中野区昭和通り3丁目27番地」なのに、「医学と女性社」の事務局は、第1産婦人科、所沢市上新井527番地となっていた。
8月 浅岡千賀子ー父浅岡三郎が死去。中学校教師をしていた兄が、北野早苗と別れさせ様としたが、逆に北野早苗の家庭内暴力が悪化していく。
北野早苗は浅岡千賀子の過去の男性遍歴を清算して歩く。
1965年(昭和40)
9月 北野早苗ー妻寿美たち親子をセントラルアパートから僅か離れた新築の「中央マンション301号」に移した。(離婚への布石?)
4月16日午前3時40分小林隆東大医学部教授の厳父「小林光平」氏が老衰のため東京都豊島区南長崎6ー6ー12の自宅で死去。84歳葬儀と告別式は18日午後1時自宅で。
9月1日 日本・ラテンアメリカ医学協会・リオデジャネーロ名誉会長来日ー日伯医学交流問題を武見太朗会長と会談。
9月12~13日 准看護婦確保対策協議会(茨城県)
1966年(昭和41)
4月所沢市内の小学校で「脱脂粉乳から生ミルク」に変わる。
1月19日 ローマ法王:日本医師会の医師倫理確立に共感・武見太朗にメダル授与。
7月5日 インド救癩センター院長 宮崎松記博士ー日医訪問
1967年(昭和42)
5月16日 武見太朗会長にミラノ大薬治研究所より金メダル贈られる。
2月10日「ギネトコ新聞」の紙上座談会「女性の病気と医学知識」の出席者の紹介で「芙蓉会婦人科医院長 北野千賀子(旧姓浅岡)」と記載し、事実上の妻と世間に公表する。
1968年(昭和43)
東大全共闘ー8月24日東大附属病院産婦人科教室で、小林隆医学部長が学生に大衆団交を拒否した為に教授室にカン詰めにされる。(前医学部長は豊川行平:1977年3月8日食道ガンの為死去、63歳。公衆衛生学専攻。板橋区南町38ー11)
2月1日ー日本医学会長に小林芳人氏4選
3月1日ー衆院社会労働委員会・インターン廃止を目的とする医師法改正問題公聴会ー熊谷副会長供述人として出席。
5月1日ー日医 日台医学交流による台湾からの留学医師9名公式訪問。
1969年(昭和44)
10月13日 第6次日韓医学交流視察団来日。
1970年(昭和45)
2月1日 診療報酬8.77%引き上げ(残る0.97%は7月引き上げ)。
8月1日 薬価基準を3%引き下げ。
1971年(昭和46)
医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院ー6月29日 建築登記(RC構造6階建)。8月の時点ではME機器は1台設置されていた。
6月19日 日医ーローマ法王庁大使ブルーノ・ウエスティンブルグ大司教を招聘し、講話「カトリック教会と人間の生命の尊厳について」を拝聴する。
1972年(昭和47)
北野千賀子は大阪でひらかれた日本産婦人科学臨床大会に出席。
*アルゼンチンで卵巣移植の若い婦人が来春出産。
「芙蓉友の会」を始める?
1973年(昭和48)
北野千賀子ー所沢に開業して15年目と所沢市医師会誌に掲載。
1、所沢市医師会報 第74号 1月号 1973年(昭和48)1月25日発行 27ページから。『産婦人科に於ける地域連繋診察について』
2、所沢市医師会報 第77号 4月号 1973年(昭和48)4月25日発行 14ページから。『女医研究会報告  服部 紀代子』
3、所沢市医師会報 第78号 5月号 1973年(昭和48)5月25日発行 19ページから。『医師のいましめ(菊田医師事件について考える)』
4、所沢市医師会報 第80号 7・8月合併号 1973年(昭和48)8月25日発行 40ページから。『緑 陰 随 筆』
5、所沢市医師会報 第82号 10月号 昭和48年10月25日発行 21ページから。『“軽井沢72”ゴルフ大会』
6、所沢市医師会報 第83号 11・12月合併号 1973年(昭和48)12月25日発行 17ページから。『軽井沢72ゴルフ旅行記』
1974年(昭和49)
7、所沢市医師会報 第85号 2月号 1974年(昭和49)2月25日発行 27ページから。『第16回TDCゴルフ大会 於西武園ゴルフ場 昭和48年12月9日。参加者18名、15位 北野千賀子』
1975年(昭和50)
11月22日 厚生省・「出産力調査」1世帯平均2人にほぼ定着・静止人口基盤できる。
1976年(昭和51)
3月31日 武見太朗日医会長世界医師会長就任祝賀会
1977年(昭和52)
1978年(昭和53)
5月 北野早苗ー郷里大屋村の名誉村民に推薦される。→後に剥奪される。
9月21日 所沢保健所長 小島哲雄は、防衛医科大学校長の加納保之助(慶應医学部では小島とは先輩後輩の関係)を訪ねる。
12月富士見病院の元運転手 大栗某が電気製品の取り込み詐欺で逮捕。p44
1979年(昭和54)
5月末か6月上旬に埼玉県所沢保健所の小島 氏がME室で理事長が操作しているのを視察したが、その場では何もいわなかった。
1980年(昭和55)
9月10日 埼玉県警、理事長 北野早苗を医師法違反容疑などで逮捕。この時点でME機器(オーストラリアと日本製)は6台設置されていた。
9月19日 斎藤邦吉厚生大臣が北野献金受領の責任をとって辞任。
9月20日 元患者ら約500人が被害者同盟を結成。
10月15日 日医・武見太朗会長。福島茂夫(埼玉県医師会長)参議院議員は「健保改正案に対する医家議員の態度をまとめた申し入書」を会長に提出したが「無意味な内容のもの」と批判。(p124ー埼玉県医師会 第3部昭和後期編年表)
1981年(昭和56)
1982年(昭和57)
1983年(昭和58)
1984年(昭和59)
1985年(昭和60)
1986年(昭和61)
1987年(昭和62)
1988年(昭和63)
3月12日 静岡県静岡市追手町 朝日新聞静岡支局にピース缶爆弾ー「赤報隊」名で声明文。
3月18日「名古屋妊婦切り裂き殺人事件」が発生。<愛知県名古屋市中川区富田町供米田(きまいでん)三郎右衛門マンション「レジデンス美里」で、臨月の妊婦(当時17歳)が殺され、胎児が生きたまま取り出され、子宮に電話の受話器等な入れられた事件。>
1989年(平成1)
1990年(平成2)
1991年(平成3)
1992年(平成4)
4月11日午後1時から東京都港区南青山2ー33ー20 南青山葬儀所で、小林隆 東大名誉教授、日赤看護大学長の合同葬儀。葬儀委員長は水野正彦・前東大教授。喪主は妻、綾(あや)さん。

◆参考とすべき事項
1、[この頃から、日本製のペニシリン(抗生物質)製造が始まるか?。埼玉県では「浦和の八州化学(株)、大宮の日本生物科学(株)、熊谷の大沢化学(株)」
  Aー浦和の「八洲(州)化学(株)」
    ●『埼玉県工場便覧 業種別分類14区(職業安定所)別50音別索引』埼玉県工業倶楽部1948年(昭和23)p100「39.製薬業」
     会社名:八洲化学株式会社 浦和工場
     工場主:高島則一
     工場所在地(電話):浦和市北浦和町5丁目69
     資本金:資本額5,000,000
     製品名:ビタミンB、ペニシリン、ヂフテリヤ精液
     一ヶ月生産高数量:5キロ、600リットル
     従業員数:男43、女25
    ●『埼玉県事業場総覧』埼玉県事業場総覧刊行会1950年(昭和25)p4
     業種:化学
     主要製品名:ペニシリン、ヂフテリヤ、トキソイド
     名称:八州化学株式会社
     代表者名:川口利一
     電話番号:浦和2693
     所在地:北浦和5-69
    ●『埼玉県電話番号簿』1949年(昭和24)12月1日現在
     p54「八州化学株式会社浦和工場 2693 北浦和5ー89 製薬業」
       同住所に「八州産業株式会社浦和工場 2549 北浦和5ー89 業種は不明」
    ●『全国工場通覧 1952年(昭和27)版』通商産業大臣官房調査統計部編 日刊工業新聞社1951年
     p394~395「化学ー埼玉県の工場」
     八州化学(株)浦和工場:ペニシリン製造、代表者名 川口利一。
  Bー大宮の「日本生物科学(株)」
    ●『埼玉県電話番号簿』1949年(昭和24)12月1日現在
     社名は異なるが“日本生物科学研究所”あり。
     p32「日本生物科学研究所 596 北袋13 製薬」
    ●『埼玉県事業場総覧」埼玉県事業場総覧刊行会1950年(昭和25)11月
     p159「大宮市」株式会社 日本生物科学研究所
     業種:化学工業
     主要製品名:ペニシリン製造
     名称:株式会社日本生物科学研究所
     代表者氏名:倉内喜久雄
     電話番号:大宮596
     所在地:北袋13
    ●『全国工場通覧 1952年(昭和27)版』通商産業大臣官房調査統計部編 日刊工業新聞社1951年
     p394~395「化学ー埼玉県の工場」ー<日本生物科学(株)の情報ない>
     社名は異なるが「(株)日本生物化学研究所大宮工場」がある。
     ペニシリン製造、代表者:鈴木俊一
    ●『埼玉年鑑』1957年(昭和32)
     p351~380「会社工場便覧」には県内で事業を営む資本金50万円以上の主な会社を収録。
     日本生物科学(株)とは社名が異なるが日本生物科学研究所(株)がある。
     p370 日本生物科学研究所(株)
     資本金:8000万円
     代表者:伊藤和雄
     営業品目:ストレプトマイシン、ストマレジン、グラミジン。
     従業員数:227名
     所在地:大宮市北袋1ー346(電)大宮596・1049
    ●「(株)日本生物化学研究所大宮工場」のサイト
     https://www.jstage.jst.go.jp/article/kobunshi1952/3/4/3 4 192/ pdf
  Cー大沢化学(株)
    ●『埼玉工場便覧 業種分類14地区(職業安定所)別50音別索引』埼玉県工業倶楽部1948年(昭和23)
      大沢化学(株)の記載なし。社名は異なるが「大澤乳工業株式会社」の製品名に乳牛、ペニシリンと記載あり。
     p170「88.畜産業食品製造業」
     会社名:大澤乳工業株式会社
     工場主代表者氏名:大澤與志松
     工場所在地(電話):熊谷市平戸2863(244ー360)
     製品名:牛乳、ペニシリン
    ●『埼玉県事業場総覧』埼玉県事業場総覧刊行会 1950年(昭和25)11月
     大沢化学(株)記載なし。大澤乳工業株式会社 大沢与志松の記載がある。
     p241「熊谷市」
     ◎業種:食料品工業
      主要製品名:冷菓
      名称:大澤乳工業株式会社
      代表者氏名:大沢与志松
      電話番号:熊谷244
      所在地:平戸2386
     ◎業種:食料品工業
      主要製品名:冷菓
      名称:
      代表者氏名:大沢与志松
      電話番号:熊谷244
      所在地:熊谷172
    ●『熊谷市勢要覧』1949年(昭和24)版
     『熊谷市勢要覧』の奥付けの後の「熊谷商工案内」に大澤乳工業株式会社あり。
     「乳製品部 ペニシリン製薬部 育児食部 大澤乳工業株式会社 取締役社長 大澤與志松
      熊谷市大字平戸2、386番地。電話244・360・999番」
    ●『埼玉県電話番号簿』1949年(昭和24)12月1日現在
      大沢化学(株)の記載なし。大澤乳工業株式会社の記載あり。
      p77「大澤乳工業株式会社244 平戸2386」
   
     
以上であるが、浅岡千賀子と北野早苗の履歴に関しては、<1982年3月31日発行「追跡 富士見病院」織田浩著(1930年福島県に生れる)、(株)三一書房刊>を参考とし、それらを取巻く社会的な出来事(日医を含む)は、<埼玉県医師会史・保健所史等>を参考として、その他は新聞記事を参照し、当時の出来事を年表にした。
次に、書籍や新聞記事やテレビ放送や月刊誌や週刊誌では、「北野早苗・千賀子ファミリー」に関する情報が多数あるが、履歴に関しては、【「追跡 富士見病院」織田浩著、三一書房刊】を、
参考とするしかない。そこで、織田浩の取材した「北野千賀子(旧姓 浅岡)」像を一旦捨てて、“北野千賀子”自身の書いた文章から、その考え方(思想)の片鱗を読み取ると云う視点を探すと、
所沢市医師会の会報誌に、医師としての考え方や日常の生活感がうかがえるのである。
【北野千賀子(旧姓:浅岡)の思想】
1、所沢市医師会報 第74号 1月号 1973年(昭和48)1月25日発行 27ページから。
    産婦人科に於ける地域連繋診察について
  先日、大阪でひらかれた日本産婦人科学臨床大会に出席したら、「産婦人科に於けるグループ診療」「産婦人科に於ける医療事故」の演題がシンポジュウム形式で熱心で論じられていた。
  産婦人科では、突然の思いがけない患者の緊急事態に遭遇することが極めて多い。元気で玄門を入っ患者がその数時間後に、分娩その他で死に直面するようなショック状態なることも多い。
  又昼間元気で外来で診た患者が真夜中に、ブルスもふれない状態でかつぎこまれてくることもある。私も長いこと、一開業医として、こうした死の重症の患者の生命とたたかってきた。
  幸い、私は何時も仕事上には、同僚に恵まれていて、誰か手つだってくれる人が側にいてくれ、特に、内科の伊藤勇先生や皮膚科の渡辺先生や、服部先生などには専門外でありながら、
  産婦人科の重症患者にずいぶんつきあってもらった。こんな時、たとえ産婦人科医が私ひとりであっても、内科の先生が血圧を測定していてくれるだけで、ずいぶん心強く、診察の上で
  大変なプラスになったものである。私が当地に開業して15年、一例も死亡例を出さずに今迄すんだのは私ひとりの力では決してなく、この時、かの時、私の傍わらで共に患者の生命と闘って
  くれた。こうした先生達の協力が、実に大きいと今頃になって、私はしみじみと思い感謝の念に更けている。
  今、私の病院には常勤の産科医が5名居り、そのうち2名は気管内挿入麻酔にも熟達している。従って、今は緊急重症患者にも昔のようにひとりで奮闘する心細さから、やっと解放された。
  しかしその5名の医師も、医師同志のチームワークが万全でないと、ひとりよりまだ始末が悪くなる。ひとりだけの開業医から、何名かの同じ専門科目の医師達を統率していかなければなら
  ない。私立病院の院長という立場になって、この点にも私はずいぶん苦労し、医師会にも心ならずも御無沙汰してしまった。
  最近、チームワークのとれる、何か事があれば、一言で意志の通じ合う医局がとうとう出来上った。官公立病院の状態が、色々な医療制度のひずみから、決して完全でない現在、今、
  私の病院は自分でいうのはおこがましいようであるが、設備、人員ともに産婦人科の重症を引き受けられる数少ない病院のひとつでありお役に立てると自負している。地域の産婦人科の先生
  方の中で、突然の重症にあわれたら遠慮なく利用して欲しいと思う。当院には、救急車が日夜待期しているし、電話一本下されば結構です。但し、必ずその電話は、たとえ真夜中でも、
  直接担当医から院長宛にして下さることが望ましく思います。当院の当直電話当番との間に疎通を欠くと、その間に患者は死んでしまう。それから、必ず、移送のお時期を失わないこと、
  血管だけは出来れば「エラスター針」なければ普通の翼状針で確保していただくことでも5%糖でも結構である。過日、本当の重症の常位胎盤早期剥離がおくられてき、付添ってきた助産婦
  さんは、もう児は死亡しているといわれたほどの重症であったが、ドップラーできくと、かすかに心音があり、ライヘンを開腹するような状態で、帝切後、出血のため24時間で、再び子宮
  摘出の大手術となったが、移送の時、既に両腕に二本の血管が確保してあったので、結局、母子ともに救命し得た。この例は、若し血管に点滴を入れずに送られてきたら、必ず死亡していた
  と思う。何とか協力して、私の病院のみならず、この地域での悪性腫瘍以外の産婦人科の死亡率をゼロにしたいのが、私の願いです。

2、所沢市医師会報 第77号 4月号 1973年(昭和48)4月25日発行 14ページから。
   女医研究会報告  服部 紀代子
  4月18日午后7時より新妻にて第4回目の女医研究会が開かれた。出席会員の方は三浦アヤ、小野田 絹、北野千賀子、橋詰シノ、黒須桂子、大東和子、渡辺郁代、瀬戸優子、石原良子の
  各会員と私の10名でした。当日のテーマは腎疾患についてで目下病院で研究中の瀬戸会員からネフローゼに関する研究報告をしていただいた.ネフローゼという疾患の新しい概念、尿蛋白
  や沈渣とネフローゼとの関連性、治療面の推移等々のお話の後、各会員より多方面に渡る活発な討論が行われた。親睦と研究を兼ねた楽しい時間は、またたく中に過ぎて次回を約して9時に
  散開しました。

3、所沢市医師会報 第78号 5月号 1973年(昭和48)5月25日発行 19ページから。
     医師のいましめ(菊田医師事件について考える)
  私は、医師は、自分の職業の関係してくることについては、一般の職業人よりも、ずっと自分自身に対してきびしく、地味で、堅実でなければならないと思っている。何故なら、医師というの
  は、人間の生死という、大変な事柄に、直接、一種の権力をもっている人間だからである。うまく、言葉で言いあらわしにくいが、その医師が、一人の人間としては、大した人格もなく、
  それほどの器量がなくとも、職業人としては、本人の好むと好まざるを問わず、一つのオールマイティを持つからである。生死という勝負の場では、トランプの切札、ジョオカーだからであ
  る。権力というものは恐ろしいもので、それが出ていけば、誰もひっこむことになる。医師が、人間の生死を理由にすれば、或は、法も引っこむことになる。そこで、私は、常々、医師は決し
  てこの権力を行使してはいけないと、自戒している。職業の場では、たえず反省し、謙虚に、確実に、考え考え動いていかなくてはならないと思っている。母体外生存の可能性をもつ胎児を中
  絶してほしいと頼まれることは、どの産婦人科医も共通に経験していることと思う。しかし、その場合、菊田医師のように新聞広告などという公けの場で、養親を募集することは正しいだろう 
  か。勿論、広告なら相手をみつけるのに、簡単だし、楽だろう。しかし、ここに大きなミスと医師の思い上がりがあると思う。日本は法治国である。法を犯す前には、もっともっと自分自身と
  対決し、自分を苦しめなくてはならない。若し本当の人間の生を大切にするならば、歩いてまわっても、医師自身で、診察の合間に養親を探し歩き、その夫婦と語り合い、相手を充分に見きわ
  めてからのことである。しかも、全く、その医師ひとりの胸におさめ秘密として、一生口をとざすべきであろう。
  人間の肉体的な生と同時に精神的な生がある。まるで品物のように、新聞広告によってそのことを行い、それが又、大変なヒューマニズムのように語っている菊田医師には、私は、同じ医師と
  して、ひどく抵抗を感じる。菊田医師は、この件で、どの位、自分自身肉体的、精神的に苦しめているだろう。何も苦しめていないではないか。少なくとも、自分がそういう虚偽の形をつくっ
  たということは、一生自分自身が、誰にきかれてもいわない。どこからつつかれても決して他言はしないというくらいの十字架は負うべきではないだろうか。私は、テレビにでて、とくとくと
  話している菊田医師を見ていると、如何にも医師の陥入りやすい、逆な意味の非人間性と権力を見ているようで、ぞっとするのである。

4、所沢市医師会報 第80号 7・8月合併号 1973年(昭和48)8月25日発行 40ページから。
   緑 陰 随 筆
  夏休みに、ホノルルを基点にして、南太平洋の島々を、サンフランシスコ居住の友人と二人で、セスナでめぐって歩いた。セスナに乗るのは始めてなので、私がこわがると、小さな田舎の駅の
  ステーションのようなairportで、事務員の女の人が、「それなら、パイロットの隣に乗せるから、パイロットが下手な運転をしないように貴女が看視して下さい。」と冗談を言って、とうとう
  副操縦士の席に乗せられたが、その窓から見る、南太平洋の海と島の美しさは、又格別であった。
  しかも、飛行機の運転は、東京のタクシーより、はるかに静かで、一度、着陸の時、ほんの少し機体が地面にがたっと当ったら、グレゴリーペックのような顔をしたパイロットが、私の方に会
  釈して「ガタンと言わせてごめんなさい」と挨拶した。airportからレンタカーを借りてドライブしたが、何しろ、ハイウェーを百五十km位の速度で三時間走っても、対面の自動車と2台きりし
  か会わなかった。人口が少くて、走る人がいないのであろう。途中で車をとめて、野生のマンゴーやパパイヤをとって食べたが、水気があって、甘くて、大変おいしかった。どんな小さな島で
  も、無人島でない限り、道路はすばらしいハイウエーが島をめぐっている。三千メートルの山頂迄、自動車道のついている山もあり、(世界でただひとつの三千メートル(一万フィート)まで
  のハイウエーであると山頂に書いてあったが)午前三時に起きて、車で御来光を拝みに行ったが、山頂はさすがに冬のように寒く、親切なアメリカの女の人から毛布を借りて、やっと寒さをし
  のいだ始末であった。東京へ帰って、ジャンボが羽田へついたら、「只今、羽田国際空港混雑のため10分位せん回します。」とのアナウンスで、せっかく祖国の空についても降りられない。全
  く、日本は超過密、やっと降りたら、人々々、車々々、つい10時間ほど前にいた環境とまるっきり違うので、今浦島のような心境になった。実際、日本の将来はどうなるのであろう。人間の心
  そのものも、何か、小さなオリに沢山押しこまれたはつかねずみのようにノイローゼになってしまっているような気がする。日本人は、祖国の繁栄のおかげてで、海外へ出ても、ずいぶん誇り
  を持っていられる。経済的に繁栄していることは、確かにすばらしいことだが、それにしても、この日本の状態は、何らかの形で、行きづまりがくるだろう。私達は、今後、祖国日本をどうい
  うふうにもってゆくように努力したらよいのだろうか。あらためて、考えさせられた夏休みの旅であった。

5、所沢市医師会報 第83号 11・12月合併号 1973年(昭和48)12月25日発行 17ページから。
   軽井沢72ゴルフ旅行記
  午后2時丁度、1人の欠席者もなく全員集合した第14回TBCゴルフ大会のメンバーを乗せたバスは、医師会事務所を出発した。
  空は薄曇、明日の天気が心配される。早速車中で西窪事務局長より、ビール、日本酒、コカコーラ、おつまみの袋などが配られる。土曜日の午后ともなると、矢張り車は混んで、高崎あたりよ
  りのろのろ運転、長蛇の列となる。すっかり暗くなった碓氷峠の新道を越えて晴山ホテルについたのは午后7時半、昔のこじんまりした晴山ホテルを予想していたら、フロントであづかった
  部屋のキーは、本館を出て5分も暗い芝生の上を歩いた揚句の、カマボコ兵舎のような小屋の鍵であった。10月の軽井沢の冷気はきびしく、小屋につくまでの道、一同ぶるぶるふるえる始末、
  さすがに芝生の緑は美しくて、「これが夏の夜ならさぞ気持ちがよいだろう」と思わず嘆息の声がきこえる。しかし小屋について、鍵をあけてみると、暖房完備、風呂、洗面所、紅茶まで自由
  にわかせる設備になっている、急いでお風呂に入って、一同またぞろぞろと、寒夜の冷気の中を本館の食堂まで歩く、新井正喜先生の乾杯の音頭で始まった夕食は、山菜、川魚など、山の珍味
  であった。翌朝、眼がさめると、しとしとぴっちゃんの音がきこえる。戸をあけてみたら、相当の雨降りである。がっかりしたが、ここまで遠征してきたからには仕方がない。セーターなど沢
  山着こんで、出陣の支度をした。ホテルで、朝食前に、雨合羽と替靴下を買いこむ。軽井沢72のゴルフ場に着いてみると、物好きなゴルフ狂が、大雨の中に、結構沢山ひしめいている。西コー
  スよりの出発とのことで、一同バスに乗って、西コースに集合したが、かの有名なシングルプレイヤー新美先生とバク才のほまれ高い高橋先生があらわれな。朝、ホテルでも、この雨にプレイ
  するかどうか意見がわれている時、「雨が降ったからと、コンペをやるかどうか考えるだけで、ゴルファーの資格がない。」とまで極言され、ただひとり、全く雨合羽を着ず、真紅のセーター
  に黄色のズボンというファツションで、張り切っておられた新美先生が、スタートに集まらないのは、狐にばかされたように一同不思議であった。後続組を先にスタートさせて待つこと10分、
  やっと迷子になったお二人の先生があらわれて、会長、鈴木ユ豊先生の始球式となる。赤と青の粉をふくボールが、雨の中を煙って飛んでいった。軽井沢72のコースは雄大で、緑の中に、早い
  紅葉がちらちらとまじり景色は大変に美しい。
  服部女史の主張が実って、女性はレディスティー使用となり、紅2点は、男子プレイヤーよりずっと前からティーショットが出来るので、ずいぶん気楽である。自然、力が入らずよいショット
  ができるようになる。しかし、女性2人と同行の伊藤先生、宮部先生の球威は勇ましく雨の中をよく飛ぶこと、飛ぶこと、スウイングそのものも、お二人とも大変きれいで、見ていて気持ちがよ
  い。私ども女性同行プレイヤーとしたら大変結構なメンバーであったが、男性お二人にしてみたら、ボツンボツンとしか飛ばない飛ばない女性がスリーオン ツーパットのボギー、すばらしロ
  ングドライウ”を飛ばした男性が、ツーオンフォーパットのダブルボギーなど、がっかりすることがつづき、折角のナイスショットも次第にスコアがみだされておられるようであった。とうと
  う、私がショットした直后に、うしろで宮部先生のタメイキ、「全く、あんな足ぶみしながらよく飛ぶぁ。」
  それが耳に入った私は、とたんに、自分の足ぶみグセを思い出して、自信喪失、次のホールから、7、8、9とつづけて、沢山叩いてしまった。宮部先生、みかねて、私のそばによってきて、
  「先生、あとスリーホール、ダブルボギーでまわれば優勝だよ。」となぐさめてくれる。おかげで、最後のショートホールでは、ドライバーでティーショットして、バンカーをかけあがって
  ワンオン,バーディーにまとめて、総計52、50でホールアウトした。私にしては、雨の中をまあまあのスコアと思っていたら、優勝とのこと。これではるばる軽井沢まで遠征の甲斐があったと
  おどりあがる。帰りは、荻野屋の釜飯で乾杯と夕食、車中でゴルフの成績とトトカルチョの「アタリ」の発表がある。トトカルチョは、新井正喜先生と溝淵先生、北野の三人があたり大喜び。
  レディスティーのおかげで優勝、更に多額の賞金をとった北野に、車の後方より、「運がよすぎるぞ」と男性の嫉妬の声あり。夜の割合に車はスムースに走って、午后十時、所沢医師会事務所
  に到着した。お土産までいただいて、遠出の幹事さん、本当に御苦労様でした。
*上記の“軽井沢72”ゴルフ大会については、前号の<所沢市医師会報 第82号 10月号 昭和48年10月25日発行 21ページから。>に掲載されている。
    第14回TDCゴルフ大会 於 軽井沢72
 前日の雨も止み、薄曇り空の10月6日午後2時、軽井沢を目指して我が小型バスは出発した。今回は、ゴルフだけの遠征なので、前回、伊藤行きバスより大分、小さく窮屈である。
 その上、車内マイクは故障していて使用不能、ガイドはインスタントで全くノーガイダンス・・・・・・・
 熊谷を過ぎたところで全員ご小水、此所が有料30円のトイレなるも汚く臭く公衆便所以下、車内に戻り我々の時間外診療加算も小便なみと考えると身振い総毛立つ。・・・・・
 ・・・・・中省略・・・・・
 成績は次の通り。参加者19名
 優勝 北野千賀子 西イン52、南アウト50、グロス102、Hdh28(22)、Net74 備考BD
他の参加者の成績は略す。
 尚、北野千賀子の文章では、カマボコ兵舎までは「徒歩」と記述されているが、上記の報告記事では、電車自動車(原文のまま)で移動したとある。

6、所沢市医師会報 第85号 2月号 1974年(昭和49)2月25日発行 27ページから。
    第16回TDCゴルフ大会 於西武園ゴルフ場 昭和48年12月9日。参加者18名
  15位 北野千賀子 1ST ROUND OUTー51 INー55、GROSSー22、HDCPー22、NETー84。

以上、数少ない「北野千賀子(旧姓:浅岡)」の自身から出た“医師に対する仕事意識と思想”である。
1971年(昭和46)6月に鉄筋コンクリート(RC構造)6階建の最新設備の「医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院」を開業して、2年後の1973年(昭和48)1月~1974年(昭和49)までの間だけ
所沢市医師会報誌に寄稿している。
1973年(昭和48)1月25日の『産婦人科に於ける地域連繋診察について』と云うタイトルで、“北野千賀子”の結びの言葉が[私の病院のみならず、この地域での悪性腫瘍以外の産婦人科の死亡率をゼロにしたいのが、私の願いです。]
1973年(昭和48)5月25日の『医師のいましめ(菊田医師事件について考える)』の結びの言葉は[どこからつつかれても決して他言はしないというくらいの十字架は負うべきではないだろうか。私は、テレビにでて、とくとくと話している菊田医師を見ていると、如何にも医師の陥入りやすい、逆な意味の非人間性と権力を見ているようで、ぞっとするのである]。
1973年(昭和48)8月25日の『緑陰随筆』の結びの言葉は[実際、日本の将来はどうなるのであろう。人間の心そのものも、何か、小さなオリに沢山押しこまれたはつかねずみのようにノイローゼになってしまっているような気がする。日本人は、祖国の繁栄のおかげてで、海外へ出ても、ずいぶん誇りを持っていられる。経済的に繁栄していることは、確かにすばらしいことだが、それにしても、この日本の状態は、何らかの形で、行きづまりがくるだろう。私達は、今後、祖国日本をどういうふうにもってゆくように努力したらよいのだろうか。あらためて、考えさせられた夏休みの旅であった。]
1973年(昭和48)12月25日の『軽井沢72ゴルフ旅行記』の結びの言葉は[更に多額の賞金をとった北野に、車の後方より、「運がよすぎるぞ」と男性の嫉妬の声あり。]
榎本東州の精神科担当医である「東京都豊島区の穂積クリニック 院長 穂積登先生」の患者になった機縁が「榎本は社会的な協調性に欠けている」ということで、「分裂症」の診断を受け、旧厚生省の改革だったかで「統合失調症」と名称が変更されたのである。それを、考えると、“北野千賀子(旧姓:浅岡)医師”の文章を読むと、「実に社会と協調的な性格を持ち、所沢市医師会のゴルフ仲間と和気藹々(わきあいあい)としている」神経・精神医学の世界から見たら、“実に満点な人間像”であるね。それが、どうして「1万~1万5千人に及ぶ健康で正常な女性の子宮・卵巣を全摘して、肉体的にも精神的にも慢性的に病む体にして、自己責任を言い逃れ、詐欺した資金で“偽りの鉄の城”に住み、寿命をまっとうすることを願うのであろうか?」それが、穂積登先生の云う「社会との協調性」と云うなら、今回の衆議院議員選挙後には、再び<大政翼賛会ー協調会ー大原社会研究所ー大日本国防婦人会ー統制会(大日本水産会が民間統制に成功したことで加速されたー鈴木善幸=社会党)ー満蒙開拓青少年義勇軍(現在では海外国際協力青年隊と呼ぶ)等・・・>の政策が復活するであろうし、実は現在も「名称や姿を変えた組織“国際協力事業団・海外青年協力隊”」等の機構が、日本社会自身を!そして、国際社会を蝕んでいるのである。その事に気がつくか?気がつかないか?の差でしかない訳である。それは、“北野千賀子(旧姓:浅岡)医師”の社会的に問題のない“満点人間”の協調性が、実は日本社会には野放しになっているのである。それは、戦前・戦中・戦後の社会機構の思想「世界を指導するのは日本・南北朝鮮結合双生児国家である」と云うものだからである。だから、この「日本・南北朝鮮結合双生児国家」を切り離す必要があるのだが、死んでもそれは出来ないと云うのだから、死ぬしかないのである。それを、「争点なき衆議院議員選挙」と見るか?「争点が巨大すぎて争点を回避している衆議院議員選挙」と見るのか?となるのであるがね?徳島県の宗教指導者 教祖“大川隆法”の「幸福の科学」が衆議院議員選挙で「日本が危ない」と連呼しているのは、この「日本・南北朝鮮結合双生児国家を切り離す」と云うことが、「日本維新の会=橋下徹・石原慎太郎の支持母体」に対して「日本が危ない」と説教している訳である。つまり<宗教団体「幸福の科学」=韓国キリスト教団「統一教会」=日本遊戯協会「パチンコ産業」>は繋がっているのである。
さて、“北野千賀子(旧姓:浅岡)医師”は、大島慶一郎の民医連に永くいたから、社会問題に対して、関心がある様にうかがえるが、これを、全国の医師会々報誌や、医師会史(主に所沢医師会と西多摩医師会と京都府医師会と諫早医師会と高松医師会と埼玉県医師会等の関係出版物)を読んで、「医師の世界」全体を通して考えると、何処の医師会でもゴルフ大会や麻雀会や写真会・旅行会の寄稿もあるし、医術上の記述もあるし、身近な出来事も書かれている。怪我をした猫が病院に来て、傷口を拭いて、薬を塗ったら翌日も治療に来たなど小説になりそうな話しもある。又、折れて針が足に刺さった患者が来たが、レントゲン設備が無い為に、取り出すのに苦労したとか。学会で論文発表会があって、最後に大先生が「老婆が道ばたで苦しんでいたら、君はどうするか?」と指摘され、検査用電子医療機器に頼る現代医学について考え直したとか、多種多様な寄稿がある。そこへいくと、“北野千賀子(旧姓:浅岡)医師”の文面から窺える社会的感覚(生活感覚)は、実は<温室から、「寒風の吹く寒空に薄着で放り出された731部隊のマルタ(人体実験標本)たち」を眺めながら、外は寒いでしょ!何しろ氷点下30度ですから」と、砂糖とミルクのたっぷり入ったホットコーヒーを飲みながら、書いている文章>なのである。つまり生活としての体験がないのである。生まれた時から“皇后妃”なのである。だから男と女の関係しか頭にないのでる。「北野早苗・千賀子」は無聊に苦しんで、妊婦の腹を裂いた「キリスト教の洗礼を受けた“松平忠直・勝夫人”」と同じ犯罪行為に快楽を求めた訳である。“北野千賀子”の社会批判文章は、“出口鉄城の批判の言葉”に酷似しているから、“北野千賀子(旧姓:浅岡)”の文章を読んでいると、“出口独語=Twitter(つぶやき)”と同じなのである。だから“出口鉄城”は、いつまでもたっても倫理道徳批判がとれないのである。それが悟りの邪魔をしている訳である。IQの高いのも“悟り”を邪魔している。外から、北野早苗・千賀子の男女関係を見ると、天才詐欺師“北野早苗”に浅岡千賀子が従っている様な図式だが、上記の“北野千賀子”の思想を見ると、浅岡千賀子の社会批判が“北野早苗の巨額詐欺行動と快楽殺人”を加速させている事が分かる。又、“北野千賀子(旧姓:浅岡)医師”の思想の根源を辿ると、日本医学史上の出来事「東洋医学から西洋医学に移行」した幕末期の医学思想問題に辿りつくのである。それは「オランダ医学ーイギリス医学ーフランス医学ードイツ医学→アメリカ医学=キューバ医学=アルゼンチン医学」という世界の医学が「人体実験主義」と云う系譜でもある。“北野千賀子”は、1980年(昭和55)9月の事件発覚後に「嫉妬・妬みを持つ人達が、事件を捏造した」と事在るごとに発言している。“北野千賀子”の前記の医師会に寄せた文章を読んで、所沢医師会員の中で、『医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院』に妬みや嫉妬を抱く医師がいたのだろうか?和気藹々とゴルフ大会で親睦を深め、女医の会合を開き、どの角度から見ても患者の奪い合いをしている様には見ない。それとも「防衛医科大学」が“富士見産婦人科病院潰し(つぶし)”の為に事件を捏造したのだろうか?“北野千賀子の美貌と才能”に嫉妬・妬む女医が事件を捏造したとでも云うのだろうか?西武ゴルフ場でも飯能ゴルフ場でもゴルフ場の従業員は、男と女の♂♀関係しかない“北野早苗・千賀子”を嫌悪しているが、「嫉妬・妬み」はないのである。寧ろ、男と女の♂♀関係しかない“北野早苗・千賀子”の2人が一番「嫉妬深く、妬み深い」事が、事件の動機として作用しているのでる。それが、ゴルフ遊びの帰途のバスの中で“北野千賀子”に浴びせられて、千賀子が感じた言葉<「運がよすぎるぞ」と男性の嫉妬の声あり>この場合「運がよすぎるぞ」を男性の女性に対する嫉妬と感じるのは何故なのか?男性医師でもなかなか出来ない「豪華ホテル型の産婦人科病院を短期間で開業し、外目には経営も順調だと」して、所沢市医師会の男性医師達が北野千賀子を「妬み、嫉妬して事件を捏造した」とでも“北野千賀子”は云うのだろうか?だから、意趣返しとして北野早苗は強行に「所沢市医師会と所沢市役所が協議していた准看護学校建設を長きにわたり医師免許もないのに所沢市役所・所沢市医師会に対して建設妨害工作をしていたのだろうか?」しかし、問題は“北野千賀子”が所沢市医師会誌に文章を寄稿した時期である。それは「1973年(昭和48)」にしか存在しない点である。この時期には既に所沢市医師会や所沢保健所や防衛医科大学などに、『富士見産婦人科病院で子宮・卵巣の全摘手術を受けて、体調を悪くした患者が被害を訴えていたのである』それを、日本医師会(武見一族)と日本水産会(大日本水産会=水産講習所→鈴木善幸元首相)が司法権力を行使して黙殺し始めた時期と一致するのである。だから、裁判に25年(30年?)を費やす必要があったのである。【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の本当の意味での被害者が死ぬのを待っていたのである。それが、日本政府の国家犯罪体質である。国家犯罪を取り締る司法制度は、地球上探しても存在しないのが現実である。
次に、「追跡 富士見病院」著者“織田浩”が、その著書の中で、浅岡千賀子の父浅岡三郎の行方について、不明としている点が理解できないのである。あれ程、詳細な取材をしていながら、肝心な所は、ぼかしたり、意図的に書かなかったりしているのである。つまり、その部分が事件の動機を持つ組織機構だからである。“浅岡三郎”の名前は所沢市医師会の名簿に存在する。それは<浅岡三郎 芙蓉会診療所 所沢市上新井1,972番地 1990年(平成2)1月退会>とあるが、浅岡三郎は昭和39年8月に死去している。弁護士名簿でも医師会名簿でも退会時期に生存しているとは限らないのは、名誉職だからである。死んでも弁護士であり、医師である事を望むからである。織田浩は浅岡三郎の行方について、<戦後には再建された京浜病院で働く姿を見かけたとか、蒲田近隣の何処かに居住し、あとは、足立区千住大橋あたりに開業したとか、都下福生か?青梅?あたりにいたという話しもあって浅岡家の足どりは判然としない。>と書いているが、浅岡千賀子も兄も学校へ通い、生活していたのだから、住所不定無職と云うことは考え難い。所在はハッキリしないが、父浅岡三郎の愛人は東京都港区の魚籃坂にある浅岡家の菩提寺に埋葬されたと云うのだから、菩提寺と浅岡三郎の関係は単に葬儀社を通じた関係とも考え難い。医師会に登録された「所沢市上新井1,972番地」は幽霊番地で探せないが、おおむね「所沢市けやき台」附近と想像すると、其処は「所沢保健所」の近くなのである。しかし、「芙蓉会診療所」と明記しているので、やはり「西所沢2丁目527番地2・3・1・9・10号」の富士見産婦人科病院となるのか?もしれない。比較的早い時期に、例えば戦後には“浅岡三郎”は所沢市に在住していたと仮定できる。開業していたのか?勤務だったんか?は判然としないが、浅岡千賀子が<健康保険組合『大井村診療所(電話大井24)所長大島慶一郎』>に就職し、国立東京第1病院(旧称:東京陸軍病院→国立病院医療センター→独立行政法人 国立国際医療研究センター)で研修できたのか?それは、父浅岡三郎の助言があったとしか考えられない訳である。何故?織田浩は浅岡三郎の所在を知りながら、“所在不明”とする必要があったのか?である。織田浩自身が、親族には医師が多いと書いている事と関係があるのである。1982年~1990年までの元国立病院医療センター病院長の名前が「織田敏次(名誉院長 内科)」とある。<織田敏次の履歴は、1922年3月16日生、石川県金沢市出身、旧制甲南高等学校卒、東京大学医学部卒。日本赤十字社医療センター名誉院長、東京大学名誉教授、国立病院医療センター名誉院長。>であるが、著者の織田浩とは親族関係にあることは、疑いようがない。となると、図式は<浅岡三郎=織田敏次=浅岡千賀子>の関係が成立する訳である。織田浩が「浅岡千賀子と北野早苗の生い立ち」を長々と書くのは、家庭環境の問題が性格に投影される筈がないので、寧ろ「生い立ちに問題がある」ことを云いたい訳である。
マァー!どうかとは思うのだが、北野早苗の胤は、明治製糖の“相馬半治”で、母は“皇族(北白川)”であり、非嫡出子の北野早苗を福島の“北野家”に預けたのは、“植垣弥一郎”である。それが、北野早苗の十八番「四字熟語の変異体」である。浅岡千賀子の場合は、父は“原田祖岳”で、母は“良子皇太后(香淳皇后)”である。それなら、出口鉄城の次女“出口元美”の胤が“永井利行(鹿児島県川内市 永井病院。当初は伊串昇頴が胤かと思ったが、年を経るごとに永井利行の顔に似てきた)”なのだから、同じ“有嶋家”の胤だから「出口元美=北野早苗」となる訳である。それは、「出口元美=佐川一政(カニバリズム)=北野早苗」と云うことでもある。又、それは、政治歌舞伎「二・二六事件」の斎藤実元総理大臣(帝國海軍)の血とも繋がるのである。オランダ王室は、自国民の将来を嘱望された若い女性が、フランスで惨殺された上に、食べられても、日本政府に対して抗議すら出来ない腑抜けである。この佐川一政を教育したのが“高橋玄洋”の指導者で、怪獣一族の「中川一政」である。佐川一政は文学賞を貰う為に、人肉を食べた訳でもあるまいに。相馬半治の血筋だから、どれだけ悪逆非道な犯罪でも「無罪」である。それは、佐川一政の精神鑑定をした松沢病院も「精神状態は至って良好」と判定できるのは、明治製菓の大株主“石坂泰三”の弟“石坂禄朗”の妻“あや”が、松沢病院の元院長“林暲”だったから、明治製菓の“相馬半治”の非嫡出子を死刑にしなかったというだけの話しである。フランス政府が佐川一政の検事調書や、精神鑑定書類を日本政府に渡さないから、刑事事件として立件出来ないというのは、鈴木善幸元首相(=麻生太郎元首相の妻は、鈴木善幸の娘)の政治歌舞伎である。それは、<大日本水産会=明治製菓・明治製糖・明治乳業・麒麟麦酒=明治屋⇄セール・フレザー商会>の水産資源問題にも繋がる政治問題でもある。明治製菓の“石坂泰三”だから、芸能人“石坂浩二”が、若い時に、所沢市に来て化粧品の販売の宣伝をする訳である。更に石坂泰三の一族に「織田一族」が関係するのだから、明らかに「追跡富士見病院」を書いた“織田浩”も一族である。
再び“浅岡三郎”の話しに戻ると、先のペニシリン製造会社の“八洲化学株式会社”を調べると、同姓同名の会社もあり、ペニシリン以後には目薬を製造し、後に在庫を抱え過ぎて倒産したという会社の可能性もある。又、所在地も変遷しているので特定が難しいが、「1965年(昭和40)12月25日発行の国勢総覧 第31版(国際聯合通信社発行)」に記載されている「八洲化学工業株式会社(農工薬品 東京都中央区日本橋本町1ー3)設立:昭和13年3月」と云うのがある。事業内容は「農業 防疫薬、製造販売」とあり、社長“鎌田修(昭4 東京薬専卒、昭8研究所設置、昭13創立代表取締役)”で、役員は<常務 浅岡太朗・遠山繁夫、監査役 佐久間武人。企画部長 平賀隆、業務部長 山田収二、生産部長 斎藤栄吉、総務部長 横溝丑五郎、業務次長 杉浦明。>であり、取引先は<全国購買農業共同組合連合会、三井物産>である。又、「三光化学工業株式会社(東京都千代田区霞ヶ関3ー4ー3 化学工業会館)設立:昭和22年1月」と云うのもあり、事業内容は「燻蒸薬品 化学薬品 防毒マスク 火工品の製造 その他付帯事業」とあり、社長“岸本肇(東京大学工学部卒、元海軍技術中将、元化学工業統制会理事長)”で、役員は<専務 夏林守親、取締役 篠山強哉・河原盛親・芳賀憑・千藤三千造・岩田喜雄、監査役 熱海景二、高橋満>とあり、取引先は<食糧庁、防衛庁、日本化薬、三井物産、日綿実業、金商又一、大日本インキ、日本農薬、森六商店、小原化工、新和産業、日本瓦斯化学、東洋曹達>などがある。ペニシリンを製造したと云う“八洲化学株式会社”と、農薬製造の“八洲化学工業株式会社”は別物の可能性が高い。しかし、此所で名前の登場した「浅岡太朗」と云う名前でフト気がつく事がある。それは、“織田浩”は「追跡 富士見病院」を読んでいる者に対して、「浅岡三郎が北海道に生まれ、新潟医専を出て、一人で突然に医者になったかの如き錯覚を植え付けている」のである。菩提寺が東京都港区の魚籃坂の寺なら、“魚籃観世音菩薩(馬郎婦観世音)と亀石(子宝石)”で有名な浄土宗の「魚籃寺(港区三田4ー8ー34)」なんだろうか?そこならイギリス式カレー店の前である(これは、“がらくた百選”でも書いた事ではあるが)。浅岡三郎と云う名前からして三男なら父親や長男・次男は北海道で農業か?漁業にでもしているのだろうか?しかし、それでは、高額な医学部の授業料は払えない訳である。浅岡三郎の実家も北海道で医療に携わっているのか?北海道で開業したのか?である。それなら、菩提寺が東京にあるのも頷ける訳である。だから、浅岡千賀子は医者に成った訳である。浅岡家も織田家同様に医業家と云うことである。親族もまた医師や薬学者になっていて当然である。浅岡三郎が女性関係で首が回らないのなら、それだけ優秀な医師と云う逆説なのかもしれない。優秀な医者は731部隊へ入隊していて当然の帰結である。浅岡三郎の戦後の履歴を“織田浩”がぼかして書かないのは731部隊で人体実験に関係していたからである。それが、浅岡三郎の戦後の医療活動について、“織田浩”が書かない理由である。そして、それは、織田浩の親族である“織田敏次(日赤、陸軍病院だった国立東京第1病院)”と浅岡三郎には面識があったという事に成る訳である。織田浩が「追跡 富士見病院」を書いた理由は、「北野早苗・千賀子ファミリーだけが行った医療犯罪を書き立てる事で、日本の医学信仰を守りきる為」だったのである。日本の医学部制度や厚生労働省や日本医師会や日本産婦人科学会と、麒麟麦酒(社長 小西秀次)と日本水産会(大日本水産会 鈴木善幸)が組織的に行った「人体実験」を覆い隠す為に、織田浩は「追跡 富士見病院」を書き、小西熱子は「被害者同盟」と云う組織を作り、1万~1万5千人に及ぶ被害者の言論を25年(30年)裁判で封鎖したのである。【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の本当の目的は「人工子宮=体外受精技術で、世界1位となり、新薬開発も同時に行うという人体実験」がだった訳である。それは、大満州帝国に建設した731部隊でり、満州大学や大連大学などで日常的に行われていた“遺伝工学のための人体実験”が今日も継続している。北野千賀子が所沢市医師会々報誌で、「宮城県の産婦人科医 菊田医師の養子縁組」を批判しているが、日本産婦人科学会と日本医師会が行った“謀略行為”こそが批判されるべきものである。養子縁組をされては、「不妊治療と云う“人工子宮”製造技術の為の体外受精技術が培養できなくなるから、全国規模で養子縁組は違法行為」だと騒いで、マスコミを使って言論操作したのでる。だから、菊田医師は医師免許を速攻で剥奪され、北野千賀子は悠々自適な裁判生活を送れているのである。つまり、勝者は1万~1万5千人の若くて健康な女性の子宮と卵巣を全摘し、名誉教授の称号と今日のノーベル賞を受賞したもの達と云う訳である。これが日本医師会の本当の顔であり、麒麟麦酒(朝日麦酒・サッポロビール)の味付けである。つまり、羊水の味と云う訳である。だから、日本人はビールが好きなのである。しかし、元々は日本酒の酵母技術から来ている訳でもある。今は、理研の合成酒しか販売していないがね。この理研は日本製原爆も製造し、人工子宮技術にも関係しているから、ノーベル賞級の科学者ばかりである。だが、福島原発のメルトダウンは2億年は止められない訳である。天然原子炉と成って廃炉なら良いが、人工的な核分裂はウラン235の高濃縮技術だから、倍の4億年程度はかかるだろう。その間に次の大地震が発生すれば、それで東京はアウトである。福井県の原発銀座なら、大阪府や韓国までアウトである。ロックフェラー財団が日本の保健事業に多額の寄付をしたと云う事は先に書いた通りである。柳下れい子が所沢保健所の移転問題で、盛んにロックフェラー財団の遺志を踏みにじる移転計画には反対だと叫んでいたが、常日頃「アメリカのいいなり」と云っていた政党が、アメリカの財団の恩義を踏みにじるなと云うのも何かしら矛盾しているが、矛盾があるのが人間だと諦めるが、共産党は矛盾点を個人的に追及することを止めない。それが「連合赤軍事件の本質でる。つまり自己批判で殺し合う」のである。浅岡千賀子は自己批判を他人に強要した側?それとも、自己批判を党指導部から強いられた側?それとも、北野早苗から暴力を受けた側?それとも、麒麟麦酒と明治製菓のお菓子食べながら、若くて健康な女性たち1万~1万5千人を、無限の苦しみに陥れて快感に酔いしれているの?かな。北野千賀子が菊田医師に放った言葉<自分がそういう虚偽の形をつくったということは、一生自分自身が、誰にきかれてもいわない。どこからつつかれても決して他言はしないというくらいの十字架は負うべきではないだろうか。私は、テレビにでて、とくとくと話している菊田医師を見ていると、如何にも医師の陥入りやすい、逆な意味の非人間性と権力を見ているようで、ぞっとするのである。>とは誰のこと!北野千賀子様よ。出口鉄城・由美子夫婦を前にして、伴鉄牛老古佛が口が酸っぱく成る程いっていた『それ!アンタのことじゃないでしょ』と云う意味が北野千賀子にも出口鉄城・由美子にも、最高裁判所の裁判官らに対しても当然云えるのでる。<権力機構を守る為に、司法制度が存在する必要なのであり、司法は善悪や正義を問題とはしない。>とハッキリと声明文を読み上げてから、全ての裁判を開廷すべきである。ドイツが第3帝國(千年帝國)を建国するに当たって、ポーランド国に侵攻して、ポーランド軍を虐殺し機能不全に陥れ、ユダヤ人を民族浄化(絶滅)作戦を決定した時も、ドイツ政府の高官らは全員「弁護士・裁判官」の資格を有していた訳だから、歴史が権力の腐敗と、司法の腐敗が行政の腐敗に成った事を証左している。だから、裁判所では必ず開廷時に<当法廷は権力機構を守る為に、司法制度が存在する必要なのであり、当司法は善悪や正義を問題とはしない。従って、民族浄化行為などの組織的な集団謀議犯罪に加担するのは当然の義務であり、司法の要は、弁護士と裁判官に金を積んだ者を正義とする>これなら、ハッキリしているね。安倍晋三(南北朝鮮水産連合会代表)が『憲法改正の為の、憲法改正=憲法96条』を叫び出したが、国際社会から見たら、「日本国憲法は存在するが、日本は存在しない。」と写っているだけの話しである。
[北野千賀子]については、上記の通りであるが、千賀子の父親“浅岡三郎”の戦後の所在は不明と織田浩は書いているが、完璧に近い出生地と足跡を取材している織田浩の情報網を駆使しても分からないのか?知っていて意図的に書かないのか?の疑問は残るが!“浅岡三郎”が娘千賀子の富士見産婦人科病院の治療行為に関係していたという考えは成立するのである。それは、先にも書いた様に、“浅岡三郎”が所沢市医師会に所属しているという事実だけで十分であるし、そこから導き出される答えは、長野日赤病院との繋がりであり、小林隆との関係である。つまり、「東京帝國大学伝染病研究所」との繋がりである。そこは、関東軍給水部隊“731部隊”に直結しているからである。“731部隊”は全国から有能な医学生と現役の開業医を招集して、ドイツ医学としての“人体実験”を正当化できる機構だった訳である。“浅岡三郎”の戦後の所在が判明しないのは、織田浩の親族“織田 ”の国立東京第1病院(旧陸軍病院)に勤務していた可能性が高いのである。それは、戦後を“731部隊”の亡霊を背負っていたからである。逆に代々木病院(東京)か佐久病院(長野県)なら、GHQと中国人組織から逃げるのに最適な選択肢であるがね。一つだけハッキリしているのは、浅岡三郎も富士見産婦人科病院に関係していることである。
さて、問題は山より高く、海よりも深いのであるが!次は、「北野早苗」の肖像である。伴鉄牛老古佛が出口鉄城を表して「人を騙せるのだから、バカじゃないよ」と云っていた訳であるが、人が常識で測れない位の“際限のない欲望を抱く者”と云う訳である。「北野早苗」も出口鉄城の詐欺師人生と同じ訳で、「人を騙せるのだから、バカじゃないよ」の分類に入るのである。
それでは、北野千賀子と同じ手法で、“織田浩”の描いた人物観を捨てる作業から入ると、代表的な文献として、<日刊 新民報 1980年(昭和55)10月8日(水) 独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(2) 元同病院秘書室長 三枝広行氏>の文面から読み解く事から始める。
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日刊 新民報 1980年(昭和55)10月8日(水) 独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(2) 元同病院秘書室長 三枝広行氏
ー北野の患者に対しての態度はどうだったのですか。
「まぁ、あの人の性格から、いわゆる『バカヤロウ』発言が度々出て来ますけれども、そういう事は、私直接見たり聞いたりしているわけではないし、(原文は“かけではないし”)測りかねます。けれどもああいう性格の人ですから、それほど悪意があっての『バカヤロウ』という事ではないと思います。けれども度々患者さんから、間接的に聞いてますので、そういう事もあったでしょう。その辺りがいわゆる医の倫理を全くわきまえない、医者ではなくても、常識人として、当然そのような言葉はつつしむべきです。そういう意味では、非常に教養のない方だと見てきましたね。学歴の問題ではないと思うんですがね。学歴があっても、教養のない方は、いますからね。逆に学歴がなくても教養のある方は、いますからね。例えばいろんな言葉が随所に出て来るのです。 職員を前にしての朝礼でも、非常に支離滅裂な一貫性のない話しが、非常に多いのです。例えば諺等を引用するのですが、「武士は食わねど高楊枝」を「つま楊枝」と云ってみたり、「臨機応変」を「応援」と云ってみたり、全くこの人どういう人なのかなというような感じで、一般職員も、あきれて物が云えないという状態で、聞いているケースが度々ありましたね。」
ー職員に対しても相当ワンマン的な態度をとったのですか。
「それはありましたね。小さい所というのは、ある程度ワンマン体制だから、それなりの事が出来るのでしょうけれど、いい意味のワンマンなら良いのですが、どうしても支離滅裂というか、物事を決定するにつても、場当たり的な所が多いんですね。長期にわたっての展望、判断力、分析力に非常に乏しい方だと見て来ましたね」
ー全国の新聞テレビ等で毎日の様に報道されている、芙蓉会の被害者の声は本当の声なのですか。それとも誇張しているのでしょうか。
「僕は勿論、医者ではないので、その辺りのところは、具体的にどうだという事は、いいかねる面もありますけれど例の事件発覚以来、新聞、テレビ等で報道されている本筋は、全くその通りだと思いますね。例えば数字的な面で、オプトソン(超音波診断装置)が何億円とか、病室の最高が8万円とか、そのような数字は違っても、乱療、乱診をやって来たプロセスは全くうそではないですね。被害者同盟の方々の中でも、勿論手術しなければならない人もいたでしょうが、健康体の人まで切られてしまったという推測は出来ますね。そういう事があった為に、病院職員の中でも、又多くの人々は、『あそこにいくと切られる』という噂をしていたのですが、北野ファミリーのように、ただ単に妄信していた人々もいたわけです。盲信するという事は、レベルが低い人だと思いますが、その人々が管理職をしているわけなのです。その為に、病院も伸びていかないし、雰囲気も暗くなり、職員もついていかない、
そういう悪循環のくり返しですね。
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“織田浩”の「追跡 富士見病院」の中にも、これに類似した内容があった筈である。問題は北野早苗の「学歴と教養を天秤にかけて、その支離滅裂性」を論ずるのではなくて、北野早苗が何処に居た時に、<「武士は食わねど高楊枝」を「武士は食わねどつま楊枝」とし、「臨機応変」を「臨機応援」>と学習したのか?と云う問題である。もしかしたら、新聞記者で博学の“三枝広行”自身が、北野早苗に教えたとも考えられるのだが、それは置いておく。北野早苗が「永山とみ(明治製糖=有島健輔)」の動産・不動産を詐欺したことは、先にも書いた通りであるが、この「明治製糖 有島健輔」の自伝を調べて行くと、明治製糖ー明治製菓ー明治乳業ー明治屋(缶詰ー大日本水産会)ー麒麟麦酒ー大日本麦酒ー硫黄島貿易(鈴木善幸元首相一族)まで血族関係に在る事が分かるのである。そして、有島健輔の自宅が、現在の“文藝春秋(菊池寛ー香川県高松市)の本社”の所在地なのである。有島健輔の共同経営者は“”である。この“”が有島健輔の文章や四文字熟語を改竄するのが好きで、聴衆の面前で、有島健輔を“茶化す”のである。北野早苗が永山とみ宅を訪問した時に、「非常に立派な挨拶」をしたので、名士だと信じ込んだという事からして、北野早苗は早い時点で「明治製糖=有島健輔」と接触が在ったと考えるべきである。その理由は、北野早苗が“”の非嫡出子だからである。福島県の<父北野喜左エ門(農業)と母アキの三男>ではないのである。だから、北野喜左エ門とアキは家計を無理してでも「北野早苗を特別扱い」して養育せざるを得なかった訳である。それは、稀代の放蕩者“野口英世(本名:野口清作。坪内逍遥の「当世書生気質」に登場する“野々口清作”。千円札の顔)”にも通じているし、連続殺人鬼“大久保清”の幼少期にも、連続少女誘拐殺人事件の“宮崎勤”にも共通している訳である。野口英世の胤は“相馬 (=有栖川)”であり、大久保清の胤は“裕仁天皇”であり、宮崎勤の胤は“坊城 ”である。母体は全て「皇女」らである。北野早苗の裁判所に入廷する時の写真と、パリでオランダ人女性を殺して食べた“佐川一政”を生き写しである。つまり胤が同じと云う訳である。佐川一政は中川一政の弟子であり、中川一政の弟子が高橋玄洋である。全ての犯罪事件の中心に“高橋玄洋”が存在しているのである。2008年に書店で突然に平積みされた「小林多喜二の“蟹工船”」事件の張本人らである<広島県尾道市出身の“高橋源一郎(1951年生れ、4度の離婚歴 競馬評論家。先祖は米沢藩の家老?)”と雨宮処凛との対談。>これらの事件を、演出した“高橋玄洋”である。何故?高橋玄洋が事件を演出したのか?と云えば、高橋源一郎は高橋玄洋の非嫡出子だったからである。それでは、何故?「小林多喜二の“蟹工船”」でなければならなかったんか?と云えば、高橋玄洋の自伝小説「人工樹林」に仮名で登場する高橋玄洋の脚本家の基礎を教えた小林和作の「妻と姪」と肉体関係を結んだ“めくるめく肉布団生態”から、高橋源一郎が産まれたからである。「人工樹林」とは富士見産婦人科病院事件である。それは高橋玄洋に“北野千賀子”を連想させたから、北野千賀子の愛読書「蟹工船」の復刻に繋がるという劇場型書籍販売でしかないのである。

