香港失踪事件 1国2制度が揺らいだ
毎日新聞
中国に批判的な本を出版、販売していた香港の書店関係者5人が昨年来、次々に失踪し、中国国内で刑事事件に絡んだ容疑などで拘束されている。中国は自発的に出頭したなどと説明しているが、疑問が多く、香港にいても安全は保障されないのかと、香港社会を揺るがせている。
ハモンド英外相は英議会への定例報告で「香港の法手続きを経ずに、意思に反して移送された」との見解を示し、「重大な中英共同宣言違反だ」と批判した。中国は香港や国際社会の懸念に耳を傾け、真相を明らかにすべきだ。
失踪した5人は中国に批判的な書籍を取り扱う「銅鑼湾(コーズウェイベイ)書店」の関係者だ。昨年10月にタイに滞在していた親会社の株主が失踪したのをはじめ、年末にかけ、中国広東省や香港の滞在先から次々に姿を消し、中国当局が今年に入って拘束を認めた。タイで失踪した書店の株主は中国国内で起こした交通事故を反省し、自ら中国に戻って当局に出頭したとされ、中国のテレビで罪を認める映像が流されたが、あまりにも不自然だ。
特別行政区である香港には独自の警察権や出入境管理を含めた「高度な自治」が認められており、中国の司法当局が香港に直接介入することはできない。これは中国が公約した「1国2制度」の根幹だ。
英国籍を持つ書店の責任者は香港で仕事中に失踪した。本来、中国に入る際に必要な通行証は自宅に置いたままで香港を出た記録も残されていない。「意思に反する移送」と見ているのは英国だけではない。
書店では、中国本土では「禁書」となっている本を販売し、香港を訪れた中国人観光客の間でもよく知られていたという。香港では習近平(しゅうきんぺい)国家主席の私生活に絡む本の発行を計画していたことが事件の背景にあると広く信じられている。
1984年に香港返還に合意した中英共同宣言も、香港基本法も「人身、言論、出版の自由」の保障を明記している。中国当局が「出版の自由」を妨害しようと、香港住民の「人身の自由」を侵害したとすれば、国際公約にも香港住民への約束にも反したことになる。
2014年に学生らが香港の民主化を求めて起こした大規模なデモの背景には、香港に対する中国の政治介入で「1国2制度」への信頼が揺らいだことがあった。今月上旬の春節(旧正月)時にも露天商に対する警察の取り締まりをきっかけに衝突が起きたが、香港の将来に対する不安も高まっている。「過ちては則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ることなかれ」(論語)だ。不法な権利侵害があるなら、これを認め、ただちに5人を釈放すべきだ。