*日刊 新民報
1980年10月7日(火)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(1)元同病院元秘書室長 三枝広行氏「富士見病院は病院製造病院」
1980年10月8日(水)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(2)三枝広行氏「北野の言動には一貫性がない」
1980年10月9日(木)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(3)三枝広行氏「物をいうことイコール辞めること」
1980年10月10日(金)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(4)三枝広行氏「奇形児だすぐ入院」
1980年10月11日(土)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(5)三枝広行氏「“友の会”顧問に山崎元所沢警察署長も」
1980年10月12日(日)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(6)三枝広行氏「医師ではないためのコンプレックス」
1980年10月13日(月)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(7)三枝広行氏「みじめな形で辞職する職員」
1980年10月14日(火)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(8)三枝広行氏「見返り無ければ政治献金はない」
1980年10月16日(木)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(9)三枝広行氏「まだ4~5名の市会議員がいる」
1980年10月17日(金)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(10)三枝広行氏「北野・渋谷会談3回はしている」
1980年10月18日(土)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(11)三枝広行氏「支払いはのばし 裏では政治献金」
1980年10月19日(日)独占インタビュー 芙蓉会の内部告発(12)三枝広行氏「空々しい“医師のプライド”」ー終わりー
元同病院元秘書室長 三枝広行氏ー昭和53年7月に秘書室長として入る。事件発覚後(1980年9月10日)の16日に退職。

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第3章 正常で健康な女性の体を【病院に行って病気の体にした】芙蓉会富士見産婦人科病院の犯行動機

 はじめに、「所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院」に受診に来た女性たちの『受診理由(受診にきた時の症状)』は、一般的な所見からして重症とは考え難いものが多い。それが、ME検査室を出て、理事長室に呼ばれると、そこには「白衣を着た北野早苗理事長」が出て来て、『“大変だ。子宮がはれているからすぐ手術しなければダメだ”』『子宮が腐っている』『子宮ガンだから、今手術しないと大変だ』などと脅されて、家族に相談する隙を与えずに手術室に送りこんで、全摘手術を連日連夜行っていたのでる。裁判ではこの行為【「営利追求のため犯行に及んだものと認められ、患者の人権を無視し、医業を冒とくした被告人の行為は許し難い」】として執行猶予付きの判決だから、限りなく黒でも推定無罪の判決である。榎本東州はと云えば、所沢警察署の会計課(拾得物届け担当)に東京理科大学の遠藤●●さんの学生証明書・免許書?・定期券・診察券を届けただけで「公文書毀棄・公務執行妨害」で現行犯逮捕して、20日拘留も検察官面前調書作成も裁判所も検察庁も正当化して、伊奈町の埼玉県立精神医療センターと民間病院で精神鑑定をする。それも神戸の「酒鬼薔薇聖斗が徳仁皇太子だと云う理由を聞く」のである。それは「酒鬼薔薇聖斗のインターネット登録したのが、所沢市北原の浅海守だからであり、その後ろに西武鉄道の堤義明がいる」というのだから、医療少年院に強制入院された土師淳君の知り合いの少年ではないのは当然だと、何時も同じ話をした分けである。さて、「所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院事件」では、1万人以上の健康な女性の子宮と卵巣を医師の資格もレントゲン技師(当初のME機器の操作はレントゲン技師が技術を習得していたケースが多い)の資格もないにの、医師を騙り次に医療コンサルと称し、健康な女性たちの子宮と卵巣を全摘したことが営利追及、人権無視、医業の冒涜と裁判長はいいながら、実は確信犯を野放しにして、日の当たる場所を確信犯人としてのうのうと歩いているわけである。逆に被害者たちの多くは憂鬱で思い気持ちを引き摺りながら、毎日を生活しなくてはならないのである。国家規模の犯罪には国民は諦める道しかないのである。南北朝鮮半島の国家統治者らには日本民族は何も云えないのでる。それは、広島と長崎で大本営(天皇機構)が地上起爆させて多くの市民をジェノサイト(民族浄化と人体実験)して、被爆者手帳を発行するだけで、人体実験という犯罪行為は知らん顔しているのと同格な横暴な極まりない国家機構に変わりがないと云う訳である。そして、富士見産婦人科病院事件と同時期の「1981年6月11日午後遅く パリのエルランジョ通りのアパートでオランダ人女子学生ルネ・ハルテヴェルト(25歳。ボナ・パルト街59番地とルネ)の後頭部をカービン銃で狙撃し、写真を撮った後、死姦し、死体を解体し、胸部・大腿部・その他を冷蔵庫に保管し食べた。栗田工業(本社ー東京都中野区中野4ー10-1)の御曹司 佐川一政(32歳、父は佐川明で旧姓は森本。)」と同じ犯行動機であり、裁判所の量刑も同じと云うのである。2人共日の当たる社会で大手を振って歩いている訳である。北野早苗と佐川一政には接点があるのだから、当然の両者の犯罪行為の帰結は同じであるのは当然と云えば、当然である。それが、日本文化を象徴している訳であることを、世界は未だに気がつかないのだから、不思議である。ノーベル文学賞作家に村上龍が成るとか?中国政府を叱責した作家“莫言(管謨業)”が受賞するとか?ノーベル医学生理学賞にiPS細胞(男性から卵子、女性から精子を製造)の「山中伸弥」が受賞したとか?ノーベル賞選考を日本政府が決めている様だから、作家「佐川一政と永山則夫」にもノーベル文学賞を上げればいいのにね。世界的な作家でしょ。現実の社会で殺人を犯して、それを文学作品にする。やがて、日本人は地球を壊して、それを文学や医学賞にする時代が来たときには、この宇宙から地球は消滅している。それなら、ニュートンの古典力学でも理解できるように、太陽系全体が崩壊する事を意味する訳でね。日本人1人いれば、この宇宙を木っ端微塵に壊す訳である。それが、豊田商事事件の永野一男を背後から綾っていた出口鉄城・由美子夫婦の「宇宙教=銀河計画(豊田商事の中核をなす機構)」思想であり、円天・L&G・あかり研究所詐欺事件と耐震強度偽装事件と振込め詐欺事件と中国人の偽装托鉢僧問題そして、オウム真理教団事件と連合赤軍事件へと連鎖しているのだから、流石「国際参禅道場の看板に則した、国際テロリスト養成座禅道場」である。これら一連の「宇宙教」の源泉は、岩手県黒沢尻中学の秀才“八重樫運吉著”の「宇宙神の地上再臨=国防国家の理論と政策」であり、小島威彦著の「世界創造の哲学序曲」で或る訳である。そしてそれは日本の世界の仏教家「原田祖岳の思想」なのである。「所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院事件」の思想的な動機は日本の浄土真宗や禅宗に有る事は、お分かり頂けたかと思うので、先のタイトルの<健康な女性の体を【病院に行って病気の体にされた】芙蓉会富士見産婦人科病院の手口>の問題に入ることにする。
それは、“北野ファミリー”と呼ばれる【長野県 日本赤十字社医師団・長野県佐久病院・弘前大学医学部】によって行われた『子宮卵巣全摘手術・卵巣一部切除後の病状』は次の如くであるからである。突然に【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の主犯が北野早苗元理事長・千賀子元院長の夫婦犯罪から、国家機構の【長野県 日本赤十字社医師団・長野県佐久病院・弘前大学医学部】が主犯と書いたので驚かれる方が少なからず居るかもしれないが、寧ろ主犯格の連中らは身に覚えがあるだけに戦々恐々としだす訳である。この【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の25年間の裁判が、真実を見る目を曇らせ、真の被害者たちを奈落の沈黙へと突き落としたからである。平岡正明著の『筒井康隆はこう読め(CBS・ソニー出版刊 1981年2月15日発行)』の中で<「問題外科」と所沢・富士見産婦人科病院事件:「問題外科」は筒井康隆の1976年6月初出の作品>と云うのがあるが、そこで、平岡正明氏は、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】を“悪魔の飽食”で有名な「石井四郎(いしい しろう)・北野政次(きたの まさじ)」の関東軍給水部隊=731部隊と並列表記として書いている。シナリオ作家の高橋玄洋氏は、広島・長崎の原爆と比較して論じているのである。尚、高橋玄洋氏は長崎の海軍兵学校生(現在のオランダ村ハウステンボス)で戦後のオランダ国を忌み嫌っていることを、自伝でも書いている訳である。平岡正明氏は、【731部隊と所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院】との関係について深くは言及していないが、織田浩著の「追跡 富士見病院」と合わせて読むと「731部隊」との関係は密接と云う以上に、むしろ【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院】とは、今現在も脈々と『731部隊の人体実験』が継承されていることに気がつくのである。大日本帝國政府が日本国となったが、その体質は何等変わっていないのである。武力戦争が経済・文化戦争になったのを単的に云えば、軍服の上から、背広を着ただけと云えば分かりやすいのである。軍医だけは白衣のままだがね。【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院が、731部隊の人体実験研究施設』であるという理由が、事件の主犯が【長野県 日本赤十字社医師団・長野県佐久病院・代々木病院・弘前大学医学部】と濃密に関係している訳である。勿論、日本産婦人科学会・日本医師会・日本歯科医師会・日本精神神経学会が事件の頂点にある事は事実である。日本の医学はオランダ医学やドイツ医学を規範として発達してきた訳ではない。中国・朝鮮医学といった医学を長年にわたり教えて頂けたお陰で発達し、江戸時代にはオランダ医学と韓国から西洋医学の知識を得て、明治期からドイツ医学の公衆衛生学(細菌学・伝染病学)思想を学習し、iPS細胞でノーベル医学生理学賞なる一般人には理解できない分子生物学に突き進んでいる訳である。最早、科学は王国貴族らの不老不死追及と生命の起源を追及する為に国家予算の大半を注ぎ込んでいるが、その結果がどうなるのか?は考えていないのでる。台湾財閥の血を受け継ぎ、資生堂の福原一族・岸田一族と血族関係にある「京都府 村田製作所の村田蓮舫」の事業仕分け政治歌舞伎劇場の「スーパーコンピューター」が世界1位か?世界2位か?と云う発言で云うところの、生命科学(分子生物学)分野における不老不死を目標とした「遺伝子・酵母・生命発生産業」分野で、日本(=南北朝鮮)が世界1位か?世界2位なのか?と云う所謂「先端工業科学主義」競争の為に存在していたのが、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院】なのである。つまり、『北野早苗・千賀子ファミリー』は国家の劇場型犯罪の表舞台(マスコミと裁判所)で、『狂言=ME機器販売促進の強調』を演じて政府と、東芝やNECやオリンパス(現在はソニーと提携)から高額な出演料を受け取り、司法府関係者は「国家の劇場型犯罪」の舞台裏で現在も行われている『ドイツ医学=731部隊の系譜を受け継ぐ“人体実験”』を隠蔽する「医学界という権威主義を守る、分厚い壁に囲まれた“鉄城”」を築き上げる事に成功した訳である。その『ドイツ医学=731部隊の系譜を受け継ぐ“人体実験”』で必要とされたのは、「正常で健康な女性の子宮と卵巣と、懐妊した子宮」だったのである。不妊治療とか体外受精とか人工受精とか試験管ベビーとか、ノーベル賞受賞者の冷凍保存された卵子と精子の掛け合せ研究とか、セックスをしないで妊娠する聖書の「処女懐妊」即ち『人工子宮機械』の製造を実現する為に、『正常で健康な女性の子宮と卵巣と、懐妊した子宮』を集めて、生命誕生の謎を研究し続けているのである。そして、それが「旧大日本水産会の企業体と麒麟麦酒」の企業利益追求なのである。日本・ドイツ・韓国の3国同盟国では、人間を殺してつくして仕舞うまで、人体実験主義を捨てない訳である。アメリカは土方根性(どかたこんじょう)だから、人生は「酒と女と博打が出来れば幸福感が味わえるか?逆に禁欲的なキリスト教婦人矯風会の禁酒・不邪淫行・賭博防止か?集団カウンセリング療法か?」試行錯誤しながら、日本・ドイツ・韓国の3国同盟国の仏教修行(黄檗宗・曹洞宗・臨済宗・浄土真宗・浄土宗・日蓮正宗・日蓮宗・真言宗・世界救世教・等・・・)と神道に精神的拠り所を求めているから、日本=南北朝鮮の仏教と鳥居文化が世界中に林立しているのである。しかし、ヨーロッパ禅センターを開山した“弟子丸泰仙”が云うには、ヨーロッパ禅センターは、男女の逢い引きと出会いの場と成っている。と云うのは事実だから、「禅」が男女間の出会いの場であり、社交の場程度なのか?医療法人 東京顕微鏡院 元理事長山田耕雲の「三宝興隆会の戦争禅」なのか?と云えば、両方である。男と女が組んで、ヨーロッパ全域を経済・文化・軍事的に支配することになるのである。釈迦白足袋族(日本=南北朝鮮同盟)の計画通りである。
さて、本題の【所沢市の芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の犯行動機が、北野早苗の医師法違反事件の判決文103ページと、北野千賀子の保健婦助産婦看護婦法違反事件の判決文20ページを書き上げて、事件の動機である『日本産婦人科学会と麒麟麦酒の不妊治療と云う大義の人工受精(体外受精)技術開発の為の人体実験』を隠蔽した『埼玉県浦和地方裁判所川越支部の<三井喜彦/羽渕清司/山田陽三裁判官>の脳天壊了ファイルを後世の人の為に書きしるしている訳である。この『北野早苗・千賀子ファミリー』が麒麟麦酒と日本産婦人科学会が考えだした『人体実験」の謀略の手口は、高級ホテル並みの産婦人科病院設備と最新ME機器販売促進プログラムと、医療コンサルとしての「北野早苗の“今手術しないと病院をでた瞬間に死ぬ”と云う脅し」が、日本産婦人科学会の人体実験を加速させ、健康な女性の体を【病院に行って病気の体にされた】芙蓉会富士見産婦人科病院の手口から始まったのである。この『日本産婦人科学会と麒麟麦酒の不妊治療と云う大義の人工受精(体外受精)技術開発の為の人体実験』に関係した人物名を以下に記載するが、それは、国家の組織犯罪機構の一部部分でしなかいのと当然である。それを、榎本東州の県営パークタウン武蔵野団地から強制執行した、生活福祉課の“加賀谷”の発言で云うと「私たちは組織で行っているから」となるのである。そして、強制執行に立ち会った「福祉課の森田」には時々市役所内で顔を見るが、常に勝ち誇った満面の笑顔で笑ってくるのである。それは「組織犯罪者」として、権力行使に浸っているからである。こう云った市町村機構から、県の機構、そして、国の組織犯罪について国民は常に騙されているから、国民を民族浄化政策をとっている『日本産婦人科学会と麒麟麦酒の不妊治療と云う大義の人工受精(体外受精)技術開発の為の人体実験』に、気がつかない訳である。日本人はテレビらや、ラジオや新聞や週刊誌で政府批判を聞かされ続けたせいで、批判が社会正義を代弁していると錯覚(誤認)させられているのである。それが、日本の文化人らの仕組んだ、言論の自由と云う幻想である。標準偏差の枠に嵌め込まれ、身動き出来ないことを、実感しているのに、その実感が何処からくるのか?と考えさせない機構の代表選手が、社会保険庁から何故か?国民には理解できない様に法制化された「特殊法人 日本年金機構」と云う機構改革のオンパレード政策主義である。国民の目からは絶対に見る事ができない【不可視の国家、それが日本・南北朝鮮結合双生児国家体制】である。だから、軍事大国アメリカの軍事力を利用して「朝鮮戦争」に引きずり込み、インドシナからベトナム戦争から中東戦争・湾岸戦争・・・等へ戦渦を拡大し、その影で「日本・南北朝鮮結合双生児国家とドイツ」は文化・経済支配を拡大膨張させて来たのである。マァー!アメリカ・イングランド結合双生児国家体制は疲弊した訳だがね。日本の飛び地領土「ポーランド領土」もそう云った訳で「日本・南北朝鮮結合双生児国家」の傀儡政権が支配しているのである。それが「ユダヤ民族の浄化=アウシュビッツ収容所=大満洲帝國建国後のユダヤ人自治区(河豚計画)=死海パレスチナ地域でイスラエル建国=連合赤軍(日本赤軍)“重信房子”の“世界同時革命パレスチナ解放闘争”=連合赤軍“岡本公三”のテルアビブ空港(現ベングリオン空港)=永田洋子(2011年2月5日獄死)の山岳アジトでも大量虐殺」の原因である。これら数々の構成要素と、その構造の遺伝子パズルを、紐解くと“分厚い壁で囲まれた闇の鉄城”に穴が開き、薄明かりが差し込み、さがて、大容量の光が闇の真空に、真実の光を灯すのである。大鵬の拡げた巨大なマントを破りさるのが禅那(ぜんな)である。真実の得て、権力を打ち砕くのが宗教である。宗教は物理学ではない。かと云って精神医学でもない。日本・南北朝鮮同盟が長崎と広島で人体実験に成功し、土方国家(どかたこっか)のが、戦略爆撃機(シルバープレート部隊)が空中投下に成功したと妄想に浸っているから、日本・南北朝鮮同盟が謀略した【イスラム教過激派テロリストを犯人に仕立て上げたWTC9・11同時多発テロ】でアフガニスタンやイラクを攻撃して、一般市民を無差別大量殺戮するお先棒を担ぐのである。明らかに低能な大統領である。アフリカの誇り高い部族は、食事時間に他人の家を訪問しないし、食べていなくても、満腹な顔をしていると聞いたが、アメリカの大統領に就任すると、「誇りは埃になり、晩餐会で酒に酔いながら、外交と云う馬鹿騒ぎに興ずる」のである。だから、日米韓同盟は「日本・南北朝鮮同盟」の軍事・文化・経済的な後ろ盾として有効だが、中東諸国には何等の利益ももたらさない。ただで油を「日本・南北朝鮮同盟」に寄附するのは、中東諸国の王侯主義が腐敗しきった民族でしかないからである。サウジアラビア王国やエジプト・アラブ共和国等の王国貴族による国家支配が“分厚い壁”だから、1945年の1年前1944年から始まった「日本・ドイツ・南北朝鮮同盟」が謀略した政治歌舞伎「朝鮮戦争」以降から、日本とドイツの奇跡的な世界経済・文化の独占侵攻作戦が成功した。それが、戦後の敗戦国「日本・ドイツ」の“奇跡的な経済復興”と云う名前で呼ばれているものだが、その奇跡的な“V字復活”が現在の世界経済の重圧(沢庵石)となっているのである。
さて、本論の「所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院」に受診に来た女性たちの『受診理由(受診にきた時の症状)』とは、次の如くである。
A、病院に受診にきた時の症状(受診理由)
1、不正性器出血
2、妊娠か否かの確認
3、下腹部痛
4、腰痛
5、月経異常
6、不妊
7、膀胱炎
以上、7症例につて、1982年12月04日(金)の読売新聞は、『来院した患者からの“愁訴”があったから、全摘手術を行ったもので、正当な医療行為である。』と記事に書いている。“愁訴”ね!
《愁訴(しゅうそ)とは、自己の悲しい心境を打ちあけてあわれみをこう。なげきうつたへること。又、なきごと》である。これでは、内科・外科・産婦人科・整形外科・形成外科・皮膚科・眼科・歯科・脳外科等を、訪れる人間は、全て“愁訴”と読売新聞は考えているのだから、読売新聞の社長も社員も、その家族らも、病院に行くときは家族・友人・知人に「これら病院に“愁訴”しに行く」と云う様である。だから日常的に何でもかんでも“愁訴”と発言するのである。読売新聞社内では、トイレに行くときも、下痢をしてので、便所で“愁訴”してくるから、同僚に挨拶する訳である。だから、いまでも、読売新聞の記事と日本テレビ放送網のアナウンサーらは冒頭で「現在の日本国民には、福島原発が水素爆発をおこし、放射性物質で世界中に拡散しても、日本国民は政府に対して“愁訴(なげきうつたえることも、なきごと)”も云わないで、縦型の行列を整然とつくり、半導体生産と自動車生産と耐震性と機能性を向上させた新型原子炉設計製造に生真面目に勤労に邁進しております。世界の皆さん“日本の農水産物・缶詰め・加工食品”は安全であり、日本・韓国・中国(旧満州)の農業・工業性はなんら問題有りません。」と流し続けているのである。よく国際社会は、「日本・南北朝鮮の結合双生児同盟国家」に経済も文化も支配され、軍事力はアメリカ/ロシアの土方軍隊(どかたぐんたい)を背景にして、支配されているのに“愁殺(しゅうさつ)”されているのに、「日本・南北朝鮮の結合双生児同盟国家」に対して“愁怨(しゅうえん)”を抱かないものである。アフリカ諸国もも中東諸国も南アメリカ諸国もオーストラリア諸島もヨーロッパ諸国も北欧諸国も、まして東南アジア諸国も第2次世界大戦の“愁襟(しゅうきん:涼愁に満たされた胸憶)”を抱いて、何の発言も行動もしないでただ“愁死(しゅうし:うれへ悲しんで死ぬ)”つもりなのだから、「日本・南北朝鮮の結合双生児同盟国家」が、地球をくるりと抱いて、世界中を覇権することに異議がないと云うことなのだろうか?
1982年12月04日(金)の読売新聞の「富士見病院の摘出臓器 過半数に「病変」あり 3大学の鑑定結果」の記事で云いたいことは、「正常で健康体の女性の子宮と卵巣が“人工子宮=試験官ベービー=体外受精”研究には必要不可欠だったので、日本では10,000~15,000人の検体を、司法組織職員に特別賞与と勲章を与えて、合法的に全摘しただけである。」子宮ガンや不妊など異常のあった子宮・卵巣では「全摘した臓器で人体実験」できないではないか?だから、当然、正常で健康体の女性の子宮と卵巣を求めただけである。最高裁判所も『正常な子宮・卵巣の全摘を医療行為と認め、北野早苗の“医師法違反”と、北野千賀子の“保助看法違反”とは判決したが、「傷害罪」だとは云わなかっただろ!』だから、日本産婦人科学会の行う不妊治療(体外受精技術)は世界1位になれたのである。国民の犠牲は、明治維新の前の徳川幕府時代から当たり前のことである。だから、政府・マスメディア側から云えば日本国民のアジア民族・ユダヤ民族などの“愁訴(なきごと)”である。だから、<国民も黙れ=国際社会も黙れ>と新聞紙面で脅迫しているのである。その「日本・南北朝鮮結合双生児国家」体質は戦前も戦中も現在も同じである。
《12月04日(金)ー読売新聞:富士見病院の摘出臓器 過半数に「病変」あり 3大学の鑑定結果
{【所沢】埼玉県所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院の無資格診療事件で、埼玉県警は、病院から押収した40人分の摘出臓器(子宮、卵巣)を防衛医大など3大学に送り、病変の有無、手術の適否について鑑定を依頼していたが、3日までに、臓器の過半に病変が認められ、病変がみつからなかった臓器についても、すべてが患者からの異常出
血などの“愁訴”があったもので、手術が不要だったとはいえないーーという鑑定結果を得た。これらの鑑定結果は北野早苗理事長(56)(医師法違反で公判中)と妻千賀子院長(55)(保助看違反で公判中)ら医師6人を傷害罪で告訴している元患者32人のもは全く含まれていないが、県警はこの鑑定結果を踏まえたうえで、すでに不起訴処分になっている4人を除いて28人の告訴についても「傷害罪の立証は困難」と判断、その旨の意見書を関係書類に添えて、早ければ年内に浦和地検に一括送付する。同県警では押収した摘出臓器のうち、腐乱して鑑定ができないものを除いた40人分の臓器の切片の標本とカルテなどを、防衛医大、慶応大医学部、埼玉医科大学の法医、産婦人科臨床医の専門家に送り、鑑定を依頼していた。ただ、本来ならすべの臓器に病変が認められるはずのものが、鑑定の結果かなりの臓器に病変がなかったということは、同病院の医療実態を浮き彫りにしたとも言えそう。鑑定結果について被害者同盟の小西熱子代表幹事は「ほかの人と協議してからでなければ一切コメントできない」といっている。}》
さて、読売新聞社・日本テレビ放送網の云う「正常で健康体の女性の子宮と卵巣を全摘」された10,000~15,000人(新聞報道では2,500人前後)の内、病院で死亡した人も居る筈だから、被害者同盟員の内でも、富士見産婦人科病院側の人間のいるから、正確な数字は分からないが、最低でも、8,000人は死亡していると見るべきである。支那派遣軍秘書室に居て、毎日ゴルフ三昧と漁色に耽っていた「畑 和元県知事」の事である。そこは731部隊の指揮監督司令部なのだから、人脈的にも財政的も繋がっていたのだから、731部隊の人体実験方式からみて、「富士見産婦人科病院事件の被害者は“マルタ”」である。従って、実は中国・インドネシア・フィリッピン・タイなどのアジア諸国の産婦人科病院からの“マルタ(正常で健康体の女性の子宮と卵巣の全摘)”を集めていたのは当然である。それが、現在の日本産婦人科学会(旧大日本水産會)が世界1位を誇る「体外受精技術=人工授精技術」の「石の俎(キリスト教の洗礼を受けた松平忠直卿の乱行)」である。
さて、読売新聞社・日本テレビ放送網が、泣き云うなと日本国民と国際社会に喧嘩を売った発言“愁訴(しゅうそ)”の実態は実の如くである。【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の主犯も共犯機構の関係者も既に“愁髪(しゅうはつ:しらが)”して高額な年金と、勲章を胸に飾って安楽な生活を謳歌している訳である。【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の多くの死亡者・生存者は、毎日“愁夢(しゅうむ:憂愁の余り見る夢)”に魘され(うなされ)墓地のから這い出て、恨みを晴らそうにも、「骨も焼かれ」魂は悪徳宗教家(島地黙雷・原田祖岳・安谷白雲・出口鉄城・由美子)に封じられ、彷徨うしかないのである。未だ生者も亡者も“愁尽(しゅうじん:うれへつきる)”してはいない。【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の主犯機構が、誰であったのか複雑な螺旋構造を紐解くよりも、すでに光は闇を照らしだしたのだから、生者も亡者も覚醒し、物具をうち揃えて、狼煙をあげて恨みを晴らす時期が到来したのである。麒麟麦酒や小西酒造などの体液でできた酒の瓶を打ち壊し、快進撃の時である。麒麟麦酒の小西秀次元社長が建立した「弘法大師の高野山にある墓を打ち壊せ」そこが、日本・南北朝鮮結合双生児同盟国家が犯してきた犯行の動機であるからである。【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の主犯機構に“愁寂(しゅうせき:うれいかなしむ)”の念はないのだから、どれだれ打ちのめしても問題はない。悲しみの情が生まれた時からないのである。さて、“愁訴”の気持を語る事にできる病院は「精神・神経科」だが、カウンセラーも精神科医も“精神安定剤”を処方するだけで、医療点数が厚生労働省から認められる訳である。そうここの主犯機構の「厚生労働省」である。その厚生労働省の高級官僚は、創価学会SGI会長 池田大作(出口鉄城の実父 胤)である創価大学卒業の博士サマである。
だから、国際社会の“愁悴(しょうすい:うれいやつれる)”症候群は止まらない訳である。それでは、“愁訴”の気持を理解できる東京都豊島区南池袋の穂積登クリニック(ホヅミクリニック)に意見を求めたとしても、安定剤の処方箋が出されるだけで“愁歎(しゅうたん:うれいなげく)”するだけの筈である。
それでは、読売新聞・日本テレビ放送網が国民を脅迫する言葉の“愁訴”である。
B、『子宮卵巣全摘手術・卵巣一部切除後の病状」は、以下の如くである。
1、全身倦怠感 何もやる気がしない感じ
2、肩こり
3、冷え
4、性欲減退
5、頭痛
6、のぼせ、ほてり
7、首すじの張り
8、腰痛
9、イライラ
10、物忘れ
11、動悸
12、白髪の増加
13、性交痛
14、輸血後肝炎
15、治療法としてのホルモン注射の副作用
16、輸血後肝炎の為に寝たきりの状態になる
17、その他
そして、芸能人北野武の率いる講談社襲撃集団「たけし軍団」と同格のマスコミが付けた暴力機関「軍団=ファミリー」と云う。北野早苗と浅岡(後に北野)千賀子の男女関係から来る「通称“北野ファミリー”」と呼ばれる【長野県の日本赤十字社医師団・長野県の佐久病院・東京の代々木病院・弘前大学医学部・日本大学医学部】の教授、名誉教授らは、豪勢な年金生活で海外旅行三昧なのである。事件発覚の1980年(昭和55)9月以前に、日本の新聞社を始めとしたマスコミは事件の主犯が【長野県の日本赤十字社医師団と佐久病院と代々木病院と弘前大学医学部】である事を知っていた上で、新聞の紙面では「卑猥な旧華族“北野早苗と千賀子の男女関係”とME機器販売促進の為のME診断医療」の名前を連呼していたのである。これが、日本が世界に誇る朝日新聞・産経新聞・東京新聞・毎日新聞・読売新聞・長野新聞・河北新報・赤旗・聖教新聞・共同通信・時事通信・NHK(日本放送協会ー送信料金を税金として徴収する)をはじめとしたマスコミ文化と云う「ヤクザ組織が書いて、ヤクザ組織が売る新聞(電波、ネット情報)」と云うヤクザ文化国家である。それを、外国人の学者らは「日本文化は武士道であると云ったり、仏教を学ぶ必要がある」と、大学の教壇で学生に講義するから、「菊と刀」などという本が売れたり、宮本武蔵の「五輪書」を読み、仏教書を小脇に抱えて、アップルコンピューターのスティーブ・ジョブズ(Steven Paul Jobs)と同じ様に、曹洞宗の「乙川(知野)弘文(京都大学、大乗仏教で修士号を取得、永平寺に3年間安居。63歳、スイスで5歳の娘を助けようとして溺死)」老師などに参禅して、経営戦略をする。それは、戦前・戦中の戦争禅の延長である。産業能率大学や人間禅教団の吉富製薬(薬害エイズの本体企業)と繋がる『山田耕雲=安谷白雲(量衡)の東京顕微鏡院「三宝興隆会」』の経営戦略と同じである。曹洞宗の2大本山と云う「永平寺・総持寺」は日本水産会と三菱企業体が、檀家である。だから、企業禅であり、戦争禅なのは当たり前である。それを「道元禅師」の教えだと云うのだから、“ヘソで茶を沸かす”話である。2大本山を解体すべきである。小泉純一郎元首相の功績は「自民党を解体して、自分の子供(小泉進次郎)を自民党の要職に付けた事である」それって、自民党から森・小泉党になっただけだから、これからは、「自民党」と新聞は記載しないで「森泉党」と商標登録しますと報道すべきである。小沢一郎の提唱した二大政党制「森泉党(影の内閣)VS民主党(表の内閣)」の政権抗争と報道すべきである。それが、12月16日の「第46回 衆議院議員総選挙」で「自民党=森泉党」に政権が奪取されて「日本維新の会」「日本未来の党」と「公明党」等の構図に変わったが、中身は同じ「毒饅頭(野中務)=京都府」である。
文化事業には外資系の会社役員居たりする訳である。日本文化とは透明なガラスで出来た漆黒の闇社会」である。何人も決して受け入れる事はないのである。それでいながら、日本・韓国・台湾の自動車や医療用電子機器や液晶テレビ世界中に氾濫しているのである。ヤクザ国家日本は表向きは、暴力団新法で表面的には存在しない日本の暴力機構だが、実は日本の司法制度がそれにとって変わって、今や日本・南北朝鮮・台湾はおろか国際社会全体を覆い尽く「日本型テロ機構」となっているのである。それが、戦前・戦中・戦後に中国で云われる「日本人は法卑(法律家の卑俗社会)」と云う由縁である。だから、世界が気がつかない位に、日本と南北朝鮮族と台湾は世界覇権している訳である。そのヤクザ文化=マスコミ文化が書いている当時の新聞記事と出版物から、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】でマスコミに登場した人物を書き、次に1980年の事件発覚前後の県職員名並びに司法警察職員名を掲載する。その理由は、榎本東州を県営団地(武蔵野パークタウン)から全財産を奪い、身包み剥ぐ為の「強制執行の共同謀議」を、所沢市役所の会議室で行った<埼玉県庁(千島務:井上義衍の弟子)、所沢市役所(生活福祉課)、医療法人慶竹会 ホズミクリニック(穂積登)、畑茂(元県知事畑和の三男)、日本財団(笹川一家)等・・・>に関して、所沢市役所の加賀谷職員がいみじくも云った言葉「私たちは組織でやっていますから」と云う様に、【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】は国家規模で行われた「国家組織犯罪」であるから、『富士見産婦人科病院事件』を共同謀議の席上に居た者らは北野早苗・千賀子ファミリーだけではない。国・県・市規模の職員が参加しているからである。だから、それらの「国家組織犯罪」に関して『弾劾』する人々に対して、国家は司法権力とマスコミを使って悪質な嫌がらせ、殺人までをもする訳である。「日本・南北朝鮮結合双生児国家」が支配する弓形に変形した“日本列島”とは、ソ連邦の“収容所列島”である。ソ連邦の共産主義革命を陰から煽動したのは、日本共産党であるし、中国共産党もベトナム共産党もキューバ革命も、メキシコ共産党も日本共産党が指導したから、政権を維持している訳である。北朝鮮がロシア政権と中国政権に拘っていると云う図式は日本共産党が造り出した「世界同時革命」の基点と成ってる訳である。だから、南北朝鮮半島を38度線に分断したのである。ならば、ロシアとアメリカは日本を糸魚川静岡線で南北に分断すべきである。どこの国にも南北問題と東西問題と云う政治と経済格差は存在するのだから、日本列島を分断しても何等問題はない。問題のない所に事件を作るのが、「日本・南北朝鮮結合双生児国家」機構なのだからね。

★病院名の変遷:医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院→チェリー・クリニック→スコットレディー・スクリニック(所沢市北中)
★医療法人 芙蓉会 富士見産婦人科病院(1979年1月3日水曜日から1982年)
1、理事長:北野早苗{大正14年6月5日生、福島県西白河郡大屋村(現大信村)下小屋字日籠9番地出身、9人兄妹の三男、}
2、北野早苗の妻ー大田寿美:大正11年1月3日生、東京都大田区出身、父は職業軍人、日籠郵便局で事務員、昭和24年若しくは昭和25年3月に結婚。
3、新理事長:堀江 糾(ほりえ ただす)昭和57年頃
4、院  長:浅岡千賀子(13年間の同居関係から、昭和46年7月北野早苗と正式に婚姻。)
5、医学博士:副院長:青井保男
6、医学博士 副院長:手塚一郎
7、医学博士    :佐々木京子
8、医学博士 分院長:堀 八重子
9、事務局長:武田進
10、芙蓉会を支援する会 会長:新田キクイ(狭山市)
11、理  事:清水村雄(1980年9月当時59歳。当初は雑役。住所=東京都東村山市多摩湖町3ー15ー1、所有地5,630平方メートルが病院の借金担保)
12、秘書室長:三枝宏行(元共同通信記者)
13、秘書課長:北野純子(北野早苗の長女、昭和26年1月生、昭和57年4月時点で31歳。ー手術室の第1助手として筋肉、筋膜の結さくのときの糸結びをやる。)
14、秘書課長:浅岡由理子(北野千賀子の姪、昭和57年4月時点で27歳。ー心電図検査のミネソタコードを操作。東京都練馬区関町北2ー20ー4。小手指町1-7西武小手指ハイツCー703。)
15、浅岡三郎(北野千賀子の実父):芙蓉会診療所ー所沢市上新井1,972番地、昭和39年8月死去(追跡 富士見病院 p140)、平成2年1月所沢市医師会を退会]
16、方倉国臣(かたくら くにおみ。東京都日野市の内科医。)
   昭和57年5月20日に「芙蓉会 分院(所沢市緑町1-18-2)」の院長として登場する。
   名称変更の流れー芙蓉会富士見産婦人科病院分院→芙蓉クリニック→ローズクリニック→チェリークリニック→スコットレディースクリニック(北野早苗の長男が院長ー日大医学部卒)
   片倉国臣医師は、1981年(昭和56)12月頃から、芙蓉会富士見産婦人科病院本院(所沢市西所沢)の5階に居住し、毎月50万円を北野早苗理事長から支給されていた。
   方倉国臣ー現在は「小筑紫診療所:内科・皮膚科・泌尿器科(高知県宿毛市小筑紫町福良14-10)」院長。
   博士論文
    1、学童・生徒の発育の地域特性に関する研究。
      学位の種類:医学博士。
      授与大学名:東邦大学
      報告番号:乙第463号
      授与年月日:昭和50年4月7日
      個人著者標目:方倉国臣     
    2、東京都心学童に対するリジン補給に関する研究
      福井忠孝, 土谷文彦, 富吉冨貴代, 中田久世, 方倉国臣
      徳島大・医・公衆衛生
    3、賞罰
      1978年(昭和53)8月 麻薬取締法違反容疑で東京都衛生局に摘発(不起訴)
   *巻頭文と重複
17、富士見産婦人科病院顧問:東大名誉教授 小林 隆(日赤医療センター所長・宮内庁御用係・美智子皇后主治医)
18、富士見産婦人科病院顧問:前横浜市立大学長 梅沢 実
19、富士見産婦人科病院顧問:癌研婦人科部長 増淵 一正
20、富士見産婦人科病院顧問:医事評論家 水野 肇
21、新宿伊勢丹 副社長 加藤富久平
22、富士見産婦人科病院被害者同盟 代表幹事:小西熱子
  富士見産婦人科病院被害者同盟 事務局長:大田道子
  富士見産婦人科病院被害者同盟 藤原明子、松永知子姉妹3人、佐藤寿美江、
  富士見産婦人科病院被害者同盟 弁護士20人(内田剛弘、 ) 
  日本婦人会議 事務局長:清水澄子
23、富士見産婦人科病院被害者同盟を支援する市民の会 代表世話人:大森弥代(会員55人)
24、テレビドラマ作家・画家・陶芸家 高橋玄洋
25、日本国総理大臣 鈴木善幸(宮古水産講習所、東京水産大学(旧東京水産学校)、秋田連隊2等兵、偉人  、社会党、自民党幹事長)
26、国会議員 斎藤 厚生大臣
27、国会議員 衆議院議員 小宮山重四郎(自民党){小宮山 平和相互銀行の弟}
28、国会議員 衆議院議員 山口敏夫(自民党){秘書 上田清司(現埼玉県知事、福岡県三池高校から早稲田大学)}小川信金事件
29、埼玉県知事 畑 和(加須市出身、支那派遣軍 秘書室、社会党){榊多嘉子・石田サダ・相馬雪香・畑千鶴子}
30、埼玉県所沢市長 平塚勝一(1967年11月5日~1983年10月30日)
32、埼玉県所沢市長 武藤保之助(1983年10月30日~1987年10月29日)
33、埼玉県所沢市議員 当麻よし子(社会党、福岡県三池高校から慶応大学。所沢市議、県会議員、市長。)
34、埼玉県所沢市議員 (公明党)
35、埼玉県所沢市議員 (自民党)
36、埼玉県所沢市議員 藤本  ()
37、埼玉県所沢市議員 安座間()
38、埼玉県浦和地方検察庁 池上 務検事正(1982年)
             仲田章検察官
39、埼玉県浦和地方裁判所川越支部 三井判事
40、埼玉県警本部長 岩佐英弌(えいいち)
41、埼玉県所沢保健所長(1978年)
42、埼玉県所沢保健所長(1979年)
43、埼玉県所沢保健所長 小島哲雄所長。斎藤利彦次長(1980年)
44、埼玉県医療整備課長 山口正文(1982年){埼玉地方社会保険医療協議会}
45、埼玉県衛生部次長  小笠原昭維(1982年)
46、埼玉県所沢市 医療法人信和会 三ヶ島病院 理事長・院長 高橋信介 (福島県出身、元国立武蔵野精神神経センター勤務。埼玉県所沢保健所 嘱託精神鑑定医)
47、日本医師会会長
48、日本産婦人科学会長
49、日本赤十字総裁ー美智子皇后
50、日本母性保護医協会 会長
51、埼玉県医師会会長 福島茂夫{埼玉の天皇、1917年(大正6)11月28日生れ、埼玉県出身。1942年日本大学専門部医学科(現医学部)卒。1944年、埼玉県児玉郡本庄町(現・本庄市)に福島病
院(現・本庄福島病院)を開設し院長となる。埼玉県議会議員(自由民主党)を2期務めた後、1977年の第11回参議院議員通常選挙に日本医師会の政治連盟である日本医師連盟の支援を受け、全国区から自民党公認で立候補、127万を超える票を得て田英夫・江田五月についで3位当選。1980年7月から1981年11月、鈴木善幸内閣で環境政務次官を務めた。1981年5月、群馬県伊勢崎市に伊勢崎福島病院を設立し理事長となる。1983年の第13回参議院議員通常選挙には立候補しなかった。1988年10月、本庄総合病院を設立し会長となる。1989年の第15回参議院議員通常選挙に埼玉県選挙区(定数2)から無所属で立候補するも3位で落選した。2012年7月15日、多臓器不全のため死去。94歳。}
52、所沢市医師会会長
53、所沢市医師会会長
54、防衛医大学長   小林充尚=防衛医大産婦人科医師
55、東邦大学医学部教授 赤須文男(現金沢大学医学部教授)=浅岡千賀子の指導教授
56、東邦大学産婦人科教授 林 基之
57、服部小児科院 服部紀代子=昭和37年10月1日 所沢市上新井655番地(所沢市西所沢   )に開院、浅岡千賀子の年来の同士。
58、所沢診療所(民医連)大橋譚(仮名)医師=浅岡千賀子の婚約者・・・当時の大井村診療所の状況からみて、仮名の大橋譚とは、「伊藤淳」の可能性が高い。
59、大井村診療所 大橋慶一郎医師=埼玉県共産党県議、昭和24年に浅岡千賀子(=北野千賀子)が、大井村診療所に就職、その後共産主義の教本としてプロレタリア文学を指導した医師。横川事件
                 の犯人隠匿か?浅岡千賀子は昭和25年に共産党に入党。
60、版画家 山崎猛雄(仮名)=浅岡千賀子と大橋譚の共通の友人。
61、東京新聞 本間 康元記者=中日新聞東京本社、政治部次長、昭和52年12月社を退職後は嘱託、北野早苗から月々5万円の顧問料を受理していた。
62、朝日グラフ記者 増岡高雄=所沢市議会議長、北野早苗から50万円の政治献金を受理していた。
63、朝日新聞記者 岡本米高=所沢通信部、後長野県松本支局長
64、読売新聞記者 笠原
65、埼玉県環境衛生寿司協会  =昭和55年2月24日所沢市の湖畔荘で会議ー<追跡 富士見病院 p187>
66、青森県三沢市市立病院
67、青森県三沢市長
68、青森県三沢市保健所長
69、青森県弘前大学 医学部 

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第4章 1978年~1983年間の【内閣大臣名と埼玉県知事名並びに県職員名・公安委員会長名・司法警察職員名】

*注意事項ー資料は“埼玉新聞社”発行の「埼玉年鑑」から採用した。年度と発行日の関係は次の通りである。
 又、埼玉県所沢保健所長の名前が、埼玉県職員録と各社の新聞記事では「小島哲雄」となっているが、埼玉年鑑では“小島哲男”と記載されているが、
 此所では、これを「訂正」し【小島哲雄】としている。
1978(昭53)年度版ー1977年(昭52)10月20日発行
1979(昭54)年度版ー1978年(昭53)10月20日発行
1980(昭55)年度版ー1979年(昭54)11月25日発行
1981(昭56)年度版ー1980年(昭55)10月15日発行
1982(昭57)年度版ー1981年(昭56)11月01日発行
1983(昭58)年度版ー1982年(昭57)11月10日発行

■内 閣 「昭和 月 日認証式=1978年度版(昭和53年)埼玉年鑑/1977年(昭和52)10月20日発行」
総理大臣:福田赳夫、
法務大臣:福田一、
外務大臣:鳩山威一郎、
大蔵大臣:坊 秀男、
文部大臣:海部俊樹、
厚生大臣:渡辺美智雄、
農林大臣:鈴木善幸、
通産大臣:田中竜夫、
運輸大臣:田村元、
郵政大臣:小宮山重四郎、
労働大臣:石田博英、
建設大臣:長谷川四郎、
自治大臣・北海道開発庁長官:小川平二、
国務大臣・行政管理庁長官:西村英一、
国務大臣・経済企画庁長官:倉成正、
国務大臣・防衛庁長官:三原朝雄、
国務大臣・科学技術庁長官:宇野宗佑、
国務大臣・環境庁長官:石原慎太郎、
国務大臣・沖縄開発庁長官・総理府総務庁長官:藤田正明、
国務大臣・国土庁長官:田沢吉郎、
国務大臣・内閣官房長官:園田直、
法制局長官:真田秀夫

■内 閣 「昭和 年 月 日認証式=1979年度版(昭和54)埼玉年鑑/1978年(昭53)10月20日発行」
総理大臣:福田赳夫、
法務大臣:瀬戸山三男、
外務大臣:園田直、
大蔵大臣:村山達雄、
文部大臣:砂田重民、
厚生大臣:小沢達男、
農林大臣:中川一郎、
通産大臣:河本敏夫、
運輸大臣:福永健司、
郵政大臣:服部安司、
労働大臣:藤井勝志、
建設大臣・国土庁長官:桜井義雄、
自治大臣・国家公安委員長・北海道開発庁長官:加藤武徳、
国務大臣・行政管理庁長官:荒船清十郎、
国務大臣・経済企画庁長官:宮沢喜一、
国務大臣・防衛庁長官:金丸信、
国務大臣・科学技術庁長官:熊谷太三郎、
国務大臣・環境庁長官:山田久就、
国務大臣・沖縄開発庁長官・総理府総務庁長官:稲村左近四郎、
国務大臣・内閣官房長官:安倍晋太郎、
国務大臣・対外経済問題担当:牛場信彦、
法制局長官:真田秀夫

■内 閣 「昭和54年11月9日認証式=昭和55年版 埼玉年鑑/1979年(昭54)11月25日発行」
総理大臣:大平正芳、
法務大臣:倉石忠雄、
外務大臣:大来佐武郎、
大蔵大臣・国会図書館連絡調整委員会委員:大平正芳(兼務)、
文部大臣:竹下登、
厚生大臣:野呂恭一、
農林大臣:武藤嘉文、
通産大臣:佐々木義武、
運輸大臣・新東京国際空港担当:地崎宇三郎、
郵政大臣:大西正男、
労働大臣:藤波孝生、
建設大臣:渡辺栄一、
自治大臣・国家公安委員長・北海道開発庁長官:後藤田正晴、
国務大臣・行政管理庁長官:西村英一、
国務大臣・経済企画庁長官・綜合交通対策担当:正示啓次郎、
国務大臣・防衛庁長官:久保田円次、
国務大臣・科学技術庁長官・原子力委員会・宇宙開発委員:長田裕二(東大法学部卒、郵政政務次官、参院運輸委員長、全国特定郵便局長会顧問、党参院副幹事)
国務大臣・環境庁長官:土屋義彦、
国務大臣・沖縄開発庁長官・総理府総務長官:小渕恵三、
国務大臣・国土庁長官・研究学園都市担当:園田清充、
国務大臣・内閣官房長官:伊東正義、
法制局長官:角田礼次郎

■内 閣 「昭和55年7月17日認証式=1981年版(昭和56)埼玉年鑑/1980年(昭和55)10月15日発刊」
総理大臣:鈴木善幸、
法務大臣:奥野誠両、
外務大臣:伊東正義、
大蔵大臣:渡辺美智雄、
文部大臣・国立国会図書館連絡調整委員会員:田中竜夫、
厚生大臣:園田直、
農林大臣:亀岡高夫、
通産大臣:田中六郎、
運輸大臣・東京国際空港担当大臣:塩川正十郎、
郵政大臣:山内一郎、
労働大臣:藤尾正行、
建設大臣:斎藤滋与央、
自治大臣・国家公安委員長:石破二郎、
国務大臣・行政管理庁長官:中曽根康弘、
国務大臣・経済企画庁長官兼綜合交通対策担当大臣:河本敏夫、
国務大臣・防衛庁長官:大村襄治、
国務大臣・科学技術庁長官兼原子力委員会委員長:中川一郎、
国務大臣・環境庁長官:鯨岡兵輔、
国務大臣・総理府総務庁長官兼沖縄開発庁長官:中山太郎、
国務大臣・国土庁長官兼北海道開発庁長官兼研究学園都市担当大臣:原健三郎、
国務大臣・内閣官房長官:宮沢喜一、
法制局長官:角田礼次郎

■内 閣 「昭和55年7月17日認証式=1982年度版(昭和57年)埼玉年鑑/1981年(昭56)11月01日発行」
総理大臣:鈴木善幸、
法務大臣:奥野誠亮、
外務大臣:園田直、
大蔵大臣:渡辺美智雄、
文部大臣・国会図書館連絡調整委員会委員:田中竜夫、
厚生大臣:村山達雄、
農林大臣:亀岡高夫、
通産大臣:田中六助、
運輸大臣・新東京国際空港担当大臣:塩川正十郎、
郵政大臣:内山一郎、
労働大臣:藤尾正行、
建設大臣:斎藤滋与史、
自治大臣・国家公安委員長:安孫子藤吉、
国務大臣・行政管理庁長官:中曽根康弘、
国務大臣・経済企画庁長官・綜合交通対策担当大臣:河本敏夫、
国務大臣・防衛庁長官:大村襄治、
国務大臣・科学技術庁長官兼原子力委員会委員長:中川一郎、
国務大臣・環境庁長官:鯨岡兵輔、
国務大臣・沖縄開発庁長官・総理府総務長官:中山太郎、
国務大臣・国土庁長官兼北海道開発庁長官兼研究学園都市建設担当大臣:原健三郎、
国務大臣・内閣官房長官:宮沢喜一、
法制局長官:角田礼次郎

■内 閣 「昭和56年11月30日認証式=1983年度版(昭和58年)埼玉年鑑/1982年(昭57)11月10日発行」
総理大臣:鈴木善幸、
法務大臣:坂田道太、
外務大臣:桜内義雄、
大蔵大臣:渡辺美智雄、
文部大臣・国会図書館連絡調整委員会委員:小川平二、
厚生大臣:森下元晴、
農林大臣:田沢吉郎、
通産大臣:安倍晋三、
運輸大臣・新東京国際空港担当:小坂徳三郎、
郵政大臣:箕輪登(北大医専卒、病院長、防衛政務次官、党総務、党副幹事長、衆院運輸委員長)
労働大臣:初村滝一郎、
建設大臣:始関伊平、
自治大臣・国家公安委員長:世耕政隆、
国務大臣・行政管理庁長官:中曽根康弘、
国務大臣・経済企画庁長官・綜合交通対策担当:河本敏夫、
国務大臣・防衛庁長官:伊藤宗一郎、
国務大臣・科学技術庁長官・国際科学博担当:中川一郎、
国務大臣・環境庁長官:原文平衛、
国務大臣・沖縄開発庁長官・総務長官:田辺国男、
国務大臣・国土庁長官・北海道開発庁長官・研究学園都市担当:松野幸泰、
国務大臣・内閣官房長官:宮沢喜一、
法制局長官:角田礼次郎

■埼玉県知事・副知事
1978(昭53)年度ー県知事:畑 和(埼玉県加須市出身、東大法学部卒、支那派遣軍秘書室、社会党)
      副知事:西川裕夫(自治省、滋賀県出身)・松永禄郎(中央大学法学部卒、桶川市出身)
1979(昭54)年度ー県知事:畑 和、副知事:西川裕夫・松永禄郎
1980(昭55)年度ー県知事:畑 和、副知事:西川裕夫・松永禄郎
1981(昭56)年度ー県知事:畑 和(昭和54年11月9日=社会党を正式離党)、副知事:松永禄郎 
1982(昭57)年度ー県知事:畑 和、副知事:松永禄郎・関根秋夫
1983(昭58)年度ー県知事:畑 和、副知事:松永禄郎・関根秋夫

■埼玉県公安委員会
1978(昭53)年度ー委員長:吉田信俊(小川町勝呂773)、委員:会田俊(越谷市神明町2ー1)、委員:大久保竹治(飯能市飯能333)
1979(昭54)年度ー委員長:吉田信俊(小川町勝呂773)、委員:仲田寛(浦和市大字大間木884)、委員:大久保竹治(飯能市飯能333)
1980(昭55)年度ー委員長:吉田信俊(小川町勝呂773)、委員:会田俊(越谷市神明町2ー1)、委員:大久保竹治(飯能市飯能333
1981(昭56)年度ー委員長:仲田寛(浦和市大字大間木884)、委員:若田せつ(大宮市吉野2ー163)、委員:由木義昭(加須市大門18ー51)
1982(昭57)年度ー委員長:仲田寛(浦和市大字大間木884)、委員:若田せつ(大宮市吉野2ー163)、委員:由木義昭(加須市大門18ー51)
1983(昭58)年度ー委員長:仲田寛(浦和市大字大間木884)、委員:若田せつ(大宮市吉野2ー163)、委員:由木義昭(加須市大門18ー51)

■埼玉県衛生部・所沢保健所
1978(昭53)年度ー埼玉県衛生部 主幹:一ノ瀬公雄、副主幹:田島良雄、医療整備課長:荻野淑郎、課長補佐:寺西相三、専門調査員:大河内安雄。
          所沢保健所長:小見山茂人、次長:荻島徳蔵、専門員:長戸嘉一。
1979(昭54)年度ー埼玉県衛生部 主幹:小笠原昭雄、副主幹:田島良雄、医療整備課長:荻野淑郎、課長補佐:品川義雄、専門調査員兼看護係長:桑野タイ子。
          所沢保健所長:小島哲雄(前川口保健所)、次長:野口時次(前川口保健所)、専門員:長戸嘉一、保健婦課長:梅沢光子。
1980(昭55)年度ー埼玉県衛生部 主幹:村浦公二、副主幹:小崎幸一、医療整備課長:五十嵐康雄、課長補佐:小林一雄、専門調査員兼看護係長:桑野タイ子。
          所沢保健所長:小島哲雄、次長:野口時次、専門員:ー、保健婦課長:梅沢光子。
1981(昭56)年度ー埼玉県衛生部 次長:荻野淑郎、次長:小崎幸一、参事:森 彪・五十嵐康雄、医療整備課長:五十嵐康雄、専門調査員:松本栄一。
          所沢保健所長:小島哲雄、次長:斎藤利彦、保健婦長:秋山婦美。
1982(昭57)年度ー埼玉県衛生部 部長:荻野淑郎、次長:本多春治、参事:森 彪・五十嵐康雄、医療整備課長:五十嵐康雄、副参事:金野信子、専門調査員:松本栄一。
          所沢保健所長:小島哲雄、次長:斎藤利彦、専門員:ー、保健婦課長:秋山婦美。
1983(昭58)年度ー埼玉県衛生部 部長:荻野淑郎、次長:本多春治、参事:山口正文、医療整備課長兼参事:山口正文、副参事:金子信子、健康予防課長:野口時次。
          所沢保健所長:小島哲雄、次長:斎藤利彦、専門員:ー、保健婦課長:秋山婦美。

■司法ー裁判所
1978(昭53)年度ー
1979(昭54)年度ー
1980(昭55)年度ー
1981(昭56)年度ー浦和地裁:所長判事 香川保一、民事部首席書記官 君和田喜久雄、刑事部首席書記官 篠原久夫。
          川越支部:支部長判事 宍戸清七、判事 伊藤俊光。 
1982(昭57)年度ー
1983(昭58)年度ー

■検察庁
1978(昭53)年度ー
1979(昭54)年度ー
1980(昭55)年度ー
1981(昭56)年度ー浦和地検:検事正 海部立憲、次席検事 杉村周二、刑事部長検事 吉村英三。
          川越支部・区検:支部長検事 瓜島喜一郎、検事 仲田 章・北田幹直。
1982(昭57)年度ー
1983(昭58)年度ー

■埼玉県警・所沢警察署
1978(昭53)年度ー埼玉県警本部長:高沢 静、警務部長:平田尚一、警務部参事官:荻野裕次郎、
          所沢警察署長:山崎時雄(S51~S53)、次長:井上武治
1979(昭54)年度ー埼玉県警本部長:松井三郎、警務部長:平田尚一、警務部参事官:新井安三郎、
          所沢警察署長:中村富司、次長:井上武治
1980(昭55)年度ー埼玉県警本部長:安田 修、警務部長:岡田 功、警務部参事官:新井安三郎、
          所沢警察署長:井上茂秋、次長:大友純夫
1981(昭56)年度ー埼玉県警本部長:山崎隆司、警務部長:岡田功、警務参事官:栗原幸次郎、
          所沢警察署長:井上茂秋、次長:栃原智治
1982(昭57)年度ー埼玉県警本部長:近藤一郎、警務部長:榧野敏雄、警務部参事官:杉山悦郎、
          所沢警察署長:境野久夫、次長:上原進
1983(昭58)年度ー埼玉県警本部長:岩佐英弌 、警務部長:榧野敏雄、警務部参事官:杉山悦郎、
          所沢警察署長:境野久夫、次長:宮川澄夫、刑事官:岩淵知夫
《所沢警察署長一覧》
1971年(昭和46)沼尻勇司警視ー山崎時雄(本庄警察署長)
1972年(昭和47)沼尻勇司警視ー山崎時雄(埼玉県警秘書課長)
1973年(昭和48)小室岩雄警視ー山崎時雄(埼玉県警秘書課長)
1974年(昭和49)津 忠男警視ー山崎時雄(県警本部交通指導課長)
1975年(昭和50)津 忠男警視ー山崎時雄(県警本部交通指導課長)
1976年(昭和51)山崎時雄警視、次長 中島春吉警視
1977年(昭和52)山崎時雄警視
1978年(昭和53)山崎時雄警視
1979年(昭和54)中村富司警視
1980年(昭和55)井上茂秋警視ー(昭和49年:埼玉県警監察官室長)
1981年(昭和56)境野久夫警視ー(昭和49年:行田警察署)
1982年(昭和57)境野久夫警視
1983年(昭和58)境野久夫警視、次長 宮川澄夫警視、刑事官 岩淵知夫警視。
1984年(昭和59)赤木勝美警視、次長 宮川澄夫警視、刑事官 清水泰司警視。
1985年(昭和60)赤木勝美警視、次長 宇佐美昭十郎警視、刑事官 清水泰司警視
もとうらまさき 司法警察職員が富士見産婦人科病院事件の北野早苗と昵懇の中だが所在が不明である。

【埼玉県所沢市の市長・助役・収入役・市議会議長】
1978(昭53)年度ー市長:平塚勝一、助役:糟谷英二、収入役:岡本要作、
         市議会議長:増岡高雄(昭48.3.15~昭49.6.3。昭51.9.17~昭54.4.30)=朝日グラフ記者、北野早苗から50万円の政治献金を受ける。
1979(昭54)年度ー市長:平塚勝一、助役:糟谷英二、収入役:岡本要作、市議会議長:澤田宗司(昭54.5.16~昭55.6.12)。
1980(昭55)年度ー市長:平塚勝一、助役:粕谷庄助、収入役:岡本要作、市議会議長:村上起志次(昭55.6.12~昭56.6.11)。
1981(昭56)年度ー市長:平塚勝一、助役:粕谷庄助、収入役:岡本要作、市議会議長:大島和夫(昭56.6.11~昭57.7.20)。
1982(昭57)年度ー市長:平塚勝一、助役:粕谷庄助、収入役:岡本要作、市議会議長:肥田埜孝(昭57.7.20~昭58.4.30、平2.6.8~平3.4.30)=北野早苗から政治献金 。
1983(昭58)年度ー市長:平塚勝一(昭42.11.5~昭58.11.29)、助役:粕谷庄助(昭55.3.24~昭59.3.23)、
収入役:岡本要作、市議会議長:喜多濃敏順(昭58.5.26~昭59.6.12)。
1984(昭59)年度ー市長:武藤保之助(昭58.11.30~昭62.10.29)、助役:在職者なし、
収入役:岡本要作(昭50.12.22~昭63.6.30)、市議会議長:河内昭次(昭59.6.12~昭60.5.27)

【所沢市民病院長(所沢市民医療センター)】
昭和5年涌谷博士 
1981年(昭36)市立所沢病院長:相磯正巳=現住所 所沢市北秋津755 、出生地:静岡県熱海市下多賀517ー3、明治36年8月18日 生る、北海道大学医学部卒(大正3年)医学博士(昭和13年)、
被任旧軍々医(大正3年)、被免任陸軍々医(昭和26年)。妻俊子(49)、長女・二女、宗教:日蓮宗、趣味:馬術猟銃、賞:旧満洲国学術賞
1978(昭53)年度ー医療センター長:斎藤 一、診察部長:越林修。
1979(昭54)年度ー医療センター長:斎藤 一、診察部長:越林修。
1980(昭55)年度ー医療センター長:斎藤 一、診察部長:越林修。
1981(昭56)年度ー医療センター長:斎藤 一、
1982(昭57)年度ー医療センター長:斎藤 一、検査室長:斎藤弘隆。
1983(昭58)年度ー医療センター長:斎藤 一、検査室長:斎藤弘隆。
2012年 市民医療センター長:山本幸一         
1981年度
国立西埼玉中央病院 南武
防衛医科大学病院 細野清士
1982年度
国立西埼玉中央病院 南武
防衛医科大学病院 細野清士
1983年度
国立西埼玉中央病院 南武
防衛医科大学病院 細野清士
1979年度
国立西埼玉中央病院 
防衛医科大学病院
埼玉県医師会 会長 福島茂夫(本庄)、副会長 門倉好文(深谷)、新藤清司(大宮)、仲田寛(浦和)
       理事 伊藤勇(所沢)
県医療問題懇談会 会長 西川 八(日本大学医学部教授)、副会長 阿部克己(防衛医科大学校教授)p490

以上が、1978年~1983年当時の【内閣大臣名と埼玉県知事名並びに県職員名・公安委員会長名・司法警察職員名】である。
これらの、人名を見れば、【所沢市西所沢2ー1ー13 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】とは、『北野早苗・千賀子夫婦が行ったME機器宣伝と販売促進の為と、金銭目的の“乱診乱療”』と云う論法は「被害者同盟」が作った標語としか受け取れないのである。正確には、明治期から現在に続く『大日本帝国主義者ら(日本・南北朝鮮國=大日本水産會)の乱行』である。と云うのが真実である。鈴木善幸元首相が自慢する日露外交の手みやげとして、ロシア政府に無償?で技術供与した「真珠の人工養殖技術」。それに、今では普通に行われている「鮭などの人工受精技術」から、牛や馬の卵子・精子の冷凍保存技術から、羊の体外受精技術などの延長線上におかれたイギリス・オーストラリア・アメリカ・フランスなどの科学者(植物学・生物学・医学)らの研究課題を、日本が追い越して、世界1位となり、ノーベル賞を多数受賞す為の【人間の体外受精技術=人工授精開発技術としての『国家プロジェクト』の目的が、“所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院を核として、全国の産婦人科病院”で組織的に、健康体の適齢女性の子宮と卵巣を全摘】したのである。富士見産婦人科病院被害者同盟の中にも本当の意味での被害者も存在するが、実は1980年代前後の日本では、全国の日赤病院と大学病院でも国家は組織的に、「健康体の適齢女性の子宮と卵巣を全摘」していたのである。勿論、事件の当事者としてマスコミに連日露出していた「北野早苗・千賀子ファミリー」は「正常な子宮・卵巣を全摘する目的と必要性を認識していた」ことは云うまでもないことである。『国家の犯罪を司法制度が、裁くことはしない。しかし、25年間も裁判を続けて理由は、裁判が裁判所職員と検察庁と弁護士の飯の種だった事と、25年間も裁判をしていれば、全国に埋もれている全摘被害者女性が死亡、もしくは老齢化して被害の実態が闇に埋もれる事を、裁判所と国家が意図したからに他ならない』のである。『政府が行う国家の乱行は司法府・行政府・立法府の乱行である』。この生命科学(分子生物学)分野と、原子力産業企業体は結合双生児である。だから、南北朝鮮と日本が結合双生児国家機構なのである。さて、この結論を頭に叩き込んだ上で、次の<第3章 1978年~1983年間の【埼玉県地方社会保険医療協議会、県医療扶助審議会、県婦人問題協議会、県母子福祉連合】の人名録>を読めば、そこには、埼玉県知事 上田清司と第80代総理 羽田孜(はた つとむ)、さいたま市長 相川宗一らが、2006年7月5日「榊多香子(さかき たかこ)“愛と闘いの日々ー支え支えられて” 島田善生著 日刊工業新聞刊」出版記念に出席したと云う。その【榊多嘉子(榊たか子)】の名前と共に、榊多嘉子の盟友【新井サダ(日赤中央病院救護看護婦養成所卒業。日本看護協会顧問/理事)】の名前もある。この2人に繋がるのが、相馬雪香(原不二子の実母で、難民を助ける会長)と畑千鶴子(畑和元県知事夫人)の4婆である。しかも、榊多嘉子らを前にして、上田清司は祝辞で「・・・・この席にはいっぱい、埼玉県の母親のような方がおられますが、母親の母親が榊先生です。口が悪いと、「生き仏」(笑)なんていうことを言っている人も居ますが、まあ、そうではなくて、本当に仏様のような心で多くの方々を受け入れて、そして、様々な活動をして頂いていることにほんとうに感謝にたえない心で御座います。お陰様で、埼玉県も、もともとフロンティアなんですが、もっともっとフロンティアになれるんじゃないか。そんな気が致します。・・・以下省略。」と述べている。埼玉県知事 上田清司の云う「埼玉県の母親の母親」と云うのなら、それは「国母=国の母親」と云う思想である。畑和元県知事とは支那派遣軍時代からの男女の戦友関係から「母親の母親」ね!上田清司には母親はいないのだろうか?母親は国の母親にはなれませんがね。イギリスのサッチャー首相はイギリスの母親で、エリザベス女王はイギリス国民に母親の母親と云う思想であるね。イギリス国の現在の脳天壊了な首相がノーベル賞授賞式には出席しないと云い出した。それなら、明晰な頭脳の人だとドイツのメルケル首相は考えますか?さて、埼玉県知事 上田清司が云う様に、確かに埼玉県はフロンティア精神に溢れているね。【埼玉県所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院】で健康体の女性を標的にした子宮・卵巣を全摘して、国際社会に先駆けて『人工授精=試験管ベビーを企業化(医療産業)』した上に、国民の目から、『巨大な人体実験機構(組織)』の存在を闇の世界に閉じ込めたことで、今現在の同じ「人体実験機構」が巨額な医療産業機構として、司法機構が容認する形で厚生労働省の裏門から自由に出入りしているのである。正門では司法警察職員と警備員が身分証明書の提示を求めるが、裏門では製薬企業や麒麟麦酒の社員証があれば、自由に出入りできるし、そこは、大満洲帝國の731部隊の原型をつくる【旧東京帝国大学附属伝染病研究所(現京都大学・現千葉大学医学部・北海道大学など)・現北里研究所・現京都市ルイ・パストゥール医学研究所・武田製薬・大塚製薬・吉富製薬が本体の現田辺三菱製薬)・財団法人 東京顕微鏡院=日本油脂(日油株式会社)】などに繋がってくるのである。「富士見産婦人科病院被害者同盟」が最高裁まで闘っても、事件の本質的な問題として、深くて巨大な731部隊産業(=旧東京帝国大学附属伝染病研究所=日本医師会)を根本から引き抜く事はできないのである。それは、現在でもと云う訳だから、国民は常に国家から人体実験の対象であり、人体実験標本の存在としてしか厚生労働省から見られている訳である。これが、日本の医療制度・年金制度でもある。さて、次に<第3章 1978年~1983年間の【埼玉県地方社会保険医療協議会、県医療扶助審議会、県婦人問題協議会、県母子福祉連合】の人名録>に登場する人々は一人の例外もなく、【埼玉県所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の本当の被害者(被害者同盟の会員にはなれなかった、真の被害者約1万5千人)の声を封じ込めた確信犯である。特に【仲田寛】は重罪である。医師であり、埼玉県公安員会長なのだから、司法捜査の指揮権を公使できるのである。これでは、真相は闇の闇に沈むのは当然である。しかも、【仲田寛】は江戸時代からの医師の家系だと云うのである。1980年と徳川幕府の政策は同じと云う事である。明治維新(ご維新)などある筈がない。歴史教科書の虚偽記載である。だから、日本=南北朝鮮民族は「嘘つき民族」であり「ユダヤ民族浄化作業を指揮した民族」なのでる。日本では小中校の教科書も無償配布だし、高等学校の授業料も支援金・無償制度だから、国民は国家権力の嘘で遺体としてコンクリートされている訳である。それが、2012年9月の兵庫県尼崎市の猟奇殺人ファミリー「角田美代子(すみだ みよこ)64歳」の語るものである。国民は日々国家に殺され、年金も税金も奪われ、最後は大学病院で人体実験され、製薬会社のコンピューターに磁気で記録され、大学教授の出世競争・ノーベル賞獲得競争の検体標本となるだけである。「角田美代子」は国家権力を代弁したのではなく、国家権力そのものである。つまり、右大臣左大臣と皇族の間にできた非嫡出子と云う訳である。埼玉県と多摩地域で発生した“今田勇子を名のる連続少女誘拐殺人”犯の宮崎勤が美智子皇太后と三島由紀夫の非嫡出子だつた様に、猟奇的殺人鬼なのである。

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第5章 1978年~1983年間の【埼玉県地方社会保険医療協議会、県医療扶助審議会、県婦人問題協議会、県母子福祉連合】の人名録

1978年度版
■埼玉県地方社会保険医療協議会
◎会長:福田耕太郎(弁護士、県地方労働委員会長)
◯1号員(保険者・被保険者・事業主)
1、福島忠次(埼玉機械工業健保組合理事長)
2、岩井尚明(川口工業健保組合理事長)
3、強谷睦(強谷織物(株)取締役)
4、野口晃(大宮商工会議所専務理事)
5、田辺耕治(浦和製作所専務取締役)
6、中川直木(行田市長)
7、増田一郎(妻沼町長)
8、吉田栄覚(本庄市教育委員長)
◯2号委員(医師・歯科医師・薬剤師)
1、福島茂夫(県医師会長)
2、門倉好文(県医師会副会長)
3、新藤清司(県医師会副会長)
4、仲田寛(県医師会副会長)
5、千代倉俊夫(県医師会常任理事)
6、関口恵造(県歯科医師会長)
7、牛山巌(県歯科医師会社会保障部長)
8、榎本栄司(県薬剤師会長)
◯3号委員(公益)
1、鈴木喜久夫(埼玉大学教授)
2、原次郎(元県公安委員会長)
3、田甫達郎(県社会福祉協議会常務理事)

■県医療扶助審議会
◯会長 未定
委員
1、浅野誠一(浦和市立病院長)
2、加納寛一(大宮赤十字病院長)
3、左奈田幸夫(国立埼玉病院長)
4、新藤清司(新藤病院長)
5、高橋進(浦和保養院長)
6、五十嵐康雄(県衛生部保険予防課長)
7、西田貞雄(埼玉慈恵病院理事長)
8、福島茂夫(福島病院長)
9、藤岡萬雄(県立小原療養所長)
10、門倉好文(門倉病院長)
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1979年度版
■埼玉県地方社会保険医療協議会
◎会長:福田耕太郎(弁護士、県地方労働委員会長)
◯1号員(保険者・被保険者・事業主)
1、強谷睦(強谷織物(株)取締役)
2、岩井尚明(川口工業健保組合理事長)
3、野口晃(大宮商工会議所専務理事)
4、田辺耕治(浦和製作所専務取締役)
5、鈴木咸(東上通運(株)社長)
6、中川直木(行田市長)
7、増田一郎(妻沼町長)
8、吉田栄覚(本庄市教育委員長)
◯2号委員(医師・歯科医師・薬剤師)
1、福島茂夫(県医師会長)
2、門倉好文(県医師会副会長)
3、新藤清司(県医師会副会長)
4、仲田寛(県医師会副会長)
5、千代倉俊夫(県医師会常任理事)
6、関口恵造(県歯科医師会長)
7、牛山巌(県歯科医師会社会保障部長)
8、榎本栄司(県薬剤師会長)
◯3号委員(公益)
1、鈴木喜久夫(埼玉大学教授)
2、原次郎(元県公安委員会長)
3、田甫達郎(県社会福祉協議会常務理事)

■県医療扶助審議会
◯会長 未定
委員
1、浅野誠一(浦和市立病院長)
2、加納寛一(大宮赤十字病院長)
3、左奈田幸夫(国立埼玉病院長)
4、新藤清司(新藤病院長)
5、瓜生和亮(茂呂病院院長)
6、五十嵐康雄(県衛生部保険予防課長)
7、西田貞雄(埼玉慈恵病院理事長)
8、福島茂夫(福島病院長)
9、藤岡萬雄(県立小原療養所長)
10、門倉好文(門倉病院長)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1980年度版
■埼玉県地方社会保険医療協議会
◎会長:福田耕太郎(弁護士、県地方労働委員会長)
◯1号員(保険者・被保険者・事業主)
1、強谷睦(強谷織物(株)取締役)
2、岩井尚明(川口工業健保組合理事長)
3、串岡周甫(三和精機(株)総務部長
4、田辺耕治(浦和製作所専務取締役)
5、鈴木咸(東上通運(株)社長)
6、中川直木(行田市長)
7、増田一郎(妻沼町長)
8、吉田栄覚(本庄市民生児童委員会会長)
◯2号委員(医師・歯科医師・薬剤師)
1、福島茂夫(県医師会長)
2、門倉好文(県医師会副会長)
3、新藤清司(県医師会副会長)
4、仲田寛(県医師会副会長)
5、千代倉俊夫(県医師会常任理事)
6、関口恵造(県歯科医師会長)
7、牛山巌(県歯科医師会社会保障部長)
8、榎本栄司(県薬剤師会長)
◯3号委員(公益)
1、鈴木喜久夫(埼玉大学教授)
2、原次郎(元県公安委員会長)
3、田甫達郎(県社会福祉協議会常務理事)

■県医療扶助審議会
◯会長 未定
委員
1、浅野誠一(浦和市立病院長)
2、加納寛一(大宮赤十字病院長)
3、左奈田幸夫(国立埼玉病院長)
4、新藤清司(新藤病院長)
5、渋谷修(県衛生部保健予防課長)
6、吉田文香(県立小原療養所長)
7、門倉好文(門倉病院長)
8、仲田寛(仲田病院長)
9、丸山俊男(東武神経科病院長)
10、大久保東一(大久保医院長)
11、関保(関医院長)
12、千代倉俊夫(千代倉医院長)

■県婦人問題協議会
浦和市高砂3ー15ー1 県婦人問題企画室
◯会長 大友よふ(県地婦人連合会長)
◯会長代理 永杉喜輔(女子聖学院短大教授)
◯委員
1、石井道子(県議)
2、飯島武司(川越高校長)
3、岡野静二(跡見女子大学教授)
4、菊池幸子(文教大学教授)
5、北川豊(埼玉大学教授)
6、榊たか子(県議)
7、志村忠夫(県医師会常任理事)
8、暉峻淑子(埼玉大学教授)
9、浜梨花枝(歌人)
10、広田寿子(日本女子大学教授)
11、松島由起子(獨協大学教授)
12、松本尚家(十文字短期大学教授)
13、真下良子(弁護士)
14、丸山正義(県医師会常任理事)
15、三輪隆(埼玉大学教授)
16、山口真(ユネスコアジア文化センター文化事業課長)
17、新井サダ(大宮赤十字病院看護部長)
18、石田都(埼玉婦人コーベル会長)
19、植松節子(埼玉婦人校長会副会長)
20、押野見良(県保母会長)
21、小林喜和子(県農協婦人部協議会)
22、住吉陽子(新日本婦人の会県本部)
23、永瀬アキ(県母子福祉連合会)
24、野口政子(日本婦人会議県本部議長)
25、飯島あさ江(埼玉県地方同盟青年婦人協議会)
26、松田才治(元県連合青年団長)
27、山際ミツエ(県労働評議会婦人部長)
28、八木橋本次郎(八木橋百貨店社長)
29、吉原美代(埼玉商工会連合会婦人部長)
30、新田目静道(埼玉労働基準局長)
31、原田冴子(埼玉婦人少年室長

■県母子福祉連合
浦和市常盤4ー11ー8
◯会長 永瀬アキ
◯郡市会長 
1、中村ゆき(浦和市)
2、永瀬アキ(川口市)
3、細田よね(大宮市)
4、荻島絹(川越市)
5、中村きん(熊谷市)
6、森カネ(行田市)
7、村越イト(秩父市)
8、小暮悦子(所沢市)
9、船山たか(飯能市)
10、福島恵美子(加須市)
11、岩田政(東松山市)
12、川中うた(岩槻市)
13、金沢貞(春日部市)
14、梅沢多佳(羽生市)
15、河野弥生(鴻巣市)
16、小暮ハル(深谷市)
17、鈴木きそ(上尾市)
18、須田シン(草加市)
19、塩味正子(蕨市)
20、本橋八重子(戸田市)
21、藤崎静子(八潮市)
22、田中れい(入間市)
23、福田イエ(鳩ヶ谷市)
24、塩味里起(朝霞市)
25、大川富貴(志木市)
26、柴崎タマ(和光市)
27、本間コヨシ(新座市)
28、栗原きく(桶川市)
29、相川君代(北足立)
30、栗原てる(入間市)
31、小久保礼子(比企)
32、富田千代子(秩父)
33、鏡波江(児玉)
34、酒井キク(大里)
35、今成けい(北埼玉)
36、清水菊枝(埼葛)
37、新島とく(北本)
38、森明子(三郷)
39、斎藤みつ(蓮田)
40、柴村よし(坂戸)
*原書では「藤崎静子(八潮)」が2度記載されている。これを削除した。
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1981年度版
■埼玉県地方社会保険医療協議会
◎会長:福田耕太郎(弁護士、県地方労働委員会長)
◯1号員(保険者・被保険者・事業主)
1、強谷睦(強谷織物(株)取締役)
2、岩井尚明(川口工業健保組合理事長)
3、串岡周甫(三和精機(株)総務部長)
4、田辺耕治(浦和製作所専務取締役)
5、鈴木咸(東上通運(株)社長)
6、中川直木(行田市長)
7、増田一郎(妻沼町長)
8、吉田栄覚(本庄市民生児童委員会会長)
◯2号委員(医師・歯科医師・薬剤師)
1、福島茂夫(県医師会長)
2、門倉好文(県医師会副会長)
3、新藤清司(県医師会副会長)
4、仲田寛(県医師会副会長)
5、千代倉俊夫(県医師会常任理事)
6、関口恵造(県歯科医師会長)
7、牛山巌(県歯科医師会社会保障部長)
8、榎本栄司(県薬剤師会長)
◯3号委員(公益)
1、鈴木喜久夫(埼玉大学教授)
2、原次郎(元県公安委員会長)
3、田甫達郎(県社会福祉協議会常務理事)

■県医療扶助審議会
◯会長 未定
委員
1、浅野誠一(浦和市立病院長)
2、加納寛一(大宮赤十字病院長)
3、簱野倫(国立埼玉病院長)
4、新藤清司(新藤病院長)
5、渋谷修(県衛生部保健予防課長)
6、吉田文香(県立小原療養所長)
7、門倉好文(門倉病院長)
8、仲田寛(仲田病院長)
9、菅野寿(東武中央病院長)
10、大久保東一(大久保医院長)
11、関保(関医院長)
12、千代倉俊夫(千代倉医院長)

■県婦人問題協議会
浦和市高砂3ー15ー1 県婦人問題企画室
◯会長 大友よふ(県地婦人連合会長)
◯会長代理 永杉喜輔(女子聖学院短大教授)
◯委員
1、石井道子(県議)
2、飯島武司(川越高校長)
3、岡野静二(跡見女子大学教授)
4、菊池幸子(文教大学教授)
5、北川豊(埼玉大学教授)
6、榊たか子(県議)
7、志村忠夫(県医師会常任理事)
8、暉峻淑子(埼玉大学教授)
9、浜梨花枝(歌人)
10、広田寿子(日本女子大学教授)
11、松島由起子(獨協大学教授)
12、松本尚家(十文字短期大学教授)
13、真下良子(弁護士)
14、丸山正義(県医師会常任理事)
15、三輪隆(埼玉大学教授)
16、山口真(ユネスコアジア文化センター文化事業課長)
17、新井サダ(大宮赤十字病院看護部長)
18、石田都(埼玉婦人コーベル会長)
19、植松節子(埼玉婦人校長会副会長)
20、押野見良(県保母会長)
21、小林喜和子(県農協婦人部協議会)
22、住吉陽子(新日本婦人の会県本部)
23、永瀬アキ(県母子福祉連合会)
24、野口政子(日本婦人会議県本部議長)
25、谷ツ田泰江(埼玉県地方同盟青年婦人協議会)
26、松田才治(元県連合青年団長)
27、山際ミツエ(県労働評議会婦人部長)
28、八木橋本次郎(八木橋百貨店社長)
29、吉原美代(埼玉商工会連合会婦人部長)
30、新田目静道(埼玉労働基準局長)
31、原田冴子(埼玉婦人少年室長

■県母子福祉連合
浦和市常盤4ー11ー8
◯会長 永瀬アキ
◯郡市会長 
1、新藤志づ(浦和市)
2、永瀬アキ(川口市)
3、細田よね(大宮市)
4、荻島絹(川越市)
5、中村きん(熊谷市)
6、森カネ(行田市)
7、斎藤千鶴子(秩父市)
8、小暮いね(所沢市)
9、船山たか(飯能市)
10、福島恵美子(加須市)
11、岩田政(東松山市)
12、川中うた(岩槻市)
13、金沢貞(春日部市)
14、梅沢多佳(羽生市)
15、河野弥生(鴻巣市)
16、小暮ハル(深谷市)
17、鈴木きそ(上尾市)
18、須田シン(草加市)
19、塩味正子(蕨市)
20、本橋八重子(戸田市)
21、藤崎静子(八潮市)
22、田中れい(入間市)
23、福田イエ(鳩ヶ谷市)
24、塩味里起(朝霞市)
25、大川富貴(志木市)
26、本間コヨシ(新座市)
27、栗原きく(桶川市)
28、相川君代(北足立)
29、大沢俊子(北本市)
30、滝瀬初江(比企)
31、富田千代子(秩父)
32、鏡波江(児玉)
33、酒井キク(大里)
34、今成けい(北埼玉)
35、渡辺幸子(埼葛)
36、新島とく(北本)
37、森明子(三郷)
38、斎藤みつ(蓮田)
39、柴村よし(坂戸)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1982年度版
■埼玉県地方社会保険医療協議会
◎会長:福田耕太郎(弁護士、県地方労働委員会長)
◯1号員(保険者・被保険者・事業主)
1、山田仂雄(健康保険埼玉支部長)
2、岩井尚明(川口工業健保組合理事長)
3、串岡周甫(三和精機(株)総務部長)
4、田辺耕治(浦和製作所専務取締役)
5、鈴木咸(東上通運(株)社長)
6、中川直木(行田市長)
7、増田一郎(妻沼町長)
8、吉田栄覚(本庄市民生児童委員会会長)
◯2号委員(医師・歯科医師・薬剤師)
1、福島茂夫(県医師会長)
2、門倉好文(県医師会副会長)
3、新藤清司(県医師会副会長)
4、仲田寛(県医師会副会長)
5、千代倉俊夫(県医師会常任理事)
6、関口恵造(県歯科医師会長)
7、牛山巌(県歯科医師会社会保障部長)
8、榎本栄司(県薬剤師会長)
◯3号委員(公益)
1、鈴木喜久夫(埼玉大学教授)
2、原次郎(元県公安委員会長)
3、田甫達郎(県社会福祉協議会常務理事)

■県医療扶助審議会
◯会長 未定
委員
1、浅野誠一(浦和市立病院長)
2、加納寛一(大宮赤十字病院長)
3、簱野倫(国立埼玉病院長)
4、新藤清司(新藤病院長)
5、梶尾和子(県衛生部保健予防課長)
6、吉田文香(県立小原療養所長)
7、門倉好文(門倉病院長)
8、仲田寛(仲田病院長)
9、菅野寿(東武中央病院長)
10、大久保東一(大久保医院長)
11、関保(関医院長)
12、千代倉俊夫(千代倉医院長)

■県婦人問題協議会
浦和市高砂3ー15ー1 県婦人問題企画室
◯会長 大友よふ(県地婦人連合会長)
◯会長代理 永杉喜輔(女子聖学院短大教授)
◯委員
1、石井道子(県議)
2、飯島武司(川越高校長)
3、岡野静二(跡見女子大学教授)
4、菊池幸子(文教大学教授)
5、北川豊(埼玉大学教授)
6、榊たか子(県議)
7、志村忠夫(県医師会常任理事)
8、暉峻淑子(埼玉大学教授)
9、浜梨花枝(歌人)
10、広田寿子(日本女子大学教授)
11、松島由起子(獨協大学教授)
12、松本尚家(十文字短期大学教授)
13、真下良子(弁護士)
14、丸山正義(県医師会常任理事)
15、三輪隆(埼玉大学教授)
16、山口真(ユネスコアジア文化センター文化事業課長)
17、新井サダ(大宮赤十字病院看護部長)
18、石田都(埼玉婦人コーベル会長)
19、植松節子(埼玉婦人校長会副会長)
20、押野見良(県保母会長)
21、小林喜和子(県農協婦人部協議会)
22、住吉陽子(新日本婦人の会県本部)
23、永瀬アキ(県母子福祉連合会)
24、野口政子(日本婦人会議県本部議長)
25、谷ツ田泰江(埼玉県地方同盟青年婦人協議会)
26、松田才治(元県連合青年団長)
27、山際ミツエ(県労働評議会婦人部長)
28、八木橋本次郎(八木橋百貨店社長)
29、吉原美代(埼玉商工会連合会婦人部長)
30、小門照治(埼玉労働基準局長)
31、長友トミ子(埼玉婦人少年室長)

■県母子福祉連合
浦和市常盤4ー11ー8
◯会長 永瀬アキ
◯郡市会長 
1、新藤志づ(浦和市)
2、永瀬アキ(川口市)
3、細田よね(大宮市)
4、荻島絹(川越市)
5、中村きん(熊谷市)
6、森カネ(行田市)
7、斎藤千鶴子(秩父市)
8、小暮いね(所沢市)
9、船山たか(飯能市)
10、大沢久子(加須市)
11、岩田政(東松山市)
12、川中うた(岩槻市)
13、金沢貞(春日部市)
14、梅沢多佳(羽生市)
15、河野弥生(鴻巣市)
16、小暮ハル(深谷市)
17、鈴木きそ(上尾市)
18、須田シン(草加市)
19、石井正子(蕨市)
20、本橋八重子(戸田市)
21、藤崎静子(八潮市)
22、田中れい(入間市)
23、大津セイ(鳩ヶ谷市)
24、塩味里起(朝霞市)
25、宮原喜代(志木市)
26、本間コヨシ(新座市)
27、府川静子(桶川市)
28、田中たけ(三郷市)
29、大沢俊子(北本市)
30、山岸ギン(比企)
31、富田千代子(秩父)
32、鏡波江(児玉)
33、栃沢りゅう(大里)
34、大鹿キク(北埼玉)
35、渡辺幸子(埼葛)
36、岡野敏伊(狭山)
37、柴村よし(坂戸市)
38、晴板あや(久喜市)
39、松本八重子(越谷市)
40、松浦芳子(富士見市)
41、相川君代(北足立)
42、栗原てる(入間市)
◯監事
1、大川冨喜
2、栗原きく
3、今成けい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1983年度版
■埼玉県地方社会保険医療協議会
◎会長:福田耕太郎(弁護士、県地方労働委員会長)
◯1号員(保険者・被保険者・事業主)
1、山田働雄(健康保険埼玉支部長)
2、岩井尚明(川口工業健保組合理事長)
3、串岡周甫(三和精機(株)総務部長)
4、田辺耕治(浦和製作所専務取締役)
5、鈴木咸(東上通運(株)社長)
6、中川直木(行田市長)
7、増田一郎(妻沼町長)
8、吉田栄覚(本庄市民生児童委員会会長)
◯2号委員(医師・歯科医師・薬剤師)
1、福島茂夫(県医師会長)
2、門倉好文(県医師会副会長)
3、新藤清司(県医師会副会長)
4、仲田寛(県医師会副会長)
5、千代倉俊夫(県医師会常任理事)
6、関口恵造(県歯科医師会長)
7、牛山巌(県歯科医師会社会保障部長)
8、榎本栄司(県薬剤師会長)
◯3号委員(公益)
1、鈴木喜久夫(埼玉大学教授)
2、原次郎(元県公安委員会長)
3、田甫達郎(県社会福祉協議会常務理事)

■県医療扶助審議会
◯会長 未定
委員
1、柳下徳雄(浦和市立病院長)
2、加納寛一(大宮赤十字病院長)
3、松山春郎(国立埼玉病院長)
4、新藤清司(新藤病院長)
5、梶尾和子(県衛生部保健予防課長)
6、吉田文香(県立小原療養所長)
7、門倉好文(門倉病院長)
8、仲田寛(仲田病院長)
9、菅野寿(東武中央病院長)
10、熊坂悟(熊坂整形外科病院長)
11、関保(関医院長)
12、千代倉俊夫(千代倉医院長)

■県婦人問題協議会
浦和市高砂3ー15ー1 県婦人問題企画室
◯会長 大友よふ(県地婦人連合会長)
◯会長代理 永杉喜輔(女子聖学院短大教授)
◯委員
1、石井道子(県議)
2、飯島武司(川越高校長)
3、岡野静二(跡見女子大学教授)
4、菊池幸子(文教大学教授)
5、北川豊(埼玉大学教授)
6、榊たか子(県議)
7、志村忠夫(県医師会常任理事)
8、小山博也(埼玉大学経済学部長)
9、浜梨花枝(歌人)
10、廣田壽子(日本女子大学教授)
11、松島由起子(獨協大学教授)
12、松本尚家(十文字短期大学教授)
13、真下良子(弁護士)
14、丸山正義(県医師会常任理事)
15、祖父江茂登子(埼玉大学教授)
16、山口真(ユネスコアジア文化センター文化事業課長)
17、新井サダ(日本看護協会看護婦部会埼玉県支部長)
18、石田都(埼玉婦人コーペル会長)
19、藤井照子(埼玉婦人校長会代表)
20、押野見良(県保母会長)
21、小林喜和子(県農協婦人部協議会長)
22、住吉陽子(新日本婦人の会県本部事務局長)
23、永瀬アキ(県母子福祉連合会長)
24、野口政子(日本婦人会議県本部議長)
25、桜井美智子(埼玉県地方同盟青年婦人協議会)
26、松田才治(元県連合青年団顧問)
27、山際ミツエ(県労働評議会婦人部長)
28、八木橋本次郎(八木橋百貨店社長)
29、山口セキ(埼玉商工会連合会婦人部長)
30、小林隆(埼玉労働基準局長)
31、長友トミ子(埼玉婦人少年室長)

■埼玉県母子福祉連合会
浦和市常盤4ー11ー8
◯会長 永瀬アキ
◯郡市会長 
1、新藤志づ(浦和市)
2、永瀬アキ(川口市)
3、細田よね(大宮市)
4、荻島絹(川越市)
5、中村きん(熊谷市)
6、森カネ子(行田市)
7、斎藤千鶴子(秩父市)
8、小暮いね(所沢市)
9、船山たか(飯能市)
10、大沢久子(加須市)
11、岩田政(東松山市)
12、川中うた(岩槻市)
13、金沢貞(春日部市)
14、梅沢多佳(羽生市)
15、河野弥生(鴻巣市)
16、小暮ハル(深谷市)
17、鈴木きそ(上尾市)
18、須田シン(草加市)
19、塩見正子(蕨市)
20、本橋八重子(戸田市)
21、藤崎静子(八潮市)
22、田中れい(入間市)
23、福田イエ(鳩ヶ谷市)
24、塩味里起(朝霞市)
25、宮原喜代(志木市)
26、本間コヨシ(新座市)
27、府川静子(桶川市)
28、森明子(三郷市)
29、大沢俊子(北本市)
30、滝瀬初江(比企)
31、富田千代子(秩父)
32、鏡波江(児玉)
33、酒井キク(大里)
34、大鹿キク(北埼玉)
35、渡辺幸子(埼葛)
36、岡野敏伊(狭山)
37、柴村よし(坂戸市)
38、晴板あや(久喜市)
39、松本八重子(越谷市)
40、松浦芳子(富士見市)
41、相川君代(北足立)
42、栗原てる(入間市)
43、斎藤みつ(蓮田市)
◯監事
1、大川冨喜
2、栗原きく
3、今成けい
以上。
何故?ここで、【埼玉県地方社会保険医療協議会、県医療扶助審議会、県婦人問題協議会、県母子福祉連合】の人名録を問題にするのか?と云えば、第4章で取り上げる「新聞記事」にこれらの団体が関係してくるからである。しかも、当時の埼玉県知事 畑和と榊多嘉子・石田サダ・相馬雪香(原不二子の実母)・畑千鶴子の4婆と、美智子皇后(現在は影武者)の支那派遣軍本部組の【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に対する、1万人から1万5千人の被害者に対する言論封鎖機構が読み取れるからである。政府が良くお題目を唱える『国家戦略会議とか?国家戦略◯◯とか?』とか云うのは、『日本=南北朝鮮結合双生児国家』としての世界支配戦略会議でもある。だから「日本国民と南北朝鮮国民に対する盲目的服従政策が言論封鎖」となっているのである。それは、真実を“分厚い壁でかこむ鉄城の構築”戦略である。それが、「権力」である。日本=南北朝鮮の文化人らが、世界中で言論封鎖をしているのである。だから、明治維新内戦も第1次世界大戦も日清戦争も日露戦争も支那事変も陸軍の暴走とは云えない。文化人を自任する画家・陶芸家・茶道家・華道家・文芸作家・和歌俳句の指導者・音楽家などと海軍が、国民を世界を戦争の坩堝に投げ込んだのである。勿論、原田祖岳・大森一聲(曹玄)・安谷白雲・大谷光瑞・・・等々の宗教家が戦争指導者であることは紛れもない事実であるから、今すぐにでも文部科学省の宗教政策を大転換して、全ての宗教を例外なく廃止すべきである。逆に中東諸国は石油販売を停止して、経済至上主義を廃棄して、イスラム教原理主義ではなく、祈りに生活を求めるなら、それは「宗教」である。現在の中東諸国は、石油の奴隷貴族だから、誇り高い民族とは云えないのは当然である。人間としての誇りが無いのは畜生以下であると、「死海文書=聖書」には書いてないから、ユダヤ教もイスラム教もキリスト教もダメ人間が書き残したダメ宗教なのである。其処へ行くと実に日本人は誇りたい民族だね!「国の為なら死ね」と教育されたら、爆弾を抱えて飛行機や潜水艦に搭乗して、鬼畜米英の“お題目(日蓮正宗・日蓮主義・浄土真宗・浄土宗=南無妙法蓮華経/南無阿弥陀仏)”だけを信じて闇雲に突撃して行く。大日本帝國陸軍なら爆弾を抱えて戦車に突撃する訳であるし、諜報員(軍事探偵)ならジャングルやシベリアに30年潜んで、一人で世界戦争を続ける訳である。それが、聖徳太子の憲法17条の<和を以て貴しと為し。篤く三宝を敬へ、三宝とは仏・法・僧なり、則ち四生の終帰、万国の禁宗なり、はなはだ悪しきもの少なし、よく教えうるをもって従う。それ三宝に帰りまつらずば、何をもってか柱かる直さん。・・・・>時代の韓国仏教到来から徳川時代に至り、明治期には「天皇(西郷隆盛→寺崎英成→池田大作→出口鉄城)」の登場で更に、憲法17條の戦争禅で思想統制され「お国の為!国へのご奉公であるぞ!」と、立法府である「大日本・南北朝鮮結合双生児国家」が言論を操作・統制した訳である。その思想哲学を、今現在でも後生大事にして離さないと云う日本人・韓国人から、世界の文化人・企業経営者は『仏教の学位(印可証明・得度)』を取得する為に必死で「座禅」をしている。この「三宝」を世界で興隆しているのが、731部隊に繋がる日本油脂(日油)と関係の深い「財団法人 東京顕微鏡院」の山田耕雲元理事長(福島県二本松出身、東京帝大法学卒、満洲国の日本油脂(株)専務、三宝教団代表)の『三宝興隆会(教団)=山田蔆雲(元三菱銀行イギリス支店勤務)』である。東京医科歯科大学の“望月一憲”の聖徳太子像に呪縛されて、世界中のテロリストは軍事キャンプで聖書やコーランを仏教的に解釈し、世界の物理学者は大蔵経典や密教学や曼荼羅に「宇宙」を見ようとしている。憲法17條は、韓国人の仏教僧“聖徳太子”が、南北朝鮮半島の王族として、日本統治の為に制定した日本国憲法第1号の制度である。その結果が『日本・南北朝鮮結合双生児国家』の誕生であり、それを「大東亜共栄圏=アジア経済会議=環太平洋会議」と云う名称で今日呼んでいる訳である。マアー!土方連合国(どかた れんごうこく)のアメリカ・イギリス・オーストラリア・フランス・ポーランド・バルト三国等々には理解できないでしょうがね。何しろこれらの国々は仏教書が読める人間らが、為政者になってしまっているのだから。それが、仏教学者 梅原猛の云う「日本(韓国)仏教思想の勝利」だからである。

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第6章 【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に関する新聞記事

1980年(昭和55)9月10日(今から32年前)に強制捜査が入った【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に関する新聞記事の一部を此所に記載する理由は、既に所沢市民の間ですら、事件そのものを知らない世代が増え、事件当時の人々も事件の歴史を忘れさろうとしている事を考え、掲載すると共に、事件の深層海流に蠢く(うごめく)日本と南北朝鮮同盟国家の深い絆なで結ばれ国家犯罪機構が、今現在も活発な活動をしている事実に変わりがないことを、国際社会が良く事実関係を認識し、理解し、「平和とは何か?」を良く考える必要性がある事を、深く、そして広く個人・個人が自覚すべきものだからである。他人の哲学や言動や批判に惑わされることなく、『確固たる信念を個人が一人の人格の上に涵養』すべきである。【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の裁判は約25年間かかった理由は、日本民族の“熱し易く冷め易い”民族性、いわゆる何事も“健忘症民族”の代表選手を、日本・南北朝鮮同盟国家(結合双生児型の同盟国家)が利用したこともあるが、何よりも、富士見産婦人科病院事件では実に多くの被害女性たちが存在していた訳だが、この被害女性たちが「完全に死去」若しくは、「老齢化」するまでの時間を「司法制度が謀った」と云う意味で25年間を費やした訳である。日本国民と国際社会を何処迄も愚弄するのが“釈迦白足袋族(=日本と南北朝鮮同盟の国家主義者)”である。これを、西遊記の主人公“孫悟空”が両界山(唐と韃靼の国境)に500年間封印(島流し)された様に、伊達政宗や武田信玄や織田信長や徳川家康や豊臣秀吉らが島国を出て、ヨーロッパ大陸からアメリカ大陸からアフリカ大陸までを自国の領土にする為に、世界中で暴れたものだから、国際社会が、これら、戦国武装集団を幽閉したんが、徳川幕府の「鎖国政策」であって、無軌道な言動の結果だったのが、たった265年で幽閉が解かれてしまい、第1次世界大戦が勃発したのである。鎖国時代の徳川幕府の情報収集能力の高さが理解できるのである。だから、日露戦争でポーランド国を「日本の飛び地領土」にできたし、ポーランドに居住するユダヤ民族を民族浄化したのである。イスラエル建国は日本のパレスチナ地域の不安定化を目論んだ「イスラエル建国=満洲建国」の思想哲学と同じである。265年間の幽閉されながら、国際情勢を分析してた日本を、アメリカの海賊国家が解放し、現在の日米同盟と軍事・経済・文化同盟関係が鎮座して、アメリカは日本の政策である。世界の不安定化戦略に貢献している訳である。先の“孫悟空”の機縁である「花菓山」を1938年に破壊し尽くしたのが、大日本帝國軍である。だから、日本は仏教国ではなく、「神道主義=天皇主義」思想である。日蓮宗(身延山・大石寺・本門寺)主義も所詮は、鳥居型宗教の伊勢神宮・出雲大社・靖国神社と同じ鳥居である。だから、日本は全国の鳥居を壊さないでしょ。世界中の仏教遺跡を破壊して、ヨーロッパやアメリカに日本型の鳥居神殿や仏教寺院(教会)を建築している。神道も鳥居も前方後円墳時代から続く「日本と南北朝鮮同盟国家の深い絆」から繋がっている。朝鮮思想哲学の負の摩擦力である。だから、再び「世界を泥炭の苦しみに引きずり込む」のでる。それが、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の明治維新期から始まった科学主義工業の深層海流の中を蠢く(うごめく)『出口鉄城・由美子・真希子・元美(東照寺国際参禅道場=平和相互銀行=吉富製薬(731部隊)=東京顕微鏡院の三宝興隆会)ファミリー』の東照寺国際参禅道場が建立した大分県狭間町の新道元宗「鉄牛寺」の住職代行である“人間禅教団(吉富製薬)ファミリー”と北野早苗・千賀子ファミリーは太いパイプで繋がっている訳である。それが、東照寺国際参禅道場 第2世伴鉄牛老古佛が上智大学名誉教授 愛宮真備(ラーサール神父、ドイツ人)の助言を受け入れて、ポーランド国での参禅道場建設を断念して、大分県の弟子“古庄政智(自称西武クレジット社員)”に土地を購入させて、『新道元宗 鉄牛寺』を建立した機縁である。

1980年(昭和55)
9月13日(土)ー朝日新聞:所沢の産婦人科病院事件 動揺隠せぬ病院関係者 待合室は終日閑散 退院する患者も院長は強気な発言
{現地の所沢市西所沢1丁目、芙蓉会富士見産婦人科病院は12日朝から1日中朝から重苦しいふん囲気。平常なら百人は訪れる外来患者で込み合う待合室も、閑散。イスに座って待つ患者も何となく落ち着かない表情。だが、所沢保健所係員らの事情聴取が行われ、報道陣がつめかけると、事務員や、看護婦、病院関係者の動揺は隠せなかった。しかし、逮捕された北野早苗理事長の妻の北野千賀子院長(54)は「私えんによる捜査ではないか」「あれが違反なら全国の病、医院は違反だらけ」などと強気の発言を繰り返した。県衛生部と所沢保健所による院長らに対する事情聴取は午前11時から約2時間行われた。この間、他の職員らは重苦しい表情で黙り込んだままだ。・・・以下省略}
ー6台の超音波断層診断装置(右)やテレビディスプレーなどが並びコンピュター室なみのME室と北野院長=12日午後2時、所沢市西所沢の芙蓉会富士見産婦人科病院でー
9月16日(火)ー朝日新聞:富士見病院事件 後絶たぬ被害者の訴え 連休中に400件以上 保健所が立ち入り検査 技師が手術手伝う
{・・・前文省略・・一方所沢署には、事件が明るみに出た12日以来、被害者の訴えが連日続き、一時は電話交換台がパンク寸前になるほどだったという。井上茂秋署長は「長い警察官生活の中で、これほどの反響を呼んだ事件は初めてだ。捜査に積極的に協力を申し出る人も多く、今後、これらの声を十分生かしたい」と話している。・・・以下省略}
<“善意の村”冷害の直撃 福島県・飯館村ー食糧不足のカンボジア難民にむらぐるみで救援の手を差し伸べていた・・・>
9月18日(木)ー朝日新聞:“乱診”北野が政治献金 厚相に千数百万 渋谷代議士に多額の小切手
9月18日(木)ー朝日新聞:あきれた“誤診”率 20人中15人もシロ 富士見病院
9月19日(金)ー朝日新聞:斎藤厚相が辞任 「北野献金」で引責 臨時国会へ影響必至 後任の人選急ぐ
9月19日(金)ー朝日新聞:無念の表情 辞任の弁 斎藤厚相 職務上妥当ではない 小切手の授受経過 なん度もくり返す
国税局、経理にメス 富士見病院 渋谷代議士届けせず「金もらったのは事実」
斎藤邦吉厚生大臣、元自治大臣 渋谷直蔵代議士、元郵政大臣 小宮山重四郎代議士、元厚生政務次官 山口敏夫代議士
市の対応の甘さ追及 富士見病院事件で市議会 「被害者の救済を」市側答弁 不安解消へ対策検討 県の注意に院長は強気
9月28日(日)ー朝日新聞:「北野献金」で身動きとれず 所沢市議会 迫力欠く市長追及 議員同士 同僚の告げ口が横行。5時間近く徹底捜査 富士見病院での初現場検証 押収物に摘出臓器? 大詰めにきた証拠固め。
{所沢市の医療法人芙蓉会富士見産婦人科病院事件で27日、県警保安課と所沢署は、同病院での初現場検証と追加捜索を行い、数点を押収した。この検証は、北野早苗同病院理事長の無資格診療(医師法違反)容疑の証拠固めで、検証には手塚一郎同病院副院長(60)が立ち会い、延々5時間近くもかけて慎重に行われた。北野の無資格診療の舞台となったME(超音波診断装置を指す)室や、理事長室を中心に手術室、医局、事務室、さらには玄関ロビーまで巻き尺で細部を計測するほどの徹底ぶり。捜査が大詰めにきたことがうかがわせた。また、押収物の中にはアルコールづけになった摘出臓器が含まれている模様だ。・・・捜査員7人は午前10時半、3台の車に分乗して到着した。・・・・以下省略}
「医師の説明を聞く会」にぜひー医療法人芙蓉会富士見産婦人科病院の元患者で作った被害者同盟と、支援団体の「同病院を告発する被害者・医師・市民の会」の会員約20人は、27日、西武線所沢駅前で、28日開かれる「富士見病院の医師の説明を聞く会」への、市民参加を呼びかけるビラを配った。・・・・
9月28日(日)ー朝日新聞:住宅公社疑惑で畑知事 自らを戒告処分 理事長職も辞任の意向
{畑知事は27日、県住宅供給公社の分譲地売買をめぐる疑惑問題で記者会見し、知事として同日付で公社理事職にある自らを戒告処分したことを明らかにした。また、知事が数多くの県外外郭団体の代表者を兼務していることが問題にされていることについて、同知事は「他の公社の理事長職についても専任者を決めることを検討したい」と、県土地開発公社などの理事長職も近く辞任する意向をしめした。・・・・以下省略}
10月01日(水)ー朝日新聞:富士見病院 北野撮影の断層写真 やっぱり解読不能 大半が部位すら不明 基本も守らず 鑑定医らあきれる。 手術を写したビデオテープ重要証拠に 病院側が“悲鳴”「医師逮捕されれば廃院」
白衣の犯罪 所沢・富士見病院事件 ~1~ 矛盾だらけ「北野語録」 仮面の医師
“黒い医療”深くメス 北野起訴 被害者「もっと厳しく」病院側、強気も消える 「医師団」追及に焦点
10月02日(木)ー朝日新聞:白衣の犯罪 所沢・富士見病院事件 ~2~ 女心くすぐり荒稼ぎ 医は算術
10月03日(金)ー朝日新聞:埼玉県知事 今度は息子に疑惑 診療所の建設申請 農振地、転用を内定 駅も計画 高騰必至の土地 
{畑和知事の次男で、東京都文京区目白2丁目 医師畑誠37歳から診療所建設の目的で「農振地域除外」の申請が出された。・・・「病院を建てるなら、田んぼの中より、すぐ近くに伊奈町の市街化区域もあるのに」というのだ。}
白衣の犯罪 所沢・富士見病院事件 ~3~ ファミリー グチ一つ許さぬ専制
10月04日(土)ー朝日新聞:白衣の犯罪 所沢・富士見病院事件 ~4~ 北野の“独走”を許す 機械信仰 
木更津でも乱診病院? 患者から苦情続出 医師会、実態調査を依頼
10月05日(日)ー朝日新聞:北野ファミリーの職員 無資格で手術手伝い 傷口の縫合や注射も 埼玉県警が本格追及
献金受けた政治家に質問 被害者同盟が方針
10月05日(日)ー毎日新聞:乱診の軌跡 富士見病院事件=<4>= 最新鋭装置を武器に “検査づけ”で、もうけ図る
来月21日に発公判 きょう被害者同盟へ医師の説明会
10月06日(月)ー朝日新聞:百恵さん、涙で「これっきり」ー歌う百恵も涙(上)聴いたファンも涙、涙・・・のサヨウナラ・コンサート5日午後8時50分東京・武道館ー
11月19日に俳優の三浦友和さんと結婚式をあげることになっている。
白衣の犯罪 所沢・富士見病院事件 ~5~ 乱診隠し?にバラまく 北野献金
10月06日(月)ー朝日新聞:強気崩さぬ富士見病院 被害者同盟への医師説明会流会
「同盟は被害者ではない」 あくまでも個別面談主張
{5日に開催が予定されていた所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院被害者同盟(小西熱子代表)に対する同病院医師の説明会は、医師全員が出席を拒否したため流会となった。・・・省略・・・この間、田中事務局長は110番。駆けつけた所沢署員のあっせんで、とりあえず同盟側弁護士2人と田中事務局長の間で話し合いが始まった。・・・}
粗末な摘出臓器の保存 同盟側に怒りの声{午後4時すぎ、田中事務局長は、一部の患者のカルテのコピーを出すことを了承、被害者同盟の一行と共に事務室へ。ところが、カルテの保管庫のかぎが見つからず、同盟側が再び田中事務局長を追及した。この間、同盟会員らは1階検査室のたなや流しの下にあった摘出臓器を発見した。いずれも、ラッキョ詰め用、あるいはインスタントコーヒーなどに入っており、約40個あった。「これはひどい」「こんな保管があるものか」と口々に怒りの声。この臓器の件でも押し問答し、結局田中局長の了解を得て同盟側はこのうち2個を受け取った。同病院内では3階以上に人影はなく、元患者らは各病室や手術室を見て回りながら、「ここで切られたのよ」「こんな立派な病室もあったのね」とささやき合っていた。カルテのコピー提出要求の押し問答は午後6時すぎまで続いた。しかし、保管庫のかぎはついに見つからず、同盟側は「今日はこれで帰る。明日、間違いなくコピーを渡す、との念書を書け」と要求。田中局長は「私どもはこのように追及されるいわれはない。カルテを渡す義務もない」などと大声で答えていたが、やがて田中局長は1事件近く、ほとんど黙ったまま。同盟側は「明日、再び来る」と言い残して引き揚げた。このあと、田中局長は記者会見し、「事件はマスコミによって作られたものだ。私たちは診断、医療は良心的にやってきた」「臓器の保存容器が祖末だというが、保存していたのが良心的なのであって、容器は医療とは関係ない」「カルテは提供しない。裁判で決着をつけてもらいたい。病院も出来る限り(診療)続ける」と、相変らず、強気の発言をした。}
10月07日(火)ー朝日新聞:「北野献金」の渋谷代議士 総務留任の方向 自民執行部の慰留受け 辞任の慣例化回避 党首脳 政治家のけじめ問題提起
平和相互 不正の上塗り 申告漏れ3億5千万円 簿外保証がらみの脱税 「経営体質」再び問題に
10月08日(水)ー朝日新聞:北野献金を寄附 被害者同盟へ150万円 山口敏夫 新自由クラブ幹事長
10月09日(木)ー朝日新聞:“北野錬金術”は機械転がし リース業界の競争悪用 借りて転売、献金資金 富士見病院事件
10月12日(日)ー朝日新聞:富士見病院事件のあおりから 看護婦の対応やめます 医師法違反になりかねぬ 当直医の担当へ 返上交渉まとまる
越谷市立病院の電話相談
松永氏の再任、確実 副知事西川氏の後任は難航
10月13日(月)ー朝日新聞:NEWS三面鏡 顔を上げた被害者たち 富士見病院事件 恥ずかしさ捨て街頭へ 被害実態も独自に調査
産婦人科「110番」今日から3日
10月15日(水)ー朝日新聞:行政処分へ突破口 富士見病院への監査 保険医療機関の取り消し 県が積極的な姿勢 処分の実現なお障害
医療救済など県に要望書  市議会と懇談会へ 被害者同盟 市の援助金は保留
健保不正請求もメス 富士見病院 埼玉県が監査へ、 9割に超音波検査 県の調査、傷害で2度目の告訴
10月16日(木)ー朝日新聞:北野献金ごまかし処理 所沢市長後援会が350万円 正式届け150万円だけ 規制法にらみ減額 あとで500万円全額病院に返す
10月17日(金)ー朝日新聞:富士見病院 “財産隠し”始動 福島の別邸も名義換え 分散工作など初めて認める
{福島県西白川郡大信村の木造2階建て住宅(延べ150平方メートル)。所沢市小手指のマンション(71平方メートル)}
おそまつ、反省の色なし。所沢市長後援会の“献金隠し” 分散工作認める 市長ら会見 責任問題には沈黙
「贈収賄の事実確定」1件落着=川越市土地開発公社を舞台にした贈収賄事件
10月20日(月)ー朝日新聞:臓器など証拠保全 富士見病院事件 被害者の主張認め
{富士見産婦人科病院に入る、被害者同盟弁護士と浦和地裁川越支部の係官ら=20日午前9時55分 所沢市西所沢2丁目で}
また不明な金の流れ 畑和後援会 社党への寄附 虚偽の報告、別の名目で支出 ミス認めあやまる 理由はナゾのまま
離党前の知事党費 後援会から納入{緑曜会から15,787,801円ー埼玉地方行政研究会から3,326,710円が、畑和後援会へ流れ。そこから、社会党県本部へ党員・闘争資金として1,263,600円渡り、4,000,000円が不明金ー後援会からの寄附か?}
加須市長に梅沢氏 当13,743票 梅沢一郎(72才 無現 公明党支持)
*注=加須市は畑和知事の出身地。畑王国
富士見病院被害者同盟 3度目の“実力行動” 小宮山氏宅訪問 本人不在で空振り{小宮山重四郎代議士宅に出向き斎藤晴雄秘書と話し合う被害者同盟会員ら=19日午後5時、川越市大手町}
廃院要請など活動方針 
10月21日(火)ー朝日新聞:訴訟へ重要な布石 富士見病院証拠保全 摘出臓器はなし
10月22日(水)ー朝日新聞:富士見病院事件 保健所への訴え出た元患者名簿 県、被害者同盟に提供へ、本人の承諾を得てから。
徹底的な責任追及を 被害者同盟 地検、県警に要請文
10月23日(木)ー朝日新聞:富士見病院 ナゾ解けた“友の会サービス” 「無料診察」にカラクリ
架空病名で保険請求 指定医取り消し処分へ
富士見病院事件 厚相、被害者に協力約束 「証拠資料も善処」同盟側に同情的な姿勢 市川参院議員も助言
県選管 山口代議士への北野献金 代理人から事情聴く 所沢市長に辞職要求 北野献金で共産市議団
10月25日(土)ー朝日新聞:住宅公社・公園緑地協会の理事長 知事、1日付で辞職「専任管理体制」を強化
10月27日(月)ー朝日新聞:知事インタビュー 一連の疑惑 全面否定 特別秘書は私の補助者 党費問題、適切さ欠く
10月30日(木)ー朝日新聞:小宮山代議士に抗議 富士見病院被害者同盟「面会避け不誠意」
{斎藤春雄秘書(中央)に抗議する被害者同盟会長=29日午後6時、川越市大手町の小宮山重四郎代議士宅}
医療相談窓口の構想に 日医が猛反発「国民煽動し人民裁判」{武見太朗氏、園田厚相}
10月31日(金)ー朝日新聞:医師たちも「主役」へ 富士見病院事件 傷害容疑で初捜索 18人が6時間余 押収資料 段ボールで4つ
小宮山代議士と面会 被害者同盟果たせず。
10月31日(金)ー日刊新民報:小宮山代議士に抗議 被害者同盟が「約束守れ」と
芙蓉会問題 全国的な運動に! 献金政治家は被害者に返済を{10月26日、所沢市役所で開かれた「富士見産婦人科病院を告発する被害者・医師・市民の会」のアピールには、婦人運動家市川房枝参議院議員らも出席、全国にこうした問題について広くアピールして行く方針を明らかにした。=アピールする市川代議士と高橋元医学部講師=
5要求
1、富士見産婦人科病院の各医師は、収益目的のために手段を選ばず患者を作り出し、これらの医療行為として不必要な各種傷害行為を行ってきた事実関係を認め、患者らに対し謝罪せよ。2、警察検察庁は、事件を単に北野早苗の無資格診療にとどめず、医師らの犯罪事実を明らかにして荒廃した産婦人科医療にメスを入れよ。3、厚生省・県・市当局は、過去の行政の怠慢を認め、すみやかに医師免許取消、病院閉鎖等の処分を行うとともに、被害者の救済措置を講ぜよ。4、「北野献金」を受け取ったすべての政治家は、直接間接にかかる医療犯罪を支えてきた責任を認め、不浄な献金を被害者である同盟に戻せ。5、医師及び医師会は、荒廃した産婦人科医療の現実を直視して謙虚に反省し、同種事件の再発を防止するとともに、患者の立場に立った医療の実現に努力せよ。}
11月01日(土)ー朝日新聞:告発の公開質問状 富士見病院被害者同盟 PRした医師らに
{埼玉県所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件の元患者でつくっている「被害者同盟」(小西熱子代表幹事、250人)}は31日、同病院のパンプレットやあいさつ状に「顧問」などの形で、名前を連ね、患者集めに一役買っていた小林隆日赤医療センター院長ら医師3人と、雑誌などに同病院の紹介記事を書いた医事評論家・水野肇氏に公開質問状を1日付で送ることを決めた。「高名な医師の名前を信用して病院にかかり手術された」とする元患者の訴えが相次いでいるため、小林院長らの責任は重い、として公開質問状の形で“告発”することにした。医師への質問の内容は、顧問就任の理由、病院の医療実態を知っていたのか、名前を信用して被害者になった女性を結果的に裏切った責任をどう感ずるのか、などで、8日までの期限をつてけ回答を求めている。質問状を送るのは、小林院長のほか、梅沢実・元横浜市立大学学長、増淵一正・癌研究会付属病院婦人科部長兼副院長。このほか、2人に日大教授が今年春、同病院顧問に就任したとされており、被害者同盟では、事実を確認してから、送付を決める。また、水野氏あての質問状も、「医療実態を十分調査した上で、筆を執ったのか」などほぼ同様の内容だ。美智子妃殿下の主治医として知られる小林院長はじめ、梅沢、増淵氏とも、産婦人科医として著名。3氏は、病院の出したカラー刷りのパンフレット「入院のしおり」に。「顧問」として名前が載っている。同病院が51年11月に、患者らの親睦(しんぼく)団体として結成した「芙蓉会友の会」にも、「参与」として、友の会発足のお知らせや、年賀状に、北野早苗理事長=医師法違反で起訴=、北野の妻千賀子院長ら同病院の医師らとともに名前を連ねている。小林院長は51年に、北野が大阪の雑誌社に依頼して作った特集雑誌の「富士見産婦人科病院特集号」に、「母子保健的地域医療に大きく貢献」と題する特別起稿を寄せ、「文字通り母子保健センター的な機能を発揮している」として病院を絶賛している。小林院長らの顧問就任は、北野が、患者を信用させる宣伝効果が大きいとにらみ、「勝手に名前を使った」という味方も一部にあるが、3医師のうち小林医長は、昨年夏には福島県西白河郡大信村の北野の別荘に一家で招かれたほか、過去十数年来ゴルフの付き合いなど北野との“親密さ”は病院の元職員らも証言している。一方、水野氏もこの特集雑誌にルポ記事を載せているほか、ある大手銀行の出した健康づくりのパンフレットにも、「充実した医療技術と近代的医療設備を誇る専門病院」として紹介記事を載せ、「超音波診断装置をいち早く導入し、産婦人科領域での疾患の早期発見と診断方針等の決定に役立てている」と同病院の近代設備を手放しでほめている。
◎ダライ・ラマ師来日ーインドで亡命生活を続け、チベット(中国自治区)への帰国が注目されているチベットのラマ教法王ダライ・ラマ14世(45)が31日午後2時50分、成田着のパンナム機で来日した=写真。「世界連邦日本仏教徒協議会」(会長・高峰秀海高野山管長)などの招待で、訪米の帰途に立ち寄ったもので、18日間滞在。1日に東京芝の増上寺で開かれる第27回全日本仏教徒会議に出席するほか、4日には広島の原爆慰霊碑に参拝する。
*注*ここで、予備知識を持たない人の為に注意点を追記しておくと、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】と《ダライ・ラマ師来日の記事》は、一件関係がないと出来事と考える筈であるが、富士見産婦人科事件の犯行動機である『体外受精技術(人工授精/試験管ベビー/不妊治療/人工子宮)の完成』を急がせてしていたのは、美智子皇太后(現在は影武者)であるが、体外受精技術そのもの指揮官監督は、昭和53年にキリンビール(麒麟麦酒)社長に就任した“小西秀次”である。小西秀次は、高野山に「麒麟麦酒の会社としての墓地を建立」していることは、有名でこの墓地のお陰で社運が興隆していると云っている訳であるから、「真言宗 高野山・浄土真宗 芝増上寺=世界連邦日本仏教徒協議会」の檀家総代が麒麟麦酒株式会社(三菱企業体)となる。だから、政治的な理由で「ダライ・ラマ14世」を日本に招待した訳である。それは、富士見産婦人科病院事件の政治解決(国民を黙らせる)を目的としていた事は明らかである。何故なら、真言宗高野山でもそうだが、仏教文化は戦争指導だからである。各宗教は「檀家の寄附」で生活しているから、大檀家である大企業のいいなりである。だから、戦前も現在もおなじ「戦争遂行を目的とした仏教徒を育成している」訳である。高野山 第405世高 野峰秀海(89才)の履歴と、戦前・戦中からの真言密教と企業献金(三菱・住友・三井・川崎・宇田・甲州財閥などからの寄附)の癒着関係が、興亜密教学院などの諜報機関活動に結びついた訳だから、いまでの企業献金=檀家制度が存在している以上、同じ政治活動をしているのである。それが、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】と《ダライ・ラマ師来日の記事》の繋がりである。だから、文部科学省は日本の宗教を全て廃止しないのである。宗教が戦争を指導するのに都合が良い機構だからである。憲法9条問題より先に、日本の檀家制度を全廃し、更に宗教行政に問題があるのだから、日本の神道も仏教もキリスト教なども全廃する事を、立法府が議決するべきでるが、その立法府に主である“国・県・市町村議員”らは、宗教団体からの選挙票田を失うから、釈迦白足袋族の戦争仏教思想に、何度でも踊らされて、戦争を繰り返し、原爆を抱いて眠ることしか考えていないのである。真言密教の「殺し 殺し尽くして」と云う思想の結果が「湯川秀樹の日本製原爆を完成させ、人類初の人体実験を広島と長崎」で国際社会に向けて、日本が公開人体実験をしたのと、同じ理由で【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】を、世界産婦人科学会の場で公開したのである。健康体で正常な女性から、子宮と卵巣を全摘して、「体外受精技術」を日本は成功させたと。だから、イギリスやオーストラリヤやアメリカもフランスも同じ人体実験犯罪をしていると、云っているのである。真言宗 高野山405世 高峰秀海(昭和26年木山村(現岡山県真庭市落合地区の初代愛育委員会長)89歳で死去、真庭郡落合木山 高野山真言宗別格本山「木山寺」出身。1942年2月25日興亜密教学院副院長に就任(院長は関栄覚)。{1942年10月20日高野山大火曜会主催・酒井真典帰朝歓迎会講演・酒井は昭和15年2月から軍特務機関・外務省留学・真言宗開教師として赴任中のところ本年帰国}

11月01日(土)ー朝日新聞:所沢市 協力態勢を後退 富士見病院被害者同盟と初会合 援助金支出は困難 事務局の立ち退き示唆
11月02日(日)ー朝日新聞:“北野献金隠し”拡大 所沢市長後援会 修正申告より細分化 寄付者の名2人消える
元職員の給与支払え 所沢労基署 富士見病院に勧告
11月03日(月)ー朝日新聞:秋の叙勲 戦争体験を胸に看護に専心 勲5等瑞宝章 新井サダさん(畑和知事の4婆ー榊多嘉子・相馬雪香・畑千鶴子の一人)
11月05日(水)ー朝日新聞:富士見病院被害者同盟への援助 現金支出は不適切 物的・人的面で助成を 県地方課 所沢市への見解表明
11月06日(木)ー朝日新聞:富士見病院の建築基準法違反 きょう是正命令予告 県、無届け部分除去へ
11月07日(金)ー朝日新聞:「北野釈放」で緊張 富士見病院事件 追及に圧力が心配 被害者同盟 面会求め謝罪要求へ
1対25 徹夜の“処分劇”気にくわぬ・・・一気に爆発 生活感のズレ 学生市議無害「形だけの懲罰」自転車騒動の学生市議 長沼明さん(25)
11月07日(金)ー日刊新民報:市議会⇄被害者同盟 いつになる懇談会? 5日の代表者会議でも未決定
11月08日(土)ー朝日新聞:富士見病院被害者同盟 北野追及へ本格始動 強気崩さぬ病院側 田中事務局長「全摘は診療方針」
病院の要件欠く 看護婦わずかに3人 所沢保健所が特別医療監視 会報1号発行 被害者同盟
11月08日(土)ー日刊新民報:えっ!北野が釈放!! 「そんな馬鹿な」集まる市民の声
{前文省略・・・・6日午後9時10分過ぎ、病院前に詰めかけていた約40人近くの報道関係者が、待ち受けるなか、白いブルーバードは、病院正面から、病院内に乗り入れ、もう1台のサニーを地下駐車場に滑り込ませるトリックを使い、報道陣を振り切った。・・・以下省略}
11月09日(日)ー朝日新聞:富士見病院被害者同盟 小宮山代議士に抗議 面会の約束実行して「病院友の会名誉会長なのに」
後遺症に初問診 支援医師団 会員18人に説明・助言
「医療、患者本位に」日弁連 健康権宣言を採択 
顧問医師ら「名前利用された」富士見病院被害者同盟の質問に回答
{埼玉県所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院野の元患者らでつくっている「被害者同盟」(小西熱子代表幹事、250人)は、同病院の「顧問」などの形で病院PRにひと役買っていた小林隆・日赤医療センター院長、梅沢実・元横浜市立大学学長、増淵一正・癌研究会付属病院副院長兼婦人科部長の医師3人と、雑誌などに同病院のPR記事を書いた医事評論家 水野肇氏に、その責任を問う公開質問状を送っていたが、回答期限の8日までに、小林を除く3人から回答が寄せられた。梅沢、増淵氏は、ともに「富士見産婦人科病院の顧問や芙蓉会友の会の参与に就任した事実はまったくない。公開質問状に添えられた資料で初めて自分の名前が使われているのを知った」としている。さらに、梅沢氏は「同病院や友の会のことを雑誌などで称賛したことはまったくない。無断で名前が利用され、世間から誤解を受けて大変迷惑している」、増淵氏は「名前を悪用されたことに憤慨しており、厳重に抗議するつもりだ」と、それぞれ回答している。水野氏は、同病院のPR記事を書いた点について、「51年夏、雑誌からの以来で病院を取材し、その結果、1、看護婦が生き生きと働いていた。2、施設が優れている。3、救急外来に積極的姿勢があった。4、入院患者が感謝していた、との点で立派な病院と判断した」と述べている。}
<大宮日赤 玄関で乗車拒否 近距離の患者被害 悪質タクシー捜査>
11月09日(月)ー日刊新民報:北野は姿を見せず!同盟・謝罪を求め病院へ
{・・・11月16日午後2時から市役所第2庁舎で開かれる、被害者に集まりに、「北野早苗本人をはじめ、関係医師全員の出席を求めている」・・・}
12月末に事務所移転?平塚市長 被害者同盟 初の会見で明らかに
11月11日(火)ー日刊新民報:『医療の原点に立ち』建設OK准看護学院審議会が答申
{10月30日、芙蓉会事件の余波をうけながら、准看護学院建設審議会が、諮問通り「建設OK」の答申を出した。}
11月12日(水)ー朝日新聞:富士見病院 子宮・卵巣の全摘出 7割が40歳以下
前文省略・・・この調査は、被害者同盟の証拠保全の準備のため、被害者同盟に「被害」を訴え出た人を対象に10月4日から12日まで被害者同盟顧問弁護士が分担して実施した。手術の日付は、48年から今年までの8年間にわたり、手術別の内訳は、子宮卵巣全摘111人、卵巣のみ全摘5人、子宮全摘(卵巣全摘を除く)12人、右卵巣一部摘出54人、左卵巣一部摘出53人、子宮一部摘出4人、妊娠中絶14人、子宮口縫縮8人、その他9人。妊娠中絶後に子宮・卵巣全摘手術をするなど、2つ以上の手術を受けた人も多かったため、手術を受けた人の延べ人数は270人となっている。30歳以下の女性すら23人が全摘手術を受けていた。この調査結果の中で被害者同盟が最も注目しているのは、40歳以下の女性で子宮・卵巣の全摘手術を受けた人が81人もいたこと。子宮あるいは卵巣を摘出した人を含めると、40歳以下が96人にもなる。} 
正常部分残さねば 我妻 国立病院医療センター産婦人科医長の話
証拠保全で2度目の検証 浦和地裁川越支部
手術患者の年齢内訳
子宮卵巣全摘ー21~25歳=2人
       26~30歳=21人
       31~35歳=27人
       36~40歳=31人
       41~45歳=20人
       46~50歳=9人
       51~55歳=1人
合 計=111人
 卵 巣 全摘ー21~25歳=1人
        26~30歳=0人
        31~35歳=2人
        36~40歳=1人
        41~45歳=0人
        46~50歳=1人
        51~55歳=0人
         合 計=5人
 子 宮 全摘ー21~25歳=0人
        26~30歳=4人
        31~35歳=3人
        36~40歳=4人
        41~45歳=0人
        46~50歳=1人
        51~55歳=0人
         合 計=12人
富士見産婦人科病院 被害者同盟調べ
11月12日(水)ー朝日新聞:県、違反建築の除去命令 富士見病院 公開聴聞の請求せず
{建築基準法違反命令で改善命令の公告看板を立てられた富士見産婦人科病院=所沢市西所沢2丁目}         
11月14日(金)ー朝日新聞:「保険医」取り消し諮問へ 富士見産婦人科病院 不正額は80万円 請求の実態ほぼ解明 県生活福祉部
医師の登録取り消しは微妙 総会への出席拒否 病院側 被害者同盟に回答
医療事故の防止へ 国公立病院拡充を 婦人会議、県に申し入れ{日本婦人会議県本部:野口政子議長}
「保険・共済苦情110番」 春闘会議など相談窓口開設
11月14日(金)ー日刊新民報:芙蓉会事件 北野釈放から1週間 千賀子院長が書類送検
{・・・・・11月6日夕方、東入間署に留置されていた北野早苗(55歳)が突然釈放された。・・・・11月10日、同病院の手塚一郎(61歳)副院長が退職したと病院から発表された。・・・退職の理由は明らかにされていないが、患者をそっと呼んで「あなたは手術の必要はありません」「もう一度他の病院で診てもらいなさい」と言葉をかけていた。同医師の退職で、芙蓉会の職員は医師4名を含む23人となった。・・・・・}
11月17日(月)ー日刊新民報:医療電話相談室を開設 21~22日医師、弁護士が専門的な立場で。℡95ー2342 ℡95ー5785 ℡95ー5786
11月18日(火)ー朝日新聞:「医師は正しい」前提変えよ 富士見病院 医師団書類送検
このひどさにほう助程度か=産婦人科110番を開設した日本婦人会議の清水澄子局長の話し 
特権行使には強い責任感を=医事評論家・川上武氏の話し
現在の医師法犯罪立証ムリ=渡辺淳一さん(作家)の話し{医師法が保存を義務付けているカルテやレントゲン写真のようなものでは、現在の物証主義の裁判では、(傷害といった)医師自身の犯罪は立証できないだろう。カルテは恣意(しい)的に作れるし、とくに婦人科ではレントゲン写真の診断上の意味が小さいからだ。それよりも私は、摘出した臓器すべての永久保存を義務付けるべきだと思う。それさえあれば医学の裁判官である病理学者によって手術の適否がはっきりする。・・}保険医療機関の取り消し諮問へ 埼玉県が処分検討
11月18日(火)ー日刊新民報:芙蓉会事件 元患者たちが座りこみ 北野理事長に面会を求めて
{「子宮を返せ!」「女の生命を奪った北野許さないぞ!」ーー16日の午後4時過ぎ、富士見産婦人科病院玄関前に、被害者同盟のシュプレヒコールが鳴り響いた。第2回総会 元患者ら約70名が参加した第2回総会は損害賠償問題や、献金議員の追及など今後の方針について話あった。席上、内田剛弘弁護士は・・・・}
11月20日(木)ー日刊新民報:21・22医療電話相談室 29日には医療シンポジューム
11月21日(金)ー朝日新聞:「弁明、じかの聞きたい」富士見病院事件 きょう北野初公判 被害者同盟が注目 会員50人動員「傍聴、1人でも多く」
県の医療相談コーナー 診療への不安・疑問続々 予想越す相談数 初日は28人、38件電話でも受け付け
所沢市でも電話相談室を開設
11月21日(金)ー日刊新民報:芙蓉会事件 北野早苗きょう初公判 保険医取り消され機能失う
{17日、芙蓉会の5人の医師全員と職員2人が書類送検された。送検されたのは、北野千賀子院長(54歳)、青井保男副院長(52歳)、手塚一郎前副院長(61歳)、佐々木京子医長(42歳)、堀八重子分院長(52歳)の5人、・・・・これを受けて所沢市医師会(伊藤勇会長)では19日、同医師会館で裁定委員会(5名)を開き、芙蓉会の医師全員の医師会からの除名処分を決めた.・・・・・}
私たちの声を聞いて!被害者同盟 小西熱子
11月22日(土)ー朝日新聞:初公判を傍聴して 被害者同盟代表幹事 小西熱子さん「ウソ、よくもあれだけ」
対決する姿勢崩さぬ北野 受け答え計算ずく 表情硬く 緊張でふるえ
「北野待て・・・」スクラム 被害者同盟 報告集会で怒り爆発
「医療行為」争点に 北野公判 ME操作で逃げ道 患者側の「生の声」で追及へ
北野への冒頭陳述(要旨)
患者、怒りの包囲 退廷の北野の車に殺到
被害者逆なで 富士見病院事件ドキュメント初公判 北野「うそつき」にニャリ 傍聴希望者 長い列 地裁支部の前庭1周
11月22日(土)ー日刊新民報:芙蓉会事件 第1回公判はじまる 北野被告は午前8時半に入廷
{21日、浦和地裁川越支部1号法廷}
*11月22日(土)ー毎日新聞:ケンタッキー 代理母 数十人も 一括2万ドルであっせん
11月24日(月)ー日刊新民報:誤診にため余命1年 21・22日続々寄せられた医療電話相談
11月27日(木)ー日刊新民報:ー自然破壊はやがて人間を滅ぼすー ミヤコタナゴは警告
11月28日(金)ー日刊新民報:誤診・高額 医療問題電話相談 計40件もの相談が 放置・医療過多など
{電話相談員=神谷稔氏・熊久保麻正氏(医師)、小坂富美子(医療問題研究家)、柳下礼子氏(市議) 野口純子氏(ケースワーカー)、加藤雅友氏・小林和恵・大久保健一・松倉雪夫氏(弁護士)}
11月28日(金)ー朝日新聞:◎国立熱海病院「黒い診断書」認める 渡辺医長を逮捕 病室は組長室代わり 病院への逃避許すな まじめ医師、なぜ転落 渡辺医長
{渡辺容疑者は、有罪判決の確定した静岡県沼津市千本郷林、暴力団 芹沢一家 室伏幸太郎(50歳)から「服役しなければならないので、書いてほしい」と頼まれ、52年9月26日、静岡地検沼津支部からの病状の紹介に対し、渡辺は同年10月31日付の回答書で、尿血、尿中アミラーゼが異常に高い架空の臨床検査数値を記入し、「慢性膵(すい)臓炎」と虚偽の診断書を作成したうえ、「刑の執行には耐えられない」などの所見を記載、室伏の服役を逃れさせたこと。渡辺は同署の調べに対し、容疑事実を全面的に認めた。・・・中省略・・・室伏はこのデタラメ診断書をたてに、約2年間入院していたが、この間、百日以上も外出して、3回の韓国旅行に出かける一方、デラックス病室で女性と酒に浸るなど、病室をマンション代わりにしていた。・・・渡辺医師は東京都武蔵野市の生まれ。昭和27年、東大医学部を卒業、28年6月医師国家試験に合格後、東大付属病院勤務を経て35年7月、国立熱海病院に外科医として着任。以来、37年10月、外科医長、50年1月に組織替えがあって第1外科医長と、同病院の主流を歩いてきた。・・・以下省略*渡辺譲吉医長}
◎十全会追及に本腰 厚相 株買い占め調査着手
{朝日麦酒の株買い占めや、老人の“処理工場”などと呼び名さえある乱脈診療ぶりが問題になっている京都市の医療法人「十全会」(赤木静江理事長)グループについて、27日午後開かれた参院社会労働委員会で、高杉廸忠委員(社会)が取り上げ、「医療法人の資金が株買い占めに流用されている疑いがある」などと追及した。これに対し、園田厚相や厚生省の田中医務局長らは「資金流用があれば、明らかに医療法違反」としたうえで、「今後特別な態勢をとって徹底追及する。先ごろ設置した警察庁、国税庁、厚生省の3省連絡会議の機能も活用したい」などと個別事件として徹底的な問題点を洗い直すことを約束した。・・・中略・・・同グループが現在保有している株は朝日麦酒が6,688万株(時価評価額270億円)、高島屋が2,100万株(同80億円)にのぼる。昨年春までは2つの医療法人名義で別に宝酒造の670万株、京都銀行の640万株も保有していたが、厚生省などの行政指導で売却し、現在の保有株はいずれも「関西薬品」「関西リース」など、トンネンル機関ともみられる20余の関連会社や赤木一族の個人名義になっている、という。・・・中略・・・また高杉委員は同病院の診察内容や医師、看護婦などの充足状況についてもただし、1、精神病院なのに、岡山県の全精神病院における死者の3倍もの死亡者が出ている。2、毎日2,000人もの患者を水治機能訓練と称して入浴させ、1分間水につけただけで50点(500円)もの保険点数をかせいでいるとの話がある。3、患者数に比べ、医師、看護婦などのスタッフや病床数が足りず、医療監視に際しても、それを隠ぺいする様々な工作が行われている、と指摘した。・・・以下省略
十全会グループ「十全会」と、「十全会精神科京都双岡病院」(赤木孝理事長)の2つの医療法人を軸にした医療産業グループ。京都市内に東山高原サナトリウム京都双岡病院。ピネル病院の3つの病院を経営。ベット数合計3,100余床というわが国有数の規模で、表向きはいずれも精神科中心だが、実態は引き取り手のない老人病院となっている。他に病院への物品販売などを事業内容とする関西薬品、関西フードサービスなど、いずれも赤木一族が支配する関連企業が約20社ある。}
◎無免許だったヘタな歯医者 国家試験13回落ちる 八千代市で逮捕
◎ダム水没者対策に1,600億円{首都圏で最後の巨大な水ガメとして、国が群馬県吾妻郡長野原町に建設を計画している八ツ場(やんば)ダム問題で、・・・中略・・・これまでのダム対策費を大幅に上回り、住民の生活再建事業費はダムの工事費にも匹敵するものとなった。・・・以下省略}
◎成田燃料輸送を拒否 来春から国労方針 賠償訴訟撤回求め

11月29日(土)ー毎日新聞:『芙蓉会』病院事件 保険医取り消しは打撃 被害者同盟「それだけでは甘い」
富士見病院 3医師の保険医取り消し 県協議会が知事に答申{(埼玉県地方社会保険医療協議会 福田耕太朗会長)}
11月29日(土)ー日刊新民報:医療シンポジウム 午後1時から市民会館で
11月01日現在の所沢市人口 235,669人 71,151世帯
12月03日(水)ー埼玉新聞:右翼が富士見病院に乱入 「院長、理事長に合わせろ」事務員人質にろう城 所沢 ベッドでバリケード 1時間後警官突入、2人逮捕
{前文省略・・・1時間近く2人の説得に当たったが、2人がこれに応じなかったため、10時24分署員10人が病院内に強行突入、2人を取り押さえた。調べによると2人は、東京都世田谷区船橋1ー44ー3 大日本青嵐同士社組織局長、傷害など2犯、無職田村正紀(26)と同所、同社組織員、放火未遂など2犯、広告業三原勤(38)。2人は同病院に対する抗議文を所持したが、抗議文には「われわれは院長や病院責任者に対し、被害者に対する道義的、誠意ある賠償責任を取らせるとともに天誅(てんちゅう)を加え、強く抗議する」といった内容が書かれてあった。・・・以下省略}
12月03日(水)ー日刊新民報:芙蓉会へ右翼が乱入 トラックのまま玄関をやぶり
{2日、午前9時30分ごろ、西所沢の芙蓉会産院に日本民族連合 大日本青嵐同志社と名のる青年2名が、運転してきたトラックごと同病院内に乱入した。この日も芙蓉会の玄関は固くとざされていたが、トラックはそのままガラスのドアをぶち割り、玄関内に停車、乱入した2人はそのままかけ上がり、“大日本青嵐同志社”と書かれた大きなたれ幕を窓から下げた。何の目的で乱入したのかについては、所沢警察署でこの2人を逮捕し取り調べている。近くの人たちのはなし。「ドカンと大きな物音がしたので外へ出てみたら、入口に大きなトラックが尻から突っこんで止まっていました。しばらくして非常階段から、北野理事長と院長らしき人の影が見え、消えました。」事件のあった芙蓉会産院前は、パトカー、報道用の車に加え。近くの人たちでゴッタがえすさわぎとなり、超低空で飛びまわるヘリコプターの爆音は、このさわぎに拍車をかけていた。乱入した2人は田村正紀(26歳)、三原勤一(39歳)でいずれも住所は東京都世田谷区。病院内での怪我人はなかった。(写真は芙蓉会に突入したトラック)}
12月03日(水)ー毎日新聞:『芙蓉会』病院事件 メチャメチャの病院の入り口 右翼2人車ごと突っ込み
もう少しゆとりある教育を 畑知事を囲み「SAITAMAを語る」5日放映 交換留学生らと座談会
12月03日(水)ー読売新聞: 同病院庶務課長 大須賀一男(41)を人質に・・世田谷区船橋1-44ー3
12月04日(木)ー毎日新聞:『芙蓉会』病院事件 再スタート目指す 県は監視怠らない構え 休院は実質的な廃院 終日ひつそりしたまま。 被害者同盟の小西さんに聞く 奥様記者 柴田克枝記者 「運動を始めたら忙しく 家事もできません」
12月05日(金)ー日刊新民報:富士見産院が“休院届” 保健医療の指定取消し前日に
12月07日(日)ー日刊新民報:=乱診乱療=もうたくさん 市民350名が参加 医療シンポジウム 30分待って診療は10分 400名市民のアンケートの結果
{上原三雄(産婦人科医・全国保険連合会副会長)、加藤雅友(弁護士・所沢市明るい革新市制をつくる会代表委員)、篠崎次男(日本生活協同組合連合会事務局長)}
11月29日の医療シンポジウムには、被害者同盟の出席はなかった(都内での集会のため)が、田中章史市職労委員長から「富士見産婦院事件」の被害の実態が明らかにされた。
<所沢市保健所の調査済み被害者1811名のうち、手術を受けたものは、54.95%にあたる594人に及ぶ。その内訳は、子宮筋しゅが462名、卵のうしゅが424名(重複を含む)。保健所に届け出のあった1833名のうち(10月12日)、ME検査を受けたものは775名(68.4%)におよんでいる。
被害者同盟による調査結果は、
1、弁護士面接による調査結果、214名について。
アー子宮・卵巣全摘=111名
イー子宮全摘=12名
ウー卵巣のみ全摘=5名
エー右卵巣一部摘出=54名
オー左卵巣一部摘出=53名
カー子宮一部浅=4名
キー妊娠中絶=14名
クー縫縮=8名
ケーその他=9名
◎受診時自覚症
アー腰痛=32名
イー下腹痛=57名
ウー性器出血=35名
エー月経異常=50名
オーおりもの=20名
カー生理停止=19名
キー妊娠=21名
クー不妊=21名
ケーガン検診=4名
コー健康診断=8名
サーその他=17名
2、後遺症(手術後に変わったこと)
▽頭痛、▽耳鳴り、▽視力低下、▽眼が疲れやすい、▽立ちくらみ、▽胸部圧迫感、▽心臓が苦しい、▽腹部圧迫感、▽腹部痛、▽しこり、▽腰部痛、▽背中痛、▽肩こり、▽冷え性、▽手のしびれ、▽足のしびれ、▽便秘、▽吐気、▽排尿異常、▽発汗、▽微熱、▽疲れ易い、▽だるい、▽体力の衰え、▽精神不安定、▽声がわり、▽足毛増生、▽脱毛、▽肝臓悪化、▽高血圧、▽太る、▽自律神経失調、▽ノイローゼなど多項目にわたっている。
3、被害調査集計結果(358名中間集計)
イーME検査の有無:有=355名、無=3名。
担当者ー理事長だけ=289名、立会いあり=61名、不明=5名。
ローME検査の結果、
子宮:子宮筋しゅ=208名、子宮ゆ着=1名、子宮ガン=2名、子宮ビラン=1名、
腐っている=17名、肥大・形が悪い=14名、水がたまっている=1名。
卵巣:卵巣しゅよう=139名、卵巣ゆ着=6名、水がたまっている=39名、はれている=43名、
腐っている=49名、卵巣ガン=8名、卵巣閉塞=1名、悪い=26名、破裂寸前=17名。
ハー他病院での診断について、他の病院で診断を受けた=170名、受けていない=131名。
内訳:子宮筋しゅ・卵巣のうしゅとも訂正された=23名。
子宮筋しゅを訂正=23名、卵巣だけ訂正=15名、
悪くない=22名、手術の必要ない=62名。>

12月09日(火)ー毎日新聞:『芙蓉会』病院事件 政治家追及またも不発 汚い金受けたのに 本人の刑事責任は不問
「助役の立候補、知らない」シラをきる所沢市長首をかしげる被害者同盟員{「北野献金」が贈収賄でなく政治資金規正法違反になったことについて、富士見産婦人科病院の被害者同盟は残念そうな表情をみせた。小西熱子代表幹事(28)は「政治資金規正法違反にしなかならなかったんですね。それも代議士本人が北野から受け取っている写真まで新聞に出ていたのに、秘書が送検とは、どういうことなのでしょうか」と首をかしげた。被害者同盟はこれまで北野に献金を受け取った政治家に公開質問状を出してきたが、回答をついに寄せなかった政治家もあり「今後こうした“灰色政治家”に対する追及の手をゆるめない」と言っている。}
北野メモによる献金一覧表
【衆議院議員】
斎藤 邦吉(自)前厚生大臣 1,500万円 54.9~55.8
渋谷 直蔵(自)元自治大臣 2,100万円 54.9~55.8
小宮山重四郎(自)元郵政大臣 200万円 54.9
山口 敏夫(ク) 党幹事長  650万円 53.12~54.9
【元・前衆議院議員】
清水 徳松(社)       50万円 54.10
宮地 正介(公)       5万円 54.10
【市長】
平塚 勝一 所沢市長     500万円 54.9
【県会議員】
斎藤 博(自)        50万円 54.2
本橋 俊男(自)       30万円 54.3
【元県会議員】
池田義明(共)        30万円 54.2
【市会議員】
坂元 敬昴(公)        50万円 55.6
肥沼 正男(公)       200万円 54.1~6
糟谷喜代次(社民連)     80万円 54.2~55.2
増岡 高雄(無所属)     100万円 54.1
仲 隆(同)          50万円 54.2
【元市議会議員】
山畑 繁雄(共)       80万円 54.2~4
山畑 武雄(共)       30万円 50.4
*この記事には無いが、埼玉県警所沢署長への贈収賄金もある(日刊新民報)
川越市特別職報酬等審議会「市制混乱に責任」意見書付け、きょう答申
12月13日(土)ー日刊新民報:富士見産院 北野が直接ME操作 所沢保健所が実態を公表
{所沢保健所では、さきの芙蓉会富士見産婦人科病院の乱診乱療事件に関連して、この病院で診察を受けた元患者たちの実情を、アンケート調査していたが、このほど主計が終わり発表された。アンケートに応じた元患者数は1,079名で、所沢市内が530名、県内が316名、県外が220名、その他となっている。調査の内容は「通院・入院の別」「手術の有無」「病名」「ME被写の有無」「理事長が実施した検査の有無」等に別かれている。この結果、患者の多くは、北野理事長から直接MEにかけられ、検査され、子宮筋腫または卵巣のう腫と診断されて入院させられている。そして7割近くが手術させられていたという、驚くべき結果が数字で示されている。年令別にみると、30~34才までが285名で1番多く、次は20才台後半と、30才台後半が目につき、25才から40才までが、全体の6割以上をしめている。診断を受けた年は、昭和49年ごろから急に多くなり、昨年1年間だけで、全体の17パーセントに近い、181名が、そして今年の9月・事件が発覚するまでの9ヶ月間で136名という多くの人たちが診断を受けている。これらの数字は、あくまでも保健所の調査に応じた人たちだけの数字であって、患者全体の氷山の一角にすぎない。}
芙蓉会富士見産婦人科病院受療者からの申し出状況(最終集計)
◇診察の内容
申出者数ー1,079人
通院・入院の別:通院=227人(申出者数に対する割合ー21.0%)
入院=786人(申出者数に対する割合ー72.8%)
手術の有無の別: 有=726人(申出者数に対する割合ー67.3%)
無=287人(申出者数に対する割合ー26.6%)
病名の種類別:子宮筋腫=569人(申出者数に対する割合ー52.7%)
卵巣のう腫=513人(申出者数に対する割合ー47.5%)
子宮筋腫と卵巣のう腫の合併が多い。
その他=226人(申出者数に対する割合ー20.9%)
ME被写の有無: 有=969人(申出者数に対する割合ー89.8%)
無= 14人(申出者数に対する割合ー1.3%)
理事長が実施した検査の有無:有=906人
無=18人
不明=45人
◇患者の年令
年令ー20才以下    対象者数ー5人     構成比ー0.5%
年令ー20~24才    対象者数ー56人     構成比ー5.1%
年令ー25~29才    対象者数ー204人    構成比ー18.9%
年令ー30~34才    対象者数ー285人    構成比ー26.4%
年令ー35~39才    対象者数ー195人    構成比ー18.1%
年令ー40~44才    対象者数ー114人    構成比ー10.6%
年令ー45~49才    対象者数ー74人     構成比ー6.9%
年令ー50才以上    対象者数ー53人    構成比ー4.9%
不明         対象者数ー93人     構成比ー8.6%
計          対象者数ー1,079人    構成比ー100%

◇診察を受けた“年”
昭和45年以前 対象者数ー7人   構成比       備考
昭和45年   対象者数ー1人   構成比       備考
昭和46年   対象者数ー14人  構成比       備考
昭和47年   対象者数ー13人   構成比ー3.2%   備考ー35人(昭和45年以前から47年迄)
昭和48年   対象者数ー42人   構成比ー3.9%   備考
昭和49年   対象者数ー90人   構成比ー8.3%   備考
昭和50年   対象者数ー121人   構成比ー11.2%   備考
昭和51年   対象者数ー129人   構成比ー12.0%   備考
昭和52年   対象者数ー153人   構成比ー14.2%   備考
昭和53年   対象者数ー150人   構成比ー13.9%   備考
昭和54年   対象者数ー181人   構成比ー16.8%   備考
昭和55年   対象者数ー136人   構成比ー12.6%   備考
不明     対象者数ー42人    構成比ー3.9%    備考
計      対象者数ー1,079人  構成比ー100.0%  備考

◇患者の住所
県別ー県内  対象者数ー846人  構成比ー78.4%   備考ー内、所沢市内は530人
県別ー他県  対象者数ー220人  構成比ー20.4%   備考ー東京都=171人、全体の20.2%
県別ーオーストラリヤ  対象者数ー1人  構成比   備考
県別ー不明  対象者数ー12人   構成比ー1.2%   備考(オーストラリヤを含む)
計      対象者数ー1,079人  構成比ー100.0%   
12月16日(火)ー毎日新聞:署長の“圧力電話”で県会もめる 「誤解招いて遺憾」夕刻、本部長の釈明でケリ
             {前文省略・・・高橋孝人狭山署長が“圧力電話”をかけた問題で、山崎隆司県警本部長は15日、県議会で異例の釈明・・・以下省略}
12月17日(水)ー毎日新聞:’80事件 富士見病院(上) 市民の関心高かったのに 結末は歯がゆい
12月18日(木)ー毎日新聞:’80事件 富士見病院(中) やりきれぬ“氷山の一角”? 遅い行政の対応
             {荻野県衛生部長の勧告を聞く右から北野院長、青井、手塚副院長(当時)=9月8日、所沢保健所} 
12月22日(月)ー朝日新聞:「公立病院で再建を」富士見病院被害者同盟が6項目の決意表明 市民の会 提訴準備も支援
{所沢市の富士見産婦人科病院を追及している被害者同盟(小西熱子代表幹事、270人)は21日、同市文化会館で第3回定例総会を開き、同病院を相手取った損害賠償請求訴訟の準備などについて話し合った。この中で、同市在住の大森弥東大教養学部助教授から、同日、「富士見産婦人科病院被害者同盟を支援する会」が発足したことが報告され、被害者同盟は今後、「市民の会」の協力を受けんがら民事訴訟の準備を進めることを確認した。・・・省略・・・大森弥東大助教授は、「市民の会」発足を報告した中で、「富士見産婦人科病院の乱診乱療の事実は、ナチスドイツの蛮行を思わせる。被害の増大を食い止められなかった国、地方自治体の怠慢も無視できない」などと「市民の会」の趣意書を読み上げ、同盟会員らの盛んな拍手を浴びた。・・・・
1、検察庁は医師たちを直ちに医師法違反(ほう助)で起訴するとともに、傷害罪についても政治的な圧力に左右されることなく、一刻も早くその成立をはかってほしい。
2、近い将来、富士見産婦人科病院の倒産整理が予想されるので、国、県、市は同病院を公立病院として再建し、被害者がそこで継続した治療が受けられるように努力してほしい、など6項目の「決意表明」を採択。閉会後、茶話会を開いて今年の運動をしめくくった。}
12月28日(日)ー朝日新聞:右翼3人が乱暴 富士見産婦人科病院
{右翼団体国粋青年隊メンバー 東京都練馬区関町、無職鈴木文夫(34)少年A(18)、少年B(17)}
県「医療相談コーナー」1日平均で24件 県民の不満、不信裏付け
所沢の平塚市長 年末で一時退院

1981年(昭和56)
2月26日(木)ー朝日新聞:「軽すぎる」と被害者同盟 医道審の北野院長処分答申 病院“抗戦”の構え 訴訟がらみ、なお曲折も 開設取り消しには至らず
「再発防止に監督を徹底」畑知事が談話
日付不詳ー新聞不明:“乱診乱療”に怒り新た 富士見病院の実態を知る会 被害者招き、学習会
{4月15日午前10時から、所沢市緑町の新所沢公民館で富士見産婦人科病院被害者同盟の小西熱子代表幹事を講師に招き、公開学習会を開いた。被害者同盟と一般市民の話し合いは初めてのケースで会員約20人が真剣に被害の実態を学んだ。小西さんは【北野理事長から“大変だ。子宮がはれているからすぐ手術しなければダメだ”と脅された。富士見病院がおかしいとわかってからもどうしたらいいかわかず心細かった】など、}
4月20日(月)ー埼玉新聞:富士見病院被害者同盟 第1次原告団を結成
元患者ら57人 慰謝料13億余円を請求。
4月20日(月)ー朝日新聞:富士見病院の元患者ら
来月初め損害賠償提訴
北野夫婦ら相手取り 総額13億5千万円
4月20日(月)ー東京新聞:富士見産科事件 13億円の賠償請求へ 元患者らまず第1次57人
4月20日(月)ー毎日新聞:13億円賠償請求へ 元患者ら57人原告団を結成
4月20日(月)ー読売新聞:慰謝料13億円払え 富士見病院を来月提訴 第1次57人
4月20日(月)ー日経新聞:賠償13億円、請求へ 富士見病院事件 元患者ら提訴決める
4月21日(火)ー朝日新聞:被害者同盟が発言要求 来月新潟で日本産婦人科学会 富士見病院事件 学会、否定的な意向
4月29日(水)ー朝日新聞:日本産婦人科学会 被害者同盟の発言要求 会長が拒否回答
4月29日(水)ー毎日新聞:会員以外の発表ダメ 新潟で開く「日本産婦人科学会」 富士見病院事件 被害者同盟への回答{日本産科婦人科学会会長 竹内正七新潟大学教授}
4月29日(水)ー毎日新聞:検察審査会に申し立て 所沢市長の不起訴
5月01日(金)ー埼玉新聞:富士見病院被害者同盟 13億円の賠償請求へ きょう東京地裁に訴え国、県の責任も含め
5月01日(金)ー毎日新聞:13億円賠償請求へ 富士見病院被害者同盟 きょう国、県も相手に
5月01日(金)ー読売新聞:総額13億8千万円 富士見病院被害者同盟 きょう1次賠償訴訟
5月02日(土)ー朝日新聞:自らの力で真相を 富士見病院を提訴 被害者ら怒り新た 対決 長期・困難は覚悟の上
 あかり消し、応答なし 富士見病院 事実上の“廃院”状態
5月02日(土)ー読売新聞:13億円の賠償請求 富士見病院事件
5月02日(土)ー埼玉新聞:「子持つ喜び奪われた」 富士見病院事件 13億円の賠償請求 元患者らが東京地裁に 国、県の責任も問う
 二次も準備、大型訴訟へ 
原告ー原告団長 松本洋子。埼玉県内の42人、東京都12人、千葉県1人、群馬県1人、沖縄県1人の47人内1人は全摘手術を受けた主婦の夫。残る46人は20代から40代の女性。
被告ー国(厚生大臣)、埼玉県(知事 畑和)、芙蓉会、北野早苗理事長、北野千賀子院長、勤務医 青木保男・手塚一郎・堀八重子・楢林重樹・佐々木京子の医師6名}
5月02日(土)ー東京新聞:民事でも法廷に 富士見産科 第1次57人が提訴 元患者ら 慰謝料13億円を請求
5月10日(日)ー朝日新聞:市民シンポに80人(9日) 新潟 代表招き支援組織 富士見病院事件
5月16日(土)ー読売新聞:理事長との共謀否認 北野院長第2回公判 検察側と真っ向対立{第2回公判 15日13時30分 浦和地裁川越支部 裁判長 宍戸清七}
5月16日(土)ー埼玉新聞:富士見病院事件 千賀子院長公判 共謀めぐり対決姿勢 検察側調書を不同意 争点は職員の証人調べに 地裁川越支部
ベンツで乗りつけ含み笑い 千賀子・・・「真実を話して」との被害者同盟会員の声を聞き、含み笑いを浮かべながら入廷する千賀子被告
5月25日(月)ー読売新聞:乱診乱療の実態続々 所沢で医療告発全国集会{元東大講師 高橋 正、東大病院の本田勝紀医師、富士見産婦人科病院と野村病院(千葉県木更津)の被害者}
5月25日(月)ー埼玉新聞:医師は患者の立場に 医療被害の実態報告 所沢 告発する全国集会開く{第11回 日本の医療を告発するすべての人々のつどい全国集会}
5月25日(月)ー毎日新聞:「富士見病院など徹底追及を」 所沢で“告発する全国集会”
5月30日(土)ー朝日新聞:北野早苗公判 患者証人調べは非公開 準備手続き検察・弁護大筋で合意
6月03日(水)ー朝日新聞:これが富士見病院だ 被害者同盟が文集発行 「病名」宣告に衝撃 「お産無理」と全摘
{富士見産婦人科病院被害者同盟の会員らが体験記をまとめた文集「響(ひびき)」}
6月10日(水)ー朝日新聞(西埼玉版):富士見病院 50年以前の被害者いるのに 古いカルテを破棄
{浦和地裁は9日、富士見産婦人科病院被害者同盟(小西熱子代表幹事)の申し立てにより、所沢市西所沢2丁目の医療法人芙蓉会富士見産婦人科病院で3回目の証拠保全を行った。この日病院内に入った被害者同盟弁護団は手続き終了後、同病院で4月以降、50年以前のカルテを破棄処分にしていたことを明らかにした。弁護団によると、4月に2回目の証拠保全を行った時には、病院内に46、7年ごろまでのカルテがあることを確認したが、この日証拠保全で病院内に入ったところ、50年以前のカルテがなく、病院側は「破棄した」と話したという。医師法によると、カルテの保存義務は5年間と定められており、50年以前のカルテは破棄しても違法ではないが、今後の損害賠償請求訴訟提訴を目指している被害者同盟会員の中には50年以前の患者もいることから、弁護団は「意図的なカルテ破棄だ」と話している。被害者同盟は同病院などを相手取って、総額13億円余りの損害賠償請求訴訟を東京地裁に提訴したが、さらに2次訴訟を予定しており、この日の証拠保全もその準備の一環。被害者同盟はこの日の証拠保全によって、新たに12人分のカルテやX線フィルムなどを確保した。}
6月14日(日)ー産経新聞:富士見病院 北野夫婦、経営から手引く 理事長、院長やめたい 県の事情聴取で表明 故郷に新病院建設か
6月20日(土)ー産経新聞:北野の長女らが無資格で手術手伝う{北野早苗理事長の長女 北野純子(30)・元同病院秘書課長と、千賀子被告の姪 浅岡由理子(26)・元同病院秘書課員)}
6月20日(土)ー毎日新聞:無資格で手術の手伝いや検査 富士見病院事件 2証人、公判で認める
6月20日(土)ー東京新聞:真っ向から供述否定 検察主尋問 北野元秘書課長ら
6月20日(土)ー朝日新聞:「院長指示」認める 北野千賀子第3回公判 めいの浅岡元秘書課員 無資格で心電図 医師の指示で縫合の糸結ぶ 元秘書課長証言
7月03日(金)ー朝日新聞:違反建築部分を改善? 富士見産婦人科病院 所沢市、工事監視へ
7月12日(日)ー埼玉新聞:所沢市民フェスティバル なじまぬ「富士見事件」 実行委 被害者同盟の参加断る
7月12日(日)ー毎日新聞:所沢市民フェスティバル 富士見産婦人科病院の被害者同盟 参加を断られる 「祭りにふさわしくない」と実行委 個人申し込みなら許可
8月07日(金)ー毎日新聞:共同経営者見つけて 「年内にも再建を」 富士見産婦人科病院 債権者会議で表明 北野理事長 「本棟は残し資産は売却」
被害者同盟が来月結成1周年記念大会
8月25日(火)ー読売新聞:“手作り祭り”もめる所沢 富士見病院被害者同盟の参加 “政治的だ”と断り 抵抗感じるのは実行委だけ
{・・市民の間からは「歌や踊り、演劇だけが祭りではない。医療問題もコミュニティーづくりには欠かせない」と実行委の決定に批判の声も出ている}
8月28日(金)ー読売新聞:富士見病院の閉鎖命令継続を 被害者同盟が要望書
8月28日(金)ー埼玉新聞:県に閉鎖命令などの継続要望 富士見病院被害者同盟
8月28日(金)ー朝日新聞:閉鎖と医業停止の継続を知事に要望 富士見病院被害者同盟{埼玉県知事 畑 和}
9月03日(木)ー埼玉新聞:富士見病院事件 傷害で立件起訴を 被害者同盟が申し入れ
9月05日(土)ー埼玉新聞:千賀子は関与せず 富士見病院事件公判 2証人、調書覆す
9月05日(土)ー産經新聞:院長との共謀性は否定 富士見病院事件 第4回公判
9月05日(土)ー東京新聞:院長との共謀を否認 『富士見病院事件』弁護側が反対尋問
9月05日(土)ー朝日新聞:富士見事件公判再開 「院長指示」を全面否認 弁護側の反対尋問 元秘書課長ら2証人
9月05日(土)ー読売新聞:“核心供述”ひるがえす 富士見病院事件公判 元秘書課長ら2人
9月05日(土)ー毎日新聞:富士見病院 第4回公判 元秘書課長ら2証人 院長との共謀否認 無資格検査などは認める
9月07日(月)ー埼玉新聞:富士見病院事件から1年<1>医のモラルとは・・・改めて考える 廃墟と化した病院 北野理事長は強気だが・・・「このままでは引き下がらない」と病院再建に“意欲”をみせる北野理事長=2日病院内で、
9月07日(月)ー産経新聞:“傷害罪適用”は難航 1年たった 富士見産婦人科病院事件1 共謀、口揃え否定 医師5人。膨大な押収資料を分析 最後のツメを急ぐ
9月08日(火)ー埼玉新聞:富士見病院事件から1年<2>医のモラルとは・・・改めて考える 傷害罪は捜査難航か「怖い医療犯罪の温存」。被害者同盟 第2次民事訴訟に取り組む
9月08日(火)ー産経新聞:1年たった2 富士見産婦人科病院事件  北野ファミリーその後 “必ず病院は再建”北野理事長活発な動き
9月09日(水)ー埼玉新聞:富士見病院事件から1年<3>医のモラルとは・・・改めて考える したたかな再建計画 報復策練ったこの1年。病院再開の青写真 「債権者」は同調する
9月09日(水)ー朝日新聞:患者たちはいま>上< 富士見産婦人科病院事件から1年 時効第1号 「傷害罪」決まらず 揺るがぬ被害者の結束
9月09日(水)ー朝日新聞(西埼玉版):怒り渦巻いた『富士見』の1年
9月09日(水)ー読売新聞:富士見病院長 被害者同盟を告訴
9月09日(水)ー東京新聞:事件から1年、巻き返しへ ★富士見病院、名誉毀損で逆告訴
9月10日(木)ー朝日新聞:患者たちはいま>中< 富士見産婦人科病院事件から1年 いまも悩む後遺症物的証拠で勝訴に努力 ある軌跡
朝日新聞: 東京地裁が初めて検証 富士見病院
{所沢市の医療法人富士見産婦人科病院などを相手取り元患者らが起こした損害賠償請求訴訟を担当する東京地裁民事第24部(上田豊三裁判長)は9日、口頭弁論の際の参考とするため、同病院の検証を初めて行った。現在同病院の改装工事が行われていることなどから、「病院の現状が変更される恐れがある」として、原告側の申し立てにより、10月5日の第1回口頭弁論前に行われることになった。上田裁判長は出帳のため欠席したが、宗宮英俊、土屋哲夫両陪席裁判官、同地裁書記官らが検証を行った。これに原告側から、水島正明弁護士ら弁護団と原告代表計9人、それに被告側から病院の訴訟代理人の原則雄、佐藤寛蔵弁護士をはじめ、県や一部医師の訴訟代理人、病院職員らが立ち会った。検証の対象は、超音波断層診断装置と、それが置いてあるME室、理事長室、外来診察室。検証は午後1時すぎから1時間半にわたって行われ、裁判所側が各部屋をみて回って写真撮影や図面作成をしたほか、原告弁護団は理事長室が以前は一時期ME室の隣にあったことなど、過去数年間にわたる病院内の部屋の配置の変化について説明した。}
9月10日(木)ー毎日新聞:あれから1年「富士見産婦人科病院事件」 広がる“医療改善”の輪 軌道に乗らない病院再開 
一患者分は不起訴 北野理事長らの傷害罪「立証は困難」と  東京地裁が検証民事訴訟
[被害者]所沢市文化会館で今月20日、結成1周年を迎える被害者同盟の記念大会が開かれる。ちょうど1年前、同じ場所に“病院糾弾”に集まった女性だけの被害者たちは、いまは医療制度の改善を目ざして全国の医療被害者、医師、医師、医学生、市民たちと歩む市民団体に成長した。「二度と同じ被害を繰り返さないために」を合言葉に、5月には「日本の医療を告発するすべての人々の集い」全国大会を所沢市で開くなど地道な市民運動として定着してきた。被害者同盟の代表幹事、小西熱子(28)は「無我夢中の1年間だった。あの病院の被害者として私たちは事件の当事者の医師が再びメスを振るい北野が病院を再開することは認められない。あくまでも北野たちの傷害罪成立を訴え、事件を最後まで見届けたいし、医療を市民のものにする運動を続ける」と言っている。富士見病院事件はいまだに真相が明らかにされていない。とはいえ千賀子院長が保助看法違反で、起訴段階で医道審議会で医業停止6カ月の処分を受けたこと、医療苦情処理の場が自治体の中に設けられた実績など、事件自体が市民の生活に医療を考える機会を与えたことは間違いない。
[病院再建]病院側は、これまで債権者会議などのたびに「病院再建」を言い続けてきた。負債は金融機関7社で15億円、医療機器リース会社4社で約6億円、一般債権者約4億円の計約25億円といわれている。しかし、金融機関は再建には消極的。多くの銀行は「芙蓉会」や千賀子所有の所沢市内の担保価値の高い土地、清水村雄・同病院専務理事(59)が所有する東京東村山市内の土地を高順位で抵当にとっているからだ。そのうえ、金融機関の場合、利用者から「あの病院を再建させるなんて・・・・」と反感を買った時のダメージも心配というわけだ。さらにある銀行は「再建者を納得させるだけの再建計画が全くない。破産宣告を免れるための口実ではないか」と不信感を持つている。北野ら病院幹部が具体的に再建に走り回ったことはあった。元病院幹部は証言する「東京多摩市の病院経営者との間で共同経営のような話が出て交渉が行われたが、結局けんか別れした。すると今度は、その病院の分院長と共同経営しようという話し合いが出て、一時は分院長が富士見病院に住み医師を3、4人連れてくる手はずにまでいったが、これも最近ご破算になったと聞いている」また別の病院職員は「事件のさ中院長を激励する手紙が何通かあちらこちらの医師から届いたらしく、いまはそうした医師に相談を持ちかけているようだ」と言う。このほかにも是正命令が出ている違反建築の工事も終っていないことや、県衛生部が最近、打ち出した「北野夫婦の理事長、理事からの退陣」の方針で、法人としての芙蓉会の定款変更手続きがとられていないなど、病院再建はなに一つ軌道に乗っていないのが実情だ。このままでは「9月いっぱい休止」を届けた病院は、今月中にも再度、休止届けを書くことになりそう。もっとも、「北野の影がチラついている限り、病院がどんな形で再開されても、患者の足が同病院に向くとはおもわれない」というのが大方の市民の見方。
[元職員]北野夫婦は市内のマンションに同居。事件当時いた4人の勤務医はーーー。元副院長(61)は、4年前前まで勤めていた病院の夜間宿直医として勤務していいるといわれる。また、元医局長(42)は青森県内の市立病院に婦人科医長として勤務。元分院長(53)は岐阜県の辺地にある診療所で“無医地区に来てくれた先生”と喜ばれている。もう一人の元副院長(53)は「船医として船に乗り組んでいる」「夜間専門の宿直医で勤めているの説があるが、はっきりしない。北野ファミリーを中心に結束のあれほど固かった職員も残っているのは数人だけ。ファミリーの中でも、北野のおいにあたる元経理課長のように「死んでも病院に戻らない」と言い切る人すらいる。
9月10日(木)ー産経新聞:地裁が初の現場検証 富士見病院 損害賠償請求の訴えで
9月10日(木)ー読売新聞:富士見病院を東京地裁が検証 13億円の賠償訴訟
9月10日(木)ー産経新聞:1年たった3 富士見産婦人科病院事件 被害者同盟は・・・ 主体的な生き方学ぶ 小西代表「これからも粘り強く運動します」と静かに語る小西熱子代表
9月10日(木)ー東京新聞:傷害罪の立証困難 富士見病院事件 1件の告訴不起訴に
9月10日(木)ー東京新聞:富士見病院を検証 東京地裁
9月10日(木)ー埼玉新聞:富士見産婦人科病院から1年<4>医のモラルとは・・・改めて考える 医療法の根底崩れる 地域に根ざした医療を。 以上、9月10日の東京地裁による現場検証の記事を綜合すると次の如くとなる。
{東京地裁側:宗宮英俊 陪席裁判官、土屋哲夫 陪席裁判官、書記官。原告側:小島正明弁護士ら9人、松本洋子団長ら10人。被告側:県、病院側の弁護士6人、病院職員。山田昌子総婦長が案内役となる。現場検証の目的は10月5日の口頭弁論を前に、ME機械が処分されたり、病院内の改装工事で事件当時の様子が変わるおそれがあることから、事前に裁判所に状況を確認してもらう目的で原告側が申請したもの。1階の受付をはじめ、外来診察室、ME検査室、理事長室などを見て回ったが、問題のME検査室では原告側と弁護団が「北野は49年から52年にかけてME検査室に隣接する理事長室で患者に病名を告げ、入院の指示をしていた」などと同理事長による無資格診察の様子を説明した。またこの日は同理事長がME装置を操作する予定だったが、高圧電源が切られていたためできず。同裁判官らはME機械の配置図や室内の見取り図を書き、写真撮影して約1時間の検証を終った。ー読売ー}
9月11日(金)ー朝日新聞:患者たちはいま>下<富士見産婦人科病院事件から1年 協力要請に壁厚く 「医と政」に不信つのらす 紳士協定
9月11日(金)ー産経新聞:1年たった4 富士見産婦人科病院事件 行政の姿勢 世論の支持で大胆な処断。「法も不備だが、あの種の事件を再発させてはいけません」と語る荻野淑郎県衛生部長
9月11日(金)ー朝日新聞:最終決着までなお曲折 富士見病院事件の現状 捜査注目する患者 進む公判 “北野一家”に乱れも
9月12日(金)ー産経新聞:富士見病院の元患者32人 押収品の返還要求へ 不起訴おそれ 県警に鑑定書公開も
芙蓉会富士見産婦人科病院の北野早苗理事長(56)=医師法違反で公判中=と、妻の千賀子院長(55)=保助看法違反で公判中=らの医師6人を傷害罪で、県警に告訴している同病院の元患者32人は11日、同県警が病院から押収した子宮や卵巣の摘出写真、手術の模様を撮ったビデオテープ約500本など証拠品の返還を求める方針を明らかにした。これはこのほど地検が、狭山市に住む元患者の主婦A子さん(29)について、けん疑不十分で不起訴処分にしたことがきっかけ。元患者らは、これまで何度か県警に「証拠を横取りするな」と返還を求めていたが、今度の処分で、さみだれ式に残る27人(4人はその後、告訴取り下げ)が、証拠不十分で不起訴になることをおそれたため。県警は押収した証拠を、これまで1年間にわたり防衛医大、慈恵医大など5つの大学病院に鑑定を依頼していたが、患者らは、これらの鑑定書の公開も同時に求める。患者側の水島正明弁護士は「このままやる気のない県警に、証拠を保管されたら、全員が不起訴になつて仕舞う.押収品が病院に返還される前に手にいれたい」と話している。
(*保助看法違反=保健婦・助産婦・看護婦法違反)
9月12日(金)ー産経新聞:1年たった5 富士見産婦人科病院事件 福島茂夫県医師会長に聞く 医の信用回復急ぐ 悪質者はどしどし処断。「医師会自らの自浄作用で努力する」と決意を語る福島茂夫県医師会長
9月18日(金)ー読売新聞:富士見病院が内容証明郵便 「告訴と訴訟取り下げよ」被害者同盟の60人に 「切り崩し図る脅しだ」と硬化
9月18日(金)ー朝日新聞:「告訴と民事訴訟取り下げねば 損害賠償求める用意」 富士見病院 被害者同盟に文書
9月18日(金)ー毎日新聞:訴えられた富士見産婦人科病院 1年目の手紙攻勢 「訴訟やめないと賠償請求」被害者同盟50数人に送る
9月19日(土)ー産経新聞:富士見病院元患者との対立激化 同盟あす緊迫の大会 病院側の巻き返しに対処
9月19日(土)ー読売新聞:管理職ズラリ並べたが “休眠”所沢市対策本部 富士見病院事件から1年
9月21日(月)ー朝日新聞:いばらの道に決意新た 富士見病院被害者同盟 障害乗り越えよう 結成1周年連帯の強さを支えに 結論まで1カ月以上 傷害罪 県警、聴取に手間どる。富士見病院事件「徹底追及」を確認 被害者同盟が1周年大会
9月21日(月)ー東京新聞:「富士見事件は地元の恥」所沢市民祭実行委 被害者同盟締め出す 徹底追及を再確認 被害者同盟 結成1周年大会開く
9月21日(月)ー毎日新聞:怒りいまも深く激しく・・・ 被害者同盟1周年大会「結束」呼びかける 病院側の逆攻勢に猛反発 富士見産婦人科病院事件
9月21日(月)ー読売新聞:対応の遅れまざまざ 富士見病院事件から1年 被害者同盟が大会 アピール内容、昨年と同じ
             抗議にもドア閉ざす 大会会場“スパイ騒ぎ”も {大会中“スパイ騒ぎ”の一幕も。詰問する同盟側}
9月21日(月)ー産経新聞:病院の責任追及を確認 今も後遺症の悩み 富士見病院被害者同盟 結成1周年の記念大会 報復措置に負けるな
9月26日(土)ー産経新聞:記者手帳 病院側の巻き返し急 被害者同盟切り崩し狙う 富士見病院事件
9月27日(日)ー産経新聞:指 針 言語道断の術策 浮き彫り醜悪な本性 富士見病院事件から1年
10月02日(金)ー毎日新聞:「障害」成否、個別に判断 富士見病院事件 告訴捜査、越年か 埼玉県警
10月03日(土)ー朝日新聞:検察側、新事実で“攻勢”富士見病院千賀子公判 証人・理事長に迫る 自白・手紙で“診断”固め 来月6日、弁護側の反対尋問
浦和地裁川越支部を出る北野早苗=川越市宮下で
{検察側尋問
検察:「超音波診断装置の深触子を腹部に走らせる際のあなたの方式は」
   「どんな種類の方式があるのか」
   「超音波検査の文献はどんなものを読んだか」
北野:「学問的には忘れました」超音波検査の際「カルテを見る場合と見ない場合がある」としながらも「カルテが読めない」と述べた。超音波写真のコピーの余白に詳細な病名を記入し、医師に回していたことについては、
北野:「そうした“情報”を記載しないと、(うちの病院の)医師には写真の読み取りは難しいと思う。
   と述べたかと思うと、
北野:「非常にすばらしい写真だというのが医師たちの反応だった」
   と、時折、矛盾した証言もあった。検察側は北野早苗理事長の“診断”を裏付ける目的でいくつかの真実を明らかにした。たとえば、結局ポストには入れられなかったが、小学校時代の恩師にあてた手紙の草稿。検察官は一部を朗読させた。
北野:「私は超音波学の博士号を取り、この10年来、毎日この機械で診断をしています」との趣旨。
   また、「超音波診断装置」と印刷されてあり、超音波検査室の近くに「超音波診断センター」と書いた看板をかけていたこと。
   早苗理事長は「事務職員のつくったものだ」「診断ではない」との答えを繰り返した。
   この“診断”をめぐっては、千賀子院長が文芸春秋5月号で「超音波断層装置であって、診断装置ではない」と強調している。
次回公判は11月6日午後1時半から、弁護士の反対尋問が行われる。}
10月03日(土)ー朝日新聞:理事長に医師資格者 県議会で部長答弁 医療法人を指導中
10月03日(土)ー読売新聞:「記憶にない」を連発 富士見病院事件 証人の北野理事長
10月03日(土)ー埼玉新聞:ME検査“院長の指示”を否定 検察側主尋問に反論 北野千賀子第5回公判 理事長が強気の証言。富士見病院が再び休止届ー10月31日までの病院休止届を提出、同保健所もこれを受理した。(病院閉鎖命令6カ月間が8月で切れ、9月31日まで休止届)「捜査段階の供述は検察に迎合した」北野 北野院長が反訴 元患者3人を名誉毀損で
10月03日(土)ー東京新聞:『ME』の共謀を否認 「富士見病院事件」公判 理事長が証人で出廷
{所沢市の医療法人芙蓉会「富士見産婦人科事件」で、・・・・検察側の主尋問が行われた。この中で、早苗被告は無資格で超音波診断装置(ME)の操作をした事実は認めたが、千賀子被告からの指示で行った事実を立証しようとする検察側の尋問にたいして「ME管理担当医師からの指示にしたがったもの」と千賀子被告との共謀性を全面的に否認。「主治医、管理担当医師のサインがあるものについて検査をすると言ったが、なかには管理医師のサインがないME連絡票がある」との検察側の証拠を示しての追及にも「何千枚になかにはたまたまサインがなかったからといって、それがすべてではない。全部見ればわかる」と切り返した。またME検査後、子宮筋シュや断層ノウシュなどと書いているが、これは診断にはならないのか」との追及には「MEから得た情報である」と本人の罪に触れる部分だけに「私の公判の時にはっきりさせる」と証言を拒否。さらに「取り調べのなかで診断をして申し訳わけないと言ったがーー」など検察調書の内容に対しても、「警察、検察庁で無理やり証言させられた」と、これまでの証言を覆すなど、最近の病院側の巻き返しを裏付けるような強気の姿勢に始終した。次回は11月6日午後1時半から、早苗被告に対する弁護側の反対尋問が行われる。}
10月03日(土)ー毎日新聞:捜査段階での供述覆す 富士見産婦人科病院事件公判 証人で出廷の北野理事長 「MEの診断結果、本当は患者に告げたことはない」
10月04日(日)ー読売新聞:“被害者”を逆に訴え 富士見病院 北野院長 「名誉傷つけられた」
10月04日(日)ー朝日新聞:富士見病院 月末まで休止届 再開時、早苗は退陣
10月04日(日)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院事件の1年 捜査難航、病院側の逆襲 医療界の厚いカベ 乱診乱診へ警鐘役は果たすーサンデーレポート
10月06日(火)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院賠償訴訟第1回口頭弁論 満員の傍聴席からすすり泣き 「三姉妹、子宮、卵巣とられた」 涙をこらえ切々と。原告団長 松本さん  「いずれシロが証明}病院側が反論。{原告団団長 松本洋子、東京地裁民事第24部 上田豊三裁判長}
10月06日(火)ー埼玉新聞:富士見病院損害賠償訴訟始まる 乱診乱療の“故意”を主張 “私たちに時効はない”今も後遺症に苦しむ 涙ながらの訴え
10月06日(火)ー産経新聞:佐々木医師をなぜ採用 あす三沢へ抗議行動 富士見病院の被害者同盟
{所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院の元患者で結成された被害者同盟(小西熱子代表幹事、270人の代表5人)は、明日7日、同病院の元医師で現在青森県・三沢市立病院産婦人科に勤務している佐々木京子医師(43)=保険の不正請求で県の戒告処分=に抗議する為、三沢市に向け出発する。同盟はこれまで佐々木医師の就職を同病院に世話した品川信良・弘前大医学部教授や同医師の母校である同大医学部自治会などへ「埼玉県で処分された医師を青森県は公務員として採用している。乱診乱療であれだけ騒がれた医師をなぜ就職の斡旋したのか」などという質問状を出していたが品川教授から「私が彼女を再教育する義務がある」という内容の返事がきていた。しかし同盟は「処分を受けた医師を公務員として採用させたのは、道義的にもおかしい」と、さらに同病院事件の実態が地元によくしられていないのではないか」という考えからこんどの抗議行動へ踏み切った。現地では一部市民の支援グループと合流し約一週間の予定で、青森県、三沢市、弘前大学医学部を訪れ、抗議行動を繰広げる。なお、同病院の堀八重子医師(52)は、4月から無医村である岐阜県加茂郡七宗町の七宗診療所に勤務しているが、保険医の取り消し処分を受けた青井保男医師(52)と手塚一郎医師(61)は依然勤務先は不明で、同盟は「彼らが再びメスをもっているなら、どこへでも抗議に出掛ける」と強気な姿勢を見せている。}
10月06日(火)ー朝日新聞:冒頭から真っ向対立 富士見病院訴訟初の口頭弁論 治療の適否争点に 被告側、徹底抗戦の構え 攻勢への誓いも新たに 原告側 拍手の中、報告集会
10月07日(水)ー読売新聞:元医師の勤務先に抗議 富士見病院被害者同盟。{佐々木医師はさる3月1日弘前大医学部附属病院産婦人科に医員として勤め、7月1日、三沢市立病院に採用された。三沢市長 小檜山哲夫。}
10月08日(木)ー東京新聞:被害医者代表訴える 乱診医師の就職先訪問 富士見病院事件{三沢市立病院 中村義弘院長}
10月08日(木)ー毎日新聞:富士見産婦人科 「病院再開許可するな」 日本不婦人会議県本部 知事に申し入れ 医師受け入れた三沢市に抗議。{日本婦人会議県本部 野口政子議長}
10月08日(木)ー読売新聞:富士見病院再開許すな “産科110番”申し入れ
10月08日(木)ー朝日新聞:被害者救済せぬ富士見病院 医療再開を許すな 日本婦人会議 知事に申し入れ
11月05日(木)ー日経新聞:「傷害罪」の立証できず 富士見病院事件 県警に医療行為の壁 時効迫る3件を書類送致へ
11月05日(木)ー朝日新聞:富士見病院告訴 3人が年内に時効 「傷害」立証困難か 県警週内にも「分離送付」
11月07日(土)ー読売新聞:検察反問に「記憶にない」富士見病院公判 ME指示で北野理事長
11月07日(土)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院事件「ME操作は医師の指示で」 北野早苗が再び証言
11月07日(土)ー朝日新聞:富士見病院 千賀子公判 「ME医師 名目だけ」 検察、早苗証言を覆す ヤブヘビになった弁護士側尋問 早苗証人「私淑した医師」間違える。
{この日の弁護側反対尋問の中には「あなたが撮影したME写真をよく撮れているとほめた医者がいるということだが、その医者はだれか」といのもあった。これに対して北野早苗証人のあげた医者の名前は、日赤医療センター院長で東大名誉教授の小林隆氏と元横浜市立大学学長の梅沢実氏。証言によると、両氏は病院を訪れ、ME室内で早苗証人のME操作を見て、ほめたこともあったという。小林氏は学界の最高権威とされ、美智子妃殿下の主治医としても有名。同病院では、この2人をはじめとして、著名医学者や医事評論家の名前を「顧問」として病院のパンフレットに印刷するなどしていた。このため、富士見産婦人科病院事件発覚後は「病院の宣伝に有名教授らが一役買っていた」と物議をかもし、被害者同盟が責任追及の公開質問状を小林氏らに送り付ける一幕もあっただけに、傍聴席では、久々に小林氏らの名前を聞き、思わず顔をあげる傍聴人の姿もみられた。早苗証人の撮影したME写真については、昨年9月、順天堂大学と防衛医大の専門医が「撮影の基本も守っておらず、ほとんど解読不可能である」という趣旨の鑑定結果を埼玉県警に出している。また、弁護側は「超音波検査を勉強するためにどんな本を読んだか」とも聞いた。この質問をしたのは、前回の公判で同じことを検察側が聞いた際、早苗証人が具体的な本の名前をあげられなかったため、とみられるが、早苗証人や弁護側のあげたのは、順天堂大の「若井」教授や、竹内「教授」の本。ところが、これは、「和賀井」と竹内「講師」の誤り。検察側はすかさず再主尋問に立ち、「私淑した先生の名さえわからないのですか」とチクリ。この反対尋問は、結局“ヤブヘビ”の形となった。}
11月07日(土)ー埼玉新聞:北野、新事実にたじろぐ  検察側 管理担当医の指示なし 富士見病院事件公判 ME連絡表で追及 病院再開反対で署名運動 被害者同盟
11月07日(土)ー東京新聞:“新証拠”に動揺 富士見病院事件 しどろもどろ早苗証人
{所沢市の医療法人芙蓉会「富士見産婦人科病院事件」で、夫の同病院理事長北野早苗被告(56)=医師法違反で公判中=や、女子職員に無資格無資格検査などをさせていたとして保健婦・助産婦・看護婦法違反に問われている同病院長北野千賀子(55)=所沢市西所沢2ー1ー13=に対する第6回公判が6日午後1時半から、浦和地裁川越支部(井田友吉裁判長)で開かれ、早苗被告が検察側証人として出廷した。この中で、早苗被告は千賀子被告からの指示で超音波診断装置(ME)を無資格操作したとされている起訴事実に対し「主治医と私の間にはME管理担当医師がおり、担当医からの指示」と、これまで通り千賀子被告との共謀性を全面的に否認した。しかし、検察側は「管理担当医師からの明示はME指示票にあるサインによって裏付けられている」とする、早苗被告に対し、ME指示票の前に使用されていた48年から53年までのME連絡票を提出、この連絡票には早苗被告の言うサインが一つも無く、主治医と早苗被告との間に管理者担当医の存在が無かったことを明らかにした。この“新証拠”を基にした検察側の追及に早苗被告はしどろもどろ、問題をすらしたりするなど心の動揺は隠せず、弁護人の尋問に対してもうわの空で「なにを聞いているんだ、君は」と弁護士にしつ責される一幕もあった。}
11月07日(土)ー産経新聞:ME使用めぐり検察側反論
{所沢市の富士見産婦人科病院事件で保健婦・助産婦・看護婦法違反に問われている同病院院長・北野千賀子被告(55)・・・・・中省略・・・・これに対し検察側は48年9月7日から53年12月19日までの間使用したME連絡票を示し「管理担当医師がサインしたものは1枚もない」と、被告・弁護側の主張を突き崩し、北野理事長はただ「私は医師の指示に基づいて行った」と繰返し、「医師に聞いてくれ」と答弁をしていた。次回、12月4日午後1時半からは、同病院の元臨床検査技師、大崎慶太郎さんの検察側証人尋問が行われる。}
*1973年(昭和48年)9月7日(金曜日)、1978年(昭和53年)12月19日(火)ーこの日は、大平正芳首相が暴走族で、元国士館大学生 国防青年隊員の広瀬純生純夫、21歳)に首相公邸内で襲撃されている。
11月08日(日)ー埼玉新聞:富士見病院事件 傷害罪立証は困難 県警 3人分を書類送付へ
11月08日(日)ー読売新聞:富士見病院再開「県は許すな」 被害者同盟が署名運動
11月10日(日)ー朝日新聞:年内時効を送付 富士見病院事件「告訴人」
11月10日(日)ー埼玉新聞:富士見病院告訴事件 傷害罪立証できず 地検に書類を送付 県警 残る28人は年内に結論
              「体験手記」呼びかけ 所沢 作家の高橋玄洋さん
11月10日(日)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院の無実訴え “居直り”黙認できない テレビドラマ作家、高橋玄洋さん 元患者の手記を集め文集発行へ
11月11日(月)ー毎日新聞:3回目の休止届 富士見産婦人科病院
11月18日(水)ー毎日新聞:所沢「再開反対」で街頭署名 富士見病院被害者同盟 市民の反応鋭く
11月18日(水)ー埼玉新聞:街頭署名に乗り出す 富士見病院事件被害者同盟 病院再開反対を県に訴え
11月18日(水)ー朝日新聞:再開に反対し署名 富士見病院被害者同盟 1万人めざし運動
11月24日(火)ー日刊新民報:富士見病院事件の体験を 高橋玄洋氏が手記発行 「被害未遂者手記文集」についてのお願い 高橋玄洋
11月25日(水)ー朝日新聞:「富士見」告訴 分離の3人不起訴 地検「客観的な資料なく」
11月25日(水)ー埼玉新聞:浦和地検 3人分を不起訴処分 富士見病院事件 傷害罪立証できず 納得できない 小西熱子被害者同盟代表幹事の話
11月25日(水)ー東京新聞:立証に厚い医学の壁=富士見産婦人科事件 理事長らの傷害罪不起訴処分=分離送付にも問題 反発強める被害者同盟
11月30日(月)ー朝日新聞:富士見病院事件 大半が「手術不要」全摘臓器40人分を鑑定
{埼玉県所沢市の医療法人芙蓉会富士見産婦人科病院事件で、埼玉県警は病院から押収した全摘患者40人の子宮と卵巣やカルテ類について5機関の専門家に手術の適否や病変の有無について鑑定を依頼しているが、このうち全摘臓器40人分の「病変の有無」については、大半が「健康な臓器」だったことが29日までの朝日新聞の調べでわかった。・・・中省略・・・県警は同病院の捜査で、昨年9月下旬までに病院に残されていた入院患者のカルテ、手術で切除された卵巣の一部87個、全摘臓器(子宮、卵巣)40人分、超音波断層写真約200枚、手術を記録したビデオカセット500本を押収。「患者の手術の妥当性」「摘出臓器の病変の程度」など傷害罪の裏付けのため、カルテと臓器類の鑑定を埼玉県内の大学病院など5機関の臨床医(産婦人科)、法医、病理の各専門家に依頼していた。全摘臓器については、複数の医師の肉眼による鑑定を経たうえ、専門医が臓器の切片の標本を作り、6カ月がかりで病理学的な鑑定に当たった。その結果、カルテなどの鑑定を行った医師らの多くが、記載内容から見た限り手術はやむを得ない、など医師の裁量権を尊重した見方をしているのに対し、臓器の病変の有無を調べた医師は、全摘臓器40人分の大半について「手術は必要はなかった」との判断を下していたことがわかった。この鑑定対象となった患者は、東京と福島県の2人を除き埼玉県在住の主婦で平均年齢は38歳。北野院長ら同病院の4人の医師から、ほとんどが「子宮筋腫(しゅ)と卵巣のう腫」と診断され、全摘手術を受けていた。また、中には「子宮筋腫」だけの診断で、子宮とともに卵巣まで切除された患者が5人含まれていた。}
12月01日(火)ー朝日新聞:富士見病院事件 第3次告訴も検討 臓器鑑定で確信 被害者同盟弁護団が方針「カルテに優先」「問題にならぬ」病院側弁護士
12月02日(水)ー朝日新聞:傷害罪立件要請へ 富士見病院被害者同盟「鑑定結果」てこに
12月04日(金)ー読売新聞:富士見病院の摘出臓器 過半数に「病変」あり 3大学の鑑定結果
{【所沢】埼玉県所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院の無資格診療事件で、埼玉県警は、病院から押収した40人分の摘出臓器(子宮、卵巣)を防衛医大など3大学に送り、病変の有無、手術の適否について鑑定を依頼していたが、3日までに、臓器の過半に病変が認められ、病変がみつからなかった臓器についても、すべてが患者からの異常出血などの“愁訴”があったもので、手術が不要だったとはいえないーーという鑑定結果を得た。これらの鑑定結果は北野早苗理事長(56)(医師法違反で公判中)と妻千賀子院長(55)(保助看違反で公判中)ら医師6人を傷害罪で告訴している元患者32人のもは全く含まれていないが、県警はこの鑑定結果を踏まえたうえで、すでに不起訴処分になっている4人を除いて28人の告訴についても「傷害罪の立証は困難」と判断、その旨の意見書を関係書類に添えて、早ければ年内に浦和地検に一括送付する。同県警では押収した摘出臓器のうち、腐乱して鑑定ができないものを除いた40人分の臓器の切片の標本とカルテなどを、防衛医大、慶応大医学部、埼玉医科大学の法医、産婦人科臨床医の専門家に送り、鑑定を依頼していた。ただ、本来ならすべの臓器に病変が認められるはずのものが、鑑定の結果かなりの臓器に病変がなかったということは、同病院の医療実態を浮き彫りにしたとも言えそう。鑑定結果について被害者同盟の小西熱子代表幹事は「ほかの人と協議してからでなければ一切コメントできない」といっている。}
*愁訴(しゅうよ):苦しみや悲しみを歎いて訴える。また、その訴え。「不定愁訴」
12月05日(土)ー読売新聞:逆告訴で初の現場検証
12月05日(土)ー朝日新聞:証人が病気で院長公判延期{浦和地裁川越支部・・・もと同病院検査技師大崎慶太郎氏が病気のため、延期された。}
12月06日(日)ー朝日新聞:「捜査資料明らかに」富士見病院被害者同盟 県警本部長に要望
12月11日(金)ー日刊新民報:富士見産院事件 元患者の切実な声を 高橋玄洋氏が「手記」を出版。{「一市民としての立場でこの作業をすすめているのだ」と同氏は語った。締め切りは今月末日まで。原稿は3枚を基準にするが、増えてもかまわないとのこと。送り先=所沢市山口877(現小手指台15番地13号) 高橋玄洋宅まで}
12月17日(木)ー産経新聞:捜査、越年の見通し 富士見病院の傷害告訴事件
12月26日(土)ー埼玉新聞:富士見病院再開阻止を 被害者同盟 署名添え知事に要請
12月26日(土)ー朝日新聞:「納得できぬ再開」富士見病院被害者同盟 知事に署名簿提出 畑知事に病院再開反対署名を手渡す小西熱子代表幹事と松本洋子原告団長
12月26日(土)ー産経新聞:富士見産婦人科病院の再開 行政指導でやめさせよ 被害者同盟が県へ要望「責任とっていない」

1982年(昭和57)
01月12日(火)ー埼玉新聞:カルテ分析 富士見病院事件「傷害行為は明らか」被害者同盟医師団、県警に意見 摘出臓器の重さ軽い 患者の年齢、若年に集中
{所沢市の富士見産婦人科病院事件で、元患者のカルテなどの分析を進めていた同病院被害者同盟(小西熱子代表幹事)の医師団(代表・本田勝紀東大病院医師)は「医学的、統計的にみても傷害行為であった」との結果を意見書としてまとめ、11日、本田医師と小西代表幹事ら3人が県警保安課と浦和地検を訪れ、傷害罪適用のための参考資料にして欲しいと提供した。このまとめは、被害者同盟が民事訴訟を起こす際、証拠保全として同病院から得た元患者のカルテ120例のうち子宮と卵巣の摘出患者78人の中で摘出臓器重量の記載のあった68例について分析したもので、東京都内のA民間総合病院で取り扱った54年から3年間の285例と比較している。分析は摘出子宮の重量や患者の年齢比較などについて行っており、年齢比較では、A病院は45~49歳をピークに山形になっているのに富士見産婦人科病院では、10歳若くずれて35~39歳がトップ。子宮の重量の比較でも、総重量の平均でA病院が328グラムだったのに対し、富士見産婦人科病院では119.6グラムしかなく、特に年齢と重量の関係で、A病院の場合、29歳までの若い人に平均1500グラムの巨大筋腫があったのに続き45~49歳380グラム、35~39歳275グラムなどの順だが、富士見産婦人科病院では、35~39歳の120グラムが最高で、あとは平均100グラムちょっとにとどまり、両病院の間では圧倒的な差がみられたとしている。これらの分析結果から、本田医師は「医学会の常識では無症状の子宮筋腫の摘出基準は内診上、こぶじ大(200グラム)以上とされており、血液検査の分析結果や患者が若年に集中していることなどから傷害行為であったと判断するしかない」と結論し、「今後、患者個人のケースについて分析を加えていきたい」と話している。}
01月12日(火)ー産経新聞:分析資料を県警に提出 富士見病院事件 被害者同盟の医師団
01月12日(火)ー東京新聞:医師に傷害罪適用を 富士見産科病院事件 被害者同盟が意見書
01月13日(水)ー産経新聞:来月中旬再開めざす 富士見病院 近く新理事を選出
01月13日(水)ー読売新聞:富士見病院「来月再開」と強気 違法建築の改善終わる
01月13日(水)ー埼玉新聞:違反建築是正を確認 富士見病院 病院再開へ準備急ぐ
01月13日(水)ー朝日新聞:富士見病院 違反建築改善を終了「再開へ向けての第1段階」
01月17日(日)ー朝日新聞:富士見病院事件・北野千賀子の公判 元勤務医を証人尋問 検察立証 ヤマ場 病院のシステムを解明
01月18日(月)ー読売新聞:富士見病院 私費請求、異常に多い 保険上回る分返せ 県にも見解を求める 被害者同盟。{結成3周年総会の後でデモをする被害者同盟}
01月18日(月)ー朝日新聞:富士見病院 患者への私費請求 被害者同盟医師団が調査 保険きく薬や検査
01月18日(月)ー毎日新聞: 富士見産婦人科病院事件 傷害罪適用に集結を 被害者同盟が総会、デモ
01月18日(月)ー産経新聞:富士見病院 再開阻止を訴え 被害者同盟が総会とデモ
01月18日(月)ー埼玉新聞:「病院再開阻止」熱っぽく 富士見病院被害者同盟 今年初の総会開く 患者に高値投薬も 支援医師団が報告
01月29日(金)ー朝日新聞:富士見事件公判の千賀子 メモする手震えて 被告に打撃の証言 主張、全面的に覆る
01月29日(金)ー朝日新聞:「無資格検査、院長が指示した」富士見病院事件公判 元副院長ら2人が証言
01月29日(金)ー埼玉新聞:北野一族の証言崩れる 富士見病院公判 元副院長が証人出廷 ME操作 蜜室の指揮者は早苗 「担当医の指示」否定
{所沢市の医療法人芙蓉会富士見産婦人科病院事件で、保健婦・助産婦・看護婦法違反に問われた同病院院長、北野千賀子被告(55)に対する第7回公判が28日午後、浦和地裁川越支部(井田友吉裁判長)で開かれ、検察側証人として出廷した元同病院副院長、青井保男(53)=東京都新宿区西早稲田2ー17ー11=と同手塚一郎氏(62)=東京都港区六本木1ー5ー1=両医師がそれぞれ、ME(超音波診断装置)操作、心電図検査などについて証言、千賀子被告ら北野ファミリーが同公判で築きあげた「責任は主任担当医師にある」、「院長指示はなかった」などを全面的に否定し、院長指示による無資格者医療行為の組織化、主治医としての千賀子被告の指示などを具体的に証言した。また夫の北野早苗理事長(56)=医師法違反で公判中=が「ME操作は主任担当医の指示で行った」との証言に対しても、担当医は同理事長の単なるロボットであったことを繰り返した。次回公判は2月25日午後1時半からで、青井証人ら2人に対する弁護側の反対尋問が行われる。
千賀子被告に対する公判の最大のポイントは、ME、心電図検査の無資格者医療行為に対する千賀子被告の責任の所在、院長または医師としての同被告の具体的な指示の存在などにあるわけで、これに対して、千賀子被告は昨年3月に初公判の罪状認否で、無資格者であることは認めたものの、指示については否認、責任を病院組織としての主任担当医に押し付ける発言をし、さらに早苗理事長、北野純子元秘書課長(31)、浅岡由利子元秘書課長(27)らも千賀子被告の擁護に始終した。最初に証言台に立った青井証人は、仲田章検察官の主尋問に対して一貫して落ち着いた態度で、ハキハキと答え、ME検査という「密室」での早苗理事長の存在を証言した。それによると、青井証人が就職した46年8月ごろはME装置は1台だったが、早苗理事長が逮捕された55年9月ごろは6台にふえていた。早苗理事長がME装置を担当するようになったのは千賀子被告が医局会議で「MEは理事長にやらせる、それでいいですね」と発言があったからで、無資格は知っていたが反対しなかった。ME操作を理事長以外の人がやったのは知らない。主任担当医といっても立ち合ったのは10回ぐらい、それも実像を見たいと思ったときか、ひまなときぐらい。担当医として早苗理事長を監督指示したことはない。自分が担当した患者でMEが必要と判断した場合は最初は連絡票、その後は指示票に操査臓器個所などを記載して検査室に送ったという。早苗理事長が「ME操作は主任担当医の指示で行った」と証言していると、仲田検察官が指摘したのに対して、青井証人は、指示表に「Y・A」のサインがあるのは私が指示表を見た、というていどのもので、患者の診察もしていないのにME指示ができるはずがない。ME指示は主治医が決めることで、千賀子被告も主治医として指示していると答えた。さらに担当医が手塚証人と交代したいきさつについて千賀子被告から早苗理事長逮捕後に「ニセ医師と疑われては困るから手塚先生をME室にいれた」といわれた、と内幕の一端をのぞかせた。また、ミネソタコード心電計による心電図検査については、浅岡元秘書課員に担当させたのは千賀子被告の指示によるもの。同検査は医師指示録によってそれぞれの主治医が指示し、検査に医師が立ち合ったことはなく、管理医師も検査後のデーターに基づくサインという事後管理だったと思うと証言した。一方、手塚証人の証言は、仲田検察官の尋問に対して「それは違う」など青井証言を上回る迫力があった。早苗理事長がME操作をしたが、米国で修業したというので資格は持っていると思った。54年6月にME室に入ったのは千賀子被告から医局会議で指示されたからで、同被告はこのときMEは医師の立ち会いがないとまずい、女医は機械に弱いので、運転免許証を持っている先生は機械に強い、操作はそのうち覚えてもらえばよいので、立ち会うだけでよい、などといった。立ち会うだけというので主任担当医になったが、操作したことはなく、立ち会うだけ。雇われ医師が理事長を監督する立場ではない。ME指示表にサインすることは、仕事が終った後、秘書課から回ってきたものにサインするだけ。主任担当医の組織はあっても指示するのは主治医だ。心電図検査を浅岡元秘書課員にしたのは、千賀子被告の指示によるもので、同被告から指示されて心電図検査の方法を指導したことはある。初めての医師証言となった公判法廷だったが、千賀子被告は紺のツーピースで出廷、証言台から1メートル離れた席に座り、次々とくつがえされていく証言に耳をかたむけ、熱心にメモをとっていた。それにしても2人の元副院長が、出、退廷するときに裁判官に頭を下げるものの、院長に対しては目もくれなかったのが印象的だった。}
01月29日(金)ー読売新聞:「指示は千賀子院長」富士見病院公判 医師が内情を証言
01月29日(金)ー読売新聞:富士見病院事件公判 “北野一家”に強烈パンチ「事後に署名した」 両元副院長が“爆弾発言”
01月29日(金)ー産経新聞:富士見病院事件公判 北野の証言覆す 元副院長主張 管理担当は形式だけ
02月02日(火)ー埼玉新聞:北野が病院再開の書類請求、拒否される 所沢保健所で
02月03日(水)ー埼玉新聞:所沢の富士見病院 再開の意志を表明 県は再検討を指示 内容に不備や問題点。県への働きかけ強化したい 被害者同盟の小西幹事
02月03日(水)ー読売新聞:新経営陣を決める 富士見病院 再建に向け動きだす
02月03日(水)ー朝日新聞:富士見病院 再開手続きを打診 議事録示す 保健所受け取り拒む
02月05日(金)ー産経新聞:富士見病院 再開を認めるな 被害者同盟申入れ 行政指導し対処と県
02月06日(土)ー東京新聞:北野理事長が証言 元副院長の公判出廷
{所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院事件で、県から保険医登録取り消し処分を受けた元同病院副院長 手塚一郎医師(62)=東京都港区六本木1ー5ー1=が、処分取り消しを求めた行政訴訟の第5回口頭弁論は5日、浦和地裁第1民事部(高木績夫裁判長)が開かれ、北野早苗病院理事長(56)=医師法違反容疑で起訴、公判中=が、原告側証人として出廷した。手塚医師は、北野が無資格と知りながらME(超音波断層診断装置)操作をし、患者に結果を説明していたことなどを放任していたとする県の処分理由にある放任の事実はないと主張していた。北野は公判で、手塚医師は54年1月に同病院に就職後、間もなく北野のME操作に立ち会うようになった。また、北野が書いた所見に手塚医師は目を通していたなどと手塚医師の主張を裏付ける証言を行った。}
02月09日(火)ー産経新聞:富士見病院問題 再開めぐり新たな波紋 “健保請求に疑義” 被害者同盟 県に公開質問状提出 判断迫られる県当局
02月09日(火)ー読売新聞:「監査結果の公表を」 富士見産婦人科病院被害者同盟 県に公開質問状
02月11日(木)ー朝日新聞:富士見病院 5度目の休止届
02月23日(火)ー朝日新聞:富士見病院再開めぐる攻防 県、北野夫婦抜き主張 対応策迫られる病院側 ニュース表と裏
02月26日(金)ー朝日新聞:富士見病院・北野千賀子の公判 被告自ら反対尋問 裁判長たしなめる一幕も
02月26日(金)ー毎日新聞:MEや心電図検査 「院長が操作を指示」 富士見産婦人科病院事件公判 元副院長が証言
02月26日(金)ー産経新聞:“院長指示”崩せず 弁護側 質問も堂々めぐり
02月26日(金)ー読売新聞:「ME担当は形式だけ」富士見病院事件公判 元副院長、再び強調
02月28日(日)ー埼玉新聞:傷害罪で第3次告訴 富士見病院事件 元患者の主婦ら3人
03月10日(水)ー毎日新聞:富士見病院再開へ布石?乱診事件 定款変更を申請
03月14日(日)ー朝日新聞:2医師、傷害で書類送検 富士見病院事件 正常臓器摘出の疑い 埼玉県警 鑑定結果“クロ”「合理的証拠、集めきれず」起訴は微妙。解説 決めては押収臓器{2医師とは、青井保男元副院長、佐々木京子元医局長}
03月15日(月)ー埼玉新聞:富士見病院事件 捜査陣、苦しい送検 頼みは「臓器鑑定」1年6ヵ月“白い巨悪”に挑む “やるだけやった”・・・と本部長{近藤一郎県警本部長、江原政義防犯部長}
03月15日(月)ー読売新聞:立証に“医療の壁” 富士見病院傷害の容疑「濃厚だが・・・・」と県警
03月15日(月)ー毎日新聞:「よかった」と被害者 富士見病院2医師送検 民事訴訟へ影響。解説 医師の犯罪に厚い壁 富士見産婦人科2医師送検 検察、できるか起訴。乱診“富士見”ついにメス 医師送検 「主張認められた」涙ぐむ被害者同盟の主婦。富士見産婦人科病院事件 傷害で2医師書類送検 埼玉県警「3人の正常な臓器摘出」。{近藤一郎同本部長、江原政義防犯部長、朴沢明男刑事部長、石坂栄治保安課長ら6人}
03月15日(月)ー埼玉新聞:元副院長ら傷害罪で書類送検 所沢の富士見病院事件 3件立件 医学界に衝撃 臓器には病変なし “手術は必要なかった” 
03月15日(月)ー日経新聞:傷害罪で書類送検 医師2人「不要の手術」富士見病院事件で県警
03月15日(月)ー朝日新聞:苦渋の結論 被害者に励み 富士見病院事件 県警捜査ピリオド 最大限の努力強調 本部長“医の壁”を痛感被害者同盟 2人の送致を評価「賠償訴訟に大きな力」 割り切れぬ思いは残る 高橋玄洋さん
03月15日(月)ー産経新聞:決着に一抹の懸念 問題残す傷害罪の立証。富士見病院 元副院長ら傷害で送検 埼玉県警 治療行為外れた疑い
03月16日(火)ー東京新聞:2医師の起訴要望 富士見病院被害者同盟 地検などに申し入れ「医師が否認して立証不可能というなら120%の証拠が必要」と記者会見する富士見産婦人科病院被害者同盟の幹部(左が小西代表)県警記者室で
03月16日(火)ー読売新聞:地検「慎重に結論出す」傷害で書類送検 富士見病院2医師
03月16日(火)ー埼玉新聞:再開を許さないで 富士見病院被害者同盟 県警や当局に申し入れ
03月16日(火)ー毎日新聞:玉虫色の送検内容 富士見事件検証 犯意立証に苦しむ 摘出臓器に正反対の鑑定も 「立件困難」と地検に送付 被害者同盟「病院ぐるみ犯罪」を追及
「立件困難」と地検に送付 千賀子院長の告訴を県警が{なお、県警は14日、北野千賀子前院長が被害者同盟の小西代表幹事ら5人を名誉毀損で県警に告訴したことについて「立件するのは困難」との関係書類を浦和地検に送付した。告訴状によると、同盟幹事らは56年3月6日、千賀子院長を中傷するビラを、同院長宅の窓ガラスに張るなどして同院長の名誉を著しく傷つけた、という内容。}              
03月16日(火)ー朝日新聞:富士見病院 医師2人起訴を 被害者同盟地検に要望「病院ぐるみ」主張 病院再開阻止 県へ更に要望
03月17日(水)ー読売新聞:『医療の壁』は厚かった “予防措置”覆せず 富士見病院事件 傷害罪立証は困難
03月17日(水)ー毎日新聞:富士見事件検証(中)苦しい病院再開阻止 「合法なら断れぬ」県 送検は小さな“助け舟”か
03月18日(木)ー毎日新聞:富士見事件検証(下)厳しさます県民の目 総医療費の伸びもダウン 注目される地検の判断
03月21日(日)ー読売新聞:県警の結論、極めて不満 今週の顔。元患者らの傷害罪告訴を“立証困難”とされた芙蓉会富士見産婦人科病院被害者同盟代表幹事 小西熱子さん29
03月22日(月)ー朝日新聞:再開反対で市民集会 富士見病院事件 250人がデモし訴え。「再開反対」のシュプレヒコールする被害者同盟のデモ隊{内田剛弘弁護団長}
03月22日(月)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院 手術を免れた元患者の手記「もう少しで私も」出版。放送作家・高橋さんが呼びかけ 35人が体験切々と。医師らを傷害罪で起訴せよ」被害者同盟が市民集会
03月24日(水)ー読売新聞:富士見産婦人科事件で所沢在住の作家 “怒りの手記”を刊行 “命拾い”の35人証言 著者の高橋氏 病院側の作為明白
03月24日(水)ー日刊新民報:1,000部を同盟に寄附 高橋玄洋氏が手記集出版ー手記集「もう少しで私も」ー21日に開かれた被害者同盟の総会で。{同氏は「この文集の主な目的は、北野早苗を中心とする病院ぐるみの犯罪の逆の面からの実証です。被害をまぬがれた方々の健康は、被害者の生き証人であり、貴重な証拠である。事実は時間とともに風化していくが、富士見産婦人科での事実も、恐るべきこととして後の世に伝えなければならない」と同書で述べている。なお、同書は、被害者同盟のカンパをかね、広められることになっており、すでに増刷の準備もできているという。}
04月06日(火)ー朝日新聞:危うく手術逃れて 富士見病院の準被害者が体験手記 主婦35人重い証言 「再開許せば女性の恥」 高橋玄洋氏 まとめ出版。2人分を不起訴処分 富士見事件
04月06日(火)ー埼玉新聞:主婦2人の訴えを「不起訴処分」富士見病院事件「傷害罪は容疑不十分」
04月06日(火)ー産経新聞:新たに2患者分の告訴を不起訴 富士見病院事件
04月23日(金)ー毎日新聞:第9回公判 「違法知りながら操作させた」富士見病院長 ME検査技師が証言{次回は5月27日 大崎証人に対する弁護側の反対尋問が行われる。}
04月23日(金)ー朝日新聞:富士見病院事件の公判「ME管理名目だけ」元主任医が証言 隠ぺい工作も追及
04月23日(金)ー埼玉新聞:富士見病院公判 早苗がワンマン操作 大崎氏(元同病院検査技師)らMEで証言
{検察側証人の元同病院臨床検査技師 大崎慶太郎=所沢市山口1034ー21=・・中省略・・証言の要点 1、主任管理医師といっても、管理するだけの実力はなく実際は立ち会い医師として、北野早苗理事長のME操作を見ているだけ」2、「北野元理事長から外部からME検査を聞かれたら私(大崎)が操作していると答えるように指示され、かわりに給料を上げてやるといわれ、実際に給料が上がった」3、北野元理事長が無資格でME操作をやっているという風評が広まった54年2月ごろ、理事長室に呼ばれ「ME検査はお前がやっていると答えてくれ、給料は上げる」といわれ、同年4月ごろ東京都内の病院職員15、6人が見学に来て、座談会のときMEの利点を説明した。・・・}
05月09日(日)ー産経新聞:8回目の休止届 富士見産婦人科病院
05月13日(木)ー読売新聞:背景は現行保険制度 富士見病院被害者や支援医師団 「乱診乱療」を出版(晩声社刊)、訴える
05月17日(月)ー日刊新民報:「乱診乱療」を出版 被害者同盟の主婦らが。{「乱診乱療」という題の本がでた。254ページにわたる、浩瀚さは予想していてもビっくりした・・・「一市民としての参加」という高橋玄洋さんら3名の起稿と「わが国の裁判の特殊性 人権と科学にたいする姿勢から」と題する高橋こう正(こうー晃の異字体日に光)さんの文章によって、特に、この事件がいま、司法の庭に移され、・・・・以下省略}
05月19日(水)ー読売新聞:富士見病院分院あす再開 「本院は今秋、まず第1歩」 被害者同盟は反発。「芙蓉クリニック」として再開される 富士見産婦人科病院分院(所沢市緑町)
05月20日(木)ー朝日新聞:富士見病院 再開への布石か 分院廃止届出す
05月20日(木)ー東京新聞:分院の廃止届提出 富士見産婦人科
05月20日(木)ー埼玉新聞:富士見病院分院を「廃止」 新たに診療所開設? 北野に近い医師 被害者同盟強く反発。今週中にも開業届 富士見病院分院問題 診療所予定の方倉医師言明 芙蓉会と関係あり 施設を月30万円で賃貸。被害者同盟「再開許せない」方倉医師に質問状。{芙蓉会 富士見産婦人科病院 堀江糾理事長。同病院 竹田進事務局長。方倉国臣医師(東京都日野市、53年8月麻薬取締法違反容疑で東京都衛生局に摘発 不起訴)方倉医師は56年12月から本院5階に住んでいる。・・・}
05月20日(木)ー読売新聞:富士見産婦人科 分院再開県指導で延期 被害者同盟は抗議状 渦中2病院あわただしく
05月20日(木)ー産経新聞:分院は新規再開? 富士見病院から廃止届 被害者同盟は警戒
05月20日(木)ー毎日新聞:富士見病院分院が廃止届 無床診療所開設へ準備? 被害者同盟反発 患者の有無含め再開の可否微妙
05月21日(金)ー読売新聞:富士見病院分院 別名で突然再開 県も了解ずみ、と看板も替えず 来院患者ひっそり6人
05月21日(金)ー埼玉新聞:分院再開反対でビラ配る 新所沢駅前で富士見病院被害者同盟
05月21日(金)ー朝日新聞:富士見病院の幹部4人「早く再開を」と迫る 回答保留県「指導限界」に苦慮。被害者同盟 再開反対を訴え 雨の中で抗議ビラ配る
05月21日(金)ー毎日新聞:富士見病院分院の診療所開設「芙蓉会と関係なし」県の聴取に理事長ら強調
05月22日(土)ー朝日新聞:富士見病院の分院問題 診療所 来月開設は微妙 疑惑一掃が“条件” 方倉医師に県が注文 なぜ「芙蓉」名乗る
05月22日(土)ー読売新聞:開設へ県が2条件 「芙蓉クリニック」名称変更促す
05月22日(土)ー毎日新聞:富士見病院の新診療所 開設届用紙、交付を拒否 所沢保健所 県も設立形態に異議
05月22日(土)ー東京新聞:分院開設で県と協議 富士見産婦人科病院の方倉医師
05月23日(日)ー読売新聞:芙蓉クリニック 看板取り付け中止 保健所からクレーム
05月26日(水)ー埼玉新聞:富士見病院再開許すな 被害者同盟に強力“助っ人”支援する会が発足
06月01日(火)ー毎日新聞:「芙蓉」断念「ローズ」に 富士見産婦人科病院診療所 県へ改称届け出
06月01日(火)ー朝日新聞:「芙蓉」改め「ローズ」 富士見病院の分院開業問題
06月01日(火)ー東京新聞:再開へ動き急 富士見病院本・分院 県は対応に苦慮 怖い世論、結論になお時間
06月02日(水)ー朝日新聞:新看板取り付け 富士見旧分院 県は開設届未受理
06月03日(木)ー東京新聞:“分院再開”反対やめよ 富士見病院内の方倉医師 被害者同盟に要求
06月03日(木)ー朝日新聞:「反対は営業妨害」 富士見分院の方倉医師 被害者同盟へ通告
06月08日(火)ー毎日新聞:富士見産婦人科の分院使った 方倉医師、見切り開院 県認めず、無保険診察に 芙蓉会から生花も
06月08日(火)ー埼玉新聞:富士見病院 分院“見切り開業” 県との合意、指導待たず 県、きょうにも方倉医師から事情聴取か
06月08日(火)ー朝日新聞:本院再開へ第1歩? 富士見病院旧分院の診察再開 届け出さず「強行」 県、開業を黙認の構え。
県が方倉医師に質問書:{富士見産婦人科病院の旧分院で7日、ローズクリニックという名前で診療を開始したことに対し、・・・・この質問書の中で、県衛生部は特に、方倉医師がこれまで、毎月50万円を支給者不明で受け取ってきたことや富士見産婦人科病院の本院が再開されたら本院に入りたいと語っている点を重視、・・・・・}。
私にも生活権 方倉医師語る。{開業に踏み切った方倉医師と1問1答を試みた。ー県との折衝の途中で“見切り発車したのはなぜか?”
方倉医師「円満に開業したいと思い、話し合ってきたが、いつまでも開院を延ばすわけにもいかないので、踏み切った。私にも生活権がある。個人診療所の開設は、10日以内に届けを出せばよく、なにも違法の点はない。届けは近日中に出すつもりだ」
ー北野一族との関係について、県は疑義を抱いているが。
方倉医師「確かに、私は北野(早苗)元理事長に招かれ、本院が再開したら、理事長か院長として手伝うつもりだった。だが、いつまでたっても、めどが立たないので、分院跡を借りて開業することにした。開業までの北野一族との関係は認めるが、このクリニックはあくまでも私のもので、運営にも北野さんたちは一切タッチしていない」
ー社会的に大きな話題になった病院の建物を使っての開業だが、経営の成算はあるのか。
方倉医師「富士見病院事件なんて、医師の倫理から見て、あり得ないことだ。第1、私は事件とは無関係だし、私を信じてくれる患者はいるはずだ。成算がなければ、やりません」
ー今後、県とはどのように対応していくのか。
方倉「開業するな、と県が言えるはずもない。今後は、保険診療所の指定を受けるべく、県に要請する」}
06月08日(火)ー東京新聞:富士見病院分院 方倉医師が“強行開業” 開設届ないまま 困惑の県、近く事情聴取{方倉医師は元富士見産婦人科病院の北野千賀子元院長と深いつながりがあり、昨年12月から元病院本院に居住している。芙蓉会の役員もしていたが、3月に辞めた。5月21日、同医師は、分院施設を借りて開業したいーーと県に意思表示した。・・・・・}
06月08日(火)ー読売新聞:ローズクリニック 方倉医師が“見切り開業” 「芙蓉会とは無関係」 県はナシのつぶて もう待てない、と
06月08日(火)ー産経新聞:“見切り発車”で開業 名称を変更 県は苦慮、事情聴取へ
06月09日(水)ー東京新聞:『芙蓉会と関係ない』県の事情聴取に答える 方倉医師
06月09日(水)ー毎日新聞:県「見切り開業」で聴取 ローズ・クリニック問題
06月09日(水)ー産経新聞:方倉医師から事情聴取 県の感触 芙蓉会との関係“灰色”
06月09日(水)ー読売新聞:県、方倉所長から事情聴取 ローズクリニック
06月09日(水)ー朝日新聞:富士見病院問題 話し合いを約束 県、方倉氏から事情聴取
06月09日(水)ー日刊新民報:富士見産院 元緑町分院 県が受付けずに開院 名称は「ローズクリニック」に
{前文省略・・・・・病院前には、“祝開業”と書かれた花輪が7つ、日本総業(株)・吉田精一、三企工業(株)・大久保利男、宝井電機・宝井光治、北都商事(株)・竹内義弘、日野台病院・成田甚五郎院長、新栄物産(株)・須田克彦社長、栗原石油(株)と同病院の開業までの工事関係者の名前がズラリと並んでいた。・・・以下省略}
06月10日(木)ー埼玉新聞:旧分院開設阻止を 富士見病院被害者同盟 県に不受理を要請
06月10日(木)ー朝日新聞:被害者同盟が県へ 開設中止の要請書「ローズクリニック」
06月10日(木)ー東京新聞:開院反対、県へ要請 被害者同盟と市民の会 19日に“糾弾集会”
06月11日(金)ー朝日新聞:富士見病院問題 再開反対集会に方倉医師出席を 「市民の会」が要望書
06月17日(木)ー埼玉新聞:「開設届を郵送」と電話連絡 富士見病院問題「ローズクリニック」
06月19日(土)ー朝日新聞:ローズクリニック開設届の返却 方倉医師受け取らず
06月20日(日)ー朝日新聞:富士見病院の旧分院再開 被害者らが反対集会
06月22日(火)ー朝日新聞:ローズクリニック開設届 方倉医師持ち帰る
06月25日(金)ー東京新聞:富士見病院公判 供述を全面覆す 北野千賀子、強気の発言
06月25日(金)ー埼玉新聞:第11回公判 千賀子被告 開き直り、強気の反論 検事調書の不利な部分「私には責任ない」
07月06日(火)ー毎日新聞:証拠不十分で不起訴処分に 富士見産婦人科事件、2患者の訴え
07月11日(日)ー朝日新聞:富士見病院また休止届
07月23日(金)ー朝日新聞:「ローズ」開設届 所沢市長も進言 被害者同盟が要望書{所沢市 富士見産婦人科病院事件対策本部長 粕谷庄助・同市助役}
07月23日(金)ー産経新聞:ローズクリニックの開設届受理するな
08月13日(金)ー朝日新聞:“乱診 確かに見た” 富士見病院事件 北野千賀子公判 所沢保健所長が初証言 異常に多い手術数 早苗が超音波装置操作
08月13日(金)ー埼玉新聞:千賀子公判「無資格操作知っていた」「捜査中」で改善命令ためらう 保健所長が証言
08月13日(金)ー産経新聞:保健所長が証人出廷 富士見病院公判
08月13日(金)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院事件の12回公判 支援する会が初傍聴。{浦和地裁川越支部 井田友吉裁判長、富士見産婦人科病院被害者同盟(小西熱子代表幹事)会員20人、芙蓉会を支援する会(新井キクイ会長)5人}
08月18日(水)ー埼玉新聞:“全摘された子宮軽い” 富士見病院事件 10月、国際学会で報告
08月18日(水)ー毎日新聞:国際学会で調査結果発表 富士見産婦人科病院被害者同盟 米へ代表派遣へ
08月18日(水)ー産経新聞:富士見病院事件 データーで手術の異常訴え 今秋レポート発表 東大病院 本田医師 国際産婦人科学会
{東大病院 第1内科 本田勝紀医師}
08月25日(水)ー朝日新聞:富士見病院の北野早苗公判 1年2カ月ぶり再開 “患者の肉声”あす提出 非公開、55人の証言 診療行為生々しく 検察側は強い自信
08月26日(木)ー読売新聞:「北野献金」・・・ヤミに消える 6,000万円に絡む8人起訴できず 規制法やはり“ザル” 金は返したんだ 政治責任はとらない 高姿勢の所沢市長。歯切れ悪く 地検首脳 質問に「ノーコメント」
08月26日(木)ー朝日新聞:「検察姿勢 信じられぬ」北野早苗らの「政治資金」判断 患者ら驚嘆、絶句 色濃い“政治の影”も指摘。「起訴なしで当然」所沢市議肥田野議長 語気強め潔白強調
08月26日(木)ー産経新聞:“苦言には耳向ける” 県警岩佐新本部長が初会見 “北野献金”厚かった規制のカベ 弁解くつがえす証拠不足
08月26日(木)ー東京新聞:富士見産科事件 政治献金も不問に 北野ら7人不起訴 1人を起訴猶予。不起訴だなんて!富士見病院の政治献金 納得できぬ処分 被害者同盟、強く反発。浦和地検の処分に不満をぶっける富士見病院被害者同盟の小西代表幹事(左)ら
08月26日(木)ー埼玉新聞:北野と代議士秘書ら8人 いずれも不起訴、起訴猶予 富士見病院の6千万円バラマキ献金事件
浦和地裁が処分決定「証拠不十分」と 「北野の野望」ヤブの中 政治資金“ザル法”巧みに利用
不起訴処分
▽東京都練馬区関町北3ー43ー25、斎藤邦吉代議士(厚生大臣)・吉田隆一私設秘書(56年3月、63歳で病死)<54年ー1件500万円、昭和55年ー500万円>
▽東京都国立市西1ー6ー9、渋谷直蔵代議士(自治大臣)・平塚善次郎秘書(51)<昭和54年ー1件500万円、昭和55年ー3件1,300万円>
▽所沢市西所沢1ー12、山口敏夫・木村寛私設秘書(33)<昭和54年ー2件500万円>
▽上福岡市霞ヶ丘190ー3、小宮山重四郎・草加貴私設秘書(49)<昭和54年ー1件200万円>
▽所沢市西所沢2-1ー13 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院 北野早苗元理事長ら7人
起訴猶予処分
▽所沢市寿町528、平塚勝一所沢市長後援会会計責任者・肥田埜孝所沢市議会議長(53)<昭和54年ー1件500万円>
以上合計 10件ー4,000万円。これ以外に代議士、地元市長、市議、県議、警察署長などを含め6,000万円。
08月27日(金)ー朝日新聞:乱療の実態を再現 富士見病院 早苗の公判 「手術だ」「待たぬ」非公開証言 裁判長朗読 医師然として説明 当の“主役”は不出廷
08月27日(金)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院,北野早苗の公判「すぐ手術が必要・・・」北野の診断裏付ける 生々しい証言、証拠に
08月27日(金)ー読売新聞:元患者55人の証言調書を証拠採用 手術しないと命が 「早苗被告が告げた」富士見病院事件公判
09月10日(金)ー読売新聞:富士見産婦人科病院、北野元理事長らの政治献金「不起訴処分、許せない」検察審査会へ申し立てへ 被害者同盟と「市民の会」、「乱診乱療は事実」 富士見産婦人科事件北野千賀子公判 保健所長が証言 *小島哲雄所沢保健所長。千賀子被告擁護の証言 元総婦長に弁護側尋問 富士見病院事件公判。不起訴不当と検察申し立て 富士見病院の政治献金
09月10日(金)ー東京新聞:『無資格でもやる』富士見病院千賀子公判 MEで総婦長証言 審査申し立てへ 富士見病院事件、処分不満 被害者同盟
09月10日(金)ー埼玉新聞:北野献金 不起訴、納得できぬ 近く異議申し立て 市民の会が検察審査会に。青井保男元副院長は ME操作やった 千賀子公判で山田元総婦長
09月10日(金)ー朝日新聞:“名目医師説”を否定 北野千賀子公判で元総婦長証言 検察側証人と対立 早苗のME操作「医局会議が指示」。政治献金起訴処なし処分 審査申し立て計画 被害者同盟支える会 呼びかけ決める
09月11日(土)ー朝日新聞:いやされぬ「体」と「心」 富士見病院事件・・・2年 後遺症と闘う患者 浦和の主婦 家庭守り数カ所通院。組織犯罪立証へ力 民事訴訟 勝利確信の原告側 年内決着をめざし聴取 傷害罪で地検。条件合えば許可方針 県の行政指導に幅 再開は世論次第? “復権”めざし続く交渉
09月15日(水)ー産経新聞:富士見病院事件 第2次原告団を結成 7人で1億2,400万円請求へ
09月17日(金)ー朝日新聞:「私もやはり反省」富士見病院の政治献金問題 所沢市議会で市長答弁
09月20日(月)ー朝日新聞:「再開許すな」など採択 富士見病院被害者同盟 2周年の総会開く
10月24日(日)ー読売新聞:富士見産婦人科被害者同盟が帰国 乱診乱療 世界がショック 子宮の異常摘出、米で発表 専門家「信じられぬ」
11月02日(火)ー産経新聞:元患者10人分不起訴 浦和地検 富士見産婦人科事件で
11月12日(金)ー読売新聞:“富士見病院公判”で総婦長 あいまい証言露呈
11月19日(金)ー埼玉新聞:不起訴は不当 富士見病院事件の患者ら 北野の政治献金事件で 審査を申し立て 浦和地検審査会へ
11月22日(月)ー朝日新聞:国際的な反響を報告 富士見病院被害者同盟 今年、最終総会開く
11月26日(金)ー毎日新聞:「不起訴は不服」審査申し立て 富士見産婦人科病院事件 元患者の3人
12月08日(水)ー埼玉新聞:「ME操作悪くない」弁護側主尋問で早苗供述 {浦和地裁川越支部 井田友吉裁判長}
12月10日(金)ー毎日新聞:「早苗がME操作」の証言否定 富士見産婦人科事件公判 元総婦長ら主尋問
{浦和地裁川越支部 井田友吉裁判長、山田昌子元同病院総婦長(52)、道屋敏子元婦長(53)、戸口美和子元秘書課員(30)}

1983年(昭和58)
01月14日(金)ー埼玉新聞:不起訴処分は不当 浦和地検審査会が議決 富士見事件の不服申し立て 1人の主張認める「患者の有効な同意ない」
02月04日(金)ー朝日新聞:借金“雪だるま”「分院」も休業 富士見病院の競売 医師給料不払い 担保物件も底をつく
02月25日(金)ー朝日新聞:富士見病院 千賀子公判 青井証人の再尋問 検察・弁護双方が申請 北野早苗、調書の任意性を否認 早苗公判
05月13日(金)ー読売新聞:供述調書の任意性を否認 北野早苗被告の公判
07月29日(金)ー埼玉新聞:供述書の強要否定 富士見病院 早苗・千賀子公判 捜査主任官ら証言
08月20日(土)ー読売新聞:「医師の裁量権」が厚い壁 富士見病院「傷害罪」不起訴 地検“不相当な手術とは言えぬ”。「秋には病院再開」医療の正しさ証明された 病院再開 保険医再指定など2つのハードル{浦和地検の末永秀夫次席検事、友野宏刑事部長}
08月20日(土)ー読売新聞:患者側の怒り爆発 絶対納得できぬ 「証拠が葬られてしまう」被害者同盟
08月20日(土)ー東京新聞:怒りの被害者同盟=富士見産婦人科病院の傷害事件不起訴= 裁いて欲しかった “証拠”たくさんあるのに
11月をメドに病院再開【北野早苗元理事長】 手術の不当性立件できず【浦和地検】
3年ぶり一気に終幕 損害賠償請求に影響必至 「不起訴は当然なこと」と北野元理事長=富士見産婦人科病院で
08月20日(土)ー朝日新聞:富士見病院事件不起訴 怒りと苦渋 4年目の決着 「疑い残し」捜査終結 怒りの声 患者の立場は・・・・事件の経過「恨んでも恨み切れぬ」 病院再開の動きを警戒 県「方針変えず」 債務片付けばいつでも再開 強気の北野元理事長{「不起訴処分」の会見をする浦和地検の末永秀夫次席検事(左)と友野宏刑事部長=同地検会議室で}
08月20日(土)ー埼玉新聞:富士見病院事件「不起訴」は納得できない 被害者同盟 今後も責任追及の構え 富士見病院事件事件経過
無念の表情の検察側{富士見病院事件で、医師らの不起訴処分を発表する浦和地検の末永秀夫次席検事(左)と友野宏刑事部長(右)}
08月20日(土)ー埼玉新聞:医師らの傷害罪は不起訴 富士見病院事件 浦和地検が捜査終結宣言 。“捜査のメス”に厚い壁 決定的な証拠得られず “医師の犯罪”立証は困難  納得できないー富士見病院の元患者らによる被害者同盟の小西熱子代表幹事の話
当然のことだー北野早苗・元理事長の話
病院側の出方を静観
08月21日(日)ー朝日新聞:富士見産婦人科病院事件 残されたもの・・・・上 被害者 「死の宣告」におびえ 手術後、街行く子供に涙全摘手術の後遺症に苦しむ元患者の1人が服用する薬。2種類の漢方薬2週間分、胃腸関係の薬2種類、精神安定剤2-4分。この患者は多い時で8種類の薬を服用している。
08月22日(月)ー朝日新聞:富士見産婦人科病院事件 残されたもの・・・・中 疎外感 口閉ざす医者の世界 乱診乱療、事実は消えぬ。富士見産婦人科病院で摘出された臓器が、コーヒーや食品のびんなどに入れられ、たなの上に無造作に置かれているのが大量に見つかった。写真はその一部。捜査当局の委託で鑑定医が細密に調査し、傷害罪立件の決め手ともいわれた=昭和55年9月、富士見産婦人科病院で
08月23日(火)ー朝日新聞:富士見産婦人科病院事件 残されたもの・・・・下 調書 微妙に違う警察・検察 信じた起訴、裏切られた所沢署に保管されている富士見産婦人科病院事件の記録資料。ふだんは会議室のロッカーに収められている。実際の捜査書類はこの10倍以上にも及ぶ。
08月25日(木)ー毎日新聞:「富士見病院」事件 「医師の犯罪、裁けないのか」被害者同盟 抗議のビラ配り
08月26日(金)ー埼玉新聞:「ME操作は二重三重のチェック」青井元副院長が注目の証言 「乱診乱療はない」富士見病院第21回公判 検察側の調書覆す
09月19日(月)ー埼玉新聞:不起訴処分に抗議集会 富士見病院被害者同盟26日、不服申し立て 怒りのスローガンを掲げてデモ行進する被害者同盟の人たち
09月27日(火)ー毎日新聞:被害者同盟“最後”にかける 富士見病院不起訴処分に不服申し立て「起訴相当」に期待 検察審査会 審理は来月以降に。法廷に判断仰ぐ事例
09月27日(火)ー東京新聞:審査会に“最後の望み”富士見産婦人科病院事件 被害者同盟が検察批判。審査会ふ不服審査を申し立て後、記者会見する被害者同盟=浦和市の県警本部で
09月30日(金)ー埼玉新聞:早苗被告の供述覆す 富士見病院公判 検察側の仲田証人。29日浦和地裁川越支部、北野千賀子の保健婦・助産婦・看護婦法違反事件の第22回公判 北野早苗の医師法違反事件の第13回公判{浦和地裁川越支部 小川昭二裁判長、起訴した現東京地検検事 仲田章(35)ー千枚通しを突きつけて「いう通りに供述しろ」と}
11月13日(金)ー埼玉新聞:弁護側「起訴は検察官の誤認」早苗被告の無罪主張
11月13日(金)ー読売新聞:MEは単なる検査装置「医師指導下の操作なら問題ない」北野夫婦の公判 弁護側と東大元医長
{浦和地裁川越支部  第15回公判ー北野早苗の医師法違反事件、第24回公判ー北野千賀子の保健婦・助産婦・看護婦法違反事件。証人=加藤一男・元東大病院小石川分院外来産婦人科医長。次回の公判は2月23日}
11月13日(金)ー毎日新聞:「MEで病名診断せず」芙蓉会富士見産婦人科公判 理事長の医療行為否認 北野早苗の弁護団が冒陳
千賀子の公判は証人喚問でやりとり{浦和地裁川越支部 小川昭二裁判長。元東大病院産婦人科医長で開業医 加藤一男(70)=東京都中野区松ヶ丘1ー13ー6}
11月15日(日)ー埼玉新聞:署名運動で協力訴え 富士見病院被害者同盟 不起訴処分に抗議

1984年(昭和59)
01月31日(火)ー東京新聞:傷害罪で裁判開け 富士見病院被害者同盟 検察審に署名簿提出{富士見産婦人科病院被害者同盟 小西熱子代表世話人、豊川教子世話人}
01月31日(火)ー朝日新聞:「起訴相当」の議決求め 5,700人分n署名簿 富士見病院問題 審査会に被害者同盟{署名簿を持って浦和検察審査会を訪ねた被害者同盟の主婦たち=浦和地裁前で}
02月24日(金)ー朝日新聞:院長はすべて統括せず 富士見病院事件公判 千賀子被告が主張
04月08日(水)ー埼玉新聞:傷害罪適用の裁判を 富士見病院被害者同盟が浦和検察審査会に 約8,000人の署名簿を提出
07月14日(土)ー毎日新聞:検察審査会、富士見病院事件で議決 不起訴処分は相当 地検調べ通り嫌疑不十分
09月28日(金)ー朝日新聞:実質的反証に入る 富士見病院事件の公判{次回11月22日 青井証人の尋問}
11月20日(火)ー朝日新聞:元患者ら割り切れぬ思い 北野元病院長の診療所開設 県、行政指導に限界「提訴されれば勝てない」
「市民の目で監視」反発強める被害者同盟 {受理を発表する小笠原昭雄衛生部次長(右)ら=県庁で。県衛生部幹部に「開設届を受理するな」と訴える被害者同盟の元患者ら=県庁で}
11月20日(火)ー毎日新聞:富士見病院事件・北野医師の診療所開設届を受理「被害者、県民の声を無視」県の判断へ怒りの抗議 被害者同盟「行政指導では限界」県側
11月20日(火)ー埼玉新聞:富士見病院事件の北野元院長 医療行為再開へ 県衛生部 診療所開設届ついに受理
             被害者同盟「許せぬ」と批判 借家を改造して看板「チェリィクリニック」受理証を受け取る
            {北野千賀子元院長が開設届を出した「チェリィクリニック」=所沢市緑町}
11月26日(月)ー東京新聞:抗議の街頭活動 富士見病院の被害者同盟(北野千賀子元院長が診療所開設した「チェリィクリニック」所沢市緑町3丁目){北野元院長の診療所開設に抗議してビラを配布する被害者同盟=西武線新所沢駅前で}

1985年(昭和60)
01月05日(土)ー朝日新聞:競売入札は10日から 富士見産婦人科病院 地裁支部が公告
01月09日(水)ー読売新聞:富士見産婦人科 土地、建物を競売 あす入札を開始 最低額は7億7千万円
{平和相互銀行が、浦和地裁川越支部・東京地裁八王子支部に競売手続きをとったのは、昭和57年12月。浦和地裁川越支部が2年間にわたって物件を調査、入札期日などを検討した結果、このほど10日から18日までの入札期間で競売することを公告した。平和相互銀行の債権額は、当時4億3千万円、利子分を含めると6億数千万円・・・・北野元理事長は58年8月中旬、傷害容疑事件がすべて不起訴処分になった際、「借金は25億円ほどだが、不動産を処分して半分以上に減らすことで債権者と話し合い中だ」と語り、・・・・開札は24日午前10時に同支部(浦和地裁川越支部)入札場で、売却決定日は31日。最大入札物件は富士見病院の土地約1,533平方メートルと、鉄筋6階建ての施設。このほか、元看護婦寮なども含まれており、最低売却総額は約7億7千万円となってる。}
01月25日(金)ー読売新聞:「富士見病院」競売 やはり、支援者が一番札 9億9千万円 “高過ぎる”・・・どよめき
千賀子元院長起訴事実を否認 その日。30回目の公判{物件の最低売却額7億6千9百65万円に対し、9億9千7百万円の札を入れた近江藤開発会社(本社・新宿、大島和雄)が最高値をつけたことがわかった。・・・・同社は、富士見病院の再開に向けて、今回の入札でも資金を出した不動産業「小野建設」(本社・杉並区久我山、小野欽也社長)と関連があり、入札に参加するため、社名貸ししたといわれる。・・・小野社長は、富士見病院事件(傷害容疑は不起訴)が起きた翌56年から病院に資金援助をしており、今回の入札については、「銀行と話し合いがつかなかった。病院の本体は絶対に守るつもりでいた。負けない数字を出すため資産も処分した」と語っている。
一方、北野前理事長は「5番抵当者まで債権をとることになるようだが、そのほか、リース4社などを含め、競売で債権を取りもどせなくなった人たちには申しわけない。今後努力する」と話し、病院施設7件が、“他人”の手に落ちなかったことでいつになく興奮していた。}            
01月25日(金)ー朝日新聞:高額落札の富士見病院 分散防止へ友人が協力 独壇場7件の落札 一般参加者「ウチは無理」 無資格診察の指示を否定 公判で元院長
{近江富士開発会社=東京都新宿区大久保2丁目。富士見産婦人科病院被害者同盟の人たちも、裁判所の開札を傍聴している。同地裁川越支部では31日に落札者に対して売却許可決定をして、2月中旬には代金納付期限の通知をだす。ー次順位に大きな差をつけて落札された芙蓉会富士見産婦人科病院の建物=24日午後、所沢市西所沢2丁目ー}
01月26日(土)ー東京新聞:陰に病院再開への執念 富士見産婦人科の10億円落札 元理事長の友人が“助っ人” 被害者同盟は猛反発 NESWインサイド{前文省略・・・これを裏づけるように、芙蓉会は北野元理事長にかわって知人の加藤一男元東大病院 小石川分院産婦人科外来部長が新理事長となり、再開へ着々と準備が進められている。}

02月01日(金)ー埼玉新聞:富士見病院の土地・建物 地裁が売却許可公告
02月01日(金)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院 地裁川越支部が売却許可 「春には再開のめど」元理事長
{東京都新宿区大久保2 プラザ新大樹ビル 近江富士開発株式会社 大島和雄代表取締役=小野欽也と関係がある。東京都杉並区久我山5-7-18 不動産業 小野建設 小野欽也社長=芙蓉会富士見産婦人科の支援者}
02月08日(金)ー読売新聞:市役所内の被害者同盟事務所 病院支援側が撤去要求 富士見産婦人科病院問題 「問題は継続中」と同盟
{事務所はプレハブで面積9.9平方メートル 今年度(59年度)までの予算は51万円で、これを含め、市が55年度から対策本部費として予算化したのは全体で589万円(残高は286万41円)。新年度もプレハブリース料を含め50万2千円を計上している。}
02月21日(木)ー毎日新聞:あの富士見産婦人科病院長の新設クリニック 保険医指定めぐって 請願、陳情合戦 支援者と被害者同盟
{「診療所利用者不利益受けた」「支援する会」。8項目あげて反対の署名も 被害者同盟側}
02月23日(土)ー埼玉新聞:北野医師の「チェリィクリニック」保険医に指定しないで 被害者同盟、県会議長に請願
02月23日(土)ー朝日新聞:「保険医の指定反対」被害者同盟 県議会に請願書
03月05日(火)ー読売新聞:被害者同盟の市庁舎内事務所 撤去求め監査請求 富士見産婦人科病院支援派
            {富士見産婦人科病院の元患者らで組織する「芙蓉会を支援する会」の糟谷千代子副会長}
03月05日(火)ー公費補助を監査請求 所沢の富士見病院を支援する会
03月05日(火)ー毎日新聞:「同盟」への公金支出は不当 芙蓉会支援の会が市に監査請求
03月05日(火)ー朝日新聞:貸与プレハブ撤去を 所沢市に監査請求 芙蓉会支援の主婦ら
03月16日(土)ー毎日新聞:土地は近江富士開発に移転 芙蓉会富士見産婦人科病院
{所沢市西所沢の医療法人・芙蓉会富士見産婦人科病院の土地や建物を東京新宿大久保2、プラザ新大樹ビル内、近江富士開発株式会社(大島和雄代表取締役)が総額9億9千7百万円で落札、同社に売却許可決定が確定してたが、代金納付期限の15日、同社は浦和地裁川越支部に残金を払い込んだ。これで、同病院の関係の土地や建物の所有権はすべて同社に移転した。同社は北野早苗理事長によると、将来の病院再開に備え、芙蓉会の支援者の協力で病院、施設が分散しないように、高額で買い支えた。= ◇ = 2月定例県議会は15日、各常任委員会を開いた。生活福祉衛生委員会(相川宗一委員長)は芙蓉会富士見産婦人科病院事件の被害者同盟が同病院元院長の北野千賀子医師が昨年11月に開設した「チェリィクリニック」を保健医療機関として認めないよう求めた請願について審議、小泉信委員(社会)、富田茂治委員(公明)らから「事件そのものにまだ未解明な部分が多い」と継続審議を求める意見も出たが、県執行部が請願に付した参考意見「埼玉県地方保険医療協議会に諮問し答申を得たうえで決定する」を尊重しよう、との意見が大勢を占め不採択になった。また警察委員会(秋本昌治委員長)は12月定例県議会に続いて再度提出された「原子力発電用の核燃料ウラン235を積んだ車両の県内通過即時停止を求める請願」を採択。}
03月16日(土)ー朝日新聞:北野医師の新診療所 「保険医」反対 請願を不採択 県議会委
03月28日(木)ー読売新聞:富士見産婦人科の対策費執行を保留 監査請求で、所沢市
03月31日(日)ー朝日新聞:北野医師の診療所 保険医指定認める答申 社会保険医療協議会
03月31日(日)ー埼玉新聞:保健医療機関と“認知” 元富士見病院長のチェリィクリニック 社会保険医療協議会が答申
{昨年11月に所沢市緑町3-2-18に開設したチェリィクリニック}
03月31日(日)ー毎日新聞:北野千賀子医師の診療所 「保険医指定」認める 医療協
{埼玉地方社会保険医療協議会 鈴木喜久夫会長は30日全体会議を開き、「諮問通り(指定)を適当と認める」と答申した}
05月02日(木)ー朝日新聞:市助成は公益上適法 富士見病院被害者同盟への協力 所沢市の監査委員 住民請求に判断
{芙蓉会富士見産婦人科病院の被害者同盟の小西熱子代表幹事。芙蓉会を支援する会の高橋満樹子会長・糟谷千代子代表.所沢市監査委員。武藤保之助市長。}
05月02日(木)ー東京新聞:所沢市の助成は必要 芙蓉会支援側の監査請求 監査委員が認める
{所沢市監査委員の氏井巌 代表監査委員。住民監査請求、1-被害者同盟援助の目的で60年度予算に計上された対策費50万2千円の削除。2-市庁舎駐車場内の被害者同盟のプレハブ事務所撤去。3-同盟への公費援助の中止。市監査委員=1ー対策費は患者という社会的弱者への救済措置で、公費援助は妥当。2-被害者同盟への助成・協力は市民福祉の上からも必要な行政措置。だが、一方で「市の特別対策本部はほぼ目的を達成しており、協力、助成は限定的に考えるべき。事務所の存続も実情に則して再検討すべき」との要望書を添え、市の今後の対応に含みを持たせた。・・・・}
05月02日(木)ー産経新聞:富士見病院被害者同盟への援助は妥当 所沢市監査委が明らかに
05月05日(日)ー東京新聞:16日に市民医療講座 富士見病院問題で{所沢市の富士見産婦人科病院被害者同盟を支援する市民の会は、患者の立場から医療を考えようと16日午後6時半から新所沢公民館で、「第1回市民医療講座」を開く。講師は日本婦人会議の都丸泰子さんと作家の高橋玄洋さん。問い合わせは同市民の会の沼尾孝平=0429(●●)●●●●=まで。}
05月24日(金)ー読売新聞:元副院長が証人台に 北野早苗被告の公判{青井保男・元同病院副院長}
06月28日(金)ー朝日新聞:少ない医師立ち会い 北野被告のME操作 富士見病院事件公判
06月30日(日)ー朝日新聞:富士見産婦人科病院事件 不起訴処分は相当 浦和検察審議会が議決
08月23日(金)ー埼玉新聞:青井証言の変転を追及 北野公判で警察側
08月23日(金)ー東京新聞:食い違う証言 富士見産婦人科病院公判 検察側尋問に元副院長
09月27日(金)ー埼玉新聞:地域ワイド版 “女の闘い”新たな出発点
29日富士見病院事件被害者同盟結成5周年の集い “真の医療”を追求 患者の意識革命、徐々に 街頭アピールやデモ行進
09月27日(金)ー毎日新聞:検察側、青井証言の矛盾を指摘 富士見病院事件公判
11月29日(金)ー埼玉新聞:手塚医師がME検査で証言 北野公判
11月29日(金)ー東京新聞:診断には当たらない 富士見病院事件公判 北野ME操作で証言
11月29日(金)ー読売新聞:「MEの経験ない」富士見病院事件で担当医師証言
11月29日(金)ー朝日新聞:「MEの指示せず」富士見病院事件公判 元副院長が証言
{所沢市の富士見産婦人科病院事件で医師法違反に問われた元同病院理事長、北野早苗被告(60)に対する第27回公判が28日、浦和地裁川越支部(三井喜彦裁判長)で開かれ、前回弁護側から証人申請された元同病院副院長の手塚一郎医師(66)に対する弁護側証人尋問と、検察側の反対尋問が行われた。弁護側の質問に対し、手塚証人は「診断と問診、内診、ME検査などによって患者の病気を総合的に判断するもので、ME検査だけでの診断は不可能」と述べた。しかし、検察側の反対尋問に対し同証人は「私はME機器についてはほとんど知識がなく、私はME主任管理医師となっても監督する能力はない、と前もって北野千賀子院長に言った」と証言。さらに「被告がME機器を操作している間、私はただその場にいただけ。指示はしていない」と述べた。被告は医師の指示、監督下でME操作を行ったとするこれまでの被告側の主張に対し、今回の証言はME検査が被告の主導で行われたことをうかがわせた。また、証人がME主任管理医師となったいきさつについては、「保健所が医師の立ち会いが必要と言ったきたので、管理人になった」と証言した。次回公判は来月2月27日午後1時から。}
12月11日(水)ー朝日新聞:富士見産婦人科 診療報酬の不正請求問題 「照会あれば回答」県議会で県側 患者負担分で答弁
{芙蓉会・富士見産婦人科病院の55年当時の医療費不正請求問題が10日の県議会一般質問で取り上げられ、斎藤大丈夫議員(社会)が、社会保険診察報酬支払基金には当時、不正請求分が返還されたが、患者の一部負担金については宙に浮いたままだ、として、「個々の患者は、いつの請求が不正なものか分からないから、県が富士見病院に対して、患者が同病院への債権が存在していることを通知するように指導すべきだ」と県の姿勢をただした。金子生活福祉部長は「個々の患者の一部負担金返還は基本的には患者と保険医療機関との債権問題」としながらも、「患者の方から照会があった場合には、答えるなど、適切な対応をする」と答えた。斎藤議員の調べによると、同病院は52年から55年までに378件、123万5千円余の不正な診療報酬請求を行ったとして、県当局が同病院に支払基金への返還命令を出し、返還された。しかし、この不正請求に該当する52人に一部負担金は放置されたままだという。元患者らで組織する被害者同盟(小西熱子代表)はこの件で県に対して再三、「52人に対して、一部負担金を不正に請求されたことを通知するよう」求めてきた。県生活福祉部・国民保険課では、患者から照会があれば、該当者であるかどうかや、該当していれば、いつの請求がいくら不正かは答える、としている。「これをもとに、後は患者個々人で、芙蓉会側と交渉してほしい」と同課。}
12月11日(水)ー毎日新聞:県議会から 富士見病院の不正請求分 患者に123万余円未返還 社会党議員追及 県に指導、対応迫る
12月11日(水)ー読売新聞:患者負担分返せ 「不正報酬」富士見病院へ 県が異例の通知 県議会質疑から
12月11日(水)ー東京新聞:患者負担金 握りつぶす? 富士見産婦人科病院 不正請求問題、県会で論議 『病院は返還せよ』県側が異例の通知出す
12月13日(金)ー朝日新聞:「連絡票知らない」富士見病院事件 公判で千賀子被告

1986年(昭和61)
01月11日(土)ー東京新聞:不起訴相当の議決 浦和検察審査会 富士見産婦人科病院事件
01月11日(土)ー毎日新聞:「理事長ら傷害不起訴は相当」富士見病院問題で検察審査会議決
01月11日(土)ー読売新聞:傷害罪不起訴が確定 富士見病院事件で検察審 最後の2人に議決
01月24日(金)ー毎日新聞:「手術助手だれでもよい」富士見病院事件公判 尋問で千賀子被告
{浦和地裁川越支部(三井喜彦裁判長)所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院事件で、・・・中省略・・・また、千賀子被告が検事調書について「検事が調書を作成する際、言い回しなどは書き直していることを認めているが、言い回しこそ大切。被告人の割り印も押さずにいるとは検事調書はいいかげん」などと主張する一幕もあった。}
02月28日(火)ー毎日新聞:手塚元副院長が証言 富士見産婦人科病院 北野被告第28回公判
02月28日(火)ー朝日新聞:「北野がME指示書書く」富士見産院事件公判 手塚元副院長が証言
05月21日(水)ー毎日新聞:共謀関係を争点に 富士見産婦人科病院事件 あす、注目の求刑公判
{・・・なお、保助看法43条では看護士、准看護士でないものが傷病者、(じょく)婦に対する療養上の世話または診療の補助をした場合、1年以下の懲役、または1万円以下の罰金と規程されている。}
05月21日(水)ー読売新聞:あす元病院長求刑公判 富士見産婦人科病院事件
05月21日(水)ー東京新聞:あす注目の論告求刑 富士見病院 元院長の看護婦法違反
05月23日(金)ー読売新聞:北野元病院長に懲役8月求刑 検察、背信を厳しく論告 富士見産婦人科病院事件
05月23日(金)ー東京新聞:被害者同盟は不満 富士見病院元院長に懲役8月求刑 反省なく、許せぬ 集会で無念訴える元患者
05月23日(金)ー朝日新聞:富士見病院事件の求刑 「被告に反省はない」検察側、厳罰を求める 被害者同盟の20人がビラ配り
05月23日(金)ー埼玉新聞:北野元院長に懲役8月求刑 富士見産婦人科病院事件で検察側 「医療全体への背信行為」
              無資格診療、厳しい断罪 浦和地裁川越支部 「軽過ぎる」と口々に 被害者同盟は不満訴える
05月23日(金)ー「懲役8月は軽すぎる」富士見産婦人科論告求刑公判 傍聴席からつぶやき 厳しい論告だが、「意外」の声
         「傷害罪裁判の道を開け」被害者同盟がデモ行進
05月23日(金)ー産経新聞:無資格検査許せぬ 北野被告求刑で検察側主張 富士見産婦人科病院事件
04月25日(金)ー東京新聞:元院長に来月22日求刑 所沢の富士見産婦人科病院事件 事実審理を終る
04月25日(金)ー埼玉新聞:富士見産婦人科病院事件 事実上の審理終了 千賀子被告公判 次回公判で論告・求刑
04月25日(金)ー毎日新聞:富士見病院事件の北野千賀子被告 来月22日に求刑公判 地裁川越支部 事実審理終る
04月25日(金)ー朝日新聞:所沢・富士見産婦人科病院事件 11月に結審の予定 来月、検察側の論告求刑
{所沢市の富士見産婦人科病院事件で保健婦助産婦看護婦法違反に問われた元同病院長、北野千賀子被告(60)に対する第34回公判が24日、浦和地裁川越支部(三井喜彦裁判長)で開かれ、当時の所沢保健所長小島哲雄証人(66)に対する弁護側の証人尋問が行われた。公判はこの日で証拠調べをすべて終わり、次回5月22日に検察側が論告求刑を行い、11月27日に結審の予定となった。この日の尋問で弁護側は小島証人に対し、「事件が公になる以前に「北野被告と何回会い、北野早苗元同病院長がME機器の操作をしているのを耳にしていたのではないか。また、同病院の立ち入り検査の際、同理事長がME操作をしているのを見たのではないか」と質問した。これに対し、小島証人は「北野被告と事件以前に会ったのは1度ぐらいしかないと思う。立ち入り検査の時見たのはME機器だけだったと思う」と述べた。}
07月25日(金)ー埼玉新聞:北野公判 千賀子被告が証言 元患者の証言は信用できぬ
08月29日(金)ー朝日新聞:「患者過払い」通知 富士見病院の医療費不正請求問題 5人分、同盟の運動成果
08月29日(金)ー埼玉新聞:富士見産婦人科病院事件 不正請求の元患者過払い分返還 県、市町村が認める通知 被害者同盟の運動実る 対象は39人、連絡呼び掛け
08月29日(金)ー東京新聞:過払い分返還要求へ 富士見病院の不正請求 市が元患者に通知
08月29日(金)ー産経新聞:過払い金通知書届く 富士見産婦人科病院の診察費
09月06日(土)ー読売新聞:39人に30万余円返却 富士見病院の前理事長 過払い金問題で
11月27日(木)ー読売新聞:当面現在地に存続 「富士見病院」被害者事務所 市役所移転後も
11月28日(金)ー埼玉新聞:富士見病院事件 千賀子元院長の公判結審 改めて無罪を主張
11月28日(金)ー読売新聞:富士見病院事件公判 乱診乱療を否定、無罪主張 弁護側 5年9か月ぶり結審
11月28日(金)ー東京新聞:最終弁論で無罪主張 富士見病院元院長 5年8ヵ月ぶり結審
11月28日(金)ー朝日新聞:「乱診乱療していない」 北野元院長、無罪を陳述 富士見産婦人科病院事件、結審
12月12日(金)ー埼玉新聞:千賀子被告が証人出廷 富士見病院事件公判
12月12日(金)ー朝日新聞:北野元病院長に検察側反対尋問 富士見病院事件公判
12月13日(土)ー朝日新聞:元理事長に被告人質問

1987年(昭和62)
04月15日(水)ー朝日新聞:裁判と芙蓉会解散が焦点に 富士見産婦人科病院の廃止届 県「指導行えず」{不動産会社に所有権が移り、病院の廃止届が出された芙蓉会富士見産婦人科病院の建物=所沢市西所沢2丁目で}
04月16日(木)ー毎日新聞:病院廃止届出す 芙蓉会富士見産婦人科病院
04月16日(木)ー読売新聞:芙蓉会富士見産婦人科が廃止届
04月24日(金)ー東京新聞:富士見病院が廃止届 土地建物売却、取り壊し
             {取り壊しが始まった富士見産婦人科病院=所沢市で}
05月07日(木)ー読売新聞:富士見病院の解体作業進む
05月13日(水)ー東京新聞:あす北野元理事長に求刑 富士見産婦人科事件
05月13日(水)ー埼玉新聞:所沢の富士見産婦人科病院事件 北野早苗被告あす求刑公判
05月15日(金)ー毎日新聞:「許せぬ行為」と懲役2年 富士見産婦人科病院事件論告求刑
              顔こわばる北野 弁護士「反論は最終弁論で」
              {「営利追求のため犯行に及んだものと認められ、患者の人権を無視し、医業を冒とくした被告人の行為は許し難い」。14日午後、浦和地裁川越支部第1号法廷(三井 
               喜彦裁判長)で開かれた所沢市の医療法人・芙蓉会富士見産婦人科病院事件で、医師法違反に問われた元同病院理事長・北野早苗被告(61)に対する論告求刑で、
               検察側は3時間以上にも及ぶ論告の後、北野被告に法廷最高刑の懲役2年を求刑した。・・・・中省略・・・・この後、公訴事実の66人の患者に対する告知状況を
               抽出して説明。情状では、検察側は1、医師法を踏みにじった。2、医師を隠れミノとした計画的犯行。3、営利追求の犯行。4、患者に肉体、精神的苦痛を与え
               たーなど7点を挙げ、懲役2年を求刑すると、北野被告は一瞬身を震わせ、顔をこわばらせた。・・・}
              {閉廷後、記者会見する北野早苗被告(右)と原則雄弁護士}
               めいっぱいの求刑よかった 小西熱子同被害者同盟代表幹事  被害者同盟が報告集会
               闘い抜くつもり 北野早苗被告
               ◇芙蓉会富士見産婦人科病院事件◇
05月15日(金)ー朝日新聞:「医療に対する不信招く」富士見病院事件 元理事長に求刑 検察側、厳しい論告
              感情的な論告だー北野早苗被告の話
              民事裁判の支えにー小西熱子同病院被害者同盟代表幹事の話
              {論告求刑の後、記者会見する芙蓉会富士見産婦人科病院の元理事長北野早苗被告(右)=川越市役所会議室で}
05月15日(金)ー埼玉新聞:北野元理事長に2年求刑 患者に精神的、肉体的苦痛を与えた 所沢の富士見病院事件 反省の情見られぬ
              医療への不信招く 浦和地検 無資格診療では最高
              いぜん強気の姿勢ー北野早苗被告   重い求刑に満足気ー被害者同盟
              {小雨の降りしきる中、足早で入廷する北野早苗被告。 閉廷後、報道陣の取材を受ける被害者同盟の小西代表幹事}
05月15日(金)ー読売新聞:「患者の人権を無視」富士見病院事件求刑 北野元理事長に医師法違反最高刑2年 検察「計画的で悪質」
              被告「感情的、納得できない」 傍聴席から「やった」の声
07月24日(金)ー埼玉新聞:富士見病院事件の最終弁論「信用性ない」無罪主張 検察側に全面反論
09月04日(金)ー朝日新聞:20日に結成7周年集会 富士見病院被害者同盟
11月18日(水)ー埼玉新聞:富士見産婦人科病院事件 判決は来年1月28日に ME検査どう判断

1988年(昭和63)
01月25日(月)ー読売新聞:公判傍聴呼びかけ 富士見産婦人科事件 被害者同盟、市民に
01月25日(月)ー毎日新聞:裁判傍聴呼びかける 富士見産婦人科病院事件 被害者同盟員ら
             判決を前に 富士見産婦人科病院事件1 北野早苗被告 顔を引き締め「気力落ちたが表街道を必ず歩く」
             {「今はただ生きているだけ」と現在の進展を語る北野早苗元理事長}
01月25日(月)ー埼玉新聞:ME検査は医療行為か 28日に判決言い渡し 富士見産婦人科病院事件
             大正2年の大審院判例 「医師の手足論」も争点に 多額の政治献金も 医療関係者ら注目
             {かっては鉄筋5階建ての威容を誇っていた富士見産婦人科病院本院もすでに取り壊され、更地となっている。
              初公判で浦和地裁川越支部に出廷する北野早苗被告=55年11月21日。同じく初出廷の北野千賀子被告=56年3月6日}
01月26日(火)ー朝日新聞:「乱診乱療」どう判断 富士見産婦人科事件28日に判決 今の後遺症の患者 発覚から7年 “風化”の声も
01月26日(火)ー毎日新聞:判決を前に 富士見産婦人科病院事件2 北野千賀子被告 再び診療医を始め「理論上は無罪と信ず」
             {「医療を裁判所に分かってほしい」と語る北野千賀子被告}
01月27日(水)ー毎日新聞:判決を前に 富士見産婦人科病院事件3 被害者同盟 苦しむ患者の悔しさ受け「傷害行為の責任」追及
             {「単なる無資格診療の裁判とは違う」と語る小西・被害者同盟代表幹事}
              乱診乱療の「富士見産婦人科」 元理事長らにあす判決
01月27日(水)ー産経新聞:富士見病院事件あす判決 民事訴訟にも影響 無資格「医療行為」が焦点
             それぞれの胸の内 北野早苗被告ー過激な苦痛の7年夢遊病者の生活だった 被害者同盟ー事件は続いている 大勢に支えられて今日まで
01月28日(木)ー毎日新聞:判決を前に 富士見産婦人科病院事件4 患者たち 変わってしまった人生「真実見つめ判断を」
             {富士見産婦人科病院はすでに取り壊され空き地になっている}
01月29日(金)ー読売新聞:不満残し「医療の裁き」「芙蓉会富士見産婦人科病院」判決 「執行猶予つきとは・・・」「筋通らぬ」と被害者たち
              検察、控訴すべきだ 被害者同盟 有罪に「厳しい」北野早苗被告だが、実刑免れ笑み
              「主張はほぼ認められた」よ検察 鈴木忠義・県衛生部長
01月29日(金)ー読売新聞:その瞬間、双方に「無念」の色 判決ドキュメント 検察、被告・弁護側の主張と判決 芙蓉会富士見産婦人科病院事件の経過
              「知らしむ医療」を 判決を聞いて 治療選ぶのは患者ー弁護士 渥美雅子(あつみ まさこ)
01月29日(金)ー読売新聞:元理事長夫婦に有罪 芙蓉会富士見産婦人科病院事件 夫は懲役1年6月(猶予4年)
01月29日(金)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院事件 元理事長夫婦に有罪 共謀し無資格診療 懲役1年6月と8月執行猶予付き 浦和地裁支部判決 三井喜彦裁判長
              問われる傷害罪での不起訴
              {退廷する北野早苗元理事長上と妻の千賀子元病院長下=28日午後4時半すぎ}
01月29日(金)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院事件判決「納得出来ぬ猶予刑」「必ず責任とらす」被害者怒り
             「実刑が当然では・・・」医事評論家、ドクトル・チエコさんの話
             「女の体と医療を考える会」=東京都文京区=代表・清水澄子さん(59)の話
             医療・薬害問題を問続けている元東大講師・高橋こう(日に光)正さんの話
             早苗被告、薄笑い浮かべて会見
01月29日(金)ー毎日新聞:健康な体は戻らない「有罪とはいえ許せない」 被害者ら「猶予」に不満の声 芙蓉会富士見産婦人科病院事件
             {執行猶予の判決に無念の表情で報道陣の質問に答える被害者同盟の杉山菊枝さん(午後1時10分)}
              所沢市、主婦、川辺恵美子さん(38)の話
              狭山市、被害者同盟世話人 杉山菊枝さん(50)の話
              被害者同盟会員の主婦、工藤喜久枝さん(45)=入間郡大井町=の話
              所沢市、被害者同盟、主婦、小泉栄子さん(41)の話
              患者を支援してきた大宮市蓮沼、「日本婦人会議」県本部会員、松沢悦子さん(39)の話
              {営利目的の健康な臓器切除の犯人が、野放しになる危険な判決。事件発覚以来、支援を続けてきたが、医学界の密室の行為にはなすすべもないと実感した。患者は医
               師を信頼する「まな板の上のこい」みたいなもの。医学を研究して、医学界の権威に対抗していかなくては・・・・。}
              「法律の矛盾を感じた」放送作家の高橋玄洋さん 判決聞いて語る
               所沢市大六天877、放送作家、高橋玄洋さん(58)は、富士見事件とはかかわりのない一市民だった。しかし、榜観するわけにはいかない、と早苗被告に診断された 
               が他の病院にかけこみ、全摘をまぬがれた人たちの手記集「もう少しで私も」をまとめ、57年自費出版した高橋さんに判決の感想を聞いた。
              ーー手記をまとめたきっかけは。
              高橋:千賀子元院長の「マスコミ法廷の被告として」という反論に接し、また、所沢市民として傍観していられなくなった。また、「富士見」で摘出手術を言い渡され
                 ながら、他の病院に移ったため被害をまぬかれた例を集めれば、証拠になると思った。
              ーー判決の感想は。
              高橋:有罪判決が出たのはよかった。しかし、医師法違反であり、医師の資格があれば今回の事件は何でもなかったのかという疑問が起きる。
              ーー傷害罪が適用されなかったわけですね。
              高橋:摘出された正常な子宮、卵巣が病院に残っていたのに、だれのものか特定できなかった(名前が書いてなかった)ために現行法では傷害罪を適用できなかった。
                 また、証拠の子宮、卵巣は調べのあと再び「富士見」に戻され。これでは証拠隠滅されてしまう。法律の矛盾を感じた。
              ーーこの事件は個人の問題でしょうか、制度的な問題でしょうか。
              高橋:この事件以降、医療問題に興味を持ち、多くの医者に会いましたが、「この人が医者か」という人が何人かいました。医者は患者とばかり接しているが、
                 医者の方が、常に優位な立場なため、ごう慢になるのだろうか。モラルの問題も大きいのでしょう。私は、全国の看護婦学校などで講演し、「医療のモラルがな
                 ければならない。モラルがなくなればどうなるのか」という話をしてきました。
              {所沢市内の自宅で語る高橋玄洋さん}
01月29日(金)ー毎日新聞:被害者「猶予判決」に怒り 芙蓉会富士見産婦人科事件 元患者らに謝罪の言葉なく 北野早苗被告会見
             込み上げた7年間の苦しみ 泣き崩れる元患者も 富士見産婦人科病院事件の争点表
             {「猶予判決なんて納得できない」と語る小西熱子・被害者同盟代表幹事(左)と水島正明弁護士(28日午後4時30分)}
01月29日(金)ー東京新聞:富士見産婦人科事件 元理事長夫婦に有罪 無資格で医療行為 浦和地裁支部判決 信頼裏切り悪質
             懲役1年6月と8月執行猶予 解説 “傷害罪”また否定
01月29日(金)ー東京新聞:“長い一日”の女性たち 富士見産婦人科事件判決 猶予付きに怒りあらわ 被害者同盟“民事訴訟にも勝てぬ”
             指導監督に務めたい 県衛生部長がコメント
01月29日(金)ー東京新聞:“乱診の傷”に怒りの判決 被害者『刑が軽すぎる』北野被告 まるで勝訴、笑顔の会見
              {今後も十分に指導 阿部正俊・厚生省健康政策局医事課長の話。主張ほぼ認められた 今井良児浦和地検次席検事の話。}
              {たれ幕で判決の結果を知らせる被害者同盟の人たち=埼玉・浦和地裁川越支部で
               「評価できる判決」と余裕の表情で記者会見する北野早苗被告=川越市役所で}
01月29日(金)ー富士見産婦人科病院事件で判決 北野元理事長夫婦に有罪 浦和地裁川越支部
01月29日(金)ー朝日新聞:元理事長夫婦に有罪 富士見病院事件 無資格医療と断定 地裁川越支部判決 病院ぐるみで不正
01月29日(金)ー朝日新聞:「猶予」に元患者怒り、ため息 富士見病院事件に判決「エーツ」「ひどすぎる」検察庁に控訴要望へ
              有罪はまことに残念ー北野千賀子元院長
              医療に厳格さ求める 国の行政指導に裏付け
              実刑出ないのは疑問ー富士見産婦人科病院被害者同盟の小西熱子代表幹事
              主張ほぼ認められたー浦和地方検察庁 今井良児次席検事
              適切医療確保を指導ー厚生省健康政策局の阿部正俊医事課長の話
              再発防止に努めたいー鈴木衛生部長のコメント
01月29日(金)ー朝日新聞:後遺症も恨みも消えず 富士見病院事件判決 執行猶予付き「悔しい」元患者ら「次は民事で」
              富士見病院事件 判決理由要旨
01月29日(金)ー朝日新聞:7年の苦しみ なお背負う 事件の経過
              批判と自戒と・・・ 操作難しい超音波診断 乱用せぬよう心掛けを
              やはり営利的判断先行 事件機に手術範囲相談 識者の声
              {早朝から傍聴人の長い列ができた=川越市の浦和地裁川越支部で}
01月29日(金)ー産経新聞:富士見病院事件判決 猶予付きに怒りとタメ息 1・28ドキュメント 「ウソつけ」のヤジも 被害者の女性に落胆の色
              私たちの声は届かなかった・・・ 損害賠償訴訟への影響は必至!
01月29日(金)ー産経新聞:富士見産婦人科病院事件「実刑を信じたが」被害者たち 猶予つきに表情複雑
             {「不満だらけの判決」と表情を曇らせる小西代表(左)と水島弁護団事務局長=埼玉県・川越市役所}
01月29日(金)ー読売新聞:富士見判決 医療界に多くの教訓「資格者の手で」厳格に 「温かい医療」はき違えるな
             {傍聴券の抽選に並んだ患者や被害者同盟のメンバー、一般市民}
01月29日(金)ー埼玉新聞:富士見産婦人科病院事件の判決要旨
             北野早苗被告【罪となるべき事実】
             (争点についての判断)【ME(超音波断層診断装置)検査について】
             【弁護人主張に対する裁判所の判断】【医事相談(コンサル)について】【量刑の理由】
             北野千賀子被告【罪となるべき事実】
             (争点に対する判断)【ME検査について】【縫合糸の結さく・心電図検査について】【量刑の理由】
01月29日(金)ー埼玉新聞:富士見産婦人科病院事件 元理事長夫婦に有罪判決 無資格の「乱診乱療」と認定
             夫に懲役1年6月(猶予4年)浦和地裁川越支部 妻には懲役8月(猶予3年)
             判決主文 三井喜彦裁判長 ME検査は医療行為 改めて警鐘
01月30日(土)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院事件で所沢市 特別対策本部存廃協議へ 一審の有罪判決受け 被害者同盟活動へ影響も
             {対策本部が廃止されると撤去される恐れが出る、被害者同盟が使っている事務所}
01月30日(土)ー東京新聞:乱診の残影1 富士見産婦人科病院事件 ゆがめられた人生 家庭不和招き離婚も いまだにいえぬ後遺症
             {「病院」との出会いが不幸の始まり」と右足を伸ばしたままの滝沢さん=浦和市で}
01月31日(日)ー東京新聞:乱診の残影2 富士見産婦人科病院事件 目覚めた女性たち 『医療を考える会』急増 自分の体は自分で勉強
             {「女のからだと医療を考える会」の講習会。事件後、医療に目覚めた女性たちは活発に活動している=都内の会場で}
02月01日(月)ー朝日新聞:「猶予は疑問」と訴え 所沢市民にビラ配り 富士見病院被害者同盟
02月01日(月)ー読売新聞:不本意な判決市民に訴え 富士見産婦人科病院 被害者同盟と支援者
02月05日(金)ー東京新聞:乱診の残影3 富士見産婦人科病院事件 事件の教訓 行政側の対応の甘さ 患者も自己防衛を・・・の声
02月13日(土)ー埼玉新聞:富士見産婦人科病院事件 北野両被告が控訴
02月13日(土)ー朝日新聞:「検察は消極すぎる」富士見病院被告控訴 被害者同盟に怒り
02月13日(土)ー毎日新聞:富士見病院の両被告が控訴 被害者同盟あきれ顔 国、県への賠償訴訟は取り下げ
02月25日(木)ー朝日新聞:富士見病院対策本部会議 被害者同盟への援助 結論は持ち越す
02月25日(木)ー読売新聞:芙蓉会富士見産婦人科病院事件の被害者救済対策本部「存廃」結論は先送り
02月25日(木)ー毎日新聞:対策本部に存廃結論出ず 富士見病院事件で所沢市
12月01日(木)ー読売新聞:芙蓉会富士見産婦人科病院事件 所沢市が本部解散 公費援助打ち切り 被害者同盟強く反発
12月02日(金)ー埼玉新聞:富士見産婦人科事件 被害者同盟の援助 所沢市打ち切りへ
12月02日(金)ー産経新聞:対策本部を解散 富士見産婦人科病院事件で所沢市 公費援助も打ち切り 被害者同盟強く反発
12月02日(金)ー朝日新聞:対策本部を解散へ 被害者側は撤回迫る
            {「ひどいショックを受けた。解散は納得できない」と憤る被害者同盟の小西代表幹事=所沢市役所で}
12月02日(金)ー東京新聞:公費援助打ち切りを通告 富士見病院事件で被害者同盟に 所沢市の対策本部解散
12月02日(金)ー読売新聞:本部解散など再考を 芙蓉会富士見産婦人科事件 被害者同盟が要望
12月02日(金)ー毎日新聞:富士見産婦人科病院事件 所沢市が対策本部解散へ 公費支出打ち切り 被害者同盟が撤回要請
12月24日(土)ー毎日新聞:終電きしゃポッポー2 富士見産婦人科事件 被害者同盟援助打ち切り いえぬ傷

1988年(平成元)
01月25日(水)ー読売新聞:「援助打ち切らないで」芙蓉会富士見産婦人科病院 被害者らビラ
01月25日(水)ー東京新聞:援助打ち切りやめて 富士見産婦人科病院被害者同盟がビラ配り
01月25日(水)ー毎日新聞:富士見病院被害者同盟 チラシ配り支援訴え
01月25日(水)ー朝日新聞:富士見病院事件「市は援助続けて」被害者同盟がビラ配り
02月24日(金)ー読売新聞:富士見病院事件控訴審「民事でも頑張る」被害者同盟 傷害の追及に執念
02月24日(金)ー朝日新聞:富士見病院事件控訴棄却 安どの様子ー被害者同盟側 無念の表情ー被告側弁護士
03月28日(火)ー朝日新聞:富士見病院有罪判決「当然」と被害者ら 傷害罪 不起訴にいただち
{富士見病院事件の控訴審は、元理事長も有罪にー27日、東京高裁で開かれた所沢市の医療法人芙蓉会富士見産婦人科病院事件で、医師法違反に問われた元同病院理事長、北野早苗被告(63)の控訴審判決は、被告側の主張が退けられ、控訴を棄却した。同病院事件では、保健婦助産婦看護婦法違反に問われた北野被告の妻で元院長の千賀子被告(63)についても控訴棄却の判決(先月23日)が出ている。いずれも1審を支持した有罪判決に、同病院被害者同盟は「当然のこと」と受け止めているが、「違反を結果がどうなったかという点まで裁判所は踏み込んでいない」と、いらだちを隠せない様子だった。この日の控訴審判決には、被害者同盟の元患者、支援者合わせて9人が傍聴した。法廷にはどういうわけか、早苗被告本人も、代理人の弁護士も姿を見せなかった。当事者抜きのまま、岡田光了裁判長が「本件控訴を棄却する」と主文を朗読。理由を含め10分足らずで閉廷した。早苗被告らは被害者同盟が告訴した傷害罪について不起訴になっているが、杉山さんらは「違反をした結果、どうなったか、裁判では明らかにされていない。はがゆい思いです。私たちは(現在進めている)民事訴訟で追及していきたい」と強い口調で話している。1連の控訴審判決で、千賀子被告が今月3日付けで上告しており、早苗被告の出方が注目されている。}

1989年(平成2)
03月09日(金)ー埼玉新聞:元理事長夫婦に有罪確定 所沢の富士見産婦人科病院事件 最高裁が上告を棄却。良かったが不満残るー富士見産婦人科病院被害者同盟の小西熱子代表幹事の話
{昭和55年、大掛かりな無資格診療が発覚した所沢市の医療法人芙蓉会富士見産婦人科病院事件で、医師法違反の罪に問われた元同会理事長北野早苗被告(64)=同市久米2591ー50の上告審で、最高裁第1小法廷(橋元四郎平裁判長)は8日までに「保健衛生上、危害を及ぼす恐れがあった」として懲役1年6月、執行猶予4年を言い渡した、1、2審の判決を支持、同被告の上告を棄却する決定をした。また第2小法廷(藤島昭裁判長)も同日までに、早苗被告の妻で、保健婦助産婦看護婦法違反罪で1、2審懲役8月、執行猶予3年の判決を受けた元院長北野千賀子被告(63)=同所=の上告棄却を決定した。・・・・中省略・・・・公判で被告・弁護側は「医師の指導、監督の下に患者に危険を与えない範囲で検査や手術を手伝ったにすぎない」などと無罪を主張。しかし、1審の浦和地裁川越支部は、早苗被告のME検査を医療行為と認定した上で、「医療に対する国民の信頼を裏切る背信的行為」と両被告に有罪を言い渡し、2審の東京高裁で控訴を棄却されたため2人が上告した。被害者同盟の67人は同病院などを相手に約15億8千万円の損害賠償を求める控訴東京地裁に起こし、現在審理中。}
11月12日(月)ー東京新聞:被害者同盟が10年の集い 所沢の富士見産婦人科病院事件 医療問題広く取り組む 会員らが熱心に現状報告
11月12日(月)ー読売新聞:「富士見病院事件」10年の集い 被害者ら「なお追及」
11月12日(月)ー埼玉新聞:被害者らが10周年で集会 富士見産婦人科病院事件 思いをつづった本を出版
11月12日(月)ー産経新聞:富士見産婦人科事件から10年 被害者同盟が集会と出版

*日刊 新民報(TEH SHIN MIMPO){1954年(昭和29)2月27日第3種郵便物認可}、1954年(昭和29)5月21日(金)までは「所沢民報(THE TOKOROZAWA MIMPO)」として発行。
 2012年(平成24)3月31日(土)に廃刊。主筆 山畑武雄(所沢短歌運動、啄木祭、

以上が、【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に関する新聞記事全体の一部分である。事件を知らない若い世代の人は、これを足がかりにして、真実の扉を見つけられるであろうし、事件は知っているが、「事件の動機」に疑問を抱き続けている人には、再考する道標になる筈である。そして、【富士見産婦人科病院事件 被害者同盟】に参加して、「同盟」が何を目指していたのか?疑問だった人は、体験があるだけに真実が見つけられる筈である。この大地を踏み外すことはあっても、真実が見つけられないと云うことはないのである。誰が、何の目的で【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】と云う【人体実験】を謀略したのか?それは、現在でも進行していることを、忘れてはならないのである。肝に何度でも命じるべきである。権力は常に嘘をつき、常に腐敗しているものである。その腐敗して臭気漂う人間のかわを被った卑俗組織を警護しているのが、司法警察職員の仕事と云う司法権力機構であり、もっともらしいゴタクを並べるのが、法律学者らである。ユダヤ人民族浄化作戦でもドイツ憲法を拡大解釈したのも弁護士・法律学者の博士号を持つ政治家らである。その図式は【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の検察官・裁判官・裁判所・人権相談所・検察審査会らの行った行為と同等である。それが、日本=南北朝鮮同盟が結合双生児同盟でる限り、世界恒久平和は訪れないことだけは確かである。ベトナム戦争の枯れ葉剤の被害者だった「ドクちゃん・ベクちゃんの結合双生児を、分離手術したのは、日本であるが、ドクちゃん・ベクちゃん結合双生児をつくったのも、日本=南北朝鮮同盟である。」しかし、自分たちの結合双生児としての「日本=南北朝鮮同盟」の分離手術をする気はさらさらないのである。強固な権力結合で世界覇権をする必要性があるからである。もはや世界は「戦争か平和か」である。1944年の様な「ヤルタ会談歌舞伎=スイス(ドイツ民族)での密約外交」は許されないのは当然である。

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第7章 【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に於ける国家犯罪機構の分類

【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】を知らない方々、事件名前を知っていても、事件の深層海流の流れを理解できないと諦めている人々などの、眠ってしまった思考に魚鼓(ぎょばん/ぎょほう)を打ち鳴らし、食事(思考)する時間ですよと云うのが、禅宗の本来の修行ですかね?とか、托鉢をするのに、色々とゴタクを云ったり、理屈を云う前に、一人で東京中を何故?托鉢しないのですか?と、東照寺国際参禅道場 法務担当兼住職の“出口鉄城”に聞いてみれば良いさ。幾ら仏教の歴代の祖師方の語録・古則公案や修証義や大蔵経典や法句経など講釈しても、それは錆び付いた書物の文字を追いかけるキリスト教圏の「聖書」を解釈するのと同じである。“出口鉄城”の“つぶやく=Twitter”を読むと、倫理道徳で人を脅迫している。それは、「自己に対する生まれながらにして持つ道徳的脅迫観念」を、人に向かって吐き出している訳である。その思考の根底には聖書の「人は罪人なり=イエスキリストは、人の罪を背負いたもう」と云う聖書を暗唱して、道徳脅迫観念を吐き出しながら、六法全書に書かれた倫理道徳法を次々に更新しているのだから、問題の解決を策を潰して行くのが「禅問答」と云う訳である。東照寺国際参禅道場の台所に住む<外国人の代表選手“出口鉄城”は「聖書」で尻を拭いているのである。それが、欧州原子核研究機構(CERN)を設立し、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を製作して、膨大な電力を無駄使いしながら、宇宙の真理とやらを脳天で考えて、10億分の1の世界を理論的に実証来たと叫びながら、科学者らはノーベル賞授賞式の練習をしているのだから、明らかな“脳天壊了”状態である。つまり「粒子が衝突して崩壊する以前に、科学者の精神が崩壊しているのである。それがね!日本では田中眞紀子文部科学大臣が、ノーベル賞を受賞した山中伸弥博士に電気洗濯機をプレゼントすると云う。ノーベル賞の受賞賞金を取得すれば、福島県相馬市の住民全員に洗濯機が贈呈できる金額である。マァーね。江崎玲於奈(江崎ダイオード)がノーベル賞の受賞賞金を出し惜しいして、最後に自宅を建てた様に、ノーバル賞受賞者らは、『自分の金を自分の為に使って何が悪い』と云う訳で。福島県民や東日本大震災の復興に寄附する気持ちはないのである。寄附すれば無税になるかどうか?を心配しているのが、『守銭奴の田中眞紀子・直紀国会議員夫婦』である。こんなクズだから、国会議員に当選できる訳である。投票する新潟県民が“脳天壊了”である。理研に騙されている。『守銭奴の田中眞紀子・直紀国会議員夫婦』は、だから、ノーベル賞をバカにした「電気自動洗濯機」プレゼント話をしたのか?と云うと、そうでは無くて、巴工業の「遠心分離機」の功績がなければ、山中伸弥博士の業績は存在しなかったと云う話をしている訳である。それは、田中眞紀子が日本製原爆製造と使用に関係し、夫 田中直紀が731部隊の関係組織「緑の血(ミドリ十字)=血液製剤)に関係者の親族なのである。
さて、第1章から第4章までで、1980年代前後に発生した【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の概要と、事件に深く関係した人名が理解出来た訳だが、御存知の様に、これは事件全体の氷山の一角でしかないのである。この氷山の裾野には巨大な闇が広がっているのである。その闇とは、大鵬(=西郷隆盛ー寺崎英成ー池田大作ー出口鉄城)がマントを広げて地球をスッポリを覆った闇であり、それは、世界に類をみない日本独特の文化支配構造(縦型社会即ち、天皇を頂点とした貴族社会構造と云う完全な階級社会)が、世界中を支配していると云う意味なのである。その<1億分の1ミリの隙間もない、完全な階級社会機構がつくり出した漆黒の闇>に覆われた世界に光を照射する作業をすることで、【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】という暗部が暗部として、光が光としてそのグロテスクな日本の社会機構が浮かび上がってくる訳である。北野早苗・千賀子夫婦の行状は、『日本樊カイ(にほんはんかい。カイは口に會』と徳川家康から賞賛された越前国福井藩主(現福井県)松平忠直卿・勝子夫婦の『石の俎(妊婦を石の俎の上で裂いた)』事件と同じであり、犯行動機に於いては、1988年3月18日に名古屋市で発生した「名古屋妊婦切り裂き事件」から酒鬼薔薇聖斗事件へと猟奇事件は止むことがないのが、日本の社会機構である。それがね!日本は世界で最も安全な国だと、国際社会で宣伝して、京都や奈良や神戸を観光地にしているし、今や、広島も長崎も原爆観光地である。近いうちに福島原発の被災地も観光名所にして、政治家の姉弟は、太陽光発電の会社に就職して大層な年金で遊んで暮らす訳だね。それじや!国民不在だと日本共産党幹部が叫ぶが、ちゃんと日本共産党の子供らも医療生協からの隠匿金で安楽な人生が送れる様にできている。
そこで、1980年9月10日【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】の全ての問題事項を列記して見る必要がある。
そこで、【所沢市 医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】に登場する関係事項を思いつくままに列記して見ると、次の如くとなる。
01、富士見産婦人科病院事件と北野早苗・千賀子と云う男女関係
02、富士見産婦人科病院事件と「軍隊は要領をもって本分とすべし」
03、富士見産婦人科病院事件と北野(浅岡)千賀子の日本共産党宣言
04、富士見産婦人科病院事件と北野早苗・北野武(ビート武)・北野政次
05、富士見産婦人科病院事件と西武鉄道(堤義明)
06、富士見産婦人科病院事件と所沢ダイエー
07、富士見産婦人科病院事件と浅海守・元厚生労働大臣 舛添要一
08、富士見産婦人科病院事件と武藤保之助と右翼団体と役小角
09、富士見産婦人科病院事件と武藤保之助と広島と松永安左エ門
10、富士見産婦人科病院事件と三一書房
11、富士見産婦人科病院事件とマムシ酒
12、富士見産婦人科病院事件と旧大日本水産界(日魯・北洋・マルハ・・・)
13、富士見産婦人科病院事件と明治屋
14、富士見産婦人科病院事件と三島由紀夫と無着成恭
15、富士見産婦人科病院事件と三菱財閥
16、富士見産婦人科病院事件とキリン・アサヒ・サッポロ・サントリーのビール産業
17、富士見産婦人科病院事件と日本産婦人科学会
18、富士見産婦人科病院事件と日本母性保護協会
19、富士見産婦人科病院事件と広島・長崎に於ける「日本製原爆の地上起爆」
20、富士見産婦人科病院事件と日本医師会と所沢市医師会と準看護学校
21、富士見産婦人科病院事件と国際産婦人科学会
22、富士見産婦人科病院事件と斎藤邦吉 厚生大臣
23、富士見産婦人科病院事件と小宮山重四郎衆議院議員
24、富士見産婦人科病院事件と山口敏夫・上田清司埼玉県知事
25、富士見産婦人科病院事件と山崎時雄(埼玉県警本部秘書課長)
26、富士見産婦人科病院事件と日本の司法官僚支配
27、富士見産婦人科病院事件と平塚勝一市長
28、富士見産婦人科病院事件と小島哲雄 所沢保健所長
29、富士見産婦人科病院事件と東大医学部
30、富士見産婦人科病院事件と日本赤十字社
31、富士見産婦人科病院事件と長野日赤病院
32、富士見産婦人科病院事件と長野県の佐久病院
33、富士見産婦人科病院事件と弘前大学
34、富士見産婦人科病院事件とオーストラリア
35、富士見産婦人科病院事件と芸能界(歌舞伎・音楽・演劇・・・)
36、富士見産婦人科病院事件と文化人と云う作家・画家・音楽家・映像作家等。
37、富士見産婦人科病院事件と劇団四季(中川鋭之助)
38、富士見産婦人科病院事件と岸田劉生だから資生堂
39、富士見産婦人科病院事件と世田谷宮沢さん一家殺害事件(犯人は登山家の野口健)
40、富士見産婦人科病院事件と日本の世界の電子産業
41、富士見産婦人科病院事件と禅宗・浄土真宗・日蓮正宗・日蓮宗・キリスト教等の宗教
42、富士見産婦人科病院事件と高野山真言宗総本山 金剛峯寺
43、富士見産婦人科病院事件と国際参禅道場 東照寺(東京都品川区豊町4丁目)
44、富士見産婦人科病院事件と鷲見澄江
45、富士見産婦人科病院事件と旧平和相互銀行とディーゼル株の操作時期が同じ理由
46、富士見産婦人科病院事件と山梨財閥(山梨中央銀行)
47、富士見産婦人科病院事件と四国=川崎財閥=
48、富士見産婦人科病院事件と日本コカコーラ
49、富士見産婦人科病院事件と日本図書館協会
50、富士見産婦人科病院事件とオウム真理教団事件
51、富士見産婦人科病院事件と豊田商事事件
52、富士見産婦人科病院事件と帝銀事件
53、富士見産婦人科病院事件と支那派遣軍
54、富士見産婦人科病院事件と731部隊
55、富士見産婦人科病院事件と森村誠一(1981年、赤旗新聞)と新所沢駅前(松葉町2丁目)の元松明堂書店(松本清張の兄の古書店)の関係
56、富士見産婦人科病院事件と真珠湾攻撃
57、富士見産婦人科病院事件と日本のドイツ医学主義
58、富士見産婦人科病院事件と徳島坂東俘虜収容所「ディ・ヴラッケ(Die Baracke)」
59、富士見産婦人科病院事件と新宿「中村屋」の「どら焼き・月餅」
60、富士見産婦人科病院事件と山本五十六の「養命酒」
61、富士見産婦人科病院事件と朝鮮人参酒
62、富士見産婦人科病院事件と日本・韓国・台湾製の「社会主義型の資本増殖主義」
63、富士見産婦人科病院事件と東京電力
64、富士見産婦人科病院事件と東電OL“渡辺泰子”からネパール国・ブータン王国
65、富士見産婦人科病院事件と飯能ゴルフクラブ(青木功)
66、富士見産婦人科病院事件と韓流ドラマ「大長令(チャングムの誓い)」
67、富士見産婦人科病院事件と日本医学の人体実験主義
68、富士見産婦人科病院事件と<人間の胎児の遺体248体、森で見つかる=ロシア・ウラル地方>2012/07/24
  【モスクワ24日AFP=時事】ロシア・ウラル地方の森でこのほど、週末の散策を楽しんでいた4人が、大きな四つのタンクに入れられた人間の胎児の遺体計248体を見つけた。
  警察が24日明らかにした。遺体が入れられていたタンクはホルムアルデヒド用のもので、容量は各50リットル。落下した際にふたが開き、内容物の一部が地面にこぼれ落ちたため、
  中身が胎児の遺体であることが分かったという。警察の広報官は、近隣の医療施設4カ所のバイオ廃棄物を取り扱っている地元病院によって違法に廃棄されたものとみられると指摘した。
  〔AFP=時事〕(2012/07/24-20:21)
69、富士見産婦人科病院と云う名前の「宮内庁産婦人科病院」の統合失調症が、
  インド・アメリカ・イギリス・イタリア・スペイン・韓国・ドイツ・台湾・中国・ロシアにメディア感染で拡散する「遺伝病」としての日本製統合失調症。
70、富士見産婦人科病院事件が日本人全体を統合失調症症候群にしているのは「皇室制度と共産党宣言」が原因である。

以上、70項目の関係事項が抽出される。これらを、内容別に分類すると、次の『A~Kの11項目』に整理できる。
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A■軍隊は要領をもって本分とすべし
02、富士見産婦人科病院事件と「軍隊は要領をもって本分とすべし」
19、富士見産婦人科病院事件と広島・長崎に於ける「日本製原爆の地上起爆」
56、富士見産婦人科病院事件と真珠湾攻撃
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B■シナリオ作家 高橋玄洋氏の「人工樹林」
01、富士見産婦人科病院事件と北野早苗・千賀子と云う男女関係
10、富士見産婦人科病院事件と三一書房
11、富士見産婦人科病院事件とマムシ酒
14、富士見産婦人科病院事件と三島由紀夫と無着成恭
35、富士見産婦人科病院事件と芸能界(歌舞伎・音楽・演劇・・・)
36、富士見産婦人科病院事件と文化人と云う作家・画家・音楽家・映像作家等。
37、富士見産婦人科病院事件と劇団四季(中川鋭之助)
38、富士見産婦人科病院事件と岸田劉生だから資生堂
39、富士見産婦人科病院事件と世田谷宮沢さん一家殺害事件(犯人は登山家の野口健)
65、富士見産婦人科病院事件と飯能ゴルフクラブ(青木功)
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C■日本共産党 宮本顕治と宮本(大森)寿恵子と宮本百合子
03、富士見産婦人科病院事件と北野(浅岡)千賀子の日本共産党宣言
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D■政治家の頭の中には常に「権力欲・名誉欲を目的とした無差別大量殺戮犯罪そして金銭欲と虚言癖」しかない
22、富士見産婦人科病院事件と斎藤邦吉 厚生大臣
23、富士見産婦人科病院事件と小宮山重四郎衆議院議員
24、富士見産婦人科病院事件と山口敏夫・上田清司埼玉県知事
25、富士見産婦人科病院事件と山崎時雄(埼玉県警本部秘書課長)
26、富士見産婦人科病院事件と日本の司法官僚支配
27、富士見産婦人科病院事件と平塚勝一市長
28、富士見産婦人科病院事件と小島哲雄 所沢保健所長
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E■東大・京大・弘前大学医学部/伝染病研究所と満洲大学医学部と731部隊
04、富士見産婦人科病院事件と北野早苗・北野武(ビート武)・北野政次
52、富士見産婦人科病院事件と帝銀事件
53、富士見産婦人科病院事件と支那派遣軍
54、富士見産婦人科病院事件と731部隊
55、富士見産婦人科病院事件と森村誠一(1981年、赤旗新聞)
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D■犬猫なら子宮を執られても文句は云わないー前曹洞宗管長 板橋興宗
67、富士見産婦人科病院事件と日本医学の人体実験主義
20、富士見産婦人科病院事件と日本医師会と所沢市医師会と準看護学校
21、富士見産婦人科病院事件と国際産婦人科学会
29、富士見産婦人科病院事件と東大医学部
30、富士見産婦人科病院事件と日本赤十字社
31、富士見産婦人科病院事件と長野日赤病院
32、富士見産婦人科病院事件と長野県の佐久病院
33、富士見産婦人科病院事件と弘前大学
34、富士見産婦人科病院事件とオーストラリア
57、富士見産婦人科病院事件と日本のドイツ医学主義
58、富士見産婦人科病院事件と徳島坂東俘虜収容所「ディ・ヴラッケ(Die Baracke)」
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F■世界の人々の統合失調症の始まりは『東京都品川区豊町4丁目 国際参禅道場 東照寺』
41、富士見産婦人科病院事件と禅宗・浄土真宗・日蓮正宗・日蓮宗・キリスト教等の宗教
42、富士見産婦人科病院事件と高野山真言宗総本山 金剛峯寺
43、富士見産婦人科病院事件と国際参禅道場 東照寺(東京都品川区豊町4丁目)=平和相互銀行=小宮山一族。
44、富士見産婦人科病院事件と鷲見澄江
45、富士見産婦人科病院事件と旧平和相互銀行とディーゼル株
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G■財閥は常に国民の税金をあてにしている
46、富士見産婦人科病院事件と山梨財閥(山梨中央銀行)
47、富士見産婦人科病院事件と四国=川崎財閥=
48、富士見産婦人科病院事件と日本コカコーラ
49、富士見産婦人科病院事件と日本図書館協会
50、富士見産婦人科病院事件とオウム真理教団事件
51、富士見産婦人科病院事件と豊田商事事件
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H■所沢市が生んだ【神戸 酒鬼薔薇聖斗と今田勇子(=宮崎勤)そして、樋口一葉】
05、富士見産婦人科病院事件と西武鉄道(堤義明)
06、富士見産婦人科病院事件と所沢ダイエー
07、富士見産婦人科病院事件と浅海守・元厚生労働大臣 舛添要一
08、富士見産婦人科病院事件と武藤保之助と右翼団体と役小角
09、富士見産婦人科病院事件と武藤保之助と広島と松永安左エ門
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I■新宿『中村屋』のインドカレーに入っている“ウコン”は【濃縮ウランのイエローケーキ】である
59、富士見産婦人科病院事件と新宿「中村屋」の「どら焼き・月餅」
60、富士見産婦人科病院事件と山本五十六の「養命酒」
61、富士見産婦人科病院事件と朝鮮人参酒
63、富士見産婦人科病院事件と東京電力
64、富士見産婦人科病院事件と東電OL“渡辺泰子”からネパール国・ブータン王国
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J■鈴木善幸元首相が突然に辞任した理由
12、富士見産婦人科病院事件と旧大日本水産界(日魯・北洋・マルハ・・・)
13、富士見産婦人科病院事件と明治屋
15、富士見産婦人科病院事件と三菱財閥
16、富士見産婦人科病院事件とキリン・アサヒ・サッポロ・サントリーのビール産業
17、富士見産婦人科病院事件と日本産婦人科学会
18、富士見産婦人科病院事件と日本母性保護協会
40、富士見産婦人科病院事件と日本の世界の電子産業
62、富士見産婦人科病院事件と日本・韓国・台湾製の「社会主義型の資本増殖主義」
66、富士見産婦人科病院事件と韓流ドラマ「大長令(チャングムの誓い)」
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K■結論として
68、富士見産婦人科病院事件と<人間の胎児の遺体248体、森で見つかる=ロシア・ウラル地方>2012/07/24
  【モスクワ24日AFP=時事】ロシア・ウラル地方の森でこのほど、週末の散策を楽しんでいた4人が、大きな四つのタンクに入れられた人間の胎児の遺体計248体を見つけた。
  警察が24日明らかにした。遺体が入れられていたタンクはホルムアルデヒド用のもので、容量は各50リットル。落下した際にふたが開き、内容物の一部が地面にこぼれ落ちたため、
  中身が胎児の遺体であることが分かったという。警察の広報官は、近隣の医療施設4カ所のバイオ廃棄物を取り扱っている地元病院によって違法に廃棄されたものとみられると指摘した。
  〔AFP=時事〕(2012/07/24-20:21)
69、富士見産婦人科病院と云う名前の「宮内庁産婦人科病院」の統合失調症が、
  インド・アメリカ・イギリス・イタリア・スペイン・韓国・ドイツ・台湾・中国・ロシアにメディア感染で拡散する「遺伝病」としての日本製統合失調症。
70、富士見産婦人科病院事件が日本人全体を統合失調症症候群にしているのは「皇室制度と共産党宣言」が原因である。

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以上、11項目に分類整理したが、実は各内容は相互に影響しあって、境界線を引くことが難しい事に気がつく。
その理由は、マスコミは意図的に報道しなかったが、所沢市とその近郊地域から日本全国の産婦人科医師の間では、隠し切れない出来ない位に【所沢市の医療保人芙蓉会 富士見産婦人科病院】の医療が問題視されていたのである。それが、1980年(昭和55)9月10日に唐突に始まった【所沢市の医療法人芙蓉会 富士見産婦人科病院の北野早苗理事長逮捕】で全国的なニュースとなり、1982年(昭和57)8月18日の<米国サンフランシスコで開かれる第10回国際産婦人科学会>で、富士見産婦人科病院事件被害者同盟の医師団(代表・本田勝紀東大病院医師)の登場で、国際的な猟奇事件として知られるのである。しかし、国際社会での衝撃波は日本には伝達していない。つまり国際社会は何故か?冷淡に受け止めているのである。日本の被害者同盟が大挙して国際産婦人科学会のロビーで太鼓や銅鑼を鳴らすがが如く、北野早苗・千賀子夫婦の悪逆非道な無資格診療の『乱診乱療』を叫んでも、手応えが感じられないわけである。つまり、国際産婦人科学会の無反応ぶりが【所沢市の医療保人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件の犯行動機(真相)】を語っているのである。それが、上記で述べた様に、国際社会全体としても『国際産婦人科学会』の世界では【不妊治療と云う大義が流通して、「人工授精=体外受精=試験管ベービー=人工子宮開発の企業化」が、既成事実となっていた】からである。

そこで、1980年9月10日の報道から始まったの【所沢市の医療保人芙蓉会 富士見産婦人科病院事件】が日本国民に与えた衝撃の大きいかった内容を列記すると、次の如くである。
第1番目は、【北野早苗と浅岡千賀子】と云う富士見産婦人科病院の顔である。
第2番目は、国会議員・県会議員・地元市議・警察署長らへの贈収賄が不起訴となった。
第3番目は、事件が刑事訴訟法(=傷害罪)では不起訴処分となり、北野早苗元理事長が「医師法違反」で、北野千賀子元院長が「保健婦助産婦看護婦法違反」となり、
      執行猶予がついた為に、実質的には無罪に等しくものとなっている。その後、民事裁判で損害賠償請求がなされることになった。
第4番目は、当時産婦人科の世界で脚光を浴び始めていた医療世界への電子機器導入としての『超音波断層診断装置(ME機器)と心電図機器』を多様した医学的な診断の中身である。
第5番目は、北野早苗理事長の無資格診断(医師資格もME操作技師の資格もない)と云う事と、有名著名人を広告塔にした宣伝である。
第6番目は、防衛医大・順天堂大学を始めとした大学の医学部産婦人科教室が行った病変を確認する子宮・卵巣などの臓器鑑定である。
第7番目は、被害者同盟が一番最初に所沢市を出て、何故かしら「徳島県」で富士見産婦人科病院事件をアピールするのである。
第8番目は、
以上が挙げられる。
主犯 北野早苗・千賀子に関しては、織田浩著の『追跡 富士見病院』(三一書房刊)に書かれている。その中で、北野早苗の詐欺人生の始まりが「明治製糖の有島と永山の財産相続問題に絡んだ金銭詐欺」だと云うのでるが、この織田浩の緻密な取材によって書かれている筈の『追跡 富士見病院』を読むと、実は、主犯の北野早苗・千賀子と云う人物が無色透明な存在として書かれている事に気がつくのである。その理由は、織田浩が意図的に北野早苗・千賀子の人生をオブラートして無色透明にしてい部分が可成り多いのに気がつく為である。それは、著者が意図的に読者の視線を「事件の本質的な問題」からずらして視差を生じさせ、やがて問題の本質を封印させる様に書いているのである。犯人 北野早苗・千賀子夫婦を弁護しているふしさえある。北野早苗の出生地での幼少時代から横須賀の海軍に入隊して、負傷し長野の病院に入院するのであるが、北野早苗と云う詐欺師が幼少時代にその萌芽があったのかは「役者」指向だった点ぐらいである。この詐欺師が海軍内で真面目に軍事訓練に耐えたとは考え難い。それが『軍隊は要領をもって本分とすべし』と云う訳である。同じ福島県出身の児玉誉士夫{1911年(明治44)2月18日~1984年(昭和59)1月17日、福島県安達郡本宮町生}は、海軍の御用特務機関「児玉機関」として国内から満洲・東南アジア・南洋諸島までの地域で活動し、戦後は敵国だった筈の「米英」にいち早く取り入り、1944年夏には「アメリカとイギリス」の諜報機関として活動していたから、アメリカのキヤノン機関を呑み込んで、後のアメリカ中央情報局(CIA)の中枢を形成するのである。だから、アメリカは「土方(どかた)根性」だと云う訳である。その児玉誉士夫と同じ福島県二本松の殿様「山田耕雲(戦中は日本油脂専務、戦後は医療法人  東京顕微鏡院理事長(医師免許はない)」との大満洲帝國つながりと、山田耕雲(防衛庁・省の幹部に戦争禅を指導していた)の妻が東京顕微鏡院の院長であり、その山田耕雲の禅思想の師家である「安谷白雲(所沢市山口 来迎寺、原田祖岳の弟子)」の妻が看護婦であり、入院先が群馬県の病院と云うのも奇妙な話なのである。北野早苗の海軍徴兵は事実なのか?と云う疑問である。戦後の詐欺師人生からして、戦前・戦中も詐欺師人生だった訳である。オギャーと生まれた時から、“詐欺師”である。生母だけがこの事実を知っている訳である。その天才 詐欺師“北野早苗”が横須賀基地で軍務に就いたとは到底考えられない。軍隊と云うよりは、児玉機関の海軍向け「商売業務」の方がスッキリするのである。それは「軍用資材の調達」である。そして、平和相互銀行の“小宮山 ”

高橋玄洋の隣の医院=保刈医院 保刈伸雄ー所沢市山口877
保刈伸雄
生年月日:昭和3年2月21日
出身校:東京大学
入会:昭和43年5月
趣味:書店巡り・語源散策
座右の銘:Festina Iente (Eile mit Weile!)

服部紀代子 服部内科小児科医院
生年月日 大正14年3月1日
出身校:東京女子医専
人会年月:昭和32年12月
趣味:ゴルフ・読書
座右の銘:温故知新

所沢市医師会職員紹介
伊達昌枝:出身校 興城第1陸軍病院 陸軍看護婦養成所
     就職 昭和59年4月

社団法人 所沢市医師会史
平成4年11月20日印刷(非売)
平成4年11月29日発行
編著者 所沢市医師会編集委員会
    委員長 西山宗之
発行者 社団法人 所沢市医師会 
    会長 鈴木 豊
発行所 社団法人 所沢市医師会
    所沢市上安松1224ー7
    電話0429ー92ー8026
      0429ー98ー2427
印刷所 株式会社 ユー企画印刷
    所沢市松郷152ー5
    電話0429ー44ー9544
レイアウト 石上菜穂子

山田流 お琴の教室 有馬秀子(東京芸術大学 大学院卒業)
稽古所(自宅)ー埼玉県所沢市西所沢1ー26ー11(吉野荘201号)☎28ー3190
出張所 東京都中央区新川1ー14ー12 高野方 ☎03ー551ー8403
    茨城県水戸市中央1ー3ー37 東洋カルチャーセンター内 ☎0292ー25ー4060

日赤医療センター院長で東大名誉教授の小林隆氏と元横浜市立大学学長の梅沢実氏

医療法人 芙蓉会 富士見産婦人科病院(1979年1月3日水曜日の時点)
理事長:北野早苗{大正14年6月5日生、福島県西白河郡大屋村(現大信村)下小屋字日籠9番地出身、9人兄妹の三男、}
*北野早苗の妻ー大田寿美:大正11年1月3日生、東京都大田区出身、父は職業軍人、日籠郵便局で事務員、昭和24年若しくは昭和25年3月に結婚。
<新理事長:堀江 糾(ほりえ ただす)昭和57年?>
院 長:北野千賀子(13年間の同居関係から、昭和46年7月北野早苗と正式に婚姻。)
医学博士:青井保男
医学博士:手塚一郎
医学博士:佐々木京子
医学博士:堀 八重子
事務局長:武田進
芙蓉会を支援する会 会長:新田キクイ(狭山市)
秘書室長:三枝宏行
秘書課長:北野純子(北野早苗の長女、昭和26年1月生、昭和57年4月時点で31歳。ー手術室の第1助手として筋肉、筋膜の結さくのときの糸結びをやる。)
秘書課長:浅岡由理子(北野千賀子の姪、昭和57年4月時点で27歳。ー心電図検査のミネソタコードを操作。)
[浅岡三郎(北野千賀子の実父):芙蓉会診療所ー所沢市上新井1,972番地、昭和39年8月死去(追跡 富士見病院 p140)、平成2年1月所沢市医師会 退会]
昭和57年5月20日に「芙蓉会 分院(所沢市緑町1-18-2)」の院長として「方倉国臣(かたくら くにおみ。東京都日野市の内科医。)」が登場する。
名称変更の流れー芙蓉会富士見産婦人科病院分院→芙蓉クリニック→ローズクリニック
方倉国臣ー現在は「小筑紫診療所:内科・皮膚科・泌尿器科(高知県宿毛市小筑紫町福良14-10)」院長。
博士論文
1、学童・生徒の発育の地域特性に関する研究。
  学位の種類:医学博士。
  授与大学名:東邦大学
  報告番号:乙第463号
  授与年月日:昭和50年4月7日
  個人著者標目:方倉国臣     
2、東京都心学童に対するリジン補給に関する研究
  福井忠孝, 土谷文彦, 富吉冨貴代, 中田久世, 方倉国臣
  徳島大・医・公衆衛生
賞罰
1978年(昭和53)8月 麻薬取締法違反容疑で東京都衛生局に摘発(不起訴)
富士見産婦人科病院被害者同盟を支援する市民の会 代表世話人:大森弥代(会員55人)
新宿伊勢丹 副社長 加藤富久平

*所沢市医師会
道又喜四郎(道又医院 所沢市所沢689、道又正達は昭和43年3月退会)
明治42年10月6日ー昭和61年9月4日午前5時0分防衛医科大学校病院にて、脳内出血のため死去。
昭和61年9月6日ー所沢市旭町22ー8 浄土真宗本願寺派鳳雲山 昌平寺にて葬儀。
         葬儀委員長 所沢市医師会会長 伊藤 勇
明治42年10月 岩手県下閉伊郡田老町田中(現岩手県宮古市田老田中)生れ。
妻ー長女が生母と云っているので、生母と後妻が居るのか?
長女:E子(昭和17年当時に国民学校2年生)
次女:T子
三女:H子
長男か?:道又正達(医師、昭和43年3月退会)
二男か?:道又正秀(建築家)
[趣 味]
弓道(7段)、琴古流尺八、仏像彫刻、書道(師範)、詩吟、馬術、水府流水泳、園芸、酒豪など多才。
昭和33年に所沢市弓道連盟を創設。
[学 歴]
昭和3年3月 岩手県立宮古水産学校(講習所?)卒業。
昭和8年3月 岩手医学専門学校卒業。
昭和8年3月から同16年2月まで、所沢市の齋藤病院(院長 齋藤公平会長)に勤務。
昭和12年12月より、所沢市有楽町にて産婦人科医院を開業。
昭和16年2月には、東京帝国大学附属伝染病研究所に研究生として入る。
昭和19年5月東京帝国大学より医学博士の学位を受けた。
[兵 役]
昭和19年6月 騎兵旅団衛生隊付軍医として応召。
昭和20年7月 軍医少尉に任官。
昭和20年9月 ソ聯に抑留。
昭和24年9月 帰還。
[公職歴等]
昭和25年1月 所沢市有楽町にて産婦人科医院を再び開業。
昭和27年6月~昭和45年3月まで、所沢市医師会理事。
昭和29年4月 所沢中学校校医に就任現在に至る。
昭和31年5月 中央公民館運営審議会委員に就任現在に至る。
昭和31年10月 公平委員会委員に就任現在に至る。
昭和39年4月 有楽町町内会長に就任現在に至る。
昭和45年4月~昭和49年3月 所沢市医師会長。
昭和47年5月 青少年育成市民会議会長に就任現在に至る。
昭和54年4月 所沢市体育協会会長に就任現在に至る。
昭和54年4月 日米親善弓道研修旅行(サンフランシスコ、サンノゼ、ロスアンゼルス、ハワイ)
埼玉県弓道連盟副会長(28年間)。
所沢市弓道連盟会長。
[賞罰歴]
昭和40年11月 全国公正委員会連合会賞(自治功労)
昭和41年3月 埼玉県教育委員会賞(教育功労)
昭和41年11月 自治大臣賞(自治功労)
昭和48年2月  埼玉県知事賞(公衆衛生功労)
昭和50年11月 埼玉県医師会会長賞(医師会功労)
昭和51年6月 埼玉県医師会学校医会会長賞(永年勤続校医)
昭和53年11月 埼玉県知事賞(国保事業功労)
昭和54年11月 埼玉県教育委員会賞(学校保健功労)
昭和56年10月 自治大臣賞(自治功労)
昭和57年11月 埼玉県知事賞(保健衛生功労)
昭和58年10月 埼玉県知事賞(青少年健全育成功労)
昭和59年10月 全国公平委員会連合会賞(永年勤続委員)
昭和59年11月 勲五等双光旭日章受賞
昭和61年9月 従 六 位
昭和61年11月 埼玉県医師会長賞(永年会員)  

《芙蓉会 友の会》
理  事:清水村雄
事務局長:田中孝明
秘書室長:三枝宏行
総婦長:山田昌子
婦 長:乙坂仁子
婦 長:道屋敏子
顧 問:小林 隆先生
顧 問:増淵  先生
顧 問:山崎時雄(警察署長)
顧 問:もとうら まさき(警察署長)
顧 問:
顧 問:細川隆 (朝日新聞記者、評論家)

芙蓉会 富士見産婦人科の建物登記
本 院(登記簿から)=鉄筋コンクリート造陸屋根 6階建ー登記の日付:昭和46年6月29日
所在:所沢市西所沢2丁目527番地2号、527番地3号、527番地1号、527番地9号、527番地10号
1階ー498.89㎡ (昭和46年6月29日登記) →498.89㎡(±0) (昭和53年10月28日増築)→498.89㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築)
2階ー659.58㎡ (昭和46年6月29日登記) →659.58㎡(±0) (昭和53年10月28日増築)→854.33㎡(+194.75)(昭和54年4月不詳増築)
3階ー631.82㎡ (昭和46年6月29日登記) →921.12㎡(+289.30)(昭和53年10月28日増築)→921.12㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築)
4階ー662.62㎡ (昭和46年6月29日登記) →729.78㎡(+67.16) (昭和53年10月28日増築)→729.78㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築)
5階ー443.06㎡ (昭和46年6月29日登記) →443.06㎡(±0) (昭和53年10月28日増築)→443.06㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築)
6階ー156.43㎡ (昭和46年6月29日登記) →156.43㎡(±0) (昭和53年10月28日増築)→156.43㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築)
合計ー3,052.40㎡ (昭和46年6月29日登記)→3,408.86㎡(+356.46)(昭和53年10月28日増築 →3,603.61㎡(+194.75)(昭和54年4月不詳増築)

1階ー498.89㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築) →171.50㎡(-327.39)(昭和62年5月20日取毀)
2階ー854.33㎡(+194.75)(昭和54年4月不詳増築) →347.20㎡(-507.13)(昭和62年5月20日取毀)
3階ー921.12㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築) →319.44㎡(-601.68)(昭和62年5月20日取毀)
4階ー729.78㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築) →358.44㎡(-371.34)(昭和62年5月20日取毀)
5階ー443.06㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築) →283.19㎡(-159.87)(昭和62年5月20日取毀)
6階ー156.43㎡(±0) (昭和54年4月不詳増築) →106.53㎡(-49.9)(昭和62年5月20日取毀)
合計ー3,603.61㎡(+194.75)(昭和54年4月不詳増築) →1,586.30 ㎡(-2,017.31)(昭和62年5月20日取毀)
昭和62年7月21日同日閉鎖。
1971年(昭和46)に病院を建設し、7年後の1978年(昭和53)10月28日に3階部分を289.30㎡(約87.7坪)、4階部分を67.16㎡(約20.4坪)合計356.46㎡(108.01坪)を増築し、翌1979年(昭和54)には2階部分を194.75㎡(約59.0坪)を増築している。建設当初の床面積が3,052.40(約924.97坪)㎡で、増改築後の最大床面積は3,603.61㎡(約1,092坪)だから、増床面積は551.21㎡(約167.03坪)である。

分 院(新聞記事から)=鉄筋コンクリート2階建
所在:所沢市緑町1-18ー2
床面積ー330.00㎡。5室16床。医師住居在り。

日刊 新民報 1979年(昭和54)7月5日(木)記事
【所中に1千万円 北野さんがプレゼント】
「訪米中にテレビによる視聴覚教育の重要性を知った。が、日本では視聴覚教育に遅れがある」こういって、所沢市西所沢の北野早苗さん(53)が、約1千万円相当のカラーテレビ放映装置を市立所沢中学(内野要之校長)にプレゼントした。同中学では「視聴覚教材が古くなり、困っていたところだったので本当に助かりました」とデッカイ贈りもの大よろこび北野早苗さんは医療法人芙蓉会 富士見産院の理事長をつとめ、視聴覚教育に熱心なひととして知られている。昨年2月には開校したこの市立上新井小(野口柳一校長)にもカラーテレビ放映装置など75万円相当を贈っている。所中へ贈られた装置は、自校での放映もできるほか、ビデオ装置もあり、同校生徒(930人)は大よろこびだ。

日刊 新民報 1979年(昭和54)10月15日(月)記事
【学歴は海軍 経理学校 経理練習生 卒業 平塚市長が記者会見で公表】
住所は宮本町1-1-12
明治43年2月4日生、17歳で志願して海軍に入った。
海軍経理学校経理練習生卒業、海軍主計中尉。
戦後1年ほど復員官(高等官)として、復員業務に着き、その後、戦犯追放にあい、
23年(と思う)追放解除より所沢町役場に奉職。
*追跡 富士見病院 織田浩著 

日刊 新民報 1979年(昭和54)12月19日(水)記事
【警察官の妻 病苦で自殺】
17日午前5時10分ごろ、所沢市久米の西武池袋線所沢ー西所沢駅間の踏切で、市内南住吉11の4、警視庁巡査、島田幸吉さん(52)の妻、トミさん(49)がしゃ断機をくぐり、所沢発秩父行き下り普通電車に飛び込み、全身打撲で即死した。同電車は現場に13分停車したが、後続列車には影響がなかった。所沢署の調べによると、トミさんは2年ほど前から肝炎にかかり、病状が思わしくなく、悩んでいたとといわれ、自宅に遺書があったことから病気を苦に自殺したとみられる。

新聞記事から。
1981年4月20日記事
朝日ー【富士見病院の元患者ら 来月初め損害賠償提訴 北野夫婦ら相手取り 総額13億5千万円】ー19日原告団結成大会
埼玉ー【富士見病院被害者同盟 第1次原告団を結成 元患者ら57人慰謝料13億余円を請求】
   【】

休日当直医表「芙蓉会 富士見産婦人科」
1972年(昭和47)
5月3日  芙蓉会 富士見産婦人科(産・婦・内)西所沢2-1-14 ☎(24)1325
5月28日 芙蓉会 富士見産婦人科(産・内・小)緑町1-18ー2 ☎(22)3506

新聞記事から。
埼玉新聞ー1982年(昭和57)8月18日(水曜日)
【“全摘された子宮軽い”富士見病院事件 10月、国際学会で報告】
医学面から芙蓉会富士見産婦人科の乱診乱療ぶりを告発しようとしている同病院被害者同盟医師団の本田勝紀医師(41)は本年10月米国のサンフランシスコで開催される第10回国際産婦人科学会で「子宮全摘」に関する比較研究の結果を発表することになった。発表内容は富士見産婦人科病院で摘出された重量がたのもと比べ総体的に軽く、患者の年齢層も若いーーというもので、本田医師は「若い人の正常な子宮をとっていたことの客観的な証明になる」としている。同医師は被害者同盟側が証拠保全した同病院のカルテから全摘手術された子宮の一般的なものより軽いことに気付き、カルテに記載されていた68例の子宮重量と、都内A病院の285例、B大学病院の62例の子宮重量を比較した。
その結果、富士見産婦人科病院の場合、平均重量は119.6グラムで、A病院での平均328グラム、B大学病院での平均541.5グラムに比べ、かなり軽いというデーターが明らかになった。しかもA病院、B大学病院の場合、個々の子宮の重さは100グラム台から1500グラム台までバラつきがあったが、富士見産婦人科病院のものはほとんどが200グラム未満に集中しているという、本田勝紀医師によると、子宮筋しゅにより全摘手術を行うさいの一般的な摘出基準は200グラムとされており、それ以下のものは正常な子宮だった可能性が強いーーと説明している。また、本田勝紀医師は子宮全摘手術を受けた患者の年齢についても比較を行い、富士見病院の場合、38歳をピークに20代前半から40代前半に集中しているのに比べA病院、B大学病院では48歳をピークに30代後半から50代前半に多いことが分かった。これについても本田勝紀医師は「若い人の子宮はなるべき全摘を避けるのが医学の常識」と、富士見病院の全摘手術の異常さを指摘している。本田勝紀医師がこの研究結果を論文にまとめ、国際産婦人科学会に応募したところ審査に通過、発表する機会を与えられたもの。被害者同盟(小西熱子代表)では支援カンパを募り、同盟からもサンフランシスコに代表数人を派遣、富士見病院事件について実情を訴えることにしている。
*新聞記事では、同医師と書かれているが、ここでは、同医師すなわち本田勝紀医師と記載した。

毎日新聞ー1982年(昭和57)8月18日(水曜日)
【国際学会で調査結果発表 富士見産婦人科病院被害者同盟 米へ代表派遣へ】
所沢市の富士見産婦人科病院の元患者らで組織する「同病院被害者同盟」(小西熱子代表幹事)は、米国サンフランシスコ市で10月中旬から開かれる第10回国際産婦人科学会(FIGO)に医師,被害者の代表団を派遣することを決めた。同学会では同盟の支援を支援を続けてきた東大病院第1内科、本田勝紀医師(41)が「子宮の全摘手術の適応に関する比較研究」と題して自由発表するほか、同盟側は英文の小冊子を学会内で配布、発表の背景にある事件を理解してもらうための活動を行う。本田医師が昨年10月以来、元患者らのカルテを基礎資料に検討してきた「子宮摘出患者の子宮重量分布比較」「子宮摘出患者の年齢比較」によると、富士見産婦人科病院の場合
1、他院での摘出子宮重量平均値よりかなり軽い(正常に近い)重量の摘出事例が多かった。
2、年齢分布が20歳から40歳代までに集中、他院での平均年齢(45歳から49歳)に比べ非常に若かったの2点がわかった。
本田医師はこうした臨床記録を基に行った調査結果を国際学会の場で発表することによって「学術論争のきっかけを作り、同病院が正常な子宮を摘出していた可能性が強いことを訴えたい」としている。一方、同盟側は今後の法廷闘争などの際、手術の違法性を立証していくうえでの有力な手がかりにしたい方針。

産経新聞ー1982年(昭和57)8月18日(水曜日)埼玉ニュース
 【富士見病院事件 データで手術の異常を訴え 今秋レポート発表 東大病院 本田医師 国際産婦人科学会で】
乱診乱療事件で問題になった所沢市の芙蓉会富士見産婦人科病院で行われた子宮摘出手術の異常さを明らかにするため、同病院被害者同盟医師団の一人である東大病院第一内科の本田勝紀医師が、10月19日、米国サンフランシスコで開かれる第10回国際産婦人科学会で「子宮全摘術に関する比較研究」と題するレポートを発表することになった。レポートでは、富士見産婦人科病院で摘出された子宮が、いかに正常の子宮に近いものであったかを、他の病院で摘出された子宮と重量比較することで明らかにするとともに、全摘手術を受けた患者の年齢もきわめて若いことを指摘し、手術の異常性を訴えている。
本田医師は、富士見病院の被害者が証拠保全のために同病院から入手したカルテの中から、子宮筋腫と診断され子宮を全部摘出された68例を集めて、子宮重量の平均値を出す一方、それを最近3~5年間に東京都内など3カ所の産婦人科病院で同様の診断のもとに摘出された子宮の重量平均値と比較している。それによると、都内のA病院(285例)の摘出子宮重量の平均値は328グラム、B病院(38例)は587.5グラム、さらにC大学病院(62例)は541.5グラムと、いずれも、子宮の一般的摘出基準とされる200グラムをはるかに上回っているのに対し、富士見産婦人科病院の合、
119.6グラムで摘出基準を下回っている。本田医師によると、出産未経験者の子宮重量は70グラム程度。2、3回出産経験のある健康な女性の子宮の重量は100グラムほどだという。子宮筋腫になると肥大して当然のことながら重量は重くなってくるわけだが、同医師は富士見産婦人科病院で摘出された子宮重量の平均が119.6グラムと軽いことから、「デタラメの診断のもとに、正常な子宮が摘出されたことを裏付けている」としている。また同医師は子宮を摘出された年齢にも着目、富士見産婦人科病院では対象となった患者の30%が35歳以上40歳未満、25%が30歳以上35歳未満、20歳代が15%と、40歳未満の患者が大半なのに対し、他の3病院では最多例が45歳以上50歳未満にあり、著しく異なっていると指摘している。子宮の全摘手術は「40歳以降というのが学会の常識」(本田医師)だそうだが、その常識からみると、たしかに患者の年齢が若すぎるともいえるわけだ。本田医師が学会で報告するのを受けて被害者同盟(小西熱子代表幹事)でも代表を米国に派遣、被害にあった元患者の英文の手記や事件の概要を伝えるパンフレットなどを配布し、富士見産婦人科病院事件に対する国際的な理解を求めていくことにしている。

朝日新聞ー1982年(昭和57)8月18日(水曜日)富士見産婦人科病院事件に関する記事なし。
また、芙蓉会富士見産婦人科病院の診療実態
子宮と卵巣の全摘出手術件数。
1978年(昭和53) 1月=46件、1979年(昭和54)1月=39件。
1978年(昭和53)2月=55件、1979年(昭和54)2月=38件。
1978年(昭和53)3月=67件、1979年(昭和54)3月=39件。
1978年(昭和53)4月=52 件、1979年(昭和54)4月=53件。
1978年(昭和53) 5月=46件、 1979年(昭和54) 5月=37件。
1978年(昭和53)6月=57件、1979年(昭和54)6月=57件。
1978年(昭和53)7月=59件、1979年(昭和54)7月=74件。
1978年(昭和53) 8月=41件、1979年(昭和54)8月=68件。
1978年(昭和53) 9月=38件、1979年(昭和54)9月=43件。
1978年(昭和53)10月= 41件、1979年(昭和54)10月=51件。
1978年(昭和53)11月=26件、1979年(昭和54)11月=58件。
1978年(昭和53)12月=22件、1979年(昭和54) 12月 45件。
1978年(昭和53)合計 =550件 、
1979年(昭和54)合計 602件
総合計=1,152件
1980年(昭和55)9月10日北野早苗逮捕
以上。

2012年12月28日 仕事納めの日  榎 本 東 州 起稿
2013年01月04日 第1回 加筆して校正。

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